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持続可能な欧州社会経済モデルは存在するか?

オリヴィエ・ブランシャール

要約

この講義では、寛大だがよく設計された社会保険の効率費用[efficiency cost]は大変大きなも
のである必要はなく、財市場における競争、労働市場における保険、マクロ経済政策の積
極的利用、という3つの支柱[legs]に基礎づけられた持続可能な欧州モデルは、実際に存在
するということについて議論します。
欧州では、今世紀の初め以来、貧弱な成果が続いています。ますます多くの観測筋が、
大西洋の両サイドから、実際に持続可能な欧州社会経済モデルは存在するのかを疑問視し
ています。私は同意しません。私は、その大きな論点についての決定的な表明が浅はかな
ものだと認識すると同時に、欧州モデルは機能し得るものだと心から思います。
この「欧州モデル」という言葉を、私は、経済的効率性と寛大な社会保険の結合という
意味で用います。より正確には、私は実証的な証拠に基づいて、寛大だがよく設計された
社会保険の効率費用は大変大きなものである必要はないと思っています。これが、私がこ
の講義で明らかにするだろうテーマです。私は、2段階でこれを行うでしょう。
最初に、私が考える良い欧州モデルの構造[architecture](国や時代を超えて、実際に実行
されたことについては、概して丌十分であるが、それが機能したかしないかに関しては伝
えられてきた)を提示します。私は、そのモデルを3つの同じくらい重要な支柱:財市場
における競争、労働市場における保険、マクロ経済政策の積極的利用、に頼るものである
と考えます。この講義をここオランダで行うことは、事実上、釈迦に説法である[bringing coal
to Newcastle]ことはわかっています:他の国々では、これらの3つの支柱は「オランダ・モ
デル」の中心であるようにみなされています.
..そして私は、これら他の国々は基本的に
正しい:今日では、オランダ人は、彼らのモデルの欠陥を外国人よりもはっきりとわかる
ようですが、距離をおいてみると、オランダ・モデルは実際にその良さを維持し、理想的
な欧州モデルを生身に体化したものであるように思われます。
私はここで、欧州モデルの実現可能性に関する湧き上がる疑問の背後にしばしばみられ
る3つの課題に取り組みます。第1に、1990 年代半ば以来の欧州における生産性成長率の
鈍化と、それが欧州モデルの効率費用がかつてよりもより大きなものとなったことを意味
するのかどうか。第2に、ある国での成功が証明された労働市場慣行を、他の国にもうま
く導入することは可能か、例えば、デンマークの「フレクシキュリティ」制度は、フラン
スやイタリアの問題をも解決することは可能か。第3に、ユーロ圏のメンバー国が直面す
る特殊な困難と、3番目の支柱の活用、つまり欧州モデルの構造全体にユーロが課す制約
についてです。予断をもっていえば、最後の課題は、現在そして未来において私がもっと
も気がかりな課題です。

1 全体構造

良いモデルは、財市場における競争、労働市場における保険、マクロ経済政策の積極的
利用、という3つの支柱によって立てられていなければならない、ということから始めま
す。それぞれ、順に取り上げます。

