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12月号レポート(第五稿 15/11/2006)

文理融合・融合研究チーム-月報特集記事案 
浜田真悟(客員研究官)
原稿履歴 第一稿 21/07/2006、第二稿 25/08/2006、第三稿 07/09/2006、第四稿 02/11/2006 
5
題名
政策課題としての「科学と社会」と融合研究の推進政策の動向
-欧州に見る動向と示唆-
[概要案1]
10[1ページによる内容提示・キーポイント説明案]
1. はじめに
(1)  科学技術総合政策と一般市民社会
(2)  一般市民社会の側からの関わり
(3)  科学技術と社会の融合推進政策のスキーム設定
152. 科学技術のリスク・ベネフィットと政策
評価軸の変遷と科学技術のあり方の変化:「科学と社会」から「社会の中の科学へ」-対峙的アセ
スメントから社会アジェンダ設定へ
欧州委員会研究イノベーション総局「科学と社会」(DG XII S&S)の位置づけ
3. 統合政策のマニフェストと融合政策のうごき
20 (1)  ユーロサイエンスオープンフォーラムの例
1 マリーキュリーアクションプログラム産学連携・研究者の流動性とキャリアパス
2 第三回アジア欧州環境フォーラム
(2)  欧州委員会研究諮問委員会(EURAB)と欧州研究カウンシル(ERC)のうごき
(3)  第七次フレームワークプログラム(FP7)と融合研究推進の機能としての欧州工科
25 大学EIT設立の動き
(4)  FPにみる融合研究推進政策(NEST)、人文社会科学推進政策(SSH-RTD)
4. まとめ
(1)  フォーサイト活動の中での融合研究推進への示唆
(2)  総合政策の中での融合領域・文理融合研究推進への示唆
305. 謝辞
(注記)ESOF2004 の開催にかかわった実行者・各種団体、アジア欧州環境フォーラム

Shingo Hamada (Affiliated Fellow)


35 Science and Technology Foresight Center/NISTEP
2-5-1, Marunouchi, Chiyoda-ku, Tokyo zip 100-0005 Japan
Tel : 81-(0)3-3581-0605 Fax : 81-(0)3-3503-3996 E-mail : hamada@nistep.go.jp 

1
[概要]
欧州の科学技術の総合的政策においては、科学技術と社会の関係を俯瞰した社会目標と研究開発目標と
の整合がはかられ、そのための研究開発の重点領域化・拠点化、および社会経済ニーズとの整合・産学
連携・人材流動化・国際協力・地域社会への知識還元などの個別プログラムが施行されている。「持続
5可能な発展社会」を社会目標とする総合政策においては、技術と社会の共進化の概念を取り入れた調和
的発展を作り出す必要があると考えられている。社会受容性の低い技術発展をテクノロジー・アセスメ
ントによってその方向性を決定し、市民参加手法による社会目標と科学技術政策課題の施行を公約する
ことで政策の認知をはかる総合政策のマニフェストが行われている。技術と社会の調和的発展のための
社会的意思を反映させるメカニズムとして、フォーサイトと総称される活動(アセスメントや社会アジ
10ェンダや技術ロードマップの策定)が行われている。これらの一連の政策調整過程においては、
「科学と
社会」という政策概念が広くいきわたり、科学技術に深く関与する人文社会科学の研究が援用されてき
た。本稿では、この欧州の動向を紹介し、分析からえられる政策提言のための示唆を展開する。
1990 年代後半から現在に至るまで、遺伝子操作技術のもたらすリスクとベネフィットをめぐって、欧州
社会で論争が繰り広げられた。モラトリアム状態に入ってしまったGM技術の反省を受けて、欧州委員
15会研究総局「科学と社会」は、
「欧州サイエンスオープンフォーラム(ESOF)」において、一般市民社会か
らの関与を十二分に取り込んだ総合的な政策立案を試み、研究開発のアジェンダそのものに市民が参加
して技術ロードマップやアジェンダ設定の議論ができるかどうかを試行錯誤している。
第一回欧州サイエンスオープンフォーラム(ESOF2004)は、2004年の8月25-28日にスウェ
ーデン・ストックホルムにおいて、ユーロサイエンス財団の主催、欧州委員会研究イノベーション総局
20(DGXII)・欧州科学財団(ESF)などの共催により開催された。欧州科学財団(ESF)の予備改革を進
める予定で作られたユーロサイエンス財団が欧州委員会研究諮問委員会を後押しして、欧州フレームワ
ークプログラム-欧州研究圏構想の評議を行い、強力な財政政策決定機能を持つ欧州研究カウンシルを
設立させている。マリーキュリーアクションプログラムと呼ばれる産学連携・研究者の流動性とキャリ
アパス支援のプログラムや、アジア欧州環境フォーラムなど、合計 250 ほどのセッションが開かれた。欧
25州委員会研究諮問委員会は、科学技術社会論研究者のヘルガ・ノボトニー教授(スイス ETHZ)を委員
長 に 迎 え 、 欧 州 研 究 カ ウ ン シ ル 創 設 に 向 け た エ キ ス パ ー ト ワ ー キ ン グ グ ル ー プ を 発足 さ せ た 。
ESOF2004 でノボトニー氏が基調講演を行い、
「科学と社会」から「社会の中の科学へ」というスローガン
のもと、欧州の科学技術システム改革をさらに推し進めるメッセージを発した。
2006年6月現在、欧州の第七次フレームワークプログラム(FP7)の予算要求案(総額 727 億ユ
30ーロ)が明らかになっている。内訳は、重点分野国際協力、ERC 構想、人材・産学連携、能力開発などであ
る。最重要なイノベーション政策として、欧州テクノロジープラットフォームおよびジョイントテクノ
ロジーイニシアティブを発足させ、欧州工科大学を 2009 年までに発足させるとしている。融合政策と
して、新技術創生融合政策および、人文社会科学融合政策を推進させている。人文社会科学からは、欧州
圏社会経済統合のための社会目標とその達成課題がこまかく絞り出され、政策ハンドブックとしてまと
35められ、科学技術との融合政策に使用される。融合政策は問題解決型のアプローチを採り、フォーサイト
活動を強化させるなどの勧告を行っている。
これらの動向紹介から得られる示唆として、日本においても、第3期基本計画の中で人文社会科学と科
学技術との間の融合政策の形成をおこない、フォーサイト活動(アセスメント・アジェンダ・ローどっ
マップ)のなかでの融合研究推進を行うべきであるとの政策提言をおこなう。

2
[キーポイント説明]
科学技術の総合的政策:従来行われてきた科学技術全分野の総花的配分に対して、科学技術と社会の
関係を俯瞰した社会目標と研究開発目標との整合をはかり、そのための研究開発の重点領域化を行った
うえで、研究開発の拠点化および社会経済ニーズとの整合・産学連携と産業育成・人材育成と流動化・
5国際協力と競争力強化・地域社会への知識還元などの個別プログラムが施行される政策をさす。
技術と社会の調和的発展・共進化: 人類が歴史上抱えてきた科学技術にかかわる社会の諸問題(戦
争、公害・地球環境破壊、大規模計画、大量消費・南北格差)の顕在化によって、科学技術と社会の関係
を見直し、あらたな調和的発展を目指す動きが世界的に広まっている。1999 年のブタペストにおける世
界科学者会議を契機にして、
「持続可能な発展社会」という地球規模の社会目標が提示されるようになっ
10て以後、各国の科学技術政策に市民社会からの視座を取り組む試みが積極的になされている。
GM 技術のモラトリアム: 1990 年代後半から現在に至るまで、遺伝子操作技術のもたらすリスクと
ベネフィットをめぐって、欧州社会で「遺伝子組み換え作物と市民生活」論争が繰り広げられた。農作物
の遺伝子改変による品種改良が実現し、WTO合意により遺伝子組み換え作物の国際流通が図られるこ
ととなったが、欧州各国の議会アセスメント機関や市民アセスメントグループによって、遺伝子組み換
15え作物流通の妥当性が徹底的に否定され、研究開発段階も含めて技術の社会的利用を延期した。
科学技術総合政策のマニフェスト: 科学技術と社会の海面に生じる諸問題を専門家及び市民社会の
参画得て分析し、解決方法を探究し、課題設定と財政投資の計画化を行い、総合的科学技術政策の立案施
行過程において行われた公約を表出させ、一般市民社会がこれを承認するにいたる行為をさす。
フォーサイト活動:総合的科学技術政策の立案段階において、科学技術の健全な発展方向を予測し、社
20会目標と科学技術政策課題の整合性を実現させる研究・調査活動をさす。社会受容性の低い技術発展や
急激な技術変化による社会影響を調整し将来の方向性を決定する機能をアセスメントと称する。社会技
術アセスメントは、市場万能主義に対して、社会技術的基準を明確に設けることで当該技術の進展をう
ながす規制・促進政策のひとつ。社会的意思を反映させるメカニズムとして社会アジェンダ設定や、技
術専門家サイドの強いイニシアティブを反映させる技術ロードマップの策定が行われる。
25「科学と社会」から「社会の中の科学」へ:GM 技術に見られた対峙的アセスメントから、一般市民社会
の科学技術政策立案への参画のプロセスおよび技術と社会の融合・調和的発展のメカニズムを経て、社
会技術アジェンダの設定や技術ローマップの策定に重点におく、融合的イノベーション政策へ回帰する
ことを意味する。
FP-ERA における融合政策:科学技術の総合政策である FP-ERA では、科学技術内部の融合新技術育
30成策を NEST、科学技術と人文社会科学の融合分野を育成・推進する政策を SSH-RTD としている。人文
社会科学の融合政策は、EU 圏社会経済統合にかかわるすべての社会的課題を洗い出し、政策ハンドブッ
クと纏め上げて FP-ERA の個別プログラム設定のための情報提供として使われる。
動向 分析から 得られる 示唆: 総合的政策の中での融合研究推進の手法は問題解決型のアプローチを
採り、フォーサイト活動を強化させるなどの勧告が行われている。これらの動向紹介から得られる示唆
35として、日本においても、第3期基本計画の中で人文社会科学と科学技術との間の融合政策の形成をお
こない、フォーサイト活動(アセスメント・アジェンダ・ロードマップ)のなかでの融合研究推進を行
うべきであるとの政策提言をおこなう。

