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労働市場の二重構造とフリーターの階層化

尾高煌之助『労働市場分析─二重構造の日本的展開─』では、日本の労働市場の「二重構造」に関す
る包括的な分析を行っている。以下同書をもとに、日本の労働市場の二重構造について考えることにし
たい。
二重構造とは有沢広巳によって提唱されたもので、製造業の規模の異なる企業の間に付加価値生産性
と労働者ひとりあたりの賃金の大きな格差があることを指している。また氏原正治郎は、1951 年に行わ
れた京浜工業地帯における労働者調査において、大企業と中小企業がそれぞれ独立した労働市場をもち
これらの間の移動(とりわけ後者から前者への上方移動)はきわめて少ないことを明らかにし、二重構
造の存在を実証的に裏付けた。
さらに 1960 年前後の日本の企業規模間格差が欧米諸国と比較しても大き
いものであることが、篠原三代平によって明らかにされている。
二重構造が成立した時期については梅村又次と安場保吉の研究が参照されており、
前者では 1914 年か
ら 1932 年の間、後者では 1910 年もしくはそれ以前に成立したとされている。これらの研究では、繊維
工業において外国技術が導入されたことなどが生産技術上の二重構造を生み、労働市場の二重構造につ
ながったのではないかとされている。一方尾高自身による製造工業の日給系列(男子)に関するデータ
を利用した分析では、第一次世界大戦を経た 1920 年代を境に実質賃金は著しく上昇し、それ以後大規模
機械工場の労働者の賃金と一般機械工業の労働者の賃金の間にははっきりとした格差がみられるように
なる。これらは二重構造が労働市場の何らかの構造的な変化によって生じた可能性を示唆しているが、
同時に格差は経済指標の循環的な変動とも関係(逆相関つまり景気拡張(後退)過程では格差は縮小(拡
大)
)している。
尾高によれば、職業別ないし産業別格差は、概して中・短期的な経済循環の波に逆行して変化すると
いう経験的事実がある。これはつぎのようなメカニズムが働くことによる。景気後退期には稼働率が低
下しそれとともに労働需要も低下するが、このとき、企業は訓練費用のかかる熟練労働者をできるだけ
維持し、不熟練労働者から整理しようとする。このため、企業は不熟練労働でもつとまるような仕事を
熟練労働でおきかえる。一方、景気拡張期にはまず熟練労働者が本来の仕事に戻され、ついで不熟練労
働者が再び雇い入れられるため、不熟練労働者に対する需要が増加する。その後景気が過熱して熟練労
働者が不足すると、企業は熟練労働者の一部を半熟練ないし不熟練の労働者に代行させる。尾高はこれ
を「熟練の水増し現象(dilution)
」とよぶ。このようにして、景気拡張期には賃金格差は縮小する一方、
景気後退期には逆の現象が生じる。89

現代においても、企業規模間の格差には著しい。資本金規模別に労働者ひとりあたりの付加価値額(労
働生産性)と労働分配率をみると、資本金 10 億円以上の企業では労働生産性は極めて高く労働分配率は
低い。またひとりあたりの給与額は、資本金 10 億円以上が最も高くなる(Fig.3)。
この事実は、経済学による理論的な知見とは異なるものである。経済学の理論によれば、労働市場が
効率的であるとしたとき、一物一価の法則によって格差はいずれ消滅せざるを得ない。企業間にこのよ
うな格差があるとすれば、それは労働の質や労働者の個々の職業に対する選好の違いに帰着する。

89
このようなメカニズムに加え、景気拡張期には二次的労働市場の賃金は即座に引き上げられ、景気後
退期には即座に引き下げられることも、景気循環と賃金格差の関係に同様に作用する。

-62-
労働者の質の違いは、労働者の属性
(Fig.3) 資本金規模別にみた労働生産性と労働分配率
(1998~2007年度の平均)
(性、年齢、勤続年数、学歴)によっ
14,000 90
てその一部を説明することができる。
12,000 80
労働者の属性別の構成が同じであった
10,000 70
ときに企業規模間の賃金格差がどの程
(千円)