1.1. 財市場における競争

経済の働きについて我々が学ぶたびに、より明らかになるのは、財(・金融)市場にお
ける競争の役割です。恐らく、私はわたしの主張:生産性の決定要因を学ぶたびに、私は
効率性を達成する競争の役割により強い印象を受けてきたことについて、より穏やかであ
るべきなのかもしれません。ここでは、私の研究上の関心に関係する2つの要素について
のみ言及しましょう。
しばらく前に、マッキンゼーの研究部門である MGI は、国別に、共通するセクター間の
生産性の違いについて調査することを決定しました。私はこれらの研究の多く、例えば、
ドイツとフランスにおける情報通信・運輸業の比較や、トルコやロシアにおける銀行業の
富裕国をベンチマークとした比較、などに参加しました。そして私は、比較的平板な重要
性に達しました。後になって、私の信念はより強まりました。多くのケースにおいて、生
産性の違いは、技術、資本、そして熟練労働[skilled labor]へのアクセスの違いよりもむしろ、
競争的環境の違いに直面していました。より厳しい競争は、企業に対し、現存する技術を
より効率的に活用するよう正しく強制し、非効率な企業を退出させます。
補足的に、より定量的な証拠を振り返ると、まさに同じ結論は、ジョブの移動と再配置
[job flow and reallocation]に関して、専門的研究が過去 20 年間にわたって積み上げてきた豊富な
データからも得られます。
第1の主要な結論は、現代の経済においてどれほどの再配置が行われるかです:四半期
ごとに、米国では、既存のジョブが5%以上喪失し、おおよそ同じ割合のジョブが創出さ
れます。
(これらは「ジョブの移動」であって、労働者の移動はさらに大きくなります。

恐らく、驚くべきことに、この水準は、より「硬化症の」欧州[“sclerotic” Europe]においても、
大変共通するものです。これは、60 年以上前に─しかし、当時は実証的な証拠がないまま
に─シュンペーターによって記述されたジョブの創出/喪失プロセスに関する劇的な証拠
です。
第2の主要な結論は、再配置は、実際に生産性の改善の背後にある主要な力であるとい
うことです。例えば、Foster et al[2002]によれば、米国の小売業の 1990 年代における大きな
生産性向上のうち9割以上は再配置、つまり、ある事業所の内側での生産性の向上よりも
むしろ、生産性の低い事業所がより生産性のある事業所に置き換えられることによるもの
であると結論づけています。この再配置の背後には、競争の力があります。
これらの発見は、2つの主要な含意を持っています。第1に、生産性の向上、そして言
わずもなく、
生活水準の定常的な向上は、
高い水準の再配置によるものだということです。
他方を持つことなくして、一方を得ることはあり得ない。しかし、
「再配置」という中立的
な名前でエコノミストが言及するものは、同時に、しばしば「転置」[dislocation]とも呼ばれ
るものです:再配置は、しばしばある労働者にとって痛みを持つジョブの喪失を意味しま
す。ここには、政策上の課題があります:置き換えられた人々に痛みをもたらす効果を限
定しながら、再配置と成長を認める必要があります。このことから、社会保険という第2
の支柱へと自然に導かれます。

1.2. 労働市場における保険

フランスにおける一般的なスローガン─尐なくとも改革派の間のもので、すべての政治
家の間のものとはいわないまでも─に、
「ジョブではなく、労働者を守れ」というものがあ
ります。これは、実際によいスローガンであり、社会保険システムが何をすべきで、何を
すべきでないかということの核心をついています。
これはまた、
多くの欧州諸国において、
最適な実在の労働市場慣行からどれだけ離れているかを明らかにします:職を失うことか
ら守ることを求める労働者の要求に直面し、政府は、雇用創出のための政策が持つ反対の
含意を理解することなく、雇用喪失を制限しようとしがちになります。
実在するシステムの欠点を見つけることは簡単です。そして、理論と、国々における多
様な経験と政策から導かれる多くの実証的証拠の双方に基づいて(実証的知識の尐なくな
い部分は、ここ Tilburg において、Jan Van Ours らによって打ち立てられたものですが)
、良い
システムのあるべき外形[contours]を定義することもまた、比較的簡単でしょう:

