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シリーズによせて

   
対人関係療法を専門にして、さまざまな病気を持つ多くの患者さんの回復に立
ち会 
わせていただいてきました。これらの年月を振り返って実感していることは、
対人関係療法とは、その医学的な治療効果が実証されているのみならず、患者さ
ん、
ご家族、
そして治療者までもが「人間を好きになる」治療法だということです。
対人関係療法は、対人関係のストレスを解決する治療法であると同時に、対人
関係 
の力を利用して病気を治す治療法でもあります。現代の日本には、まさに対
人関係療法が有効だと思える領域がたくさんあります。そして、対人関係療法を
通して、人と人とのつながりを育てていくことが、病気の治療を超えた意味を持
つ時代になっていると思います。
目下、対人関係療法を行うことのできる治療者の養成を急速に進めております
が、 
まだまだどこででも受けられる治療法ではありません。幸い、対人関係療法
の考え方はとてもシンプルです。対人関係療法を受けられない患者さんや周囲の
方にも、そのエッセンスを知っていただければ──そんな願いのもと立ち上げら
れたこのシリーズ、本書はその第三弾となります。
本書でご紹介する「対人関係・社会リズム療法」は、本来の対人関係療法に加
えて 
、社会(生活)リズムの調整をもう一つの柱とした大変ユニークな治療法です。
双極性障害(躁うつ病)の治療法としてはもちろんのこと、双極性障害を持たな
い方にとっても、健康に生活していくために役立つ視点であると言えるでしょう。
このシリーズでは、現代に生きる私たちが抱える心の病やストレスを対人関係
療法 
的な観点から取り上げてゆき、回復への道筋を分かち合いたいと思っており
ます。皆さまのお役に立つことを心から祈っております。
水島広子
                               
対人関係療法でなおす 双極性障害  目次


   はじめに 
10

第Ⅰ部 双極性障害を患うということ
 
第1章 双極性障害という病 …………………………………………………………………………………………

16

双極性障害とは 

16
 躁状態(躁病エピソード)──双極Ⅰ 型障害の場合 

18
 軽躁状態(軽躁病エピソード)
 

19
 うつ状態(大うつ病エピソード)
 

