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第3話 かちかち山

<解説> 【注釈】
               民話「かちかち山」が 室町時代:
              生まれたのは、室町時代 そびえる:
              だと言われています。そ ロープウェイ:
              の舞台とされているのが 狸:
              河口湖の東にそびえる天 狐:
              上山です。今ではの天上 野兎:
              山展望台(海抜 1,104m) 獣:

まで、ロープウェイで行くことができますが、当時は、 ∼に違いない:
狸や狐、野兎など、獣しか住めないところであったに違 それにしても:
いありません。 人肉:

残酷:
 それにしても、この「かちかち山」は恐ろしいお話です。
下り:
特に人肉を食う「ばば汁」の下りは、残酷すぎるという
忘れかける:
理由で、戦後の教科書や絵本では消されています。 し
∼かける:
かし、民話には私たちが忘れかけている人間の生臭さを、
生臭さ:
ふと思い出させてくれるような仕掛けが潜んでいます。
仕掛け:
この復讐劇「かちかち山」の残酷さは、人間そのものに
潜む:
潜む残酷さかもしれませんね。
復讐劇:
            では、江戸時代の漢学者、帆 漢学者:
           足愚亭が「記翁媼事」でも取り 再現する:
           上げた古くからの伝承「かちか

           ち山」を再現してみましょう。

1
かちかち山


【注釈】
 昔むかし、あるおじいさんの家の裏山に、一匹の
丹誠:
狸が住んでいました。夜になると、おじいさんが丹
荒らす:
精をして育てた畑の作物を盗み、畑を荒らしていま ヨボヨボ:
した。おじいさんが怒って追いかけると、「やーい、 じじい:

やーい、ヨボヨボじじい。捕まえられるものなら、 捕まえる:

捕まえてみろ」とあかんべをして、お尻を叩いて逃 ∼ものなら:

げて行きます。そして次の日になると、またやって あかんべ:

とうとう:
来て、作物を盗みます。
がまんする:
 おじいさんは、とうとうがまんできなくなり、畑
罠をしかける:
に狸を捕まえる罠をしかけました。すると、次の日
罠にかかる:
の朝、狸はその罠にかかっていました。
ざまを見ろ:
 「ざまを見ろ。ついに捕まえてやったぞ」
ついに:
 おじいさんは狸の足を縛って、うちへ担いで帰る 担ぐ:
と、天井の梁にぶら下げました。そしておばあさん 天井の梁:

に、
「あの狸が逃げないように、番をしておいてくれ。 ぶら下げる:

オラが野良仕事から戻ったら、狸汁にして食べよう」 番をする:

と言って出ていきました。 オラ(俺):

野良仕事:

杵:

狸汁:
 狸がぶら下げられている下で、おばあさんは杵で
麦をつく:
トントン麦をついていました。そのうち疲れたおば
くたびれる:
あさんは、「ああくたびれた」と言って、自分で肩
肩を揉む:
を揉んでいました。 おとなしい:
 すると、そのときです。おとなしくぶら下がって 声をかける:

いた狸が、おばあさんに声をかけました。

2
 「もしもし、おばあさん、お疲れのようですね。 縄を解く:

この縄を解いてくれたら、肩を揉んであげますよ」 今さら:

と、やさしい声で言いました。 秘伝:

まんじゅう:
 「だめだよ。そんなことを言って、逃げるつもり
吊す:
じゃあないのかい?」
ころりと:
 「いいえ、こうして捕まったんですから、今さら
騙す:
逃げたりしませんよ。狸秘伝のまんじゅうも作って
さする:
あげますよ。おじいさんもきっとよろこびますよ。 にやりと:
もちろん、作り終わったら、また、天井に吊してく どれどれ:
ださい」 ふりをする:

 人のいいおばあさんは、狸の言葉にころりと騙さ いきなり:

れてしまい、縄を解いてやりました。 脳天:

 すると、たぬきは「やれやれ」と縛られた手足を 打ち下ろす:

悲鳴:
さすりました。そして、にやりと笑うと、「どれど
吹き出す:
れ、おばあさん。私が麦をついてあげましょう」と
太もも:
言いました。「おお、そうかい。じゃ、お願いする
裂き取る:
よ」、おばあさんが杵を渡すと、狸はその杵を取り
屍体:
上げ、麦をつくふりをして、いきなりおばあさんの かまど:
脳天に杵を打ち下ろしました。「ぎゃっ」と激しい 化ける:
悲鳴。おばあさんは頭から血を吹き出して、倒れて すます:

死んでしまいました。 囲炉裏:

 狸はおばあさんの太ももの肉を裂き取ってスープ 待ち受ける:

を作り、おばあさんの屍体をかまどの後ろに隠しま

した。そしておばあさんに化けると、すました顔で

囲炉裏の前に座って、おじいさんの帰りを待ち受け

ていました。

 夕方になって、なんにも知らないおじいさんは、

「今晩はおいしい狸汁が食べられるな」と、一人で

3
にこにこしながら、うちへ帰って来ました。 にこにこする:

 狸のおばあさんは、さも待ちかねたというように、 さも∼よう:

「おじいさん、お帰り 待ちかねる:
なさい。さっきから狸汁
∼かねる:
をこしらえて待っていた
こしらえる:
んですよ。さあさあ早く
さあさあ:
いっしょに食べましょう

よ」と誘いました。 おやおや:

 「おやおや、そうかい。それはありがたい」 お膳:

 おじいさんはお膳の前に座りました。狸のおばあ 給仕をする:

さんは給仕をしながら、「さあさあ、たくさん召し 勧める:
上がれ」と勧めました。
お代わりをする:
 おじいさんは、「少し肉が硬いようだが、なかな
∼かと思うと:
かうまいなぁ」と言いながら、何杯もお代わりをし
見る見る:
ました。それを見た狸のおばあさん、突然「わっはっ
正体を現す:
は」と大声で笑いだしたかと思うと、おばあさんの

顔は見る見る狸になって、正体を現しました。 流し:

 狸は「やーい、じじいめ、ばばあを食った ! ばば 尻尾:

汁はうまかったかい?わっはっは。流しの下の骨を がっくりと:
見るがいい」と言うと、大きな尻尾を出して、裏口
腰を抜かす:
から逃げていきました。
抱える:
 おじいさんは流しの下を見てびっくりして、がっ
オイオイ:
くりと腰を抜かしてしまいました。そしておばあさ
∼ところに:
んの骨を抱えて、オイオイ泣いていました。

 おじいさんがオイオイ泣いているところに、「お

じいさん、おじいさん、どうしたのです」と言っ

4
て、裏の山に住む白兎がやってきました。 ひどい目に遭う:

 「ああ、ウサギさんか。まあ聞いておくれ。ひど 事の次第:

い目に遭ったよ」と、事の次第を話しました。 たいそう:

仇:
 兎はたいそう怒って、「なんとひどいことをする
うれし涙:
狸でしょう。おじいさん、おばあさんの仇は、私が
こぼす:
きっと取ってあげます」と言いました。
悔しい:
 おじいさんはうれし涙をこぼしながら、「どうか
∼てたまらない:
頼みます。私は悔しくてたまらない」と言いました。 任せる:

兎は、「大丈夫。任せてください。明日にでも狸を 誘い出す:
誘い出して、ぎゃふんと言わせてやります」と言っ ぎゃふんと言わせる:

て、帰っていきました。 隠れる:

鎌:

三 腰にさす:

わざと:
 さて、狸はおじいさんのうちを逃げ出してから、
柴を刈る:
どこへも出ずに、穴に隠れていました。次の日、兎
栗:
は鎌を腰にさして、わざと狸が隠れている穴の側へ
ボリボリ:
行くと、鎌を出して柴を刈り始めました。そして柴
聞きつける:
を刈りながら、持って来た栗を出して、
「おいいしい。 のそのそ:

おいしい」と言いながら、ボリボリ食べました。そ はい出す:
の音を聞きつけた狸は、穴の中からのそのそはい出 かわりに:

してきました。 しょう:

 「ウサギさん、ウサギさん。何をそんなにうまそ ∼ものだから:

うに食べているのだね」 背負う:

 「栗の実さ」

 「少し私にくれないか」

 「上げてもいいけど、かわりにこの柴を向こうの

 山までしょっていってくれるかい?」

 狸は栗がほしいものですから、柴を背負って先に

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立って歩き出しました。向こうの山まで行くと、狸 向こう:

はふり返って言いました。 先に立つ:

 「ウサギさん、ウサギさん。そろそろかち栗をく ふり返る:

そろそろ:
れないか」
もちろん:
 「ああ、もちろん上げるよ。もう一つ向こうの山
しかたがない:
まで行ってくれたらね」
せっせと:
 しかたがないので、狸は後ろもふり向かず、せっ
懐:
せと歩いていきました。兎はそれを見て、懐から火 火打ち石:
打ち石を出すと、「カチカチ」と火を切りました。 火を切る:
 狸は変に思って聞きました。 ぼうぼうと:

燃え出す:

∼か∼ないかのうちに:

(「福娘童話集」より)

 「ウサギさん、ウサギさん、今、カチカチ言った

のは何の音だろう?」

 「ああ、それは、この山がかちかち山だからさ」

 狸は、「ああ、そうか。」と言って、また歩き出し

ました。そのうちに兎がつけた火が、狸の背中の柴

に移って、ぼうぼうと燃え出しました。

 「ウサギさん、ウサギさん、ぼうぼういうのは何

 だろうねぇ」

 「向こうの山が、ぼうぼう山だからじゃないか」 

 「ああ、そうか」と、狸が言うか言わないかのう

6

ちに、火はずんずん背中に燃え広がりました。狸は、 ずんずん:

「ひゃー、熱い、熱い。助けてくれー」と叫びながら、 燃え広がる:

夢中で駆け出しました。山風がどっと吹きつけて、 夢中:

駆け出す:
よけいに火が大きくなりました。狸はひいひい泣き
どっと:
声を上げて、転げ回り、やっとのことで燃える柴を
吹きつける:
ふり落としました。狸は背中に、大やけどを負いま
よけいに:
した。
ひいひい:

転げ回る:
四 やっとのことで:
 次の日、兎は味噌の中に唐辛子を練って作った塗 大やけど:

り薬を持って、狸の所へ行きました。 負う:

 「狸くん、ほんとうに昨日はひどい目にあったね。 味噌:

あんまり気の毒だから、私がやけどによく利く塗り 唐辛子:

練る:
薬をこしらえて持って来たよ」
塗り薬:
 「それはありがたい。背中が痛くてたまらないん
気の毒:
だ。早く塗っておくれ」
利く:
 こういって、狸が火ぶくれになって、赤肌にただ
火ぶくれ:
れている背中を出すと、兎はその上に唐辛子入りの ただれる:
味噌を、ところかまわず塗りつけました。すると狸 ところかまわず:
の背中は、また火がついたよう。 悲鳴を上げる:

 「うわーっ ! 痛い、痛いよー ! この薬はとっても 笑いをこらえる:

痛いよー !」と悲鳴を上げました。兎は、「がまんし ぴりぴりする:

なよ、タヌキさん。よく効く薬は痛いもんだよ」と 初めのうち:

言いながら、もっと塗りつけました。狸は穴の中を

転げ回っています。兎は狸が痛がる様子を見て、笑

いをこらえるのが大変でした。そして、「なあに狸

さん、ぴりぴりするのは、初めのうちだけだよ。明

日になれば治るから」と言って、帰っていきました。

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五 奴:

 それから四、五日が経ちました。ある日、兎が「狸 連れ出す:

の奴どうしたろう。今度はひとつ海に連れ出して、 ∼ところへ:

折よく:
ひどい目にあわせてやろう」と考えていたところへ、
訪ねる:
折よく狸が訪ねて来ました。
∼おかげで:
 「タヌキさん、もうやけどは治ったかい」 
だいぶ:
 「ああ、あの薬のおかげで、たいぶよくなったよ」
こりごり:
 「それはよかった。またどこかへ出かけようか」 舟:
 「うん。でも、もう山はこりごりだ」 誘う:
 「それなら山はやめて、海へ魚を釣りに行こう。 ー隻:

もう舟も用意してあるよ」と狸を誘いました。 岸につなぐ:

 海に着くと、そこには二隻の舟が岸につないであ 漕ぐ:

りました。 沖へ出る:

負ける:
 「タヌキくん、僕は白いから、この白い舟。君は
挑戦に応じる:
茶色いから、こっちの茶色い舟だよ」
よーい、どん:
 白い舟は木の舟で、茶色い舟は土の舟でした。狸
わざと:
は土の舟に乗りました。舟を漕いで沖へ出ると、兎
ふりをする:
は、「もっと沖へ行かないと、大きい魚はいないよ。 乗り心地:

どっちが速いか、競争しないか。負けた方が釣った 自慢げ:
魚の半分を相手にあげるっていうのはどうだい?」 なかなか:

と言いました。狸は、「よし、それはおもしろい」 勝負あった:

と兎の挑戦に応じました。そして、「よーい、どん」 額:

で、沖へ漕ぎ出しました。 汗をぬぐう:

 兎はわざと力を抜いて、狸の舟を追いかけるふり

をしました。そして、
「お∼い、タヌキさん、どうだい、

その舟の乗り心地は?」と言うと、狸は自慢げな顔

で「なかなかいい舟だ。でも、ウサギさん、これで

勝負あったね」と笑って、額の汗をぬぐいま

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した。 しみ込む:

 その時です。狸が乗った土の舟は、だんだん水が ぼろぼろ:

しみ込んで、ぼろぼろと崩れ出しました。 崩れ出す:

びっくりする;

大騒ぎ:

慌てふためく:

眺める:

いい気味だ:

騙す:

報い:

吐き捨てるように:

泣き叫ぶ:

救いを求める:

知らんぷり:

(「福娘童話集」より)

 「わあ、大変だ。舟が壊れてきた」

 狸はびっくりして、大騒ぎをはじめました。

 「ああ、沈む、沈む、助けてくれ」

 兎は狸の慌てふためく様子をおもしろそうに眺め

ながら、「いい気味だ。おばあさんを騙して殺して、

おじいさんにばば汁を食わせた報いだ」と、吐き捨

てるように言いました。

 狸は、「もう二度とあんなことはしないから、助

けてくれ」と泣き叫びながら救いを求めましたが、

兎は知らんぷり。どんどん舟は崩れて、狸はそのま

ま海の底に沈んでいきました。

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