官能小説自動生成ソフト「七度文庫」開発日記

1.熱病にとりつかれた最初の夜
 小説を自動生成するプログラムを作成しようというアイデアを思いついたのは今か
ら一昔前の1989年の春である。
 当時、自主制作映画を作っていた友達から今からすぐ新宿の喫茶店に来てくれと電
話があった。
 電話をくれたのはシナリオスクールに通ってシナリオの勉強をしている女の子から
だ。シナリオスクールとはいっても、週に何度か通うだけの、カルチャースクールに
毛が生えたようなスクールだ。
 そのシナリオスクールのメンバーに声を書けて自主制作の8ミリ映画を作ることに
なり、そのシナリオ案がなかなか決まらなくて困ってるという相談だ。
 いつも喫茶店に集まって相談して、今日も朝から一日喫茶店で話しをしているとい
う。
 そこで私にもシナリオをみてもらって意見を言って欲しいということだ。
 今から出かけても、相談はもう終わってるだろうからと言ってみると、喫茶店にい
つも丸一日粘って相談してるからと言われてびっくりしてしまった。
 長い時間議論すればその分充実してるとでも思ってるらしかった。
 新宿の駅前で待ち合わせをして、歌舞伎町の近くの喫茶店に入るとメンバーがテー
ブルを囲んでいた。
 そこで、この次作る映画のシナリオ案を見せられた。
 時間がないのでさっと読んだだけだったが正直なところあまりできがいいとは思え
なかった。
 私はシナリオのことはよく判らないので適当にもっともらしく意見をいったあと
「大勢で長時間集まって議論するのは時間の無駄だ」と言ってみた。
 だがその返事は「じっくり議論しないといいシナリオは出来ない」と言い返された
だけだった。
 私はあまりの馬鹿馬鹿しさにもうこの連中とは関わらないほうがいいと思った。
 それから数日たったある日、私はまったく突然にコンピュータで映画のシナリオを
自動生成できないかと思いついた。
 そしてその瞬間から私の頭の中には次から次へとプログラムのアイデアが浮かび、
私の頭の中は、嵐のようになり眠りにつくことが出来なくなった。
 ストーリーの断片を自動的に繋げていくソフトを作ればシナリオを自動生成でき
る。ストーリーは分岐できるようにすればいい。分岐を自動的に行えるようにすれ
ば、どんなシナリオでも生成できる。
 私はこんな素晴らしいアイデアは生涯にこの一度だけだろうと確信した。
 私は寝るのをやめてプログラムの作成に取りかかった。疲れ果ててようやく眠りに
ついたのはもう朝も過ぎて昼近くになっていた。
 それから10日ほどだろうか、私は近所のコンビニのおにぎりとサンドイッチを食
べつつけ、朝の6時くらいから、10時くらいまで4時間ほど寝る時間を除いて、プ
ログラムを作り続けた。
 毎日夢中になってパソコンに向かい続けて、止めることが出来なかった。
 頭が疲れ切って、仕事が続けられなくなるまで寝ることが出来なかったのだ。
 だがアイデアは素晴らしくても、簡単にできるソフトでは無いことはすぐ判った。
 ゆっくり落ち着いてプログラミングの方針を考えた方がいいことはよく判っていた
がしかし、私はパソコンの前に座ってなんでも思いついたプログラムを作り続けるの
を止められなかった。
 数日経って、自分でもいったい何をしているのか自分でも判らなくなったが、それ

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でも思いついたプログラムを作り続けた。
 しかし10日ほど過ぎて私はようやく熱病からさめた。
 疲れが限界に達して一度寝たらもう起きあがれなくなったのだ。
 私はそれから数日間ひたすら寝続けた。
 三日ほど過ぎた後、もうコンピュータに向かう気力がすっかりなくなってから、あ
らためて10日間にできあがったプログラムを確かめてみた。
 いったい何のプログラム作っていたのか自分でも思い出せなかった。
 よくよく見てみると、それはできの悪い小説の断片をC言語の printf 文で表示する
だけのプログラムだった。
 なんのことはない、私は10日間ずっと printf 文の文字列を打ち続けていただけ
だったのだ。
 私はあまりの馬鹿馬鹿しさに、もうこんなプログラムのことを考えるのはやめよう
と思った。

2.繰り返す熱病
 しかしそれから何ヶ月か過ぎて私はまた、不意に新しいアイデアを思いついた。
前回のやりかたは、文章を分岐することによりストーリーを作るという方法だった
が、今回のアイデアはコンピュータの中に仮想の世界を作り、その中で主人公が暮ら
す日常生活を文章として吐き出すというやり方だ。
この方がずっと素晴らしいアイデアだしどんなストーリーでも自動生成できる。
コンピュータの中の世界では確率モデルによって朝起きてから夜寝るまでの生活を記
述すればいい。
確かにこれはいいアイデアだった。
試しに作ってみたプログラムでは、女子大生が不意に男の子に軟派されて交際を始め
たり。
同時に複数の男性と交際を始めたりとまったく何が起こるか判らなかった。
私は前の時と同じように朝の10時から午前6時までプログラミングを続けた。
一日中パソコンの前に向かって、ひたすら疲れ果てて起きていられなくなるまでプロ
グラミングの作業をやり続けた。
だがこの作業も結局中断することになった。
10日ほどして疲れが限界に達して、一度寝たらもう起きられなくなったのだ。
私はまた数日間ひたすら寝続け、熱病からさめるとしばらくはプログラムを作る気力
は失ってしまった。
その後も数ヶ月おきに熱病が私を襲った。
すこしずつアイデアを追加してだんだんとプログラムは形が整ってきた。
だが結局確率モデルの方法では上手くいかないことが判ってきた。
確率モデルの場合は、どうしてもストーリーの出だしが皆同じようなパターンになっ
てしまい、後半に行くに連れて多様性が増していく展開になる。
だがストーリーを読む方にしてみれば、途中まで同じストーリーというのは後半が面
白くても全部を読もう言う気は起きない。
その上確率モデルを使った場合は、確率をパラメータで与えなければならない。
パラメータの調整の仕方で生成される女子大生の生活はまったく変わってしまう。
都合の悪いことに、生成されたストーリーに極端な偏りがでてしまって、それをパラ
メーターの調整で直すのが不可能なのだ。
どこが違うのか訳が分からないような同じようなストーリーが大量に繰り返し生成さ
れるかと思えば、面白いはずの組み合わせは何度やっても登場しなかったりする。
パラメータの調整だけでは、面白いストーリーだけを毎回違うパターンで上手く選択
的に生成させるのはかなり難しい。
作業の大部分がパラメーターの調整に費やされるようになり、作業はまったく前に進

