2013.

10/11 fri → 10/14 mon
サンポート高松 1F 展示場 Venue Sun port takamatsu Exhibition Hall 1Floor

高松アートリンク・プロジェクト2013 〜 Long Time No See 〜

Gr e e ti ng

想像性の芽をもつ障がいのある人や子どもなど何物にもとら

リンクと交流を続けてきています。この国際交流は市民レベル

われない表現をする人と、アーティストが 1 対 1 のペアにな

の交流ですが、一個人のアーティストが地域の障がいのある人

り、長期継続的な関わりから生まれる新しい概念をかたちにし

と出会い、関係性から作ってきた作品や、あるいは関係性が構

ていくアートリンク・プロジェクト。一人の時とはまったくち

築されていく過程そのものがコミュニティに、新しい価値とし

がう、その二人だからこそ生まれる世界は果てしなく広がって

て還元されていく双方の過程を見てきました。

いく。そこには、個対個から生まれる関係性を作品というかた

私たちは、現代社会では、かつてのようなモノにおいて成長を

ちにし、その軌跡から新たな価値・可能性を考えていくという

遂げるよりも、知性や感性、魂の深さにおいて成長を遂げる事

ねらいがあります。出会ったことがない二人から始まったこと

が重要な意味を持っていると考え、人と人、人と地域、人と自

が、家族や関係者に新たな視点をもたらす契機となっていきま

然が交歓し、あらゆる側面のつながりを恢復させることを活動

す。アートを世界観の拡大ととらえると、アーティストは概念

のテーマと考えています。その鍵を握っているのがアートであ

をつくる人であり、障がいのある人は、生まれながらに私たち

り、そのポテンシャルを活かす事で新しい価値を創造できると

を揺さぶる概念を持っている人ともいえます。

も言えます。表現においては、障がいや年齢はひとつの個性と

2010 年の開催から 3 年ぶりに、高松アートリンク・プロジェ

なり、彼らの自己表現から豊かな市民文化の創造が拡がること

クトを開催いたしました。今回のテーマは、
「Long Time No

を念頭に、アートリンクを行っております。今回の展示を通し

See」( 久しぶり )。他者との出会い、関係性によって気づく新

て、それぞれの内なる可能性を感じていただければ幸いです。

ArtLink Project matches an artist with a person with a
disability who has great potential of creativity as a pair
and two of them bring forth a new form of expression
that was spawned by the long term interaction. The
world two of them create is vastly different from one
that one person would make alone, and this world
expands to infinity. The design of the project is to put
the relationship of the two absolute individuals into
some form of art and to think about new values and
potential based on the history of the two persons.
The two persons meet for the first time and this
encounter serves as a springboard for the families and
stakeholders to gain new perspectives. When art is
considered as a vehicle to expand world views, artists
can be concept creators and persons with disabilities
are ones born with a concept that challenges us.
T h i s Ta k a m a t s u A r t L i n k p ro j e c t i s o r g a n i z e d
three years after its first one. The theme of this
time around is “Long Time No See”. Through the
interaction with others and the relationship with
them, one can find new self.
Since the first ArtLink, Takamatsu keeps contacts with
the ArtLink organized by NPO Creative Clay in St.

たな自分。
先の開催以降、姉妹都市であるフロリダ州セントピーターズ

最後になりましたが、このプロジェクト実施に際し、お世話に

バーグ市内の NPO クリエイティブクレイで行われているアート

なりました関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

NPO ハート・アート・おかやま代表理事 田野智子

瀬戸内国際芸術祭2 0 1 3 関 連 事 業   た か ま つ ハ ー ト ・ ア ー ト フ ェ ス テ ィ バ ル 2 0 1 3
主催:高松市
企画コーディネート : N P O ハ ー ト ・ ア ー ト ・ お か や ま
後援:瀬戸内国際芸 術 祭 実 行 委 員 会

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Petersburg in Florida, a sister city of Takamatsu. This
is an initiative at a citizens’ level. One individual artist
meets with a person with a disability who lives in a
local area and art works and the relationship that the
two persons generate impact the local community by
providing new values.
We believe what is important in this modern society
is growth of intellect, sensibility, and the depth of a
soul, rather than physical materialistic growth. What
we would like to achieve is the restoration of all types
of link through happy interface between person
to person, person to region and person to nature.
A key ingredient for that is art and it would create
new values by leveraging its potential. In a space of
expression, disabilities and age can be one distinctive
characteristic. We carry out ArtLink hoping that their
self expression would bring more breadth to the
creation of colorful civic culture. I hope this exhibition
would give you a sense into their inner possibility.
In closing, I would like to express my most sincere
gratitude for all the people who provided us with
support for the organization of this project.

T o mo ko T a no , Re pr e s e n t a t i v e D i r e ct o r
NPO Heart Art Okayama
Undertaking related to Setouchi International Art Festival 2013, Takamatsu Heart Art Festival 2013
Org an ized b y : th e City of Tak amatsu
P lan coord in ator: NP O Heart A rt Ok ay ama
S u p p orted b y : S etou ch i In tern ation al art Festiv al Ex ecu tiv e Committee

「 おやじウサギの旅 」
「 動物さんたちの季節 」
「 作業所のみんな 」
“Journey of Father eel” “Seasons of animals” “Everyone at the workplace”

「おやじウサギの旅」は以前から描きたいと思っていた
世界でした。仲良しの女の子を探しに旅に出たおやじ
ウサギが、道中でさまざまな出会いを経験しながら成
長していきます。探していた女の子が亡くなりおやじ
ウ サ ギ は 悲 し む ん で す が 、い ま ま で 出 会 っ た 仲 間 が 「 一
人じゃないよ」と励ましてくれる感動のラストです。
「動物さんたちの季節」は主役のネコくん ( 大工 ) を中
心にしたいろいろな動物さんの季節の中での暮らしを
描いています。出てくる動物さんはそれぞれに職業や
性格があり、その動物さんならではの場面が切り取ら
れています。
「作業所のみんな」は陽子さんが通うあじさいで送る
日々のこと、印象に残っていることを思い出しながら
描いています。事実が元にはなっていますが陽子さん
の優しさフィルターを通って出てきた場面は、どこか
絵本の中の1ページのように思えます。

十河 陽子 × 加 藤 直 樹

“Journey of Father eel” is a world that I wanted
t o d e p i c t f o r s o m e t i m e n o w. F a t h e r e e l g o e s o u t
to a trip to find a girl that he was very close to.
On his way he meets many different people and
g ro w. H e f i n d s o u t t h a t t h e g i r l h e i s l o o k i n g f o r i s
dead for his sorrow but at the last hear t-moving
scene is he is encouraged by all the people he
meets on his way tells him that he is not alone.
“Seasons of animals” depict ways of animal life
i n d i ff e re n t s e a s o n s c e n t e r i n g a ro u n d a c a r p e n t e r
cat. Each animal has their specific occupation and
personality and distinctive attribute of the animals
a re d e p i c t e d . “ E v e r y o n e a t t h e w o r k p l a c e ” i s a b o u t
the reminiscence over an institution, Ajisai that Yoko
works. These episodes are based on facts but they
are viewed through her filter of kindness. They seem
like pages from a beautiful picture book.

SOGO Yoko × KATO Naoki

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中学生の時からこつこつと誰かのため、自分のために描いてきたイラストは膨大な量になっています。
「見て
く れ た 人 を 笑 顔 に し た い 」と 陽 子 さ ん 。彼 女 の 絵 に は そ の 力 が 込 め ら れ て い ま す 。明 る く 優 し く ほ が ら か な 絵 。
笑顔を届けるための絵ですが、これはまぎれもなく彼女自身でもあります。自分が投影されている絵を描い
ている人というより、絵の中から飛び出してきたような女の子といった方が正しいのかもしれません。
「イラストをお仕事にしたい」と聞いたのは2回目に会った時だったと記憶しています。これだけ描けてれば
すぐにできるんじゃないかなと思いつついろいろと話をしました。今までに描いたことのない大きな絵に挑
戦してみようと決めたのもこの時でした。常に前向き ( ときどき慎重 ) で新しいことに飛び込んでいく勇気が
彼女を今までの場所から見たこともない世界へ羽ばたかせるんだろうと感じました。
「 イ ラ ス ト 」 =「 仕 事 」 に す る た め に は こ れ か ら や る べ き た く さ ん の こ と が 目 の 前 に あ り ま す 。 一 歩 ず つ 、 時
には止まって考えて、たまに一段飛ばして進んでいけるようこれからも応援し続けていきます。それが僕と
陽子さんのアートリンクです。
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「海の生き物になる私たち」
”We will become ocean a n i m a l s . ”

近藤 洸士郎 × 高松 明日香

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KONDO Koshiro × TAKAMATSU Asuka

近藤洸士郎くん、お母さまの鳴美さん、そして私高松
の 3 人で海の生き物を表現しました。洸士郎くんは幼
い頃から昆虫や海の生き物が大好きだそうで、水族館
へ行ったり、海の生き物フィギュアを集めたりするこ
とは、彼の中の大切な習慣のようです。
洸士郎くんは絵や工作が得意ということで、はじめは
好きな生き物やキャラクターを画用紙に描いたり、海
のフィギュアを見ながらクジラやイルカを描いてもら
いました。そうした時、洸士郎くんが描こうとしてい
るフィギュアと同じポーズをしていました。
私は気がつかなかったのですが、鳴美さんは気がつい
て私に教えてくれました。
そ う い う 経 緯 も あ り 、3 人 で 海 の 生 き 物 を 表 現 し ま し た 。
写真撮影のリハーサルをしている時、洸士郎くんはフ
ィギュアを見なくてもびっくりするほど正確に海の生
き物のポーズをしていました。
普段どれだけその生き物たちを見つめ、記憶している
のかということが感じられた時間でした。
この作品のポーズから、洸士郎くんが海の生き物を見
ている「まなざし」を、ぜひ受け取ってください。 

T h re e o f u s, Ko sh i ro Ko n do, his mother, Narumi and
m y s e l f p o r t r a y e d o c e a n a n i m a l s . K o s h i ro h a s l i k e d
insects and ocean animals since he was a child,
a n d i t i s h i s i m po r ta n t h a bit to g o to aq uariums and
c o l l e c t f i g u re s o f o c e a n a n i m a l s . H e i s a g o o d a t
pa i n ti n g a n d m a ki n g c r a fts. S o I asked him to d raw
h i s fa vo r i te a n i m a l s a n d c haracters and whales and
dolphins by looking at his figures. When he was
dr a w i n g, h e w a s m a ki n g a p ose same as the fig ure
th a t h e w a s dr a w i n g. I di d not realize it, b ut Narumi
pointed out to me. While rehearsing for picture
taking, to our surprise, he was very accurately
making the same pose as the figure, without looking
a t th e m . T h a t i s w h e n I re alized that how much time
a n d e n e r g y h e s p e n t l o o k i n g a t t h o s e f i g u re s u n t i l
i t sa n k i n to h i s m e m o r y. I hop e that the p ose of this
a r t w o r k w i l l l e t y o u h a v e a f e e l f o r K o s h i ro ’s g a z e
to w a rd o c e a n a n i m a l s.

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最初に洸士郎くんとお母さまの鳴美さんにお会いした時、洸士郎くんはメモ帳にボールペンでサラサラとで
クジラの家族を描いてくれました。クジラの家族を描くとき、洸士郎くんは、お父さんお母さんとお兄さん
妹さん、そして自分という、実際の家族と同じ構成で描くのだそうです。その様子を見た時から、私はぜひ
洸士郎くんの絵を展示したいと思っていました。
何回かコミュニティセンターをレンタルし絵画制作をしましたが、なかなか進みませんでした。どんなこと
が起これば絵を描いてくれるのだろうか、洸士郎くんにとって絵を描くことはどういうことなのか、自分で
考えても鳴美さんからいろいろなお話をきいても、私にはよく分かりませんでした。
9 月 22 日、香川から一緒に参加している作家の千葉さんと展示について打ち合わせをしました。私が何も
案を思い浮かばず悩んでいると、千葉さんが「ネットに投稿していた洸士郎くんのポーズ、おもしろいね」
と言ってくれました。あのフィギュアと同じポーズをとる洸士郎くんの写真です。
自分では気がつけなかったこと。作品を作るということは、何かものを作るだけではなく、持っているまな
ざしやイメージを伝えることが大切だと、改めて考えさせられたアートリンクになりました。
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「 紘生君のお言葉 」
“Hiroki’s Words”

















佐藤 紘生 × 千 葉 尚 実

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藤君は私と会っている時には絵を描いている。
の間にお腹がすいたらパンにチーズをのせて
いて食べるとか、マジックのふたを明けた時
はかならず匂いを嗅ぐとか、会話が成立して
る様でしてなかったり、急に言う言葉は脈絡
なかったり、何で急にそんな事いうんだろう
か考えると楽しくて、彼の自然体な所は大人
なるとしたくても出来ない自由さとかわいら
さがある。
件脈絡が無いようで、彼が気にしている事だ
たり、ちょっと前に何処かで聞いてきた彼の
でのマイブームだったり、絵を描きながら付
ているディズニーチャンネルに反応して言っ
いたり彼の中では繋がっている。
んな言葉を文字に置き換え、書道にして並べ
事で Twitter や Fecebook のタイムライン
様な物が出来るのではないかと考えた。

Hiroki draws when I am with him. He bakes bread with
cheese when he becomes hungry. He must sniff when he
opens a Magic Marker. We seem to be talking, but we do
not seem to be connected sometimes. He says something
out of blue and out of context. It is fun to think why he
says such a thing. It is all natural to him, in which I sense
liberty and cuteness. That is something adults cannot do
if we want to. It seems to be out of context but it seems to
be something he has been concerned. Or something he
learned somewhere else and he fell in love to a degree to
form his own fad. Or he may be responding to the Disney
channel that he is listening while drawing. They are all
connected in him. I wondered and thought it possible
t o m a k e s o m e t h i n g s i m i l a r t o Tw i t t e r o r F a c e b o o k
Timeline by converting such expressions he uttered into
calligraphy writing and connect them.