3
1.はじめに
(ア)科学技術政策と一般市民社会
第三期科学技術基本計画を迎えている今日、日本の科学技術政策においては、重点四分野・八分野
に限らず、伝統的な人文・社会学分野に加えて、融合研究領域もしくは社会技術と呼ばれる領域の研究
5推進が図られなければならいと考えられている。各個別技術分野の科学技術政策は、技術開発のロード
マップ策定や調査研究などによる中長期的見通し(フォーサイト活動)の大きな助けを借りて、予算の
投資計画が立てられる。
ところが、こうした個々の科学技術の評価に大きく介在する専門化による評価と、一般市民社会の
意見を代表する非専門家による科学技術政策の評価の間には、しばしばその乖離が指摘されてきた。後
10者の主張の主な立脚点は、民主的政治の一般市民の参画度をひとつの指標として、科学技術政策の意思
決定段階における、より幅広く、社会への影響をより柔軟に取り込めるような政策論議・立案過程を求
めることにある[ 6]-[ 9]。
こうした一般市民社会もしくは非専門家の意見は、政策立案過程の中で意識的に排除されてきたわ
けではない。科学技術と社会という問題意識は、ここ数十年の間に多少の浮き沈みはあるものの、繰り返
15し強調されてきており、特につくば万博以後、総合政策としてのマニフェストAが意識されるようになっ
た [ 1]-[ 5]。1999 年のブタペストにおける世界科学者会議を契機にして、
「持続可能な発展社会」とい
う地球規模の社会目標が提示されるようになって以後、各国の科学技術政策に、市民社会への視座を取
り組む試みが積極的になされている。
このような取り組みが政策立案の中で意思決定プロセスとして具体化するためには、社会調査など
20の実証データに基づく議論が必要である。そうした調査研究が、意識されて体系的に取り上げられたの
は、わが国においてはごく最近のことで、フォーサイト活動に付随した社会・経済ニーズ調査などの研
究成果が蓄積され、科学技術基本計画に対して明確な政策案の打ち出しが行われるようになってからの
ことと思われる。

25(イ)一般市民社会の側からのかかわり
科学技術における総合的政策に必要な一般市民社会の参加度を示す指標として、テクノロジー・ア
セスメント(T・A)という機能が、欧米先進国で広範に展開されたことがある。これは、第一義として、
科学技術の役割を、戦後の復興社会を牽引するための社会経済発展の計画策定にもたせたもので、日本
においても旧科学技術庁の企画課・計画局などに設置された。ところが、このT・Aは戦後40年余り
30を経て、わが国においては1990年代初頭にその公式な活動を停止しており、ついでアメリカ合衆国
においても、OTA(米国連邦議会技術評価室・テクノロジーアセスメント)が日本に遅れてその活動を
停止した。このことによって、今日の現代社会のグローバルな技術経済の動向に対して、総合政策として
の科学技術と社会の調整的な介入を行うことはますます難しくなる傾向にある。
今日の現代社会に課せられた持続可能な発展課題には、技術経済における革新をたゆまず進めてい
35く面と、文化・社会・生活の調整的保存を必要とする面が表裏一体としてある。専門家による科学技術
評価は前者に重きを置いていることは間違いないが、一般市民社会・非専門家の評価は後者に対する重

A
日本におけるSTS国際フォーラムが2004年を皮切りに内閣府主催(小泉純一郎前首相、尾身幸
次議員、吉川弘之 CSTP 議員)によって行われている。第一回:2004年11月14-16日、京都国
際会議場 テーマ:「科学技術の光と影」企画組織者:内閣府(CAO)-総合科学技術会議(CST
P)-学術会議(CSJ) STS フォーラム http://www.stsforum.org/ 第二回:2005年 9 月
511-13日、京都国際会議場 第三回:2006年 9 月10-12日、京都国際会議場(予定)
4
きがあり、このバランスは、時代背景によりあるいは経済社会発展の度合いにより前者・後者の間を大
きく揺れ動いている。
こうした一般市民・非専門家の意見は、専門家のものと比べると、定式化することが極めて困難で
意見集約もしにくい。にもかかわらず、国の科学技術活動にとって、タックスペイヤーである一般市民社
5会の科学技術への評価は、政策立案の理論上のみならず影響測定の実践においても重要な参考因子であ
る。
1990年代から2000年代にかけて欧州で生起した科学技術政策への市民参加の動きはこの
顕著な例であり、今日の科学技術政策が取り組むべき科学技術のもたらす社会的影響とその調和的解決
の模索にとって非常に多くの示唆をもたらしている。
10
(ウ)科学技術と社会の融合推進政策のスキーム設定
今日の科学技術政策においては、国家政策としての基本課題(日本の場合「安全・安心」
「21世紀
のフロントランナー」
「持続可能な発展」)を満たしながら、
「リスクマネージメント」
「技術経営」
「産学連
携」「研究者のキャリアパスと流動性」などの個別国内外事情に対応した計画立案がなされる。
15 これらの具体的項目の搾り出しは、フォーサイト活動の基本となる基礎調査の技術課題項目の大枠
を捉えるような概念から、社会ニーズや発展シナリオとして考えられそうな具体的項目にまでブレーク
ダウンして考察される。重点四分野もしくは重点八分野の縦割り構造をもつ、150-200ほどの技術
項目の隙間を縫って、技術開発には即座に還元できない社会目標や改善事項を横並びにワーディングさ
れる。
20 この際、必然的に生じるのが「社会考察」で 科学技術政策と社会の展開に関するフ
モロデル

あるが、社会の捉え方だけでもいくつかの考え
文理融合研究
図1 サ ービス (研究マップ)
方があり、科学技術社会論的なアクターネット
自 然科 学 研 究
ワーク的捉え方、経営論的なサービス・コンシ
ューマー的捉え方、そして従来から科学技術政
一般市民社会
25策が立脚してきた公共政策サービス論的な捉え ニ ーズ
方などがある。このため、今日の科学技術社会論
では、サービス・ニース把握としてのアセスメ 科学技術政策研究

ント・インパクト調査・研究開発経営調査に平 自 然科 学系 理 科学技術政策
立 案 ・執行
行して、サイエンスコミュニケーションを援用
文 理 融 合系 文理
30した政策ダイアローグが行われる。この様子を、
科学技術政策と社会のフローモデルとして図1
成[16]
出 典 :政 策 研 に て 作
に記す。
ここで、科学技術に対する一般市民社会の参画を研究することの意義は、この範囲が同定された上で
の「科学技術」と「社会」両者の関係性がいかなるものかを考察し、その上で、研究開発の計画策定は如何に
35社会改革をもたらすことができるかという問いを立てて、それに答える方策を提案することである。

2. 科学技術のリスク・ベネフィットと政策
評価軸の 変遷 と 科 学技術のあり方の 変化 :「科学と社会」から「社会の中の科学へ」- 対峙 的 ア セ
スメントから総合政策のマニフェストを経て、社会アジェンダ設定へ
40 最近の「科学技術と社会」における研究によると、一般市民社会は科学技術文明を無条件に支えるわ
5
けではなく、いくつかの社会論争を経て成果を受け入れるようになるのだという。
その問題性が表れた一連の社会事象例として、
「地球気候変動」
「遺伝子組み換え食品の安全性」
「新
旧エネルギー開発と持続可能な発展」
「遺伝子治療と生命倫理」
「生命多様性の保護」などが知られる。今
日の現代社会の基礎を大きく揺るがす問題性を抱えるものが多く見られる。そして、科学技術に内在す
5るこうした問題をいち早く見つけ出し、その解決に乗り出そうという動きが、科学技術者のみならず、行
政・政治・実業界関係者の間にも見受けられるようになって来た。
1990 年代後半から現在に至るまで、遺伝子操作技術のもたらすリスクとベネフィットをめぐって、
欧州社会で熾烈な論争が繰り広げられたが、ここでは、その「遺伝子組み換え作物と市民生活」が問題の
発端である。1960-80 年代にかけて大きく進展した分子生物学・遺伝子生物学の成果により、1990 年
10代にはクローン羊・試験管ベービー(体外受精・遺伝子治療)などの科学記事が社会的に大きな反響
を呼んだ。同時に平行して農業分野で進行していた、農作物の遺伝子改変による品種改良が実現し、WT
O合意により遺伝子組み換え作物の国際流通が図られることとなった。
この動きに危機感を覚えた欧州社会では、市民・消費者グループのみならず研究者や行政関係者も
含めた団体からの抗議運動が展開されるにいたり、遺伝子組み換え作物の受容をめぐって大きく揺れ動
15いた。WTO合意を見込んで 1990 年に制定された遺伝子組み換え作物の流通を認める欧州指令
90/220/EC は、こうした抗議運動によってその有効性をほとんど失い、1990 年代後半には、欧州各国の
議会アセスメント機関や市民アセスメントグループによって、遺伝子組み換え作物流通の妥当性が徹底
的に否定されるにいたった。本来、戦後の計画的産業発展を図る目的のもとに各国に導入されたテクノ
ロジーアセスメント機能であるが、欧州においてはこの機能がソーシャルディベートを活性化させるも
20のとして活用され、EU1990 年指令とは異なる受容基準が各国で打ち出されるにいたった。このときの
EU 各国の議会テクノロジーアセスメントの対策の様子[15]を表1に示す。図2に、各国と問題意識・手
法・結論をつなぐ解決策ルートを示す。 図2:出典[15]
遺伝子組み換え技術アセスメント例 デンマーク :環 境
イギリス:メデア ドイツ:
リスク認 知 と
人体 影 響 ニュージ:包 括
European はGMをどう リスク管理
France: 第Ⅲ 世 界問 題 戦略 形成
国・機関名 UK:POST Germany:TAB Denmark:DBT Parliament: 扱ったか
OPECST
STOA
25 遺伝子生物学
とその利用に
リスク評価とリ
遺伝子組み換
え食品に関す
遺伝子組換え フランス:食 料 農 業 オランダ:25年間 EU:研 究 技 術
スク認知 :遺伝 食品:EU助成 経済 的関心 GM技 術論 争 開発 政策
タイトル ついて:農業と GM食品大論争
子組換え作物
るコンセンサス
研究開発の目
問 題意識
食料における 会議の最終文
のモニタリング 的
GMO問題 章
日付 1998.6 2000.5 2000.11 1999.31999.12
第 6次枠組み計
・問題点の整理 GM食品大論争 画に向けた遺
・研究課題抽出 にメディアが果
リスク研究とリ GMOに対 する 専門家 専門家 コンセンサ ス
目的 スク認知の調 公衆の不安・意
伝子組換え作 調査 分 析
・消費者への情 たした役割の 物とその背景 意見聴 取 パ ネル 会議
査 手法の開発 見の理解
報提供 理解 についての分 手法
析と政策提言
メディア分析 (新 ロベルトコッホ 利害関係者 ・研
30 手法
公 聴会
報告書提出
聞・TV/ ラジオ 研究所を中核 コンセンサス会 究者へのインタ
報道の質的 ・量 とするGMO流 議 ビューとリスク
市民パネル
的内容分析) 通の監視 便益分析
研究者
執筆者 OPECST POST TAB- ITAS 市民パネル
(フランスINRA) 分 析報告
分析・政策オプ 分析・政策オプ 分析・政策オプ 手 法開 発 政 策提 言 合意 形 成
スタイル 問題分析 問題分析 情報提 供
ション提示 ション提示 ション提示

