You are on page 1of 1

鉄蕉会 亀田ファミリークリニック館山院長

Column 家庭医診療科
岡田 唯男
家庭医(米国家庭医療学会認定専門医)。 Faculty
(指導医養成者の育成)。公衆衛生学修士。
Developer
普段は家庭医の育成と家庭医療の実践、週末は指導
医の育成。東海大学客員准教授、東京医科歯科大学
臨床准教授、WONCA アジア太平洋地区運営委員。

社会疫学という分野は社会の構造と人の健康に与え 扱うことも含む)
。もちろん差別をする側に問題がある
る影響との関係を明らかにする学問である。居住地域 が、内面化と思われる言動はよく見られ、差別の再生
の影響としては、都道府県別の 1 位と 47 位の格差を挙 産、拡大の一役を買っている。差別とそれによる格差
げると
(人口あたり概算)
平均寿命では 3 年差、自殺率 2 をなくすためにはそれぞれの階層で緩和、解消する取
倍、高卒進学率 2 倍、課税所得 2.5 倍(1300 万円差)
児 り組みが必要である。上記の話で B であれば R に対し
1
童虐待件数 8 倍、医師数 2 倍 、社会構造との関係では て偏見を取り除くための啓発活動、C であれば P に対す
低所得と転倒経験率や不眠との関連、教育年数と高齢 る自己評価( self esteem)を高める活動などであるが、
者閉じこもり率など 2、米国では同じ進行度の乳がんに それでは花の成長の差はなくならない。重要なのは土
対して乳房温存手術を受けた患者の割合が州や地域、 壌の改良である。両方の鉢の土を一度混ぜ直して均等
3
病院の規模によって 3.5% ∼ 21.2% と 7 倍 など実例に に分けるか、P の鉢の土壌改良をして生育環境を同等
は事欠かない。 にすれば両者の育ちや花の質,量とも同じになり
(むし
この問題のヒントを提示するために、Jones は racism ろ厳しい環境にいた P のほうが同じ環境では良い結果
(人種主義)
を例に、
「庭師の話」
というたとえ話で差別 が出るかも)
数世代のうちに B、C レベルの差別はなく
4
の理論的階層を示した なるだろう。重要な変化が起きるためにはレベル A で
「庭師の話」
の概要。庭師が 2 つの大きな植木鉢、同じ の変化が必要なのだ。
「構造化された」
差別とは商品や
花で赤い花の種
(R:庭師の好み)
とピンクの花の種
(P: サービス,機会へのアクセスの不均等のことであり、こ
好きではない)
と園芸用の土を買ってくる。まず 1 つの れらは社会通念となっていたり法律化されている場合も
植木鉢に園芸用の土を入れ好きな R の種を植える。そ ある。特定の
「加害者」
が存在しないことや、必要な物
こで園芸用の土の不足に気づきその辺りにあった石まじ の不提供という
「ネグレクト」
の形態も多い。ここで最
りの土を適当に集めてもうひとつの鉢にいれ P の種を も重要な質問は
「人間社会での
「庭師」
は誰か?」
という
植える。当然差が現れ、R は大きく美しく咲き乱れる ことである。それは決定権、資源の配分権、行動力の
一方 P は途中で枯れたり花が咲いても小さいものも多 ある人たちである。彼らが
「公平性」
を気にしない場合
い。それぞれが種を落とすが,毎年同じ状況。数年後 に問題が生じる。
自分がやった土のことなど忘れた庭師が両者の差を見て 社会疫学の結果は相関や交絡因子の問題を残すが、
「それ見ろ、だから R のほうが好きなんだ。もとの質が それでも以下のことは心がけたい。自らがレベル B、C
違う」
(ここまでレベル A)
。庭師は P の鉢を見てこれ以 の差別構造を助長していないか。職業や身なり,言葉
上種を落として増えないようにと咲いている花のまま摘 遣い、居住地域によって不適切に対応を変えていない
んでしまう。また R の鉢を見て紛れ込んだと思われる P か? そして
「庭師」
への関わり。社会疫学では人の健
の花のつぼみを見つけ
「小さくて醜いから」
と咲く前に 康に寄与する度合いは社会構造や環境の影響が半分以
摘んでしまう
(ここまでレベル B)
。蜂が花粉を運びにや 上、医療は 2 割程度と考えられている 5。人の健康に必
ってくる。P の方へ蜂が来ると P 自身が
「隣の鉢を見な 要なのは優れた医師よりも優れた医療政策の方ではない
よ。R のほうが大きくてきれいな花が咲くよ。自分が蜂 か。社会的弱者がやせた土壌をあてがわれないために、
なら R の花粉を選ぶね。R の花粉を取りなよ。
」と伝える その擁護者,代弁者として国、自治体レベルの政策決
(レベル C)
。 定に投票、執筆,啓発、学会活動などを通じて声を上
Jones はレベル A ∼ C を差別の理論的階層として A: げていかなければならないのではないか?
構造化された( institutionalized )、 B: 人的に行われる 1. 各種政府統計
2. 近藤克則編集. 検証「健康格差社会」 (2007)医学書院
(personally mediated)
、C:内面化された (internalized) 3. Nattinger AB, et al. N Engl J Med 1992;326:1102-1107.
としている。B は狭義の「差別」つまり偏見と差別行為 4. Jones CP. Am J Public Health 2000;90:1212-1215.
5. Tarlov R, et al. The Society and Population Health Read-
のこと、C は自己卑下 (自分たちとよく似た人を同様に er.(2000).

January 2010 Vol.6 No.1 53

You might also like