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参考資料1

知識融合を通じた成長力の強化
∼情報の価値化とバリューチェーンの再構築∼

中間論点整理

平成20年5月
産業構造審議会情報経済分科会
目次

第1章 ITを巡る現状と課題 ................................................................................. 1


1.世界経済の動向 .................................................................................................. 1
(1) 世界経済の成長と資本のグローバル化............................................................................. 1
(2) グローバルなバリューチェーンの再構築と我が国企業の対応の遅れ .................... 2
2.情報革命の進展 .................................................................................................. 3
(1) IT市場を巡る市場構造の変化................................................................................................ 3
(2) 情報の爆発的増大と消費者からの発信の強化 .............................................................. 4
(3) 情報処理ネットワークの世界的広がり ................................................................................ 6
(補論1)我が国におけるIT活用を巡る現状と課題 .................................................................... 8
(補論2)我が国におけるネットを活用した新たなビジネスの動向......................................12

第2章 知識融合を通じた成長力の強化 ................................................................. 14


1.背 景................................................................................................................ 14
(1) 成長力の必要性 ........................................................................................................................14
(2) 成長力強化の方向性...............................................................................................................14
2.新たな成長モデルに向けた検討の方向性........................................................... 16
(1) 先進的な事例に見る新たな成長モデルの特徴 .............................................................16
(2) 検討の方向性.............................................................................................................................18
3.知識融合による新たな成長モデルの実現 ........................................................... 19
(1) デジタル融合を核とした「情報の価値化/バリューチェーンの再構築」................19
(2) デジタル融合の促進に向けた課題.....................................................................................23
(補論3) 情報経済分科会のこれまでの報告とその後の状況変化 .................................28

第3章 知識融合による新たな成長力の強化に向けて............................................ 29
1.3つの原則 ........................................................................................................ 29
2.施策の方向性.................................................................................................... 31
3.具体的施策 ....................................................................................................... 36
(1) e−産業ルネッサンスⅠ : ITによる新産業創出 ........................................................36
(2) e−産業ルネッサンスⅡ : つながり力による産業競争力強化 .............................38
(3) ITによる中小企業・地域経済の活性化 .............................................................................39
(4) アジア経済・環境共同体への貢献......................................................................................40
(5) 知識融合社会実現に必要な基盤整備 ..............................................................................41
(6) グリーンITの推進 ......................................................................................................................43

第4章 知識融合を支えるIT産業を巡る現状と課題............................................ 44
1.我が国におけるIT産業を巡る現状と課題 ............................................................ 44
(1) 情報通信機器産業 ...................................................................................................................44
(2) 情報サービス・ソフトウェア産業 ...........................................................................................45
2.知識融合を支えるIT産業の競争力強化 .............................................................. 47
(1) 情報通信機器産業の競争力強化.......................................................................................47
(2) 情報サービス・ソフトウェア産業の競争力強化...............................................................50

おわりに .................................................................................................................... 54
第1章 ITを巡る現状と課題

1.世界経済の動向

(1) 世界経済の成長と資本のグローバル化

世界経済は、サブプライム問題、原料価格高騰などの懸念要因はあるもの
の、グローバル化を進めながら、着実に成長を続けている。中でも、BRICs
(ブラジル、ロシア、インド、中国)、東アジア等発展途上国は、2006年度段
階で前年比10%に近い急激な成長を達成し、世界経済を牽引する原動力
となっている。

経済のグローバル化と企業活動の自由度の向上により、世界の財、サービス
貿易は1990年代以降飛躍的に増大し、2005年には約12.8兆ドル、対名
目GDP比で28.8%にまで達している。資本のグローバル化も急速に進展
しており、2005年には、世界の対外投資が対名目GDP比で7.8%となるな
ど、EU、米国等先進諸国から中国等東アジアに対して活発に直接投資が
行われている。

図表:BRICs、世界及び日本の実質経済成長率推移

[%]
10
8.8%
8

6
5.0%

4
2.6%
2

-2
BRICs 世界 日本

-4
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
データ出所:IMF,World Economic Outlook

1
(2) グローバルなバリューチェーンの再構築と我が国企業の対応の遅れ

資本のグローバル化が進む中、先進諸国とBRICs等途上国の間における
生産工程や販売流通工程などの分業関係は着実に深化しており、クロスボ
ーダーの取引の単位も「製品」から「タスク」へと変化している。また、オンライ
ンによる設計・開発工程の国際的な分業、情報共有の迅速化による企業の
生産・在庫調整能力向上など、ITは、こうしたバリューチェーンの再構築を着
実に後押ししつつある。

その結果、例えば、米国企業の多くが、国境を越えた分業体制を確立すると
ともに、欧州企業も、EU 統合などを戦略的に活用しながら、着実に収益力を
高めている。また、中国は「世界の工場」として部品・製品の輸出競争力を高
め、インドは、インターネットを駆使したオフショア開発の基地として世界的地
位を確立するなど、それぞれが、グローバルなバリューチェーンの再構築の
中での立ち位置を戦略的に特定し、その収益力を着実に強化している。

我が国企業も、グローバルな市場展開を急いではいるものの、今ある国内の
市場への対応に追われ、従来型の商品・サービスの展開からの脱却や競争
構造の変化への対応が遅れている面もある。その結果、我が国企業の収益
力を世界の主要企業と比較すると、遅れを取っている。

図表:日米欧亜各国の主要企業の営業利益率推移
20 .0
17.8
18 .0
15.7 15.9
15.2 15.4
16 .0
13.4
14 .0 12.5
12.0 12.1
12 .0 10.8
11.2 日本
10.0 12.1 12.1
米国
10 .0
9.7
欧州
8 .0 8.5 アジア
7.5
6 .0 6.6
6.0 6.3 6.3
5.6
4 .0 5.0
3.9
2 .0

0 .0
01 02 03 04 05 06

(注1)Standard&Poor's 社の企業財務の開示情報を収録したデータベース「Compustat」により集計
(注2)各国の集計対象企業は、次の株価指数採用銘柄のうち、01年度以降継続して経年比較をすることが
可能な企業で金融、証券及び保険業を除く事業法人
日本:日経平均株価指数、米国:S&P500種株価指数、
欧州:S&PEurope350株価指数、アジア:S&Pアジア50株価指数

2
2.情報革命の進展

(1) IT市場を巡る市場構造の変化

IT市場の話題の主役は、80年代以前の大型汎用機時代におけるハードウ
ェア企業から、90年代のパソコン時代におけるOS等のソフトウェア企業、更
に2000年以降には、インターネットを活用したサービス企業やコンテンツ企
業へと、徐々に変化、若しくは多様化を遂げている。

近年では、インターネットの世界的な普及によって、今やネットワーク上で大
量のデータが保存されるようになると同時に、一部には、それをコントロール
するデータベースの世界的な集約化が進みつつあるなど、インターネットを
活用したサービスは、完全にボーダレスな市場へと突入している。

今後は、ITに関するビジネスや技術全体のアーキテクチャ開発・デザイン設
計においてリーダーシップをとれるかどうかが、国際競争優位に立つ上で不
可欠な条件になる。また、強固なサービスやコンテンツの育成、知財及び標
準に関する戦略の確立が、ますます重要となりつつある。

図表:ITを巡るパラダイムの変化
各社独自 レントの発生源
各社独自仕様
仕様 各社共通
各社共通仕様
仕様
ソ フトウ ェア アプリケーション アプリケーション
&コンテンツ サービス
・ 自社独自のOS
技術面 ・自社独自のアプリ 優秀なアプリ/コンテンツが使いたい コンテンツ
・自社によるサービス から、ハード/OSを決める。
の構成
事実上不可分 OS 情報家電等 ネットを通じた効率的
& LINUX
なソフトウエアの提供
オープンソースソフト

(ハード、ソフトト一体となっ 事実上マイクロ 等の登場 多種多様な情報 (SaaSなど)


技術 レ たビジネス) ソフト一人勝ち 機器 デジタルコンバージェンス
ン ト の 密接不可 分 ネットワーク全体をあ
ハ ードウ ェア ハ ードウ ェア た かも一つの
発生源 コンピュータのように
Dos-V、MACなどが群雄割拠。 組込OS
企業毎の独自のアーキテクチ 価格は叩き 合い 色々な試みが 動かす技術
(グリッド、仮装化)
ャと独自の製品 インテル/マイクロプロセッサ 進捗中
(注)ワード、エクセル、インターネットエクスプローラ など

計算センター オフィスから
からオフィスへ どこで もコン
ピューティング
?
ITバラダイム
の変化 ∼1980 1981∼2000頃 2000頃∼ 2010頃∼

多様な機器がネットワーク接続
汎用大型機の時代
=IBMの時代
PC&PCネットワークの時代
=Wintel の時代 され情報処理を行う時代
?
新規開拓 市場の IBM、 富士通、 日 立、 マ イクロ ソフ ト、 インテ ル、 グー グル、ア ッ プル、サム ソン、
リーダ NEC,“BU NC H”な ど サン、オ ラ クル、 シス コな ど Salsfor ce、 FO N、任天 堂な ど ?

3
(2) 情報の爆発的増大と消費者からの発信の強化

我が国におけるインターネットの人口普及率は、この10年で1割から7割へと
増加しており、電子メールやネットショッピングの普及、企業のネット活動の
充実、自動車のIT化などモノ作りにもITが浸透するなど、ITの利活用は、個
人・企業の双方において着実に拡大している。

ITを巡る課題も、かつては、コンピューターウイルスやフィッシング詐欺とい
った普及に向けた安全性の確保や、電子商取引を促進するための基本的な
ルールの整備や、高速インターネット回線の普及に向けた競争促進など、IT
の円滑な普及を巡る課題が話題の中心にあった。

しかし、ITの普及が一巡し、Web2.0が話題となり始めた2004年頃から、
導入されたITの投資対効果の検証や、導入された電子政府システムの利用
率の低さなど、ITの導入によって何が変化したのか、その変化の質が本格
的に問われる新たなステージへと、ITを巡る課題も移行しつつある。

(→補論1:「我が国におけるIT活用を巡る現状と課題」 参照)

図表:インターネットの世帯普及率とITを巡る社会的課題の変遷

EC普及施策 本格的な制度整備 IT活用促進施策 量から質を問われる


(実証実験等) (電子契約法、ISP法、電子署名法等) (電子タグ普及等) 新たなステージへ
(万人) YouTube、電子マ
Web2.0
10,000 ブログ、SNS
ネー 80.0
インターネット利用者数 セカンドライフ
SOX法
9,000 人口普及率 フィッシング詐欺
70.0
8,000 電子タグ
Winny 60.0
7,000 発信
情報
デジタルエコノ 人からの
6,000
個 50.0
ミー
オープンソース ネット (%)
5,000 ールや
電子メピングの浸透 40.0
ショッ 化
i-Mode
4,000 の最適
IT投資 30.0
実、
3,000 インターネットの HPの充
企 業活動( )への浸透 20.0
本格的普及 ネットの 活用等
2,000 取引の ドする ル
電子商 な ど リー
のIT化 IT化を スモデ 10.0
1,000 へ 自動車 もITが浸透 たなサービ
ら一般 に 新
プロか もの作

0 0.0
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006

4
また、特に近年では、ブログをはじめとして消費者から発信される情報が爆
発的に増大しており、SNS や口コミサイトなどを通じ幅広い範囲で消費者・市
民が連携しコミュニティを築き上げつつある。また、その結果、消費者発で新
たな市場動向が生みだされる「消費者主導型経済社会の到来」とでも呼ぶ
べき変化が起こりつつある。

我が国においても、ネットを活用した新たなサービスは次々と立ち上がりつ
つあり、既存の産業まで含めて新たな広がりを見せようとしている。しかし、ベ
ンチャービジネスそのものを巡る厳しい環境に加え、国際的な競争の激化に
よって、多くの課題を抱えている状況にある。

(→補論2:「我が国におけるネットを活用した新たなビジネスの動向」参照)

図表:インターネット上の利用されているコミュニティ機能
※インターネット利用者の約7割が、何らかのコミュニティ機能を利用。

出典:インターネット白書2007

5
(3) 情報処理ネットワークの世界的広がり

「Web2.0」、「クラウドコンピューティング」といったキーワードに代表される
新たなトレンドは、世界のWeb全体を、あたかも一つの情報処理システムで
あるかのように進化させている。

超巨大な情報データベースを有する企業が世界的に出現し、「世界のコンピ
ュータは再び集中を始めている」(Tim O'Reilly)と言われるなど、圧倒的に大
容量のコンピューティングリソースが国際的に構築されつつある。また、その
スケールメリットを生かしながら、テキスト検索に加え、画像検索、メール処理、
ニュース、学術データなど市場における潜在的な情報処理ニーズを、世界
中から国境を越えて急速に集中させつつある。

こうした分野における我が国企業のプレゼンスは、今のところ圧倒的に小さ
い。こうした情報処理リソースの偏在、国境を越えた情報処理に関するルー
ル策定の必要性などの新たな課題も、急速に深刻化しつつある。

<グローバルな論調の例>
世界には5つコンピュータがあれば足りる
「情報処理においてもエネルギーや通信業界のように規模の経済が追求され
る結果、世界規模のインフラ事業者が5、6社程度まで絞られ、世界中の情報処
理 サ ー ビ ス の 大 半 を 担 う よ う に な る 。 」 ( Sun Microsystems C T O Greg
Papadopoulos 氏、2006 年 11 月 10 日付ブログ投稿より)

Web2.0のパラドックス
「個々のPCは世界規模のコンピュータの一端末でしかなくなってきている。オー
プンで分散的なネットワークによって生まれたアプリケーションが、寡占・集約に
つながることが Web2.0のパラドックスであり、パワー集中の副作用を避けるた
めには、相互運用性を組み込むことが必要。」( O’Reilly Media CEO Tim O’
Reilly 氏、2008 年 4 月 23 日 Web2.0 Expo San Francisco にて)