SATO Hiroki × CHIBA Naomi

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佐藤君と初めて会った印象は想像の中の18才よりかなり幼いなという事だった。
と に か く「 は や く 帰 ろ う 。 は や く 帰 ろ う 」と 言 っ て い て 、お 母 さ ん に 聞 く と 家 が 大 好 き で 落 ち 着 く と い う 事 で 、
主に佐藤君のお宅でのリンクになった。
彼はとにかくディズニーが大好きでディズニーチャンネルを見ながら好きな動物のキャラクターをマジック
で広告の裏に描いていた。私自身、障がいのある人と触れ合った経験が今まで無かったのでどう接していい
のか、何を作ればいいのか手探りの状態で、とにかく彼の事を観察して、お母さんから彼の事を聞いたりす
るうちに、前もってその日の予定が決まってないと不安なんだなとかそういう事も分かって来た。
好き嫌いがはっきりしているし、いつも自由で自然体な彼が羨ましくもあり、絵がうまい彼というより、今
日はどんな事をしたり言ったりするのかなと言う事に興味が湧いてきた。

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「 未 定 」
”Undecided”

松原 隼也 × 具 民 和

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MATSUBARA Junya × KU Minfa

身体から立ち現れるその芸術性ということで言えば、隼也さんは
天性でその仕草、表情によってすでに美しさを体現した人なので、
これ以上演出家に何ができるのかということが当初の課題だった。
私たち芸術家は彼が惜しげも無く表出させる純粋さをなんと
かこの身の内にも降らそうと、あれやこれや試行錯誤し日々取
り組んでいるわけです。
しかし幸いにもそんな私たちの出会いの眼前には時間軸とい
うものがずっと先まで続いていて、その中で異質なものたちは
お互いを味わってみようとすることができる。
その間にある空間を引き延ばそうとしてみたり、たぐりよせよ
うとしてみたり、ひっかけたり、引き寄せてみたり、また手放
してみたり。そんな取り組みを、身体表現という、時間という
恵みとともにある表現形式で現してみたいと思った。
私たちにとって、それはとても繊細な取り組みだった。
それは静かに1対1から始まって、そしてそうっとそうっと、
少しずつ色んな人が関わりながら、やがて大きな蜘蛛の巣状の
関係の中へ。ご覧いただく皆さんにも、その触手が届くといい
なと思います。
パフォーマンス:うちだ かつこ 西瀧 葉子
デコレーション:ENTRANCEMENT

When it comes to artistic quality expressed by the body,
it is so natural to Hayato. Beauty is readily expressed in
his manners, bearing and facial expressions. My initial
challenge as a producer was to figure out what else I
could do to make it even better. We, artists, see that his
purity is drawn out so liberally and we are making every
effort in our trial and error to have it come down on us
like shower. Fortunately there is an axis of time before
our eyes extending into infinity and in that course of time
things heterogeneous can get the flavor of one another. We
wanted to do different things like expanding space along
that line of time, reeling it in, scratching it, drawing it nearer
and letting go of it. I wanted to experiment that type of
bodily expressions together with the grace of time. It was an
extremely sensitive attempt. It quietly started from the two
persons facing vis-à-vis, then connect with more and more
people secretly into an expanded large spider web type of
relationship. It is our hope that tentacles reach out to you.
Performance: Katsuko Uchida, Yoko Nishitaki
Decoration: ENTRANCEMEN

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隼也さんに初めてお会いした時も、ふと窓の外に目をやると5月の陽光を受けてきらきら輝く海があ
りました。
自閉症という症状を持つ人が身体というツールを通じて表現していくということにどんな意味があるのだろ
う 、彼 ら が 真 に わ た し た ち に 望 む こ と と は 何 な ん だ ろ う 、そ れ に 対 し て 芸 術 が 果 た せ る 役 割 っ て 何 な ん だ ろ う 、
アートリンクに取り組み始めたとたんに私の中で様々な考察が始まりました。
でも何よりもまずは目の前にいる人と仲良くなりたい、そのうち私たちの共通点は海が大好きだということ
がわかって、海に何度か遊びに行くことから始まりました。
そうすると、誰しも初めはとまどい、好奇心、期待、不安といったごつごつとしたところから始まるもので
す が 、私 た ち も 次 第 に 角 が 取 れ 始 め て 、慣 れ 親 し ん だ 円 熟 し た と こ ろ へ の 一 歩 を 踏 み 出 す こ と が で き ま し た 。
ちょうど割れたガラスの瓶が波に洗われるうちに鋭さがとれて、あたたかみを帯びたシーガラス
になっていくみたいに。
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「モナリザのつづき」
“Mona Lisa to continue”

モナリザと戦闘機と聖母子。
それぞれまったく違うことをおもってつくられたはずだ
けど、ぼくは何かそこにつながり、関係するものがある
気がして、それらを物理的につなげてみる。つながった
キャンバスに、それらをあてはめてみる。
それはモナリザであって、モナリザでない気がする。違
ったスマイル。
それは、戦闘機ではあるけれど、爆弾も積まれているけれ
ど、戦うことのない、ただのカッコイイもの。
それは、別にキリストがどうというわけではないけど、ど
こか強い力を感じる聖母子。
ただ、並べてみるけれど、何かストーリーがある気がする。
それらのもののあいだにあるものを、目でみえるようにし

Mona Lisa and a fighter aircraft and the Virgin
a n d C h i l d T h e y w e re c re a t e d f ro m t o t a l l y d i ff e re n t
artistic intent but I sense some connection among
t h e m s o I p h y s i c a l l y p u t t h e m t o g e t h e r. I a p p l i e d
t h e m t o c a n v a s e s t h a t w e r e j o i n e d t o g e t h e r. I t
is Mona Lisa but feels different from it. Different
sm i l e . It i s a fi gh te r l o a de d with b omb s b ut it is just
a cool thing that never fights. It was never intended
to h a ve a n yth i n g to do w i th Christ b ut the p ower ful
Virgin and Child. When you simply put them
t o g e t h e r, t h e r e s e e m s t o b e a s t o r y a m o n g t h e m .
Yo u t r y t o v i s u a l i z e s o m e t h i n g t h a t e x i s t s a m o n g
th e m . Yo u do so w i th so m ething invisib le. It may b e
i t, o r m a y n o t be i t.

てみる。みえない何かを、仮にみえるようにしてみる。そ
れはもしかしたら違うかもしれないし、もしかしたらそう
かもしれない。

川久保 昭孝 × 伊藤 玄樹

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KAWAKUBO Akitaka × ITO Genki

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彼の家に行って 話をしたり 絵を描いてみたり 飛行機のこと 歴史のこと レオナルド・ダ・ヴィンチ
のこと とてもくわしく youtube をみてみたり 懐かしの曲を歌ってみたり 厚紙で飛行機をつくってみた
り 興味のあることにどんどんシフトしていく記憶?知識?のなかを泳いでいくように
どんなものをつくり なぜそれをつくるのか この意味のない なぜそれを描くの 考えたりしてる そん
な自分がみえて やればそれになり みえてくるのらなきゃやらない 思いついたらやってみる のどが渇
いた お腹すいた ねむくなってきた そんなことどうでもいい こんなかんじでいい きがして
宇宙戦艦ヤマトの最終回。音をカットして、クレヨンしんちゃんの映画の感動的シーンに流れる曲を聴きな
がらみていたことがあった。作品にしていくときに、とても重要なものになったような気がする。

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高松アートリンクプロジェクト × セントピーターズバーグ市

Artlink Japan/Free Museum Day

高松アートリンクプロジェクトは、姉妹都市のアメリカフロリダ州のセントピーターズバーグ市にある NPO クリエイティ

Mayor Bill Foster will visit Creative Clay during Free Museum
Day, Saturday, Sept. 28, at 1:30 p.m., to accept a letter from
Mayor Hideto Onishi, of Takamatsu, Japan-St. Petersburg's
s i s t e r c i t y. T h e l e t t e r e x p re s s e s M a y o r O n i s h i ' s g r a t i t u d e
for the city of St. Petersburg's continued suppor t of Ar tlink
J a p a n , a n o n g o i n g a r t i s t i c c o l l a b o r a t i o n b e t w e e n C re a t i v e
Clay member artists and artists with disabilities living in
Japan. During the event, Creative Clay will exhibit ar twork
from their Artlink international collaboration, and visitors will
have an oppor tunity to par ticipate in a Japanese Ink Brush
Drawing Workshop (1 - 2 p.m.), led by Jonathan Hobbs, a
C re a t i v e C l a y t e a c h e r a n d f o r m e r re s i d e n t o f J a p a n . T h e
e x h i b i t a l s o w i l l f e a t u re h i s t o r i c a l o b j e c t s f ro m Ta k a m a t s u
on loan from the St. Petersburg Museum of History. Creative
Clay will be open on Free Museum Day from 10 a.m.- 3 p.m.

ブクレイと交流を継続しています。今回は、2010 年の高松アートリンクで生まれた作品を送り合いました。

セントピーターズバーグ市長 ビル・ フ ォ ス タ ー   様
ビル・フォスター市長におかれましては、日ごろより,セントピー
ターズバーグ市と高松市との親善交流に御尽力を賜っておりますこと、
深く敬意と感謝の意を表します。
  2 0 1 0 年 に 催 さ れ ま し た、
「 高 松 ア ー ト リ ン ク・ プ ロ ジ ェ ク ト
2010」では、本市の姉妹都市である、アメリカ合衆国セントピーター
ズバーグ市に在住しているアーティスト・デビット・ウィリアムズ氏に
も御参加いただきまして、イベントを成功させることができ、両市の友
好交流が、より一層深まりましたこと、心より感謝申しあげます。
 この度、本市および瀬戸内海の島々を舞台とした現代アートの祭典
「瀬戸内国際芸術祭2013」の関連事業として、
「たかまつハート・アー
トフェスティバル2013」を開催するに当たり、前回に引き続き、高
松アートリンク・プロジェクトを実施することといたしました。
 今回の作品展示においても、前回の開催時に制作された巨大バルーン
「ウサギ天使」を併せて展示し、セントピーターズバーグ市にあります

NPO法人クリエイティブクレイの方々にも、バルーンへ高松市民への
メッセージを寄せ書きしていただく予定となっております。
 本プロジェクトを通じ、アートリンク・プロジェクトの趣旨である「表
現活動を通じ、人と人が出会い、繋がり、感性を交換することで新しい
概念が生まれる」ことを市民が体感できるとともに、
貴市と本市との間で、
友好交流が図られるということは、大変意義深いものと存じております。
 ビル・フォスター市長におかれましては、本プロジェクトの趣旨に御
賛同いただき,御協力いただけるということで、主催者を代表し、重ね
て御礼申しあげます。
 今後とも、アートリンクという活動を通して、ますます両市の交流の
輪が広がることを期待し、10月の高松アートリンク・プロジェクトに
おいて、セントピーターズバーグ市の市民の皆様の温かいメッセージが
拝見できることを楽しみにしております。 

 2013年8月2日   高 松 市 長

大西秀人

From Creative Clay, Inc
T h e A r t L i n k J a p a n w a s v e r y s u c c e s s f u l t o d a y. T h e R a b b i t
Angel ballon was raised and the Mayor of St. Petersburg was
in attendance. Mayor letters exchanged. The artist members
of Creative Clay produced a very excellent exhibition.Thank
you again for the opportunity to participate with my friends and
artists in Japan. You all are in my thoughts daily.

「ウサギ天使 」Angel Rabbit
上原 舞+清水 直人 / Mai Uehara + Naoto Shimizu
上原さんの描くウサギ天使をみたとき、単純に「天使=空」が連
想された。一人の女の子の内に秘めた作品(思い)が空に浮かび
上 が り、 鑑 賞 者 を 眼 下 に 望 む 光 景。 見 て い る 本 人 、 家 族 や 友 人 知
人達の心の動きは、周りを動かし大きなうねりとなるのではない
か。まさに天使のように包みこむ印象を受ける。本展覧会を終え
た後も、香川県内外で開催される様々なイベント等でバルーンを
継続的に活用されて行くことで、上原さんからのメッセージや新
た な 社 会 的 な 価 値 の 創 出 の 可 能 性を 期 待 し て い る 。
Seeing Angel Rabbit that Mai drew, a simple association of “angel”
equals sky crossed my mind. A hidden work or concealed idea kept
in the mind of a girl would be lifted in the sky and look down on the
audience below. The heart of Mai who looks up and those of the family
and friends would influence people around them and joined hearts
would move together to create a big wave. It would appear to embrace
as an angel would.It is my hope that Mai’s message would come across
and a new social value be created by keeping her balloon continuously
exhibited in various events inside and outside Kagawa Prefecture even
after the ArtLink Exhibition finished.  

G r e e t ing f r om the organizer
Dear Mayor Foster,
I would like to express my deep gratitude and respect towards your
efforts in our friendship between the city of Saint Petersburg and my
city of Takamatsu.
I would like to note a special gratitude for the occasion to have
your local artist, Mr. David Williams for the very successful 2010
“Takamatsu Artlink Project 2010” which I believe deepened our
friendship between the two cities.
This year, our city Takamatsu as well as the islands for the Setonaikai
will be presenting a contemporary art festival “Setonai International
Fine Art Festival 2013”, and in relation to this event, we will be
featuring “Takamatsu Heart Art Festival 2013”, and as before,
conducting the Takamatsu Artlink Project as we did in 2010.

  A u gu s t
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This year we will again exhibit the giant balloon “Rabbit Angel”.
For this project, people at Creative Clay in Saint Petersburg will be
sending messages to the citizens of Takamatsu through this project.
This project mirrors the art link statement “Through art making as
creative means, the links between people, cultures and their sensibilities
will create new concepts.” This experience is deeply purposeful where
citizens from both Takamatsu and Saint Petersburg will be able to further
deepen their friendships and ties between the two cities.
On beh alf of the project coordinators, I would like to send my
gratitude for your generous interest and cooperation for this event.
We look forward to viewing the heartfelt messages from the citizens
of Saint Petersburg this October at Takamatsu Artlink Project and the
widening of the circle of friendship between our cities.

2 , 2 0 1 3   Mayor

of Takamatsu Hideto Onishi
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地域振興は、地域文化力とリンクする 〜 個人の表現というピンホールから地域を考える 〜
大 西 秀 人 ( 高松市長) × 加藤 種 男 対談  聞き手 田野智子
企業メセナ協議会代表理事
総務省地域力創造アドバイザーほか

NPO 法人ハート・アート・おかやま

田野: 初 め に 今 回 の 「 高 松 ア ー ト リ ン ク ・

す。今回も、空間全体が作品ですよね。映

田野: 文 化 を 地 域 振 興 の 中 心 に 据 え る と

う時に、あまりにも経済偏重しすぎていた

食住すべて自然と密接な対話をしながら、

す。だから、アートで年寄りを元気にする

プ ロ ジ ェ ク ト 2013」 の 展 示 会 場 内 で の 対

像もあって、素晴らしい空間ができたなあ

い う 高 松 市 長 に 非 常 に 魅 力 が あ り ま す。

わけですね。文化とか人間の心を豊かにす

自然とともにありつつ、新しい価値を見出

というのならば、すべての年寄りがアーテ

談 に あ た り、 展 示 の 感 想 か ら お 願 い し ま

と感激しています。

2010 年 に 引 き 続 き 継 続 的 に 行 お う と し て

るものに行政や政治が目を向けてこなかっ

し表現しようとした。もともと我々が持っ

ィストになりうるという目標を立てて、そ

す。

加藤: こ ん に ち は 。 高 松 に 来 さ せ て い た だ

おられるわけですが、市長と文化の出会い

た。もっと、行政とか政治は、人々の幸せ

ていた人間としてトータルな生き方、ある

れに対してアーティスト側が考えていくこ

大西: 瀬 戸 内 国 際 芸 術 祭 2 0 1 3 の 秋 会 期 に

き、 あ り が と う ご ざ い ま す。7,8 年 前 に

は?