22
 混合性エピソード 

22
双極性障害の原因 

31
双極性障害の治療 
33

 薬物療法 
33

 精神療法 
34

 心理教育 
37

 対人関係・社会リズム療法 
双極性障害を受け入れることの難しさ  39

40
双極性障害と対人関係 
44
 病気が対人関係に与える影響 

44
 対人関係が病気に与える影響 

46
第2章 双極性障害と社会リズム …………………………………………………………………………

48
生体内リズムを乱すもの 

48
生体内リズムと病気の関係 

51
今までの経過を表にしてみる 

53
過去を振り返ることの意味 

57
第Ⅱ部 対人関係・社会リズム療法(IPSRT)の進め方
 
第3章 対人関係・社会リズム療法とは ……
…………………………………………………………

60
どのような治療法か
60
治療効果を調べた研究   63
治療の位置づけ──薬物療法との併用 

64
治療期間 
67
第4章 社会リズム療法 …
…………………………………………………………………………………………

72
社会リズム療法とは──SRM に記録する 

72
社会リズムを安定させる 

79
活動の量と刺激のバランスを知る 

82
社会リズムの変化を予防する 

86
社会リズムに注目することの意義 

88
第5章 対人関係療法 ………………………………………………………………………………………………

90
対人関係療法とは 
90

治療の進め方 
92

治療の目標 
93

対人関係問題領域① ──「悲哀」
 

96
重要な人の死と社会リズム 
100
健康な自己の喪失の悲哀──「第五の問題領域」

101
 
なぜ治療継続の動機づけが難しいのか 

103
否認をどう乗り越えていくか 

107
喪失に伴う感情を感じ、表現する 

110
対人関係問題領域② ──「役割をめぐる不一致」

113
 
双極性障害の人に期待すべき役割 

117
「患者」としての役割 

117
 
「家族の家族」としての役割 

121
 
対人関係を双極性障害の症状から守る 

124
「役割期待のずれ」を埋めるコミュニケーション 

126
対人関係問題領域③ ──「役割の変化」
131

 
「役割の変化」への適応を容易にするために必要なこと 

132
双極性障害の結果としての「役割の変化」
134
 
「役割の変化」と社会リズム 
136
エピソードからの回復も「役割の変化」

138
 
対人関係問題領域④ ──「対人関係の欠如」

140
 
治療を行ううえでのその他の注意点 

143
 薬物療法との関係 
143
 アルコール・薬物への依存 

144
 運動、食物のとり方 

146
第6章 双極性障害対策チームを作る …
………………………………………………………………

148
チームを作ることの重要性

148
危機管理法を決めておく   

150
チームの目的をはっきりさせておく 

154
再発の徴候を確認しておく 

156
より大きな「双極性障害対策チーム」を作る 

157
本書の内容の理解を深めるための参考文献 
160
あとがき  
164
装丁 濱崎実幸
組版 寺村隆史
はじめに
10

    
現在、双極性障害(躁うつ病)に、今までにないほどの注目が集まっています。その理
由はい 
くつかあると思います。以前よりも双極性障害の治療薬の選択肢が広がったことも

あります。また、難治性のうつ病として扱われてきたもののなかに、実は双極Ⅱ型障害が
少なくないということが注目されるようになってきたこともあります。そして、何と言っ

* 軽躁状態とうつ状態を繰り返すタイプの気分障害
ても、双極性障害が、人生に深刻なダメージを与えうる病気であるという認識が共有され

** 躁状態とうつ状態を繰り返すタイプの気分障害
てきたことが大きいと思います。
**
従来より「躁うつ病」として知られてきた 双極Ⅰ 型障害では、躁状態のときに気分が著
しく高 
揚し、
「自分は偉い」
「自分はすごい」などと思う状態になり、エネルギーが高まり、
現実検討力が乏しくなるため、浪費や、びっくりするような投資、対人関係のトラブル、
性的逸脱など華々しい行為が出現し、その結果として職を失ったり周囲の人たちとの関係
が断絶してしまうこともあります。
躁状態の最中には気分のよさを感じていても、落ち着いてみると、自分が「しでかしてし
まった 
こと」にどうしようもない罪悪感と恥を感じることにもなります(そのときにはうつ
状態になっていることも多く、この感じ方は文字通り「死にたいほど」にもなります)
。自
分の社会的信用や生活環境が崩壊してしまったことに気づくこともあります。また、うつ
状態は本人にとって本当に苦しいものですが、双極性障害のうつ状態は躁状態よりも回復
に長い時間がかかり、先の見えない苦しさをもたらします。もちろん時間はかかっても治る
のですが、自殺率も高く、とり返しのつかない結果につながることも珍しくありません。本
人の苦しみだけでなく、社会的な機能も低下し、身近な人たちとの関係が歪むこともあり
ます。躁状態もうつ状態も、どちらも生活に深刻な影響を及ぼすものであり、まさに患者
さんや周囲の人を振り回すものです。その再発のリスクが生涯にわたって続くのですから、
双極性障害は、適切な治療をしない限り、人生に深刻なダメージを与えうる病気なのです。
双極Ⅱ 型障害については、まだ多くがわかっているわけではありませんが、少なくとも、
「うつ」
 状態の多さは注目に値します。人生のうち、それだけ長い期間を苦しいうつ状態
で過ごしているということです。
「躁」については双極Ⅰ型障害とは異なり 軽躁状態にと
どまりますので、生活が徹底的に破壊されることはあまりありませんが、対人トラブルや
はじめに

職場不適応につながることもあります。
双極性障害の 治療の最終目標は、
「躁状態もうつ状態も再発しなくなること」です。そ
11
 
れが「病気がコントロールできた」と本当に言える状態です。薬の効果の個人差や副作用
12

も考えれば、決して完璧な治療法が完成したわけではありませんが、治療を受けることに
よって、躁状態もうつ状態も起きない状態を維持している人はたくさんいます。今後、双
極性障害の研究はますます進むと思われますが、現時点では、有効な治療法を用いて、で
きるかぎり躁状態やうつ状態の再発を予防し、再発してしまったときはできるだけダメー
ジを少なくして回復する、というところが、病気のコントロールの目標です。