クラウド・コンピューティング
世界各地の巨大データセンターがネットワークでつながることで、その情報処
理能力があらゆる人、時、場所で利用可能になっている。例えば Google は、そ
の設備やノウハウを生かし、直接その情報処理能力を提供することで、学生や
研究者、企業家でも高度な情報処理能力を利用することが可能になる、としてい
る。 (Google CEO Eric Shmidt 氏他、米 Business Week 2007 年 12 月 24 日号記
事より)

6
図表:主要国における情報検索サービス市場の状況

英国 その他 ドイツ その他 日本 MSN その他


Ask.com 8.4% aol, 2.1% 2.1% 5.8%
8.4%
4.5%
goo
Yahoo,
7.7% 5.5%
2.3%
MSN4.7%

32.7% 53.9%
79.4% 82.5%

Orange,
その他, その他
1.8% Google
7.5% 2.7%
AOL, 4.7% 2.3%
3.2% Yahoo
MSN,
13.8%
MSN
17.7% 56.3%
90.0%

米国 フランス
注) 検索エンジンシェアは、米国:2007年10月の検索回数、ドイツ:2007年7月の検索回数、英国:2007年4月の検索回数、フランス:2007年7月
のサイト訪問数、日本:利用頻度。

7
(補論1)我が国におけるIT活用を巡る現状と課題

世界経済は、ITを一つの原動力としながらバリューチェーンの再構築をグローバルな規模で
加速させており、また、そこで扱われる情報量も、ITを巡る急速なビジネスモデル・技術の進
歩に伴い爆発的に増加しつつあるといったように、ITを一つの基点としながら、大きな変化を
遂げつつある。

こうした世界の動向に対し、我が国におけるIT活用の現状をみると、世界のダイナミックな展
開を必ずしも有効に取り入れているとは言い難い。ITの導入によって何が変化したのか、そ
の変化の質が問われ始めている。

具体的に、ビジネス、消費生活、社会の三つの行動空間の視点から、現状と課題をみると、以
下のように整理できるのではないか。

コマーシャル

ビジネス空間

グローバルな競争構造の変化への対応の遅れ

低い企業のIT投資生産性 中小企業のITデバイド

社会 個人
環境エネルギー問題の深刻化
電子政府の低迷 地域の活力不足と格差

アジア市場とのリンク CGM/ユーザがリードする
不足 新産業における出遅れ
安全・安心の追求

社会空間 消費生活空間
パブリック

① グローバルな競争構造の変化への対応の遅れ

欧米ではIT投資の「選択と集中」と並行して、業界構造やバリューチェーン自体の見直
しが活発に行われており、それがIT投資の成果にも繋がっている。他方我が国では、企
業がそれぞれの独自仕様システムや既存の業務スタイルに対する拘りが続いており、業
界構造改革も企業・産業横断的なシステムの合理化も、ともになかなか進んでいない。

また、世界のマーケットでは、iPodに見られるようなソフト・ハード・コンテンツなど異業種
連携型の欧米製品が市場を席巻しているが、これに比肩する我が国発の新たな製品・
サービスがなかなか生まれていない。コンテンツ・ソフトパワーの実力が海外から評価さ
れながら、それらが世界的に大きなマーケットを得るには至っていない。

8
② 低い企業のIT投資生産性

我が国のIT投資は、90年代後半以降、米国より低い水準で推移しており、対GNP比率
も3.5%から、大きく伸びも減りもしておらず、GNPの動向と連動した水準を続けている。
また、企業におけるIT投資と生産性上昇との相関係数も低く、非製造業では特にその
差が顕著である。我が国企業のIT投資は、「質」・「量」ともに米国に較べ大きく見劣りし
ている。

米国では、IT利活用のステージで全体最適段階に進んでいる企業が過半を占めるの
に対し、我が国では、約7割の企業が、依然、部分最適段階にとどまっている。その大き
な原因の一つは、経営がIT投資に対してしっかりとした「視点」を提供せず、現場任せ
にしていることにある。

また、システムの自前主義が引き続き根強く残っており、共有化・共通化による効率化が
できない独自仕様のシステムが企業内や業界内で乱立している。その結果、同一業界
でも複数のEDI標準が並立する場合もあるなど、IT投資が産業全体の生産性向上にな
かなかつながっていない。

③ 中小企業のITデバイド

中小企業のIT投資額は伸び悩んでおり、また売上高・従業員規模が小さいほどITの利
活用ステージも進んでいない。IT化で効率化を進める大企業と、中小企業との間のデ
ジタル格差は着実に拡大している。中小企業にとっては、自社内では業務の効率化を
得ることは難しい場合も多く、取引先と一体となってIT投資戦略を検討する必要がある
が、そのための機会も乏しい。

大企業・中小企業間のデジタル格差を解消するに当たって、中小企業とって必要な、IT
投資の内容を方向付けるITコーディネータ等の専門家も、社内でITを十分に使いこな
せるITマイスター的人材も、まだ十分に供給・育成されていない。中小企業自身の身の
丈にあった価格のシステムも不十分な現状にある。引き続き、大手取引先ごとに、バラバ
ラの異なるシステムの活用を促されることも多く、結果として、非効率なIT投資を強いら
れることも多い。

④ 電子政府の低迷

我が国の電子政府は、インフラ面では充実しつつあるものの、利便性では欧米諸国のト
ップ水準から大きく劣っている。例えば電子申請についても、手続の95%近くが電子申
請・届出が可能となっているが、利用率は約15%に留まっており、「IT新改革戦略」が
定めた50%の目標を達成できていない。

ITの導入やIT自体の合理化が優先され、業務改革が十分に伴っていないため、十分
な効果が発揮できていないとの指摘も根強い。現場に対する合理化モチベーションの
不足が業務効率化の実現を阻害している面もある。

9
⑤ アジア市場とのリンク不足

アジアの電子商取引市場が急成長を遂げつつあるが、日本企業は十分に参入できて
おらず、アジア諸国と我が国とのシームレスな市場の実現は喫緊の課題である。

アジアでは、市場が急成長する中で、産業の高度化とそれを支えるIT産業の発展を担
うIT人材が、質量両面において不足しており、これらの育成にも国際的に取り組む必要
がある。

アリババや百度をはじめ、アジアではベンチャー企業発のビジネスが急速に活性化し
つつある。こうしたアジア・ベンチャー企業の活力を、我が国ベンチャー企業の活性化
に活かすような連携の促進も課題である。

また、消費者が安心して国境を越えた取引を行うための事業者評価・判断基準や紛争
解決制度など、取引を円滑化するための制度の整備も急がれる。

⑥ 安全・安心の追求

情報システム・ソフトウェアの不具合による障害が相次いで発生しており、その解決が深
刻な課題となっている。また、多発している情報漏洩事故などへの対応も重要な課題と
なっている。

また、化学物質管理の国際規制や相次ぐ製品事故問題への対応などの社会的課題に
対して、電子タグを通じた商品トレーサビリティの確保や規制物質DBの普及など、ITに
も積極的な貢献が求められている。

更には、ネット上の違法・有害コンテンツの識別や、知的財産権のバランスのとれた利用
と保護なども、喫緊の課題となっている。

⑦ CGM/ユーザがリードする新産業における出遅れ

SNS やブログなど、CGM による C2C 市場が展開しつつあるが、これらの新興ビジネスの


分野では、我が国企業が市場のグローバル展開を果たすような力を持つには至ってい
ない。

我が国でも、SNS やブログなど消費者発の情報を活用しながらビジネス展開を図るベン
チャー企業が生まれてはいるが、国境を越えてビジネス展開を図るまでにはいたらず、
逆に、我が国における投資規制の強化、サブプライム問題等から波及した新興企業向
け資本市場の低迷など、我が国ベンチャー企業を巡るファイナンス環境などは厳しさを
増しつつある。

世界市場では、超巨大な情報データベースを有する企業が出現し、「世界のコンピュー
タは再び集中を始めている」(Tim O'Reilly)と言われるなど、検索サービスや電子商取
引等ネット・ビジネスの国際化が進みつつある。これらの主役はもっぱら米国企業であり、
我が国企業は存在感を示していない。

また、SaaSと呼ばれるネットを活用した情報サービスの国際的な展開など伝統的な情
報サービスの国際化も急速に進む気配を見せており、今後は国境を越えてサーバに保
有された情報に対する戦略なども重要な課題となりつつあるが、この面でも、我が国は
後れを取っている。

10
⑧ 地域の活力不足と格差

地域産品市場の活性化は、地域活性化に向けた重要な鍵を握るが、現実には、全国規
模の流通に組み込まれマスプロダクト化するか、ニッチな市場で生き残るかの二者択一
を迫られているような状況にあり、ITの潜在力をまだ活かしきれていない。

全国どこでも同じような駅前風景、ショッピングセンターが拡がるなど、地域の均質化が
進展し、個性ある地場産業の育成が困難になっている。また、人材も都市圏に流出して
おり、担い手も不足するなど、地域格差の問題もクローズアップされている。こうした問題
へのITの貢献も期待されている。

医療体制の充実や多様な労働体系の確立など、地域で働きやすい環境の充実に向け
た課題が山積しており、遠隔医療やテレワークの普及などの面でも、ITによる貢献への
期待が徐々に高まっている。

⑨ 環境エネルギー問題の深刻化

本格的なIT化に伴う情報爆発により、情報を処理するIT機器の台数が大幅に増加する
とともに、各機器の情報処理量も急速に増大しており、IT機器による消費電力量は急拡
大している。

その一方で、ITはこれまでも、業務プロセスや物流プロセスの合理化など、社会の省エ
ネ化・高効率化に多大な貢献をしており、温暖化問題が深刻化する中、更なる貢献が期
待されるところである。

現在、企業の温暖化対策として生産プロセスでの CO2 排出抑制に重点が置かれており、


それ以外での環境貢献(省エネ製品開発、リサイクルなど)に対する評価は必ずしも十
分とは言えない。

11
(補論2)我が国におけるネットを活用した新たなビジネスの動向

インターネットを介して提供するサービス自体の市場規模は、ネット広告が0.3兆円、い
わゆるBtoCの電子商取引が約4.4兆円と、全体で約5兆円程度の規模に成長した。ま
た、BtoBの電子商取引市場規模では、231兆円と、米国の196兆円を大きく上回る規
模へと成長。ネットを活用した市場取引は急速に拡大を遂げつつある。

また、ネット・ビジネスは、いわばリアルのビジネスとの融合、若しくは、サービス産業とIT
産業の広範な融合とでも言うべき広がりを見せ始めている。

放送とコンテンツの融合やコンテンツ・ビジネスモデルの新たな展開
医療・教育・セキュリティ・公共サービスといったライフソリューションサービスと情報サービス
小口決済・コンビニ・宅配などリアルのサービスと、ネット通販や電子チケット等のネ
ット・ビジネス など

さらに、こうした動きは、Webを活用したファッショントレンドの設定と市場構造改革、ブロ
グやフリーマガジンなどを活用したマーケティング手法の導入など、繊維・ファッション市
場、農産品市場をはじめ他の市場にも、徐々に拡がり、各産業の中で、新たな産業構造
の変革を促しつつある。さらに、こうした動きは、日本のファッション、日本の安心・安全な
食材に関するトレンドの普及などの形で、アジアをはじめ海外にも広がりを持ちはじめて
いる。

消費者/ユーザ
さ ら に 、繊 維 / フ ァッシ ョン 市 場 、農 産 品 市 場 な ど

ア ジ ア を は じ め 、海 外 への 市 場 展 開
BtoC電子商取引 インターネットサイト
【4.4
兆円】
コンビニ連動サービス エンターテインメント
宅配連動
サービス コンテンツ
ITビジネスの 流通
他 市 場 の産 業 構 造 改 革 を 触 発

多産業展開 【14兆円】
放 送 ︻4兆 円 ︼

ライフソリューション
サービス 広告
小口決済 【19兆円】
(医療、教育、セキュリ
ティ
公共サービス など)
金融
他産業のネット活用

情報サービス【17兆円】

ネット・ビジネス 通信【16兆円】
の潜在的な広がり

電子機器、自動車、住宅、業務用機器などハードウエア市場

近年では、口コミ情報をデータベース化し、消費者やメーカへマーケッティング情報とし
て提供するサイトや、SNSやブログ機能の提供をはじめとするコミュニティサービス、ニコ
ニコ動画などの動画共有サービスなど、消費者発の情報を有効に活用した新しい形の
ビジネスが立ち上がりつつある。

12
インターネット広告とその他のインターネット関連サービスの連携や、ブログを活用したマ
ーケティングなど、広告/マーケティング手段としてのネットの活用、将来の通信・放送
融合を睨んだコンテンツ流通市場の再設計など、ITならではの新たな業態や市場構造
の模索も確実に始まっている。

他方、こうした新たなサービスには課題も多い。

第一に、模索期にあるビジネスモデルが多い。ネット通販・オークションを除く、ネッ
ト・サービスの多くは、通信サービス側からみた付加価値サービスとなりやすく、独自
の課金ロジックや差別化構造を作り出しにくいという指摘もある。ネットに特化し広告
や少額課金に依存する方向か、よりリアルのビジネスとの連携を強める方向かの二
つに分かれつつも、それぞれに、更なるビジネスモデルの開拓・発展が期待され
る。

第二に、提供している情報やサービスの信頼性である。現在は、ユーザからみて、
そのサービス品質を一目で見極めるのは大変難しく、ブランディングに成功した一
部の企業以外は、顧客との関係を手探りで構築しながら、徐々にビジネスを拡大し
ている状態である。