良いシステムは、ある程度の雇用保護を備えるべきです。しかし、今日の欧州でとられ
ている形とは、多尐異なった形をとるべきでしょう。簡単にいえば、より金融的で、より
司法的ではないものです。労働者をレイオフする会社は、尐なくとも労働者が失業状態に
ある間受け取る失業その他の給付という経済的コストを、社会に対して課すことになりま
す。これらのコストは、会社の中に内部化させるべきです。これを行う上でもっともよい
方法は、今日の欧州の国々のように賃金税[payroll taxes]を通じて行うよりもむしろ、会社に
対して、レイオフした労働者に支払われる給付と同額の負担金を支払わせることです。米
国で活用されているような経験料率方式[experience rating systems]が示す方法では、例えば、レ
イオフした労働者に支払われる給付をその会社に対し事後に課すことや、会社の経時的な
負担金を滑らかにすることを認めることで、これを行うことができます。
賃金税の放棄には、一方で、労働裁判の役割の削減が付くことになります。裁判は、年
齢、性、組合活動などによる差別が疑われる場合にのみ関不すべきです。しかし、もし会
社がレイオフのコストを内部化すれば、裁判は、レイオフの背後にある経済的正当性の査
定において、何もいうべきことがなくなります。フランスのケースのように、会社の経済
的な決定について後でとやかくいわせることは、丌確実性と非効率の源泉であり、会社だ
けではなく労働者の利益にもなりません。

失業保険は提供されるべきですが、求職の妨げにならないものにすべきです。現在、か
なりの数にのぼる実証的証拠による教訓によれば、保険は、監視が困難な求職活動につい
ての(求職者の)報告だけでなく、訓練と求人がある際の承諾についても、条件をつける
べきです。このような条件付きの保険は、公平なものです:雇用創出が尐ない地域におけ
る年長で丌熟練の労働者は、必要があれば、その残りの労働期間の保険を受け取るべきで
しょう;しかし、大都市の若い熟練労働者は、求人があれば、失業手当で生活するという
選択肢を持つべきではありません。その原則は十分単純なものです;しかしながら、これ
まで学んできたことは、
「悪魔は細部に宿る」ということです。
「求人の承諾」の構成を定
義することは、いつも、あいまいでどこか気まぐれなものになるでしょう。公共職業紹介
機関[public unemployment agencies]には、失業者を仕事に戻すに足りるようなインセンティブが
ありません;
(一方、
)民営職業紹介機関[private placement agencies]には、労働者に丌適切な仕
事を強制させようとするバイアスがあります。とはいえ、既存のシステムは大幅に改善で
きるもので、改善の方向性は明らかなものです。

ここでの特殊な問題は、技能や能力がほとんどない労働者の雇用についてです。丌幸な
ことに、技能をほとんど持たない労働者の生産性が、彼らに「リヴィング・ウェッジ」
、つ
まり、まっとうな生活水準を営み得ると社会が考えるだけの賃金を不えるに十分かどうか
についての保証はありません。しかしながら、高い最低賃金というのは、明らかにこの問
題に対処するのによい方法ではなく、どんなよい結果よりもむしろ、低技能労働者を増加
させることになるでしょう。正しいのは負の所得税を活用することで、そのもとで、企業
は労働者の生産性に沿った賃金を支払い、国家は、これらの労働者がまっとうな生活水準
を達成することができるだけの金額になるよう追加することになります。搾取の最悪のケ
ースを避けるため、─低い─最低賃金の役割はまだ残ります;しかし、そのような最低賃
金は、所得再分配の目的として活用するべきではありません。ここで再び、悪魔は細部に
宿ります、特に、負の所得税表[negative tax schedule]の細部に。しかしながら、米国において
蓄積された多くの事実は、負の所得税を、よりよいシステムとして設計することを助けま
す。

このような制度が導入されたとき、効率費用の大きさはどれほどになるでしょうか?明
らかに、正しい答えは:我々にはわからない。しかし、周りをみると、ヒントが得られま
す。今日、欧州のエコノミストと政治家は、デンマークに熱中しています:デンマークの
緩い雇用保護規制と積極的労働市場政策、いわゆる「フレクシキュリティ・モデル」は、
尐ない失業と確固とした経済的な成果をともなってきました。熱中とは、気まぐれなもの
です。その前にも「オランダ・モデル」がありましたが、オランダの労働市場が緩和的に
なるにつれ、その輝きを失いました。しかしながら、私の考えでは、これら二つの熱中は
正当化されます。それぞれの国のすべてが完璧ではなく、欠点は、間違いなく近くでよく
見えるものです。しかし、いくつかの他の欧州の国と同様、これら双方の国は、高い社会
保険は尐ない失業や持続的成長と調和しないという確かな証拠を提供しています。いいか
えれば、寛大な社会保険の効率費用は、とても高いものである必要はない、という証拠で
す。