とか心の豊かさを感じるような事業政策が

いは、自然との間で軋轢を生じない生き方

とを期待したい。今度は是非、田野さんに

合 わ せ、3 年 ぶ り の「 高 松 ア ー ト リ ン ク

田野さんに出会ってから、こんな活動を行

大西: 文 化 と い う と 、 広 く 捉 え る と 人 間 の

必要なんじゃないかなと。 昔、香川県出

を 大 切 に し た。 そ う い っ た 意 味 で、 イ サ

は、お年寄りとアーティストを組み合わせ

2013」 開 催 に つ い て、 関 係 者 の 皆 様 の ご

っているということで、お話しをさせてい

営みの蓄積全てが文化ですね。だから、良

身の総理大臣大平正芳さんは、田園都市国

ム・ノグチを発見するということは、人間

て、アートリンクのニューバージョンをし

尽力に感謝申しあげます。この展覧会がな

ただく機会を持たせていただき感謝してい

い文化をつくっていく、育てていくという

家構想を打ち立てて、その中で、行政の文

が創造的に生きていく上で、表現は欠くこ

てほしいですね。

ぜ 3 年前から始まったかと言いますと、ア

ます。

ことが大切ですね。

化化というのをあの時代に考えていまし

と が で き な い と い う こと で す。 と す る と、

田野: 年 代 を 超 え て 、 日 常 ・ 非 日 常 を 超 え

ートをいろんな繋がりから探っていく中

市長さんが「インスタレーション」という

狭義の文化で言うと、私はもともと音楽は

た。今一度、政治の文化化、人々の心を豊

人の晩年、お年寄りを大事にすることに繋

て、作品をつくる人も鑑賞する人も、島で

で、高松市の姉妹都市であるアメリカのセ

言葉を使えるなんていうところは、日本全

全 般 に 好 き で し た ね。 高 松 市 長 選 挙 に 臨

かにする行政をより重要視すべきではない

がる。芸術祭でさしあたり、若い人が島に

の出会いや物語もアートになりつつありま

ント・ピーターズバーグ市にある NPO ク

国でも珍しいですね。この企画は、出会い

む に あ た っ て、 高 松 の 街 の 魅 力 は 何 だ ろ

かと思っていたんです。そんなとき、福武

行 く こ と で、 島 の お 年寄 り が 元 気 に な る。

すが、古いものと新しいものを対峙させる

リエイティブクレイの活動と交流し、この

と繋がりを大切にしておられるということ

うといろいろ考えたときに、旧牟礼町 ( 現

總一郎さんが瀬戸内国際芸術祭を行うよう

さらに継続的に行うことで、次のステップ

ことで、街の良さが見えてくる。それらの

活動を行ってきておられるということで、

で、障がいのある人とアーティストが、ペ

在は高松市 ) のイサム・ノグチ庭園美術館

になって、行政も積極的にやりだすと、い

に行かないといけない。お年寄りが表現者

うねりというか、街の様子を教えてくださ

それをぜひとも瀬戸内国際芸術祭に合わせ

アになって活動しています。そして、障が

と、2006 年 の 高 松 ピ ア ノ コ ン ク ー ル の 成

ろいろな人が、いろいろな提案を持って集

としての力を持っているということを、さ

い。

てやっていただこうとお願いしたわけで

いのある人の繰り返し行う表現、同じよう

功。この二つがあれば、音楽と芸術で高松

まりだした。高松市、香川県が、文化の盛

らに引き出せるといい。島のお年寄り自ら

大西: 都 会 か ら 来 た 人 が 島 に 渡 る と 、 非 日

す。今回も、5 組の障がい者の方と芸術家

なものに見えるけれど、非常に根気強く繰

の良さを情報発信していけると思ったんで

んな地域になろうとしているということだ

が表現者となるように、そのプロセスをア

常の空間があるんですね。船で島に渡るこ

の方が参加されました。前回は、セント・

り返す力があって、どっちかというとアー

す。イサム・ノグチ、流政之など彫刻を主

と思います。

ーティストが考える必要が出てくる。例え

と 自 体 も 非 日 常 で す が 、島 に 行 く と 、ま ず 、

ピーターズバーグ市からもアーティストが

ティストのほうが、タジタジとなっている

体とした現代アートと、一方で古い文化と

田野: 幸 せ 度 と い う 点 か ら 考 え る と 、 日 本

ば、男木島のオンバプロジェクトの素晴ら

島には同年代はいない。年寄りが多いんで

参加しました。そして、会場にあったウサ

感じも随所にあって面白いですね。瀬戸内

して、香川漆器などの伝統工芸や盆栽、松

の地方の一つとして瀬戸内の島も日本の発

し さ は、 オ ン バ ( 手 押 し 車 ) を 作 っ た ア ー

す。そういう人と日常会話をすること自体

ギの balloon は、圧倒的な存在感がありま

国際芸術祭は、いろんな出会いの場を提供

平 藩 の 公 園 も あ る。 古 い 文 化 と 新 し い 文

展に寄与してきました。加藤さんは瀬戸内

ティストと使っているおばあちゃんたちの

が新鮮なんですね。前回は、来場者の 7 割

した。その当時高校生だった障がいのある

し、そこにアート活動が連動しているのが

化、それが融合しているのが高松の文化だ

の文化をどうとらえますか?

コラボレーションともいえて、おばあちゃ

が 女 性、7 割 が 30 代 ま で の 若 者、7 割 が

女性が考えたことに、アーティストが関わ

良いなと思っています。先般は、高松のホ

と。かつて、金子正則さんというデザイン

加藤: 今 回 の 瀬 戸 内 国 際 芸 術 祭 の 目 的 が し

ん達が生活の中で使っていくことが、自ら

東京など大都会から来た人。そういう人た

ることで、そんな作品に仕上げていくこと

テルで福武会長とばったりお会いして、ま

知事がいて、丹下健三さん設計の香川県庁

っ か り し て い て 、「 島 の お 年 寄 り を 元 気 に

の表現となっている。さらにすすめて、生

ち が、 こ の 地 域 に 来 て新 し い 発 見 が あ り、

に 驚 き を も ち ま し た。 会 場 の 空 間 の 中 に

た一昨日、竹のドームをつくる王さんとい

舎を作ったり、イサム・ノグチを呼んでき

する」という発想が、実はアートに結びつ

きているうちに皆さんが元気でいられるよ

ここを好きになってまた来る人もいる。中

は、いろいろな作品、絵画ですとかインス

うアーティストにも偶然会い、本当に出会

たりした。建築物関係でも文化芸術性の高

いています。でも、そこに至る前に、イサ

う に、 ア ー ト が 提 供 し て い く 必 要 性 が あ

には、I ターンで来る人もあり、芸術祭を

タレーションもありました。前回セント・

いの多いフェスティバルだなと思いまし

いものが残っている。高松を売り出すのに

ム・ノグチの話です。彼がなぜ凄いかとい

る。そういうことにアーティストが着目し

契機として地域の魅力が高まったと思いま

ピーターズバーグ市から来られたアーティ

た。それと相まって、連動した企画が次々

は 、文 化 芸 術 だ と 思 い ま し た 。も う 一 つ は 、

うと、まずもちろん作品が凄いが、その背

ているのが凄いと思っています。これまで

す。

ス ト は、 高 松 の 障 が い のあ る 人 と 組 ん で、

と進んでいていいですね。障がい者に光を

ちょっと硬い話になりますけれども、日本

景 に あ る も の も 凄 い。 彼 は 庵 治 石 を 発 見

は、障がい者はケアの対象、助けてあげる

古いものと新しいものの融合ということで

掛け軸の作品という、なんとなく和風のテ

当てた表現活動はいろいろあると思います

は戦後、高度経済成長期を経て経済大国に

し、そこに住みついた。近年、瀬戸内の石

という対象とされてきたのですが、今回の

すが、高松市と金沢市は、文化観光の交流

イストがある作品に仕上がっていたことも

が、ペアで活動するという手法、この手法

なりましたが、日本国民は、果たして豊か

は、砂利や砂としてコンクリートの材料に

このアートリンクは、障がい者は表現者足

協定を結びます。お手本となる国内の街は

びっくりしました。そして、今回 3 年ぶり

は、あまり例を見ない斬新な企画です。こ

さとか幸せを感じているのかと思うんです

なっていたんですが、しかし、イサム・ノ

りうる。ここでは、表現者として気付かせ

金沢だと思ったんですね。お互い城下町で

の開催で、前回同様、障がい者の方とアー

れが、障がい者に留まらず、様々な人と繋

ね。例えば、ヨーロッパは、日本より経済

グチは、クリエイティブな視点から、庵治

てくれる存在。障がい者の方がプロの表現

あり、古い文化が残った街というところが

ティストのリンクによってアートの作品と

がっていくという可能性を持っていると思

力は低いけれど、ずっと幸せに暮らしてい

石そのものの凄さを発見した。彼のアトリ

者をも、タジタジにするということに気づ

似ている。一部異なる点は、金沢は戦災で

し て 仕 上 が っ て、 素 晴 ら し い な と 思 い ま

います。

るように見えるんですね。それは何かとい

エは、蔵を移築した日本の古い家屋で、衣

か せ て い る。 こ れ は 凄 く い い チ ャ ン ス で

焼 け て い な い が、 高 松は 市 街 地 が 焼 け た。

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ですから、金沢は古い街並みが残っている

観 客 が い る と す れ ば、 見 物 人 は た だ 一 人、

考 え て い く 必 要 が あ る。 こ れ ま で の 日 本

市ほど、より発展する可能性が高くなりう

きるんじゃないか。

して、行動変容を健康な方に動かすことが

一 方 で 、道 が 狭 く て 渋 滞 が 起 き る 。高 松 は 、

神様なんです。つまり、一人の神様が作っ

は、 陸 上 交 通 ば か り 考 え て き ま し た。 今、

ると考えているんです。創造都市推進局を

大西: 今 の 話 で す と 、 都 市 の 健 康 と い う こ

できればと思っています。

中央通りなど碁盤の目のような近代的な都

て大勢の人が見る状態が近年のアートだっ

視点を変えてみると、高松は本当に便利な

つくっていますが、Creative City の方法

と で す ね 。人 の 健 康 、都 市 の 健 康 。例 え ば 、

田野: 目 指 す の は 、 寛 容 性 の あ る 成 熟 社 会

市開発ができた。そんな伝統文化がしっか

たが、祭りは作り手が大勢で、一人の神様

場所にあって、高松は瀬戸内海のど真ん中

と は、 確 た る ビ ジョ ン を 示 す の で は な く、

食べ物だけで健康になるか。それはありえ

ですね。

り残っている古い街の金沢が最近、脚光を

に観ていただく。祭りでは神様を喜ばせな

の良い地にあるから可能性がものすごくあ

いろいろな可能性が生まれる仕掛けをして

ないことなんです。人間として生きがいを

加藤: 高 松 は 地 理 的 に も 恵 ま れ て い る し 、

浴 び て い る の は 21 世 紀 美 術 館 で す。 そ れ

きゃいかんから、我々は日常的なレベルで

るんじゃないかなと思います。

いく。それにより、自分でも想像できない

持って幸せに生きることなんですね。健康

高松のお城は海に面している。私が夢想し

によって、現代アート金沢の魅力が格段に

はいかんと頑張る。衣装も神輿も飾り立て

田野: 瀬 戸 内 海 は 、 角 度 を 変 え て み る と 違

ようなものが出てくるような都市にしてい

になるためには、行動変容をしないといけ

て い る の は、 瀬 戸 内 海全 体 を 繋 ぐ よ う な、

上がっている。高松は、盆栽、漆器、お茶

て、ぶつかり合ってという極限的な状態ま

った色に見えますね。日差しの向き、潮の

けたらと思います。そんな中で大切にしな

ない。そのため、生活習慣を変えるために

大阪、淡路から西は国東半島別府あたりま

などの古い文化と、イサム・ノグチや丹下

で 頑 張 る。 祭 り を ヒ ン ト に 目 指 し た い の

流れのせいでしょうか。一つのものも角度

いといけないのは、寛容性ですね。いろん

は、行動を変えなければならない。日常生

で 、C r e a t i v e N e t w o r k を 作 っ て い た だ き

健三などの新しい現代美術を代表されるも

は、多数の作り手と少数の見物人という祭

を変えてみると違った可能性が見えてく

な も の が 寄 っ て く る 時 に、 排 除 し な い こ

活を変えなければならない。その行動変容

たいし、豪華クルーザーでこれらを巡回し

のを付帯しながら PR していきたいと思っ

り型芸術活動、祭り型表現活動です。祭り

る。高松の海に、どんな未来を描いていら

と、ある程度受け入れる地域なり、人なり

のために、人の心に訴えることが必要。ま

て い く こ と。 し か も 日本 人 向 け で は な く、

たんです。古いものと新しいもののミクス

とか神楽とか伝統的芸能も、地域の振興に

っしゃいますか。

が大切ですね。そうすれば、明るい未来が

た、街自体をおのずと歩きたいという場所

外国人向けに売り出して、その価値を日本

チャーによる、新たな創造。それと、芸術

は役に立ちます。

大西:そ う で す ね 、 海 に 焦 点 を 当 て た こ と 、

見えるのではないかと期待をしています。

にすると、自分たちが、市民がアーティス

人から瀬戸内の魅力を感じて羨ましがられ

祭自体が現代アートを島に持ち込み、島の

それともう一つ、そのプロセスで大事なの

海の復権。海は、世界中、どことでも繋が

加藤: 私 が 、 文 化 芸 術 創 造 都 市 横 浜 で コ ン

トになるという感覚をとると、都市は健康

るような、誰もやらないようなクルージン

お年寄りと結びつけることによって、現代

は、普段我々があまり接しない、異文化を

っているんですね。高松の港から出ていく

セプトづくりから関わったときは、着地目

になると思います。その中で、一つのきっ

グをやりたいですね。なんとか瀬戸内海全

アートが一つの触媒となって、化学反応が

丁寧に観ていく必要があるということで

と世界中の津々浦々に行けるということで

標はあまり考えていませんでした。途中の

かけとして現代アートは、人の表現を変え

体を繋いでいきたいです。その中で、いく

起こって、新たな魅力価値が出てきている

す。その一つは、一見異文化に見える障が

すから、繋がりを大切にしたい。先程、化

議論で、創造的界隈をつくることを目指し

るきっかけになると思います。先日、大道

つかのハブが必要となっていて、これだけ

ということで、今は、良い方向に向かって

いのある人の表現活動です。親や関係者は

学反応と言いましたが、繋ぎ合わせること

た 。な か で も 、全 て の 市 民 は ア ー テ ィ ス ト・

芸フェスタをしたんですが、大道芸人の芸

の創造活動を展開している高松は、ハブの

い る と 思 っ て い ます。予 想 し な い よ う な、

毎日見ているけれども、普段接することが

で新しいものが創造される。イノベーショ

表 現 者 と い う 標 語 を 掲 げ た ん で す。 そ れ

をみると、子どもたちの目の輝きが凄いん

ひとつとして期待しています。大西市長が

化学反応が出てくると楽しみにしていま

無い人には必要ですね。結局我々は、将来

ンを繰り返していきながら、地域自体の豊

は、自分が何者であって、どういうことを

で す 。元 気 を も ら っ て 、あ あ な り た い と か 、

居る時代がチャンスです。( 笑 )