結論
表1:出典[15]
35 ここで大きく展開された議論が、
「予防原則(プレコーション・プリンシプル)」ならびに「規制科
学(レギュラトリー・サイエンス)B」という概念である。前者は市民社会の側から提案され科学技術行
政において展開された議論で、新技術の社会受容の際に不確定性さ・リスクが潜在的に生じうると考え
B
ここでは、レギュラトリーサイエンスの概念記述を展開するのは紙数の関係から困難であるので、内外
におけるこの概念の提唱者シェイラ・ジャサノフ氏と内山充氏を挙げるにとどめておく。比較的平易な
解説として次のものがある。中島貴子「論争する科学」、
「科学論の現在(金森修・中島秀人編著)」第七

5 6
られうる場合はその当該新技術の社会的浸透を抑制してもよいとする判断を行政に与えることができ
る。新技術に対する一種のモラトリアム措置で、これは社会がその当該技術に対して警戒感を感じると
きに適用されることを主意としており、事実、欧州におけるGMO問題は、農作物に対する遺伝子組み換
え新技術の研究開発計画までも廃止もしくは延期にまで追い込んでしまった例がある。
5 後者は、科学技術の非安全性や不確かさをもともと研究開発分野に内在させている領域において、
科学技術の社会的適用に関する政策的規制をみずからの研究主題とする試みで、具体的には危険化学物
質・環境汚染・食品あるいは薬品安全性などの研究分野で展開されたものである。新薬品が米国で開発
されたときの米国保健安全局(NIH)の承認規制行為、環境汚染物質に対する米国環境局(EPA)
の物質管理規制行為などを正当化し、その科学的根拠を形成する研究がこれに当たる。
10 ところが現実の国際社会では、こうした技術規制だけでは国際競争に立ち向かうことは無理で、技
術開発やイノベーション進展を何らかの方向でプラスに転換させる必要がある。欧州社会もこの点には
基本的理解をしており、一般市民社会の側からも代替新技術と産業 経済イノベーションに関する科学技
術政策を求める意見は強い。
こうした科学技術の社会的受容とイノベーションのあり方に関する一般市民社会の側からの意見
15を受けて、2000 年以降の欧州社会では科学技術のあり方が大きく変わろうとしている。欧州委員会研究
イノベーション総局Cは、従来から、科学技術に関する欧州域の基本計画ともいえる欧州フレームワーク
プログラム(FP)を主導してきたが、その第5次計画において「科学と社会」部門Dを立ち上げ、科学技
術と社会の海面に生じるさまざまな問題調整にかかわるあらゆる政策検討を行ってきている。
この「科学と社会」では、一般市民社会からの関与を十二分に取り込んだ総合的な政策立案が行われ、
20この動きを起こすための試みが「欧州サイエンスオープンフォーラム(ESOF)」として行われるにいた
っている。先述のように社会技術としてはモラトリアム状態に入ってしまったGM技術の反省を受けて、
ナノテクノロジーや脳科学では研究開発のアジェンダそのものに市民が参加して技術ロードマップや
社会受容性の議論ができるかどうかを試行錯誤している。
この様子を下の図3、4に表す。A.Rip 達による技術と社会の共進化理論で用いられる螺旋型の発展
25のなかで、テクノロジー・プッシュ/マーケット・プルが独立に進行するフェーズ I として農業品種改良
時期(B)を経て、遺伝子組み換えによる品種改良技術がロードマップ化(C)されたフェーズ II を経た。そ
してアセスメントによって技術と社会の対峙関係が鮮明化し、技術・生命倫理の問題が明らかになると
同時に GM 技術のモラトリアム・受容がなされ、ナノ・バイオあるいはバイオ・インフォのような一部
の技術は融合時期フェーズ III(C)を経る。その後、技術と社会の別々の発展が社会アジェンダやロードマ
30ップ策定によって進行し、まったく新しい別の技術シーズがフェーズ I(D)において進行するという説明
である。
この欧州の「科学と社会」では、遺伝子組み換え GM 技術に見られる社会対峙的なアセスメントの経
験を踏まえて、より社会に親和性のある技術受容をめざす技術の社会アジェンダ設定へと流れが向かっ
T S T S T S
遺伝子工学
ている。科学技術社会論研究者として著名なヘルガ・ノボトニー教授(
生産関数:F=f(C,L)
ETHZ スイス連邦工科大学)を
テクノロジープッシュ
35改革の諮問委員会委員長に迎え、
GM技術 欧州の科学技術は
アセスメント
技術・生命倫理
「科学と社会」というスローガンから「社会の中の科
生産F 品種改良 T S T S T S フェーズI
ELSA
学」へと移行していくという基調講演を
F1 C ESOF2004
ナノ・バイオ
バイオインフォ
で行っている。
マーケットプル
E
C フェーズIII
A 労働L 社会アジェンダ T S
フェーズII ロードマップ
C
日本の文部科学省に相当する政策部局である フェーズII
D
第五次FP下のフィリップ・ブスカン Phillipe Bousquin 局長時代に、
T 「女性科学者」
S T「研究者のキャリ
S
アパスと流動性」 「科学技術と連携した地域産業活性化」などのミッションを統合するかたちで形成され
た。 B フェーズI 技術・社会融合
D
5 F2 T S T 7S
キャピタルC B D フェーズIII
フェーズI Hybrid
S T S T
農業品種改良
技術と社会の共進化( A.Rip達による) 遺伝子治療 D.VinckによるSTS総合作用類型 T:
技術 S:
社会
政策研にて作成[17] 政策研にて整理・ 作成[17]
5

10
図3
図4
欧州委員会研究イノベーション総局(DG XII)「科学と社会」(S&S)の位置づけ
欧州では現在、科学技術政策フレームワークプログラムの FP6 が終盤に差しかかり FP 7が始動
しかかっているが、プログラムとしての「科学と社会」は FP5 で本格的に導入され、2002年のサイエン
15スガバナンス白書で科学技術への市民参加をすすめるためのアクションプランが策定された。
総合政策のマニフェストである ESOF の開催は、科学技術への市民参加を大きく打ち出し科学技
術と社会の融合を演出する意図をもったものである。この開催のため、欧州委員会研究イノベーション総
局は「科学と社会」というキーワードをフルに活用にして、欧州科学財団 (ESF)・欧州大規模研究機構
(EIRO)や欧州ジョイントリサーチセンタ(JRC)などと連携し、欧州規模の科学技術政策 FP および欧
20州研究圏構想 ERA のなかに市民参加の政策プログラムを多数導入してきた。
もともと、FP4 以前の欧州委員会のこの「科学と社会」部門は、
「女性と科学技術」
「科学者の社会的
責任」
「科学知識の 査 進活動」など、科学技術政策の中でもかなりマイナーな部門を扱っていたに過ぎな
かった。90年代に入って、先述した FTA/WTO 絡みの遺伝子組み換え技術の社会受容を、各国テクノロ
ジーアセスメント機関や市民代表グループが大々的に取り上げるにしたがって、欧州議会テクノロジー
25アセスメント機関やこの欧州委員会の「科学と社会」部門においても「科学技術と社会倫理」に関する人
文社会科学的査 討が大幅に展開されるにいたった。折りしも、米国の主導による国際プロジェクト「ヒト
ゲノム計画HGP」が進行しつつあった時期であり、このHGPにおいて成功を収めたとされる「ヒトゲ
ノム計画のもたらす倫理・法的・社会的インパクト ELSI アセスメント」が科学技術政策・科学技術社
会論研究者の間で評価の高かった時期である。この ELSI に相当する倫理委員会が DG XXII S&S に設け
30られ、FP5が施行された時期に相当する1990年後半から2000年前半まで、科学技術に関する
さまざまな倫理的・社会経済的側面が、広範な人文社会科学研究者の協力を得て推し進められた。
欧州の学術研究分野では、この「科学と社会」意識の高揚を核にして、科学技術の研究開発へ人文
社会科学分野の融合を大きく推進させていくことが再確認された時期として知られる。
ちなみに、第三期科学技術基本計画を迎える日本では、欧米の予算規模に比肩する研究開発投資
35が行われようとしている。
わが国においても自由貿易交渉枠組みの上で議論できるような「科学技術と社会(STS)」の動
きが徐々に具体化しつつある。2004 年を皮切りに内閣府の主催で「科学技術の光と影」と題する科学技
術と社会(STS)国際フォーラムが開かれた。東アジア・アセアン域の FTA を見込んだ「グローバル戦
略・東アジア EPA 構想」なども打ち出されている。
40
8
3. 総合政策 ESOF のマニフェストと融合政策 SSH-RTD のうごき
(ア)欧州サイエンスオープンフォーラム(ESOF)
2004年の8月25-28日にかけて、スウェーデン・ストックホルムにおいて「第一回欧州
サイエンスオープンフォーラム2004(ESOF2004)」が、ユーロサイエンス財団の主催、欧州委員会
5研究イノベーション総局(DGXII)・欧州科学財団(ESF)などの共催により開催された。欧州科学財
団(ESF)の予備改革を進める予定で作られたユーロサイエンス財団が、第一回フォーラムをノーベル
賞ゆかりの地ストックホルムで開いたものだ。
「科学には国境がない」という普遍声明が人類の科学知識の発展を一世紀以上支えてきたが、こ
の動向は、
「科学技術知識の利用」には社会文化差があるとする科学技術社会学の知見に基づいて、
「持続
10可能な発展」のための科学と社会のあり方を提示しようという野心的な試みととられている。この社会
文化差とは、遺伝子組み換え技術やナノテクノロジーに対する倫理的・社会経済的受容の違いや、EU
加盟国(15+10)内における社会基盤としての科学技術力の違いのみならず、グローバリズムの中
での欧州の科学技術力形成のあり方、ASEN・BRICs などの新興産業国の産業技術を見据えた戦略政策
などの意味も含まれている。
15 この国際フォーラムは、欧州域(15 カ国プラス新加盟 10 カ国)の科学技術の研究・開発に携
わる主要なアクター、学校などにおける科学教育関係者、マスメディアにおけるサイエンスコミュニケ
ーション関係者、産業界における科学技術関係者、地方・国・公共体における科学技術政策関係者など
に広く呼びかけ、その参加を得た。
フォーラムの全日程を通して、次のような主要六課題について合計 250 ほどのセッションが開
20かれ、講演・カンファレンス・ラウンドテーブル・セミナー・パネルディスカッション・展示などあら
ゆる方法を駆使して、討論が行われた。