8,000 60

(%)
6,000 50 度のものになるのかを推計すれば、企
4,000 40 業規模間の純粋な賃金格差をみること
2,000 30 ができる。これは(独)労働政策研究・
0 20
研修機構『ユースフル労働統計─労働
10億円以上 1億円 - 10億円 1千万 - 1億円
労働生産性 1人あたり従業員給与・賞与額 労働分配率 統計加工指標集─』
(2010 年)の中の
(資料) 財務省「法人企業統計」 「ラスパイレス賃金指数」によって確
(注)労働分配率=人件費÷付加価値、労働生産性=付加価値÷従業員数。
認することができる。これをみると、
労働者の属性を固定しても大企業と中小企業との間には 10%程度の格差が残る。90
確かに企業規模別の労働生産性には大きな格差があるが、これは労働者ひとりあたりの資本の量であ
る資本装備率の格差によってそのおおくを説明することができる。しかし一般的には、資本装備率が高
まるにしたがい労働生産性の改善の効率は低くなる。価格調整が伸縮的に働いており企業がその利潤を
最大化するよう行動しているとするならば、労働者ひとりあたりの賃金は労働者をひとり追加すること
で増加する生産額(労働の限界生産性)に一致するはずである。このように新古典派経済学の理論にし
たがえば、賃金は資本装備率の高い大企業においてむしろ低くならねばならない。つまり、新古典派経
済学の理論にしたがって労働市場の二重構造という現象を説明することはできない。

一方内部労働市場の理論では、労働市場の効率性を犠牲にしても雇用契約によって労働者との長期的
な契約を結ぶことで使用者と労働者双方のメリットにつながることが明らかにされている。企業の外側
にある労働市場は、労働者の大多数が雇用契約によって労働を行っており、長期雇用が一般的であるな
らば、取引コストが大きくなることでそのあり得べき機能を失う。企業の外側にある労働市場の機能が
低下することで、企業規模別の労働生産性の格差はそのまま労働者間の賃金格差として温存されること
になる。このように、内部労働市場論では、労働市場の二重構造が成立する理由を説明することができ
る。
経済の成長と国民の生活水準の向上を実現する上で、生産性の向上は不可欠であり、そのためには、
労働市場が競争的であることと、それにともなって仕事(ジョブ)のリアローケーションが働くことが
必要である。企業の外側にある労働市場の機能が低下し、企業間の雇用の柔軟性が失われると、それと
代替的な仕組みがない限り、生産性の向上を図ることは難しくなる。日本の労働移動率が他の主要国よ
りも低いことは、すでに経済協力開発機構(OECD)や玄田有史『ジョブ・クリエイション』の中で
指摘されている。91ただし、先に述べたように、日本の雇用システムでは個々の労働者に割り当てる仕
事は必ずしも明確にされてはおらず、定期的な配置転換によって異なった仕事につくことも一般的であ
る。こうした内部労働市場の働きは、企業間の雇用の柔軟性の欠如を補う働きをもち得る。
日本の雇用システムでは、内部労働市場が効率的に機能することで企業内の雇用の柔軟性を高め、企

90
企業規模別格差指数によれば、産業計で、企業規模 1,000 人以上を 100 としたとき、100~999 人規模
では 93.2、10~99 人規模では 89.3 となる(いずれも 2008 年) 。
91
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2010/03/p126_t3-16.pdf

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業間の雇用の柔軟性の低さを補完しているものと考えられる。また、このような意味での柔軟性は、日
本の雇用システムの三つ目の特徴である企業別労働組合ともあいまって、新しい制度や新技術の導入に
際しての労働者や労働組合の抵抗を小さなものとし、
労働者や労働組合は企業の繁栄のために協力する。
いわゆる「代理人問題」において指摘される企業・株主(プリンシパル)と経営者・従業員(エージェ
ント)との間の利害の不一致は、日本の雇用システムのもとでは、使用者・労働者がともに「プリンシ
パル」として行動するために生じにくく、むしろ労働者は企業に対する忠誠心をもつことになる。

しかし一方で、日本の雇用システムの弊害として、企業間の格差が労働者間の格差へと直接的に結び
つき、労働者の努力が所得の向上につながる余地を狭めることが指摘できる。企業規模間の賃金格差を
解消することは、企業間の労働移動率が低い場合、著しく困難なものとなる。企業内の雇用柔軟性が高
く企業間の雇用柔軟性が低いことは、新規学卒時の定期採用によって大企業に入社した者は高い労働条
件をほぼ安定的に享受する一方、中小企業に入社した者はその後の努力が報われる余地が小さくなるこ
とを意味する。また企業別労働組合は労使一体となって事業の改善に取り組むことを促し、このことは
企業の成長に寄与する一方、企業を超えた労働者の連帯を難しくする。
この格差は、企業間の生産性の格差を反映したものである。企業間の生産性の格差を雇用される労働
者間の格差へと直接的に結びつける契機となるのが、賃金交渉における「生産性基準原理」である。生
産性基準原理とは、
「名目賃金上昇率を実質付加価値生産性の伸び率の範囲内とする」というもので、賃
金交渉の際の基準となる考え方であり、この基準にしたがえば、単位労働コスト(名目雇用者報酬÷実
質GDP)の増加率はゼロ以下となるため、物価上昇率は抑制される。92都留重人は、高度経済成長期
において経済的格差が拡大するメカニズムとして、生産性上昇の恩恵が、その企業と労働者でわけられ
てしまうようになったことをあげている。93生産性が上昇すると、市場の働きによって、それは商品間
の相対価格の変化となって表われる。またそれは、いずれは当該産業内で普遍化され、当該商品全体の
価格を引き下げることで、その恩恵は消費者によって享受される。しかしいまや生産性上昇の恩恵は、
企業と労働者によってわけられてしまうことになったという。
この本は 1974 年という第一次オイル・ショックの直前の頃に著されているが、この頃の価値の配分メ
カニズムがデフレ下の現在とは異なるものであったことを図らずも示すものとなっている。経済がイン
フレ基調であるということは、物価の抑制よりも労働者の賃金引き上げが重視されているということで
ある。しかも生産性基準原理のもとでは、高生産性企業の生産性上昇は、当該企業の労働者と株主等に
よって享受され、広く生活者全体に恩恵がいきわたることにはならない。一方デフレ下の現在は、労働