す。

は高齢者になっていくわけだから、何らか

かさが高まっていくといいと思っていま

したいと言えて、互いに認め合う状況とい

自分たちも得意なものを作って、成し遂げ

大西: ち ょ う ど 来 年 が 、 昭 和 9 年 に 日 本 で

田野: 本 当 に 住 み た い 街 で す ね 。 さ て 、 加

の障がいも持つであろうし、我々のこれか

す。ですから、繋ぐための媒体がこれから

うのが、みんながアーティスト状態だと思

ようとか、人を感動させてみようとか。

最初の国立公園として、瀬戸内海国立公園

藤さんは、日本各地を廻っていろいろな文

らの可能性を追求しておくことが必要で

は 大 事 に な っ て いく と 思 い ま す。 ま さ に、

っているんです。そうすると、経済的にい

また、文化と福祉は、実は繋がっていると

と霧島国立公園と雲仙国立公園とが指定さ

化や地方の現状を観ておられますが、アー

す。

リンクさせていくことが、今からは重要に

いことがあるのです。実は、義務的経費が

思うんですね。人を元気にする、心を豊か

れ て 80 周 年 で す。 最 初 の と き の 瀬 戸 内 海

トのつくり方を祭りのありように例えられ

そういう意味で、イサム・ノグチのもうひ

なってくるんじゃないかと思います。祭り

減額できるかもしれないということです。

に す る 仕 掛 け、 そ れ が、 行 政 が 芸 術 文 化

国立公園は、屋島から見た景観が決め手と

ていますね。

とつ要素というのは、彼はアメリカ人と日

の話が出ましたが、平田オリザさんの話を

例 え ば 、障 が い の あ る 人 が 、表 現 者 に な る 、

をする意味があると思います。福祉の面で

なって、小豆島、鷲羽山、西が三豊市と鞆

加藤: 私 は 若 い こ ろ 、 祭 り が 苦 手 だ っ た ん

本人の要素の両方を持って、自分一人異文

聞いたときに、東北の震災の地では、祭り

高齢者が表現者になると元気になる。だか

も、 文 化 芸 術 は 力 を 持 っ て い る と 思 い ま

浦を結んだ地域ですね。まさに今、瀬戸内

で す ね。 ( 笑 )  そ う で は あ り ま す が、 近

化を否が応でもやっていたのかもしれな

が早く復活した所ほど、集団移転や意見調

ら、 障 が い 者 に な っ て も 孤 立 し な い よ う

す。平田オリザさんは、演劇に生活保護を

国際芸術祭が行われているところです。来

年のアートのあり方が、アーティストが偉

い。自らの中の異文化交流です。そういう

整が早かったといいます。祭りが地域の繋

に、高齢になっても寝込まないように、ア

受けている人や、刑務所を出た人も誘うべ

年も、瀬戸内海全体の交流も視野に入れな

大な天才でピラミッドの頂点にいて、我々

意味でも、我々は積極的に違った文化に接

がりの場となっている。祭りが復活するこ

ーティスト側は市民へ向けて、なるべく早

きだと。演劇を見ることで、心を揺さぶら

がら考えていけたらと思います。

は聴衆として、美術館や音楽ホールで押し

すること。であれば、高松は有利な位置に

とによって、人の心と心の繋がりが復活を

くから、なんとか元気に表現者になるよう

れて、明日からは自分たちも何とかしよう

田野: お お っ 、 壮 大 な 計 画 で す ね 。 何 が し

頂くように下で見ているということを逆転

あるんです。港をもっている。港から異文

し て、 そ れ で 意 見 調 整 が で き て、 さ ら に、

に 手 だ て を 尽 く すこ と を 考 え る。 そ れ は、

と、そしてその人たちも定職に就いて何か

か関わっていければと思っています。本日

させる発想は何かないかと思っていた。 

化が入ってくるし、ここの文化を、港を通

コミュニティという形で新たな仕組みとし

介護としての観点だけではなく、一人ひと

してみようと思えば、福祉向上につながる

はありがとうございました。

そこで祭りの構造に着目しました。祭りの

し て 他 の 地 域 へ 運 ぶ こ と が で き る。 我 々

て、人と人との意見を繋ぎ合わせる、掛け

りが元気に表現者になり続けてもらうよう

ということを聞きまして、文化芸術にはそ

構 造 は、 地 域 の 全 員 で作 っ て い く も の で、

は、今後は、海の復権、水上交流の復権を

合わせる、そういう媒体をたくさん持つ都

に。結果的に社会的義務的コストを軽減で

ういう力がると。人の気持ちをより豊かに

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Talk: “Linking local development with the local cultural capacity
– To consider local community through a pin hole of the expression of oneselfMr. Hideto Onishi (Mayor of Takamatsu) & Mr. Taneo Kato

Tano: As we are to talk at the venue of
“Takamatsu ArtLink Project 2013”, I would
like to ask each of you to talk about your
impressions of the exhibition.
Mayor Onishi: I would like to thank all the
stakeholders for their effort of organizing
“Takamatsu ArtLink 2013” for the first time
since three years ago to coincide with
the Setouchi International Art Festival
in Fall Season. Now let me explain why
this exhibition began three years ago.
W e c a m e t o k n o w t h a t Ta n o - s a n a n d
her group have been creating ar t in an
attempt of exploring it through various
forms and ways of linkage, collaborating
with NPO Creative Clay in St. Petersburg
U.S.A. which is a sister city of Takamatsu.
So we request that they do an Ar tLink
project for the same time as the Setouchi
I n t e r n a t i o n a l A r t F e s t i v a l . T h i s p ro j e c t
was participated by five pairs of persons
with disabilities and professional artists.
An artist from St. Petersburg took part in
the last project. A larger than life rabbit
balloon in the venue had an overwhelming
presence. It was an art piece that started
from an idea of a girl with a disability who
was a high school student then. It was
amazing how the idea evolved through the
collaboration with an artist and resulted
in that art work. The venue was filled with
various ar t pieces, including paintings
and installation. The American artist from
St. Petersburg created a hanging scroll
together with a person with a disability
f ro m Ta k a m a t s u , t h a t h a d a J a p a n e s e
flavor to it. That was also a pleasant
surprise for me. This is the first exhibition
since three years ago. Just like the last
t i m e p e r s o n s w i t h d i s a b i l i t i e s c re a t e d
wonderful art works through linking with
artists. The entire space itself is an art

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Representative director of Association for corporate support of the Arts, Advisor for local capacity
building for the Ministry of Internal Affairs and communications

work this time around again. I am ver y
impressed by the space, which involves a
movie, too.
Kato: It is great pleasure to be here in
Takamatsu. It was seven or eight years
ago that I met Tano-san and learned that
she was working on this kind of initiatives.
I am grateful for this opportunity to talk
with you.
It is interesting that the mayor used the
word “installation”, that should be quite
u n u s u a l i n J a p a n . T h i s p ro j e c t p l a c e s
emphasis on encounter and link, thereby
an ar tist and a person with a disability
w o r k t o g e t h e r a s a p a i r. R e p e t i t i v e
expressions that persons with disabilities
use appear to be the same from end to
end but it has very persistent repeating
power that seem to overpower artists here
and there, which is quite interesting.
Setouchi Inter national Ar t Festival
affords space and forums to meet many
diverse people. A nice thing about it is
that it is associated with ar t activities.
T h e o t h e r d a y I r a n i n t o M r. F u k u t a k e
a t a h o t e l i n Ta k a m a t s u a n d t w o d a y s
a g o I h a p p e n e d t o m e e t M r. O h , a n
ar tist who makes bamboo domes. That
illustrates that this festival provides many
opportunities to meet. It also drives a
momentum to move festival associated
activities forward. Generally speaking,
there seem to be a lot of initiatives that
put light on the expressions that persons
with disabilities created. In this project,
h o w e v e r, a r t i s p r a c t i c e d b y a p a i r o f
persons, which is quite unique. This type
of linkage does not have to be confined
only to ar t by persons with disabilities
but has potential to form linkage with
anybody.
Tano: We find the strategies of the Mayor

of Takamatsu very appealing as he places
culture in the core of local community
development. It is the extension of what
happened in 2010. Mayor, how did you
meet culture?
Onishi: Culture can be the accumulation
of what people do in a broad sense.
Therefore it is important that good culture
is formed and developed.
In a narrower sense, I have always
liked music. Before running a mayoral
election, I scrutinize charms of the town
of Takamatsu. My conclusion then was the
Isamu Noguchi Garden Museum Japan
i n t h e f o r m e r To w n o f M u re ( c u r re n t l y
C i t y o f Ta k a m a t s u ) , a n d t h e s u c c e s s
o f t h e Ta k a m a t s u I n t e r n a t i o n a l P i a n o
Competition in 2006. With these two in
place, ar t and music, I thought, would
s u ff i c e t o re a c h o u t a n d c o m m u n i c a t e
a b o u t t h e f i n e q u a l i t y o f Ta k a m a t s u .
We have housed contemporary art
represented by sculptures of Isamu
Noguchi and Masayuki Nagare. Old
culture is represented by traditional
craft and art like Kagawa lacquer ware,
bonsai and the garden of the Matsudaira
clan. The old culture fuses with new
culture in the culture of Takamatsu. Mr.
Masanori Kaneko, one of the former
governors, known as a design governor,
had the prefectural government building
designed by an architect, Kenzo Tange
and enticed Isamu Noguchi to live and
work in Kagawa. We have many buildings
that have high artistic quality. Therefore I
thought it should be art and culture that I
should leverage to sell Takamatsu.
Let me share another reason, which
is a serious topic and it was about the
post-war rapid economic growth period.
Japan became an economic power but I

wonder if people could feel in person that
they were richer and happier. In Europe,
for instance, people seem to live a much
happier life while they economic status
is lower than Japan. That is because the
administration policies tilted too much
toward economic growth. The government
and politics did not heed so much to
p o l i c i e s t h a t c o u l d e n r i c h c u l t u re a n d
the heart of people. I thought we needed
more administrative strategies which
c o u l d e n s u re h a p p i n e s s a n d s p i r i t u a l
richness. Decades ago, Mr. Masayoshi
Ohira, a prime minister originally from
Kagawa developed a garden-city state
concept and tried to incorporate culture
into the administration. Reflecting upon it,
I was thinking we once again needed to
consider ways to incorporate culture as a
big component into the administration and
make the life of people spiritually rich.
Just then Mr. Soichiro Fukutake rolled out
the Setouchi International Art Festival. The
more positive the administration became,
more ideas people brought. This means
that the city of Takamatsu and Kagawa
P re f e c t u re a re g ro w i n g t o b e a n a re a
where culture flourishes.
Ta n o : F ro m a v i e w p o i n t o f h a p p i n e s s ,
islands in Seto Inland Sea have
contributed to the development of Japan
as one of localities. Mr. Kato, how do you
see the culture of Setouchi?
Kato: The goal of the Setouchi
Inter national Ar t Festival is quite clear,
which is “to invigorate the elderly on the
islands”. This perception is linked with art.
Before talking about it, I first would like
to talk about Isamu Noguchi. What makes
him great? His art, needless to say. He
discovered Aji stone and settled there. In

recent years rocks and stones from Seto
Inland Sea area are used as ingredients
for concrete in pebble and sand forms.
But Isamu Noguchi discovered its
greatness from a creative point of view. He
established his studio in an old traditional
house which was formerly a warehouse
and relocated it to its current site. He
clothed, ate and lived through very
intimate dialogue with nature. He lived
with nature and tried to find and express
new values. He valued a way of life which
did not cause any conflicts with nature,
which was a wholesome life that human
had lead since ancient times. In this
regard, the discovery of Isamu Noguchi
means to recognize that expressions are
es s enti al for a creati v e l i fe. Then w i th
that recognition in the heart, people want
to care for people in their last phase of
their lives. The art festival enticed young
people to islands and make older people
on the islands reinvigorated. Continuing
this initiative, it should advance to a next
step. It would be nice if older people are
convinced that they themselves can be
creators. Artists need to design a process
to let older people express themselves.
There is a good example of Onba Project
on Ogishima. The beauty of this project
is the collaboration between an artist who
made Onba (pushcarts) and their users,
older women on the island. The fact that
they use the pushcarts in their daily life
i t s e l f c o n s t i t u t e s a r t i s t i c e x p re s s i o n s .
F u r t h e r m o re , a r t s h o u l d p l a y a ro l e o f
keeping them healthy and happy until
the last day of their life. In this project
the artist realized that and cared for that,
there lies the greatness of this project.
So far people with disabilities are simply
thought to be beneficiaries of care and
support. But this ArtLink helps us to

u n d e r s t a n d t h a t t h e y c a n b e c re a t i v e
beings expressing themselves. In some
instances their expressions overwhelm
professional artists. This is a great
opportunity. If art can give energy to the
elders, then I hope artists set a goal of
letting the elders become artists. I would
like to suggest Tano-san to develop a new
version of ArtLink to connect older people
and artists.
Tano: We are seeing that art goes beyond
generations and boundaries between an
ordinary and an extraordinary life. All fuse
into art: persons who create art and those
who appreciate it, visitors meeting people
on islands and stories they create. By
contrasting past against present, one can
see the charms of a town. Please tell us
what is happening.
O n i s h i : P e o p l e f ro m b i g c i t i e s f i n d a n
extraordinary life on an island. A trip to
an island itself is extraordinary, but the
first thing you notice on an island is that
you do not find anyone of your age, you
find older people. Talking to people in
an older generation is quite refreshing.
For the previous event, 70% of visitors
were women, 70% of visitors were young
people up to their 30s, and 70% of them
w e re f ro m b i g c i t i e s i n c l u d i n g To k y o .
Those people come to islands and fell in
love with them, and some of them return
to the islands for another visit. Even some
of them come back to live. I think the art
festival enhanced the appeal of the local
communities.
To talk about the fusion of the old
and the new, Takamatsu is going to sign a
cultural and tourism exchange agreement
w i th K ana z a wa . We t h in k Ka n a z a wa is
our role model in Japan. Both cities used
to thrive as a castle town and old culture
has been preserved, that is similarities.

30

Difference is Kanazawa did not get
bombed but Takamatsu was destroyed
by bombing during World War II. So in
Kanazawa old traditional streets remain
b u t t h e y a re n a r ro w a n d c a u s e t r a ff i c
jam, whereas Takamatsu could implement
moder n urban planning to install wide
streets including the Central Boulevard
in a grid-like patter n. While Kanazawa
successfully preserved traditional culture,
it is attracting a lot of attention to its 21 st
Centur y Museum of Contemporar y Ar t.
Kanazawa went through a step change
with the help from modern art. Therefore
I wanted to appeal Takamatsu with old
culture including Bonsai, lacquer ware
and tea ceremony and with moder n ar t
represented by Isamu Noguchi and Kenzo
Ta n g e . T h e m i x t u re o f t h e o l d a n d t h e
new transfor ms into new creation. The
art festival itself brings art onto islands.
By connecting with older people on the
island, modern art works as catalyst
to cause chemical reaction to bring
for th new values. I think we are hitting
a good direction now. I look forward to
unexpected chemical reaction.
Tano: It truly is a town we want to live in.
Mr. Kato, you have traveled extensively in
Japan. You use an analogy of festival for
ways of forming art.
Kato: When I was a young man, I did not
care for festivals.(laugh) Having said that,
I was asking myself these days if there
was any concept that could turn around
what is going on now. In another word art
is perceived as undertaking created by a
great artist who presides at the top of a
pyramid and we, the audience look up to
him/her at a museum or auditorium hall.
That is why I paid attention to festivals.
A f e s t i v a l i s c re a t e d b y e v e r y o n e i n a
community. If there is anyone in audience,