1. 人材流動性-リスボン宣言で採択された EU 域内の人的資源流動性を高める基本政策に
のっとり、研究開発分野においても人材流動性を高める。
25 2. 基礎研究-研究開発機構を支える財政構造の改革が求められており、欧州研究カウンシ
ル ERC の創出が懸案である。
3. キャリアパス-EUおよび欧州各国は研究者の多様なキャリアパスを創出する。
4. 研究システム-欧州委員会マリーキュリーアクションの打ち出した「欧州研究憲章」をす
すめる。
30 5. 研究支援財団-リスボン宣言・バルセロナ宣言にうたわれている国際協力と人的交流を
支援する財団の役割を高める。
6. 市民と科学-科学研究の成果を社会に還元する必要がある。同時に、市民が科学技術のリ
スク・ベネフィットを認知することを積極的に推進する。

35 科学技術政策に関するこれらの基本的課題のもと、次のようなセッションのグルーピングがなさ
れ、各グループの下にそれぞれサブセッションが複数もたれた。
表2:出典 ESOF2004

1)社会人口の構造の変化 -欧州において起こりつつある少子高齢化にどのように対応すべきか。
労働形態、家族、個人生活、産業競争力はどのように変化していくか。こ
れらの変化と移民現象はどのように結びついているか。
2)気候変動と環境変化 -極端な異常気象は科学的に予測できるか、またその影響予測と対策は
9
どのたてればよいか。地球温暖化はどこまで進むか、地球科学の方法論
から見たその科学的予測。気象変動に対するリスクマネージメント(温
暖化ガスCO2排出規制の政治社会学)。地球環境温室効果に対応する
欧州の社会技術(社会経済アセスメントの方法とそのスコープ)。
3)サイエンスコミュニケー -欧州市民は脳神経科学のアジェンダに影響を与えられるか。オープン
ション アクセスレヴォリューション:インターネットによる出版の自由化。科
学ジャーナリストは語り部か批判者か?メディア・科学研究者・政策
関係者の間の科学技術に関するミスリーディング。科学技術の出版物は
誰にとって有益か?インターネットによるラボラトリーの相互訪問 。
Prime Time for Hot Pi ホット・パイ(円周率)のゴールデンタイム。
学術分野におけるユニバーサル言語(英語)はあるか、それとも多言語
使用を選択するか。チェコ・スロベニア・オーストリア・英国の科学技
術の特殊性。生命科学にかんするサイエンスコミュニケーション。子供
たちのための科学は、どのように伝えればよいか。科学に関するベスト
セラーの書き方。科学とメディア:新聞における科学記事の作り方。あ
なたにとって科学とはどういうことを意味するか?
4)リスクマネージメント -リスクマネージメントに関する市民参加の方法。リスクと社会、その
持続可能性。レギュラトリーサイエンス(BSE・環境ホルモン・電磁
波)に関するリスクコミュニケーション
5)創出段階の新技術 -欧州における学術研究のデザイニング。30 分で新しい歯を固定でき
る歯科技術:フィクションと現実の狭間。バイオチップ技術の将来性:
遺伝子生物学・プロテオミクス・システムバイオロジーの展望。農業食
物科学(遺伝子組み換え技術)に赤信号。
6)エネルギー -原子力(核融合・核分裂)・化石燃料・再生可能エネルギー(水
力・風力・地熱など)の展望。地球環境にやさしい再生可能エネルギー
に関するASEMの取り組み(京都プロトコル・クリーンデベロップ
メントメカニズム)
7)生活の変化に関する科学 -生命の分子進化を検証する:化石、ダーウィンの進化論とDNAをつ
なぐ。現代の海洋漁業のは科学技術としてどのように計画化できるか。
8)健康・保健・医療 -遺伝子治療によってもっと簡単にダイエットできるようにすべき
か?健康・保健衛生と疾患の間に性別の差はあるか。人間の身体的能力
の限界は生命科学によって延ばすことができるか。拡大欧州に潜在する
感染性疾患のいろいろ。高齢化する欧州社会の中の癌疾患のあり方。H
IV・AIDSの地球規模の感染に対抗するデジタルメディア界の奮
闘。体と心の健康。
9)脳科学の進展 -人間の思考は可視化できるか:脳科学の研究アジェンダの市民参加
による策定
10)人間と宇宙科学 -クオークから銀河まで:素粒子科学と宇宙科学の進展。初期宇宙形成
における10の不思議。欧州の科学は銀河空間を探索すべきか。
11)知識社会 -人間組織・集団に対する心理療法。新しい挑戦をしていく数学の新応
用分野(バイオインフォマティックス・金融工学・医学・生物学にお
ける数学)。
12)ナノサイエンス・ナノテ -ナノテクノロジーに課せられた社会政策的課題と応用分野。研究開発
クノロジー アジェンダの市民参加による策定
13) 確率的予見可能性とカオ -自己形成過程における複雑系の科学

14)科学と芸術 -芸術としての分子動力学。音楽家の表現とコンピュータの計算能力と
の融合。ヒューマノイドロボティックスに対する社会の恐れ、サイエン
スフィクションそして現実。
15)科学と倫理 -ゲノムは誰のものか。欧州における科学研究機構の社会的責任。サイ
エンスにおける倫理変化。

16) 欧州における科学技術政 -科学は国のためになっているか。欧州において化学研究は生き残れる


策 か?欧州のおけるイノベーションと創造性。拡大欧州における南東ヨー
ロッパ諸国への科学技術の架け橋をつくる。公衆社会における公衆価値
と商業化の間でゆれる欧州の大学経営。振興産業諸国への技術移転。持
10
続可能な発展に可能な方策を与える。科学研究における女性。欧州にお
ける科学財団組織の戦略的構築。誰が科学をコントロールしているか。
欧州にもっと多くの女性科学技術者が必要か?科学における市民性と
欧州社会の建設。グローバリズムの中での欧州の科学政策。基礎研究は
欧州経済にとってぜいたく品か?科学研究の優秀性を評価するのに、男
女性別のバイアスはかかっているか。欧州は基礎研究推進なしに知識社
会に進展することができるか:欧州研究カウンシルの持つ潜在的機能
と能力。科学者は子供を持つだけの余裕があるか。

マリーキュリーアクションプログラム産学連携・研究者の流動性とキャリアパス。
研究者の地域・産学間の流動化を促し、同時に知識社会へ向けた研究者のキャリアパス導入を
図るプログラム「マリーキュリーアクション(M.C.A.)」が、ESOFにおいても行われている。EU加
5盟各国で学術研究を行う若手研究者の地理的流動性(東西・南北欧州間)を創出し、欧州域内の人材ア
ンバランスを解消するとともに地域産業経済の知識産業化を推進することがねらいである。これと同時
に、欧州域外の経済圏からの人材流入(ヘッドハント)やその逆の人材流出(ブレインドレイン)に関
する政策的対応を自由貿易交渉の枠内でおこなう役目を持つ。
この MCA は、欧州委員会研究総局の人材資源マネージメント部門が政策のデザインを行い、欧
10州科学財団(ESF)・欧州大規模科学施設機構(EIRO)などが実行段階でのパートナーとなっている。
EU 経済地域統合と密接に絡んだ科学技術主導の地域産業競争力回復を急ぐ欧州は、人・物・マネー・
サービスの移動を欧州全域で活性化させる、というリスボン宣言・ニース会議の政策的導入を高等教
育・研究開発分野においても進めている。
MCAの提唱するキャリアビルディングは図 6 のようにモデル化されている。このMCAによ
15って採用される個人研究者は、年二回の各選考において300人程度(応募者千数百人)、グラント期
間は1-3年で多くは大学関係(講師・非教務研究員)と研究機関におけるポストドクの職位であると
いう。EU研究総局による人材派遣の仲介的な働きもこのアクションの中に盛り込まれつつあり、これ
によって産業界でのポストドク的研究者の職位に就くものが増えつつあるという。欧州委員会の大きな
目的としては、東西両欧州各国間の研究人材流動性を高め大学・研究機関や産業技術分野での人材のア
20ンバランスを解消し、それによって欧州全体の産業経済競争力を高めることである。事実産業界では旧
東欧各国の安い人材経費を当て込んだ西欧からの産業流出が話題となっている。
しかし、現在までのところ、このアクションプロ
4年 以 上 の 経 験 また は 博 士 号

長 期 キ ャリアの 中 での
マリー キ ュリー アクションの キ ャリアパ スアセスメント 経 験 とトレー ニ ング

グラムでは約九割が東から西、残り一割が西から東への人 MCボード

研 究 者 キ ャリアパ スの 再 統 合 プロセ ス
材流動であり、今後の課題は西から東への研究人材流動を
協会役員構成 賞

欧 州 内 フェロー シップ 国 際 フェロー シ ップ


25どのように促進するかである。このプログラムは、リスボ
知 識 移 転 の た め の 機 構 フェロー シップ
ン会議以降継続して、欧州研究運営学会 EARMA2004(ブ
知識移転