第三に、インターネットを巡る技術の急激な進歩は、インターネット関連サービス事
業者の設備投資を、意外なほど大きなものとしている。こうした面からも、インフラとサ
ービスの収益構造の分離、それぞれの技術の習熟、これらに通じた人材の育成など、
多くの課題を克服し、ビジネスモデルとして成熟することが求められている。

こうしたビジネスは、国際的に見るとベンチャー企業によって担われていることが多いが、
サブプライム問題に端を発した世界的な信用収縮に加え、我が国における投資規制や
社会的規制の強化を巡る動向などから、我が国ベンチャー企業を巡るファイナンス環境
は急速に悪化しつつある。

ベンチャービジネスでは、技術はもとより、ビジネスモデル自身についても、その市場の
普及・定着までに「死の谷」とも呼ぶべき苦しい時期がある。我が国も、その期間を念頭
に置いたベンチャービジネス支援環境を改めて検討すべき時期に来ている。

欧米では、巨大なコンピューティングインフラへの急速な資本投下と技術力の向上を背
景に成長しているGoogleなどの検索サイトや、携帯電子機器との連携を背景にシェアを
広げるiTunesなど音楽配信市場など、国境を越えてグローバルに市場を展開しており、
我が国市場でも着実にそのシェアを拡大している。

動画共有サイトや P2P 技術の普及、光ファイバーの普及といった技術的環境の変化は、


従来消費する一方だった個人からのコンテンツの逆流や、誰でも簡単に不特定多数に
コンテンツを制作・提供できる環境など、従来型のコンテンツ流通や広告に大きなインパ
クト及ぼしつつある。新たな技術の普及・成熟に伴い、国内独自のビジネスモデルからの
世代交代・発展を進めなければ、こうした市場でも、海外発のビジネスに市場を席巻され
る恐れもある。

アプリ・サービスにおける連携や相乗効果の発揮と、ベースとなるインフラへの信頼性の
向上という全く異なる課題の同時解決が求められる同時に、グローバルな競争にも耐え
ていかなければならない難しい領域である。他方、我が国は、世界のブログの1/3を占
めるといわれるくらい、ネットの活用に積極的な消費者を擁している。その活力を如何に
我が国ネット・ビジネス市場の活性化に繋げていくか、それを糧に、アジアをはじめ海外
に進出し、国際的な市場へ育てていけるかが大きな課題である。

13
第2章 知識融合を通じた成長力の強化

1.背 景

(1) 成長力の必要性

経済全体の急速なグローバル化や少子化の進展など、近年の我が国経済を
巡る環境変化は、従来型の我が国の成長モデルにも変革を迫りつつある。

競争力ある企業は、国際的な分業やサプライチェーンマネージメント、マーケ
ティングや顧客管理など、様々な分野でITを戦略的に活用した国際的なビジ
ネスモデルを構築している。また、インターネットが社会の隅々まで普及しつ
つあることを活用し、ネットを通じて得られる個人からの発信を巧みに取り入れ
た新たなサービスや、電子政府などの社会インフラ作りなども、世界各国で急
速に進展しつつある。さらには、こうした動きを加速化するかのように、膨大な
能力を持った情報処理ネットワークが、インターネットを介して世界的に拡がり
つつある。

20世紀、我が国経済は、電気電子製品や自動車など、ものに託された技術
や品質の向上・革新によって大きな成長力を得てきたが、21世紀となった今、
それだけでは、必ずしも十分な成長力は得られ無くなりつつある。我が国経済
社会も、世界の成長の論理の変化を先取るような、成長力の強化のあり方自
体を、大きく問い直すべき時期に来ているのではないか。

(2) 成長力強化の方向性

①グローバル化する市場への積極的な展開

世界経済が我が国を上回るスピードで急成長を遂げつつある中、我が国企
業も、BRICsをはじめ急成長するグローバル市場に積極的に食い込んでい
くことが必要ではないか。その際、ITの戦略的活用は、言葉の壁を越えた情
報入手とともに、その鍵を握るのではないか。

また、グローバルなバリューチェーン再構築が、ITを活用した設計・製造工
程のグローバルな分業、迅速な在庫調整などを活用しながら、急速に進展し

14
ていることを踏まえると、我が国企業も、国内独自仕様へのこだわりや、国内
の技術・人材に依存した差別化戦略からの脱皮に、ITの活用も含めて一層
厳しく取り組むべきではないか。

ビジネスの海外展開に向け、新たな差別化戦略を見いだしていくためには、
国内における技術開発や国内の優秀な人材や設備だけに頼るだけではなく、
海外のヒト・モノ・カネを積極的に活用しながら、バリューチェーンの再構築に
先手を打っていくことが必要ではないか。その際には、やはり、ITによる情報
の戦略的活用が不可欠となるのではないか。

新たな差別化戦略を見いだしていく上では、資源小国として苦労して積み上
げてきた省エネ・省資源ノウハウや、治安や製品品質の高さをはじめとする
安全・安心面における強さの面で、チエを発揮していくことが欠かせないの
ではないか。

② 少子高齢化、格差問題への対応と個人の活力の引き出し

国内に目を向けても、少子高齢化時代を迎える中、優秀な人材の能力を如
何に発揮させるか、格差の拡大を如何に止めるかなど、急を要する課題が
山積しているのではないか。

こうした中、ITを通じた個人からの情報発信が急速に活性化していることを、
ビジネス展開や社会政策に戦略的に組み込み、個人の活力の引き出しや、
それを活用した地域社会や暮らしの活性化に取り組んでいくべきではない
か。

③ 情報処理ネットワークの世界的広がりの戦略的活用

急速に進む情報処理ネットワークの世界的広がりを有効に活用できるかどう
かは、世界市場におけるバリューチェーンのグローバルな展開にせよ、社会
生活におけるチエの戦略的活用にせよ、我が国経済全体の競争力に大きく
関わってくるのではないか。

我が国産業・社会も、国内を念頭に置いた独自仕様システムや業務スタイル
にこだわらず、世界的に広がる情報処理リソースを積極的に活用し、その圧
倒的な情報処理量を背景に、企業のバリューチェーンの再構築や、個人の
活力の引き出しに向けた取組を加速させるべきではないか。

我が国IT産業も、我が国の先進的なITユーザ側のニーズを積極的に掘り起
こしながら、それらも背景としつつ我が国発の情報処理ビジネスをグローバ
ル展開することによって、更なる成長を目指すべきではないか。

15
2.新たな成長モデルに向けた検討の方向性

(1) 先進的な事例に見る新たな成長モデルの特徴

新たな成長モデルの構築に成功している市場の動向を分析すると、ITがその成
長の鍵として非常に重要な役割を果たしている例を多く見られるのではないか。
その特徴は、以下の3点に整理できるのではないか。

① 特徴1 : ITの生み出す融合が新たな経済価値の創出をリード

産業の垣根を越えたITビジネスが新たな経済価値の創出をリード
iPod という創造性を基点に音楽産業、電機メーカ、通信産業という異質の
経済文化が融合し、世界の市場を席巻。

消費者と生産者の垣根を超え、創造性ある個人がITを使い活力を発揮
YouTube や Facebook など、消費者自身を主役としたビジネスモデルが活
性化。広告などを媒介に、消費者主導の市場が始動。

② 特徴2 : 企業・産業の壁を越えたバリューチェーンの再構築を加速

世界の最適リソースを活用した競争力強化社会
ITの進展に伴う世界のフラット化により、日本人の品質管理力、米国人の
プラットフォーム創造力、インド人のソフトウェア開発力、欧州人のブランド形
成力など、世界最高レベルの資源を組み合わせた、商品・サービスの創出
を実践。市場の変化にあわせて常に最適な商品・サービス供給を実現。

ビジネスプロセスの垣根を越えたトレーサビリティの浸透
食品の安全性が重視される中、電子タグやバーコードなどの活用により生
産農家の顔が直接主婦から見えるなど、ITを活用した「見える化」によって
生産者と消費者の間の信頼関係が構築。
製品安全の面からも電子タグや二次元バーコードなどが、商品の生産・流
通・販売はもとより、リサイクル、アフターサービスなどにも活用。
自分の購買履歴や行動履歴がIT化によって蓄積・解析可能となることで、
それらに基づく商品情報の推薦や、便利な家計管理など、生活に役立つ情
報がふんだんに提供。

ITとの融合により既存産業も高度化、生産性を向上

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自動車などものづくりの現場においてもデジタル化が急速に進行。また、
テレマティックスなど自動車自体のIT基盤化も進行。更に、運輸・流通、金
融などサービス業全般においても、IT化とともに業務プロセスを最適化する
など、各産業がITとの融合により業務プロセスを革新、生産性を向上

③ 特徴3 : ITの活用を契機として地域社会や暮らしも活性化

地産地消が地域の壁を越えて繋がる社会
地域の隠れた名産品がインターネットを介して世界中の家庭に届くなど、
各地域でしか消費されなかった価値ある商品・サービスが、ITを介し、その
良さを残したまま日本全国・世界へと展開。

民間の活力を活用した電子行政社会
民の優れたノウハウや情報プラットフォームと行政サービスが連携し、ワン
ストップ型の電子申請など、電子申請の利用など電子行政社会を実現。

高度テレワーク社会
家庭の主婦が、ITを活用することで、育児や家事を行いながら、財務、法
務、専門翻訳などの高度なホワイトカラー業務に従事できるなど、ITを活用
した柔軟な雇用環境を実現。

医療情報の利用による高度医療社会
個人の医療情報が蓄積されたデータベースを構築し、その情報を解析す
ることで予防治療が可能となるなど、ITを活用した高度医療社会を実現。

これらのケースをみると、個々の技術や人材が何らかの進歩・成長を遂げるとい
うよりも、ITの活用により新たな融合や産業間の垣根の発見・除去を起こすこと
で、チエや情報の潜在的付加価値の引き出しに成功していることが、グローバ
ル時代における新たな成長モデルの原動力となっているのではないか。

こうしたITの活用を手段とした新たな融合や産業間の垣根の発見・除去などが、
グローバル化する市場における競争力や、少子高齢化・格差問題などへの対応
につながる個人の活力の引き出しの重要な鍵を握っているのではないか。

17
(2) 検討の方向性

現在、グローバルに起きつつあるのは、ITの発展と普及に伴い、ビジネス、
社会、消費生活のあらゆる局面で、情報の発見、創造、交換、蓄積、活用を
巡る革新的進化が起きているのではないか。

この結果、ITの活用を契機に未活用のチエや情報の潜在的付加価値が蘇
り、知識として連鎖・融合を起こすことで、経済的・社会的・個人的価値が無
限に創造・実現できる、「知識融合社会」が実現しつつあるのではないか。

知識を融合していくには、それを使いこなすユーザ自身の変革を促していく
ことが不可欠である。その成功の条件として、IT の活用を契機とした、情報の
価値化を生み出すバリューチェーンの再構築があるのではないか。

このため、我が国経済・社会の新たな成長の原動力として、知識融合を促す
ためのエンジンとなるような共通の仕組みを明らかにするとともに、その実現
に向けた課題を検討すべきではないか。

こうした共通のエンジンとなるような仕組みの獲得を通じて、以下のような諸
課題に積極的に取り組んでいくべきではないか。

新産業の創出、産業競争力の強化などグローバル市場への展
開力がある産業の育成

地域・中小企業の活性化、さらにはアジアとの共生など、個人の
活力を最大限引き出しながら、個人とコミュニティの双方を活性

環境制約や高齢化などの社会的課題を自らの競争力の糧に帰
る強さを兼ね備えた産業の再構築

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3.知識融合による新たな成長モデルの実現

(1) デジタル融合を核とした「情報の価値化/バリューチェーンの再構築」

① 情報の価値化を促すバリューチェーンの再構築

チエや情報の潜在的付加価値を発揮させ、知識融合へとつなげるには、
「経営と現場」、「ものづくりとサービス」、「部品とシステム」など、部分と全体
をつなぎ直し、適正な管理の下で、個人や現場に散逸している情報の潜在
的付加価値の発揮を妨げる「壁」に気づくことが先ず必要ではないか。

その上で、情報の持つ潜在的付加価値が最大化(「情報の価値化」)するよう、
業種や産官学の垣根などの「壁」を取り払い、バリューチェーンを再構築する
ことが必要ではないか。

その実現に向け、企業の内部秩序や各産業の自己定義の強さ、産学官間
の規律、技術的・制度的な制約など、バリューチェーン再構築に向けた「壁」
を超える原動力を探求すべきではないか。

② デジタル融合による「情報の価値化/バリューチェーンの再構築」

情報の価値化に向けた「壁」の克服では、様々な情報が蓄積・加工・検索容
易なデジタルデータになることで、情報(コンテンツ)と技術の無限大の組み
合わせが可能となる「デジタル融合」とも呼ぶべきイノベーションが、その原
動力となっているのではないか。

具体的には、ユーザの潜在的な期待(ウオンツ)とその実現の鍵を握るシー
ズを結びつけるために、膨大な情報をサービスや活用シーンに応じた加工・
検索等が容易な形で整然と蓄積した「クリティカル情報の束」等を中核とし、
バラバラであった内部業務プロセスの連携や取引メカニズム、場合によって
は商品やサービスそのものを繋ぎ直すというメカニズムが発生しているので
はないか。
(「デジタル融合」と捉えられる事例)
iPod
・ iPod は、ITunes という新たなサービス・アイディアと経営者の個性から生み出
された「気付き」と経営者の強靱な実行力によって、音楽産業、電機メーカ、通
信産業という異質の経済文化を融合。
・ 各ユーザにとって「クリティカル情報の束」となるような音楽、映像データの生