31

that is just a deity only. In another word
art in modern days is perceived as one
created by one god and everyone else is
supposed to appreciate it. But a festival
is created a large of group of people to
show it a deity. As a festival is expected
to please a deity, they do not think just an
ordinary thing is good enough, so they do
their best. They decorate their costumes
and portable shrines to the best of their
ability and create an extreme situation
such as bumping into one another. With
c u e s f ro m f e s t i v a l s , I w a n t t o d e v e l o p
a festival type of creative activities and
f e s t i v a l t y p e o f e x p re s s i o n a c t i v i t i e s ,
in which a large group of people make
something to show to a small group of
people. Traditional theatrical performance
s u c h a s f e s t i v a l s a n d K a g u r a ( s a c re d
Shinto dance and music) can contribute
to community development.
Another impor tant requirement is to
p a y c l o s e a t t e n t i o n t o f o re i g n c u l t u re
that we are not ver y familiar with, one
of which can be expressive activities of
persons with disabilities. Their parents
and stakeholders are accustomed to them
but those who do not come to contact with
them need to be exposed. In the future,
all of us will become old and may end
up living with disabilities. So we need to
explore our own potentials, as well.
In that regard, Isamu Noguchi inevitably
might have gone through multi-cultural
experiences in himself as he had both
American and Japanese attributes.
Therefore we should be active in exposing
ourselves to different cultures. Takamatsu
is at an advantageous geographical
point. It has a por t. Foreign cultures
come from the port and export to other
areas is possible through the port. Going
forward, we may want to revitalize sea

transportation. So far people thought
about land transportation only. But if you
take a different point of view, you can see
Takamatsu is located at a very convenient
spot. It is at the center of Seto Inlans Sea
and seems to have high potential.
Tano: When you look at Seto Inland Sea,
it looks in different colors. I wonder if that
i s b e c a u s e o f a d i re c t i o n t h a t t h e s u n
is shining on or a tidal direction. When
something is looked at from a different
angle, different potential can be found.
What kind of future you are envisioning for
Takamatsu?
Onishi: Well, something related to the sea,
the revitalization of sea transportation. The
sea connects us to anywhere in the world.
From Takamatsu Port you can go anywhere
i n t h e w o r l d , s o I w a n t t o p l a c e g re a t
emphasis on connection. Early on I talked
about chemical reaction. By combining
things, new things can emerge. I hope
continuous innovation would enhance
t h e w e a l t h o f o u r l o c a l c o m m u n i t y. I n
that sense, media for connections will
become increasingly important. Also the
act of linking will become more important.
Mr. Kato mentioned about festivals. That
reminded me of a story I heard from Mr.
Oriza Hirata. It is said that a community
that reinstituted a festival sooner than
other areas succeeded in collective
relocation and reaching consensus within
the community before others. Apparently
festivals serve as a forum to connect
p e o p l e . T h e re i n s t i t u t i o n o f a f e s t i v a l
re s t o re s p e o p l e - t o - p e o p l e c o n n e c t i o n ,
t h e n i t b e c o m e s e a s i e r t o c o o rd i n a t e
opinions between them. Additionally, in a
large framework of “community”, opinions
of people can be built upon one another
or multiplied. Cities that have many of
that type of media are more likely to

d e v e l o p . We h a v e s e t u p t h e C re a t i v e
City Promotion Bureau. The concept
of “Creative City” is a city of many
mechanisms that could spawn diverse
possibilities, instead of us showing a
definite vision. What is important in
t h a t p ro c e s s i s t o l e r a n c e . W h a t m i g h t
c o m e w i t h m a n y d i ff e r i n g i m p l i c a t i o n s
should not be simply rejected. We want
a community of people who could accept
to some degree. That way, we expect, we
might be able to see a bright future.
Kato: When I was first involved in
developing a concept for Culture/Ar t
C r e a t i v e C i t y Yo k o h a m a , w e d i d n o t
think so much about a goal. In a course
of discussion we decided to aim for
developing a creative neighborhood.
Noteworthy was that we established a tag
line that goes, “All citizens are ar tists/
expressionists”. That is because we feel
if everyone tells one another who they are
and what they want and recognizes each
other, then they are all artists. When that
happens, something good happens to
economy. What I mean is that obligatory
expenses could go down. For example,
when a person with a disability or an
elderly person expresses himself/herself,
they all cheer up. Knowing that, artists try
to find ways to let persons with disabilities
and/or older persons express themselves
cheerfully at an early stage and offer that
to a wide range of citizens so that persons
with disabilities would not get isolated
or older people do not get bed-ridden. It
should be practiced not just from a viewpoint of care but for circumstances that
t h e y s t a y h e a l t h y e x p re s s i o n i s t s . A s a
result, we might be able to reduce social
obligatory costs.
Onishi: I think you are talking about the
health of a city: the health of a person

or a city. For example, food. Can people
stay healthy with just food alone? That is
not possible. People want to live with a
purpose in life. To be healthy, behavioral
change is required. In order to change
life style, behaviors need to change. An
every-day life needs to change. To have
people change their behavior, we need
to reach out to the hearts of people. If
we make a community which is enticing
enough for people to take a walk, or we
develop a mindset that people are artists,
I think a city becomes healthy. One good
trigger point can be modern art. It can
change ways people express themselves.
Recently we held a Street Performance
Festa. Looking at their performance,
children beamed. They got energized
and started to think that they wanted
to do the same, they wanted to pursue
their strength and they wanted to move
people’s hearts.
Culture and Welfare are connected.
C re a t i n g m e c h a n i s m s t o h a v e p e o p l e
s tay heal thy and s pi ri tual l y ri ch i s the
significance the administration can
achieve by pursuing art and culture. In a
welfare segment, as well, art and culture
has power. Mr. Oriza Hirata advocates
to invite people who are on welfare and
people who were discharged from prisons
to plays. Plays move their hearts and
have them start thinking that they should
d o s o m e t h i n g b e t t e r f ro m t o m o r ro w. I f
they want to get a permanent job, welfare
improves. Art and culture has that kind
of power, he says. I hope to make people
spiritually enriched and move their
behavior toward a healthy life.
Ta n o : Yo u a r e s u g g e s t i n g t o a i m a n d
achieve a tolerant and mature society,
don’t you?

K a t o : Ta k a m a t s u i s b l e s s e d w i t h i t s
geographical location and the castle in
the city faces the sea. My dream is to
e s t a b l i s h a C re a t i v e N e t w o r k t o c o v e r
the entire Seto Inland Sea, ranging from
Osaka, Owaji to Bepu in west at Kunisaki
Peninsula and take a luxurious cruise to
visit all of them. Fur ther more, we want
to adver tise it targeting not Japanese,
but people overseas. I want them to
appreciate the value of Seto Inland
Sea and become envious of Japanese.
I want that type of cruise that no one
else has implemented to build a network
throughout Seto Inland Sea. The network
would need hubs and Takamatsu can be
one hub because it is promoting this level
of creative activities. Our expectation is
high. I sense we have a chance while Mr.
Onishi is the mayor.(laugh)
Onish: It so happens that next year will
be the 80 th anniversar y since the Seto
Inland Sea National Park, Kirishima
National Park and Unzen National Park
were designated in 1934. The landscape
v i e w e d f r o m Ya s h i m a c o n v i n c e d t h e
government to designate the Seto
Inland Sea as a national park and an
area covering Shodoshima, Mt. Washu,
M i t o y o a n d To m o n o u r a w a s s e l e c t e d .
This is exactly the same area where the
Setouchi International Art Festival is held.
I hope I can take a broader view for our
under takings for next year, taking into
account interchanges throughout the
entire Seto Inland Sea.
Tano: Wow, that is a grand plan. I hope
that I can be involved in that even in a
small way. Thank you very much for your
time today.

32

現代美術の視点から、アートリンクをみる
芹沢 高志 × アートリンク参加アーティスト
P3 art and environment 統括ディレクター

大西 秀人

O N I SH I H idet o   高 松 市 長 / Mayor of Takamatsu

加藤 種男

K AT O H T aneo

企業メセナ協議会代表理事、総務省地域力創造アドバイザーほか
Representative director of Association for corporate support of the Arts, Advisor for
local capacity building for the Ministry of Internal Affairs and communications
1990 年より、アサヒアートフェスティバル (AAF)、アサヒビール大山崎山荘美術館の立
ち 上 げ な ど 、芸 術 文 化 活 動 を 幅 広 く リ ー ド 。 企 業 メ セ ナ 協 議 会 研 究 部 会 長 と し て 、
「 ニ ュ ー・
コンパクト」を取りまとめるなど積極的に文化政策を提言し、2012 年より現職。アート
NPO リンク理事、芸術資源開発機構理事、日本 NPO センター評議員、横浜市芸術文化振
興 財 団 専 務 理 事 ( 2 0 0 2 ~ 2 0 1 0 年 ) 、お お さ か 創 造 千 島 財 団 理 事 な ど 。 八 戸 市 、さ い た ま 市 、
沖縄県、洲本市などで文化芸術アドバイザーを務めている。共著に、
「地域を変えるソフト
パワー」
(青幻社、2012)など多数。2008 年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
In 1990 he rolled out Asahi Art Festival (AAF) and kicked off Asahi Beer
Oyamazaki Villa Museum of Art and leads a wide variety of art and cultural
initiatives. He actively advocated cultural polices as the chairperson of
the Research Division of the Association for Corporate Support of the Arts
including “New Compact”. Since 2012 he is in the current post. He is a
director of art NPO Link, Art Resource Development Agency (ARDA), outside
a d v i s o r f o r J a p a n N P O C e n t e r, M a n a g i n g D i r e c t o r f o r Yo k o h a m a A r t F o u n d a t i o n
(2002-2010), and director for Chishima Foundation for Creative Osaka. He is
also serving an art and cultural advisor for the City of Hachinohe, the City of
S a i t a m a , O k i n a w a P re f e c t u re a n d Wa k i m o t o . H e i s a n c o a u t h o r o f m a n y b o o k s
including “Soft Power that change the Globe”(Seigensha Art Publishing, 2012).
In 2008 he received the Minister of Education Award for Fine Arts.

33

田野:3 年ぶりの高松アートリンクのテーマは
「Long Time No See」、お久しぶりという意味
です。本当に久しぶりにここで会う人や、ア
ートリンクで初めて出会う自分自身、そんな
意味を込めています。さて、人と人との出会
いから生まれる世界を可視化してきましたが、
今日は関わった皆さんと芹沢さんとで、アー
トの視点から話していければと思います。
芹 沢: こ ん に ち は。 先 程 会 場 に 着 い て 見 て
いて、正直「やるなぁ」という感じですね。
AAF(アサヒ・アート・フェスティバル)に
加わってくれてから、アートリンクを見てい
ますが、障害のある人自身の表現活動も大事
だし、その表現を現代美術のなかに位置づけ
ようとする動きもあります。だけど、アート
リンクの目指しているところは、ちょっとス
タンスが違って面白い。ごく一般的に考える
と、アートが障がいのある方たちに何をして
あげられるかという見方をしてしまいがちな
んですけれども、ここではペアの方との関係
の中でアーティストの方が変化していく。お
そらく、いつもしている表現じゃない方法を
とっているし、まさに関係性が新しい表現を
生み出していくんでしょう。その相互触発が
面白い。
さらに言うと、障害がいのある方とアーティ
ストのリンクは、それはそれで進めればいい
と思うのですが、同時にアートリンクの概念
で考えれば、その裾野の意味がもっと深く広
く拡張されてとらえられてもいい気がするん
です。障害がいを持たれている方達は、容易
に、あるいは安易に「他者」「異質なもの」と
認識され、差別や愛護の対象にされていく。
それを乗り越えねばならないのは当然です
が、さらにいえば、もっと気づきにくい他者
性、異質性もある。在日の方かもしれないし、
引きこもっている人々、あるいは単に高齢の

花田 洋道・岡田 毅志
藤原 慎治・清水 直人

方とか子供とか、暴力的に「同質」と思われて、
大きな声で意見を言いにくい人々もいる。そ
の存在さえ、無頓着に扱われている人たちで
す。その異質性と結ばれてこそ、社会の別の
見方が出来ると思うのです。そこから社会の
可能性、多様性が広がっていく。我々の社会
全体の関係性や想像力が強化されていくので
す。今、ずたずたになっているものを修復す
る。それがアートリンクの時代的な意味だと
思う。作品を見ていると、ペアのどちらも今
までの自分を超えていくことができていて、
そこに可能性があると思います。
花田洋通:岡山で 2004 年にアートリンクを始
めたころ、岡山市内でギャラリーの運営をし
ていました。僕自身は、アーティストがこの
企画に参加してみると、自分の個性を一度脱
ぎ捨てるというか、障がいのある人と向き合
って自分をいったん壊して、また 0 から作り
直してみるという感じがしました。また数回
やっているうちに、障がいというキーワード
は、リンクというか人と人との関係に障がい
があるのではないかと感じた。関係性を作っ
てそれを作品として紹介することがアートリ
ンクと思っています。現在は、15 年後の未来
を考えて、自分の 5 歳の息子を中心にした子
どもへ向けた活動を展開しています。それぞ
れのクリエーターの感性を生かして、表現や
体験を親子で行うということを幼稚園舎や地
域のクリエイティブなスペースなどで行って
います。同世代のアーティストやカメラマン、
他の人との繋がりを模索しています。
清水直人:アートリンクでの経験というもの
が自分の活動に影響したかどうかは・・・、
どうなんでしょう。僕は、大学時代から制作
に対して、我が強かったんです。全てのもの
に手を加えないと気が済まなかった。でも、
アートリンクでペアになったのが、もっと我

NPO 法人ハート・アート・おかやま

の強い中学生(当時)だったんです。僕は、
初めて他者と関わるということをしたんで
す。不確定要素というか、モノとの関わりと
いうか、彼の表現の個性の強さかな。自分が
関わることだけで終結すると、彼の本質が僕
だけの 1 面性だけで切り取られてしまうので
はないかと思ったんです。だから、彼が描い
ているコマ送りの絵に対して、第 3 者に関わ
っていただいてライブをしてみたんです。彼
がスターで、僕はそのマネージャーみたいな
感じでしたね。この出会いをきっかけに、我
の強さを向ける方向の幅がかなり広がった気
がします。その後、自分が暮らし始めた地域
の高齢者と、自分のアート性とで地域に何か
できないかというビジョンで活動したり制作
もしていまが、これは彼との出会いがあって
だと思います。
岡田毅志:南丹アートリンク(2008)、笠岡
の島でのアートリンク(2009)に参加してき
ました。今になってみると、変わる転機だっ
たなと思います。アートリンクは 2 人でしま
す。何がしかの方法でコミュニケーションを
とっていきますが、どちらのときのペアも言
葉での対話が困難な人でした。関わっていく
数カ月は、どうやったらこちらの思いや、困
った感を共有出来るかということを見つける
作業だったんですが、これが自分を作ってい
ったような感じです。その結果、なんとかし
てそれが待てるような感じになってきました
ね。京都では大学や、絵の教室で仕事をして
いますが、授業する現場では、学生や子ども
など相手との信頼関係をより強く考えていく
ような感じになりました。具体的にはとにか
く受け入れてみることです。自分の生き方と
いうか人生の臨み方をつかませていただいた
感じ。もう一つは、アーティストとして自分
の我儘をきちんと出さなければいけない、つ