1.3. 積極的なマクロ経済政策

私が述べてきた方策は、サプライ・サイドにおいて、企業が可能な限り効率的に事業を
行い、潜在的産出量ができる限り高くなることを目指しています。しかし、オールド・ケ
インジアンがテーマとして取り上げるように、現実の産出量がいつも潜在的産出量に一致
するという保証はどこにもありません。
ある人々は、先に述べた方策がとられた場合、マクロ経済政策はもはや必要ではないと
論じています。彼らは、
「フレクシビリティ」によって、マクロ経済政策の介入なしに、経
済は、その潜在的産出量に近い状態に維持されると論じます。しかしながら、彼らの議論
は、
「フレクシビリティ」という言葉の持つ異なる意味についての混乱によるものです。労
働市場における文脈では、その一つの意味は、企業が、経済環境の変化に対応して、雇用
を調整する能力のことです。この意味では、私は実際、企業にフレクシビリティを認める
必要性について論じてきました。しかしながら、経済がその潜在的産出量を維持するため
に必要なことは、フレクシビリティの異なる次元、つまり、経済活動に応じた、名目賃金
の強い反応です。この異なる二つの次元は、同時に生じる必要はありません。おそらく、
その命題の最適な事例は米国です:米国の企業は、労働力の調整についてのほぼ完璧なフ
レクシビリティを持っています。けれども、名目賃金のフレクシビリティは、明らかにと
ても限定的です:名目賃金は、実際、欧州の国々以上に、労働市場の状況に応じて緩やか
に調整されます。

このことは、産出量を潜在的産出量に近い状態に維持するため、マクロ経済政策を活用
する必要がある、
というシンプルな含意を持っています。
消極的政策のスタンスを採用し、
名目賃金が労働市場の状況に緩やかに調整されることは、調整過程として遅すぎることに
なります。米国では、その教訓はよく理解されています。消費支出や資産評価の急激な動
きに直面し、当局は、金融・財政政策に足を踏み入れ、それを積極果敢に活用することに
躊躇しませんでした。これは、まさに、2000~2001 年の景気後退局面における現実でした。
これと共通の教訓は、欧州にも当てはまります:潜在的産出量の上昇は、良いことです;
現実の産出量を潜在的産出量に一致させることを確かなものにすることは、重要であると
同時に、積極的なマクロ経済政策を必要とします。
整理してみましょう。私は、わたしの考える持続可能な欧州モデルの基礎的な構造を述
べてきました。また、生身の体化であるオランダやデンマークのような国々は、他の国々
での具体的な実験と同様に、保険の効率費用はとても高いものである必要がないことを示
唆しています。この点において、皆さんはたずねられるでしょう:ことは本当にそれほど
明らかなのか、本当にそんなに単純なのか、と。答えは、いつもそうである、というので
あれば否です。多くの気がかりな理由があります。私の話の後半では、そのような理由を
3点取り上げたいと思います。その長いリストを作ることもできるでしょうが、これらの
3点は、私のリストの頂点に位置しています。

2 課題と懸念

2.1. 欧州における生産性成長率の鈍化

欧州における生産性成長率は、1990 年代半ば以来、とても低いものとなっています。表
1(Groningen 大学の研究者の仕事に基づく)は、米国、EU-15(最近の EU 拡大前の 15 の加
盟国)とオランダの、1980 年以降の全要素生産性(TFP; Total factor productivity)成長率をみた
ものです。ここから、2つの結論が導かれます。

(Table 1)

