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Vol. 46 No. 1 情報処理学会論文誌 Jan.

2005

知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究

網 谷 重 紀†,†† 堀 浩 一†††

本研究では知識創造過程を支援するための方法「知識の液状化と結晶化(Knowledge Liquidization
& Crystallization)および,知識創造過程を支援するためのシステム「Knowledge Nebula Crys-
tallizer(KNC)」を提案・構築し,ユーザスタディを通して評価を行った.従来知識創造に関してい
くつかの理論が提唱され,それらは多くの企業の知識管理に対する考え方に影響を与えてその重要性
が理解されるに至ったが,現実にはその理論を具体的に実務に適用する方法が提示されておらず,実
際に知識創造のためには何をすればよいのかが分からないという問題が生じている.そこで本研究で
は,知の共有から協創への実際的な道筋を示すべく,実際に広告会社との共同研究を通してイベント
設計過程を題材として知識創造過程の支援という問題に取り組んだ.本稿では提案・構築した方法と
システムおよびユーザスタディの分析結果を述べる.

A Method and a System for Supporting the Process


of Knowledge Creation

Shigeki Amitani† and Koichi Hori†††

The aim of this research is to develop a method and a system to apply the theories for
knowledge creation to human practices. Though a number of theoretical and practical studies
on knowledge creation have been conducted both by researchers and by business-practitioners,
practical methods for knowledge creation, i.e. for connecting the theoretical frameworks with
the real world knowledge creation are still required. In this paper, the developed method
named “Knowledge Liquidization & Crystallization”, and a system named “Knowledge Neb-
ula Crystallizer (KNC)” are described. They were applied to the actual exhibition design
processes as an exemplar of knowledge creation, in co-operation with a Japanese advertising
company. The effectiveness of the method and system has been examined through user studies
and discussions with the professional designers.

は新しい知識を創造するという視点を欠いている」と
1. は じ め に
いうことが指摘された3) .野中らによって数多くのケー
1980 年代半ば以降に「社会と組織にとって知識が ススタディを通して,知識というものが人間の実践的
重要になる」という指摘がなされ始め,それにともな 行為の中に埋め込まれているものであり,その文脈に
い新たな経営理論が生まれ出した.情報技術の発展 合わせて動的に構成されるものであり,その構成のた
とともに様々な企業がいわゆる「知識管理システム」 めには多視点から現象を分析する能力が必要であると
を導入して,知の共有のためにこれまでに企業内で作 いうことが主張され,知識管理における関心が「知識
られた書類を電子的に蓄積するといったことが試みら の蓄積による共有」ではなく,
「知識の創造」へと移っ
れてきたが,現状では成功を収めたシステムは数少な ていった.そこで野中らの SECI モデル3) や Fischer
い1),2) . らの Design Perspective 4) といった知識創造過程に
1990 年代に入り,「従来の知識管理へのアプローチ 関する理論が生まれたのである.
こうした理論的枠組みに対して,多くの企業が知識
† シドニー工科大学 創造の必要性とそのための理論の重要性を認識して実
Creativity & Cognition Studios, University of Technol-
ogy, Sydney
務への導入を試みてきたが,現在では実際の業務の現
†† 独立行政法人日本学術振興会 場に適用するにはどうしたらよいか分からないという
Japan Society for the Promotion of Science 新たな問題が生じている.こうした理論的枠組みを実
††† 東京大学先端科学技術研究センター
Research Center for Advanced Science and Technology
務に適用していくための方法が求められているのであ
(RCAST), The University of Tokyo る5)∼7) .
1
2 情報処理学会論文誌 Jan. 2005

本研究ではその具体的課題として,広告会社との共 これは知識というものを明確な形でとらえるのが困
同研究を通してモーターショーなどの「イベント設計」 難だからである.筆者らは「知識は文脈に依存して動
における知識創造過程支援を選択した.イベント設計 的に再構築されるものであり,静的に蓄積しておける
は現状ではプロのプランナの暗黙的な知識に大きく依 ものではない」という立場をとる8)「形式的に記述し