34

まり自分は何をしたいのかを常に訊ねられて
いる感じがしました。数年間活動している隠
岐の島でのプログラムでも、島の人と外から
来た自分などとが、相談しながらやれていま
す。アートリンクというプログラムがあった
ことで、二つのコト(受け入れることと自分
を出すこと)を同時に考えている感じがしま
す。
藤原慎治:2010 年にアートリンクに参加した
ときの相手の方は 30 歳くらいの女性でした。
先日ばったり、港で会いました。彼女は、な
かなか表情を変えてくれないのですが、僕の
ことを覚えていてくれていたようでした。3
年前、初めて彼女の部屋に行ったときに、圧
倒的な瓶などのコレクションと、スケッチブ
ックがあり、無数の身近なものを使ったさま
ざまな表現を行っていました。そういうのを
見たときに、この子は喋らないけれど、何か
自分の世界を持っていて、この人と一緒に私
自身は何をしたらいいのかと思案しました。
で、自分の役割は、最終的にはこの人の持っ
ている世界を翻訳することなんじゃないかと
思いました。彼女の持っているものが現れた
らいいなと。アートリンクをしてみて、その
人の持っているものを私の持っている別のも
ので分かりやすく置き換えればと思いまし
た。実は今、男木島で漁師さんの船に絵を描
くとか、中学生に鬼がわらを作ってもらって
いるとか、自分のアート性をちょっと控えな
がら一緒にやっています。
田野:2004 年から始めたアートリンクですが、
ちょうどそのころは対話型とかコトを作品と
するという動きもあちこちで聞かれるような
時代でした。
芹沢:1990 年代になって、リレーショナルア
ートというのが、話題になり始めました。関
係性のアートですね。タイのアーティスト、

35

リクリット・ティラバーニャが、美術の展示
を行っていたギャラリーとかで、カレーを振
る舞うという作品をつくる。ここは、美術の
ための空間だから、これも美術だと。混乱を
狙いながら関係性に目を向けさせようとした
のです。他にも、モノからコトへと、もっと
いうと、ものを作っていくことからコトを作
っていくことへと、アートの状況は、関係性
のアートという文脈の中で流れてきた。では
アートって何か。アートといえば芸術作品、
アートピース、出来上がった、形を持つ塊で
あると理解される。しかし芸術とは文字通り
読めば術であり、物や塊じゃないんです。「術」
は行と朮が組み合わさった文字。行は十字路
のこと。十字路はいろんなエネルギーがダイ
ナミックに交差していくところ。危険な場所
でもある。朮は、霊力を持っている呪い、呪
術用の生き物。つまり術とは、十字路を霊力
のある生き物を使って清めることだ。そのや
り方に長けた人を術師ともいいます。霊術的、
魔術的な手法はアートの近くにあると思いま
す。副産物としてモノが出来てくるのは不思
議ではないけれど、明治以降、我々はいろん
な意味で物質的価値に重きを置き、モノとし
て完成した作品ばかりに眼を向けてきてしま
った。アートは芸術作品、アートピースと同
義になってしまった。けれど近年は、アート
は営みなのだという認識も広がってきた。そ
れは、皮肉なことに美術界よりも街中の方が
早く認識されてきた。そんな中で、アーティ
ストの役割は、見えるものや痕跡、形に結実
させていくという狭義の営みだけではない、
もっと広範な、言っていれば一つの姿勢なの
だと認識されはじめてきたのではないでしょ
うか。僕は、仕事としてランドスケープ、風
景に興味を持っていたので、後に美術に関わ
ることになったけれど、世界中どこでも同じ

真っ白い壁の中で美術が展示されることには
違和感を持っていました。だから風景と作品
の関係性に意味を持たせることを始めたんで
す。アーティストが場に関わることで、場が
変容していく。これもある種の魔術ですよ。
けしてモノをつくることだけがアーティスト
の仕事ではない。それは彼らの営みのごく一
部です。こういう認識が広がってきたことは
歓迎するのですが、しかし一方、最近はやり
っぱなしにされることも多くある。これは問
題ですね。痕跡を残すことも極めて重要でし
ょう。
田野:無べなるかな、どの地域にも時代にも
様々な文化があり、或る意味、人は誰もアー
ティストともといわれている昨今ですが、個
性・インディビジュアルとアートをどう捉え
ていますか。
芹沢:想像性は当たり前のようにみんな持っ
ていることだから、岡田さんも言っているよ
うに、アーティストがペアと向かいあって一
番苦しくなるのは、なんで私がここにいるの
かという自問が生まれたときですね。自分で
アーティストと思ってそこに行くわけだし、
納得して対話して、確信できればいいけれど、
面と向かって何をするのが自分なのかを鋭く
問いかけられるんだと思います。今、広くア
ートがいろんな人とのコミュニケーションと
なっていて、これは結構厳しい状況でもある。
今までみたいに、美術館のような美術のため
の空間で、偉い人にお墨付をもらって選ばれ
れば、芸術家として認められた時代ががたが
たになってきた。一方で、権威が崩れてくれ
ば、普通の人も「これはアートなのか?」と
自分で判断せねばならない。我々は面と向か
って考えることを避けてきたから、これもけ
っこう厳しい状況です。そんななかで、もう
一度「個」なるものを、関係性の中で問い直

さねばないときに来ているのではないでしょ
うか?
田野:瀬戸内国際芸術祭でも、これまで見失
っていた価値を再確認しようとしていますが。
芹沢:この話は狭い意味での美術、芸術にこだ
わらなくてもいいと思う。今、問題は山積みで
す。歴史、プロセスの中で、風土が生み出した
人と人との関係性は、我々が長い間作り上げて
きたもの。だから例えばイギリス型のコミュニ
ティーアートと日本型は、かなり異なっていい。
しかし要は問題の共通性は、欧米とアジアの違
いとかではなく、現代社会的な、大きな話にな
りますが全地球的な文明に対する疑問ですね。
地域で抱えている問題は様々ですが、それを含
め、社会自体の問題を発見するのがアートの役
割です。問題の発見であって、課題解決のため
のデザイン的な思考とは逆のベクトルです。今
みたいに、何が問題なのかさえわかりにくい時
代にあっては、直感的に問題を見つけていける
アーティストたちの社会的な存在価値はますま
す高まっている。あまりに問題があることに
我々が鈍感になってきているし、自分たちの地
域の面白さとかにも気付いていない。そんな所
にアーティストが来てみると、新たな価値を見
つけ出してくれる。再発見と言ってもいい。問
題を発見しようとするアートと、問題を解決し
ようとするデザインが、いろんなところで意見
交換し、協働していくべきだと思います。
ちょっと前に、日本の人口について話を聞い
たことがあります。15 ~ 6 4歳を生産年齢人
口と呼ぶのですが、団塊世代、団塊ジュニア
たちの、その巨大な山が、今、急速に過ぎ去
っていこうとしている。江戸時代 3000 万人
位を推移していた人口が、明治になって急速
に増え過ぎた。そのことの方が異常であると
考えてみたらどうでしょう。人口減少を悲観
するのではなく、適正規模に戻るのだと考え

てみる。今のいびつな人口構成が過ぎ去った、
50 年後の世界を想像してみる。これまでのや
り方で終わりなき成長を夢見るのではなく、
正常な規模に戻るのだと考えてみる。地球全
体で考えてみても、無限に成長していくとい
う幻想は破綻する。で、なんでこれが、アー
トと関係するかというと、想像力とか、他者
との関係を大切にしていく力が減退すると、
目の前の問題に対して創造的に対処できなく
なる。想像力がなくなれば、目の前にある問
題を自分自身で考えなくなる。恐れるべきは
物質的な縮小ではなく、想像力の縮小です。
昔、中国のアーティスト蔡国強が私に言いま
した。「日本は急速に老けてきました」と。急
速に成長したものは急速に老けていく。しか
しこのことは、これからの韓国や中国にも言
えることです。だから日本が体験している高
齢化とか生産人口の減少とか、そんな課題に
面と向かい、創造的縮小のモデルを作り上げ
れば、来たるべきアジアの次の時代の参考に
なると思う。いくら痛みを伴っても、逃げな
い で 立 ち 向 か っ て い か な き ゃ い け な い。 想
像力とか関係性の襞に思いを寄せる想像力と
か、懐の深さとか寛容性とかは、江戸期の方
が深かったのではないかと思う。江戸時代に
戻れと言っているわけではないのですよ。し
かし私たちが捨ててきてしまったいろいろな
価値に重きを置いた、新たな恒常的システム
を発明しなければならない。そしてそういう
時代だからこそ、我々地球の次の未来に向か
ってアートは必要なのです。本当に使命感の
ように、ぼくはそう思っています。
田野:昨日の話の中でも「寛容性」という言
葉が出てきましたが。そのあたり、皆さんの
ご意見があれば。
伊藤玄樹:今回参加して、相手の方と作ると
いうか、相手を見ながら、自分に素直になっ

ていけばいいのかなと思って、つくりました。
芹沢:相手の方に関与して作れたいい例なん
じゃないかなあと思います。
加藤直樹:アーティストという職業の人は、
価値を創造することだと思います。関係性と
いう部分では、人が気付かなかったことを形
にしていけば、それが価値になると思います。
芹沢:価値は、関係性が無ければ生まれない。
関係性が変れば、違った価値が生まれていく。
そういった意味では、アーティストは錬金術
師に近い。文脈を変えていったり、意味性を
変えていったりするのでしょう。
清水直人:アートは、か弱い視線をピックア
ップしている様に思われることがあります。
ですが、社会という大きな枠組み、物語とは、
このか弱く、小さなものの集積で出来上がっ
ている訳で、こういうものが今までくみ取ら
れてこなかったため問題が山積みになってい
ると思うんです。
根っこにあるのは一つの生。どんどん提案し
ていけば良いと思う訳で、私にとってその発
信元がアートというフィールドだったという
ことなんだと思います。
十河陽子さんの父:新鮮な体験でしたね。自
分の日常とは違う体験。芹沢さんのいう人口
の話も面白かったですね。地方の疲弊につい
て思うこともありますが、芸術家の皆さんの
創造力、これからの自分の生き方のヒントに
なると思います。
田野:プロジェクトは、終わってからが面白
いです。予想を超えていく。ファンが増えて
いけばいいですね。芹沢さん、みなさんあり
がとうございました。

36

Looking into ArtLink from modern a rt perspectives

Serizawa :It is important that people

who were bor n and raised in Japan,

others deteriorates, people cannot

芹沢 高志

with disabilities carr y out expressive

withdrawn people, the elderly

address imminent issues/challenges

P3 art and environment 統括ディレクター

activities and some people try to

and abused children are brutally

i n a creati ve w ay. Wi thout i magi nation,

position those types of expression

categorized as the same and they

people do not think about issues in

as part of modern art. But ArtLink is

fin d it d iffi cul t to voi ce thei r opi ni ons.

front of them on thei r ow n ter ms. W hat

t r y i n g t o a c h i e v e s o m e t h i n g d i ff e r e n t

Even their existence receives

we fear is not the physical contraction,

from that, which is interesting.

indifference. The linkage with things

but the contraction of imagination.

Generally speaking we tend to think

that are heterogeneous in nature

what art can do for them. But here

w o u l d p ro v i d e d i ff e re n t p e r s p e c t i v e s ,

The talk was participated by the

ar tists change in the relationship of

that in turn will expand potential and

a r t i s t s w h o w e re i n v o l v e d i n t h e p a s t

the pair which consist of a person

diversity of a society that we live

Ar tLink projects including Hiromichi

with a disability and an artist. That

in. This development will strengthen

H a n a d a , N a o t o S h i m i z u , Ta k e s h i

is probably because they take up a

relationship and imagination of a

Okada and Shinji Fujiwara. The talk

f o r m t h a t i s d i ff e re n t f ro m t h e i r u s u a l

society as a whole. That will restore

even touched upon the magic that art

s t y l e a n d t h e re l a t i o n s h i p i t s e l f t a k e s

what is fractured into pieces. That

has and rol es of ar ti sts.

a new form. That mutual inspirational

is the significance that ArtLink can

S e r i z w a c o n c l u d e d p o w e r f u l l y, “ W e

inte r a c t i o n i s q u i t e in te re stin g .

b r in g a t thi s ti me i n hi stor y. We do not

have to invent a new permanent

want to interpret social challenges

system that places emphasis on

I n t h e A r t L i n k p h i l o s o p h y, p e r i p h e r a l

that face us as suffocating. We want

various values that we have already

implications can be interpreted in

to lin k th e m to ar t. Is i t not the ti me to

discarded. Because the time is in

a m o r e b r o a d a n d d e e p w a y. T h e r e

revisit “individuals” in the context of

s u c h w a y, a r t i s e s s e n t i a l f o r t h e

exists characteristics of others and

relationship? Ar t can be exercise for

f o r t h c o m i n g f u t u re o f t h e g l o b e . I f e e l

heterogeneity that are not readily

imagination. When ability to imagine

that i s our mi ssi on.”

perceivable. Korean descendants

and to value the relationship with

37

SE R IZAW A Takashi

1989 年、P3 art and environment を設立。以後、現代美術、環境計画を中心に、数多
くのプロジェクトを展開する。
「 デ メ ー テ ル 」総 合 デ ィ レ ク タ ー ( 2 0 0 2 、帯 広 ) 。 ア サ ヒ・ア ー
ト ・ フ ェ ス テ ィ バ ル 事 務 局 長 ( 2 0 0 3 〜 )。 横 浜 ト リ エ ン ナ ー レ 2 0 0 5 キ ュ レ ー タ ー 。
「混浴
温 泉 世 界 」 総 合 デ ィ レ ク タ ー ( 2 0 0 9 、 2 0 1 2 、 別 府 )。 2 0 1 2 年 、 デ ザ イ ン ・ ク リ エ イ テ ィ
ブセンター神戸のセンター長に就任。
H e es tabl i s hed P3 ar t and env i ronmenti n 1989. H e has rol l ed out numerous proj ects
primarily for moder n ar t museums and environmental plans. General director for
“ D emeter” (2002, Obi hi ro) Secretar y general for A s ahi A r t Fes ti v al (2003- ) C urator
f o r Yo k o h a m a Tr i e n n a l e ( 2 0 0 5 ) , G e n e r a l d i re c t o r f o r “ M i x e d B a t h i n g Wo r l d ” ( 2 0 0 9 ,
2012, B eppu), D i rector general for D es i gn C reati v e C enter i n K obe

38

表現が社 会 の 扉 を 開 く
播磨 靖夫講演
財団法人たんぽぽの家理事長

みなさんこんにちは。私が障がいのある人のア
ートを行うきっかけになったのが、ここ高松で
す。今日は、まず初めに「生まれる」というタ
イトルの身体表現の DVD を見ていただきたい
と思います。我々のアートセンター HANA の
メンバーで、ウエディングドレスを着て踊って
います。彼女は、ある日突然「赤ちゃんが生ま
れた」と言って、膝の上に人形を載せている。
どうも親戚に結婚した人がいて、その人に赤ち
ゃんが出来たようでした。でも、彼女は、障害
があって結婚や出産は叶わないのです。そこで、
佐久間新さんらと一緒にダンスパフォーマンス
を行いました。
人間というのは、役割がある。一人ひとり固有
の物語があり、それをダンスという形で表現す
る。自分の物語を他者と世界と関わりが出来た
ときに素晴らしい表現が出来る。他者や世界と
の関わりが出来たときに、私の人間化が起こる
ということですね。私の人間化、人間化の総合
性、人間化の社会性と。ダンスは、一人ひとり
の物語を尊重性するコミュニティーを作るとい
うことは、どれだけ大事かということを見せた
のだと思います。人間というのは、つねに人間
になりつつある存在であると、詩人の谷川俊太
郎さんが言っています。谷川俊太郎さんの詩に
「他人のうちに自分と同じ美しさを認め、自分
のうちに他人と同じ醜さを認め、出来上がった
どんな権威にも縛られず、流れ動く多数の意見
にも惑わされず、捉われる子どもの魂で今ある
ものを組み直し作りかえる」というのがありま
す。子どもの心のことですね。驚き、感動など。
いろんなものに好奇心を持ち想像力を働かせる
こと。そして、新しい世界が開かれるというこ
とですね。それが、アートリンクにも見られる
のではないでしょうか。
私の出発点が、高松です。40 数年前に高松に