92
名目GDPは、三面等価の原則から、雇用者報酬+(営業余剰等-海外からの所得の純受取)と一致
する。ここで、 「営業余剰等-海外からの所得の純受取」を「営業余剰等」と称する。これを実質GDP
で除すと、左辺はGDPデフレーター、右辺第1項は生産単位あたりの雇用者報酬(単位労働コスト)
に一致する。よって、GDPデフレーターの増減率(インフレ率)は、単位労働コストの増減率と生産
単位あたりの営業余剰等の増減率という二つの要因に分解される。 さらに、
単位労働コストの増減率は、
簡単な数式展開によって次のように表現できる。
 ∙ RGDP
 = W − RGDP
ULC RGDP 
ただし、ULC:単位労働コスト、W:雇用者報酬、RGDP:実質GDPである。つまり、 「名目賃金上昇
率を実質付加価値生産性の伸び率の範囲内とする」という生産性基準原理は、単位労働コストの増減率
がゼロ以下であること、すなわちインフレ率が上昇しない範囲内に賃上げ率を抑制することを意味して
いる。
93
都留重人『経済学入門』 。

-64-
生産性の上昇による恩恵は賃金の上昇よりも価格の下落へと向かう。これによって都留のいう「古い時
代の原則」は再現され、二重構造にともなう労働者の格差は縮小へと向かうはずである。しかし現実は
それとは異なり、二重構造は根強く残り、中小企業はより厳しい経営を強いられるようになっている。
生産性の上昇によって価格の下落が起こることは、企業間格差にともなう労働者間の格差を縮小させる
ことに意義をもつはずであるのだが、現実には、その格差は縮小していない。ここから、デフレの時代
においては、以前の労働市場の二重構造とは異なるメカニズムによって格差が温存されるようになった
ことが推察される。

しばしば指摘されるように、日本的
(Fig.4) 週間就業時間別就業者数(前年差)の推移
300 雇用システムの「三種の神器」とされ
30時間以上 15~29時間
200 1~14時間 休業者 る終身雇用、年功賃金、企業別組合は
就業者計
100
主として大企業モデルにあてはまるも
ので、中小企業の雇用システムは二次
0
(万人)

的労働市場に近い側面をもつている。
-100
ただし中小企業においても、一定の雇
-200
用の安定は図られている。
野村正實は、
-300
大企業とは異なる雇用構造をもつ中小
2008 2009 2010
(資料) 総務省「労働力調査」。 企業において不況期にも雇用の安定が
(注) グラフの数値は、前年同月差。
みられることに寄与したのが政府の雇
用維持政策、具体的には「雇用調整助成金」とよばれる企業への補助金であったことを指摘している。94
この制度は、現下の深刻な経済危機においても一定の役割を果たしている。雇用調整助成金とは、景気
の変動など経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、休業、教育訓練、出向など
により労働者の雇用の維持を図った場合、それにかかった費用を助成する制度である。今回の経済危機
では、需要の収縮によって就業者数が著しく減少した 2008 年末から 2009 年にかけて短時間就業者や休
業者の数が著しく増加し、就業者数の減少幅を抑制している(Fig.4)。この制度によって労働者の離職に
一定の歯止めがかかり失業の防止にも寄与したことがわかる。
しかしその一方で、非正規雇用者は必ずしもその対象とはなっていない。実際に 2008 年末には大量の
解雇、雇い止め等がみられた。この非正規雇用者は、1990 年代半ば以降に急速に増加した。特に、不安
定な働き方を継続する「フリーター」95については、そこから離脱することが著しく困難であることが
統計によって示される。
不況が長期間継続すると、企業には雇用の過剰感が生じる。我が国企業の雇用調整は、その最初の段
階では新規学卒者の採用抑制と中高年層の希望退職者の募集によって行われるのが一般的である。この
ため不況期における雇用調整のしわ寄せは、新規学卒者の労働市場に真っ先に向かい学卒市場は軟化す