存するタスクの一例であり,それゆえ新たな知識を生 て保存しておける知識」というものは知識の一形態に
み出していくための実践的方法が求められる分野であ すぎない.知識とはむしろそうした「固体」のような
る.また,より良いイベントとは,最終的にプランナ ものではなく「液体」のようなものであって,文脈に
とクライアント,企画者と来場者の間での相互理解と よって形を変えることや,部分的に抽出して融合する
協創により生まれるものである.したがって,そのた ことで新たな文脈に適用可能な性質を持つものに変化
めにまずプランナに求められるのは,絶えず新たな知 させることができるものであるととらえる9) .
識を生み出してイベントを設計し,さらにその設計意 また,とらえることができるのは「知識を構成する
図の具体的実現方法および予想される効果といったも のに必要な情報」であり10) ,それは再構成して再利用
のを明確に根拠を提示しつつクライアントに説明して することが可能である.また,ある情報が「知識を構
いくことである.そして,実現されたイベントはどの 成するのに必要な情報」であるためには「その情報が
ように来場者に理解されたのかということを把握する 生成される文脈」が必要なのである4) .
ことで新たな知識を生み出して,来場者によりよく理 野中はこのような文脈依存性とともに「多視点から
解してもらうために生み出した知識を次の設計に生か 真理に接近する能力を含むものであるとしている8) .
していくということが求められる.プランナ自身の知 人間は向き合っている問題を様々な粒度で様々な角度
識創造のサイクルを実現することが「より良いイベン から観察・分析し,獲得された情報とのインタラク
トを協創する」ための第 1 歩であると考える. ションを通して頭の中で知識を再構成して新たな知識
そこで本研究ではこの知識創造サイクルを実現する を創り未知の問題に対応していく.知識とはこのよう
ことを目標とし,イベント設計過程を具体例として筆者 に情報を集めるだけではなく,集めた情報を現在向き
らが提案し開発した方法とシステムを適用した.本稿で 合っている文脈に合わせて再構成する能力も含むとと
は知識創造過程に関する従来研究を議論し,そのうえで らえる10) .この過程は ill-defined であり,いわゆる
我々が提案する方法「知識の液状化と結晶化(Knowl- 設計問題の 1 つとしてとらえることができる(design
edge Liquidization & Crystallization)」およびシス perspective 4) ).
テム「Knowledge Nebula Crystallizer(KNC)」に 本研究では従来提案されてきた知識創造に関する理
ついて説明し,その適用の具体的事例と有効性の分析 論を実践に落とし込むため,上記の要素を考慮した知
について述べる. 識創造過程支援の方法の構築を目的とする.その実現
には後に活用できる文脈つきの情報を獲得する方法が
2. 本研究での知識創造過程のとらえ方
必要であり,また獲得した文脈つきの情報を元に,新
「知識とは何か」という議論は長年認識論の分野に しく直面した設計問題に対応するべく再構成するとい
おいてなされており,伝統的哲学においては知識とは う行為を支援するための道具が必要なのである.
「個人が効果的な行動をとる能力を増大させるための Dourish は文脈を「どのように表現するか」という
正当化された真なる信念」であるとされてきた.また representational problem としてとらえるのではなく,
経営などの実務分野での知識管理に関する研究にお 「どのようにして人々は行為の中で文脈を獲得してい
いて実用的上の定義がいくつかなされているが,完全 くのか」という interactional problem としてとらえ
に合意を得た定義は存在していない.西洋の伝統的認 ることを提案し11) ,以後の人間と人間を取り巻く環
識論に強く影響を受けて「知識というものは形式的に 境(人間も含む)とのインタラクションを形成するた
記述することができ,万人が共有することができる」 めのそれまでのインタラクションの履歴ととらえてい
という暗黙的な前提があったため,知識管理に関する る.本研究においてもこの意味で文脈をとらえる.そ
研究や実践においては関心の中心はいかにして「科学 の文脈を可能な限り採取し,それを知識創造の文脈に
的・客観的知識」をとらえて蓄えておくというところ 合わせて用いるということを考える.
にあった.こうしたアプローチで知識管理を成功させ 知識創造過程を実際に支援する試みとして,Card
てきた例も存在するのは事実であるが,同時に行き詰 は情報可視化技術を使って,情報を獲得して意味づけ
まりを見せているのも事実である. を行い,知識に基づくモノや決定や行動を創造的にま
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とめていくことを支援することを試みた12) .彼は知識
創造過程を (1) Acquire information:情報を獲得す
る,(2) Make sense of it:情報圧縮のためのスキー
マを発見する,(3) Create something new:スキーマ
に従って情報を組織化する,(4) Act on it:レポート
などにまとめるという 4 段階であるとした.本研究で
は上記の要素およびこの 4 段階を参考に,知識創造過
程を以下の段階が繰り返される循環的過程であるとと
らえる.むろんこれらは明確に分割できる過程ではな
く,またこの順序で必ずしも進むものではない.
• Acquisition phase:「人間の実践的行為の文脈」
をともなう情報を獲得する. 図 1 情報獲得の過程
• Analysis phase:獲得された情報の内容や情報間 Fig. 1 Acquisition of information.

の関係を多様な視点から観察・分析して理解する.
• Restructure phase:現在の設計における文脈に
適合するように情報間の関係を再構成する.
• Production phase:実践に適用する.
次章で本研究で提案する知識の液状化と結晶化およ
び Knowledge Nebula Crystallizer について説明する.

3. 知識の液状化と結晶化および Knowledge
Nebula Crystallizer
「知識の液状化と結晶化」は筆者らが文献 13) にお
いて「情報を分解して保存しておき,それを必要に応
図 2 KNC の動作
じて適切な形で再構成する」と説明したが,本稿では
Fig. 2 Knowledge Nebula Crystallizer (KNC).
この考え方を拡張する.この分解と再構成の過程にお
いて重要なのは,人間が情報の意味内容を理解するた
めにはその情報が実世界に接地されていなくてはなら
ないということである14)∼16) .それをふまえて,本研
究では「知識の液状化と結晶化」を以下のように定義
する.
知識の液状化 人間の行為の文脈をともなった情報を,
実世界に記号接地できる概念を核とし,そのロー
カルな意味的関係を保存して核を単位とする粒度
に分解すること.
知識の結晶化 液状化で保存したローカルな意味的関
係を現在の創造活動の文脈に応じて結合してグ
ローバルに新構造を生成すること.
図 3 KNC とのインタラクションによる知識創造過程の支援
KNC は知識の液状化と結晶化を実現するためのシ
Fig. 3 Interaction with KNC.
ステムである.KNC は,獲得された「人間の行為の
文脈をともなった情報」を上記の液状化の定義に従っ
て分解し,蓄積するためのレポジトリであり,また蓄 KNC はユーザに提示した情報間の関係性を再構築させ
積された情報の断片とその情報間の関係をユーザの現 るというインタラクションを提供し,内省的思考を促
在の文脈に沿った形で結合して提示するシステムであ 進させて新たな知識を生み出すことを支援するもので
る.ユーザは提示された情報および情報間の関係を観 ある.図 1,図 2,図 3 に知識創造過程と Knowledge
察・分析して,提示された情報空間を理解する.さらに Nebula Crystallizer(KNC)の働きを示す.
4 情報処理学会論文誌 Jan. 2005

