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Research Paper / 研究論文

アルタイ=カザフ牧畜社会における
騎馬鷹狩猟

た か

が り

り ょ う

ブルクッチュ

〜イヌワシと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査〜
相馬 拓也
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程史学(考古学)専攻 満期退学

■ 要約

 モンゴル西部バヤン・ウルギー県のカザフ系モンゴル人社会では、現在でも馴化したイヌワシ (Aquila chrysaetos

daphanea ) を用いた騎馬で行う鷹狩の伝統が保持されている。この「騎馬鷹狩猟」は、イヌワシと共に生きる知恵と
技術の伝統を、数百年にわたって今に引き継ぐ無形文化遺産でもある。著者は 2011 年 7 月 31 日〜 10 月 7 日にか
けて同県サグサイ村に滞在し、現地の鷹匠を対象に①その生活実態、②イヌワシの夏季飼養方法などの民族誌につ
いて、インタビュー・参与観察を行った。その結果、サグサイ村の鷹匠の現存数、馴化されたイヌワシの個体数、生
活形態の定住・移牧生活への二極化、狩猟シーズン以外での鷹匠とイヌワシ間の適度な距離感の維持など、牧畜社
会に対応した独自の鷹狩・鷹匠の生活誌を明らかにした。
[キーワード:騎馬鷹狩猟、カザフ人、モンゴル、イヌワシ、バヤン・ウルギー県]
… ………………………………………………………………………… ヒトと動物の関係学会誌,Vol. 32 @@ − @@(2012)

Horse-Riding Falconry in Altai-Kazakh Nomadic Society
〜 Anthropological Researches in Summertime Activities
of Falconers and Golden Eagle 〜
Tokuya SOMA
Ph. D. Program in Archaeology, Postgraduate School of Letters, Arts and Sciences, Waseda University
(*Graduated 25th March 2011 without Ph. D. Degree)

■ Summary

Falconry has been extensively succeeded by Altai-Kazakh falconers at Bayan-Ölgii Prefecture in Western Mongolia. Especially, local falconers tame only Golden Eagle (Aquila chrysaetos daphanea ) and carry out on horse-back. This
so-called “horse-riding falconry” should be defined as intangible cultural heritage which has been kept centuries of tradition for live with hunting Golden Eagles. For achieving clarification of (1) Actual living situation of Kazakh falconers,
and (2) Local ways for taming, a basic participant observation, ethnographic researches and interviews had been conducted with staying at Sagsai Village from 31st July to 7th October 2011. In this social observation, a total numbers of
local falconers and tamed eagles, living form divided into settled or transhumant and not close-relation between eagle
and falconer during summertime are observed.
[Key Word : Horse-Riding Falconr y, Kazakh, Mongolia, Golden Eagle, Bayan-Ölgii]
……………………………………………………………………………………………………… Japan. J.Hum. Anim. Relat, Vol. 32 @@-@@ (2012)