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まなくなった。
いくらやった所で手作業でのパラメーター調整はとても不可能で、他の方法をなんと
か探そうとした。
それにはパラメータの最適化プログラムを作成するしか方法はない。
あらかじめ、決められたシナリオパターンを用意して、そのシナリオパターンごとに
最適なパラメータを決める方法でないと上手くは行きそうになかった。
だがシナリオパターンを多数作成して、そのパターンごとに最適化プログラムを作成
するのはあまりにも大変な作業だった。
それに確率モデルと、シナリオモデルの二つの方法を上手く統合する方法は見つから
なかった。
その上、生成された女子大生の行動を文章として記述するソフトはまったく手つかず
のままだった。
そしてなによりも一番基本的なことは「人間は確率で行動しない」という大前提があ
る。
確率の組み合わせで、今日のデートは映画を見た後のあと食事にしようか、カラオケ
にしようかそれともいきなりラブホテルに誘おうかなどという意志決定をする男など
いない。
行動を数値化した統計的データーは結果として行動を確率としては表すことができる
が、映画を見た後のデートコースはそもそも確率で選ぶ行動ではないのだ。
確かに確率モデルは作ろうと思えば作れるが、確率に基づいた行動モデルではシナリ
オの組み立てなど上手くいくはずはないのだ。
確率モデルが生成したシナリオから、ストーリとして出来の良いシナリオを抽出する
アルゴリズムが必要になるのだ。
だがそれは簡単にできる物ではない。
私は結局の所、確率モデルを使ったシナリオの生成法は諦めることにした。
だがそれでも、その後もまた他のアイデアが浮かんでは熱病にとりつかれる日々が続
いた。
アイデアはその度に少しずつは違っていたが、どれもみな同じようなものだった。
女子大生の日記を自動生成するプログラムだったり、また女子大生とチャットができ
るプログラムだったり、起動するたびに違うストリー生成されるのテキストアドベン
チャーゲームだったり、文法解析を行って、文章の言い換えを行うプログラムだった
りした。
どのアイデアも思いついた瞬間にこれはすごいアイデアだと自分で思いこんでしまう
のだ。
そして一度アイデアが浮かぶと、私の頭の中はもうほかのことは何も考えられなくな
り、夜を徹してプログラムを組み続け、疲れで倒れそうになった早朝にやっと眠っ
た。
最初の熱病の時と同じようにひたすら一日中コンピュータに向かってプログラムを組
む生活が10日くらい続くと、疲れが限界に達してやっと熱病からさめそのあとはま
たひたすら寝続けた。
6年間の間もの間に私は何度もこの熱病にとりつかれるのを繰り返した。
しかしできあがったプログラムはどれもまったくのガラクタで何の役にも立たなかっ
た。
誰がどう考えても出来るはずのないプログラムを、アイデアが浮かんだというだけ
で、体が止まらなくなってしまうのだ。
私はもうこんなことを続けるのはやめようと思い、その6年間に作ったガラクタプロ
グラムの入ったフロッピーを全部フォーマットして消してしまうことにした。
フロッピーをフォーマットしているときは、ようやくこれで熱病から救われると思っ
たが、いいまでの苦労は全部消えてしまうので、自分のしていることを納得する気分

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にはなれなかった。
今まで繰り返した熱病はまったく無駄な時間だったことは間違いなく確かだった。
取り返しの付かない時間を無駄なことで使い果たしてしまったのだ。
私はもう出来もしない夢を追いかけるのはやめようと決心した。
これからはちゃんと出来上がる見込みのあるプログラムだけを作ろうと何度も繰り返
し自分で自分に言い聞かせた。

3.偶然の転機
 しかし、それから数ヶ月たって、また新しいアイデアが浮かんだ。
そのとき私は、なにか面白いゲームでも作れないかと思い、チャットの自動生成ソフ
トを作っていた。
コンピューターを相手にチャットをするソフトは文法解析を行わなければいけないの
でもう作るのは諦めていたのだが、人のチャットをのぞき見する感覚で、チャットの
文章を自動生成するのは結構簡単だと思った。
チャットの典型的なパターンを用意して、それがランダムに展開されるように作れば
いいだけなのでそれほど難しくはない。
会話のデータを上手くデーターベース化することが出来れば、あとはプログラムは簡
単だった。
すぐにチャットの会話を自動生成するソフトは出来るにはできた。
だが面白いソフトかというとそれはまた別の話だ。
あれこれ工夫はしてみたが、そこそこ面白い会話は生成できるものの、ゲームとして
それほど面白いものでもなかった。
一度動かしてみればそれっきりで、何度も動かそうと言う気にはなれないソフトだ。
それではゲームソフトとしての面白さは何もない。
結局このソフトもまた没にするしかないと思ったが、私はもっといいアイデアを思い
つた。
チャットの自動生成ソフトをそのまま、小説の自動生成ソフトに転用できないかとい
うアイデアだった。
チャットの生成ソフトは、チャット文章のデーターベースを内部で抱え込んであり、
そのソースコードは、チャット文章のシナリオから生成するよう作ってある。
チャット文章のシナリオの代わりに小説のシナリオを使ってみたらどうだろうかとふ
と思いついたのだ。
私は、以前作って没になったテキストアドベンチャーゲームのシナリオをチャット文
章にカットアンドペーストで書き込んだ。
そして、チャット会話用のデータベースに変換してプログラムを動かしてみた。
できあがった文章は、どうにかこうにか小説らしい雰囲気の文章だった。
私はその文章を見て、これならいけると思った。
とりあえず手を入れるところをいくつか直してプログラムを一応仕上げてみた。
まだまだ未熟だったが、私にとっては最初の成功だった。
そのとき作った七度文庫の最初のバージョンは 1995 年 9 月 4 日の日付で私のハード
ディスクに眠っている。
私は今までの失敗をもう一度振り返ってみた。
いままで何度やってもうまく行かなかったのは、小説を生成するプログラムを直接
コーディングしようとしていたためだったのだ。
小説記述言語を作成すれば、作業手順としては遠回りになるが、今度はうまくいきそ
うだと気がついた。
だが小説の自動生成ソフトがそれですぐに出来るとは思えなかった。

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この方法では確率モデルを使った方法に比べて、きわめて簡単な構成の小説しか生成
できないのは最初から判っていた。
シナリオ記述言語を使ってシナリオを記述するというのは、アドベンチャーゲームの
シナリオ記述言語と同じ方法だ。
アドベンチャーゲームの選択肢を自動で選ぶような小説しかこの方法では生成できな
い。
一般の文学作品や、推理小説や、テレビドラマのシナリオのような複雑な物語はどう
工夫しても生成できるはずはない。
だが私は上手いことを思いついた。
それは官能小説だ。
官能小説というのは筋書きはみんな似たような物で、官能描写の所などどれを読んで
もみな同じだ。
官能小説の場合ストーリーはそれこそなんでもよくて、最後にエッチ場面がありさえ
すればいい。
官能小説のシナリオパターンを大量に用意して、それぞれで内部で分岐構造を持たせ
れば、実質的には官能小説の自動生成が可能だと気が付いた。
そして官能描写なんていうのは、適当にランダムにエッチな文章を吐き出せばいいだ
けだ。
女の子の一人称の体験告白小説なら文章も下手で良いので、生成は簡単に出来る。
体験告白小説に限定すれば、官能小説のシナリオ自動生成と、官能描写の自動生成を
組み合わせた、夢の官能小説自動生成ソフトを作れると思った。
これは確かに作ろうと思えば作れるソフトで、まったくの夢物語ではない。
それで、ほかのソフトの作成は切り上げて、小説記述言語の作成に全力を注ぐことに
した。
そんなことで、当時はまだ名前の付いていなかった七度言語の作成にとりかかること
になった。

4.何度も立ちはだかる壁
 私はシナリオを少しづつ追加しながら、七度言語の仕様を追加していった。
官能小説のシナリオを自分で作るのは大変なので、神田のアダルト専門の書店に行っ
て、エッチな雑誌を数冊買ってきた。
だがエッチな雑誌というのは、どうも同じネタを繰り返し使って書くらしくてとても
シナリオの参考にできる物ではなかった。
私は将来の商品化を考えるとシナリオはオリジナルの方がいいと思い、市販の官能小
説を参考にするのは止めにして自分でシナリオを作ることにした。
他の人が書いた小説を読んで、それを参考にシナリオを書くという作業よりは、自分
でシナリオを作った方が実際の所、作業時間は短くて済むし余計な手間もかからず作
業もはかどった。
それに自分でシナリオを作るというのは、苦労も多いが楽しい作業だった。
仕事の合間に時間を作っての作業はなかなかはかどらなかったが、最初は順調に作業
が進んだ。
しかし、難関は以外と早く私の前に立ちはだかった。
当時の16ビットのコンパイラーでは一つのファイルに変数を1000個程度しか定
義できなかったのだ。
それ以上に変数が多いと、コンパイラーがエラーを返してきた。
シナリオの文章一行に一変数を割り当てていたので、これでは最大1000行しか定
義できない。