研 究 開 発 スキ ー ム 産 学 連 携 マッチ ング

カレスト 6 月)、ユーロサイエンスフォーラム
4年 以 下 の 経 験

研 究 トレー ニ ング の ネ ットワ ー ク
ESOF2004(ストックホルム 8 月)などの分科会で議論さ
早期の流動性

各 種 会 議 開 催 とトレー ニ ング コー ス

れている。 研 究 初 期 段 階 に お け る機 構 内 フェロー シップ

30 図5:出典 MCA
欧州委員会 MCA は欧州域内の学術団体内に「マリーキュリーフェローシップ協会 MCFA:
Marie Curie Fellowship Association」を委託し、現在チュービンゲン大学の Dagmar Meyer 教授が協会長と
して活動を指揮している。この MCFA による人材移動の政策課題は、ERAの中核的政策である「ネット
ワークオブエクセレンス NoE」と呼ばれる研究開発に関する重点領域拠点機構を構成することである。
今回のESOF2004では、若手研究者でありながら科学技術政策に関する意見表明をする

11
団体「WAYS:World Academy of Young Scientists」 が MCFA 分科会の基調講演を行い、ユネスコ・世界科
学会議(ブダペスト2003)の「政策提言における若者の参加」を主張した。この後、欧州科学財団
(ESF)・欧州大学連合(EUA)・豪州研究運営学会(ARMS)や各国研究機関の人材部などを招いたシ
ンポジウムが 4 部行われ、研究機関・学術分野における研究者人口と流動性の関係、東欧における若手
5研究者の流動性統計、欧州域外における研究者流動性、そして外出後の本国帰国と再就職の実例などが
報告された。
あわせて、MCFA 主導によるワークショップが 7 部開かれ、
「博士学生からポストドクそして研
究者として独立する過程」、
「欧州における博士の労働市場」、
「科学研究者の人的ネットワークとキャリ
アのモニタリング」、
「産学間のキャリア流動性」などが議論された。このほか、展示イベントとして英国
10科学雑誌 NATURE のベンチャー活動にキャリアコンサルティング「Nature JOBS」が常設され、英国 BBC
による研究者キャリア版カフェサイエンスともいえるイベント「The Xchange」が行われた。

第三回アジア欧州環境フォーラム
ESOF2004 では、地球気候変動に関する政府間パネル活動 IPCC および気候 変動枠組条約締約
15国会議 COP を受けたアジア-ヨーロッパ間の協力体制を構築することを目的としたアジア欧州環境フ
ォーラムが開かれた。これは、アジア欧州会合 ASEM と呼ばれる経済圏協力機構の諸課題を具体的な実
行に移す機関として設立されたアジア欧州財団 ASEF が ESOF2004 の場を借りて行ったもので、ASEF
の主催するアジア欧州環境フォーラムのラウンドテーブルシリーズの第三回に相当する。この環境フォ
ーラム活動は、国連環境計画 UNEP、ドイツ・ハンスザイデル財団、日本・(財)地球環境戦略研究機関
20およびスウェーデン国際開発庁 SIDA によって協同運営されているE。以下に、今まで開かれたこのアジ
ア欧州環境フォーラムの全容を記す。
第三回ラウンドテーブルでは、IPCCの大きな目標となっている温室効果ガス(GHG)排出
削減にむけて、削減クレジットの相互交換を可能にするクリーンデベロップメント・メカニズム CDM
およびジョイント・インプリメンテーションJIが大きなテーマとなったF。
25 この第三回ラウンドテーブルでは、ASEM の枠組みを遵守して、環境フォーラムにかかわる主
に東アジア・アセアン諸国の市民社会アクターをストックホルム ESOF2004 に招き、フォーラムの全
体からラウンドテーブルにいたるまできめ細かく引導し、参加終了後も全参加者に対して評価を問うフ
ォローアップアンケートを行っている。
ここでは、市民社会の関わりの大きさを評価する軸として、社会技術パートナーシップという
30概念が提唱された。これは、GHG 排出削減の技術イノベーションの推進政策だけではなく、削減クレジ
ットの相互交換制度そのものを社会に根付かせるインフラ的機能を強化するもので、具体的には、削減
技術および社会知識の移転機能(社会学習システム・啓蒙活動)の育成、知的財産および工業所有権法
専門家の育成、産業育成および技術 経営のためのロードマップ活動(コンサルティング・NGO/NPO 育
成)など、社会技術知識のネットワーク形成を強調している。会議の一部では、日本など行われている環

E
アジア欧州環境フォーラム http://env.asef.org/ アジア欧州財団 http://www.asef.org 国連環
境計画 http://www.unep.org/ (財)地球環境戦略研究機関 http://www.iges.or.jp/ ハンスザイ
デル財団 http://www.hss.de/homepage.shtml スウェーデン国際開発庁 http://www.sida.se 
F
クリーン・デベロップメント・メカニズム CDM:先進諸国またはその企業が、途上国に温室効果
5ガス削減の投資をしたらこれらのプロジェクトからクレジットを獲得する。ジョイント・インプリメ
ンテーションJI :先進諸国またはその企業は、 GHG 排出削減クレジットを取得した、その他の京都
プロトコルに基づく排出削減目標を有する国(アネックスⅠ国)から温室効果ガス削減クレジットを
取得する。
12
境新技術イノベーション政策などはあまり必要なく、既存の環境技術をいかに社会に定着させるかに普
請したほうが目的達成には効果的である、との意見もあった。ここまで極端な立場をとらずとも、CDM/JI
制度などの国際協調を前提とした社会技術知識の定着は、市民社会の理解度に大きく依存しており、そ
れらの社会アクターネットワークを育成することが計画の成否を握る鍵であることは諸種のアセスメ
5ントGなどでもたびたび強調されている。

2006 年 7 月にはドイツ・ミュンヘンにおいて第二回ユーロサイエンスオープンフォーラム
ESOF2006 が開催されているH。2005 年3-5 月にサブセッションのテーマ公募(コールフォープロ
ポーザル)が告示され、2006 年 1 月時点において約200件の採択がなされている。
10 この ESOF2006 の準備作業は、ドイツ教育研究省 BMBF のもとに作られたドイツ学術対話コン
ソーシアム(Wissenschaft im Dialog)によって進められた。これは、BMBF 管轄下のサイエンスセン
ターを母体として、科学技術リスクガバナンスに 対する市民 対話(カフェサイエンス・テクノロジーア
セスメント)運動や従来の科学教育(博学連携・科学雑誌)などを統合したコンソーシアムである 。
ESOF2004 のときと同様に、欧州規模の公的研究機関、公私にわたる科学技術財団の財政的参加が行わ
15れた。ESOF2006 におけるテーマ公募時点での主要課題の絞込みは以下のようなものである。
1)欧州域内各国の社会文化を科学技術でつなぐ
2)自然災害対策
3)地球環境科学の進展
4)素粒子物理学と宇宙物理学の進展
20 5)科学と社会
6)サイエンスコミュニケーション
7)研究者の社会参加
8)研究者のキャリアパス・キャリアビルディング
9)市民参加を盛り込んだ社会イベント・タウンミーティング
25
2006年7月現在、このイベント事業の最終プログラムが公表されており、ESOF2004 のよ
うな社会啓発としての ESOF 運動の盛り上がりを強調する側面はややトーンダウンしている。

(ウ)欧州委員会研究諮問委員会(EURAB)と欧州研究カウンシル(ERC)のうごき
30 世界各地の学術研究システムの構築モデルとして念頭に置かれていた学術アカデミーの連携は、
現代社会における科学技術の役割の 増加や財政構造の 変化とともに、ここにきて 変革を遂げつつある。
学術アカデミーに関しては、歴史的に各国アカデミー間の交流があり、UNESCO/ICSU や NSF・ESF な
どの世界的イニシアティブをとってきた組織にリードされて、各国間の横の連携が深まったが、研究開
発戦略の行財政は、各国の特殊性・独自性により、財政実体として連携することはまれである。
35 ところが近年では、日本でも経験された学術会議 SCJ 改革・総合科学技術会議 CSTP の創設に

G
MEA ミレニアム・エコシステム・アセスメント
http://www.millenniumassessment.org/en/index.aspx WWAP 世界水アセスメントプログラム
http://www.unesco.org/water/wwap/ など
H
ユーロサイエンスオープンフォーラム ESOF2006 http://www.esof2006.org/ ユーロサイエンス
5財団 http://www.euroscience.org/ ドイツ学術対話コンソーシアム(Wissenschaft in Dialog)
www.wissenschaft-im-dialog.de/ 
13
見られるように、学術研究・科学技術の研究開発・イノベーションに関連した専門的課題を財源の異な
る機関を連携して取り扱い、交流の増大する経済圏間で大規模科学技術予算を有効に配分し、研究開発
の成果や産業化などを連携して導入するなどの政策的プロセスに労力を投入されることが多くなった。
こうした、科学技術の財政段階における連携は、科学技術活動の国際化ともに、グローバルに進
5展しており、なかでも、多文化社会でありながら経済圏としての社会統合を進めようとしている欧州に
おいては、欧州連合の財政や予算形成の根拠に絡んだおおきな問題となっている。
欧州各国は、行財政のどの分野においても、国家計画のための国家予算と連合計画のための連合
予算の拠出という二重性を常に抱えており、評価機関である各国国会・欧州議会の存在とともに政治の
二重構造を形成してきた。欧州連合は、合衆国のようには連邦予算の役割が大きくはないが、マーストリ
10ヒト条約以来こうした二重の政治構造を抱える社会経済統合をすすめることを選択したため、各種計画
に必要となる財政を形成し、ならびにその評価体系を定め加盟国間で共有することが、緊急の政治課題
となっている。
欧州科学技術政策の分野では、各国の国家予算と評価体系を一部連合に委譲させるために適当
な政策立案機関・財政配分機関の設立および評価体系の確立が模索されてきた。政策立案に関しては、
15先述したように欧州委員会が担い、欧州規模の計画 EURATOM や EUREKA あるいは現在の FP-ERA な
どの進展によって各国間の評価体系の共有がなされてきた。欧州委員会の関与する科学技術財政は、各
国では独自にできず、3 カ国間以上の国際協力によって実現される計画を対象としており、こうした国際
協力は現代の学術研究のなかでは当たり前のように行われているが、行財政的基礎は実は従前から弱い
ものである。
20 欧州の場合、ESF が各国のアカデミー連携を行ってきたが、大規模予算を必要とする国際計画の
執行には直接関与してこなかった。このため、NSF のような大予算配分の執行機能による科学技術政策
上の重要な位置を占めることができず、欧州社会統合に対応して打ち出される国際協力計画の行財政や
評価のイニシアティブがとれなかった。欧州における大規模国際計画の枠組みとして知られる欧州合同
原子核研究所CERNや欧州分子生物学機構EMBOなどは数少ない例外である。これにたいして、経
25済統合ならびに社会統合の深化にともなって増大する国際協力プログラムの財政執行・評価機能を集
中させる動きが高まってきた。これが現在の ESF を改革し、欧州研究カウンシル ERC を設立する動きと
なっている。
こうした欧州規模の科学技術行政の 変 化を主導する目的で、欧州委員会に欧州諮問委員会
EURAB が設立された。2002 年 EURAB は、科学技術社会論研究者のヘルガ・ノボトニー教授(スイス
30ETHZ ) を 委 員 長 に 迎 え 、 ERC 創 設 に 向 け た エ キ ス パ ー ト ワ ー キ ン グ グ ル ー プ を 発 足 さ せ た 。
ESOF2004 でノボトニー氏が基調講演を行った背景には、 FP6-ERA と同時に進行するこうした欧州の
科学技術システム改革をさらに推し進めるメッセージがこめられていたのであるI。