Interpersonal and Social Rhythm Therapy: IPSRT



その有効な治療法の一つが、 (IPSRT)」
本書でご紹介する「対人関係・社会リズム療法
** ***
これは、通常の対人関係療法に「社会リズム療法」という行動療法を加えたもので、
です。 

Interpersonal Psychotherapy: IPT


****
ピッツバーグ大学教授のエレン・フランクによって考案されました。彼女が、対人関係療

Social Rhythm Therapy: SRT


*****
法 の 専 門 家 で あ り、 か つ、 気 分 障 害 患 者 の 生 活 リ ズ ム に 注 目 し て い た と い う 条 件 が 重

***** うつ病、双極性障害など
なった幸運のなか、一九九〇年七月一四日に生まれた治療法です。日付が特定されている
のは、その日フランクがNDMDA(米国躁うつ病連合)から招聘を受けたことが刺激と

Ellen Frank
なって考案された治療法だからです
(フランク自身の四六歳の誕生日でもあったそうです)。
双極性障害に何よりも必要なのは 薬物療法です。最も代表的な治療薬はリチウム (三三

****
***
参照)ですが、その効果が示されたときには、すべてが解決したように思われたこ
ページ 

**

とでしょう。ところが、実際には薬の効果に個人差があるだけでなく、薬物療法が十分な
効果を示した患者さんでも、長い目で見ると、決してよい経過をたどらない、ということ
がわかってきました。そこにこの病気の難しさがあります。
どういうことかと言うと、その理由はおもに二つあります。一つは、双極性障害が比較
的 若い 
頃に発症する病気であり、生涯にわたる予防療法を受け入れるのが精神的になかな
か大変なプロセスであることが挙げられます(「いつまでも薬に頼らないで」という周り
の人の働きかけがあったりすると、さらに難しくなります)。もう一つは、 生活の変化に
よって急速にバランスが崩れる病気だということです。
躁状態やうつ状態が再発するきっかけの多くは、大きく分けて次の三つです。
(1 )
 決められたとおりに薬を飲まなくなる
(2 )ストレスの多い出来事(特に対人関係上の問題や社会的役割の変化)
(3 )社会(生活)リズムの乱れ
対人関係と社会(生活)リズムに焦点を当てる「 対人関係・社会リズム療法」は、まさ
はじめに

にこれ 
らの領域のいずれにも働きかける治療になっています。また、躁状態とうつ状態の
繰り返しのなかで、対人関係にさまざまな問題を抱えているという人も少なくありません
13
ので、
「対人関係療法」としての部分も、双極性障害のニーズに応えるものだと言えます。
14

双極性障害そのものについては良書も出版されていますから、詳しい説明はそちらに譲
りたい 
と思います。日本うつ病学会のホームページにも推薦図書が掲載されていますので、
ご参照ください (巻末にウェブサイトのアドレスと、二〇一〇年二月時点での推薦図書を載せておき

ます)
本書では、
「双極性障害とは何か」ということに重点を置くのではなく、「対人関係・社
会リズ 
ム療法の考え方」を中心にして 双極性障害という病への対処法についてご紹介しま
す。対人関係・社会リズム療法は、
すでに双極Ⅰ型障害の躁状態やうつ状態の再発予防効果、
双極Ⅰ型障害・Ⅱ型障害のうつ状態の治療効果が証明されており、国際的にも大きな注目
を集めている治療法ですので、今後、日本の専門家の間にも広まると考えられます。また、
双極性障害のみならず、人間の健康にとって、 社会(生活)リズムを考えるというのは大
変意味のある視点だと思います。双極性でないうつ病の方の中にも、社会(生活)リズム
の調整が有効な方はおられます。すでに双極性障害という診断を受けている方、身近に双
極性障害の方がいらっしゃるという方、また、社会(生活)リズムと健康の関連に関心を
おもちの方に、本書がお役に立つことを祈っております。
16

第1 章 双極性障害という病
第Ⅰ部 双極性障害を患うということ

双極性障害とは
本書では、
「双極性障害」という病そのものについては、できるだけ簡潔にご説明した
いと 
思います。
そこでまず、本書の内容に直接関連する部分だけを、ざっと振り返っておく意味で、ア