獲得.
4. 具体的事例:イベント設計過程
Analysis phase 獲得した情報群を様々な粒度・角
本研究では提案する方法とシステムの有効性を検討 度で見る.
するために広告会社との共同研究を通して東京モー • 頻繁にどのイベントオブジェクトが言及され
ターショーなどの「イベント設計」を具体的な課題と るのか?
して選んだ.イベント設計は,現状ではプロの企画者 • あるイベントオブジェクトがどのような印象
の暗黙的な知識に頼る部分が大きい創造活動であり, を与えるのか?
知識創造のための知識管理の方法が強く求められてい • ある印象はどのようなイベントオブジェクト
る分野の代表例の 1 つである. によって引き起こされるか?
4.1 イベント設計における問題点 • 来場者は実際に会場で何を見て何を考えてど
従来のイベント設計においては,設計のための材料 う行動するのか?
として過去にとったアンケートおよびインタビューの • 企画者の意図と来場者の印象や行動はどのよ
結果が使われていたが,実際には以下のような問題が うな差があるか?
実際にプランナからあげられている. Restructure phase 獲得した情報から,現在の設
(1) アンケートやインタビューのデータからは実際 計過程に必要な情報と情報間の構造は何かを見い
の効果の中身が見えてこず,次の設計指針が立 だす.
たない. Production phase 新しい設計過程において有用
(2) 調査方法や知識管理システムや分析方法などが な情報(information artifact)を生成.
数多くあるが,支援が部分的である. • クライアントに設計意図を伝える具体的な言
( 1 ) に関しては以下のような理由が考えられる. 葉(=企画書にあたる).
• 統計情報は,「なぜその情報が生まれたのか」と イベント設計過程において文脈とは,2 章で述べた
いう「文脈」が欠落しやすく,後の活用が困難で 考え方に基づいて「分析対象となる来場者の,ある時
あり4) ,また「今後の設計のための仮説形成」に 点でのインタラクションを形成するための,それまで
よりもむしろ「立てた仮説の検証作業」に向いて のその来場者をとりまく環境とのインタラクションの
いる情報である. 履歴」および「TU-1 の,現在のインタラクションを
• 「(イベントに限らず)そのときその場で生起する 形成するための,それまでの TU-1 を取り巻く環境と
思考」は「ある思考過程を後に内省した結果とし のインタラクションの履歴」ととらえる.以下の項で,
て述べる」という作業から生まれるものとは異な 各段階を支援する方法について述べる.
る17) . 4.2.1 Acquisition Phase
• 人間は話す内容の一貫性を保持しようとして記憶 インタビューやアンケートで採取可能なものは「回
を意識的にも無意識的にも変容させてしまう傾向 答者自身の心的過程に対して自ら省察を加えた内容」
18)
や,忘却してしまうことがある . であって,ある時点のある場所で生起する思考とは異
( 2 ) は,情報の獲得から分析・次の設計へとつなが なる17) .すなわち,人間の行為の文脈を損なっている
るような統合的な支援が求められていることを示す. 可能性の高い情報である.人間の行為の文脈を保持し
4.2 イベント設計における知識創造過程 たまま情報を獲得する方法が必要となる.
上記の議論をふまえて,イベント設計における知識 イベント設計においては,企画者は来場者の行為の
創造過程を次のようなものとし,これらを支援するた 文脈を明らかにし,企画者側の意図と来場者の印象の
めの方法について述べていく. 乖離を把握したうえで次の設計に臨む必要がある.こ
Acquisition phase イベント設計において必要と の企画者側の意図と来場者の印象の比較は,米陸軍で
なる知識の元となる情報の獲得. 用いられている After-Action Review(AAR)と呼ば
• イベントオブジェクトに対する来場者の印象 れるもので19) ,事前に計画していたことと実際に起
を可能な限り文脈つきで獲得. こったこととを比較することで自分の行動への内省を
• イベントオブジェクトに対する企画者側の意 促進し,自分の行動に対する説明力を与えるものであ
図と来場者側の印象との差を獲得. る.Davenport らによって AAR の知識管理における
• イベントオブジェクト以外,すなわち「企画 有用性が指摘された20) .設計においては自分の設計に
者が意図しなかったような来場者の視点」を 対して reflective thinking を促し,design rationale
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図 4 書き起こされたプロトコルデータの例
Fig. 4 An example of transcribed protocol data.

を明確化するものである.人間の実践的行為の文脈お 「人間の行為の文脈」が必要となり,また,後者から
よび設計意図との差がより良い設計のための知識の元 得られる情報への意味付けおよび統計的検証を行うた
となると考える. めには前者が必要なのである.
具体的には,来場者が受ける印象を実際のイベント 知識の液状化と結晶化の定義に従い,「実世界に記
会場で来場者に記録装置をつけてもらってプロトコル 号接地(grounding)可能な粒度」でプロトコルデー
データを採取することによって行った.また企画者の タを分解する.イベント設計の場合,実世界とは「イ
意図は,企画書から「どういう概念を伝えるためにど ベントオブジェクトが配置されたブース」であり,そ
のようにどのイベントオブジェクト☆ をどのように配 の会場を構成する個々のイベントオブジェクトが記号
置して会場を設計したか」ということを抽出した.企 設置可能な存在である.具体的には図 4 に示したとお
画書だけからでは拾いきれない部分は直接質問を行う り,イベントオブジェクトごとにプロトコルを分解し,
ことで補った. それを KNC に保存しておく.この分解された 1 つ 1
紙面の都合上,実際にプロトコルデータを採取する つのプロトコルそれぞれを本研究では「プロトコルユ
方法および,実際に得られた「プランナにとって興味 ニット」あるいは誤解のない限り単に「ユニット」と
深い」とされたプロトコルの事例に関しては網谷ら7) 呼ぶことにする.
を参照されたい.本研究で実際に対象としたイベント 4.2.2 Analysis Phase
とブースは 2001 年の World PC Expo(X 社,C 社, 創造活動支援研究において,従来「理解する対象の
T 社のブース)および Tokyo Motor Show(S 社ブー 全体と部分の往復の重要性」が指摘されてきた21)∼23) .
ス)である☆☆ .本稿では方法およびシステムとその 創造活動を支援するための認知的道具は,この往復を
ユーザスタディを中心に述べる.得られたプロトコル 支援するように設計されるべきである.イベント会場
データは図 4 のように書き起こされる ☆☆☆
. で得られたプロトコルデータの分析の過程における
ここで筆者らはインタビューやアンケートおよび統 「全体」とは「獲得したプロトコルデータ全体および
計的な従来手法を否定しているのではない.これらの その全体的傾向」であり,部分とは「ある来場者があ
手法が採取できる情報は「プロトコルデータに含まれ るイベントオブジェクトを見て何を考えたか」という,
る情報とは異なる」ということである.前者は心的過 前項で述べた粒度で分解したプロトコルユニットその
程そのものに自らの解釈を加えたものが採取され,後 ものや,複数のユニット間の関係性を指す.獲得した
者は心的過程そのものをできる限り採取しようとする プロトコルデータを様々な粒度で観察・分析できるよ
ものである.ここにおいて,これらの情報は相補的な うな表現で情報を提示する.以下のように全体と部分,
ものであると考える.前者を理解するためには後者の 概念空間と実空間とをつなげられるよう設計する.
• 頻繁にどのような語がどのような文脈で現れるか?