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当時のパソコンのCコンパイラーの性能というのはまだその程度だったのだ。
すぐには解決方法は見つからなくて、いろいろ試しては見たが全部だめだった。
私はもしかしてアセンブラだったら変数の個数の制限はないのではと考えた。
アセンブラというのは知らない人も多いと思うが、機械語と一対一に対応するコード
を出力するかなり原始的な言語だ。
昔はパソコンのソフトはアセンブラで書いた物だが、いまはもうアセンブラでコー
ディングするプログラマーなどいない。
だがアセンブラでもまたきっとどこかで制限に引っかかってぶん駄目だと思った。
まあ一応やってみようと、Cのソースコードを自動的にアセンブラのコードに展開す
るプログラムを組んでみた。
やってみたらどうゆう訳か上手くいってしまった。
それでひとまず最初の壁は乗り越えた。
アセンブラならいくら変数の数が増えても制限はなかったので作業は順調に進んだ。
しかし、また次の壁が立ちはだかった。
C言語のコンパイラーが静的データは64キロバイトが上限でそれ以上は定義できな
かった。
当時のパソコンはまだ16ビットマシーンだったので、セグメントによるメモリー管
理をしていたのだ。
1セグメントは64キロバイトで、それを越すデータは定義できない。
シナリオを追加していくうちにその上限にたどり着くのにたいして時間はかからな
かった。
私はいろいろ試してみたが結局どうにもならなかった。
これで開発は行き止まりかと一度は諦めたが、またアイデアが浮かんだ。
C言語のコンパイラーは静的データに決まったセグメント名を割り当てる。
セグメントは最大64キロバイトなので、別のセグメント名を使えばなんとかなるか
もしれないと思った。
だがそれは通常のC言語のコンパイラーの規約からははずれてしまうので、上手く動
くかどうかは判らない。
他に思いつく方法もないので、ともかくやってみることにした。
私はたぶん運が良かったのだと思うが、これも予想外に上手くいった。
1セグメント64キロバイトなので、必要な分だけデータのセグメントを作ればよ
かった。
これで静的データの制限もなくなり、私はもうこれで大丈夫だと安心して開発を続け
た。
しかし、また次の壁が待ち受けていた。
プログラムと、シナリオのテキストデータが大きくなりすぎて、コンパイルとリンク
の時間が10分を超えてしまった。
当時開発に使っていたのはDOSのパソコンで、画面は横 80 縦 25 文字の固定だっ
た。
同時にエディターで開けるのはせいぜいテキストファイルが二つまでで、ソースコー
ドを修正したあとは、すべてのファイルを閉じて、コンパイラーを動かして、そのあ
と実行してまた修正の為にエディターを起動するという作業の繰り返しだった。
大変手間のかかる作業で、その上コンパイラの待ち時間が10分を越えてしまったら
とても作業にはならない。
結局の所性能のいいパソコンが安く購入出来る時期が来るまで、作業は中断せざる得
なかった。

5.Windows に移植

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 私は一年ほど作業を中断したあとようやく Windows95 パソコンを購入して、作業を
再開した。
その頃にはもうプログラムもそこそこの出来だったので、以前のように熱病に襲われ
ることもなくなっていた。
もともとDOSのC言語で書いたプログラムを VC++に移植する作業は、正直な所気
が遠くなる作業だった。
マイクロソフトのビジュアルCというのは、買ってきたものの使い方が全く判らな
かった。
マニュアルを読んでも全然判らないので、初心者向けの入門書を何冊か買ってきたが
それでも判らない。
見本に書いてあるプログラムをそっくりそのまま動かしてみるとどうにか動いたの
で、見本のプログラムを順に動かしながら少しづつ勉強した。
結局移植をするのに数ヶ月もかかってしまい、もうとても気力を使い果たしてしまっ
た。
しかしなんとか無事プログラムは動くようになった。
しばらくはもう見るのもいやな気分だったが、気分を持ち直してまたシナリオの追加
作業を始めた。
開発環境がウィンドーズになってからは、エディターを終了せずにコンパイラーを起
動できるのでずいぶんと作業は効率が良くなった。
それにエディターで同時にいくつもファイルを開いたままにできるので、DOS で開発
をしているときよりもずっとシナリオを書くの楽になった。
もともと文章を書くのは好きなので、シナリオは以外とスラスラとかけた。
調子のいいときは、次から次へとアイデアが浮かんだり、また逆に数ヶ月もアイデア
が出ずに苦しんだりと波が大きくて苦労は多かった。
取材のためというかネタを拾うために、学園祭の季節にはピアを買って日程を調べて
は、学園祭を見に行った。
今では学園祭の日程はインターネットで調べればすぐ判るが、当時はまだピアに学園
祭の特集記事が掲載されていた頃だ。
私は大学生の時には自分の大学の学園祭にも一年生の時一度行っただけなので、あら
ためて学園祭をあちこち見て歩くと、もっと学生時代に学生生活を楽しんでおけばよ
かったとつくづく後悔した。
学園祭の準備に夢中になるのは、学生生活にとっても貴重な体験だし、私にはそれが
無かった。
女子大の学園祭にも何度も足を運んで、学生生活の様子をいろいろ見て歩くことがで
きた。
男女共学の大学の学園祭に比べて、女子大の学園祭はどこの大学も展示や模擬店はか
なり寂しくて、研究発表もほとんどなかった。
学園祭を見に来る客も、学生の父兄や倶楽部活動で交流のある他の大学の男子学生く
らいであまり活気はない。
女子大というのは外から見るほど花の女の園という訳ではないというのが学園祭を見
ての印象だった。
女子大に限らずそれぞれの大学ごとに、学園祭の雰囲気がずいぶんと違うので、シナ
リオを書くのには随分と役だった。
シナリオは次第に量が増えて、数年で400文字原稿用紙換算で、500枚を超して
しまった。
官能描写は、神田の古本屋でたまたま見つけたエマニエル婦人の英語版を参考にし
た。
日本語では過激すぎて翻訳できなかった文章がそのまま英語では読むことが出来た。
私の英語力では読むのはかなり大変だったが、英語の勉強にはちょうどよかった。

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シナリオが増える連れソースコードのサイズも大きくなると、またコンパイルとリン
クに10分近くかかるようになってしまった。
だが幸いなことに、パソコンはもうかなり安くなっていたので、より高性能のパソコ
ンに買い換えて作業を続けた。
バックアップ用にMOも買ったので、以前のようにフロッピーにバックアップする必
要がなくなり作業はまたさらに楽になった。
次第にプログラムも完成度が高くなり、シナリオの量も増えてきたが、それでもいつ
完成するのかははっきりとした見通しは立てられなかった。
ここまでやったんだからともかく完成させるしかないという思いで作業を続けたが、
いつ終わるか見通しの判らない作業は精神的にも不安な気持ちで一杯だった。
仕事の暇なときを見つけては少しづつでもシナリオの追加と、七度言語の仕様の追加
を繰り返した。
ひとまずだいたいの形が出来た言えるまでプログラムを仕上あがった頃、試しに動か
してみた。
数100回も起動を繰り返して小説を生成させてみると、やはり不満な点も多かっ
た。
十分に錬ったよくできたシナリオもあったが、最初の頃作ってそのまま手抜きのまま
未完成のシナリオも多かった。
私は作ったシナリオの一覧表を作り、シナリオに10項目くらいの基準で点数をつ
け、点数の悪いシナリオを選んでは書き換えるという作業を続けた。
そしてゲーム全体のバランスを調整する作業がしだいに作業の中心となっていた。
最終的にはシナリオの分量は400文字原稿用紙換算で、1000枚を上回る量に
なった。