(4) 第七次フレームワークプログラム(FP7)と融合研究推進の機能としての欧州工科大学EI
35 T設立の動き
2006年6月現在、欧州の第七次フレームワークプログラム(FP7)の予算要求案 Jが明ら

I
欧州委員会研究評議会ERC  http://erc.europa.eu/index_en.cfm  欧州委員会研究諮問委
員会EURAB http://europa.eu.int/comm/research/eurab/index_en.html 
J
第7次欧州フレームワークプログラム(FP
7)http://ec.europa.eu/research/fp7/documents_en.html
5 14
かになっている。大筋としては、第6次の全額を倍増して予算案とすることがどの分野においても必須
となっているが、倍増予算の裏づけは分野によってどれも同じではなく、各分野の予算規模は現時点で
は流動的である。現時点までいくつかの修正案を経た上で、予算構造は次のように設定されている。カッ
コ内の単位は億ユーロ
51.協力(323)
内訳:健康(60)、食品・農業・バイオテクノロジー(19)、情報通信技術(91)、ナノ
サイエンス・ナノテクノロジー・材料・新生産技術(35)、エネルギー(23)、環境(1
9)、運輸・航空(42)、経済・社会科学と人文科学(6)、安全と宇宙(29)
2.構想(75)
10 内訳:欧州研究評議会ERC、欧州テクノロジープラットフォームETP、ジョイントテクノ
ロジーイニシアティブJTI
3.人材育成(47億ユーロ)
内訳:マリー・キュリーアクション(研究者流動性、キャリアパス、産学連携、研究者トレーニ
ング)
154.能力開発(43)
内訳:研究インフラ(20)、中小企業SME(12)、欧州研究圏構想ERA(1.3)、研究
ポテンシャル(3.5)、社会の中の科学(3.6)、国際協力(1.8)
5.ジョイントリサーチセンター(18)
内訳:原子力以外のジョイントリサーチセンターJRC
20FP7(2007-2013)の総額505億ユーロ(欧州委員会からの要求額727億ユーロに対
して、欧州理事会・欧州議会にて減額回答修正案:2006年6月時点)

上記において第一項目目の1.協力は、従来のFP6において科学技術重点7項目(日本にお
ける重点8項目にほぼ対応)としてそのままの構造を保持している。FP7では、二番目の2.構想の項
25目が目新しく、この部分がESF改革後のERCに相当する。なかでも先端技術開発に限って、欧州テク
ノロジープラットフォーム ETP およびジョイントテクノロジーイニシアティブ JTI という枠組みを発足
させ、欧州域内で先端的な技術開発研究を行っている工科系大学のネットワークを形成するとしている。
FP7における総額予算倍増をてこ入れした欧州産業界の要請として、ERCへの産業・実業
界人材の戸用による、欧州の科学技術研究開発システムへの産業経済側からの社会・経済ニーズの取り
30込みが重要だとされていた。改革前のESFは、おおよそ純学術関係者のみの連合組織であったが、これ
に産業経済界の大きな影響力をもつ人物を推薦する動きが水面下で相次いだ。これに同期して、欧州域
内の産業技術の組織化を図る動きも活発化し、上記のETP・JTIに参加した研究開発アクターをま
とめて、2009年までには欧州工科大学EITを設立するという構想まで持ち上がっているK。
現在までのところ、このEIT構想のために全欧100ほどの研究開発アクターからのパブリ
35ックコメントを収集し、欧州委員会においても設立議案書が出されている。アクター間による競争的な
コンソーシアム設立などの動きも活発化している。この設立議案書では、EITの役割について、目的製
品開発やロードマップ策定などのメタ技術知識からイノベーション創出そしてSMEまでをカバーす
るインターディシプインの研究開発を担うべきであるとしている。

K
http://ec.europa.eu/education/policies/educ/eit/index_en.html
15
(5) FP-ERA にみる融合研究推進政策(NEST)、人文社会科学(SSH-RTD)推進政策
前述のように、欧州委員会に「科学と社会」部門が政策立案部局として設立されたのは FP 5時代
にさかのぼるが、この当時は、先行していた大型先端技術開発プロジェクト(EUREKAやESPR
ITなど)がすでに、融合研究の性格を兼ね備えており、
「科学と社会」という名目で社会技術あるいは
5社会工学的な融合領域の研究開発の計画を推し進められたのは FP 4(第 4 次 1994-1998)からであ
る。
当時からEUおよび米国では、先端技術に対する社会技術・融合的な研究開発の推進方法(イ
ンターディシプリン・マルチディシプリン)に関心が高まっていた。EUREKA 計画に刺激を受けた米国
は、EUREKA-ALERT なるカウンタープログラムを打ち出すと同時に NSF の主導により、大規模な融合
10領域研究推進計画である IGERT プログラムを全米の大学研究機関に導入した。これに大きな影響を受け
たEUでは、FP6 において、融合新技術創出プログラム NEST および SYNAPSE と呼ばれる融合領域研
究プログラムに約 235MEuro の予算を当てているが、この分野での競争力増強のためには次期FP7
においては 500MEuro の予算が必要であるとしている。
EURAB は融合領域研究を推し進めるため次のような勧告を出しているL。
15 1)インターディシプリンにおける分野間の不用意な垣根を取り払う。
2)インターディシプリンの研究経験を促す。
3)インターディシプリンの研究センターに関する運営政策をすすめる。
4)研究インフラを共有できるシステムを発展させる。
5)インターディシプリン研究の財政と運営を強化する。
20
これらの大綱的な勧告に関して、研究者や行政機関が何をすればよいかという政策課題のブレ
ークダウンや中長期評価による推進のための財政割り当ての検討がなされている。この様子を表3に示
す。
欧 州 の 建設 目標 である知 識 欧 州の 社 会 統 合目 標にたいし 社 会 で生 起 している大 きな流 世 界 の 中 のヨーロッパ の 欧 州 連 合 域 内の 市 民の あり方 社 会 経 済指 標と科 学 技術 指 フォーサイト活 動 を強化
社 会 が 雇用 対策 、産業 競 争 て経 済 的 ・社 会・環 境 的要 素 を れ を政策 レベル にまで引 き上
価 値 をたか める をさらに確 固 たるもの にする 標 をそれ ぞれ強 化 する する
力 、経済 成長 に寄 与 する 結 合させ る げる
25 *家族構成変化への政策対応 *将来の人口動向の不
社 会 変 化 の 動向 と社 * リスク社 会 の安 定 性 ・不 安 定
*女性雇用と家族形成 *生活変動の長期予想 定性
会構造の変化 *政策の人口動向への影響 性
*職場変化と極右勢力 *生活の質の計測 *生活の質に関する研
* 家 族 ・労 働・社 会 保 護
*成年層と政府援助 究アジェンダ設 定
*労働と家庭育児
*ジェンダー地域行政
生 活 の 質 とジェン *労働環境 査 化におけるジェン
*男性と社会の問題 *ジェンダーと個人の資質
ダー研 究 ダーの 役割
*女性労働力移動と偏見 *ジェンダーと自由貿易圏
*ジェンダーギャップ
*家庭育児と労働の両立
欧 州 の 社 会 ・経済 モ *持続可能発展のための貿 *環境産業の経済発展
デル と課題 *情報化社会と都市開発 *企業イノベーションと労働組合 易 経済 シーリング
*社会排除への対応策
*貧困の撲滅
*少数民族ロマの社会参加
*地域イノベーションの代替 *欧州の労働力移動
30
社 会 的 結 合 の諸 形 案
式 、ヒトの 移動 、社 会 *失業者雇用対策としての職
*家族形成と社会的結合
*外国資本企業の環境適応
*社会保障制度改革
*社会保障と監獄
*新労働力移動と新ビジネス
*社会保障・宗教団体・社会排

*若年失業者の社会排除対策 *社会排除の系統的観測
福祉 業教育 *労働再開のノウハウ
*社会保障の欧州スタンダード *雇用と社会排除
*企業教育と若年雇用者の *労働資本とコミュニティー形成
リスク *社会保障と家族形成 *年金制度改革の公共支持 *最低所得者の生活
*欧州におけるライフラインの低

*公共サービスの女性ケア *社会排除対策
*労働時間流動化
*公共部門労働の非持続性
*欧州雇用環境のなぞ *病院改革に必要な人材
雇 用 と労働 の 変 化 *労働と家族生活のバランス
*環境ビジネスの雇用創出 *非熟練労働拡大による雇用促 *労働環境のカジュアル化 *不平等と経済効率
*労働抑圧と社会排除
進 *暫定雇用制度
*労働市場への参加
*雇用成長のインパクト
*労働市場自由化と経済競争力
知 識 創 造 の ダイナミ *研究活動の国際化
*イノベーションと欧州政治経済
ズム 、その創 出と利 *イノベーション連鎖
35
用形態 *イノベーションネットワーク
*就業者の知識学習
*ヒトの移動と経済ネットワーク
形成
*欧州自動車産業 *市民と技術知識の創出 *R&D計画ロードマップ