ステージや説明員,床,他の来場者など,イベント会場内に存
– 来場者の印象全体を俯瞰させてやる.
在し,来場者が見ることができるものすべてを指す. • あるイベントオブジェクトがどのような印象を与
☆☆
ブース名などは守秘義務のため伏せる. えるのか?
☆☆☆
被験者のプロトコルデータを起こすのは現状の技術では人間が
手作業で行うしかないが,書き起こしを専門に行う業者がある
• ある印象はどのようなイベントオブジェクトに
ため,十分に業務上実用的であると考える. よって引き起こされるか?
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– あるコミュニティにおかれた(企画者が用意 本稿で繰り返し述べているとおり,情報は文脈をと
した)人工物が他のコミュニティの人(来場 もなわなくては活用が困難である.概念設計の結果と
者)にどのように情報を伝えたか. して生成された企画書は,その企画書が生成された文
• 来場者は実際の会場で何を見て何を考えてどう行 脈がなくては理解が困難になる.そこで本研究では,
動するのか? 「grounding 可能なプロトコルデータに含まれる言葉
– 獲得した情報と実世界とのつながりを分析さ を提示すること」によって Production phase を支援
せる. する.ここで生成された情報は grounding 可能なも
• 企画者の意図と来場者の印象や行動はどのような のであり,再び次の知識創造のための元となる情報の
差があるか? 1 つとなる.このように boundary object としての
– After-Action Review を促進する. grounding された情報を介して理解を共有し,それが
4.3 Restructure Phase 次の知識創造の元となり,知の協創へと発展していく.
分析する際には企画者側が,たとえば「男女別」「年 この循環的過程を支援するのが本研究の最終的な目的
齢別」といった客観的視点から,
「この来場者たちは似 である.
たようなことを感じている」というような主観的かつ
5. 知識創造過程を支援するシステム:
発見的視点に至るまで様々であり,その分析の時点で
Knowledge Nebula Crystallizer for
の視点で情報空間の構造を再構成する必要がある.し
Exhibition Design(KNC4ED)
かも分析の視点は分析の最初の時点で決定できない場
合も多々ある.このような漸次的な構造化を支援する 本研究では上で述べたことに基づいて,イベント設
ためのシステムのインタフェースとして空間表現を用 計というドメインを具体例として Knowledge Nebula
いることの有用性が指摘されている24),25) .また,そ Crystallizer for Exhibition Design(KNC4ED)を構
うした空間表現においては,ランダムに情報空間を構 築した.図 5 に KNC4ED のスナップショットを示す.
成する場合よりも,統計的手法を用いて何らかの意味 本システムはバックグラウンドで動作する動的概念
を持った空間を構成することが概念形成過程を支援す ベース(Dynamic Concept Base: DCB)と,実際に
るということが分かっている26) . ユーザがインタラクションをとる 4 つのインタフェー
そこで KNC はプロトコルユニット間の類似度に基 スの計 5 つのコンポーネントからなる.
づいて空間配置してユーザに提示し,それを刺激とし (1) Dynamic Concept Base:獲得したプロトコル
て,あるいは提示された情報間の関係をユーザ自身が データをプロトコルユニットに分解し,ユーザ
再構築することを通して知識創造過程のこの段階を支 とのインタラクションを通して再構成される動
援する. 的概念ベースを構成.
4.4 Production Phase (2) ViewpointMap:獲得した情報全体を俯瞰.
設計過程における成果物としての情報(information (3) ContextMap:着目した概念に関連する情報の
artifact)の生成が行われる段階であり,イベントの 結晶化と情報間の関係再構成の場.
概念設計における最終的な生成物は,クライアントに ( 4 ) ChronoSpace:実世界への Grounding を提供.
提示する企画書である. ( 5 ) ControlPanel:プロトコルデータ表示系.
異なるコミュニティ間での概念の共有はしばしば困 各コンポーネントは以下の 3 点を促進することを念
難であり,イベント設計においても「クライアントへ 頭に設計されている.
の説明力の向上」が大きな課題の 1 つとしてプランナ • 概念的な情報空間を実世界へつなげる(ground-
側からあげられている.コミュニケーションにおいて, ing)ことで情報空間の理解を促進.
概念の実世界への grounding の重要性が主張され,議 • 獲得した情報の全体と部分との往復を促進.
論がなされてきた15),16),27) .概念の共有を助ける実世 • インタラクションを通して情報空間の理解と構造
界の人工物を boundary object 28) とよび,異なる実 化を支援.
践のコミュニティ29) 間でのコミュニケーションを支援 以下具体的に各コンポーネントがどのように知識創
するための情報技術の利用が試みられている30),31) .こ 造過程を支援するかについて説明していく.
の boundary object は異なるコミュニティ間で,各々 5.1 Dynamic Concept Base(DCB)
の視点から grounding されており,その人工物を介し 書き起こされたプロトコルデータを図 4 に示したと
て相手側の視点を理解するのに役立つと考えられる. おり,「何を見て何を考えたか」という単位に分割す
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図 5 KNC4ED 全体図
Fig. 5 A snapshot of KNC4ED.

