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学遊倶樂部のののの発足 学遊倶 樂 部 は市 民 大学 し もう Do it yourself(日曜大工 )入門 籐 ~心と技~ を開催しました。その模様を記
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たかおか学遊塾の理事会決議に基づき、平成 に親しむ かぎ針編み 『タワケ』が覗いた 者の主観を交えて報告します。
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二十年四月から準備を進め、六月二日に設立 中国 の五講座を自主的に開講しました。 当日午後から雨天にもかかわらず、大勢の
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の学習団体として発足しました。規約に倶樂 ルメッシュ生地に転写プリント アートフロ 展 示 ホ ー ル に は ア イ ロン 染 籐に親しむ
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部の趣旨を「高岡市民に対して生涯学習の研 ッキー アートラメを用いる方法を学びまし
・ かぎ針編み の受講生の作品が並び、 Do it
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究と実践に関する事業を行い、高岡の歴史と た。折本和洋講師の Do it yourself(日曜大 yourself(日 曜 大 工 )入 門 で は 大 工 道 具 の 使
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文化を考究し、
『ものづくり』と工芸の町高 工 )入門 では、大工道具の使い方と木材につ 用法を掲示しました。また講座風景の写真の
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岡の深化 発展に寄与する」と謳いました。 いて、歴史の理論を学びながら、実践しまし 前では、受講生の皆さんが盛り上がっていま
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主催講座のののの開催 倶樂 部の 趣 旨を 遂 行す る た。熊木保子講師の 籐に親しむ では、籐の した。会議室では午前十時から各講座の学習
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ため、おとぎの森公園で、九月十四日 (日 )と 素材を生かした色紙を作りました。塚西百合 成果が報告され、五月からの新講座について
二十一日 (日 )に 高岡職人の歴史とものづく 子講師の かぎ針編み では、消臭作用を持つ も説明がありました。また学遊塾の山本塾長
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日 (祝 )と 二十八 日 (日 )には 藩 政期 からの 高 国 では、国内の脆弱さを他所に急速に軍拡 明神博幸氏の 加賀藩の治水と千保川の洪
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岡の街づくりと町 村 と題し、町や村では藩 を進め、公害や食の安全問題を含めて世界の 水 では、洪水の多発する現在の高岡市域に
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政期から住民による自治が行われ、それが明 脅威となりつつある隣国の現状を分析し、わ あって、加賀藩は松川除で締め切り河道を一
治以降現在に至る間 にいかなる変遷があ っ が国はいかにすべきかを考えました。 本化させるが、用水を利用する農民が一本化
たのかを、議論を交えながら考えました。 各講座とも、森のふれあい館や公民館で五 に反対し、なかなか政策がまとまらなかった
自主講座のののの展開 十月から アイロン染を楽 乃至十回行われ、皆さん熱心に学びながら、 こと、護岸工事に大量の竹が使用され、不足
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分を長州から移入したこと、木町には緊急の 合子氏の かぎ針編みブローチづくり では、 全ての講座で運営費千円 一部会場費も要
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渡舟が常備され会所 の誘導で人的被害は 最 かぎ針を使ってブローチを編み、三十分で仕 お申込は℡二二―〇二〇四(FAX兼用)
少に止まっていること、郡部でも被災地の復 上げるというもので、こんな短時間で作品が
コラム 高岡職人のののの漆工技術
興や補償が迅速に行 われ河川跡を強かに 利 できる事に驚きました。
天保十 (一八三九 )年八月に加賀藩主前田斉泰が高岡町
用し開発したこと、等が報告されました。 三者三様ですが、作品の質が高いことと、
に宿泊した際、高岡町の職人である板屋小右衛門細工の
折本和洋氏の 曲尺の不思議なはなし で 指導が個々人に合わせられる点は、特筆に価
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存 清 刻 硯 屏 を 金 二 両三 分 伊 勢 領屋 桃 二 細 工 の 堆 黒 文箱
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は、大工道具として古来より用いられている すると感じました。
を金 一両一分二 朱で買い上 げた (硯屏 とは物の後 ろに置
曲尺が、単に寸法を測定するだけではない、 五月からの新講座 詳細は募集チラシ参照
く飾り屏風のこと)
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計算機の役割も持っていること、開平に止ま 熊木保子講師「籐工芸」森のふれあい館二階
板屋小右衛門は半樵亭主の号で『春藻錦機』を編纂す
らず開立の計算だっ て出来てしまうこと を 土曜午前十時 材料費五千円
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る文人でもあり、紅 紫 白等の漆を用い、桃紅色の彩色
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説明し、実際に会場の皆さんに紙を配って、 篭の基本から好みの形を作ります。
を得手とした。伊勢領屋桃二は鳴鳳堂の号を持つ砺波屋
確かめてもらいました。日本家屋の精巧な作 塚 西 百 合 子 講 師 や さ しい カ ギ 針 編 み 野 村
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桃造の関係であろう。桃造は京から支那風の漆工技術を
りは、曲尺のこのような原理があってのこと 公民館 月曜午前九時半 材料費八千円他
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高岡町に伝えた辻丹楓 (砺波屋伊右衛門)の門下である。
であることが納得できました。 消臭ハットやベストを製作します。
存清刻とは存星塗のことであり、彩漆で文様を描くか
以上の講演に引き続いて、体験講座が始ま 穴井純子講師 アイロン染 博労公民館
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彩漆を嵌め込み、輪郭線や細部に沈金 (金箔や金粉を埋め
りました。穴井純子氏の 魔法のハンケチを 土曜午前九時半 材料費七千六百円他
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込んで文様を表したもの )を施す技術で、高岡漆器に多用
作ろう では、転写プリントを用い十分間で アイロン染で自分だけの作品を作ります。
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された。堆黒とは黒漆を厚く塗り重ね、文様を彫り表す
ハンカチを染めました。とても綺麗で使うの 折本和洋講師 家族で楽しむ木工作
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技術である。これらの技法は御車山にもふんだんに生か
がもったいない出来栄えでした。熊木保子氏 土曜午前十時 材料費三千円
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されている。
の 洋風花かご作り では、四十分間で籐を材 青空の下で便利小物を作ります。
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藩 主に献上 した二品 は現物が残さ れていな いため 文
料に花かごを作ってしまいました。籐という 明 神 博 幸 講 師 原 文 で 読む 『 肯 搆 泉 達 録 』
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様や詳細は不明だが、百七十年前の高岡職人渾身の作で
一見固そうな材質が、実は扱いやすく応用の 森のふれあい館二階 日曜午後二時 資料
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あったことが分かるのである。
利く素材であることが分かりました。塚西百 代千円 越中古来からの伝承を読みます。