19
成・蓄積・処理のプラットフォームを提供。世界の市場を席巻。

JASPARプロジェクト
・ 環境規制や機能安全への対応と国際的な標準競争の激化をきっかけに、車
のIT化の進展と部品業界との戦略的な関係への「気付き」が発生。
・ 従来にないメーカ横断的な取組の下、自動車の電子制御の組込ソフトを構成
する重要な基盤ソフト(OSやミドルウェア)及び開発プロセスを標準化し共有
すべく、ソフトウェアの共同開発作業が具体的に進展。

食品加工業と検疫規制
・ 検疫規制による外国農産品の輸入規制がきっかけとなり、食品加工メーカと農
家の間にITによる生産・流通管理の有効性に対する「気付き」が進展。
・ 既存の市場秩序を超えた協働作業を継続し、生産履歴データや流通管理デ
ータなど加工食品のバリューチェーンにとって重要な「クリティカル情報の束」
を生産農家、流通業者等と共有・活用することに成功。当該加工食品の国際
競争力も強化。

特に、ウオンツとシーズを結びつける情報が、従来にない形で、一挙にかつ
大量に蓄積・紐づけられ、バラバラに存在していたときとは異次元の発見や
効果をもたらすようになったとき、その全体が「クリティカル情報の束」として、
従来にない付加価値を生み出し、「壁」を超えたデジタル融合を促す大きな
原動力となるのではないか。

(「クリティカル情報の束」と捉えられる事例)
iPod (再掲)
・ iPod は、従来であればCDの背表紙しか見えなかった私的な音楽データライ
ブラリを、「シャッフル」、「最近追加した曲」、「90年代ミュージック」など様々な
意味づけから即時に引き出すことのできる新たな情報の束へと変換。
・ その膨大なデータ量と、自らの好みに柔軟に応え、何らかの発見をもたらす情
報の束の付加価値自体が、多くのユーザのコミットを惹きつけている。

医療情報データベース
・ アイスランドでは、厳しい自然環境と医療への高い関心から、個人の医療情報
の共有に関する議論が世界に先行して進み、二度にわたる法案審議を経た
上で、全国民を対象としたOpt−Outや個人が特定的でないような記録の暗
号化などを原則としつつ医療情報データベースの構築が始まっている。
・ 今後、そのデータの集積と活用・解析の進化によって、こうしたクリティカルな
情報のデータの集積が医療技術・研究に飛躍的な発展をもたらすことが期待
されている。

口コミ情報サイトの口コミデータ
・ 価格コム、@コスメなどをはじめ、口コミ情報をベースとしたインターネットサー
ビスでは、普通の消費者から持たされる価格情報や嗜好情報のデータベース
がビジネスの基礎となる。
・ こうした口コミ情報は、各個人の知り合いレベルで共有されているうちは、それ
以上の社会的価値を持たなかったが、大量に蓄積され、検索・解析が行われ
るレベルまで集積が進んだ結果、メーカも一目置かざるを得ないような不可欠
なマーケティングデータという「クリティカル情報の束」への変換が進んだ。

20
こうしたデジタル融合は、クリティカル情報が現実に集積することによってユ
ーザが新たな知識の連鎖に気付くことができ、その情報の束へのユーザの
信頼が積み重なることによって、段階的・加速度的に更に次の知識の集積を
呼ぶという形で進んでいく性格を持っているのではないか。

また、情報の蓄積が次の情報の蓄積を呼び込むという拡張性を持っており、
関係した者の間で Win-Win の関係を特徴とするからこそ、デジタル融合は時
を追うごとに徐々に加速化し、サービスのデファクト化現象を生み出すので
はないか。

(「クリティカル情報の束」が情報の蓄積を更に加速させる例)
iPod (再掲)
・ iPod は、ユーザの音楽データを大量に蓄積し、様々な角度から引き出すこと
で、新たな「クリティカル情報の束」を生み出した。その結果、ユーザの利便性
に対する気づきと習熟を応用して、動画情報、写真など、様々なプライベート
情報の集積を生み出そうとしている。
・ 更に、米国では、iPhone という形で携帯電話機能を有することで、それ自身が
ネットワーク端末として様々なデータの送受信機能を持つことで、ポータブル
なプライベートデータキャリアへと発展しようとしている。

Google の写真閲覧・管理サービス「Picasa」等 Web アルバムサービス


・ 自分のパソコンに蓄積されている大量の写真・画像データを一挙に小型サム
ネイル表示付きで検索、整理をすることができるソフトウェア。ユーザの希望に
応じて Web 上のアルバムにも編集・保存できる機能を持つ。
・ ユーザのパソコン上で死蔵されている大量の画像データがわかりやすく「見え
る化」するユーザインターフェースが人気を呼んでいることに加え、Web 上で
自由にアルバムを編集・公開することが出来る利便性が、また新たな画像デー
タの集積や友人同士の新たな画像交換を加速化させている。
・ 日本のカメラメーカーやネット・サービス事業者等も、プリントのネット受発注機
能への偏りなどはあるものの、類似の Web アルバムサービスを展開中。

したがって、ユーザの動きにあわせて、「クリティカル情報の束」を段階的に
形成し、それにあわせてオープンにビジネス体系や技術体系そのものを発
展させていく柔軟性と継続性が重要となるのではないか。

また、こうした蓄積のプロセスには相当の時間がかかるため、技術開発にお
ける「死の谷」と同様、ビジネスモデルにおける「死の谷」を超えることが要求
されるのではないか。

(情報の蓄積が「クリティカル情報の束」の評価を変えていく事例)
Amazon
Amazonは、読者の購入履歴にあわせた本の推薦機能や、ある本を購入した
人が他にどんな本を買っているかを知らせるなど、本に関する情報提供の充
実によって、2003 年から Amazon Web Service を展開している。
当初は、自分の購買履歴が表示されることへの違和感、推薦される図書への
違和感など、必ずしも評価が高いとは言えない側面があったが、「データベー

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スそのものが価値になる」との信念の下、情報を集積しサービスを継続的に提
供し続けた結果、最近では、単なるネット通販の立場を超えた独自の本に関
する情報提供サービスサイトへして広範に認知されつつある。。

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(2) デジタル融合の促進に向けた課題

① デジタル融合の成立条件と我が国の弱点

我が国産業・社会には、欧米と比較して、こうしたデジタル融合による「壁」の
克服を不得手とする体質があるのではないか。具体的には、以下のような面
で、特に課題を残しているのではないか。

組織 : オープンな環境の中で、状況に応じて柔軟にビジネスプロセ
スを連携・結集させるビジネスプロセス形成能力

人材と技術 : 全体を俯瞰して、ビジネスや技術に求められる全体構
造を設計・定着させる人材(アーキテクト)の育成や、それを達成するた
めの技術構造全体の設計・開発など全体構造の設計能力

ルール : 当事者間の合意による柔軟なルール形成と、それを支える
社会的基盤など、ルール形成能力

これらの特徴を一言でまとめると、「オープン&イノベーション」に強い社会
への転換が求められているということではないのか。

② 組織 : ビジネスプロセス形成能力

(ビジネスプロセス形成能力の重要性)

デジタル融合の実現に当たっては、「クリティカル情報の束」を何と捉えるか
によって、「業種」、「企業」、「製品」の外縁が事後的に自在に変化することか
ら、デジタル融合の内容と範囲を事前にすることは困難ではないか。

むしろ、気付きを得た「クリティカル情報の束」を中心にして、関係者が柔軟
かつ持続的に集まるビジネスプロセス形成能力が重要となるのではないか。
(「製品」や「サービス」の外縁が事後的に確定する事例)
iPod (再掲)
・ iPod は、一度形になってしまえば、技術的に他の携帯音楽プレーヤーが真似
できないような技術はほとんどないとも言える。しかし、この情報の束ね方と見
せ方に顧客がついてくるかどうかは、iTunes サービスや商品展開を増やす上
で Apple 社が独自に形成したものであって、あらかじめ特定されていたわけで
はない。

REACH 規制と化学物質管理データベース
・ 化学物質管理のデータベースの必要性は、以前から課題になっているが、
2007 年6月にEUによって新たな化学物質管理規制(REACH規制)が施行さ

23
れたことで、その範囲と目的の明確化が起こり、我が国でも、企業・業種を超え
た化学物質管理DBを通じた物質情報伝達の仕組みの検討が行われている。

(柔軟性と継続性)

このため、ユーザの動きにあわせて、「クリティカル情報の束」を段階的に形
成し、それにあわせてオープンにビジネス体系や技術体系そのものを発展さ
せていく柔軟性と継続性が重要となるのではないか。

しかし、我が国の場合、どちらかといえば、クローズに製品やサービスの形を
特定した上で、必要なノウハウを囲い込み、特定したゴールにあわせてモジ
ュール間のノウハウを綺麗に摺り合わせる方に強みを発揮してしまう面がある。
他のビジネスと差別化をしながら、ビジネスプロセスそのものを継続的に拡張
していく柔軟性や継続性には、弱い面があるのではないか。

(知財・標準・金融)

他のビジネスと差別化をしながら、ビジネスプロセスそのものを継続的に拡張
していくためには、規格化・標準化や知的財産戦略を巧みに取り入れながら、
拡張性の高い全体の組織化設計(アーキテクチャ)に秀でることが必要となる
のではないか。こうした継続的な発展を見据えた組織化設計は、我が国は不
得手ではないか。

柔軟かつ継続的なビジネスプロセスの形成・発展を支えるためには、中長期
の開発投資を支えるような金融の仕組みや人材市場の機能が必要となるの
ではないか。

(環境エネルギー)

環境問題・エネルギーや安全などの社会的課題は、関係者の意識を合わせ
やすい上、我が国が強みとしてきた分野である。こうした分野の課題を積極
的に取り上げ「デジタル融合」を探るのも、有効なアプローチの一つではない
か。

③ 人材と技術 : 組織化設計能力(アーキテクチャデザイン)

(デジタル融合のユーザ主導と経路依存性)

デジタル融合は、クリティカル情報が現実に集積することによってユーザが
新たな知識の連鎖に気付くことができ、その情報の束へのユーザの信頼が
積み重なることによって、段階的・加速度的に更に次の知識の集積を呼ぶと
いう形で進んでいく性格を持っている。このため、ユーザ依存性が強く、デジ

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タル融合の範囲や段取りをあらかじめ特定するのは、難しいのではないか。

欧米における成功した成長モデルの特徴を見ると、デジタル融合の主役は、
ユーザのコミットの広がりを基礎として、ITを活用するサービスやコンテンツ
ビジネスの側が主導している例が多いのではないか。場合によっては、デジ
タル融合に成功したアプリやサービスが、そのまま融合の領域を広げ、プラ
ットフォーム化している例も見られるのではないか。
(アプリ・コンテンツ主導の融合によるプラットフォーム形成事例)
iPod (再掲)
・ iPodは、ITunesという音楽ダウンロードサービスと携帯音楽プレーヤーという
アプリ・サービスの融合モデルとして成功。
・ その後、ユーザニーズを踏まえつつ、映像データ、音声データなど様々なデ
ータ蓄積・再生機能へと対象領域を広げ、パソコン上の操作とも連携すること
によって、徐々に、消費者の私的データの蓄積・処理プラットフォームへと進
化。

Google検索サービス
・ Google検索サービスは、テキストベース検索というネット上のサービスとして、
その性能の高さによりグローバルに普及。
・ その後、ユーザニーズを踏まえつつ、映像、写真、地図などサービス領域を
広げながら、Web 上の様々な情報の収集・整理プラットフォームへと進化。

(組織化設計人材)

こうした事例の中では、「クリティカル情報の束」や有効なデジタル技術を発
見し組織化する人材、あるいは、「クリティカル情報」を保有する主体間を媒
介するような人材(アーキテクト、マーケッターなど)が鍵となる役割を果たし
ているのではないか。

特に、他のビジネスとの差別化を図りながら、ビジネスプロセスそのものを継
続的に拡張していくためには、規格化・標準化や知的財産戦略を巧みに取
り入れながら全体の組織化設計(アーキテクチャ)に取り組むことに秀でた人
材を活躍させることが、必要なのではないか。

しかし、我が国では、全体の構造を発見し組織化する人材よりも、現場で定
められたスペックの達成を目指す人材の育成に強い傾向があり、アーキテク
トやマーケッターの育成は、どちらかといえば不得手ではないか。こうした人
材への評価も、必ずしも高くないのではないか。

(情報処理量の爆発的増加を的確に処理する技術)

「クリティカル情報の束」の発掘・活用を、最も効率的に信頼性高く、かつ、最
速・大容量に、環境に優しく実現するための技術開発が重要となるが、全体
の構造に対する気付きが常に出遅れるため、必要な技術開発やインフラ投
資の面でも常に後手に回っているのではないか。これは、技術力そのものの

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問題ではないのではないか。

こうしたデジタル融合の動きに呼応するかのように、米国を中心に、クラウド・
コンピューティングなど、情報処理ネットワークの世界的な広がりと、情報処
理能力の世界的規模での集積が始まりつつある。我が国も、情報処理量の
爆発的増加を的確に処理する戦略的な技術開発及び市場形成を急がなけ
れば、知識融合に必要なエンジンを全て海外に依存するような事態になっ
てしまうおそれがあるのではないか。

(情報リテラシーと語学力)

デジタル融合を活性化させようとすればするほど、市場における情報の取り
扱いそのものに対するユーザの平均的リテラシーの向上が大きく影響してく
るのではないか。

また、ITの普及による急速なビジネスのグローバル化が進む中で、日本人
の語学能力を更に磨いていくことが重要となっているのではないか。

④ ルール : 信頼性と柔軟性を兼ね備えたルール形成能力

(ルールの柔軟性)

様々なデジタル融合を誘発していくためには、真にやむを得ぬ規制を除き、
IT関連の既存の市場参入障壁の最小化やヒト・モノ・カネの流動性を阻む
課題を積極的に解決するなど、デジタル融合の支障となりうる社会的規制
は徹底的に最小化すべきではないか。