る.プロトコルユニットを茶筅32) で形態素解析し,索 着目した語との類似度がある閾値以上の場合に提示す


「索引語–プロトコルユニッ
引語ベクトルを構成して, るようにした☆☆ .
ト行列」および「索引語–索引語行列」を作成する.後 この段階でユーザの視点は「全体→部分」と推移し,
者は Dynamic Concept Base(DCB)の初期値とし 現在の関心ある概念と関連する実際のプロトコルユ
て用いられ,5.3 節で述べるように,ユーザとのイン ニットとを結びつけることができる.
タラクションを通して動的に再構成される☆ . 5.3 ContextMap:着目した概念に関連する情
5.2 ViewpointMap:獲得した情報の全体的傾 報の提示と情報間の関係再構成の場
向を俯瞰 ViewpointMap での検索結果は ContextMap 上に
ViewpointMap は,獲得した情報全体を俯瞰する 空間配置される.検索されたプロトコルユニットは,
ための観察・分析の入り口となるインタフェースであ イベントオブジェクト名をラベルとした「プロトコ
る.ViewpointMap は (1) 前処理において茶筅で切り ルオブジェクト」として ContextMap 上に提示され
出した索引語のうち頻出単語上位 10 語を,その類似 る.また「検索に使われた語」が類似度が高い順にリ
性に基づいて空間配置する,(2) 空間上の着目した概 スト化され,どのような語が DCB で類似度が高いと
念(単語)と類似した 10 語を展開して空間表示,(3) されて検索に使われたかということをユーザに伝える
着目した語および概念的にその語に近いとされる語群 (図 6).
を用いてプロトコルユニットを検索するという 3 つ プロトコルオブジェクトを選択すると,そのプロト
の機能を有する.(1) (2) での空間配置にはユーザの コルユニットの内容およびそのプロトコルユニットを
情報空間の理解を促進するために,前述のとおり統計 含むプロトコルデータ全体が ControlPanel 上に表示
的手法の 1 つ多次元尺度構成法(Multi-Dimensional される.この実装も「全体と部分の往復」を念頭に置
Scaling method: MDS 34) )を用いた.また (3) では, いたものであり,あるプロトコルユニットがどのよう
な文脈で生成されたのかを確認しやすくするためのも

索引語–索引語行列の計算は索引語–プロトコルユニット行列の
のである.ここまでで概念的な情報空間から実際に獲
各行をベクトルと見立てて,各行間の内積を類似度として定義 得された情報までをスムーズにつなげることができる
する.ベクトル間の類似度はいくつか提案されているが33) ,本
☆☆
研究では単純に内積の値を類似度とした.この類似度の定義は ここではトップダウンに閾値を決定して実装したが,Ahlberg
情報提示の際の質に関わることなので,さらなる議論が必要な ら35) が提案する dynamic query の手法を用いるのが望まし
点であると認識している. いと考える.
8 情報処理学会論文誌 Jan. 2005

図 6 検索されたプロトコルオブジェクト提示画面 図 7 インタラクションと DCB


Fig. 6 Retrieved protocol objects on the ContextMap. Fig. 7 Interaction and DCB.

と考える.
ContextMap 上に提示された空間はシステムが機械
的に語の類似度を計算して配置を決定しているため,
情報空間の理解には有効であるが,必ずしもユーザが
現在向き合っている設計過程においてふさわしい配置
かどうかは定かではない.そこで ContextMap はユー
ザはマウス操作で (1) プロトコルオブジェクトの位置
の移動,(2) プロトコルオブジェクトのグルーピング
および,(3) ラベリングの 3 種類のインタラクション
をとれるようにし,ユーザ自身がその時点での観点に
従って空間の構造を編集して再構築することができる
図 8 ChronoSpace(左)と ControlPanel(右)
よう実装した. Fig. 8 ChronoSpace (left) and ControlPanel (right).
本研究では,概念ベースを獲得したプロトコルデー
タから作り,さらにそれをインタラクションを通して に来場者が何を見てどう思ったのか」ということを
動的に変化させ,複数保持することを提案しており, 可能な限り詳細に観察・分析するためのものである.
図 7 に示すように,このインタラクションを通して, ChronoSpace は次のような情報とインタラクション
グルーピングされたプロトコルデータに含まれる索引 を提供し,来場者のプロトコルデータの提示を行う.
語間の類似度を上げる☆1 ,ラベリングすることで,そ • ブース内のイベントオブジェクトの位置および企
のラベルに含まれる語は新たに索引語として登録され, 画者の意図の記録☆3(図 8 ControlPanel の左下)
そのラベルが付されたプロトコルユニットに含まれる • 企画者があらかじめ設定した/しなかったイベン
索引語との類似度が計算されるようになっている.こ トオブジェクトに対する来場者の発言位置と内容
うして DCB はインタラクションとともに進化し,同 の表示(図 8 中 (2))
じような観点において再び検索する際に利用可能であ • ブース内での来場者の動線(図 8 中 (3))☆4
ると考える.これにより「観点に応じた検索」が可能 動線上に時間順に番号がつけられた「発言があった
になると考える☆2 . 場所」が地図上に提示される.発言には 2 種類あり,
5.4 ChronoSpace:実世界への grounding
ChronoSpace は調査対象となったブースの地図を ☆3
これは改めて情報を入力するというよりは,「いずれにせよ企画
背景としたインタフェースで(図 8 中 (1)),「実際 書に書いてクライアントへの説明しなくてはならない文章を入
力する」状況を想定している.したがって実際のワークフロー
に即したものであるといえる.将来的には ChronoSpace をは
☆1
現時点ではこの値もトップダウン的に類似度を 2 倍にするよう じめとして KNC4ED で作った情報から企画書の骨格の自動生
実装してある. 成へとつなげることが考えられる.
☆2 ☆4
再構成されて複数保持した DCB から,現在の文脈にふさわし 企画者が設定したイベントオブジェクト名と時系列的に記録さ
い DCB を選択できるようにするためのインタラクションのデ れているプロトコルデータとをシステムがつき合わせることで,
ザインは今後の課題である. その被験者の動線を自動生成する.
Vol. 46 No. 1 知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究 9

「あらかじめプランナが定義したオブジェクト」に対 「あなたは 2004 年度の東京モーターショーの S


する発言と「プランナが定義しなかったオブジェクト」 社ブースのプランニングチームに所属すること
に対する発言である.前者はプランナ自身が自分の意 になりました.手元には 2001 年度東京モーター
図と合致しているかどうかということを確認すること ショーの際に使った企画書類があります.これら
でプランナの Reflective Thinking を促す.後者はプ の資料およびインターネット上の情報その他を参
ランナが予期しなかった「来場者の意外な視点」発見 考にして,2001 年度のモーターショーの良かった
を促すことが期待される.動線上の発言を見ていくこ 点,悪かった点などをあげるとともに,クライア
とで「期待動線と合致していなかった理由は何か?」 ントへのプレゼン資料の元となる資料を作成して
ということをつぶさに分析することが可能になる. ください.