6.公開への長い道
 プログラムの完成度はまだ十分とは言えなかったが、そろそろ公開する方法を考え
る時期になった。
 いろいろと考えては見た物の、すぐに素晴らしいデビューが出来る方法はありそう
になかった。
 ひとまず考えられる公開の方法は
1.フリーソフトとして公開する
2.シェアウェアとして公開する
3.同人ソフトとしてインターネットで販売する
などの道があると思った。
フリーソフトの場合は未完成のソフトでもひとまず登録して、少しずつバージョン
アップができるので作業は気分的に随分と楽になる。
いつ完成するか判らないソフトを作るという精神的な不安からは逃れることができる
ので魅力があった。
しかし、フリーソフトとして公開しても、毎月大量のフリーのゲームが公開されてい
るので、それほど目立ったデビューはできそうにない。
またシェアウェアとして金を払うようなソフトでもない。
それに、官能小説の自動生成というアダルト向けのソフトを公開できる、サイトはフ
リーソフトでもシェアウェアでも限られてしまう。
自分でホームページを作って載せたところで、ホームページを見に来る人などいるは
ずもない。
同人ソフトにしたところで、ほとんど誰にも知られることはないだろう。

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私は一度で有名になれるデビューの仕方が欲しかった。
そのためには、投稿ソフトとして雑誌に掲載してもらうか、ゲームコンテストに応募
するのが一番いいと思った。
だがそんなに都合良く、載せてもらえる雑誌があるかも判らなかったし、ゲームコン
テストも官能小説自動生成ソフトを応募できるコンテストがあるかどうかは判らな
かった。
本屋にいってゲーム関係の雑誌を立ち読みすると、アスキーのエンターテイメントソ
フトウエアコンテスト(通称Aコン)が目に付いた。
賞金は一千万というのはかなり魅力的だ。
インターネットで過去の入選作を調べてみると、官能小説の自動生成ソフトというの
は無かった。
もしかして過去に応募した例があるかもしれないと思ったが、入選していなければ別
に構わない。
募集要綱を見てもはっきりアダルト向けソフトが応募できないとは書いていなかっ
た。
私は第4回のAコンに応募する予定で作業を続けた。
しかし不意に急ぎの仕事が入ってしまい、なかなか仕事の空き時間がつくれなくて、
応募期限までには、納得のいく仕上がりには出来なかった。
未完成のまま応募したところで、入賞できる見込みはないだろう。
私は仕方なくあきらめて第5回のAコンに応募することにした。
第4回のAコンの発表のあと私は第5回の募集要綱の発表を待った。
しかし、なんということだろうか、Aコンがなくなってしまったのだ。
そかわりに始まるのがエンターブレインゲームコンテストで、いきなり第5回から始
まるという。
しかも、いつ始まるか分からない。
私は毎日エンターブレインのゲームコンテストのホームページをアクセスした。
しかしエンターブレインゲームコンテストの告知はいつまで待ってもなかった。
応募要綱がホームページで公開されたのはようやく 2000 年の 11 月になってからだっ
た。
しかし、コンテストが遅れたのは私にとっては幸運だったのかもしれない。
都合よく時間を作ることが出来て、私はシナリオの追加を繰り返し行い、最初の予定
よりは、かなり完成度を高めることができた。
それでも自分の納得できる完成度の3割程度だろうか。
直そうとは思っても手つかずでのままにやり残したシナリオも多かったし、官能描写
の自動生成はまだまだ完成度は低かった。

7.エンターブレインゲームコンテストに応募
 ゲームコンテストの締め切り間際の6月はちょうど仕事の合間で時間が取れたの
で、コンテスト応募のための最後の追い込み作業を頑張って続けた。
 だが月末にちょうど急ぎの仕事が入ってしまったので、少し早めに 2001 年の 6 月
19 日に、書留でできあがった七度文庫をエンターブレインゲームコンテストの事務局
に送った。
応募の用紙には制作ノートを書く欄があり、私はあれこれ考えて工夫して書いてみ
た。
----------------------------------------------------------------制作ノート

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いつものようにインターネットにアクセスすると、メールが来ていた。
なんでも、アダルト小説を有料でダウンロードできるサイトができたらしい。
H場面のない見本をひとまず読んで、H場面が読みたければ、金を払えということ
だ。
私は、あまりの馬鹿馬鹿しい発想にあきれ果ててしまった。
いくらインターネットで新しいビジネスが可能になるとはいえ、アダルト小説のH場
面を読みたければ金を払えと言う商売は、どうゆうつもりなのだろう。
小説と名が付くとは言えアダルト小説は、筋書きもみな同じ様なもので、H場面も似
たり寄ったりである。
こんなものに金を払ってダウンロードする意味などあるのだろうか。
そこで私は、従来より開発を続けていた小説を自動生成する言語(七度言語)にアダ
ルト小説を書かせることにした。
この試みは困難な道を乗り越える必要が幾たびもあった。
しかし、私はようやくアダルト小説自動生成ソフトの最初のバージョンをリリースで
きるまでにこぎ着けた。
このソフトは、アダルト小説を限りなく生成し続けてくれると言うまことに結構なソ
フトである。
H場面は似たような文章しか生成できないが、もともとH場面などというのは、みん
な同じ用なものなので、そんなことは気にするほどの事はない。
このソフト一つあれば、一生の間インターネットからアダルト小説をダウンロードす
る必要はなくなるであろう。
もちろん、インターネットでアダルト小説をダウンロードさせる商売も成り立たなく
なるだろうが、もともとそんな商売をするほうが悪いのである。
----------------------------------------------------------------自分では気の利いた文章のつもりだったが、審査員の先生方がどう思われるのか、そ
れは私には判らないことだった。
 郵便局からの帰り道は、ようやくこれで12年もかかったソフトの作成に一区切り
付いたと自分でも納得できた。
 家に戻ってから念のためにインターネットで検索をかけて、似たようなアイデアの
ソフトがないか調べてみた。
 もし私の作ったソフトより出来のいいソフトがすでにあるのなら、私の12年間の
苦労は、全部無駄だったことになる。
最初にベクターのゲームサイトを調べてみた。
ジャンル分けしてあるゲームのリストの一覧を調べたりしてみた。
ビジュアルノベルというのはいろいろあったが、絵が出ないという小説はあまり見あ
たらなかった。
もともとベクターではアダルトソフトは登録できないので、官能小説と名の付くソフ
トはまったくななかった。
文章の自動生成ソフトとして、マルコフ過程を用いた物はあるにはあったが、マルコ
フ過程を使った文章の自動生成はそもそも意味がない文章しか生成できない。
数理言語学の教科書にも紹介してあり別に目新しい手法ではない。
私の作ったソフトとは原理的に違うので比較するまでもなかった。
大手のサイトも一通りみてみたが、やはり小説の自動生成というのは見当たらなかっ
た。
これで少しは安心したが、他のアダルト専用の同人ソフトのサイトにはもうあるかも
しれない。
同人ソフトのありそうなサイト片端から探してみたがどこにも小説の自動生成はな
い。

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とはいっても、ビジュアルノベルと称するソフトはどこのサイトにもたくさんあっ
た。
絵が出たり音がしたり、それがどうやらコンピューター時代のオンライン小説の未来
像というのが定着していて、文字だけのソフトというのは最初からだれも作ろうとい
う発想はないようだった。
しかし絵が出たほうがいいに決まっているので、絵が出ないのがソフトの長所とは言
えそうにない。
ほかのソフトは、絵が出る分だけ、私のソフトよりできがいいソフトということなの
かもしれないと思った。
いずれにせよ審査員が審査することなので、応募した以上はあとは運を天に任すしか
ない。
小説の自動生成ソフトがすでにあるかどうかは、もっと早めに調べておくべきだった
のだと思う。
だが、自分の作ったソフトよりもっと優れたものがもう出来ているのを見つけるのが
怖くてずっと調べるのは先延ばしにしていたのだ。
もし小説の自動生成ソフトですぐれたソフトがもうすでにインターネットで公開され
ていたとしても、生成される小説のシナリオが良ければ私のソフトの方が出来が良い
と主張できると思っていた。