また、デジタル融合を促進するに当たっては、クリティカル情報の束の形成
に向け、パーソナル情報や知的財産の利用と保護が常に不可分の課題と
なる。このため、既存の法制度が新たなビジネスモデルの創出を妨げること
がないよう柔軟性を得ることが必要ではないか。

法律が事前に定めた最低限のルールに全てのビジネスを固定してしまうの
ではなく、契約自由の原則に基づき、当事者の合意の下、様々なコンテンツ
の利用方法が市場で実現されるような当事者間でのルールの形成能力とそ
の柔軟性が重要となるのではないか。

他方、我が国は、個別の契約に従って個人が権利・義務を主張するよりも、
社会的に明文化されている共通ルールに依存するという文化が比較的根強
いのではないか。そのために、知的財産等に関し、法律が不要に細かいとこ
ろまで権限調整を行ってしまっている側面があるのではないか。また、デジ

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タル技術の進歩によって新たに生じる様々な変化に法制度が柔軟に対応で
きなくなってしまっているのではないか。

(事前規制から事後規制への移行、ルール形成能力の涵養)

デジタル融合に強い社会を築くためには、社会的規制を、その運用も含め
て事前規制から事後規制へと積極的に移行させ、当事者間の合意に基づく
柔軟なルール形成をむしろ促すべきではないか。

また、そのためにも、当事者間での事前合意や事後の紛争解決ルールを明
確化するとともに、設定された当事者間のルールが確実に遵守されることに
対する予見可能性を高めるような仕組みの検討など、柔軟かつ信頼性の高
いルール形成を促すための環境整備を、積極的に検討すべきではないか。

また、そのベースとして、ユーザ個人レベルでの情報リテラシーやリーガル
マインドの向上が、制度設計上、重要な要因となってくるのではないか。

27
(補論3) 情報経済分科会のこれまでの報告とその後の状況変化

デジタル融合を促すに当たって、世界の成功事例から得られる示唆は、ユーザの動き
にあわせて、オープンにビジネス体系や技術体系そのものを発展させていく柔軟性と
継続性である。

言い換えれば、既存の産業や企業といった枠組みに縛られないオープンなビジネス環
境と、個々のケースに即して当事者が極限までWin−Winの関係を追求し続けられる
ようなイノベーティブな環境、すなわち、「オープン&イノベーション」に強い経済・社会
へと転換していくことが、大きな課題となっている。

情報経済分科会では、情報経済の到来に向けて逐次報告をとりまとめ、施策の在り方
を示してきており、「オープン&イノベーション」を追求する政策基軸は一貫して変わっ
ていない。引き続き、その具体策の充実が課題となっている。

i) 第三次提言「ネットワークの創造的再構築」 (平成14年3月)
情報市場における通信放送産業の水平アンバンドル構造と競争促進
紛争処理型の新しいルール作り(事前規制から事後規制へ)
情報市場における市場競争原理の強化によるデジタル融合の促進を狙
い、「ネットワークの創造的再構築」を提言。
水平構造化への兆しはあるが、競争促進策にもかかわらずアンバンドル
は実現せず。デジタル融合へのインパクトは不十分。
また、ルール面で、提言したような紛争処理機能が未成熟。

ii) 情報経済・産業ビジョン (平成17年4月)


IT化の第二ステージの到来(本格的利活用の時代)
「プラットフォーム・ビジネス」の重要性と5つの方向性
デジタル融合の促進に向け、「プラットフォーム・ビジネス」概念を提言。
「プラットフォーム・ビジネス」は、水平構造化を実現する鍵となる機能を明
確に示したが、今のところ、事業として自立できず未形成。
デジタル融合による新たな創造的産業の形成では海外が先行。海外で
は、サービスやコンテンツ関係者の連携・結集が上手に機能。

iii) ITフロンティア・イニシアチブ (平成19年4月)


IT投資生産性向上(競争・非競争領域の峻別による選択と集中)
組織を超えた情報共有(企業情報のネットワーク化)
中小企業・サービス産業の底上げ
課題・現状において大きな変化無し。具体化方策の充実が必要。

28
第3章 知識融合による新たな成長力の強化に向けて

1.3つの原則

「オープン&イノベーション」に強い社会への転換を通じて、知識融合を活性化す
るためには、デジタル融合における我が国の弱点を徹底的に克服していくことが
必要ではないか。

国内市場への対応に籠もりがちな競争の視点をグローバルに見開かせ、競争構
造のグローバル化を国内にも徹底させることこそ、我が国の弱点を克服し、ITを
活用した知識融合に新たなチャンスを開く、必要条件となるのではないか。

このため、全ての取組の前提として、競争構造自身の変革とグローバル化がある
ことを鮮明にすべく、その特徴を、以下の視点から、「グローバル」、「オープン」、
「グリーン」の3原則という形でまとめ、常にこれらを意識しながら取組を進めること
としてはどうか。

第一に、競争のターゲット自体を、常に大きく、グローバルに持つことが、国内
市場への対応に追われてクローズになりがちなビジネスモデル作りを打破す
る最も明確な動機付けとなるのではないか。グローバルな競争優位の獲得に
という目的を明確化することで、海外の人材・資金を巧みに使いつつ、世界と
はチエの競争力で勝負するという方向性が明確になるのではないか。

第二に、デジタル融合を促すため、「オープン&イノベーション」に強い環境
作りを徹底追求し、グローバル水準に劣らず柔軟性と継続性の高いビジネス
プロセス形成を促していくことが不可欠ではないか。
既存の枠組みの維持につながるような市場参入規制の最小化
既存の産業や企業といった枠組みに縛られないオープンなビジネス環境
を構築し、個人の活力と創造性を徹底的に引き出し
個々のケースに即して当事者が極限までWin−Winの関係を追求し続
けられるようなイノベーティブな環境

29
第三に、エネルギー・環境問題が世界的に課題となっている今だからこそ、資
源小国として我が国が苦労して積み上げてきたノウハウが、我が国の国際競
争力に活かせる大きなチャンスではないか。環境問題、安全・安心問題といっ
た、本来的に我が国が強いはずの社会的課題の解決こそ、むしろ、国際的な
レベルでWin−Winの構図を作り、新たな「デジタル融合」を継続的に引き出
す求心力とすべきではないか。

■ グローバル(常にグローバルな競争優位の獲得をゴールとする)

■ オープン (「オープン&イノベーショーン」を促し、デジタル融合を誘発)
○ 参入障壁に繋がる官の規制の徹底的な最小化
○ 企業・産業の枠組みを超えた個人の創造性の徹底的な引き出し
○ Win−Winの関係を徹底的に追求

■ グリーン (環境や安全など社会的課題を強みに変える)

30
2.施策の方向性

デジタル融合を原動力とした情報の価値化/バリューチェーンの再構築を実践し、
知識融合社会を実現していくにあたっては、政府は、常に3原則を念頭に置きな
がら、現実の局面にあわせた具体的な施策を展開していくべきではないか。

具体的には、新産業の創出、つながり力による産業競争力強化、地域・中小企業
の活性化、アジアとの共生など現実の経済の文脈に即して、デジタル融合を誘発
していくための施策と、デジタル融合を興しやすいような基盤整備策の両面から、
政策を実現していくべきではないか。

(1) IT による新産業の創出

「クリティカル情報の束」と、その束ねに有効なデジタル技術を発掘・組織化
するとともに、「クリティカル情報」を保有する主体の間の媒介も積極的に進
めることで、デジタル融合を誘発するような、リアル/バーチャル融合型の
場の設定が必要ではないか。

「クリティカル情報」の発掘・活用を、最も効率的に、信頼性高く、かつ、最
速・大容量に、環境に優しく実現するための技術の開発が必要となるので
はないか。

第一に、こうした既存の「組織」利害を離れた新たなデジタル融合を促すに
は、競争促進策を徹底的に強化し、民主導の動きを促すことが不可欠では
ないか。

第二に、合成の誤謬、フォーメーションの失敗を避けるため、実証プロジェク
トを通じ制度等の予見可能性向上や課題の特定などを進めていくとともに、
必要な技術開発や標準化などを、政府も徹底して支援すべきではないか。
また、こうした取組の中で、規格化・標準化や知的財産戦略を巧みに取り入
れながら全体の組織化設計(アーキテクチャ)に取り組むことに秀でた人材
を育成し活躍させることが、必要ではないか

第三に、アウトソーシング活用など官がデジタル融合の直接の担い手となる
ような分野においては、関連する民間ビジネスを積極的に支援しつつ、そ
の成果を行政サービスのIT化にも取り込むような形で、デジタル融合を積

31
極的に取り込んだ官民融合型産業の育成に官自ら取り組むことが重要では
ないか。

(2) IT による「つながり力」による産業競争力の強化

既存の組織の利害や、短期的な収益力にはばまれ、本来であれば、起きて
おかしくないデジタル融合を阻む業慣行や利害対立を、中長期的に見た収
益力強化の視点や、環境問題・少子高齢化対応といった社会的課題からの
対応を織り交ぜつつ、一つ一つ解決していくべきではないか。

第一に、こうした課題の解決に向け、企業・産業の枠組みを超えた以下のよ
うな取組を、政府も積極的に支援してくべきではないか。

各産業の非競争領域におけるシステム面での協調の強化
中小企業まで含めた業務 IT 基盤の整備
電子タグ・EDI などを活用したトレーサビリティの確保・強化
基盤となる組込ソフトの開発力強化など

第二に、こうした課題解決の基礎として、各企業等における IT 活用能力の
向上を図ることが不可欠であり、IT 経営の改善・普及や、高度 IT 人材の育
成を、更に強化すべきではないか。

第三に、ベストプラクティスの提示や表彰なども、優れた知見を全国的に共
有するための手段や一つのインセンティブの在り方として、引き続き、重要
ではないか。

(3) IT による中小企業・地域経済の活性化

我が国経済の活性化を図るためには、その全体を支える地域経済や中小
企業の活性化を図ることが不可欠である。そのためには、従来、系列関係
や特定の取引形態、特定の市場に依存していたそれぞれの地域経済や中
小企業の独立性を向上させ、従来にない新たな取引先や市場、場合によっ
ては海外の市場などと直接結びつけるよう、外部接続の多様化、オープン
化を進めていくことが必要ではないか。

IT は、本来、地域経済や中小企業を直接、全国区の市場や海外に結びつ
ける手段としては、極めて有効なはずではないか。

32
第一に、地域産業の活性化に向け、IT を活用しつつ、販路開拓支援や、異
業種連携支援、海外への発信などを政府も積極的に支援すべきではない
か。

第二に、IT の活用を通じて、財務会計、顧客管理など、中小企業の経営力
自体の向上を政府も積極的に支援すべきではないか。また、IT 経営に取り
組む中小企業への支援を、政府も積極的に展開すべきではないか。

第三に、こうした IT を活用した地域・中小企業を積極的に支援するため、地
域 IT 事業者と地域企業との連携を、政府も積極的に支援すべきではない
か。

(4) アジア経済・環境共同体への貢献

急速に成長を遂げるグローバル市場の中でも、中国、インドをはじめとした
アジアは、その成長の核にいる。

我が国産業が積極的にグローバル市場への展開を図るためには、単に、製
品やサービスをアジアに持ち込むばかりでなく、国境を越えた産業構造の
再構築と深化を積極的に進めていくことが必要ではないか。その際、IT は
不可欠の手段となるのではないか。

具体的には、アジア域内を念頭に置いたサプライチェーンの積極的展開や、
IT を巡る域内の関連法制度の共通化などを進めることによって、企業活動
の国際展開を積極的に支援していくべきではないか。

また、我が国のコンテンツのアジア展開の支援、アジアとの電子商取引環境
の整備を整えることによって、IT を活用したアジア共通市場の形成を、積極
的に促していくべきではないか。

(5)知識融合社会実現に必要な基盤整備

① 民主導のルール形成と社会的規制の最小化、ルール基盤の国際化

真にやむを得ぬ規制を除き、IT関連の既存の市場参入障壁の最小
化やヒト・モノ・カネの流動性を阻む課題を積極的に解決するなど、デ
ジタル融合の支障となりうる社会的規制は徹底的に最小化すべきで

33
はないか。

パーソナル情報、知的財産等の利用と保護を巡るルールや最低限の
インフラ事業規制など、必要な社会的規制については、その運用も含
めて事前規制から事後規制へと積極的に移行させ、市場における柔
軟なルール形成を促すべきではないか。

特に、知的財産については、デジタル融合を活性化させるべく、「クリ
ティカル情報の束」を太くし、有為な情報の集積を加速させていくた
めには、欧米にいうフェアユース的な利用の範囲の明確化など柔軟
な知的財産を巡るルールの形成・運用が不可欠ではないか。

そのためにも、当事者間における事前合意や事後の紛争解決ルール
の明確化、設定された当事者間のルールの遵守に対する予見可能
性を高める仕組みの検討など、柔軟かつ信頼性の高いルール形成を
促すための環境整備を積極的に検討し、公益の一層の増進を図るべ
きではないか。

その際、無形の情報・資産についても、デジタル技術の進展に伴って、
それらを作成した者自身が、その流通や利用をコントロールできる手
段が増大していることに鑑み、当事者間での技術による解決を特に重
視し、それを促すことが重要ではないか。

また、そのルール基盤を、アジア全域をはじめ、国境を越えて広めて
いくことによって、市場国際化の基盤を整えるべきではないか。

② ID基盤の整備、情報の相互運用性の確保

消費者からの情報発信などをビジネスに活かすためには、ネット上の
情報をリアルのビジネスに安心して活用できる環境の整備が必要で
はないか。また、既存の産業や産官学の垣根を超えたバリューチェ
ーンの再構築を促していくためにも、リアルとバーチャルの境目無く、
また既存の「壁」を超えて、情報の相互運用性をあらかじめ確保し、
情報の信頼性を確保・向上させることが必要ではないか。