Japanese Journal of Human Animal Relations 2012.8

1

000 人)が 「カザフ人」であり、そのコミュニティ生活・文化・言語・ 測される。  アルタイ山脈の北部に位置するモンゴル最西端のバヤン・ 宗教はモンゴル人と大きく異なっている。県内各村には現 ウルギー県(Баян-Өлгий / Bayan-Ölgii) (図 1)では、イヌ 在、10 代の若者から 80 代の古老まで、およそ 400 名のブル ワシを用いた鷹狩が現在でもカザフ系モンゴル人(以下、ア クッチュが暮らしている[3]。しかし、その生活形態、イヌワ ルタイ=カザフ人)の牧畜社会で継承されている。特にアル シ飼養や馴化の知恵、騎馬鷹狩猟の技法、成立基盤などに タイ=カザフの「鷹匠」 (図 2)が行う鷹狩は、最大の猛禽類 ついては、解明されていない未知の領域が多い。また体系的 のひとつであるイヌワシ〔Golden Eagle;Aquila chrysaetos な文化人類学・民族学の基礎調査も実施されておらず、現 daphanea〕 (図 3)のみを用いて、騎馬によって行われる。鷹 状として文献もほとんどない。しかし現地では 2011 年 3 月 狩では主にキツネなどの中型獣が捕獲対象とされ、その毛皮 に、毎年秋に行われるカザフ鷹狩文化の祭典「イヌワシ祭 材の利用と販売を目的とした生業狩猟として育まれてきた。 (The Golden Eagle Festival)」がUNESCOから「無形伝統 鷹狩実践の経済活動という側面は、キルギスの牧畜社会でも 文化祭典」の認定を受け、その社会的・対外的認知が高まり 確認されている[1][2]。 つつある。  そのため本研究では、実生活と密接に結びついた「実猟と  こうした現状を踏まえ、本研究では 2011 年 7 月 29 日〜 10 たかがりりょう 「スポーツ狩猟」「娯楽狩 しての鷹狩」を「鷹狩猟」と呼び、 月 7 日、バヤン・ウルギー県サグサイ村(Сагсаи)を拠点とし 猟」などの通念上の鷹狩から、その特質を区別した。また、 て、同地に居住するブルクッチュを対象に、その生活実態 同地域の鷹狩猟は必ず騎馬で行われ、鷹狩の起源的・古典 と鷹狩技術・イヌワシ飼養についてインタビュー・参与観察 的形式と位置づけられる。そのため、アルタイ=カザフ牧畜 を行った。特に本研究では、基礎研究の必要性を踏まえて きばたかがりりょう 社会の鷹狩を「騎馬鷹狩猟」と呼び、その独立した個性に注 複数のブルクッチュの生活誌を横断調査し、①鷹匠と狩猟 目した。 用イヌワシの現存数とその生活実態、②夏季のイヌワシ飼  同地域の鷹匠は、 タカやハヤブサは鷹狩猟には一切用いない。 育・馴化方法の一般性・法則性の特定、の 2 点について明ら また現地カザフ語でも「鷹匠」 「隼匠」に相当する語は使用さ かにした。 れていない。そのため、本研究では文化的文脈との整合性に配  現在のサグサイでは、日々の家畜放牧と酪農生産に加え、 慮 し 、現 地 で 鷹 匠 を呼 び 表 す「 ブ ルクッ チ ュ( Бүркітщі)」 ( =ジャガイモ栽培、乾草販売、工芸品販売など、複合的生産 図 1 モンゴル、バヤン・ウルギー県サグサイ村の位置 2 .相馬 拓也 ■ 1.はじめに:騎馬鷹狩猟の特質 鷲使い)を一般的な「鷹匠」の意味として使用する。  猛禽を手なずけて人間に代わって獲物を捕らえさせる「鷹 ■ 2.対象地域と調査の概要 狩」の技法は、岩絵などの所在から、おそらく約 4000 年前 2 - 1.調査の背景と方法 の中央ユーラシア山岳地域の人々によって考案されたと推  バヤン・ウルギー県は人口の 90% 以上(約 86.