39

いました。当時は、新聞記者をしておりました。
当時の日本は、高度成長期で本当に驚くべきス
ピードで経済成長をしていた時期でした。港が
整備されて、コンビナートができて、大きな道
もついてきた。そんな中ですが、そんな成長し
ている時代に取り残された人たちがいるという
ことに気が付きました。
それは、障がいのある人たちだったんですね。
ちょうどこの高松港の目の前にある、女木島に
障がいのある人のサマーキャンプについて行っ
て衝撃を受けたんです。障がいのある在宅の人
とボランティアの人たち、といってもボランテ
ィアという言葉もない時代です。その人たちが
海水浴をしていたんです。古いタイヤのチュー
ブを浮き輪にして、海に入っていたんですね。
僕が知り合った学生たちが募金をやっていて、
それに誘われて、一緒に島に行ったんです。重
度の在宅の障がいのある人たちが生まれて初め
ての海水浴に感動していたんですね。海の近く
に住んでいても経験がなかったんですね。その
声や、喜び方に生命力を感じました。衝撃でし
た。そして、キャンペーンをやることになった
んです。それで、障がいのある人の親の話など
を聞いていったんです。そのころは、障がいを
持っている人の母親たちは、自分たちのことを
あまり語らなかったんですが。聞いていきまし
た。そして当時の市長、脇信男さんに頼んで月
に1回ごと定例的に行政相談日をつくってもら
ったんです。つまり、障がいのある人の問題は、
実は、その問題の多くが社会の側にある。
それから、美術評論をしておられた人と高松で
出会ったんです。仏生山の法然寺の知的障がい
のある人の施設でその人が絵を教えていた。興
味を持って取材に行って作品を見せていただい
たのが、障がいのある人たちの表現との出会い
ですね。

今日の基本的な話の内容は、
「芸術文化を通し
て幸福で豊かな生活を送ることは全ての人の権
利である」ということです。障がいがあっても、
芸術文化を通して幸福で豊かに生きることが大
事であるということをテーマとして話していま
す。
文化的多様性を尊重するということですが、彼
らに取材をしてみると、当事者はあまり自己表
現しないんです。親や、学校の先生が代わって
話すんです。よくよく取材してみると、自己主
張する力が弱い、あるいは自己主張する仕方が
分からないんです。また、自己主張しても受け
止められた経験が少ないんですね。とすると、
自己表現から始めるといいのではないかと気づ
いたんです。自分を表現することです。その頃、
僕は奈良支局に異動して、障がい者問題のキャ
ンペーンに取り組んでいたんです。障がいのあ
る人に自分の夢や願いや思いを詩に書いてもら
うようなことをしたんです。で、初めはこれを
詩集にして発表したらどうかと思ったんですけ
れでも、みんなあんまり活字は読まないです。
そんな時代背景で、思いついたのが、詩にメロ
ディーを付けてコンサートをしようと。これが、
わたぼうしコンサートのきっかけです。全国で
展開していて、
今年で 38 回です。2000 年からは、
アジア太平洋に広げていて、韓国でも「わたぼ
うし音楽祭」としてやっています。障がいのあ
る人の詩をきっかけにして、文化的仕掛けを思
いついたんですね。これは大きな反響がありま
した。
その後、1995 年に、アート、表現活動に着手
した。その頃は、障がいのある人にアートはや
れないだろうと言われていたんです。余暇活動
としてしか捉えられていなかった。僕は高松に
いる頃、仏生山でみた作品にインパクトがあっ
たんです。それは、確かに子どもの絵ではない、
大人の絵だと思ったんです。僕は学生のころに、

岡本太郎の本を読んだことがあったんですね。
彼は芸術宣言で「今日の芸術はうまくあっては
ならない。綺麗であってはならない。心地よく
あってはならない」と書いていた。ちょうど日
本の芸術の見方と真逆ですね。それを読んでい
たものだから、障がいのある人の表現は飛躍す
ると思っていたんです。障がいのある人たちが
学校を出て、行き場が無い状態で、とりあえず
絵を描いたりしている。それを表現として出し
ていこうと、1995 年にエイブル・アート・ム
ーブメントをつくったんですね。そこで、田野
さんたちと出会うわけですね。エイブル・アー
トというのは、日本語で言うと「可能性の芸術
運動」です。
可能性とは何か、既成のものを絶対視せず、別
もありうるという感覚です。ノーベル文学賞を
受賞した、大江健三郎さんの息子のひかりさん
には障がいがあります。が、かれは音に興味が
あり、癒し深い音楽として、CD にして発表し
ています。大江さんは「どんな子どもでも、喜
びであれ悲しみであれ自分の感情を表現しよう
とする欲求を持っている。それが、他人に受け
止められたら、ある種のコミュニケーションが
成立する。それがさらに社会に向かった時に可
能性が生まれる。
」と書いています。大江さん
は、ノーベル文学賞受賞のスピーチの中で、
「ひ
かりの音楽は魂が泣き叫ぶ声である」と言って
います。
僕が、仏生山の学園で見た表現は、これまでの
アートではなく、深いアートであったと思うん
ですね。
我々は、できないことを悔やんでいるよりも、
出来ることに集中する方が人生は楽しい。出
来ることに集中できる環境を作ろうというこ
とで、奈良のたんぽぽの家に、アートセンタ
ー HANA を作ったんです。当初、福祉施設で
アートセンターを作るなんて、想像できないで

すね。それまでは、障がいのある天才画家、山
下清だったらできるけれど、他の人たちには出
来ないとされていたんです。やったとしても余
暇活動くらいにしか捉えられていなかったんで
すね。そんな中で作ったものだから、反対意見
もあった。でも、出来ることに集中して、才能
を開花するようなアートセンターを作ったんで
す。現在は 50 人くらいいます。芸術的才能が
あるから、ここに来れるわけではなくて、ここ
で初めてアートと出会うんですね。
僕はこのことを実証した訳なんです。
「人間は
光を感じ輝きをデザインする生き物である」と
いうことを。ここに来て、変わっていく人を何
人も見て来たんです。
来たばかりのときには、問題児だった人もいま
した。海外でも評価されるようになってきたん
ですね。色のこだわりがある絵を描く人、小さ
な絵しか描かなかった人、ミニマム world を作
っていく人、民芸のような土鈴を作る人、商品
化のデザインに使われている人もいます。この
背景にあるのは、生活権の保障から幸福追求権
の保障ということと思うんです。つまり、生存
権の保障は安全で暮らしやすい、学校で教育を
受けることも日本はできる。でも文化権という
のが無いのです。幸福の追求権を持たないと人
間らしく生きられない。では、ここでいう幸福
権とは何か。一人ひとりの命を大事にしながら
 自己実現に向かって幸福になっていく権利で
す。幸福というのは、主体的に選択できる生き
方の幅のことです。自分が、こういう風に生き
たいと生き方の幅が広いほど幸せと思います。
でも障がいの人は、その幅が狭いんです。
「頑
張れ頑張れ」と言われて、一生過ごしている。
だから選択の幅を広げることが大事ではないか
と思うんです。でもね、推進する時に、まず壁
があったんです。アートの定義を変えないとだ
めだったんです。それまでは、芸術とかアート

とは特別な人がするものだと思っているわけで
すね。しかしそれを破らないと、障がいのある
人の芸術が出来ないと思った。だから芸術の定
義を次のように変えました。
「芸術とは、個人
または集団のその取り巻く日常をより深く美し
くするものである」という風に、いろいろなこ
とが出来ると。新しいアート・表現の話をしま
した。存在と生活のアートです。
障がいのある人の生活そのもの、そのこだわり、
生き方がアートと言えるのではないかと。誇り
を持って生きる、表現することが生きることに
繋がっている。語りもするしまた、文字がユニ
ークで面白い人がいて、その人の各文字をフォ
ントとして登録して、その人の文字を味として
仕事として売っている。
たんぽぽの家の生活支援センターでは、地域の
障がいのある人たち、小学生から高校生の放課
後支援、余暇活動の支援をしています。音楽の
時間とか、アート活動とか。ここでは作品を作
るというよりも表現を楽しむことをしていま
す。ここのプログラムでは、料理もあるんです。
誰かに作ってもらってい食べるだけではなく。
食べたいものを考えて創る。
おでかけプロジェクトもあります。ここでのア
ートのねらいは、作品を作って美術館に飾るの
ではなく、むしろコミュニティーに出していく
ということです。アートを生活に近づけるとい
うことですね。
「ひと・アート・まち」というプロジェクトに
ついてです。これは、近畿労金と協働して、近
畿二府四県で展開しています。街を再生するた
めに、障がいのある人の表現を介在しています。
商店街の中に作品を展示し、商店街を回遊する
ように鑑賞するんですね。また、神社の中で、
絵馬を書いてみたり、美術館やギャラリーでも

40

“Humans are animals who sense
   light and design the brilliance.”
展示したり。デパートのマネキンに展示したり、
有名ブランドとコラボレーションしたり。この
中では、街のレストランや店に、一定期間気に
入った作品を飾ってもらう「プライベート美術
館」という企画も生まれました。いろんな障が
いのある人の作品が街の中に入っていくんです
ね。そうすると、出会いが生まれていくんです
ね。市民が、
「自分の気持ちに響いた」という、
誰かの評価ではなく、自分で決めていくんです
ね。その中で、アートリンクも近畿でも行って
います。アーティストが、施設に来るというの
で、施設側では画材を用意して待っていた。で
も、二人は大好きなキャッチボールをして、そ
の映像を撮っていった。アートというのは、こ
ういうのもあると、施設の人はびっくりするん
ですね。その作品を見た近所の人が、この街が
ユニフォームの街だから、二人の服を作ったり
するんです。協力が始まる。お互いに可能性を
伸ばしていくんですね。まさにコミュニティー
アート。アートリンクのいいところは、関わる
人が互いに創作活動するなかで、お互いに可能
性を引き伸ばしていく。その中で人間観、社会
観が変わっていく。
エイブル・アートは、障がい者アートではあり
ませんが、低められていた障がい者のアートを
新しい視点で見直していこうとして始められた
ので、そう言われたりもしています。でも本当
の目的は、
「アートの社会化・社会のアート化」
です。
アートの社会化というのは、アートを社会に持
ち込んで、社会全体を変えていくということで
す。社会のアート化は、アートは一つのジャン
ルではなく、様々なニーズを組みかえるメタニ
ーズであり、アートがきっかけをつくる。芸
術は、かつては生活の技術だったんだけど、美
しい技術となった。人間が豊かに生きるための

41

needs であるということです。社会のデザイン。
インクルーシブデザインです。使い手と一緒に
考えていく、デザインということをしています。
たんぽぽの家で 15 人が過ごしているコットン
ハウスでは、一人ひとりの需要によって部屋の
デザインをしています。自分の人生は自分でデ
ザインするという考え方で行っています。実際、
ここでの生活が変わって来るんです。親の言う
ようにではなく、自分の要求で生きている。親
も変わって来るんです。自分の人生を生きるよ
うになって来る。
九州大学や京都大学の工学部と組んで、デザイ
ンを発表する展覧会を行って、社学連携で行っ
ています。
Goodjob プロジェクトも展開中です。ここでの
考え方は、アート By デザイン。アートはクエ
ッション。デザインは、solution。アートは、
いろいろな気づきを与えてくれるもの。デザイ
ンは問題解決する方法を提案するものと。そし
て、その底辺にある考え方は経済的保障です。
少子高齢化でこれから先、人口減少にある。税
金から保証に回すサイクル。それも我々は先行
きの見えない社会に不安を持っている。つまり、
障がいがあっても、その隠れた可能性を開花さ
せて仕事に変えることが出来るんではないか、
その収入の分配を考えているんです。ここで
の 3 つのキーワードは、創造性の開発、
 関係
性の創造性、開示性の改革ですね。仕組みを作
らないとできないんですね。生活支援の仕組み
を作ることで、変わってくる。中間支援の仕組
みです。エイブルアートカンパニーです。Web
で作品をエイジェントして、企業との連携で著
作権や収入の仕組みを作っています。アートか
らビジネスを展開している。障がい者の作品か
ら、下着のパンツであるとか、奈良の地場産業
の足袋、京都の老舗のデザインに採用されてい
る。レインブーツ、トレーにもなっている。今

度、渋谷のヒカリエでも展示を行います。是非、
高松でもやりたいと思っています。
岡倉天心が「日本の美、東洋の美の本質は、不
完全性である」と言っているんです。
満月よりもかけたる方が趣があるんですね。障
がいのある人の作品は、完成されているという
よりも、なにか不完全性がある。ここでは、そ
れを生かしているんですね。我々は、余暇活動
ではなく、仕事にしていこうということを目指
しているんです。
愛媛県新居浜市のコーポレーションに新しい工
場が出来たんですが、シーツを生産する工場で
す。機密性を求める工場に、障がいのある人の
作品を入れたいということで、玄関ロビーにア
ートセンターのメンバーの絵を壁画にしたんで
す。人を元気にしたり癒したりする力があるこ
とが生かされたんですね。
そうこうしていると、土地の提供者が現れたの
です。ここに、今、福祉と企業を繋ぐセンター
を作る構想が進んでいます。ここで、障がいの
ある人がアートを生かして、誇りを持って働く
こと、それを地域で実現することが大事である
と思うんです。
芸術というのはそれぞれの個性の領域を広げて
いくことですから。フランスの哲学家サルトル
が言う「その人の能力は今あるものの合計だけ
ではなく、これから持つであろうものも含めた
総和である」
。障がいのある人の可能性につい
てはまだ発見できてないかもしれないですね。
障がいのある人が、まだケアの対象でしかない
こともある。関係性から発見できるんですね。
そういうことが、障がいのある人の未来に繋が
るんですね。そして、これから花を咲かせる人
が多くいる。その意味では、我々のサポートの
在り方は非常に大切ですね。社会の中で可能性

の開花させる環境をつくることですね。
様 々 な 分 野 の 人 た ち が 出 会 っ て、 新 し い 価
値 が 生 ま れ ま す。 福 祉 に ア ー ト を 持 ち 込 ん
だ り、 病 院 に ア ー ト を 持 ち 込 ん だ り す る 素
晴 ら し い 事 例 も 多 く な り ま し た。 ア ー ト が
美 術 館 だ け の も の で は な く、 生 活 が 美 し く
変 容 し 始 め た。 僕 は、 美 術 の 専 門 家 で も な
く、 福 祉 の 専 門 家 で も な い。 ア マ チ ュ ア な
ん で す。 だ か ら こ れ ま で の プ ロ ジ ェ ク ト が
出 来 た の だ と 思 い ま す。 写 真 家 の 植 田 正 治
が、「自分はアマチュアの写真家です」と言
っていたんです。びっくりしました。僕は、
新 し い 世 界 を 作 っ て い く の は、 閉 塞 し て い
る 社 会 を 変 え て い く の は、 ア マ チ ュ ア だ と
思 う ん で す。 専 門 家 と い う 自 分 だ け の ジ ャ
ン ル で は、 新 し い 見 え 方 は 生 ま れ な い。 本
当 の 芸 術 は、 人 を 笑 顔 に す る。 こ れ を ア マ
チュア側から提起する。
高 松 は、 街 の 中 に 芸 術 が あ り ま す。 古 く か
ら、讃岐の手仕事もあり、新しい芸術では、
流 政 之 さ ん、 イ サ ム・ ノ グ チ な ど 世 界 的 に
有 名 な デ ザ イ ナ ー も あ る。 こ こ で、 障 害 の
あ る 人 の 作 品 な ど も 組 み こ ん だ ら、 凄 い 街
になると思う。福祉とか、技術とか、工芸、
文 化 と か 分 け る の で は な く、 そ の 土 地 の 可
能 性 を 結 び 付 け る、 こ れ を ア マ チ ュ ア 側 か
ら提案すると面白いと思いますね。
久しぶりの高松の街を歩きながら、思いました。
本日はどうもありがとうございました。

In the spring of 2003, members of NPO

people in Asian countries through culture to

Creative Clay visited Japan who conduct

build networks.