8.人工知能の研究テーマに物語の自動生成を見つける
 ひとまずオンラインソフトには小説の自動生成がなさそうなことは判ったが、それ
以外でもなにか見つかるかしれないと思い、私はあれこれキーワードを変えて検索を
かけてみた。 たまたま「物語自動生成」のキーワードで検索したとき山梨大学の小
方孝先生のサイトを見つけた。
 どうやら、大学の研究室で人工知能のテーマとして物語の自動生成の研究をしてい
るところがあるらしい。
 私は今まで自分が作ってきたソフトが「人工知能」ソフトに分類されるソフトらし
いと判ってびっくりした。
 そして「物語の自動生成」を研究するための会合として「人口知能学会」に「こと
ば工学研究会」という会合があるのを見つけた。
 私はもしかして、もう小説の自動生成なんてものは人工知能では当たり前にやられ
ていて、官能小説を生成するくらい簡単にできるのかもしれないと半分はがっかりし
た気分でホームページを調べてみた。
 研究者が研究の対象としているのは、もっぱら童話や昔話、民話のたぐいで官能小
説というのは誰もやっていない様子だった。
 考えても見れば、大学や企業の研究所で、官能小説の研究など出来るはずはない
し、やろうと思っても許可されるわけはない。
 私はどの程度のレベルの昔話や民話が生成できるのかを知りたいと思ってあれこれ
調べてみた。
 だが、どこをどう読んでも「物語の自動生成ソフトをこれからどうやって作るか」
という話しはいくらでもあるのだが「出来上がったソフト」というのはどこにもな
かった。
 一応は論文としてそれらしく発表はされているのだが、研究が継続して行われ研究
の成果が積み重ねられた様子はまったくない。
 私は人工知能を研究している大学や、企業の研究所のホームページを片端から検索
をかけてみた。
 いろいろな人口知能関連のホームページを見る限りでは、現在のところ「言語学」
での主要な研究テーマは「自動要約」という文章を自動的に短く要約する研究が主流

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で、文章や物語を生成する研究はあまり行われてはいないのが判った。
 確かに物語の生成について壮大な計画を立てて、計画通り進行中と紹介している
ホームページもあるにはあったが、どれも途中まで計画通りと言うだけで実際にはソ
フトはできてはいない。
 いくら計画を立てて、予定通り完成予定と言ったところで実際にソフトができなけ
れば何もしてないのと同じだ。
 私はどうやらとんでもないソフトを作ってしまったらしいと判ってきた。
 だが、肝心のゲームコンテストの審査委員が私の作ったソフトを理解できるかどう
かはまた別の話だった。

9.待ち望んだ審査結果
 応募はしてみたものの、七度文庫は官能小説というアダルトソフトなので、たぶん
応募資格なしということで門前払いになる可能性が高いと思ってあまり期待はしてい
なかった。
 しかし一次審査通過の通知が届くと、次の2次審査にはついつい期待が大きくなっ
た。
 エンターブレインのゲームコンテストは、もともとエンターブレイン社のツクール
シリーズの拡販のための賞だ。
 大部分のゲームソフトはツクールシリーズで応募してくる。
 だがツクールシリーズで作ったソフトというのは、どうしても似たようなゲームに
なりがちで、個性の強いソフトは作れない。
 その分、オリジナルプログラムは自由にアイデアを発揮できる分オリジナリティー
が高いゲームが作れる。
 それにゲームソフトを自作出来る人はかなり限られているので応募もツクールシ
リーズのゲームソフトに比べてかなり少ない。
 自作ソフトのほうが入賞の確率はかなり高いのは容易に推測できる。
 上位に入賞できなくても、入選さえすればそこそこのデビューにはなる。
 あれこれと考えてはきっと入選できると期待しては、またどうせ駄目に決まってる
と諦めることを繰り返す毎日だった。
 2次審査の結果は 2001 年末に通過者に通知すると要綱には書いてあった。私は年末
の25日くらいから毎日不安な気持ちでいっぱいになりながら、郵便受けを確かめ
た。
 まだ受賞も決まってないのに、私はもし入選したらどうしたらいいかの予定をいろ
いろ思案してみた。
 七度文庫の紹介の為のホームページを作った方がいいし、連絡用のメールアドレス
も必要だ。
 それに受賞までのいきさつを日記に付けておいた方がいいと思い、日記ウェッブに
七度文庫の開発日記を作ったのが12月30日のことだった。
 これで準備はできたと思ったが大晦日の31日になってもなんの通知もなかった。
 結局年を越して正月の三が日が過ぎても通知はこなかった。
 私はやっぱり2次審査は通らなかったとあきらめるしかないと思った。
 それでもどこかであきらめきれない気持ちが残っていた。
 どこか他のゲームコンテストがあれば応募し直せばいいし、また作り直して他のソ
フトとして来年のゲームコンテストに出そうかといろいろと考えた。
 正月が過ぎたあとも、エンターブレインゲームコンテストのホームページには毎日
アクセスして、二次予選について何かか発表があるのではと確かめた。
 ある日新しいお知らせの掲示があり2次審査が遅れてこれから2次通過者に通知を

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するという告知がでていた。
 終わったと思った二次審査は、まだ終わってはいなかったのだ。
 それを見て私の心の中には一度は捨てた希望がまた大きく膨らんできた。
 私は、まだあきらめなくてよかったのだと希望を持ち直した。
 次の日次の日と郵便受けを見たが通知はこなかった。
 しかし次の日にエンターブレインの封筒が郵便受けに入っていた。
 私は、きっと2次審査の通過通知だと確信した。
 だが、封を開けてなかを確かめるまでは、不安な気持ちでいっぱいだった。
 もしかして落選の通知かもしれない喜ぶのは早すぎると思い高ぶる気持ちを落ち着
かせた。
 便せんを広げてみると、やっぱり2次審査の通過通知だった。
 私は何度も繰り返し通知を読み直した。
 何度読んでも、二次審査に通過したという内容に間違いはなかった
 しかし、2次を通過したというだけで、あとは最終審査が残っている。
 最終審査の結果は一月後の予定だった。
 二次審査を通れば最低でも入選にはなるだろうと目算した。
 だが実際の所は発表になってみなければ判らない。
 私はまた、不安な気持ちで毎日の日々をすごさなければならなくなった。

10.伊集院光特別賞受賞
 最終の発表はいつになるのか判らなかったが、まだ当分先だろうと思っていた。
1月末に電話があり、エンターブレイン社からだった。
「七度文庫というゲームソフトを応募なさいましたね」と確認の電話らしかった。
受賞作が決まるのはまだ先の事だとばかり思っていたのできっと本人が応募したかを
確かめる電話なのだろうと思った。
内容が全部オリジナルかどうかの確認の電話だろうと思いながら電話を聞いていた。
しかし、電話の途中で「ゲームコンテストに入賞いたしました」という言葉が聞こえ
た。
その瞬間私はすぐには意味が分からなかったが、受賞の通知の電話だと気が付いて膝
が震えてきた。
審査員の伊集院光さんがとくに七度文庫を推してくれたので、伊集院光特別賞を特別
にもうけということになっらしい。
私はタレントの伊集院光さんの事をあまり良くは知らなかったので、どうして伊集院
光さんが特に私の七度文庫を強く推してくれたのかは事情が分からなかったが、とも
かく伊集院光さんが審査員だったので受賞できたのは幸運だった。
電話の最後に「受賞おめでとうございます」と言われたので、「ありがとうございま
す」と返事をした。
しかし、電話が終わってから電話の声が親戚の甥っ子の声に似ていたのが気になっ
た。
きっとこれは私をからかうためのいたずらなのかもしれないと、半分は疑いの気持ち
が晴れなかった。
 数日たってエンターブレイン社から受賞の合意書の用紙が届いた。
 著作権についての契約の文面だった。
 私はこれでどうやら悪戯電話ではなかったと安心したが、実際に発表があるまでは
まだ気持ちが落ち着かない毎日だった。
 それから一月ほど過ぎた3月1日に朝起きてエンターブレインのホームページを見
ると、受賞作の発表があり、確かに私の七度文庫は伊集院光賞を受賞と書いてあっ
た。