このため、第一に、商取引等のイベントやデジタルコンテンツやユー
ザに対するものばかりでなく、時間や空間など、環境との関連づけま
で含めた総合的かつオープンなID基盤の整備が、今後、拡張性が
高く信頼性も維持された情報市場形成の重要な鍵を握るのではない
か。

34
第二に、情報のオーナーシップの確立とそれを担保するための技術
的環境の整備など、情報の適正な管理の促進という視点から、技術
と管理の両面からの情報セキュリティ対策やIT経営における「情報の
見える化」を充実させていくことが必要ではないか。

③ デジタル融合を促す環境整備 (教育、金融)

当事者間での柔軟なルール形成と、Win-Win の関係に基づくクリテ
ィカル情報の集積を促していくためには、ユーザ個人の情報リテラシ
ーの向上が極めて重要ではないか。こうした視点から、情報技術の
操作方法ばかりでなく、情報の活用リテラシーそのものに注目した情
報教育の強化を、早い段階から開始すべきではないか。外国語教育
についても早い段階からさらに強化すべきではないか

デジタル融合の進展に対応し、ビジネス体系や技術体系そのものを
段階的に発展させていく柔軟なかつ継続的なビジネスプロセスの形
成・発展を助けるためには、技術はもとよりビジネスモデルの「死の谷」
にも対応できるような、ポートフォリオの幅広さと柔軟さを兼ね備えた
金融の仕組みの整備が、必要ではないか。

35
3.具体的施策

デジタル融合を誘発していくための施策、及びデジタル融合を興しやすいよう
な基盤整備策それぞれについて、当面、重点的に取り組んでいくべき具体的施
策を分野別に例示すると、次のようなものがあげられるのではないか。

(1) e−産業ルネッサンスⅠ : ITによる新産業創出

① ITを駆使した先進的サービスの実現

i) 次世代情報検索・解析サービスの実現(情報大航海プロジェクトの推
進)
多種多様な大量の情報の中から必要な情報を的確に検索・解析する技術
(「次世代検索解析技術」)を開発した上で、汎用化してオープンに利用でき
るような共通基盤を構築する。
技術の開発に当たっては、その技術を用いた実証事業を行うことにより有
用性・信頼性を検証するとともに、制度的課題を洗い出し、技術の市場展開
に必要な環境整備を行い、新規ビジネスの創出を促す。
また、世界的にコンピュータリソースの集中が進行しつつあることを受け、
我が国として必要なコンピュータリソースの発展(関連産業・関連ビジネス)に
ついて戦略を構築する。

ii) 地理空間情報等の活用による新たな商業空間(e空間)の創出
電波、可視光通信などを鍵に空間自体をIT化。いつでも繋がっていること
が当たり前のオープンな環境を作り、様々な関係者を交えた新たなビジネス
モデルを誘発するとともに、実現に必要な新たな技術やその技術を市場化す
るために必要な事項を検証し、今後の市場の活性化及び制度設計に必要な
材料を得る。こうした取組を地域の商業空間の活性化へと展開する。
また、測位衛星等による位置情報把握と地理的な場所の把握を可能とする
地理情報を、いつでも、どこでも、誰でもが利用できる環境整備を図ることに
よって、人と場所やサービスをリアルに結び付け、新たな付加価値を生じさせ
るとともに、新産業や新サービスを創出する。そのために必要な地理空間情
報を効率的に検索するための標準化や技術的検証、地域の地理空間情報を
活用したビジネスモデルや屋内測位技術等を用いた実証事業等を行うことに
より有用性・信頼性を検証する。

② リアルとネットの融合による新たな価値の創造

i) 電子商取引(eコマース)、電子流通(BtoC)の推進
リアルとネットの融合によって新しい消費を創出する電子商取引(eコマー
ス)、電子流通(BtoC)を推進するための環境整備を行う。

36
具体的には、事業者や消費者が安心して電子商取引、電子流通を行える
ためのルールの明確化、消費者のニーズにきめ細かく対応する上で重要と
なるパーソナル情報の取り扱いについての規律の明確化、簡易・迅速で利便
性の高い支払い手段を実現するための活発なイノベーションの促進と利用者
の安全・安心の確保などについて取り組みを行う。

ii) ソフト・コンテンツ・サービス融合によるIPTV等の新サービスの創出
ネット対応TVであるからこそ可能となる全く新しいサービスやコンテンツを
創出するため、利用シーンを限定した中での実験的取組を行う。
また、オンライン上の映像コンテンツ流通を促進するため、その前提となる
ビジネスフォーマットの構築を支援。共通IDの導入、権利情報システムの構
築等により、クリエイター等の権利者に対する利益配分を円滑に実施できる
環境整備について、実証的な取組を行う。
さらに、ユーザ生成コンテンツ(UGC)の拡大を踏まえ、オンライン上で既
存コンテンツを活用して行われる二次創作について、適切な権利配分のあり
方を検討する。

iii) 次世代違法・有害フィルタリングサービスの展開
ブログやSNSなど、ユーザ生成コンテンツ(UGC)の拡大に伴うネット上の
情報の更なる多様化を受け、こうした書き込みサイトの運営体制やユーザの
成長段階等に基づきネット上の情報を取捨選択することを可能とするフィルタ
リング基準の策定を支援。また、ユーザがフィルタリング基準を自らの価値観
に基づき柔軟にカスタマイズするための技術を確立。コンテンツを自ら選択し
ていくための土壌を構築すべく、ITリテラシーの向上を推進する。
また、著作権処理自体をビジネスとするような仕組みをはじめ、ユーザが自
らのニーズにあったルールを選択できるような市場作りに向け検討を行う。

③ 官民保有情報の活用による新産業創出(デジタル市民生活プロジェクト)

i) 生活情報基盤(医療・福祉、教育等)の整備
官民が生成・保有する膨大な個人関連情報(医療・福祉、教育等)のITに
よる保護・利活用によって高付加価値な対個人サービスを享受できる産業社
会を実現する。
具体的には、医療・福祉、社会保障、教育などの公的部門が保有する情報
や、購買履歴などの消費生活で発生する情報を用いて、国民生活の質の向
上につながる新規ビジネスを創生する。
また、生活情報基盤の環境整備を業種横断的に進める。

ii) ITを活用した民主導による公的サービスの提供/次世代電子政府の
推進
市場化テストや指定管理者制度の導入によって、我が国でも行政のアウト
ソーシングは着実に進展しており、一つの市場に育ちつつある。しかし、実務
的には、指揮命令権限やコスト評価、業績評価などの不透明性、地域性、契
約の包括性など、産業として活性化するという視点からは課題も多い。
行政経営戦略としても、公的サービスを提供するという哲学から、市民に代
わって公的サービスを購入するという視点に立ちつつ、こうした課題を一つ一
つ検討し、あるべきパブリックサポートサービス市場振興策やこれに伴う地域
サービス業の活性化について、検討を行う。

37
また、手続のワンストップ化を議論している次世代電子行政サービス基盤
等検討 PT(内閣官房IT担当室)と連携し、引越手続の民間部門でのワンス
トップ化を実現するポータルサイトを構築する。
こうした地域密着型サービスの振興によって、地域におけるIT利活用促進
の一つの起爆剤とする。
さらに、SaaS を活用して、安価かつ容易にITを活用した業務効率化を行え
るよう基盤となるシステムを開発するとともに、中小企業が公的手続きの電子
申請を容易に行えるようなアプリケーションを開発することで、電子行政インフ
ラの充実を図る。
こうしたアプリケーションを広く普及することにより、同時に、地域中小企業
の経営力の底上げや活性化に貢献する。
さらに、中小企業が共通して扱えるような標準的なソフトウェアの普及プラッ
トフォームと位置づけ、ソフトウェアの集約化を推進する基盤とする。

iii) テレワーク等を活用した就労環境の柔軟化
以下のような雇用環境の柔軟化に向けた取組を後押しするべく、就労環境
の柔軟化に役立つテレワーク基盤の整備等に積極的に取り組む。
1. シニアとなって業務に余裕のある社員等を対象に積極的に兼業を許容
し、その社会人経験を地域活動やベンチャー支援などに活用
2. 在宅勤務を積極的に導入し、育児や介護などの従事者の労働市場へ
の参入を容易化

(2) e−産業ルネッサンスⅡ : つながり力による産業競争力強化

① 戦略的なIT投資による産業競争力強化
自動車、情報家電、ロボット等に搭載されるソフトウェアの戦略的な共
同開発の推進
自動車向けの高信頼な組込み基盤ソフトウェア及びその開発環境の整備
を行うとともに、ソフトウェアの信頼性及び生産性を向上させるソフトウェア・エ
ンジニアリング手法等を確立する。
また、情報家電を始めとする機器に搭載される組込ソフトウェアの一部開
発を協調領域と見なし、開発の効率性を検討、推進するための研究会を平
成20年に設立する。
さらには、セットメーカ、ソフトベンダ等を集めた協議会を立ち上げ、生産
性向上、信頼性確保など、業種を超えて拡大する組込ソフトウェア産業の基
盤強化・環境整備などに取り組む。

② 企業間情報連携の強化(スーパーバリュー・チェーンの構築)

i) 電子タグ・EDIを活用したリサイクル・安全・有害物質トレーサビリティの
確保
電子タグ等を活用し、サプライチェーン全体における情報共有のための
共通基盤を整備することで的確なリコール情報の伝達による製品の安全性
確保、確実な製品リサイクルによる環境配慮や製品含有化学物質の管理と
いった社会的課題への対応を推進する。平成20年度は家電製品を対象とし
た実証事業を予定。

38
ii) 中小企業向けEDI、XMLの導入、企業コードの相互運用性の確保
注文伝票や帳票、領収書類から設計・生産・在庫情報など各種電子デー
タの中で、業種横断的に共通化すべきデータ項目や、XML化を通じたデ
ータ連携のあり方などについて更に検討を進める。
その際、大企業と中小企業、中小企業同士の連携強化に配慮し、生産性
向上等に向けた具体的な取組を推進する。
さらには、産学官が協力してサービス産業界が抱える多様な課題に取り
組むための共通のプラットフォームとして昨年5月に「サービス産業生産性協
議会」を設立した。同協議会とも連携し、IT活用手法を含めたサービス産業
の生産性向上に取り組んでいくとともに、協議会における活動成果を各種シ
ンポジウムや地方でのセミナーの開催等の積極的な普及・啓発によって全
国の隅々まで浸透させることを目指す。

(3) ITによる中小企業・地域経済の活性化

① ITの活用による地域産業の活性化

i) ITの活用による地域産品の販路開拓支援(e物産市)
地域産品に関し、ITを活用して生産者と消費者が活発に情報交換し、その
交流の成果が現実の商物流にもつながる仕組みを構築する。隠れた地域産
品がその付加価値情報と共に流通し、他の地域でも消費される新たな「地産
知消」市場を作り出すことで、地域格差の解消や地域の活性化に貢献する。

ii) ITの活用による農商工連携の推進
地域産品に係る販売拡大等により地場産業の活性化に資するため、電子
タグや電子商取引(EDI)を活用した、①生産者情報管理、②生産履歴管理、
③リレー出荷、④配送の効率化、⑤付加価値情報の付与などの機能のうち、
3つ以上の機能を持ったシステムの構築を支援する。

iii) 地域コンテンツの国際発信
地域が有する固有の「ものがたり」を活用し、映像等の表現力を活用して国
内外に発信するための実証実験を行う。特に、地域に不足している人材、制
作資金、メディアへのアクセス等を補完するため、クリエイター・プロデューサ
ー・在京メディア関係者等のネットワーキングを促進するとともに、映像コンテ
ンツ流通のプラットフォーム構築の実証実験を行う。こうした取組を通じ、地域
の誇りを回復するためにメディアを活用し、地域由来のコンテンツを地域産品
の物販につなげる等、その地域のブランドイメージ確立に貢献する。

② ITの活用による中小企業の経営力の向上

i) 地域IT事業者とユーザの連携による地域経済活性化
IT の効果的な活用は地域経済の活性化にも大きな役割を果たすことが期
待されるが、これを支えるべき地域 IT ベンダの能力は、地域の中小企業や自
治体等の IT ユーザーの要求を満足させる領域には必ずしも達しておらず、

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地域ユーザーの間には質量共に不足感がある。このため、地域 IT ベンダの
営業力や技術力の向上や人材確保や育成のための支援、開発に必要なツ
ールの提供(モジュールやテストベッドなど)に加え、既に一部地域で始まっ
ている IT ベンダ間の連携を拡大、加速化させるための施策(共同開発のため
のモデル契約の提供や見本市など)を講じることにより、IT に関する地域の自
給自足体制の構築を促す。

ii) 中小企業向けSaaSの普及
主に従業員数20人以下の小規模企業を対象として、財務会計などバック
オフィス業務から電子納税等の電子申請までを、専門家の支援も得ながら一
貫して行える便利なワンストップサービス(SaaS 活用型サービス)を官民連携
して構築・普及する。それにより、中小企業の会計力・経営力向上と電子申請
の活用を同時に促進する。

iii) IT経営応援隊活動の展開/中小企業IT経営力大賞の表彰
中小企業に対し、個々の事業規模や事業内容に応じ、身の丈に合ったIT
経営の実践を促進し、その具体的な取組を支援するため、IT経営応援隊を
通じて、経営者や CIO 等に対し、問題意識発掘のためのセミナーや意識改
革などIT経営に必要な手法等習得のための研修会を開催する。
また、中小企業IT経営力大賞により参考となり得る成功事例を収集し、情
報提供を行う。
さらに、ITコーディネータ等外部専門家の活用促進、金融機関、ITベンダ
ー等サポーターとの連携、企業内でITを十分に使いこなせるITマイスター的
人材などITユーザーの育成支援など、中小企業が不足するリソースやIT活
用力を補完するための取組も併せて展開する。