ChronoSpace は ContextMap と 連 携 し て お り, データ採取 Think-aloud 18) でタスクを行ってもら
ContextMap 上でプロトコルオブジェクトをダブル い,その過程をビデオカメラ 2 台を用いて記録し
クリック,あるいは ControlPanel 上部に設けられた た.実験後筆者の手でプロトコルデータが書き起
リストから着目する来場者を選択することで起動する. こされた.
複数の ChronoSpace を同時にいくつでも開けるよう 上記の設定でユーザスタディを行い,直後にインタ
になっており,複数の来場者の動線を並べて比較した ビューを行った.このユーザスタディでは 2 名の被験
り,来場者の動線の傾向を図的に判断したりする材料 者で 2 回の実験を行うことでシステムの評価実験を行
となる. うことを目指したのではなく,その有効性を分析的に
以上 4 つのインタフェースを用いることで,ユーザ 示すことを試みたものである.
の「全体と部分の往復」および現在の関心ある概念と 6.2 Knowledge Creation の例
関連する実世界の来場者の行動や思考過程とを結びつ 実験の結果,システムが知識創造過程を支援したの
けることを支援する. がたびたび観察されたが,紙面の都合上ここでは 1 つだ
け例を詳細に説明し,他の例については次の 6.3 節で
6. ユーザスタディ:知識創造過程支援の例
簡単に述べるにとどめる.他の例の詳細は Amitani 36)
本研究ではシステムの使われ方および利用による知 を参照されたい.以下インデントして鍵括弧でくくら
識創造過程を観察・分析するためにユーザスタディを れた文章は被験者がタスク実行中に実際に発言した内
行い,その有効性の分析的検討を行った.本章では実 容である.
験の設定について述べ,続いて知識創造過程をシステ TU-1 の 1 回目(KNC4ED なし)の実験
ムが支援した例をあげる. TU-1 は企画書にひととおり目を通し,インターネッ
6.1 実験の設定 トでスバルのページを見て以下のような発言をした.
場所 筆者が所属する研究室の一室 • 「まぁやっぱり S 社ってのは車 L ☆ が一番売りの
被験者が利用した情報・道具 インターネットに接続 車なんだね.

されたコンピュータ,ペンと紙,2001 年度東京モー • 「車 L がきれい目で売っていくんだったら,ラリー
ターショーの際に使った企画書類,(1) S 社ブース 車の泥臭いそこ力みたいなところと対比して出し
実施計画案,(2) STAFF OPERATION MAN- ていけないかななんて考え始めました.

UAL,(3) 各ステージ構成台本,(4) 会場計画図, • 「今車 L が訴求しているような洗練さとか,そ
(5) S 社ブースご来場者アンケートグラフ報告書 の,スタイリッシュなエレガンスみたいなところ
の 5 種,および KNC4ED はちょっとこう,強く出していきたいんだよね.

被験者 2 名 この結果,TU-1 は 1 回目で以下のようにブースコ
Test User 1(TU-1) Web デザイン会社勤務 ンセプトの大枠をデザインするに至った.
Test User 2(TU-2) 広告会社勤務 「ちょっと具体的な構成までまだいかないけど
実験の構成 被験者 1 名に対して 2 回ずつ: でもだいたい全体を静と動で,静と動って言
1 回目 2001 年度企画書類,インターネット上の うと非常に陳腐な言い方だけど,荒々しさっ
情報(KNC4ED なし) ていうのを,S 社の持つ土臭さっていうか,い
2 回目 2001 年度企画書類,インターネット上の い意味で,なんだろ,野卑なところと,今車 L
情報(KNC4ED あり)
タスク 以下の教示を与えた ☆
S 社のツーリングワゴン.
10 情報処理学会論文誌 Jan. 2005

のコマーシャルで訴求しているようなきれい
な,ヨーロッパの伝統的な建築物を背景にク
ラシックが流れてくるようなああいうちょっ
と洗練されたイメージっていうのを 1 つにま
とめるんじゃなくて,同時に 1 つのブースの
中で対比をつけて演出できないかってことを
考えてて荒々しさのアピールっていうのと非
常にこの静けさっていうのがうまく演出でき
ないかって,今だいたいこう全体のイメージ
がまとまっています.

この後対比のコンセプトに基づいて全体を二分した 図 9 情報空間の構造化
会場の地図を描いて以下のような発言をしていた. Fig. 9 Structuring the information space.

「どうクライアントに伝えようか」
「一言で言うとなんだろ」
しかし,この実験ではどのように伝えるかというこ
とが明確化されずに終了したのが観察された.
TU-1・TU-2 両者とも「来場者アンケートグラフ
報告書」に目を通していたが,事後のインタビューで
「今まで持っていたイメージと大きなズレがないこと
が確認できた」「フリーアンサーが面白くない」と述
べていた.この発言は次のことを示唆するといえる.
• アンケートは企画する側の視点で作られており,
その視点の確認には有効であるが,「興味深い結 図 10 情報空間の構造化
果」は得られにくい. Fig. 10 Structuring the information space.

