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留学記

留 学 記 いままでとこれからとをつなぐことを念頭に

日本学術振興会 網谷 重紀

 2004年の3月に東京大学大学院工学系研究科先端学際工
学専攻博士課程を修了しました。大学院時代は東京大学先
端科学技術研究所の知能工学研究室(堀研究室)に在籍し、
創造活動支援の研究に取り組んできました。2004年の4月
から日本学術振興会の海外特別研究員として、オーストラ
リアの University of Technology, Sydney(UTS)にあるCre-
ativity & Cognition Studios(CCS)に所属しています。こち
らに来て早くも3ヶ月経ちました。海外特別研究員の任期
は2年間。長いようで短いことをひしひしと感じています。

海外で研究するために:行き先の決定から研究助成の申請
まで
 行き先の決定のためには、人的なネットワークをできる
限り広げておくのが重要だと思います。私の場合は国際会
図1 University of Technology, Sydney
議への参加がきっかけでした。この渡航が留学ではなく
「就職」であるため、これまで自分がやってきたことをど
うやって展開していくか、どこで研究するのがふさわしい のか、ということが明確になってきます。 「研究を進めて、
のか、ということが大きなテー マでした。創造活動支援研 まとまったら書く」のではなく、「研 究を進めるために書
究で有名な研究機関は徐々に世界各地に広がってきていま く」という考え方が必要だと思います。いままでをこれか
すが、私の現在の上司であるErnest Edmonds教授は、大学 らにつなげるための練習です。
院時代の指導教官の堀浩一教授とともに世界的にもこの分
野の第一人者であり、堀研究室を卒業して次に働く場所と なぜCCS?:いままでの研究とこれからの研究
しては世界で最も研究に適した場所であると判断しまし  ここCCSは、創造活動でも特にインタラクティブアート
た。そういう機会を得るにはもちろん周囲の人たちの助け や知識創造に関する研究が盛んです。そのアプローチも理
が大きな力になるのは言うまでもありませんが、いままで 論構築や認知的な分析から支援システムの構築、実際の作
をこれからにつなげるためにはやはり自分で行動を起こす 品としてのアウトプットまで幅広く研究が進められていま
必要があります。国際会議に限らず、こうした会議に積極 す。私は修士課程では作曲過程支援の研究、博士課程では
的に参加して自分の研究を世に出して自分の研究を知って 知識創造過程支援のための方法とシステムの研究を行いま
もらい、他の人の研究を知り、他の研究者とのコミュニ した。これらは異なるトピックに聞こえるかもしれません
ティを広げていくことが必要だと思います。それはひいて が、どちらも情報の表現操作系および、人間の創造活動に
は自分自身にとってだけでな く、自分が属する研究分野全 おける認知 過程の研究です。
体にとって有益なことだと思います。  従来の作曲用エディタは楽譜をメタファとして、各音符
 オーストラリアでの長期間の研究助成金を調べたとこ に対して様々な調節ができるような表現操作系のものがほ
ろ、学振の海外特別研究員の2年間が最長で、留学用の奨 とんどでした。もちろんそれらは必要な機能なのですが、
学金以外はほぼ皆無です。 学振以外の選択肢が ないという 作曲に限らずデザインは「現在作っている部分が全体の中
点で大きな不安がありましたが、学生の頃から申請し続け でどのように位置づけられるのか」といったことを考えな
て 3 年目にしてようやく採択されました。学生生活が終 がら進めます。作曲支援の研究では空間表現を用いて全体
わったところなので学生の方へのメッセージになってしま を俯瞰する視点を提供するインタフェースを実装し、ユー
いますが、学生のうちから「研究助成に申し込んでみる」 ザスタディを行いシステム導入の前後における認知過程の
練習をすることをお薦めします。これは「書いてまとめて、 変化について詳細に分析しました。
自分の専門分野外の人に説明する」練習であり、留学資金・  博士課程においては、従来の知識創造に関する理論的枠
研究資金を獲得するための練習です。かつ、申請書を書く 組みをいかにして実践に落とし込むかということがテーマ
というのは「自分の研究のスケッチを描く」ということ で で、そのための方法とシステムを構築しました。広告会社
す。書いていくに従って次第に自分が何をどうするべきな と共同研究を行う機会を得て、提案する方法とシステムを