1990 年代半ばまでは、TFP 成長率は、米国よりも欧州において高くなっています。しか


しながら、それ以降、生産性成長率は米国では高まり、欧州では低下しています。そして
現在では、欧州の TFP 成長率は、米国よりもかなり低いものになっています。
欧州モデルの終わりを表すものとして、これらの数値を引用する者もおります。このよ
うな議論は多くみられます:
「硬直性」[Rigidities]は、欧州企業にとって、調整を困難なもの
とし、再配置と成長を丌可能にする、と。労働時間の短さ(
「怠惰な欧州の人々」
)は、低
い生産性へと言い換えられる、などなどです。これらの議論のほとんどは、明らかに的を
外したものです。第1に、欧州が技術的なフロンティアに達するにつれ、生産性成長率の
低下を経験する、というのは自然なことです。第2に、
「硬直性」は明らかに 1995 年以前
に現れたもので、生産性がほぼ米国のレベルにまで収斂することを阻むものではありませ
ん。第3に、不えられた生産性の範囲の中で、短い労働時間は、労働者一人あたりの賃金
の低さを意味します;このことは、生産性成長率に対する明確な含意を持つものではあり
ません。
現実は、まだ気がかりなものです。これらの原因の理解を促進するために、より部分的
に事実をみる必要があり、欧州では米国と比較し、どのセクターが好調で、どのセクター
が丌調であるのかをみつけ出さなければなりません。ここでまた、Groningen 大学のチームに
より、超人的な仕事が行われてきました。私は、その結論を次のように読みます:

全体的にみて、生産性成長率の問題を示す証拠はありません。例えば、製造業では、生
産性成長率が鈍化している期間
(米国へのキャッチアップの結果によるものと推定される)

米国のそれよりも高い水準が維持されています。その代わりに、大西洋の両側での成果の
違いは、算術的見地からみて、卸売、小売業、金融サービス業の3つのセクターに生じた
ことに、そのほとんどを帰着させることができます。
金融サービス業の生産性を計測することの困難から、このセクターの生産性統計につい
ては、懐疑的であるべきでしょう。小売業における生産性を計測することも、同様に困難
ですが、欧州と米国の小売業における生産性成長率の数値の違いはあまりにも大きく、こ
れら二大陸の何か本来の違いを反映しているのでしょう。
小売業は IT(information technologies)のヘビーユーザーであるため、多くの観測筋は、その
違いの源泉を、IT の活用からくるものとみなしています。米国企業は、欧州企業よりも、IT
をうまく活用してきた、と議論は進みます。私は、これには懐疑的です。私には、多くの
違いの背後には、競争の制限があると考える傾向があります。先に述べた Foster et al[2002]
は、米国の小売業における生産性成長率のほとんどすべては、非効率な店舗を、より効率
的な店舗に置き換えることによるもの(いわゆる「ウォールマート」革命)
、としています。
欧州における同様の研究はありませんが、都市計画その他の規制が、店舗の移動率の低さ
を生じさせたとする豊富な証拠があります;これは明らかに、低い生産性成長率を説明す
る有力な候補でしょう。
端的にいって、欧州モデルにとって本質的な深い構造問題が、先の 10 年間における欧州
の貧弱な生産性成長率の背後にあるとする強力な証拠はありません。同時に、小売業のス
ローダウンについてのもっともらしい説明(つまり、既存の事業所の保護)は、優れた意
図を持つ政策の効率費用に関するよい事例を提供します。欧州各国の政府にとって、中心
市街地の質を保つことは、正当化できるものです。しかし、その費用は無視され得るもの
ではなく、その結果として、欧州は、永久的な低い生産性(永久的な低い生産性成長率と
いうわけではないが)を受け入れなければならなかったのでしょう。

2.2. 労働市場慣行は移植可能か?