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 私はそのまますぐに近くの本屋に開店間際にいってファミ通を立ち読みした。
 ホームページとそっくり同じ内容が活字になって載っていた。
 私はようやく受賞したのは間違いないと判り、心の中の不安の固まりが溶けていく
のを感じた。

11.授賞式の中止
 授賞式には何を着ていったらいいのか、みっともない格好はできないので、服を
買った方がいいのかと随分と余計な心配をした。
メガネも買い換えた方がいいし、それともユニクロで買ったサングラスをしていこう
かとあれこれ悩んだ。
 しかし結局授賞式は延期になり、そのうえ中止になってしまった。
 おかげで他の受賞者の人と会うチャンスはまったく無くなった。
 賞をとったとはいえ、記念の賞状もなく、記念の盾もなく、これでは受賞したとい
う証拠も残らない。
 まあ残念なことだがそれも仕方のないことだろう。
 コンテストに入賞したからにはインタビューを受けたり、写真が雑誌に紹介された
りいろいろあるのではと思ったが結局期待したような事はなにもなかった。
 エンターブレイン社からアンケートに答える形式の電子メールでの取材があり、そ
れで受賞後の出来事は全部だった。
 七度文庫を賞に選んでくれた伊集院光さんとも結局会うチャンスはなかった。
 エンターブレイン社の雑誌のいくつかにゲームコンテストの特集記事があったが、
それほど大きな記事でもなく簡単な紹介が載っただけだった。
 コンテストに入賞したらきっと大変な騒ぎになると思っていたのだが、騒ぎなどな
にも起きずに拍子抜けした気分だった。
 賞金が入る予定なので私は受賞の記念に腕時計を買うことにした。
 せっかく賞をもらったのだから、それくらいのご褒美は自分で自分にしてもいいだ
ろうと思った。
 とはいっても高級腕時計ではなく、6千300円の安物の時計だ。
 ピックカメラの時計売り場に10回以上も通って選んだ。
「官能小説自動生成ソフト」で賞をとったなどというのは人前で堂々と自慢できる話
ではない。
 授賞式が中止になり雑誌に写真が載ることもなくなったので、伊集院光賞をとった
ことは結局家族にも友人にも誰にも言わないことにした。
 報告したところで褒めてくれるとはとても思えなかったし、どうせ「そんな馬鹿げ
たソフトを作るのはもうこれで止めにしなさい」と忠告されるだけだと思った。
 うっかり余計な事を言って、今後ソフトを作るのを止めるようにと周囲から圧力を
受ける結果になってはたまらない。
 口は災いの元で一度いったら取り消しは聞かないので、言わないでおいた方が得策
だと思った。
 賞金のもう一つの使い道として開発用のパソコンも買うことにした。
 今まで使っていたパソコンではコンパイルとリンクに5分近くかかるので、作業の
大部分がコンパイル待ちの時間で消費されてしまう。
 これでは疲れがたまるだけで作業はちっとも進まない。
 通販でペンティアム1.6ギガ、メモリー1ギガのパソコンを買うことにした。
 これでコンパイルとリンクは数秒で終わることになり、作業はずいぶんと楽になっ
た。
 ハードディスクも80ギガを二台つけたので、容量不足に悩むことは無くなった。
 ディスプレーも17インチに買い換えたので、今までの15インチディスプレーに

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比べて画面は随分と見やすくなった。

12.ホームページの開設
 新しくパソコンも用意でき、Windows XP が使えるうになったので、料金の安く
なった ADSL に加入した。
 私の家は電話局よりかなり遠いので、無事繋がるかどうか心配だったがどうにか大
丈夫だった。
 通信速度は 1.5M で実際にはせいぜい 700k 程度しか出なかったが、以前より格段と
早くなった。なによりもプロバイダーの課金や、電話代を気にせずに済むのは大助か
りだった。それに電話も別に使えるので、以前の様にインターネットをしている最中
は他からかかってきた電話が話し中になるということもなくなった。
 受賞も決まったことだし、七度文庫の公開用のホームページの作成に取りかかっ
た。七度文庫の紹介の文章を作ったり、自動生成された例文集を載せたり他に、七度
言語の仕様を書き始めた。
 七度言語は作りながらいろいろと変遷を繰り返しているので、はっきりとした仕様
は自分でもよく分からない。プログラムをもう一度見直しながら苦労して仕様を書き
上げた。
 あらためて見直してみると、自分でもよくこんなソフトを作ったなと思えるくらい
に機能がいろいろあった。
 毎日少しずつ書き足していって、ホームページを仕上げるのはかなり大変だったが
どうにか仕上げた。しかしホームページを作ってみたはものの、誰も見に来る人はい
なかった。
 私はエンターブレイン社のクリエーターズリンク集というのを見つけて、そこに登
録依頼を出してみた。すると折り返しに来た返事は、エンターブレインのゲームコン
テスト事務局の名前になっていた。ゲームコンテストの受賞作品のホームページから
リンクを張ってもいいという知らせだった。どうやら、クリエーターズリンク集の担
当者が気を利かせて話しを付けてくれたらしい。
 ようやくゲームコンテストのホームページから七度文庫のホームページへのリンク
が張られてからはだんだんとアクセスしてくれる人も増えてきた。
 その年の12月に私は試しに yahoo に登録依頼を出してみた。登録してもらえるか
どうかは判らなかったが、年末のぎりぎりの時期に登録通知メールがきた。それから
は以前よりもホームページのアクセス数が増えて気分的にもすこし安心した。

13.七度文庫人妻編のリリース
 七度文庫は一応は賞をとったものの、雑誌テックウィンに一度収録されただけで、
その後エンターブレイン社からはなんの連絡もなかった。
 私はなんとか七度文庫を商品化するところまで仕上げたかったが、ゲームコンテス
トで伊集院光賞を獲っただけですぐ商品化という事にはならないのだと判って私は
がっかりした気持ちだった。
 商品化への道筋をあれこれ思案していて、私はやっかいな問題に気が付いた。コン
テスト受賞の際の契約で、商品化権はエンターブレイン社が独占的に取得することに
なっている。
 これはエンターブレイン社が商品化してくれれば、たしかにありがたい事なのだ
が、エンターブレイン社が商品化しなければ、永久に商品化はできずに埋もれたまま
になってしまうということなのだ。
 12年間の苦労の末やっと完成したソフトが、このまま日の目を見ずに埋もれてし
まうのではかなわない。