• フリーアンサー形式のアンケートでは,筆者らが
用いた手法で得られたような来場者の「プランナ すでに生産されていないことを知り,以下のような発
にとっての興味深い過程」を拾うのは困難である. 言をして一度除外していた.
TU-1 の 2 回目(KNC4ED あり)の実験 「ちょっと車 A はおいておこう」
2 回目は 1 回目に続いて「どうクライアントにどう その後 TU-1 は提示されたプロトコルオブジェクト
説明したらいいか」ということを念頭に始まった.企 の内容を読みながら図 9 に示すように,「とっておく
画書を見て「S 社ブランドの強化」というフレーズが グループ(後に「前向きな意見」とラベル付けし直さ
あるのを見て以下のような発言をし,KNC4ED を用 れた)」として徐々に情報空間を構造化し始めた.さ
いて「S 社」という観点(キーワード)で検索した. らに TU-1 は提示されたプロトコルオブジェクトを読
「S 社っていえば車 L,なんだろ」 み進めて,最終的には図 10 に示すように,「前向き
検索されたプロトコルオブジェクトを順に見ていく な意見とラベル付けしたプロトコルオブジェクト(図
と,手元の資料で見つからなかった新しい概念「車 A ☆ 」 中左上)」
「後ろ向きな意見とラベル付けしたプロトコ
に対して言及したプロトコルユニットを発見し,TU-1 ルオブジェクト(図中右上)」および「現時点で必要
はこれにともなって以下のような発言をしている. ないプロトコルオブジェクト(図中右下)」の 3 つの
「こないだはこんな車 A とかは,この資料(グ グループを作り構造化を進めた☆☆ .この過程において
ラフ報告書)にはなかったので,ちょっとプ 以下のような発言があった.
ランがちょっと最初の入り口が変わるかなっ 「車 Aっていうのを発言したのが別の人だっ
ていうのを感じてるところで」 たんだ」
車 A がどういうものであるかということをインター 「あ,ここにも出てきたよ,車 A. また別の人
ネットで車 A に関する情報を検索したところ,現在 ☆☆
このように,途中で空間のラベルの意味を変更するなどの「最
初から完全に構造化することをユーザに強制しない」という点

S 社で初めて開発された小型の自家用車. は,空間表現を利用することのメリットの 1 つである.
Vol. 46 No. 1 知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究 11

を用いたことで得られた語である.
この過程において KNC4ED は以下のように機能し
たといえる.
情報自体の有効性 採取されたプロトコルデータには,
アンケートでは拾い出せなかった「概念を実世界
に接地するための具体的な言葉(この例では「ガ
レージ風」といった概念を実世界に接地すること
を可能にした「車 A」という言葉)」や,その情
報の理解を助けるための文脈が含まれており,そ
れを設計段階においてシステムは適切に提示する
ことができた.さらにその得られた具体的な言葉
図 11 生成された information artifact
Fig. 11 The information artifact produced by TU-1.
は最終的な information artifact を生成すること
を支援した.これは知識創造過程の Acquisition
が車 A の流れって言ってるよ.すごいね,実 phase と Production phase を支援している.
は車 Aってすごいおっきいんだ」 液状化の有効性 獲得された情報を適切な粒度に分解
「複数の人間が車 A について言及している」という しておいたことが有効に働いている.分解してい
事実に気づき,一度除外した車 A が重要な意味を持 なかった場合,つまり各来場者のプロトコルデー
つオブジェクトであるということに気づき,インタラ タを書き起こしたファイルをそのまま検索した場
クションを通して最終的に以下のような具体的な設計 合,「S 社」という語は被験者全員のファイルに
案を形成した. 含まれているため,それらのファイルのすべてが
「車 Aっていうのを発言したのが,別の人だっ 検索されてしまう.データに対して「S 社」とい
たんだ.多分若いんだと思うんだけど,意外 う語は一般的すぎるため,適切な箇所を探すため
に知られてるんだ,車 Aって S 社の歴史の の工夫が必要となる.本研究で提案した方法が有
原点としてそしたら,こないだあたしがなん 効に働いており,これは Acquisition phase を支
か,プランした中の半分のこういうなんかこ 援している.
うちょっとなんかガレージ風に演出したとこ 空間上に提示したことの効果 仮にプロトコルデータ
ろに,単にそのイメージだけじゃなくて,車 を本研究で行ったように分解しておき,それに対
A から連なる,なんかそういう,そんだけね, して「S 社」という語で検索を行ったとする.そ
割と認知されているようだったらば,歴史を の検索結果を,検索結果の表示系としてよく用
ふまえた感じでその,がんばってきたってい いられるリスト形式で表示した場合,「S 社」と
うような汗臭さみたいなのが半分に出せると いう語を含むプロトコルユニットは,今回の実験
いいかもしれない.だから実はその車 Aって の場合 65 あり,それを一次元的に並べるリスト
終わったものとしておくんじゃなくて原点と 形式で表示した場合に把握するのは困難である.
してやっぱり,実はとっときたいね.前回は KNC4ED では概念ベースを用いて各々のプロト
ちょっと思わなかったけど,意外に車 A はよ コルユニットの類似度を定義して MDS で似てい
く知られているようでで,実際どうもテレビ るものが近くに配置されるように空間上に提示
でもやった風だし,そのへん知ってる人多い したことで情報空間を把握しやすくした.これは
のかもしれない.プランの大筋は変わんない Analysis phase を支援したといえる.
けど,なんかちょっと対比が,こっちのイメー 結晶化の有効性 KNC4ED は,通常の類義語辞書で
ジっていうのは単に泥臭いっていうだけじゃ は類似していると判断されない「イベント特有の
なくて,歴史に裏打ちされた汗とオイルの歴 類似性」を,プロトコルデータから計算して定義
史みたいなそういう感じで対比させようかな した☆ .これにより上記の空間上への提示が可能
と思います」 になる.ランダムではなく MDS などの手法を用
TU-1 はこの過程で得た具体的な言葉を元にして「ク ☆
イベント会場では「ステージ」には「説明員」や「スクリーン」
ライアントへのプレゼン資料のドラフト」を最終的な などが設置されているが,通常の類義語辞書などにはそれらの
成果物として作成した.図 11 中の楕円は KNC4ED 類似性は定義されていない.
12 情報処理学会論文誌 Jan. 2005