*欧州の産業 経済 セクター
*企業の知的財産ガイドライ
*地域イノベーションと公共政策 *欧州のリエンジニアリング

L
ナミズム
EURAB の政策綱領文書では、インターディシプリナリーとマルチディシプリナリーの違いと定義を
経 済 発 展 とその ダイ *地域開発と大学
*イノベーションのための企
*欧州の田園の将来
*技術変化への地域の対応
*情報技術の研究課題
*民営化の影響
*多国籍企業投資と国富
*国際化する欧州の中小
*技術経済と政策の整
合性
明確に与えており、融合領域研究を総称するためインターディシプリナリーという言葉を全面的に押し
業統治
*バイオテクノロジーイノベー
*欧州統合と金融システム
*グローバル化とイノベーション
*企業合併と労働力問題
*情報技術投資と熟練労働
企 業
*経済成長のビジネスイノベー *新規ハイテク企業の評価
出している。これによれば、マルチディシプリナリー研究とは、異なる研究領域からきた研究者が総合的
ション
ション
*偏見のダイナミズム *政治にかかわる移動とコ
な目標結果を出すために共同作業を行うが、新しい科学的知見を出すわけではなく、プログラムが終了
ガバナ ンス、民主 政 *市民参加による持続可能
治 と欧 州市 民 なイノベーション創出
*民主政治の育成
*欧州の青少年研究
*出生特性と国籍・国境
*投票率低下の原因探求
*欧州市民のアイデンティティー ミュニケーション分 析
*欧州統合における教会の役割
と社 会討 論
*サイエンスガバナンス
*ガバナンスを高めるための のモデル 化研 究
5すると各自もとの分野に戻っていく形態をとる。これに対して、インターディシプリナリー研究では、異
*EU中長期目標の失政
*21世紀の市民アドボカシー 市民研究

なる研究慮域から来た研究者が新しい知見や認識を作り出すために協力し合い、プログラム後もその分
欧 州 拡 大 とその課 題 *中東欧の労働市場
*経済キャッチアップ
*労働力移動・雇用成長
*欧州公共政策
*中東欧のユーロ金融 圏
*新規加盟国の適 応 促進

欧州 野で研究すること形態をとる。
研 究 圏 (ERA )を
*社会経済研究の議会
構 築 するための基 盤 *研究政策の改革
整備
*労働雇用対策 *21世紀の持続可能なイノベーション政策
*欧州社会憲章 16
コンソーシアム
5

表 3:政策研にて作成
EURAB 勧告にみられる人文社会科学(SSH-RTD)融合研究の推進政策のブレークダウン
EURAB は、人文社会科学(SSH)領域に対しても FP-ERA における研究開発戦略(CORDIS-
10RTD)と関連した推進政策を立てており、次のような勧告を出しているM。
1)SSH の各研究分野は、FP-ERA のもたらす社会経済的インパクトに合致するような研究目標を設定
すること。国民国家を超えて欧州的価値を現代社会にもたらすこと、具体的には欧州の「民主政治」や「文
化的遺産」といった価値 観である。
2)ERA を形成する研究インフラストラクチャーという概念がSSH分野に適用され、SSH分野間の
15可視性を高める。(ここでは、SSHをRTD分野に対する研究インフラストラクチャーととらえる)
3)科学技術分野の各 RTD 計画において設定されている「社会 経済的インパクト」や「フォーサイト活
動の社会アセスメント」項目を含んだプログラムに関する事前・事後評価を SSH 分野に拡大適応する。
4)FP6 の重点6領域に含まれている SSH 研究者の関与の度合いを分析することで、当該プログラム
の持つ「社会経済インパクト」を計るものさしとする。
205)FP6 の重点6領域の各プログラムの設計、実行段階および評価段階で SSH 研究者が多く含まれる
べきである。
6)「科学と社会」という次元で物を見たときの評価軸によるさまざまな参与が FP RTD の各プログラ
ムに求められる。
7)IP や NOE の政策に加えて SSH を支援するプログラムを立案する。
258)SSH の寄与が ERA における「問題解決型研究」の有効性を高めるような RTD の構成の仕方を国内
外のさまざまな専門家を招いて探求する。
9)「SSH 研究とイノベーション」(仮称)を EU 内に設けて、域内外の専門・非専門家の交流を促進す
る。

301998-2005 総括(中長期評価)レポートにみられる人文社会科学( SSH-RTD)融合研究の推


進政策の具体的方策
EU における人文社会科学(SSH-RTD)融合研究は、第4次フレームワーク(1994/1998)のも
「社会経済効果をもたらす研究開発 TSER(Targeted Socio-economic Research Program)」
とで、
として、162 項目の研究課題が採択され、112MEuro が割り当てられた。第 5 次 FP(1998/2002)では、

M
EURAB による研究推進政策の一般的解説
http://europa.eu.int/comm/research/eurab/pdf/recommendations8.pdf 
EURAB による融合研究推進政策
http://europa.eu.int/comm/research/eurab/pdf/eurab_04_009_interdisciplinarity_research_fi
5nal.pdf 
EURAB による人文社会科学研究推進政策
http://europa.eu.int/comm/research/eurab/pdf/eurab2005_reprec_ssh_7fp_en.pdf 

17
「社会 経経 知識社会基盤の推進(Improving the socio-economic Knowledge-base)」という枠組み
で 185 研究課題が実施され、155MEuro が割り当てられた。第6次 FP(2002/2006)では、
「知識基盤社
会の中の市民(Citizens in the Knowledge-base Society)」という枠組みで 140 研究課題が実施さ
れ、270MEuro が割り当てられた。
5 FP5-6 では、応募された課題すべてを表2縦軸項目のような政策重要課題の軸で分類し、この項
目ごとにまとめられた知見を SYNOPSES ブックという政策立案ツールにまとめている N。SYNOPSES
ブックは、欧州委員会や欧州議会において、種々の政策立案および財源獲得を行う際の、社会実証データ
として用いられる。2007-2013 年の第7次フレームワークでは、人文社会科学(SSH-RTD)融合研究
に対して、総額 792MEuro の予算枠が要求されたが、これはおそらく、600MEuro を超える予算規模に
10落ち着くものと思われる。このなかで、この人文社会科学(SSH-RTD)融合研究において採択される研
究課題は、表中横軸項目であらわされる社会目標を解決するような研究であるべきと定められている。
ここで、1998-2005 年に行われた SSH-RTD 活動の報告書から、SYNOPSES ブックへ答申とし
てあげられる手前の研究分析情報を表にまとめて紹介する。表3において横軸が欧州社会全体の社会目
標を表しており、縦軸項目が SSH-RTD 研究調査によってブレークダウンされた具体的な政策目標であ
15る。特に科学技術と関係の深い調査研究項目を色つきのグループ群であらわした。
これらの調査研究活動の分析から、問題群として「遺伝子組み換え技術」「環境・エネルギー技
術」をとりあげると、図6,7のようなマトリカル・バロメータが得られる。
図中、同心円は当該技術に関連する人文社会学分野の知識項目の重合度を表し、外側の同心円状
に位置する事象ほど他の社会知識との重合度が高い。左図では、遺伝子組み換え食品がモラトリアム対
20象となり、遺伝子組み換え技術の研究開発が政策規制の 対象となったことを表している。右図では、再生
可能エネルギーおよびIPCC枠組みのクリーン・デベロップメント・メカニズムCDMが技術経営
として実施されている様子と地球温暖化に影響されたミレニアムエコアセスメントが政策導入された
様子 を表す。アセスメント・社会アジェンダ設定・フォーサイト活動それぞれの分布範 囲が理解される。
[17]
図 6 : [17] 政 策 研 に て 作 成 図7:[17]政策研にて作成
25 SOF2004
SSH + RTD Assessment SSH + RTD Assessment
IPCC-CDM
MOT STP MOT
GM Trasable Market CDM-JI
STP
Agenda Foresight
GM therapy Renewable Energy
GMO Food GM Water Management
Foresight Transplant
GM Regulation
Milennium Eco Assessment
30 SNIPs
Agenda CO Tax
DDS Ecomoney IPCC

Dicp 1 Dicp 1
Dicp 2 GM Contamination Dicp 2 COP9,10
Dicp 3 Bio Ethics
Assessment Dicp 3 Assessment
GMO Moratorium Bio Diversity Global Climate Change
GM Technology Energy & Environment
35 STS
STS

4.まとめ
(ア)フォーサイト活動の中での融合研究推進への示唆

N
http://cordis.europa.eu/citizens/projects.htm
http://cordis.europa.eu/citizens/projects.htm 
18
こうした科学技術に関する社会アジェンダ活動や総合政策のマニフェストに対して、人文社会
科学による融合研究の意味が社会的に明らかになることによって、科学技術(個々の RTD プログラ
ム)が中長期的にもたらす社会発展のビジョンとその政策上の意義が強調されるようになる。このビジ
ョンそのものを深く広く扱うのがフォーサイト活動である。
5 このフォーサイト活動においては、技術発展などの個別 RTD 分野に固有の知識や経験が必要で
あるが、「社会変化」に関する研究分析や知見が必要となる。たとえば、イノベーションに対する経済学
的・経営学的分析手法は、歴史的にもフォーサイト活動の主たる役割を果たしてきた。日本においても、
この活動に関心を寄せる RTD 関係者は多く、企業経営や知識科学、MOT などの特定のアプローチ・スキ
ルを生み出すような分野を作ってきた経緯もある。また、人文社会科学研究者がそれぞれの分野の特殊
10な関心から、技術発展に関心を持つ場合もある。
こうしたインターディシプリナリーなアプローチを受け入れるだけの裾野がフォーサイト活動
には潜在的にある。具体的な例として、各国のテクノロジーアセスメント機関の研究者は、RTD 各分野の
研究経験に加えて、社会科学・経営・政策研究などの経験を持つ例が多く見受けられる。日本の科学技
術基本計画に活用されているデルファイ調査では、科学技術の持つ社会経済的インパクトが重視される
15が、これからは、科学技術の持つ人文社会的価値に注目した例を多く見つけていくことが必要であろう。
欧州の動向から示唆されることは、こうしたフォーサイト知識を構成している種々のインター
ディシプリナリーな機能をさまざま科学技術アクターがコンパクトな形で有しておくべきことである。
例えば、独立法人化された国立大学や公的研究機関において、産学連携を含めた社会への知識還元や、知
識社会そのもののナビゲーション機能としてのフォーサイト活動、あるいは研究開発に関する研究( R
20on R)のような活動がアクター内部の意思決定過程に近いところ行われるべきである。この際、最近よ
くみられるトップダウン式だけではなくボトムアップとの融合的運営を実現すべきだと考える。
国の行政レベルで行われるフォーサイト活動においては、デルファイ調査を補完する「社会経済
ニーズ調 査」と「発展シナリオ調 査」によって、国家展望や産業展望あるいはコミュニティー発展の展望
など、技術経済の枠だけでは捉えられない、多くの人文社会学的要素がさまざまなかたちで混入してい
25ることが明らかになった。これらの価値の形成に費やされる労力を社会的に意味あるものに形成してい
くコンセンサス活動が必要となってきており、このコンセンサスを一般市民社会に幅広く敷衍していく
ことがこれからのフォーサイト活動の中での融合研究に求められる使命である。