* DSM─Ⅳ─TR
メリ 

カ精神医学会の診断基準に基づき、症状についてごく簡単にご紹介します。
双極性障害とは、
「 躁状態とうつ状態という二種類のエピソードを繰り返す病気」です。
 
専門用語では、躁状態は「躁病エピソード」
、うつ状態は「うつ病エピソード」と呼びます。
「エピソード」という言葉は、一般には妙な感じがするもしれませんが、これは、「 ある一
定期間に、始まりと終わりがある一連の症状が出る」という特徴を表す専門用語です。慢

二つの極に振れることを繰り返す
性的にずっと同じ症状があるわけでもなく、「症状が出る日」が時々あるというわけでも
なく、躁状態が始まったのはだいたいいつ頃で、だいたいいつ頃まで続いたか、というこ

躁状態   うつ状態
とを特定できるのが「エピソード」です。ですから、双極性障害の方の病歴を振り返ると、
「躁状態だった時期」
「うつ状態だった時期」をほぼ明確にすることができます。本書では、

うつ状態のみ
専門用語である「躁病エピソード」
「 う つ 病 エ ピ ソ ー ド 」 で は な く、 よ り 一 般 に な じ み の

「大うつ病性障害」と呼ばれる
ある「躁状態」
「うつ状態」という言葉を使っていきますが、それらをまとめて呼ぶとき
第1章 双極性障害という病

には「エピソード」という言葉も用います。
双極性障害は、
《躁》と《うつ》という二つの「極」に振れる病気であるため、
「 双極性」

単極性うつ病
(=うつ病)
双極性障害
と呼 

ばれています。いわゆる「うつ病」は、《うつ》という一つの「極」しかないため、「 単
極性うつ病」と呼ばれることもあります。本書では、双極性障害との区別をはっきりさせ

* 正式には
るために、躁状態のないうつ病を「単極性うつ病」と表記します。双極性障害と単極性う
つ病は異なる病気です。
17
著者紹介……………………………………………………………

水島広子(みずしま ひろこ)
慶應義塾大学医学部卒業・同大学院修了(医学博士)。慶
應義塾大学医学部精神神経科勤務を経て、2000 年6月〜
2005 年8月、衆議院議員として児童虐待防止法の抜本改正
などに取り組む。1997 年に共訳『うつ病の対人関係療法』
を出版して以来、日本における対人関係療法の第一人者とし
て臨床に応用するとともに普及啓発に努めている。現在は対
人関係療法専門クリニック院長、慶應義塾大学医学部非常勤
講師(精神神経科)。
主な著書に『自分でできる対人関係療法』『対人関係療法で
なおす 社交不安障害』(いずれも創元社)、『怖れを手放す
─アティテューディナル・ヒーリング入門ワークショップ』
(星和書店)、『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』(紀伊
國屋書店)、
『「怖れの眼鏡」をはずせば、すべてうまくいく!』
(大和出版)
、『摂食障害の不安に向き合う─対人関係療法
によるアプローチ』(岩崎学術出版社)など、訳書に『探す
のをやめたとき愛は見つかる』『グループ対人関係療法』(い
ずれも創元社)などがある。

ホームページ http://www.mizu.cx

た い じ ん か ん け い りょう ほ う そ う きょく せ い しょう が い

対人関係 療 法でなおす 双 極 性 障 害
躁うつ病への対人関係・社会リズム療法

2010 年 6 月 2 0日第1版第1刷発行

著 者………………………………………………………………
水 島 広 子
発行者………………………………………………………………
矢 部 敬 一
発行所………………………………………………………………
株式会社 創元社
http://www.sogensha.co.jp/
本社 〒 541-0047 大阪市中央区淡路町 4-3-6
Tel.06-6231-9010 Fax.06-6233-3111
東京支店 〒 162-0825 東京都新宿区神楽坂 4-3 煉瓦塔ビル
Tel.03-3269-1051
印刷所………………………………………………………………
株式会社 太洋社

Ⓒ 2010 Hiroko Mizushima, Printed in Japan


ISBN978-4-422-11463-7 C0311
〔検印廃止〕

本書の全部または一部を無断で複写・複製することを禁じます。
落丁・乱丁のときはおとりかえいたします。定価はカバーに表示
してあります

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