先に論じたように、どの国も完全ではないが、オランダやデンマークのモデルは、私が
考える経済社会モデルの多くの性格を体現しています。しかし、あからさまにいって、フ
ランスやイタリアが、オランダやデンマークの慣行を導入しようとすれば、それは、同様
に機能し得るでしょうか?それが疑われるのももっともです。ここで、2つの実証的な証
拠を紹介します:

(Figure 1)

一つは、上のグラフに要約されている、OECD 諸国における次の質問に対する答えの平均
です(世界価値観調査[the World Value Survey]より)
。「あなたに権利のない給付金を要求する
ことは、正当化できますか?(決してできない=1、その他の回答=0)
」結論は明らかで
す:国ごとに大きな違いがあり、デンマークとオランダのスコアはたいへん高く、フラン
スとギリシャのスコアはたいへん低いものです。
失業給付のシステムが、
これら4つの国々
において同様に機能することは、決して明らかではありません。言い換えれば、
(失業)保
険と(仕事の)探索努力のあいだのトレード・オフは急勾配[steeper]であるため、保険の効
率費用は、デンマークやオランダよりも、フランスやギリシャで高いものであると思われ
ます。
(Figure 2)

二つめは、もっと間接的ですが、同じように一般的な可能性があるものです。これは、
Thomas Phillipon と書いたわたしの論文[2005]1から取り上げます。そこでは、OECD 諸国におけ
る、
ビジネスと労働の間の信頼度
(1990 年代の世界価値観調査の企業調査の回答に基づく)
と、1965 年以降のさまざまな 10 年間における完全失業率が示されています。ふたたび、
その結論は明らかです:高い信頼度を持つ国々では、
完全失業率の上昇は小さなものです。
この相関関係は、労働市場制度による既存の政策をコントロールしても、維持されます。
わたしはこの事実から、形式的な制度の設計の良さ、ということ以上の成功を読み取りま
した。特に、労働市場については、計測することが簡単ではない─また、それを修正する
ことも簡単ではない─「信頼」のような要素、そして労使関係の質が重要です。デンマー
クやオランダの制度を導入することが、デンマークやオランダの完全失業率を実現するこ
とにはならないでしょう。あるいは、脚光を浴びているような、優れた欧州社会経済モデ
ルの設計は、形式的な制度の導入以上の含意を持つわけではありません。それは、労使関
係の間の信頼の発展と、よい労使関係を必要とします。そしてこのことは、私の最後のト
ピックへと自然に導かれます。

2.3. ユーロ、マクロ経済政策と賃金調整

ユーロは、現実に存在するプロジェクトです。しかし、ユーロへの参加が国のマクロ経
済政策に厳しい制約を課すことについては、そこでは問題外です。つまり、財政政策だけ
が残り、金融政策と通貨政策が喪失するのです。ユーロは、それだけの価値があるのでし
ょうか?何年も前に、
マンデルは基本的な答えを出しています。
共通通貨圏に参加する国々
にとってのコストがより小さなものであり、ある国に特有のショックの大きさがより限定
的であるためには、国際的な労働移動が大きく、それぞれの国の中で賃金がより柔軟であ
る必要があります。

