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<解説> 【注釈】
「鶴の恩返し」のお話は、広く東北地方に伝承されて 恩返し:
いる民話です。その中で一番有名なのが、山形県の南陽
縁起:
市にある鶴布山珍蔵寺に、古く から開山縁起として伝承
∼として:
されてきた民話「鶴の恩返し」でしょう。珍蔵寺は鶴の
女房の夫が仏門に帰依したのが開基とされていて、鶴が ∼てきた:
織ったとされる毛織物が寺の宝にされていたという言い 帰依する:
伝えも残されています。
開基:
言い伝え:
∼や∼といった:
ちなむ:
栄える:
∼をはじめとする:
語り部:
鶴布山珍蔵寺
この地区には、鶴巻田や羽付といった「鶴の恩返し」
にちなんだ地名がたくさん残っていて、明治時代には製
糸の町と して栄えました。
現在、「鶴の恩返し」をは
じめとする民話を後世に残
していくために、「夕鶴の
里資料館・語り部の館」が
つくられています。
1
鶴の恩返し
一
【注釈】
昔むかし、織機川のほとり人里離れたある山に、
ほとり:
金蔵という若い木こりが住んでいました。金蔵は働
木こり:
き者で、貧しいながらも正直に暮らしていました。
働き者:
ある日のことです。金蔵はいつものように町へ薪
∼ながらも:
を売りに出かけました。その帰り道、子どもたちが
一羽の鶴を縛り、寄ってたかっていじめているとこ 正直:
ろに通りかかりました。鶴は哀しげな目をして、ク 薪:
ウクウ鳴いています。 縛る:
金蔵は、「かわいそうじゃないか。放しておやり」
寄ってたかって:
と言いましたが、子供たちは「嫌だ。オラたちが捕
通りかかる:
まえた鶴だ」と口々に言います。しかたがありませ
いじめる:
ん。金蔵はその日薪を売って稼いだお金を全部はた
哀しげ:
いて、その鶴を買い取りました。そして、「今助け
てやるからな。これからはお前も気をつけるんだよ」 ∼げ:
と言って、鶴を逃がしてやりました。鶴はうれしそ ∼ておやり:
うに山の方に飛んでいきました。 オラ(俺):
金蔵は、「今日の稼ぎはなくなってしまったが、
稼ぐ:
よいことをした。ま、いいか」と、自分に言い聞か
はたく:
せるように言いながら、家に帰りました。
気をつける:
逃がす:
二
何日かしたある雪の夜、金蔵の家の戸をトントン 稼ぎ:
叩く音がします。「こんな寒い日に、いったい誰だ 言い聞かせる:
ろう」といぶかしがりながら、金蔵は戸を開けまし いったい:
た。すると、そこには一人の美しい娘が立っている いぶかしがる:
2
ではありませんか。 夜分:
「夜分すみません。雪が激しくて道に迷ってしま 道に迷う:
いました。一晩でいいですから、ここに泊めていた ご覧の通り:
だけないでしょうか」
∼とおり:
「今夜は特に冷える。さあ、お入りなさい。ご覧
∼ことにする:
のとおり貧しくて、十分な食べ物もないが、それで
支度:
よければ泊まっていきなさい」
娘は喜び、金蔵のうちに泊まることにしました。 整える:
翌朝、金蔵が目を覚ますと、そこには朝食の支度を しだいに:
整えて、待っている娘がいました。 心が引かれる:
いつしか:
∼ようになる:
祈る:
大喜び:
次の日も、また次の日も雪は降り続き、数日が過
ぎました。娘は金蔵のために、炊事、洗濯、何でも
しました。金蔵もしだいに娘に心が引かれるように
なり、「雪よ、いつまでも止まないでくれ」と、い
つしか心の中で祈るようになっていました。
ある晩のこと、娘は金蔵に「私をここに置いて、
あなたの妻にしてください」と言いました。「こん
な貧乏なオラでよければ、いつまでもここにいてお
くれ」、金蔵も大喜びです。こうして二人は夫婦に
なりました。貧乏でしたが、二人は幸せでした。 困りきる:
しかし、長い冬が続いて、お金も食べものもなく ∼きる:
なりました。そんなある日、女房は困りきっている 機を織る:
金蔵に、「私が機を織りましょう」と言いました。
ただ∼だけ:
そして、「ただ一つだけお願いがあります。私が織
覗く:
り終わって出てくるまで、絶対に部屋を覗かないで
頼む:
ください」と頼みました。金蔵は約束しました。
女房は奥の部屋の戸をしめて、機を織り始めまし できばえ:
た。三日目の夜、織物ができあがりました。女房は ∼ずに:
とても疲れた様子で部屋から出てきましたが、その 不思議でならない:
織物はすばらしいできばえでした。金蔵は、糸も買 ∼てならない:
わずに、どうやってこんなにすばらしい織物を織れ
手にする:
るのか、不思議でなりませんでした。
味を占める:
織った布は町でとても高く売れました。金蔵は今
見る影もない:
まで手にしたこともないようなお金を入れ、大喜び
やつれる:
で帰ってきました。これに味を占めた金蔵は、その
晩、「もう一度、機を織ってくれ」と女房に頼みま ∼にもまして:
した。女房は「旦那さまのためですから、いたしま 疲れ切る:
すが、これを最後にしてください」と言うと、また 有頂天:
奥の部屋の戸を閉めて、機を織り始めました。
∼を境に:
三日目の夜、織物ができました。前よりももっと
怠け者:
立派な織物でした。しかし、女房は見る影もないほ
どやつれ、前にもまして疲れ切った様子でした。
金蔵はそれを町の市場で売って、ますますお金持
ちになったので、もう有頂天です。しかし、その日
を境に、あんなに働き者だった金蔵は、すっかり人
が変わってしまいました。しだいに仕事にも出かけ
なくなり、怠け者になってしまいました。
4
三 ∼そうもない:
2月が来て正月も過ぎましたが、北国の厳しい冬 ∼ては:
は、まだ終わりそうもありません。 博打:
金蔵が毎日町に出かけては、酒を飲んだり博打を
∼てばかりいる:
したり、遊んでばかりいるので、お金もすぐに底を
底をつく:
ついてしまいました。そこで金蔵は、女房にもう一
すばらしい:
度、機を織ってほしいと頼みました。
娘は、「旦那さまへのご恩返しに、もう一度だけ 閉じこもる:
機を織ります。しかし、これが本当に最後の最後で よけいに:
す。前よりももっと立派な布を織りますから、7日 募る:
の間、決して私の部屋を覗かないでください。決し ∼もの(だ):
て、決して覗かないでください」と言いました。
とうとう:
金蔵は「わかった。決して覗かない。だからすば
忍び足:
らしい布を織ってくれ」と言いました。
近寄る:
女房は部屋に閉じこもると、コトコト、コットン
隙間:
機を織り始めました。夜になっても出てきません。
次の日も次の日も出てきません。奥から聞こえてく そのとたん:
るのは、夜も昼も、コットンコットンと、機を織る 思わず:
音だけです。女房はどうやって機を織っているのだ それもそのはず:
ろうか、金蔵の見たい気持ちは募ります。
痩せ衰える:
見るなと言われれば、人はよけいに見たくなるも
くちばし:
の。7日目の夜のこと、金蔵はとうとう待ちきれな
くなり、忍び足で離れの部屋に近寄って、窓の隙間
から中を覗いてしまいました。
そのとたん、金蔵は思わず「あっ」と叫んでしま
いました。それもそのはずです。機を織っているの
は、美しい女房ではなくて、なんと痩せ衰えた一羽
の鶴でした。鶴は長いくちばしを使って、自分の羽
5
を一枚むしっては機を織り、織ってはまた一枚む むしる:
しって機を織っています。鶴は赤茶けた醜い肌をさ 赤茶ける:
らし、もう裸同然になっていました。 醜い:
金蔵の叫び声に、
さらす:
機は止まり、羽の
裸同然:
ない鶴はさびしく
約束を破る:
言いました。「旦
那さま、あれほど この間:
見ないでほしいと ∼からには:
お願いしましたの ∼わけにはいかない:
に、どうして私と 形見:
の約束をお破りになったのですか。私はご覧のとお
後を追う:
り人間ではありません。実はこの間、あなたに助け
かき消す:
られた鶴でございます。しかし、私の姿を見られた
愚か:
からには、もうここにいるわけにはいきません。こ
後悔の念:
の布は私の形見でございます。長い間お世話になり
ました」と言うと、泣きながら家を飛び出していき 抱きしめる:
ました。 泣き明かす:
金蔵は後を追いましたが、鶴の女房は吹雪の中に 出家する:
消えていきました。鶴の足跡は吹雪でかき消されて
僧:
います。金蔵はなんと愚かなことをしたのかと、妻
織り上げる:
を失った哀しみと後悔の念に、鶴女房が織った布を
宝:
抱きしめて泣きました。何日も何日も泣き明かしま
∼ことから:
した。そんな日々が何日続いたことでしょう。金蔵
は出家して僧となりました。 ∼ようになる:
金蔵が住みついた寺は金蔵寺と呼ばれていました
が、鶴が織り上げた布を宝にしたことから、後に鶴
布山珍蔵寺と呼ばれるようになりました。