94
野村正實『雇用不安』。
95
フリーターとは、厚生労働省の定義によれば、15~34 歳で、男性は卒業者、女性は卒業で未婚の者の
うち、①雇用者のうち「パート・アルバイト」の者、②完全失業者のうち探している仕事の形態が「パ
ート・アルバイト」の者、③非労働力人口で家事も通学もしていない「その他」の者のうち就業内定し
ておらず希望する仕事の形態が「パート・アルバイト」の者、の3つを合計したものである。他の論文
等におけるフリーターの定義は、必ずしも、厳格な意味でこれに従うものではないが、不安定な就業を
繰り返す若年者という意味では、概ね同じ階層の者を示していると考えてよい。

-65-
る。こうして「就職氷河期」世代は生まれ、この世代ではフリーターが増加している。
世代別のフリーターの数とその
推移は厚生労働省『平成 18 年版
労働経済白書』で推計されている
(左掲図は、
当該白書掲載のもの)

この図ではフリーターの数が5年
刻みの生まれ年別にグラフ化され
ており、5年ごとに実施される調
査の集計結果が同一の座標をもつ
平面上に重なる形で置かれている。
グラフ中の同一線種は同一の調査
年を表している。推計に使用されている総務省「就業構造基本調査」は5年ごとに実施される調査であ
り、横軸上の5年刻みの生まれ年のメモリは調査年ごとに1メモリずつずれていく。つまり 1992 年調査
の「20~24 歳」は、1997 年調査では「25~29 歳」となり、2002 年調査では「30~34 歳」となる。
これをみると、各調査年とも「20~24 歳」においてフリーターの数はピークをつけており、年齢が高
いほどその数は少なくなる。一方同一世代の者(コーホート)に着目し、調査時点が後に来るとフリー
ターの数はどう変化するのか、との視点に立ってみると、その数はほとんど変わっていない。つまり「20
~24 歳」時点で高まったフリーターの数は、その世代が年齢を重ねてもほとんど減少していない。これ
はフリーターというものが長期不況の中で「階層化」されたことを示すものである。
階層化するフリーターは、つぎのようなシナリオによって生じたと考えられる。深刻な景気後退の初
期において、企業の採用抑制によりフリーターは増加する。企業は正社員を採用する際にフリーター経
験をあまり評価せず、さらに新規学卒者の定期採用と長期雇用という日本の雇用システムによって採用
者の年齢には上限が設けられることから、不況が長引けば、いったんフリーターとなった者はその後も
不安定な働き方を継続することが余儀なくされる。一方企業の教育訓練の機会は一般的には正社員に限
られており、非正規雇用を続けても職業能力はあまり高まるわけではない。96これに加えて非正規雇用
者の勤続年数は短く企業の中で技能
を身につけるには十分なものではな
い。こうしたことから年齢や勤続に
応じて賃金が高まっていくことも期
待できない。このように、いったん
フリーターとなった者のキャリア形
成にはその後も大きな困難が残され
ることになる。97
こうした経路を経てフリーターは
階層化することになるが、この層は
所得が不安定であることから経済的

96
この問題は、労働者の職業能力の形成が学校教育よりも主として企業内での教育訓練によって担われ
ているという日本の雇用システムの特徴によって増幅される。
97
この問題は、おおくの労働経済学者が指摘している「世代効果」、すなわち卒業時点の雇用情勢がそ
の後の人生全体に影響を及ぼすという問題にも密接に関係する。

-66-
に独立した世帯を営むことが困難であり、結婚することにも高いハードルがある。これはひいては少子
化にもつながる可能性をも示唆している(厚生労働省『平成 18 年版 労働経済白書』による左掲図を参
照)

非正規雇用者が解雇、雇い止め等によって生活が困難となった場合、これらの者に住居や生活資金を
提供することは、市場経済の枠組みだけで解決できるものではない。これは政府による社会政策の領域
となる。これからの社会政策の課題は、企業を通じた雇用維持のための政策とは異なる労働者個人を対
象とする積極的就労化政策および生活支援である。
加えてつぎの事実に注目する必要がある。唯一、階層化したフリーターが減少している時点がある。
それは 1987 年調査と 1992 年調査の間であり、
特に 1962~67 年生まれの層のフリーターは約半分程度に
まで減っている。そしてちょうどこの間にあたるのがバブル景気である。デフレはフリーターのような
不安定な働き方をする者を階層化させ、そこから抜け出すことを困難なものにするが、バブル景気のよ
うに事実上完全雇用にある経済では、フリーターという階層からの離脱が可能になることを伺わせる。

mailto: kuma_asset@livedoor.com

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