(イ)統合的政策の中での融合研究・文理融合研究推進への示唆
30 以上見てきたように、科学技術に関する統合的政策を打ち出す際の注意点として、各個別 RTD プ
「社会・経済インパクト」
ログラムに盛り込まれている「リスク・ベネフィット(費用便益)バランス」
を事前に評価するための研究分析が、科学的見地および行政的見地からも必要である。本論で紹介した
欧州のテクノロジーアセスメントや欧州委員会の「科学と社会」活動では、予防原則を適用されモラトリ
アムに入ってしまった技術(遺伝子組み換え・ヒト ES 細胞利用)の社会受容と便益バランスに関する
35社会学的知見が必要とされ、このために融合研究(インターディシプリン)および人文社会科学の活用
が不可欠とされた。
また、科学技術に関連するさまざまなファクターが絡み合って経済圏の間の交流を前提とする
現代においては、科学技術者の人的・地理的・キャリア的流動性に関するアセスメントを盛り込んだ研
究開発の計画化が不可欠である。このために、人文社会科学研究の側からの積極的な関与が求められ、科
40学技術と人文社会科学の融合研究(インターディシプリン)のプログラムが立てられる。
19
こうした融合研究の政策立案の際には、個々の RTD と絡めた融合領域の同定、あるいは人文社会
科学の RTD への融合度合いを学術的見地だけからではなく、現実社会の抱えている問題と組み合わせ
ることが必要である。この意味で、融合研究には、現実社会で起こっている問題を解決し、社会変革を促
すことを目標にする極めて戦略的な意味を持つことが多い。戦略的な意味を多く含むということは、そ
5れだけで、社会層・ステークホルダー・ネットワークなど、社会考察において状況文脈に依存する解釈
が多く見られ、その解釈そのものが政治社会的立場に深く結びついていることを意味する。こうした状
況文脈の解釈は、RTD関係者のみならず人文社会科学研究者にとっても一筋 縄ではいかず、研究プロ
グラムとしての共通の目標設定を行う際の最大の障害ともなりうる。
こうした障害を克服して、共通の社会利益を設定しこれを達成しようとするアプローチが社会
10アジェンダ活動であり、ナノテクノロジーや脳科学の研究開発を市民の参加をえて、方向付けするよう
な活動である。ここには、科学の一般市民理解やサイエンスコミュニケーションといったインターフェ
ース的な文理融合ディシプリンから、脳死判定や新物質法規制などにかかわる法経済学の最先端的分野
も含まれる。こうした社会アジェンダ設定では、諸分野の融合活動によって統合的なプログラムが形成
されることが多い。
15 ところが、こうした戦略的計画は短中期で終わることもあり、プログラムにかかわる研究者の人
材流動性やキャリアパスの柔軟な運用と長期的な視野に立った政策立案が求められる。現段階では、こ
うした運用がまだうまくなされていない状況がおおい。また、こうした統合型プログラムの有用性が認
められたにしても、研究分野としての長期的展望がかならずしもみとおせない面もある。このため、伝統
的なポスト制度のなかで育成された研究者・教職員にとっては、人材流動そのものがキャリア設計にと
20ってリスク要因と映る可能性もある。
こうした、ネガティブ思考(リスク回避思考)は研究者層の中である程度生じることはやむを
えないとしても、公的研究機関などの人事採用制度の中では極力回避すべきものと考えられる。こうし
たリスク意識を担保するのが、インターディシプリン活動に特化した研究センターの設置や IGERT(米
国)あるいは NEST・SSH-RTD(欧州)に模した長中期プログラムの創出である。また、 ESOF や
25AAAS に模した科学技術と人文社会科学の横断的な融合と出会いの場を積極的に演出する必要もある
であろう。

6. 謝辞
本報告をまとめるにあたり、EU-JAPAN インスティテュート関西・関西学院大学中野幸紀教授および欧
30州委員会日本駐在ミッションで NISTEP にコンタクトを取られた仏リヨン第三大学-高等師範学校アラ
ン・リユー教授の先行研究を参考にさせていただいた。ESOF2004 の現地取材に応じていただいた方々
に厚く御礼申し上げあげたい。

20
(注記1)ESOF2004 の開催にかかわった実行者・各種団体は次のとおりである。

実 行 委 員 会 :委員長-Carl Johan Sundberg (Karolinska Institute, Stockholm, Vice President of Euroscience)


副 委 員 長 - Kkehard Vinter (Stifterverband), 各 委 員 - Jean-Pierre Bourguignon (Institut des Hautes Etudes
5Scientifique, Paris), Jean-Patrick Connerade (Imperial College, London and President, Euroscience), Jens Degett
(ESF, Strasbourg) など
主催:ユーロサイエンス財団
共催:欧州委員会研究イノベーション総局、ESF(欧州科学財団)、FAS(スウェーデン労働社会
調査諮問委員会)、FORMAS(スウェーデン環境・農業・社会開発諮問委員会)、カロリンスカ・イン
10スティチュート、ロバート・ボッシュ財団、ドイツ学術財団連合、スウェーデン学術研究諮問委員会、V
INNOVA(スウェーデン産学連携イノベーション機構)
資金後援1:フリッツ・ティッセン財団、ジョンソン&ジョンソン研究開発部、ネイチャー、トルステ
ン財団、スウェーデン戦略研究財団、VATTENFALL財団
資金後援2:AFFYMETRIX、ALENIA、AstraZeneca、ベーリング・インゲルハイム財団、DFG(ドイツ学
15術協会)、EADS、エルゼビア、ユーロサイエンス財団、Sigma-tau、SANDVIK、SSSE
ユーロサイエンス財団ホームページ http://www.euroscience.org/ 
ユーロサイエンス 2004 国際フォーラム http://www.esof2004.org 
(*)ESF と EUROSCIENCE の関係は、しばしば米国科学財団 NSF と米国先進科学協会 AAAS との関
係に比されるが、ESF は NSF ほどの財政的実効性をもたない。ERC は国家財政に関する実効性をより付
20与することを意図として ESF を改革して創設されるもので、米国総合科学技術政策会議 OSTP およびわ
が国の総合科学技術会議 CSTP に比される。ERC と ESF の関係は、米国では OSTP と NSF の関係に類似
するが、実態的にはわが国における CSTP と日本学術会議 SCJ の関係に近いといわれる。
(**)第一回国際フォーラムをストックホルムで催す背景には、EU域の科学技術競争力(米国・日
本に対する)の増強をしたいEU各国の科学技術関係者およびERC関係者の働きかけにより、スウェ
25ーデン王立科学アカデミー・カロリンスカ研究所などが誘致に関与している。

(注記2)アジア欧州環境フォーラム
第一回 2003 年 9 月、タイ・バンコク「2002 年ヨハネスバーグ会議をうけて、その後の展開-市民社会
からのかかわり」
30第二回 2004 年5月、韓国・チェジュ「気候変動枠組み活動のアジア欧州協力体制の構築」
特別会 2004 年 2 月、マレーシア・クアラルンプール「WTO 貿易交渉におけるバイオテクノロジーと持
続可能な開発」
第三回 2004 年 8 月、スウェーデン・ストックホルム(ESOF2004)「再生可能エネルギーの社会技術
パートナーシップの模索」
35総合国際会議 2005 年 11 月、インドネシア・ジャカルタ「地球人口の三分の一を占めるアジアと欧州は
持続可能な発展のためになにができるか」
第五回 2006 年 12 月、ベルギー・ブリュッセル「危険物質・化学物質に関するリスクマネージメント」

21
文献
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期研究計画調査委員会
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技術と経済 の会 -社会システムモデルの政策論的研究 -社会システムモデルの開発研究 -社会
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しうるか I」1994 -同第 14 回「自然科学と人文・社会科学のパートナーシップ-科学技術は人類に
何をなしうるか II」1995 -同第 15 回「自然科学と人文・社会科学のパートナーシップ-科学技術は
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術と 査査 の会 
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35Risikoabschätzung und Nachzulassungs-Monitoring transgener Pflanzen (『リスク
評 価 と リ ス ク 認 知 - 遺 伝 子 組 み 換 え 作 物 の モ ニ タ リ ン グ 』 )
http://www.tab.fzk.de/de/projekt/zusammenfassung/ab-68.pdf 
[ 15] 浜田真悟、小山田和仁、草深美奈子、山下泰弘、小林信一「組み替え遺伝子作物に関する議会テクノロジ
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40究センター、2003 年 11 月 7-8 日 
22
[ 16] 浜田真悟、刀川眞、横田慎二「文理融合研究の政策推進の試み-科学技術政策に見る過去の事例・
問題整理と現代の科学技術政策研究上の要請をふまえて」、研究・技術計画学会第 20 回年次学術大会、
政策研究大学院大学、2005 年 10 月 22-23 日 
[ 17]  浜田真悟、刀川眞、光盛史郎、横田慎二「文理融合研究の政策推進の試み II、III-過去の事例・問
5題整理と現代の要請から、EU 科学技術政策・科学と社会に見る示唆-」、研究・技術計画学会第 21 回年
次学術大会、東北大学青葉山キャンパス、2006 年 10 月 21-22 日 

執筆者紹介
10氏名:浜田真悟(客員研究官)
第一専門:原子核物理学、第二専門:科学技術社会論。
科学基礎論をはじめとして、科学技術社会論の理論的研究から技術経営・サイエンスコミュニケーショ
ンに関心をもつ。現在、動向センターにて文理融合・融合研究チームに参加。

23

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