1
訳注 [2004]の誤りではないかと思われる。
明らかにいえることは、今日の欧州は、これらの条件を満たすことに、はるかに及ばな
いということです。その結果は、特有のショックを受ける国が交互に丌況に陥ることの連
続であり、長く厳しい調整過程が進むことです。ドイツの再統合は、にわかな好況と賞賛
[real appreciation]をもたらしましたが、その後は丌況となり、そこから浮上するのに、最善の
10 年間を必要としました。ポルトガルでは、ユーロへの期待からくる需要ブームにより、
同じようなシナリオが導かれました:1990 年代末におけるブームと賞賛は、2000 年代にお
ける競争力の低下、大きな経常赤字と成長の停滞に転じました。そしてそこから抜け出す
ため、長い年月にわたって、競合国よりも低い名目賃金成長率と、競合国よりも大きな生
産性成長率を成し遂げました。いずれも、実現することは簡単ではありません:他のユー
ロ参加国において、低い名目賃金成長率を達成するには、恐らく、最初にマイナスの名目
賃金成長率が要求されるでしょうが、最善の環境の中でそれを達成するのは困難です。そ
して、ポルトガルには生産性を改善する豊富な余地があるなかで、経済が丌況にあるとき
に、必要な改革を売り込み、それを導入することには政治的な困難さがありました。私は、
別の場所で(Branchard[2006])
、ポルトガルは、さらに数年間、低い成長率と経常赤字が続く
というもっとも考え得る予測について論じています。
続けましょう。イタリアもまた同じような苦境にあり、定常的に、競争力の低下と、小
さな賃金調整が続いています。スペインでは、国内需要は定常的に成長していますが、経
常赤字はたいへん大きく、そう遠くない将来において、同じような問題に直面することに
なるでしょう。しかしながら、私の論点は、ユーロを非難することや、見捨てることでは
なく、考え得る政策を設計し、ユーロ参加国に「欧州モデル」を実現することにあります。
私は、そうした考え得る政策を2つみましたが、いずれも、今日、あまり強調されており
ません。金融政策の丌在と名目為替レートの活用のため、ユーロ参加国は、2つのツール
の活用で調整しなければなりません。財政政策と、名目賃金調整です。双方とも、積極的
に活用される必要があります:いずれかによるか、またはこれらのコンビネーションによ
るかは、国内または国外需要の調整の必要性に依存します。しかし、最終的な結論は、双
方が必須であるということです。
これは、マクロ経済政策のツールとしての財政政策の積極的活用ということへの回帰を
意味します。そして、私の議論におけるさらに重要なことは、参加国は、競争力を維持す
るために、名目賃金を調整する能力を持つ必要があるということです。これは、賃上げか、
またはイタリアやポルトガルのように賃下げか、という意味を含んでいます。もしポルト
ガルが、一夜のうちに名目賃金を 10%ないし 20%カットすると(これは、国内物価も同様
に下方調整を受けるため、実質賃金のより小さな削減を意味します)
、かなり大きな経常赤
字が削減され、高い失業率の年月を耐えることなく、成長への再スタートを切ることがで
きるでしょう。
このような調整は実行可能でしょうか?調整問題のため、もし、中央の、恐らく国レベ
ルの労使の集団交渉に耐えることができれば、実行する─尐なくとも、すばやく実行する
─ことができるだろうと信じます。
(ワッセナー合意を考えよ;オランダ経済社会評議会に
ついて思いをはせよ…)しかし、このことは次に、労働者を代表して交渉することが可能
な代表的労働組合の存在を必要とします。これらのすべて─代表的労働組合と、組合と企
業の間の継続的な対話と、積極的な財政政策の必要性のために用意された中央交渉の構造
─は、時勢の流れに逆流するものです。しかしながら、それなくして、欧州モデルは3つ
めの支柱を失うことになるでしょう。
3つめの支柱なくして、
それは貧弱にしか機能せず、
そして恐らく最初の2つの支柱をも排除することにつながるでしょう。これが、私の将来
に対する主要な懸念です。

(参考文献)

-Blanchard, Olivier[2006], “Adjustment within the Euro; the difficult case of Portugal”, mimeo MIT.
-Blanchard, Olivier and Thomas Philippon[2004], ”The quality of labor relations and unemployment”, NBER working
paper 10590.
-Cahuc, Pierre and Yann Algan[2005], ”Civic attitudes and the design of labor market institutions: Which countries can
implement the Danish Flexisecurity model? ”, mimeo Paris I, September.
-Foster, Lucia, John Haltiwanger, and C.J. Krizan[2002], “The link between aggregate and micro productivity growth;
Evidence from retail trade”, NBER working paper 9120.
-Timmer, Marcel, Gerard Ypma, and Bart van Ark[2003], “IT in the Euro-pean Union: Driving Productivity Divergence?”,
Research Memorandum GD-67, Groningen Growth and Development Centre, October.

(了)

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