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留学記

東京モーターショーなどのイベントの設計に対して適用し ミュニティで、しかも言語も文化も違う世界に入って行く
ました。イベント設計は従来プロのプランナーの暗黙的な わけです。当然いろいろな壁があります。「何とかして早
知識によって行われているのが現状で、「アンケートや統 くとけこまなくては」「早く英語ができるようにならなく
計的な分析からは次の戦略が見えて来ない」という問題が ては」と考えていましたが、非常に大きなプレッシャーに
プランナーから実際に指摘されています。無論プロの勘や なってしまいます。 コミュ ニティの中にはすぐに受け入れ
統計的手法を否定するのではありません。しかし、「実際 てくれる人、そうでない人、当然います。それは国の内外
に会場で来場者は何を見て何を考えてどう行動しているの を問わずあることだと思います。こちらではEdmonds教授
か」といったsituated actionはこれまで見過ごされてきまし がイ ギリスから移っていらしたこともあり、 イギリス人の
た。その時その場で生起する思考というのは、後で質問さ 学生が多数います。彼らでもたまに文化の違いに少々気分
れてまとめて説明されるものとは異なるのです。 そこで プ が落ち込むことがあるようです。焦らずじっくりと楽しく
ロトコル分析で用いられるretrospective report methodとい 生活していきましょう。私は今、いろいろと困難はありつ
う手法を用いて、可能な限りその時その場で生起する思考 つも、うまくいままでをこれからにつなげて有益な研究生
を拾い出し、そこで得られた言語情報を活用して新たな知 活を送れていると思います。自分とは背景が全く違う文化
識を生み出していく過程を支援するためのシステムを構築 圏の人々と日々触れ、自分の研究分野でありながら今まで
しました。さらにユーザスタディおよびプランナーの人た 知らなかった方法論に触れ、非常に大きな刺激を受ける毎
ちとの議論を通して方法とシステムを評価を行いました。 日です。まだま だ勉強することは尽きません。どんどん新
 こうした研究背景のもとで、芸術色が強く、かつ知識創 たな文化圏に入っていって様々なものを吸収し、自分と自
造系の研究が盛んなCCSを選択するというのは「いままで 分の研究と自分の研究分野全体を成長させて盛り上げて行
とこれからとをつなぐ」 ためにごく自然な 流れだと思って きましょう!
います。現時点では2つのプロジェクトをやっていく予定
です。 関連情報
 ひとつはこれまでの研究を統合して拡張する、という方 筆者のサイト: http://www-staff.it.uts.edu.au/~shigeki/
向性です。 これまで対象としていた言語情報だけではなく、 CCS:http://www.creativityandcognition.com/
時間とともに変化する映像や音楽などの非 言語情報も取り UTS:http://www.uts.edu.au/
入れ、芸術分野も視野に入れた創造活動支援のためのツー 知能工学研究室:http://www.ai.rcast.u-tokyo.ac.jp/
ルを構築し、その構築を通して創造活動支援ツールの設計
論を展開していきたいと考 えています。問題意識の近い人
がCCS にいますので、おそらく様々な形で共同してプロ
ジェクトを進められるのではないかと現在模索中です。
 もうひとつは、このCCSならではのプロジェクトで「研
究としてのinteractive art system」に取り組む予定です。CCS
ではArtist-in-residenceという研究形態がとられてきました。
芸術家と技術者、 およびその 二者の関係を観察する観察者
からなるグループが、実際の創造活動の現場でのインタラ
クションの研究を行ってきました。本職が現代音楽家、映
像作品のクリ エータ、専門はperforming musicといった人
たちがUTSで現在博士課程に入って研究しています。この
環境で自分もHCIの視点を入れつつ、ドラムを使った inter-
active art systemを実装し、世に出して、作品としても研究
としても評価していきたいと考えています。さらに「評価
するとはどういうことなのか」 「従来の伝統 的科学の方法
で評価できないならば次に何が来るべきなのか」という評
価方法そのものが問題となる分野ですので、現在両方のプ
ロジェクトとともに評価に関しても勉強を進めています。

海外で研究することを考えている方々へ:焦らず、じっく
りと
 私は修士課程の時に1年間ノルウェー工科大学(Norges
Teknisk-og-Naturvitenskaprige Universitet)
に留学したのです
が、その時に「焦って無理にコミュニティにとけこもうと
しない」ということを学びました。もちろんすぐにとけこ
めればそれに越した事はないのですが、既に存在するコ

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