(4) アジア経済・環境共同体への貢献

i) 電子タグ・EDI 導入支援、人材育成等による域内eサプライチェーンの
構築
アジア諸国とのセミナー等を通して、電子タグやEDIの普及啓蒙やサプラ
イチェーンにおけるデータ連携につながる制度整備など域内eサプライチェ
ーンの構築に向けた支援を行う。
その一環として、アジア諸国に展開する自動車分野や電気・電子分野等
の製造業を対象とした実証プロジェクトを行い、その他のアジア諸国への展
開を図る。

ii) 国境を越える電子商取引の環境整備(電子商取引に関するルール・
法制度の共通化)
事業者・消費者が円滑かつ安心して国境を越えたネット取引に参加で
きるよう、電子商取引制度における経験と実績を持つ我が国がイニシアティブ
をとり、以下の取組を通じて域内共通の法的な基盤(事業者責任、消費者保
護等)を整備する。
また、アジアにおける情報セキュリティ対策の推進と緊急時対応体制の構
築支援に取り組み、アジアの情報セキュリティ全体の底上げを図る。
1. 既に我が国と制度調和を進めつつある韓国・台湾と連携を強
化し、域内におけるネット取引に関するルールの明確化・共通化を推

40
進。
2. 今後消費市場として有望な中国、タイを中心に、専門家の派遣、
法制度に関するセミナーの開催を通じて制度整備を支援。
3. アジア各国におけるISMSの普及等情報セキュリティ対策の強
化及び企業内緊急時対応組織の構築に対して、我が国の経験を生か
した支援を行う。
さらに、事業者の信頼性を担保する枠組み創出のため、既にトラス
トマーク制度があるシンガポールや韓国等と連携し、域内における各国の制
度整備と共通スキームの構築を以下の取組により推進する。
1. セミナーの開催等による理解の進化
2. 事業者の信頼性を評価する共通基準の策定
3. トラストマーク制度の各国間の相互承認の推進
また、国境を越えて商品を購入した消費者が紛争を解決する手段として、
各国におけるADR制度等の紛争解決制度の整備と各国間の連携を推進す
るため、ERIAを活用して以下の取組を実施する。
1. 政府関係者を集めたセミナー開催等によるADRの重要性共有
2. 各国専門家間で域内の実効性ある共通フレームワークを検討

iii) 日本発コンテンツのアジア展開
アジアにおける中産階級の飛躍的増加にともない、日本のブランドイメー
ジを浸透させるため、コンテンツを活用した中産階級市場の取り込みを行う。
具体的政策パッケージを「アジア・コンテンツ・イニシアティブ」としてとりまとめ、
現地市場に相応しい最適な日本コンテンツの発信を行う。特に、アジア地域
の文化的多様性に鑑み、現地パートナーとの国際共同制作を支援するスキ
ームを構築し、適切なコンテンツのローカライズが図られるようにする。
また、アジアでの分業体制を強化するため、アニメをはじめとするコンテン
ツの制作フローを明確化し、効率的な分業を可能とする。

(5) 知識融合社会実現に必要な基盤整備

① ルール環境整備

i) 個人情報、知財等ルール整備
本来、現行制度下においても、パーソナル情報や著作物の利用と保護、
課金条件など、契約自由の原則に基づき、多様なルールが設定しうる。しか
し、そのルールの遵守可能性に対する信頼が揺らげば、社会的規制を事前
に強化する必要性が高まり、デジタル融合の誘発にも不利な状況が働く。
このため、その運用も含めた事前規制から事後規制への移行を促すととも
に、当事者間における事前合意の内容や事後の紛争解決ルールの明確化、
設定されたルールの遵守可能性に対する予見可能性を高めるような仕組み
を構築し、消費者等が安心して、自らの嗜好にあったルールを選べるような
信頼性と柔軟性を兼ね備えたルール環境整備のあり方を検討する。
その際には、クラウドコンピューティングをはじめとする世界のネット市場の
技術動向を踏まえながら、電子商取引準則の在り方、ADRの整備、ルール
の遵守に係る技術的手段の保護など、総合的に検討を行う。
また、有害・違法情報など、対応の急がれる分野については、民主導によ
る適切な対策の構築を積極的に支援するとともに、必要な法的規制の在り方

41
について、上記との整合性を保ちつつ、必要な検討の迅速化を図る。
また、非財務情報の開示に係るデータの標準化(XBRL規格の標準化)の
国際的な進展を受け、非財務情報の核となる将来に向けた企業戦略の開示
とIT投資戦略に関する開示促進などを視野に起きつつ、我が国からも積極
的に国際標準を提案し、知的資産経営の促進を図る。

ii) 違法・有害情報対策
「Web2.0」とも呼ばれるインターネット技術の発展により、消費者のインタ
ーネット上の行動履歴などを基にした「パーソナライゼーションサービス」の提
供が拡大している。一方、消費者が意図しない形で個人情報やその他個人
に関する情報「パーソナル情報」が活用されると、安全・安心が脅かされること
が懸念される。そこで、安心・便利で豊かな国民生活を実現するためのパー
ソナル情報の取扱いのあり方について、検討を実施する。

iii) 情報通信分野の制度のあり方
ITを活用したサービスに対して、極力様々な形での新規参入が迅速に行う
ことができるよう、規制の最小化に向けた検討事項を整理する。また、ベンチ
ャー企業等でも安心してビジネス開発に乗り出せるような市場立ち上がり期間
限定の規制緩和(規制モラトリアム)など、新たなビジネスフォーメーションが
柔軟に取り組めるような仕組みを検討する。
また、こうした措置を含めて、特に市場参入に係る社会的規制については、
全体的に事前規制から事後規制への移行を促進する。

② ID 基盤の整備、情報の相互運用性の確保

i) 認証(ID)基盤の整備
クリティカル情報の束を相互に関連づけていくための基盤を広く整備する
ため、様々な観点から付与されている様々なIDを相互に関係づけるための
体系を整備する。信頼できる発番機関を認証し発番機関番号を付与すること
で、各発番機関がある原則の下自由に割り振るIDと対象との照合を、ユニー
クに特定できる体系を構築する。
これにより、安全・安心、信頼を確保するために必要な情報のトレーサビリ
ティを確保するとともに、個人情報や著作権、課金・決済やロケーションの特
定など、様々な状況で、企業や産官学横断的な情報の相互運用性と信頼性
を確保する。当面以下の分野における実践と具体化を検討する。
1. コンテンツ取引の体系化と著作権管理の柔軟化
2. e空間上におけるロケーション管理と空間情報を利用したサービスの振
興、電子行政への取り込み
3. 企業間取引に活用される企業取引コードの連携促進・統一化と電子商
取引の円滑化・電子政府への活用促進

ii) 情報セキュリティ対策
企業が有する付加価値の高い情報資産を狙った国内外からの不正アクセ
ス等に対抗するため、最新の脅威動向に対応した国内外の情報セキュリティ
対策連携体制を強化する。また、電子商取引やID基盤の整備にあたって重
要となるICカード等に用いるLSIの安全性を確保するため、国内にセキュリテ
ィ評価体制を整備する。

42
③ IT経営、人材育成の強化、ファイナンスの仕組みの整備

i) IT経営改善活動
先進的IT経営実践企業によるIT経営協議会を設置し、IT経営に悩む7割
企業の個別事例を基に、IT経営の改善活動を主導する。改善活動を踏まえて
IT経営ロードマップの改訂・普及に取組み、7割企業のIT経営実践に向けた
「見える化」「共有化」の推進を行う。
また、システムの信頼性向上や効率性向上に向け、ベンダとの取引関係の在
り方や、企業・業種横断的なデータ連携・システム連携などについて、積極的
に検討を行う。
さらに、適正な情報管理の促進を目指した事例の収集、ガイドラインの策定な
ど情報セキュリティガバナンスの強化にも積極的に取り組む。

ii) IT人材育成
ITの急速な普及に伴い、インターネットの活用やコンピュータの活用技術
は、従来の読み書きレベルに等しい重要性を持ちつつある。いわゆる情報技
術というよりも、ネットやコンピュータを活用した情報そのものの作成・活用な
どに着目をした小学生段階からの情報教育の在り方について、語学能力も含
め、あらためて見直しを検討する。
また、CIOをはじめとしたITユーザ側の人材育成事業を開始する。

iii) ビジネス融合を促すファイナンスの仕組みの模索
ビジネスに繋がるような「クリティカル情報の束」、例えば、同一空間にいる
消費者から発信される空間情報、事業者横断的に共有される健康情報、電
子タグを活用した流通履歴情報などを新たにサービスとして活用していく際、
往々にして、その事業上の責任分解点の設定が難しく、ビジネスコーディネ
ーションに失敗するケースも多い。こうしたケースに対して、その融合を促進
する観点からファイナンスを活用する方策について検討する。
また、中長期的なベンチャービジネスの継続的発展を助けるため、技術は
もとよりビジネスモデルの「死の谷」にも対応できるような、ポートフォリオの幅
広さと柔軟さを兼ね備えた金融の仕組みや資本市場における課題について
検討する。

(6) グリーンITの推進

i) IT機器の省エネ/ⅱ)ITによる社会の省エネ
我が国の強みである「ものづくり」と「環境・省エネ」の技術力を梃子に、「IT
機器の省エネ」と「ITによる社会の省エネ」のため、産学官の国際連携のため
のグリーンIT推進協議会を設立し、グリーンITイニシアティブを展開する。
1. グリーンIT推進協議会による産官学国際連携の推進
2. 省エネ効果(環境貢献度)の計測・可視化、環境IT経営の普及啓蒙
3. 世界共通のグリーンITの価値基準の枠組み構築や国際シンポジウ
ムによるグリーンITの国際的推進
4. 直ちに効果を出す技術実証・普及と、中期的に大きな効果をもたらす革
新技術開発の推進

43
第4章 知識融合を支えるIT産業を巡る現状と課題

1.我が国におけるIT産業を巡る現状と課題

我が国における IT 産業の状況を見ると、世界的な情報革命の進展によって
着実に変化を遂げつつあるものの、自らその変化をリードしているとは言い難
い。

本来、IT 産業は、これまで整理してきたような流れを自ら提唱し、具体的な解
決策を提案すべきではないか。それが十分に出来ていないとすれば、産業
内部に解決すべき構造的課題が山積しているといえるのではないか。

それぞれの課題を、情報通信機器産業、情報サービス・ソフトウェア産業とい
うハードウェア及びソフトウェアを提供する産業に分けて整理すると、次のよう
に整理できるのではないか。

(1) 情報通信機器産業

情報通信機器産業は生産総額27兆円、雇用者数121万人を擁し、社会シ
ステムや国民生活に直接関係するさまざまな機器の供給を行う我が国の代
表的産業である。

2001年のいわゆる「ITバブルの崩壊」以降、各社の業況は概ね回復基調
にあものの、諸外国の企業との比較においては、その収益力は依然として低
い。各社が総花的に事業展開を行う結果、同質的製品間での過当競争が発
生しているケースも散見され、将来に向けて成長の軸となる分野への戦略的
な集中投資が遅れているとの懸念も根強い。

AV家電やディスプレイデバイスの分野など情報通信機器分野では、大きな
事業再編が進みつつあり、海外売上高比率は概ね5割以上に達しているも
のの、他方で、その国際的プレゼンスは必ずしも伸びておらず、本当の意味
での「グローバル」なマーケティング、企業経営によるグローバル展開が求め
られている。

中には、電子部品や半導体製造装置などの得意分野に特化することで高い
グローバル競争力を持つ企業も存在する。また、欧米の各メーカは、主要事

44
業へと経営資源を集中することで、高い利益率を確保するという経営戦略を
実践していると言われている。

しかし、製品のコモディティ化が加速する中で、ものづくりの強みは着実に相
対化されており、経営判断の迅速さと政府の支援を受けた大規模投資も相ま
って、中国、韓国等アジア諸国の企業が、世界市場におけるプレゼンスを急
速に高めている。

(2) 情報サービス・ソフトウェア産業

情報サービス産業は、売上規模は17兆円、雇用者数80万人を擁し、いず
れの産業にとっても不可欠な業務インフラとしての情報システムという、我が
国の産業インフラを支える産業である。ものづくりの根幹を支え、ますます重
要性を増しつつある組込ソフトウェアについては、平成19年度の開発投資
規模が3兆円を超え、年率15%以上伸びるなど急激に市場規模が拡大して
いる。

産業としては、大手企業を頂点として、多数の中堅中小の下請企業が階層
構造をなすピラミッド型の産業構造を形成している。全事業所の約4割は従
業員10名未満の小規模な事業者であり、かつ、こうした事業者が上記の多
重下請構造を下支えするという、やや偏った事業構成となっている。

情報サービス産業全体としても、情報システムの品質がわかりにくく、ユー
ザ・ベンダの責任関係が曖昧になりやすい不透明な取引慣行、開発システ
ムが実際に発揮する価値とは乖離した人月積算といった課題は引き続き深
刻である。

こうした伝統的な課題に加え、最近では、更に大きな課題に直面している。

1) グローバル化の進展 : インド、中国や東南アジア、南米等の国々が情
報サービス市場に参入し、ソフトウェアの開発技術や手法、人材といった
投入資源の国際標準化が進むなど、世界規模での最適な研究、開発、供
給体制が確立されつつある。我が国のソフトウェア産業は、コスト抑制、人
手不足などからシステム開発業務のオフショアリングを進めてはいるものの、
ユーザ自体は国内市場が中心であり、グローバルなバリューチェーンの再
編を活用した海外への本格的な市場進出は、これからの段階である。

