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<解説> 【注釈】
民話「かちかち山」が 室町時代:
生まれたのは、室町時代 そびえる:
だと言われています。そ ロープウェイ:
の舞台とされているのが 狸:
河口湖の東にそびえる天 狐:
上山です。今ではの天上 野兎:
山展望台(海抜 1,104m) 獣:
まで、ロープウェイで行くことができますが、当時は、 ∼に違いない:
狸や狐、野兎など、獣しか住めないところであったに違 それにしても:
いありません。 人肉:
残酷:
それにしても、この「かちかち山」は恐ろしいお話です。
下り:
特に人肉を食う「ばば汁」の下りは、残酷すぎるという
忘れかける:
理由で、戦後の教科書や絵本では消されています。 し
∼かける:
かし、民話には私たちが忘れかけている人間の生臭さを、
生臭さ:
ふと思い出させてくれるような仕掛けが潜んでいます。
仕掛け:
この復讐劇「かちかち山」の残酷さは、人間そのものに
潜む:
潜む残酷さかもしれませんね。
復讐劇:
では、江戸時代の漢学者、帆 漢学者:
足愚亭が「記翁媼事」でも取り 再現する:
上げた古くからの伝承「かちか
ち山」を再現してみましょう。
1
かちかち山
一
【注釈】
昔むかし、あるおじいさんの家の裏山に、一匹の
丹誠:
狸が住んでいました。夜になると、おじいさんが丹
荒らす:
精をして育てた畑の作物を盗み、畑を荒らしていま ヨボヨボ:
した。おじいさんが怒って追いかけると、「やーい、 じじい:
やーい、ヨボヨボじじい。捕まえられるものなら、 捕まえる:
捕まえてみろ」とあかんべをして、お尻を叩いて逃 ∼ものなら:
げて行きます。そして次の日になると、またやって あかんべ:
とうとう:
来て、作物を盗みます。
がまんする:
おじいさんは、とうとうがまんできなくなり、畑
罠をしかける:
に狸を捕まえる罠をしかけました。すると、次の日
罠にかかる:
の朝、狸はその罠にかかっていました。
ざまを見ろ:
「ざまを見ろ。ついに捕まえてやったぞ」
ついに:
おじいさんは狸の足を縛って、うちへ担いで帰る 担ぐ:
と、天井の梁にぶら下げました。そしておばあさん 天井の梁:
に、
「あの狸が逃げないように、番をしておいてくれ。 ぶら下げる:
オラが野良仕事から戻ったら、狸汁にして食べよう」 番をする:
と言って出ていきました。 オラ(俺):
野良仕事:
杵:
二
狸汁:
狸がぶら下げられている下で、おばあさんは杵で
麦をつく:
トントン麦をついていました。そのうち疲れたおば
くたびれる:
あさんは、「ああくたびれた」と言って、自分で肩
肩を揉む:
を揉んでいました。 おとなしい:
すると、そのときです。おとなしくぶら下がって 声をかける:
いた狸が、おばあさんに声をかけました。
2
「もしもし、おばあさん、お疲れのようですね。 縄を解く:
この縄を解いてくれたら、肩を揉んであげますよ」 今さら:
と、やさしい声で言いました。 秘伝:
まんじゅう:
「だめだよ。そんなことを言って、逃げるつもり
吊す:
じゃあないのかい?」
ころりと:
「いいえ、こうして捕まったんですから、今さら
騙す:
逃げたりしませんよ。狸秘伝のまんじゅうも作って
さする:
あげますよ。おじいさんもきっとよろこびますよ。 にやりと:
もちろん、作り終わったら、また、天井に吊してく どれどれ:
ださい」 ふりをする:
人のいいおばあさんは、狸の言葉にころりと騙さ いきなり:
れてしまい、縄を解いてやりました。 脳天:
すると、たぬきは「やれやれ」と縛られた手足を 打ち下ろす:
悲鳴:
さすりました。そして、にやりと笑うと、「どれど
吹き出す:
れ、おばあさん。私が麦をついてあげましょう」と
太もも:
言いました。「おお、そうかい。じゃ、お願いする
裂き取る:
よ」、おばあさんが杵を渡すと、狸はその杵を取り
屍体:
上げ、麦をつくふりをして、いきなりおばあさんの かまど:
脳天に杵を打ち下ろしました。「ぎゃっ」と激しい 化ける:
悲鳴。おばあさんは頭から血を吹き出して、倒れて すます:
死んでしまいました。 囲炉裏:
狸はおばあさんの太ももの肉を裂き取ってスープ 待ち受ける:
を作り、おばあさんの屍体をかまどの後ろに隠しま