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 商品化のためにはもっと七度文庫をアピールしないといけない、そのためには七度
文庫のバージョンアップをしてより完成度を高める必要があると思った。
 だがバージョンアップ版についても権利はエンターブレイン社が保有しているため
自由に配布はできない。
 そこで私は七度文庫の別バージョンを作ろうと思いついた。
 もちろん官能小説の自動生成というアイデアはいっしょだが、シナリオを新規に作
れば別のゲームということになる。
 もしもアイデアが同じなら、同じゲームだから、シナリオが違っても商品化権はエ
ンターブレインが独占するということになれば、ロールプレイングゲームはシナリオ
が違っても全部同じゲームということになる。
 また同じゲーム作成ツールで作ったゲームはシナリオが違っても全部同じゲームと
いうことになる。
 だれもそんな主張はもっともだとは思わないだろう。
 しかし実際の所作業を始めるのは気が重かった。
 12年かかって作ったソフトを、シナリオだけとはいえもう一度全部作り直すの
だ。
 プログラムはもう出来上がっているので、シナリオを書くだけなのだがそれでも大
変な作業だ。
 いままでの苦労を思うと、簡単にできる作業ではない。
 しかし今のままでは永久に七度文庫は商品として日の目を見ることはない。
 私は2002年11月の終わりに、重い腰を上げて作業に取りかかる事にした。
 完成予定のシナリオのバイト数は600キロバイトが目標だった。
 これは伊集院光賞を受賞したオリジナルの制限版とほぼ同じサイズだ。
 400字詰め原稿用紙換算で850枚程度と、とんでもない量だ。
 原稿用紙に40枚~50枚程度なら短期間に集中して仕上げることもできるが、こ
れだけ量が多くなると、マラソンを走ってるようなもので、毎日少しづつ同じペース
で根気よく書いていかないととても終わらない。
 一日に原稿用紙10枚程度を書くのが精一杯だ。
 最初に立てた予定では、シナリオ作成に3ヶ月から4ヶ月程度の作業量だった。
 ともかく覚悟を決めてやるしかないと自分に言い聞かせて、私は気の遠くなる作業
に取りかかった。
 新しく購入したパソコンが高性能で、以前のようなコンパイルの待ち時間がなかっ
たため、思ったより順調に作業ははかどった。
 最初の頃は割合と快調で正月までに半分を済ませたが、後半になるにつれて次第に
作業がつらくなりなかなか思ったようにははかどらなかった。
 だがそれでもなんとか毎日コンスタントに少しづつでも書き上げて、3月中には予
定の分量のシナリオを書き終わった。
 あとは校正と、微調整の作業が残っていた。
 これも随分と気が遠くなる作業だったがなんとか2003年3月30日にはリリー
スに漕ぎ着けた。
 とは言ってもリリースしたのは「七度文庫人妻編制限版」で官能描写は省略した
バージョンだ。
 最初のバージョンはまだ十分満足のいく仕上がりでは無かったが、その後数回の
バージョンアップを繰り返して、なんとか納得できるまでには仕上げることが出来
た。

14.七度文庫オリジナル版の公開

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 ホームページでの七度文庫人妻編の公開はしたものの、雑誌に紹介されでもしなけ
れば知名度はあがらない。
 しかし雑誌社にコネがあるわけでもないので、頼んで載せてもらえる訳でもない。
 いろいろ調べてみたらエンターブレインのやっている Windows power 誌に投稿窓口
があった。投稿規定も見たが、特にアダルトソフトお断りとも書いてはいなかった。
 フリーソフトを収録しているパソコン雑誌なので、たぶん七度文庫のようなアダル
トソフトは載せてもらえないだろうと最初は思った。それでも一応はどんなソフトが
載っているか確かめようと思って、本屋に行って Windows power 誌を立ち読みしてみ
ると、なんとアダルトビデオ紹介のCDがオマケで付いていた。
 表向きはパソコン雑誌だけれども実はアダルトビデオの紹介もやってる結構エッチ
な雑誌だったのだ。これなら七度文庫人妻編も収録してもらえるかもしれないと思
い、さっそくメールで投稿した。
 しかしいくら待っても返事はこない。私はやっぱり駄目だったと思ってすっかり諦
めていた。それでももしかしてと言う気持ちが捨てきれなくて Windows power 誌の7
月号がでた6月18日にビックカメラで立ち読みしてみた。やっぱりゲームソフトの
カテゴリーには載っていなかった。だがそれでもまだ半分期待が捨てきれずに私は最
初のページから最後のページまで全部めくってみた。すると信じられないことに七度
文庫人妻編が「文書作成」のカテゴリーに掲載されていた。
 掲載されるのならてっきり18禁ソフトのコーナーと思っていたのだが「文書作
成」のカテゴリーで収録されたのかさっぱり訳が分からなかったが、紹介文を見ると
「テキストは編集可能」と書いてあった。
 確かにエディターとして使えないこともないが、なにわともあれ収録されたので文
句は言えない。
 これはもしかして Download ASCII に申し込めば登録できるかもと思い、新作の
Ver1.01 の登録申請のメールを書いてみた。
 制限版とはいえ結構危ないソフトなので掲載は断られるかと思っていたのだが、な
んということか掲載されて、その週のダウンロードベスト20に入ってしまった。
 そしてとんとん拍子に翌々月の Windows power 9月号にも掲載された。送られて来
た9月号をなんとなく読んでいるととんでもないことが書いてあった。Windows
power 誌は9月号を最後に休刊になってしまったのだ。これではもう七度文庫人妻編
を掲載してくれる本はなくなってしまう。
 しかし救いの神はあるもので Windows100%誌から掲載依頼がきた。それもオリジナ
ル版を収録したいという依頼だった。本屋で確かめてみると、Windows100%という雑
誌は結構エッチな記事も多いアダルト指向の雑誌だった。これならオリジナル版を収
録したいという話しもなるほどもっともだと思った。
 だがオリジナル版はゲームコンテストで賞をもらったときの契約でエンターブレイ
ン社の許可がないと掲載はできない。その旨を書いて返答すると、Windows100%誌が
エンターブレイン社に問い合わせて許可をとったとまたメールが来た。
 Windows100%誌12月号が発売になった11月13日、朝早くに本屋にいって、手
にとって見るとどこにも載っていない。
 やっぱりだめだったのかと思い、最初の一ページから最後のページまで丹念にめ
くっていくと、ちょっとエッチなオンラインソフト特選街のページに「七度文庫」の
文字を見つけた。
 七度文庫にはイラストは付いていないのに紹介記事には、主人公の有紀ちゃんのイ
ラストがあったので最初に見たとき見落としていたのだった。
 さっそく800円で Windows100%誌を買って家のパソコンで CD-ROM の内容を確
かめてみた。
間違いなく七度文庫オリジナル版だった。

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15.七度リーダーのリリース
 オリジナル版が Windows100%誌で公開されたあとも、期待したような反応は何も無
かった。
本を買った人から、メールが来ることもなければ、他の雑誌から掲載依頼もない。
製品化したいというメールはどこからも来なかった。
せっかくオリジナル版が雑誌で公開されたと喜んではみたものの、結局はぬか喜び
だったのだ。
私はこのまま七度文庫が埋もれてしまうままになってはいけない、なんとかしなけれ
ばいけないと焦りの気持ちが日増しに心の中で膨れあがっていった。
しかしいったい何をしたらいいのか、すぐには方針は定まらなかった。
ある日七度文庫人妻編の次のバージョンアップの準備をしているとき、七度文庫のシ
ナリオを直接読み込んで表示できるソフトがあったら作業が随分楽になるのではと思
いついた。
以前の MS-DOS の環境ではメモリーが不足していてとても作れる相談ではなかったの
だが、今使っているパソコンはメモリーが1ギガとたっぷりある。
私はさっそく七度文庫の処理系を作成する作業に入り2週間程で完成させた。
ひとまず名前は「七度リーダー」と付けることにした。
今回作成したのはシナリオを読み込んで小説を自動生成するだけのソフトで、本格的
な開発環境は「七度言語」の名前であらためて作ろうと思ったからだ。
せっかく作ったからには公開したほうがいいと思い準備をはじめた。
だが七度リーダーだけ作っても肝心の七度言語で書いたソースコードがなければ実行
はできない。
私はどうせここまでやったのだから、いまさら途中で止められないと思い、ソース
コードも全部公開することにした。
とは言っても、七度文庫の初期シナリオソースコードには、とても公開できないよう
な超過激なシナリオが未使用のままあちこちに混ざっているのだ。
とてもそのまま公開するわけにはいかない。
私は未使用のシナリオを選び出すプログラムを作って、根気よく未使用シナリオを消
去して公開の準備をした。
どうにかソースコードを整理して公開した後、私は七度リーダーの公開準備に取りか
かった。
七度リーダーを公開する際には、参考用のシナリオ例を添付する必要がある。
これは七度リーダーのデバッグをする為にも必要なので、かなり大量のシナリオを例
を添付する必要がありかなり大変な作業だった。
最初のバージョンはたぶんまだバグが残っていると思い、Download ASCII への登録は
次のバージョンでやろうというのが当初の計画だった。
だが突然とんでもない事になってしまった。
Download ASCII が廃止になるというお知らせが突然発表されたのだ。
新規登録の受付も中止になってしまった。
これではせっかく作った七度リーダーを公開する場所がなくなってしまうし、七度文
庫人妻編のバージョンアップ版も公開できなくなる。
もちろん自分のホームページで公開すれば出来ないこともないが、それではダウン
ロード数も判らず、注目されることもない。
だが、結局 download ASCII は運営会社が変更になって継続することになり、なんとか
次バージョンの七度リーダーは公開することができた。