45
2) ソフトウェアの複雑化・大規模化 : ソフトウェアの複雑化・大規模化が
進む一方、納期や価格の圧縮を求める顧客の要求はさらに強まっており、
信頼性と生産性の同時達成がますます難しい課題となっている。また、組
込みソフトウェアについても、その規模は、数百万行にまで膨らみ、開発負
担軽減と信頼性確保が急速に現実的かつ深刻な課題となっている。

3) ソフトウェア開発と経営や製品等との融合 : ソフトウェアの役割が、組
織の業務や製品の機能を一部代替するものから、経営全体や製品の在り
方・付加価値、さらにクリエイターの創造力を具現化するものへと大きく変
化しているが、その動向に、サービス提供側がまだ十分に対応し切れてい
ない。

4) 深刻な人材不足 : ソフトウェア開発に対する需要が拡大し続ける一方、
技術革新も加速度的に進展している。厳しい労務環境の影響も加わり、ソ
フトウェア技術者に恒常的な不足感が残る状況が継続している。特に、新
卒のIT業界就職希望者の急減が、深刻な課題となっている。

46
2.知識融合を支えるIT産業の競争力強化

(1) 情報通信機器産業の競争力強化

① 基本的な考え方

経済のグローバル化、オープン化、知識経済化といった大きな社会の変化の
中では、以下のような力が必要となっている。

i) 技術力だけではなく差別化されたソリューションを提供できる力

「単なるモノの所有」「皆と同じ製品を持つ」では満足せず、「自らが望む
生活スタイル・業務スタイルを実現するマッチした製品」「他人とは違うモノ」
「自分の嗜好にマッチしたモノやサービス」が求められるようになっている。受
け手の感性やユーザの潜在的ニーズ(ウオンツ)を満たすソリューションを提
供するという能力/ビジネスが重要になっている。

ii) グローバルな市場展開力

輸送手段の発達、IT化の進展により、「グローバル化」は規模、質ともに更
に大きく変化し、BRICsをはじめとする新興国の成長も著しく、世界の需給構
造が一変。ネットワーク経済性を最大限活用したイノベーション、サプライチ
ェーン構築、人材活用、地域のニーズに合わせたマーケティングに至る様々
な意味でのグローバルなオペレーションが必要。

さらに、自らが先駆者として、日本企業の高機能・信頼性などの製品の品
質の高さ、省エネルギー・環境配慮などの強みを活かした新しいソリューショ
ンを提供し、他の追従を許さずに市場をコントロールしていくことが重要にな
っている。

iii) 異分野の融合(オープン)などによるイノベーションの能力

人間が求めるソリューションが重要となる時代においては、異なる分野の
知識、知恵、人材のコラボレーション・融合をはじめとして、知的な交流から生
じる啓発や発見がイノベーションの原動力となっている例は多い。

外部のリソースを最大限活用するオープン・イノベーションや、ユーザニー
ズを知り尽くした異分野産業との連携、日本企業のものづくりの強みである垂

47
直統合と水平分業の組み合わせなどが新しいイノベーションのきっかけとなり
うる。

iv) 経営者の強いリーダーシップとスピード/決断力

急速な技術革新が進む中、長期的なイノベーション戦略を見据えながら、
明確な選択と集中をもとに、技術革新によって具現化したソリューションを迅
速に市場に投入する決断力が、エレクトロニクス企業の競争力を大きく左右
する。

「象の時間」と言われる経営判断の遅さから脱し、経営トップによる大局的
視野からの明確な判断、長期的な視点でユーザのウオンツに対応した製品・
ソリューションを迅速に市場へ投入する決断力/スピードが求められている。

v) サステーナブルなビジネスモデル

ユーザのニーズは機器の所有ではなく、機器を使うことによる効能へと大
きく変化しており、これまでの製品の販売と言ったビジネスモデルではない、
新たなビジネスモデルが成立する可能性がある。

さらに、過去の事例・経験から、「規制・商習慣による既得権益化と国内ガラパ
ゴス化」、「競争相手が多すぎることによる過当競争」、「アジア諸国等と比べた国
家支援の多寡」、「経営者の報酬水準の低さ」といった教訓もある。

② 具体的な方策

必要な力を伸ばし競争力を高めるためには、企業自らが、自社の競争力と
伸ばすべき分野についての「気づき」を得、的確な分析に基づいた経営戦略
を立案し、トップの強力なリーダーシップでそれを実行することこそが、企業
の競争力向上の原動力である。

特に、売上高やシェアなどの主に過去の業績を捉えた結果指標ではなく、
将来の競争力を示す競争力指標が必要ではないか。

i) 競争力指標の開発・普及

競争力の「見える化」を図るため、以下のような要素を含む、今後の社会の
変化に柔軟に対応する競争力に関して求められる能力を示す新競争力指標
(案)の策定を引き続き検討すべきではないか。

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・イノベーション能力
・ソリューション提供能力
・価格支配力
・グローバル度
・環境貢献度
・異分野融合力
・選択と集中
・リーダーシップ能力 等

さらに、このような経営戦略の立案と遂行を政策的に強く後押しするため、
政府としても、様々な分野からの参加者による「知の融合」の下にイノベーシ
ョンを推進し、また、社会制度やシステムの変革を通じた事業環境整備に取り
組むことが必要。そのためには、次のような視点から、施策の具体化を検討
することが必要ではないか。

ii) 日本をイノベーションセンターとするための環境作り
合理的・効率的な規制体系
諸外国と較べて見劣りしない最先端技術の追求を支援するシステム
「感性価値イニシアティブ」の推進
国内で大規模投資を行う企業に対しての国際的なイコールフッティング
の検討
最先端技術の研究開発
組込システムのセキュリティ評価体制の整備
iii) グローバルなソリューション提供能力の充実への支援
「グリーンITイニシアティブ」の推進
技術の実用化支援
他産業とのビジネスマッチング支援
グローバルにソリューションを提供するためのプラットフォームの共同開
発・規格化
iv) 日本の企業の強みを活かしたソリューションの価値を高めるインフラとして
の国際的なメカニズム作り
グリーンITによる「環境貢献の可視化」と世界への普及支援
環境規制の国際調和及びアジアの環境技術の実証
企業間連携によるトレーサビリティ確保による新安全プロジェクト
環境や安全への配慮が不足する製品が取引されにくい仕組みの検討
戦略的な国際標準化の推進
v) 知の融合の加速
独立行政法人の施策活用等による異分野連携の枠組みの提供

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インテレクチュアルカフェのような知識融合活動促進
文系理系融合人材の育成、専攻、業種を超えた alumni 交流の活性化
vi) リーダーの知識・判断力による「選択と集中」の実現への支援
変わることへのインセンティブ、スピードある判断の後押しとなる仕組み
「選択と集中」を実践する企業に対する国際的イコールフッティングの
検討
主力事業の優位性を計る指標の収集・集計、他制度との連携
強みやバリューチェーンの見える化の加速
リーダー人材の育成
vii) サステーナブルモデルの実証実験、その他
実証実験の実施とその成果の普及

(2) 情報サービス・ソフトウェア産業の競争力強化

① 基本的な考え方

ソフトウェアを巡り、その開発手法、管理手法のみならず、サービス形態等に
ついても国際標準化の動きが加速している。日本独自の手法を続けて国際
的に孤立する場合には、市場を喪失する結果となるのではないか。

グローバル化が必ずしも一極主導ではないことを踏まえつつ、我が国産業
の優位性を基に国際的な合従連衡に積極的に与していくことが急務ではな
いか。

我が国市場の高度で先鋭的な需要をグローバルな市場に対する競争力に
転換していくための仕掛けが必要ではないか。このため、平成18年9月にと
りまとめた「情報サービス・ソフトウェア産業維新」も踏まえつつ、様々な産業
基盤の強化とグローバルな競争力を直結させていくための制度的・戦略的
な取組を強化すべきではないか。

② 具体的な方策

i) 情報システム・ソフトウェアの高信頼性の獲得

ユーザの求める機能・品質を確実に実現する情報システム・ソフトウェア
の開発環境を実現するため、開発・運用に係るユーザ・ベンダ間の責
任分担関係を明確化するとともに、柔軟な紛争処理システムの整備とI
Tと法務の両分野に通じた専門家を育成すべきではないか。

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ソフトウェアの信頼性が世界で注目されている流れを捉え、先端的ソフ
トウェア・エンジニアリング手法や規格、基準等のソフトウェア開発・運用
の手法確立・ツール化・可視化を進め、国際標準化の議論を主導し、
“Made in Japan”をアピールすべきではないか。同時に、信頼性だけを
徒に追求するのではなく、ユーザの求める適切なサービスレベルの選
択を可能とする柔軟性の確保も重要ではないか。重要インフラに係る情
報システムの信頼性向上のための重要インフラ事業者間の情報共有や
技術水準の高度化を支援すべきではないか。

ii) 融合領域におけるソフトウェア技術・活用の強化

ネットワーク上に氾濫する大量の情報を様々なサービス形態と融合させ、
新たなサービス事業を創出するとともに、その国際展開を推進していく
環境を整備し、情報とサービスの融合を促すコラボレーション・プラット
フォームの提供及び融合を可能とする技術的課題に対応したリアルタ
イム処理技術の開発を促進するべきではないか。

我が国が強みを有する製造業等において蓄積されてきた技術とソフトウ
ェアにおける機能実現力の融合を促進すべきではないか。また、ソフト
ウェアの機能・アーキテクチャに係る競争領域と非競争領域の選別をい
ち早く進め、自動車等の分野を始めとして、非競争領域における業界
横断的な取組を進め、国際標準を積極的に獲得すべきではないか。

セットメーカ、ソフトベンダ等を集めた協議会を立ち上げ、自動車、情報
家電等拡大する組込みソフトウェア産業の基盤強化・環境整備を図ると
ともに、戦略分野におけるコンソーシアムの形成を進め、グローバル展
開を視野に入れた戦略的な投資の実施を促すべきではないか。

今後、組込み機器と情報システムとの融合が進み、協調・統合制御が
進展していくことから、統合されたシステム全体を設計できる高信頼な
手法・ツールの検討に着手すべきではないか。

iii) IT人材の育成・確保

多様な拡がりを見せるIT人材の動向を把握するため、IT人材白書の作
成を開始すべきではないか。

ITに関するエンジニアリング教育強化に向け、ナショナルセンター的機
能を実現するための人材育成関係機関間の密接な連携体制を構築す
べきではないか。また、カリキュラム標準、大学等における学習習熟度

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を測る評価指標や産業界からの人材を教育現場に派遣するためのトレ
ーニング・システムの構築など、教育体制強化に必要となるツールを整
備・普及すべきではないか。

個人のキャリアパス形成と企業の人材育成の一致を図るべく、モデルキ
ャリア形成計画を策定するとともに、企業ごとのキャリア形成計画の設定
を推進すべきではないか。また、キャリア形成計画の実効性を上げるた
め、情報処理技術者試験とスキル標準の整合化を図る共通キャリア・ス
キルフレームワークとの連携を促進すべきではないか。

さらに、ITの複雑化・専門化を支える専門人材が活躍し、その後進を育
成する苗床となる専門家コミュニティの形成を進めるとともに、その予備
軍の強化を担うリカレント教育体制を整備すべきではないか。

社会的・世界的にインパクトを与えるソフトウェアやサービスを産み出す
ことができる突出した人材の発掘・育成の強化と活躍できる環境を整備
すべきではないか。

ITの社会への浸透を支える初等中等教育段階におけるIT基礎教育の
充実を図るべきではないか。

iv) 地域におけるITリソースの強化とIT経営の推進

中小企業向けSaaS活用基盤整備事業、IT経営応援隊やIT経営力大
賞等を通じて地域中小ユーザのITに対するニーズの顕在化を進めるべ
きではないか。

多重下請構造の中に埋没していた地域ベンダが連携して顕在化したニ
ーズに直接応える仕組みを整備することで、地域におけるITリソースの
潜在能力を最大限に発揮すべきではないか。

ITサービスの提供やソフトウェアの供給が必ずしも充分でない小規模ユ
ーザを主対象とした中小企業向けSaaS活用基盤整備事業を更に広め
ていくべきではないか。

より高度なIT経営を目指す中小企業の活動を支援するため、IT経営応
援隊による研修やセミナー等を通じた情報提供を行う他、中小企業IT経
営力大賞を通じて、頑張る中小企業を顕彰して支援すべきではないか。

また、企業内最適化や、大企業と中小企業、中小企業間のデータ連携
を通じた企業間最適を達成するためのプラットフォーム構築を検討すべ
きではないか。

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v) オープン・イノベーションの基盤整備

基盤ソフトウェアや基本的なアプリケーション・ソフトウェアの標準化が進
み、オープンな形で活用される流れが決定的になる中、そうしたソフトウ
ェアを組み合わせて機能を最大限に引き出していく能力が競争力を強
化していく上で重要な鍵となるのではないか。

ソフトウェア間の適合性・相互運用性を評価する基盤を整えるとともに、
政府調達において技術参照モデルの活用を進め、我が国におけるオ
ープン・イノベーションの環境を強化してくべきではないか。

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おわりに

産業構造審議会情報経済分科会では、平成20年2月から5月まで、4回にわたって精力
的に審議を行い、ITを巡る現状と課題について整理を行ってきた。

審議は、情報の価値化とバリューチェーンの再構築といった、各分野に共通して見られ
る現象への分析と、その活性化という切り口から行われた。
その後、その切り口からあるべき施策全体を整理し、「デジタル融合の誘発とその基盤
整備」によって、「知識融合による新たな成長力の強化」を得るための施策課題を整理す
るという形で中間的な論点の整理を得るにいたった。

今後は、こうした施策の具体化に向けた検討の進展を期待するとともに、その具体化に
当たって重要な検討課題が生じた場合には、随時、分科会としての討議を再開することと
する。

以上

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