した。そしておばあさんに化けると、すました顔で
囲炉裏の前に座って、おじいさんの帰りを待ち受け
ていました。
夕方になって、なんにも知らないおじいさんは、
「今晩はおいしい狸汁が食べられるな」と、一人で
3
にこにこしながら、うちへ帰って来ました。 にこにこする:
狸のおばあさんは、さも待ちかねたというように、 さも∼よう:
「おじいさん、お帰り 待ちかねる:
なさい。さっきから狸汁
∼かねる:
をこしらえて待っていた
こしらえる:
んですよ。さあさあ早く
さあさあ:
いっしょに食べましょう
よ」と誘いました。 おやおや:
「おやおや、そうかい。それはありがたい」 お膳:
おじいさんはお膳の前に座りました。狸のおばあ 給仕をする:
さんは給仕をしながら、「さあさあ、たくさん召し 勧める:
上がれ」と勧めました。
お代わりをする:
おじいさんは、「少し肉が硬いようだが、なかな
∼かと思うと:
かうまいなぁ」と言いながら、何杯もお代わりをし
見る見る:
ました。それを見た狸のおばあさん、突然「わっはっ
正体を現す:
は」と大声で笑いだしたかと思うと、おばあさんの
顔は見る見る狸になって、正体を現しました。 流し:
狸は「やーい、じじいめ、ばばあを食った ! ばば 尻尾:
汁はうまかったかい?わっはっは。流しの下の骨を がっくりと:
見るがいい」と言うと、大きな尻尾を出して、裏口
腰を抜かす:
から逃げていきました。
抱える:
おじいさんは流しの下を見てびっくりして、がっ
オイオイ:
くりと腰を抜かしてしまいました。そしておばあさ
∼ところに:
んの骨を抱えて、オイオイ泣いていました。
おじいさんがオイオイ泣いているところに、「お
じいさん、おじいさん、どうしたのです」と言っ
4
て、裏の山に住む白兎がやってきました。 ひどい目に遭う:
「ああ、ウサギさんか。まあ聞いておくれ。ひど 事の次第:
い目に遭ったよ」と、事の次第を話しました。 たいそう:
仇:
兎はたいそう怒って、「なんとひどいことをする
うれし涙:
狸でしょう。おじいさん、おばあさんの仇は、私が
こぼす:
きっと取ってあげます」と言いました。
悔しい:
おじいさんはうれし涙をこぼしながら、「どうか
∼てたまらない:
頼みます。私は悔しくてたまらない」と言いました。 任せる:
兎は、「大丈夫。任せてください。明日にでも狸を 誘い出す:
誘い出して、ぎゃふんと言わせてやります」と言っ ぎゃふんと言わせる:
て、帰っていきました。 隠れる:
鎌:
三 腰にさす:
わざと:
さて、狸はおじいさんのうちを逃げ出してから、
柴を刈る:
どこへも出ずに、穴に隠れていました。次の日、兎
栗:
は鎌を腰にさして、わざと狸が隠れている穴の側へ
ボリボリ:
行くと、鎌を出して柴を刈り始めました。そして柴
聞きつける:
を刈りながら、持って来た栗を出して、
「おいいしい。 のそのそ:
おいしい」と言いながら、ボリボリ食べました。そ はい出す:
の音を聞きつけた狸は、穴の中からのそのそはい出 かわりに:
してきました。 しょう:
「ウサギさん、ウサギさん。何をそんなにうまそ ∼ものだから:
うに食べているのだね」 背負う:
「栗の実さ」
「少し私にくれないか」
「上げてもいいけど、かわりにこの柴を向こうの
山までしょっていってくれるかい?」
狸は栗がほしいものですから、柴を背負って先に
5
立って歩き出しました。向こうの山まで行くと、狸 向こう:
はふり返って言いました。 先に立つ:
「ウサギさん、ウサギさん。そろそろかち栗をく ふり返る:
そろそろ:
れないか」
もちろん:
「ああ、もちろん上げるよ。もう一つ向こうの山
しかたがない:
まで行ってくれたらね」
せっせと:
しかたがないので、狸は後ろもふり向かず、せっ
懐:
せと歩いていきました。兎はそれを見て、懐から火 火打ち石:
打ち石を出すと、「カチカチ」と火を切りました。 火を切る:
狸は変に思って聞きました。 ぼうぼうと:
燃え出す:
∼か∼ないかのうちに:
(「福娘童話集」より)
「ウサギさん、ウサギさん、今、カチカチ言った
のは何の音だろう?」
「ああ、それは、この山がかちかち山だからさ」
狸は、「ああ、そうか。」と言って、また歩き出し
ました。そのうちに兎がつけた火が、狸の背中の柴
に移って、ぼうぼうと燃え出しました。