16.長編小説の作成

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 ひとまず七度リーダーと七度文庫のシナリオソースコードを公開したもののいつま
で待っても、期待したような反響はなにもなかった。
私はほかにアイデアはないかと思案して、七度文庫が自動生成したシナリオを元に長
編小説を作成したらどうだろうかと思いついた。。
七度文庫は、官能小説を無限に生成してくれるが、生成するのは短編小説だけだ。
長編小説を七度文庫に書かせるには、まだプログラムに手を入れる必要がある。
しかしすぐには解決できない難しい関門があり簡単にはできない。
やって出来ないこともないが、いつ出来上がるかはまったく予定が立たない。
完成に10年もかかっては10年間の間他に何も出来ないことになってしまう。
七度文庫はたまたまエンターブレインのゲームコンテストで賞をとってどうにかデ
ビューはできたが、10年後に出来上がったソフトが注目されるとは限らない。
今すぐ成果として発表できる仕事をしなければ、七度文庫は永久に忘れ去られてしま
う。
私はなんとしても、すこしづつでも成果の出る仕事を発表し続けないといけないと自
分に言い聞かせた。
そのために私はひとまず手作業でシナリオを組み合わせて小説を書き下ろす事にし
た。
短編のシナリオは七度文庫が勝手に生成してくれるので、それをジグソーパズルのよ
うに組み合わせてストーリーを手作業でつなぎ合わせるのだ。
あとは、文章が上手く繋がるように手直しをすればできあがりだ。
これならプログラムに長編小説を書かせるよりはさしあたって簡単に公表できる小説
が出来る。
それに長編小説を手作業でかなりの数書き上げれば、それを元にして長編小説を書き
下ろすプログラムを作ることが可能になるだろうというのが目論見だった。
しかし出来上がった小説をどうやって公開したらいいのか随分と迷った。
フリーソフトのライブラリーには小説がアップロードしてあるのも見かけることはあ
るが、大抵はダウンロード数が10件にも満たない。
作者さえダウンロードしなくて、ダウンロード数ゼロというのはむしろ普通な位だ。
これではいくら頑張って小説を書いてもなんの意味もない。
あれこれ思案してはみたものの、いったいどうしたらいいのか私には方向がまったく
見えなかった。

17.ココログで小説の連載
 ある日の朝ココログのタイトルを見ているとココログで小説を載せている人の一覧
というページがあった。
どうゆうわけかそこには私の「官能小説自動生成ソフト制作日記」も紹介されてい
た。
調べてみると以前書き込んだ「自動生成された小説の例」が小説として紹介されてい
たのだ。
せっかく紹介してもらったのだからと、他にも「自動生成された小説の例」として短
編小説を多数掲載してみた。
するとどうもアクセス解析で見る限りでは短編小説は結構人気がある様だった。
気になって調べてみると他にも小説を blog に掲載している人は一杯いた。
それで他の人達がどんな小説を掲載しているのかあれこれみて回った。
随分とたくさんの小説があり、テーマも文体も色々で中にはプロの人が書いている小
説もあった。

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だが大部分の人は、短編小説を数回にわたって掲載しているだけで、長編小説を載せ
ている人はあまりいない。
それに大体の人が出来上がった分を出来たときに載せるので、いつ続きが掲載される
のかも判らないし、途中で挫折して中断してしまう人も多いようだった。
その時私はココログに小説を連載したらどうだろうかと思いついた。
七度文庫が自動生成したシナリオを元に書いた小説はかなりの長編だ、それを短く少
しづつ連載小説として発表すればきっと読んでくれる人もいるに違いない。
毎日決まって掲載すれば、blog を見に来たときは必ず新しいストーリーが追加されて
いることになる。
これだったら読みに来てくれる人は少しづつでも増えて行くに違いない。
それに七度文庫が生成したシナリオは人間が書いたシナリオと違って、毎回変化に富
んでどう展開するか判らないストーリーだ。
七度文庫が自動生成したシナリオというのは連載小説には向いているのではと考え
た。
それで私は最初の小説「私のプーさん」の連載を始めることにした。
ストーリーは真面目な女子大生がホームページに自分のメールアドレスを書き込んだ
ことから、罠にはめられてインターネットの裏の世界に引きずり込まれるという、結
構怖い話しだ。
blog での公開では、過激な官能描写は書けないので官能描写は全部省略してしまっ
た。
七度文庫ではもともと官能描写はソフトが自動生成することになっているので、もと
もと私は小説の官能描写をまともに書いた事はない。
官能描写などというのは、どれも同じなので書いても疲れるだけだ。
いったいどれだけの人が私の書いた小説を読んでくれるのか、私はまったく半信半疑
でいつまで連載を続けられるのか自分でも判らなかった。
暑い夏も毎朝早く起きて blog に書き込んだ。
シナリオ展開の面白さだけで小説を書くというのは、blog での連載にはちょうど良
かったようで思ったよりも読者は多くて結局2004年6月29日から10月5日ま
で99回連載した。
随分と長期間の連載だったので、最終回を書いた時には自分でも一安心した。
今はホームページのライブラリーにアーカイブした「私のプーさん」を載せてあるの
で、見たい方はダウンロードしていただければまとめて読むことができる。

18.早稲田文学に七度文庫紹介記事
 夏の朝、起きていつものようにアクセス解析確認していると見たことのない URL か
らのリンクを見つけた。
辿ってみると初めて見る blog に七度文庫についての記述があった。
そこには「早稲田文学に紹介してあった七度文庫」とか書いてあり私はびっくりして
しまった。
早稲田文学といえば、早稲田大学の学生が出している文学の同人誌だが、歴史が古く
て随分と著名な文学者も多数輩出している名門だ。
その雑誌で私の「七度文庫」が取り上げられたというのは私にとっては青天の霹靂ど
ころの話しではない。
さっそく近くの本屋にいって早稲田文学を探してみた。
しかしいくら有名な本とはいえ、普通の書店に置いてあるわけもない。
私はインターネットの通販で注文することにした。
blog に書いてあったのは大塚英志が連載している評論に言及があるとのことだった。

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さっそく大塚英志の評論が載っている5月7月9月号を注文した。
翌々日郵便で早稲田文学が届けられると、私は包みを開ける手が震えた。
目次を調べると9月号の大塚英志の評論「暫定的な文学たちに」というのがある。
どうもこれに書いてあるらしいと思いページをめくってみた。
かなり難解な評論だが、コンピュータのソフトで小説を自動生成する際の問題点とな
る「文体」についての言及の中で官能小説は限られた単語と表現を使うので文体を生
成するのが容易だという例に七度文庫が挙げられていた。
私は大塚英志という評論家は全然名前も聞いたことはなかったが、「オタク文化」の
評論家として有名な方で他にもいろいろ「サブカルチャー文学論」「物語消費論」
「おたくの精神史」「キャラクター小説の作り方」「物語の体操」などの多数の著作
がある。
以前から小説の自動生成には関心があるようで、将来の文学の新しい形としてコン
ピュータに小説を書かせるということを考えているようだ。
ほかにも、つい最近だが大塚英志は「物語消滅論」という本も書いている。
この物語消滅論では私の作った「七度文庫」も「ポルノ小説を勝手に書くソフト」と
して紹介されている。
少しづつだが、七度文庫が文学評論家の目にもとまるようになってきたことは、今ま
でやってきたことが無駄ではなかったのだと大いに勇気づけられた。

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