いることで,ユーザの情報空間の理解が促進され 操作系の,知識創造過程支援に対する有効性が検討で
26)
るため ,これは Analysis phase を支援したと きた.
いえる.
7. お わ り に
インタラクションの効果 TU-1 は途中で空間への意
味付けを変更するといった,「そのときの視点か 本研究では知識創造過程を支援する方法「知識の液
らの分析」を行っている.単に情報をシステムが 状化と結晶化」およびその過程を支援するためのシス
クラスタリングして提示するというだけではなく, テム KNC を提案し,構築した.さらに実際にイベン
情報空間とのインタラクションをユーザに与えた ト設計という分野にこれを適用し,ユーザスタディを
ことが有効に働いているといえる.概念ベース, 行ってその有効性の検討を行った.
空間表現を利用して,プロトコルユニット間の関 本研究は広告会社との共同研究でなされたものであ
係を多様な視点から観察・分析することを支援し り,筆者らは彼らと密に連絡をとりながら研究を進め,
た.そのインタラクションを通して情報の理解を プロのイベントプランナとの議論を重ねてきた.プロ
進めていくことが観察された.これは Analysis トコルデータをとるという作業自体にかかるコストの
phase と Restructure phase を支援している. 問題点など,本手法に対するデメリットも指摘された
6.3 KNC4ED の利用が有効であった事象の例 が,以下の点における有効性を評価された.
ここでは分析の詳細は割愛するが,5 章で述べた「概 • 「そのときその場所でしか得られないデータを拾
念–実世界の結合,全体–部分の往復をインタラクショ い出してきている」
ンで支援する」という KNC4ED の設計が有効に働い • 「そのデータをコンパクトに観察することができ,
ているという事例が観察された.ここではその実現の それを概念レベルから個々の地図情報にまで戻っ
例をそれぞれ 1 つずつあげる. て観察できる」
概念–実世界の結合 TU-1 は 6.2 節の後,さらに • 「イベントオブジェクトでデータをきることがで
「ヨーロッパ風」としていた車 L に対して来場者 きる」
がどのような印象を持ったかということに着目し これらの意見は,本稿で一貫して述べてきた以下の
て「車 L」で検索して発言を分類した.この過程 点について言及し,支持するものである.
を通して「車 L に対して洗練された印象を持つ来 • 「文脈付きの情報」が有効であるということ
場者がいない」ということに気づき,「対比させ • システムを用いることで,全体的・概念的なレベ
ることで洗練されているイメージを強調する」と ルから個々の被験者の行動会場内での具体的な行
いう「対比という戦略そのものに関する理由」を 動に至るまでの様々なレベルでの観察を可能にし
初めて明確にするのが観察された. たこと
全体–部分の往復 TU-2 が ChronoSpace で実際の動 • イベント設計においてはイベントオブジェクトが
線の分析を行っている途中で,比較のために全員 実世界に grounding されていて,それを分解の粒
分 の ChronoSpace を画面上に並べて観察して

度として利用したこと
「左上(エンジンなどの技術展示の場所)にあま これは筆者らが構築した方法とシステムの実用性を
り人が行っていない」という事実を発見した.こ 示唆するものであると考えられる.
れは来場者が通った箇所を,詳細なプロトコル 本研究の成果は以下のとおりである.
データだけでなく,その全体が一望できるように • 従来の知識創造過程に関する研究は理論でとど
ChronoSpace 上に図的に示したこと,さらにそ まっていたが,本研究では実際に知識創造過程を
れを全来場者(被験者)の動線情報を図的に並べ 支援するための方法およびシステムを構築した.
て把握・比較できたことによるものである.TU-2 • 実世界で通用する手法を構築するべく,提案・構
はこれにより「S 社といえば技術」と考えていた 築した方法およびシステムを実設計問題へ適用を
が,その考え方を見直そうとしていたのが観察さ 行い,ユーザスタディを行った.システムとのイ
れた. ンタラクションを通して知識創造過程が促進され
本システムが提供した情報のおよびその情報の表現 たことを確認した.またプロフェッショナルとの
議論を通して,実務上の有効性を確認した.

画面サイズの都合上,一度に画面上に表示できるのは 6 名分が
本研究からだけでは統計的に有意に「この方法とシ
限界であった.リサイズができるように実装する必要がある. ステムが知識創造過程を支援する」ということを述べ
Vol. 46 No. 1 知識創造過程を支援するための方法とシステムの研究 13

ることはできない.筆者らが提案する「知識の液状化 puting, Vol.8, No.1, pp.19–30 (2004).


と結晶化」を実現するためのシステムを今後数多く実 12) Card, S.: Information Visutalization, pp.544–
装し,数多くの事例に適用して検証していく必要があ 582, Lawrence Erlbaum Associates (2003).
13) Hori, K., Nakakoji, K., Yamamoto, Y. and
ると考える.本研究は知識創造過程を支援し,協創の
Ostwald, J.: Organic Perspecives of Knowledge
ための環境を作るための方法およびシステムのあり方 Management: Knowledge Evolution through a
についての 1 つの方向性を与えたと考える. Cycle of Knowledge Liquidization and Crys-
謝辞 共同研究の場を提供してくださった広告会社 tallization, Jounal of Universal Computer Sci-
の方々,研究助成をしてくださった財団法人立石科学 ence, Vol.10, No.3, pp.252–261 (2004).
14) Harnad, S.: The Symbol Grounding Problem,
技術振興財団,その他議論や実験に協力していただい
Physica, No.D42, pp.335–346 (1990).
た方々,その他様々な形で支えてくださった方々に深 15) Clark, H. and Brennan, S.E.: Grounding in
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として University of Technology,
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情報科学研究科情報処理学専攻 (2003).
32) 松本裕治,北内 啓,山下達雄,平野善隆,松田 堀 浩一(正会員)
寛,高岡一馬,浅原正幸:日本語形態素解析シ 1956 年生.1984 年東京大学大学
ステム『茶筌』version 2.2.1 使用説明書 (2000).
院修了.工学博士.国文学研究資料
http://chasen.aist-nara.ac.jp/chasen/
館助教授等を経て,現在,東京大学先
bib.html.ja edition
33) 徳永健伸,辻井潤一:情報検索と言語処理—言 端学際工学専攻教授.知能工学の研
語と計算 No.5,東京大学出版会 (1999). 究,教育に従事.IEEE,ACM,人
工知能学会,認知科学会等会員.

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