「ウサギさん、ウサギさん、ぼうぼういうのは何
だろうねぇ」
「向こうの山が、ぼうぼう山だからじゃないか」
「ああ、そうか」と、狸が言うか言わないかのう
6
ちに、火はずんずん背中に燃え広がりました。狸は、 ずんずん:
「ひゃー、熱い、熱い。助けてくれー」と叫びながら、 燃え広がる:
夢中で駆け出しました。山風がどっと吹きつけて、 夢中:
駆け出す:
よけいに火が大きくなりました。狸はひいひい泣き
どっと:
声を上げて、転げ回り、やっとのことで燃える柴を
吹きつける:
ふり落としました。狸は背中に、大やけどを負いま
よけいに:
した。
ひいひい:
転げ回る:
四 やっとのことで:
次の日、兎は味噌の中に唐辛子を練って作った塗 大やけど:
り薬を持って、狸の所へ行きました。 負う:
「狸くん、ほんとうに昨日はひどい目にあったね。 味噌:
あんまり気の毒だから、私がやけどによく利く塗り 唐辛子:
練る:
薬をこしらえて持って来たよ」
塗り薬:
「それはありがたい。背中が痛くてたまらないん
気の毒:
だ。早く塗っておくれ」
利く:
こういって、狸が火ぶくれになって、赤肌にただ
火ぶくれ:
れている背中を出すと、兎はその上に唐辛子入りの ただれる:
味噌を、ところかまわず塗りつけました。すると狸 ところかまわず:
の背中は、また火がついたよう。 悲鳴を上げる:
なよ、タヌキさん。よく効く薬は痛いもんだよ」と 初めのうち:
言いながら、もっと塗りつけました。狸は穴の中を
転げ回っています。兎は狸が痛がる様子を見て、笑
いをこらえるのが大変でした。そして、「なあに狸
さん、ぴりぴりするのは、初めのうちだけだよ。明
日になれば治るから」と言って、帰っていきました。
7
五 奴:
それから四、五日が経ちました。ある日、兎が「狸 連れ出す:
の奴どうしたろう。今度はひとつ海に連れ出して、 ∼ところへ:
折よく:
ひどい目にあわせてやろう」と考えていたところへ、
訪ねる:
折よく狸が訪ねて来ました。
∼おかげで:
「タヌキさん、もうやけどは治ったかい」
だいぶ:
「ああ、あの薬のおかげで、たいぶよくなったよ」
こりごり:
「それはよかった。またどこかへ出かけようか」 舟:
「うん。でも、もう山はこりごりだ」 誘う:
「それなら山はやめて、海へ魚を釣りに行こう。 ー隻:
もう舟も用意してあるよ」と狸を誘いました。 岸につなぐ:
海に着くと、そこには二隻の舟が岸につないであ 漕ぐ:
りました。 沖へ出る:
負ける:
「タヌキくん、僕は白いから、この白い舟。君は
挑戦に応じる:
茶色いから、こっちの茶色い舟だよ」
よーい、どん:
白い舟は木の舟で、茶色い舟は土の舟でした。狸
わざと:
は土の舟に乗りました。舟を漕いで沖へ出ると、兎
ふりをする:
は、「もっと沖へ行かないと、大きい魚はいないよ。 乗り心地:
どっちが速いか、競争しないか。負けた方が釣った 自慢げ:
魚の半分を相手にあげるっていうのはどうだい?」 なかなか:
と言いました。狸は、「よし、それはおもしろい」 勝負あった:
と兎の挑戦に応じました。そして、「よーい、どん」 額:
で、沖へ漕ぎ出しました。 汗をぬぐう:
兎はわざと力を抜いて、狸の舟を追いかけるふり
をしました。そして、
「お∼い、タヌキさん、どうだい、
その舟の乗り心地は?」と言うと、狸は自慢げな顔
で「なかなかいい舟だ。でも、ウサギさん、これで
勝負あったね」と笑って、額の汗をぬぐいま
8
した。 しみ込む:
その時です。狸が乗った土の舟は、だんだん水が ぼろぼろ:
しみ込んで、ぼろぼろと崩れ出しました。 崩れ出す:
びっくりする;
大騒ぎ:
慌てふためく:
眺める:
いい気味だ:
騙す:
報い:
吐き捨てるように:
泣き叫ぶ:
救いを求める:
知らんぷり:
(「福娘童話集」より)
「わあ、大変だ。舟が壊れてきた」
狸はびっくりして、大騒ぎをはじめました。
「ああ、沈む、沈む、助けてくれ」
兎は狸の慌てふためく様子をおもしろそうに眺め
ながら、「いい気味だ。おばあさんを騙して殺して、
おじいさんにばば汁を食わせた報いだ」と、吐き捨
てるように言いました。
狸は、「もう二度とあんなことはしないから、助
けてくれ」と泣き叫びながら救いを求めましたが、
兎は知らんぷり。どんどん舟は崩れて、狸はそのま
ま海の底に沈んでいきました。