ArtLink in St. Petersburg, US. Since then,

He advocates that “it is a right of all humans

NPO Creative Clay keeps contact with NPO

to lead a happy and rich life through art and

Heart Art Okayama. Yasuo Harima was a key

culture”. He has been exploring ways “to live

person for this interaction to take place. He

a rich and happy life through art and culture

has been leading efforts of offering new values

irrespective of disabilities”. The Able Art he

generated from expressive activities by people

started is interpreted as art of potentials. He

with disabilities for some 40 years.

believes that “art makes an every-day life deep

40 years ago, Harima met people with

and beautiful for an individual and groups of

disabilities while he was working as a

people who live in it”. He sees art in the life of

newspaper reporter in Takamatsu through a

a person with disability, their hang-ups, and

person who provided painting guidance to

their ways of living. “Each person has a role to

people with disabilities and another person

play. Each individual has his/her own story to

who let those people camp on an island.

tell and that is depicted in art. When your own

Not even a word, “volunteer” was not well

story meets with that of somebody else and

recognized in those days. Through interviews

becomes socialized, that individual becomes

he came to realize that “Many problems

a human.”

were embedded in a society. Art and Culture

Therefore “it is important to establish a

were the most effective remedy for them”

relationship that embraces the integrity of a

and established a foundation in Nara, which

person. Japan is moving toward a mature

rolled out Wataboshi Concert and Able Art

society. ArtLink can be a model in that context.

Movement. The expressions are full of energy

People with disabilities are not just recipients

and have been highly received as they are

of care but have their culture and roles to play.

believed to restore human integrity. In recent

They are emerging energy. We need to find

years he has been promoting interactions with

new energy, not for economic growth, but to

42

lead a new life.”
“Takamatsu has a fine environment

播磨 靖夫

H A R I MA Y a s u o

財団法人たんぽぽの家理事長

receptive to art. They have a link with artists
internationally recognized and at the same
time “traditional had crafts of Sanuki” in many
genres have been handed down. It is a town
with high potential of cultural tradition that is
quite sensitive and embracive of beauty.”
A perception of mutual respect is essential
for a society. ArtLink demonstrated once

播磨靖夫 (財団法人たんぽぽの家理事長)Yasuo Harima (Director of Tanpopo-no-Ye) 新聞記者
を経てフリージャーナリストに。障がいのある人たちの生きる場「たんぽぽの家」づくりを展開。
太平洋地域で 2 年に 1 度、わたぼうし音楽祭を開催中。1995 年から、アートと社会の新しい関係
をつくる「エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)」を提唱し、市民の文化力を高
ア」の視点から市民の創造的な関係性の創出、多様な価値観、文化を包摂した社会づくりを提案
している。平成 21 年度 芸術選奨 文部科学大臣賞(芸術振興部門)を受賞。

to let people interact with others going

house for disabled persons to live. In 2004 he established an art center HANA for persons with disabilities,

the needs to continue ArtLink. It is our
hope that the continuous activities will
provide more opportunities for both sister
cities of St. Petersburg and Takamatsu to
explore potentials of each city through the
friendly relationship. (Edited by and taken
responsibilities of working and content by:
Tomoko Tano)

十河 陽子 × 加藤 直樹 ペア

十河 陽子 / SO GO Y oko

める運動を広げる。1999 年から市民研究として「ケアする人のケア」に取り組む。「アート」と「ケ

He worked as a newspaper report before becoming a freelance journalist. He developed Tanpopo-no-Ye, a

the passive thereby we recognize acutely

      / PROFI LE

2004 年には日本初の障がいのある人たちのアートセンター HANA を開設。1991 年からアジア・

again that art and culture made it possible
beyond the boundaries of the active and

参加アーティスト紹介

the first of its kind in Japan. Since 1991 he has been holding Wataboshi Musical Festival in Asia/Pacific area
once every two years. In 1995 he proposed “Able Art Movement” to create a new relationship between art
and a society in efforts of enhancing cultural competence of general public. Since 1999 he has been engaged
in research about care for careers as a civil research. In this initiative he is proposing to develop creative
relationship between citizens, diversified values and a community that embrace culture from perspectives of “art”
and “care”. In 2009 he was awarded Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology Award,

イラストを描くことが好きで、将来イラストレーターになれるように作
品を書き溜めています。人見知りしやすく、不安になるときもあります
が、イラストでは親子や兄弟、友達のささやかなやりとりなど繊細な関
係性を描きます。社会福祉法人 ナザレの村 あじさい所属。
She loves drawing illustration and is collecting her works
so that she can be a professional illustrator. She is very shy
and sometimes becomes uneasy, but depicts ver y delicate
relationship manifested in subtle dialog between parents and
child, siblings, and friends. She belongs to Ajisai, the Village
of Nazareth, Social Welfare Service Corporation.

加藤 直樹 / K AT O N aoki
2006年からピーマンをモチーフにした陶作品を発表しています。
なのでたまにピーマンさんって呼ばれます。最近は骨と殻を作ってま
す。虫コレ枯れコレやってます。岡山県在住。
P o t t e r. H e h a s b e e n m a k i n g p o t t e r y w o r k s w i t h a m o t i f o f
g r e e n p e p p e r. S o s o m e t i m e s p e o p l e c a l l h i m M r. G r e e n
P e p p e r. R e c e n t l y h e i s m a k i n g b o n e s a n d s h e l l s . H e i s
hanging in there. Lives in Okayama Prefecture.

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近藤 洸士郎 × 高松 明日香 ペア

近藤 洸士郎 / KONDO Koshiro

佐 藤 紘生× 千 葉 尚 実 ペ ア

佐 藤 紘 生 / SA TO H i r ok i

松原 隼也 × 具 民和 ペア

川久保 昭孝 × 伊藤 玄樹 ペア

松原 隼也 / MATSUBARA J u n y a

川久保 昭孝 / KA WA KU B O A ki taka

近藤さんは恐竜、クジラなどの巨大な生物から、カブトムシや
カマキリ等の小さな昆虫まで様々な生き物が大好きです。図鑑
を見つめ、音楽を聴きながら、すうっと鉛筆を動かして恐竜や
クジラ等を描いています。県立香川中部養護学校高等部在学。

自宅をこよなく愛する佐藤さんは、CS でディズニーチャンネル
を見ながら絵を描くことや、音楽を I pod にいれて聴くことが 大
好き。膨大な数のイラストや、迷いの感じられない輪郭線とカラ
フルな表現。この世界観はどこから湧いてくるのでしょう。

マラソン、ボウリング、バトミントン、卓球、水泳、スキ

ミケランジェロ、エル・グレコ、東洲斎写楽など、著名な作家

ー等の運動全般をこなすスポーツマンの松原さんは、今年

を愛し油絵を制作する川久保さんの作品はオマージュといえま

の12 月にホノルルマラソンに出走予定。障がい者支援施設

す 。 段 ボ ー ル 板 に 描 か れ る エ ル・グ レ コ の 受 胎 告 知 か ら は 、神 々

ウインドヒル所属。

しささえ感じさせられます。

He likes all sorts of animals ranging from enormous
dinosaurs and whales to small insects like beetles
and praying mantis. He stares at an illustrated
encyclopedia and keeps working on his dinosaurs
and whales with his pencils while listening to music.

He loves his home better than anything else. He also
likes painting while listening to the Disney Channel
on CS and listening to music in his Ipod. Enormous
amount of illustrations, decisive outlines and colorful
depiction. Where does his perception come from?

Ve r y a t h l e t i c , b e i n g g o o d a t m a r a t h o n , b o w l i n g ,
badminton, ping pong, swimming, skiing and others.
H e t o o k p a r t i n H o n o l u l u M a r a t h o n i n D e c e m b e r,
2013. He belongs to Wind Hill, a support facility for
persons with disabilities.

H e l o v e s M i c h e l a n g e l o , E l G r e c o , To s h u s a i S h a r a k u .
He loves renowned artists and produces oil paintings,
w h i c h a r e h o m a g e s . E l G r e c o ’s a n n u n c i a t i o n d r a w n
on a corrugated cardboard seems even divine.

高松 明日香 / TAKAMATSU Asuka

千 葉 尚 実 / C H I B A N ao m i

具 民和 / KU Min fa

伊藤 玄樹 / ITO Genki

前世紀末ころより、山田せつ子率いる枇杷系のオープンクラスに参
1984年香川県高松市生まれ、在住。2009 年尾道市立大
学大学院修了。主に絵画を制作しながら美術というものの存
在の輪郭を探っていますが、いまだに未確認です。     

A r t i s t . S h e w a s b o r n i n Ta k a m a t s u , K a g a w a P r e f e c t u r e
i n 1 9 8 4 a n d l i v e s i n t h e s a m e c i t y. S h e g r a d u a t e d
from Onomichi City University Graduate School. She
is searching for the outline of a thing called art while
producing painting, but it is not yet confirmed.

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1979年生まれ。香川県在住。作品によく似ていると言
われます。意識はしてなかったけど、もしかしたら自分自
身を作っているのかもしれません。もっと作品と近づきた
いと思っています。
Artist. She was born in 1979 and lives in Kagawa
Prefecture.People often point out that I look like
my works. I was not conscious but I may be making
myself. I want to be even closer to my works.

加。大橋めぐみ演出作品「麝香とスピカ」などにパフォーマーとし

絵を描いたりしてそれとむきあっているうちにそのまわりが気

て参加。岡山に移住後は、出石芸術百貨街に出演、川辺ダンスなど

になりだしたりその前が気になりだしたりそのものが気になり

に作品を発表。現在、地元の表現者たちと東洋における独自な即興

だしたりしながらものをつくっている。

表現とは何か模索しながら、ユニットで活動を展開中。     
She attended open classes of Biwakei lead by Setsuko Yamada
since the end of the last Century. She took part in a theatrical
performance “Musk and Spica’ as a performer which was directed
by Megumi Ohashi. At present she is carrying out activities in a
performer unit while exploring impromptu expressions unique to
the East together with local expressionists.

Artist. While painting, he becomes concerned about
its surrounding, then about something he did right
before and the painting itself. That is his typical
w o r k i n g p r o c e s s . L i v e s i n O k a y a m a C i t y.

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編集後記

Editor's Note

アートリンクに参加した 5 組のペアの出会いは、瀬戸内海に春霞の
漂う季節でした。初夏から秋、アートリンクの二人の表現は、家族
や周りの人を巻き込み、立体的に繋がっていきました。アーティス
トたちは、ペアの相手の日常の表現や生活そのものに目を向け、
「本
当に大好きなこと」「自分に求めていること」「誰かに伝えようとし
ていること」を追求しました。二人が会うごとに、その行為の積み
上げは圧倒的な力となり、最終的に展示会場で作品という「かたち」
になって現れました。一つ一つの作品からは、多様な文化を受け入
れ 育 ん で き た 瀬 戸 内 海 の 島 々 の よ う に、「 あ る が ま ま 」 の 優 し さ、
強さ、しなやかさが感じられました。会期中のトークからは、新た
な文化の発祥には寛容性のある成熟社会が、そして新たな価値の創
造には、人と人との関係性が必要であることが感じられました。ア
ートリンクで生まれた二人の新しい世界観。これをコミュニティに
還元していくことで、それぞれの可能性が開花され、アートのもつ
深遠な魅力が日常生活に反映されていきます。
私たちは、今回の5組のペアが放った新しい価値観が、今後どのよ
うに街に根付いていくのか、これからも一緒に探っていきたいと思
っております。そして、瀬戸内海の潮流のように、海の上を渡る風
のように、人と人との繋がり、関係性を創造していきたいと願って
います。
最後になりましたが、高松アートリンク・プロジェクト 2013 にご
協力いただいた皆様に、心よりお礼申し上げます。

Five pairs participants of the ArtLink met in a season when the Seto Inland
Sea was covered by spring haze. The seasons changed from summer to
fall. The expressions they generated for the ArtLink involved the families
and people around them and connection evolved three dimensionally.
The artists pay close attention to their partners’ expressions in their daily
life and their life itself. They tried to find true messages such as “what the
partner truly likes”, “what the partner expects from them” and “what they
want to communicate to someone else”. Each time they met, the actions
accumulated and formed overwhelming power, and ultimately crystalized
in “shapes ” of the works they exhibited. We could sense “natural”
gentleness, strength, suppleness, just like islands of the Seto Inland Sea
have embraced and developed diverse cultures. Through the talk, I came
to realize we need a tolerant and mature society for any new culture to be
brought forth and person-to-person relationship for the creation of new
values. ArtLink helped a pair of two persons to form new world views. By
contributing to a community, their potential blossoms and profound charms
of art can be reflected in a day-to-day life.
We want to watch carefully how new values that five pairs of
participants of the ArtLink generated would take roots in the community.
We want to keep creating connectivity and relationship from person to
person in such ways as tides of the Seto Inland Sea and winds blowing
over the sea would do.
In closing I would like to thank everyone who was so supportive for
the Takamatsu ArtLink Project 2013.

高松アートリンクプロジェクト 2013

Takamatsu ArtLink Project 2013

高松アートリンク・プロジェクト 2013

後援:瀬戸内国際芸術祭実行委員会

Exhibition period: October 11, Fri. through 14, Mon., 2013
Venue: Sunport Takamatsu exhibition hall on the first floor
Organized by: the City of Takamatsu (Contact: Section of Social Services for the
Disabled, City of Takamatsu)
Planning coordination: NPO Heart Art Okayama
Event associated with Setouchi International Art Festival 2013,
Takamatsu Heart Art Festival 2013
Supported by: Setouchi International Art Festival Executive Committee

高松アートリンクプロジェクト 2013 記録集

Takamatsu ArtLink Project 2013 Record

編集:田野智子

Edited by: Tomoko Tano

デザイン:清水直人

Designed by: Naoto Shimizu

展示期間:2013 年 10 月 11 日(金)~ 10 月 14 日(月)
会場:サンポート高松1階展示場
主催:高松市(担当部署:高松市障がい福祉課)
企画コーディネート:NPO ハート・アート・おかやま
瀬戸内国際芸術祭 2013 関連事業:たかまつハート・アートフェスティバル 2013

翻訳:小笠原ヒロ子
発行:NPO 法人ハート・アート・おかやま
700-0982 岡山市北区中島田町 2-5-22-102
TEL:090-5698-4933
FAX:086-221-3119
E-mail:info@heart-art-okayama.net
URL:http://www.heart-art-okayama.net
発行日:2014 年 2 月 28 日

Translated by: Hiroko Ogasawara
Published by: NPO Heart Art Okayama
2-5-22-102 Nakashimada-cho, Kita-ku, Okayama, 700-0982
Phone: 090-5698-4933FAX: 086-221-3119
E-mail:info@heart-art-okayama.net
URL:http://www.heart-art-okayama.net
Published on: February 28, 2014