900 円)程度、ヒツジ 1 頭の値段はおよそ  移牧活動は鷹狩猟を維持する生態基盤であり、その従事者 100.000 トゥグルク(約 70.000 図 2 盛装した鷹匠の古老 人(約 200 世帯)が村中心部(ソム)に通年で定住している [サグサイ村役場談]。定住者以外の大部分は、 「夏営地(ジ ャイラウ)」と「冬営地(クスタウ)」を季節によって行き来 する移牧活動に従事している。村の中心部はウルギー市(ア イマグ)から 35km 西に位置する。アクセスは他の村よりも よく、人々の往来も比較的多い。村内に小規模の食料品雑 貨店舗が 13 店舗、衣料品店が 3 店、銀行の支店が 2 店舗あ る(ハーン銀行/ハドガラムジ銀行)。学校はサグサイ村内 には 2 校あり、中心部の本校には 6 歳から 18 歳まで約 700 人 の生徒が通っており、その半数は隣接する寄宿舎で暮らして いる。学校の裏には幼稚園も 1 ヶ所ある。 図 3 アルタイのイヌワシ  市場はなく、新鮮な食肉、酪農・乳製品はその大部分が 自給自足でまかなわれるが、必要があればマルチンから直接 2 - 3.サグサイ村のブルクッチュたち 買い付ける。野菜全般の入手は困難で、ジャガイモ以外はウ  サグサイ村は腕の良いブルクッチュが多くいることで知ら ルギー市での調達に依存している。 れている。県や村から表彰された名手が一番多く暮らすのも  山岳高原に位置するアルタイでは、ヤギの消費頻度が国内 このサグサイである。2008 年 2 月にウランバートルで開催 他県よりも多い。放牧中の家畜群構成率を見ても、ヤギの比 された初のアルタイ=カザフ鷹匠の祭典「イヌワシ祭」には、 率がヒツジよりも卓越している[村民からの聞き取り調査に 21 名のブルクッチュが首都に呼ばれ、当時のエンフバヤル よる]。消費食肉の大部分を占めるヒツジ・ヤギの価格は現 首相からその知識と技術が表彰された。この時の参加者の 9 地通貨トゥグルク( T )で、ヤギ 1 頭 50.000 る。牧畜を専業とするブルクッチュが定住者の 2 倍以上お 円)程度で取引されている。ラクダは家畜の中ではもっとも り、牧畜活動とイヌワシ所有の関連がうかがわれる。実際 値が高く、1.アルタイ=カザフ牧畜社会における騎馬鷹狩猟 〜イヌワシと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査〜 活動が展開されている。特にブルクッチュには、村の中心 部に通年で定住する「定住生活者」と、高地・低地間の季節 移動を伴う牧畜活動に従事する「移牧生活者(マルチン)」の 2 つの生活形態がある。そのため本研究では、ブルクッチュ 個人の生活形態や年齢などを特定した上で、民族誌として 記述した。 2 - 2.サグサイ村の概要  本調査のフィールドとしたサグサイ村は、バヤン・ウルギ ー県内では比較的温暖な環境にあり、良質な放牧地を十分 な面積で持つ。村内の人口は約4.000.000 トゥグルク(約 隣接する夏営地/冬営地には、通年で 20 家族、24 名のブ 35.000 円)前後で、値が張るためサグサイのマルチンが口 ルクッチュがイヌワシと共に生活している(表 1)。その内、 にすることは少ない。平均的なカザフ人家庭では、ウシ 1 頭 定住生活者は 6 家族 7 名、牧畜生活者は 14 家族 17 名であっ で一冬(6 ヵ月間)を越せる食肉量が確保できる。主に乗用 た。これには引退した 2 名の年長者(H 氏、N 氏)が含まれ のウマは600.000 円前後)である には定住生活者が村中心部に限定されていることから、サグ (2011 年 9 月時点の村内相場)。サグサイ村のラクダ複数所 サイ全域で定住型のブルクッチュはこの 6 家族 7 名のみにほ 有者は、調査時点でマルチン 2 家族のみであった。 ぼ限定される。これら 7 名のうち、5 名は熟練のブルクッチ ュであり、1 名は学校に通う高校生、1 名は経験の浅い修練 Japanese Journal of Human Animal Relations 2012.500 円)程度 も多い。そのため、春夏期/秋冬期でサグサイ村周辺のブル で取引されている。ヒツジ・ヤギの家畜価格はこの 5 年間で クッチュとイヌワシの数は変動する。サグサイ村中心部と 2 〜 3割値上りしている。ウシ 1頭は 500.500 〜 4.000〜700.8 3 .000トゥグルク(約42.000 〜 150.000人で、その内の約1.000〜49.000 トゥグ 名がサグサイからの参加者であった。 ルク(約 3.000 〜 70.000 トゥグルク(約 7000 〜 10.

相馬 拓也 表1 サグサイ村(およびその周辺の冬営地)に居住するブルクッチュ (軽度懸念)”であることから[4]、調査の緊急性が現地で危 惧されていない表れでもある。  サグサイ村の狩猟用イヌワシの所見を、イシク・クル湖岸 (キルギス共和国)で目にした鷹匠のイヌワシと比較すると、 どれもみな体格が大きく気性がきわめて荒い。近づけば必ず 威嚇され、飼育者以外の者が不用意に近づくのは危険であ るように思われた。あまり馴らされていないワシが、近づい て来た家畜や他のイヌワシを襲うことも珍しくない。こうし た威嚇は、まだ経験の浅いブルクッチュにも向けられ、目隠 し帽(トモガ)を被せ、腕に据えるだけでも 1 ヵ月以上を必 要とする。しかし、腕に据えた場合は従順となり、各種の訓 練に応じるようになる柔軟性も持ち合わせている。   またアルタイのイヌワシには鳴き声を立てる習性が少な く、特に矯正の必要もない。筆者の観察では、キルギスの鷹 狩用イヌワシは人の接近に対して、頻繁に鳴き声を上げる 神経質な一面があった。しかしブルクッチュの用いるイヌワ シは、そのほとんどが鳴き声を立てない。サグサイ村では 24 羽のイヌワシが狩猟用に馴化されているが、頻繁に鳴き声を 立てるワシは P 氏(11 歳ワシ)、R 氏(3 歳ワシ)、K 氏(3 歳ワシ)、B 氏(3 歳ワシ)、各氏の所有する 4 羽だけであっ た。P 氏と R 氏は、鳴き声を立てないように矯正を試みた が、この癖は治らなかった。イヌワシ特有の甲高い鳴き声を 者である。鷹狩猟用イヌワシは、2 名の複数所有者を合わせ ると 24 羽が確認された。 立てないことも、狩猟用の馴化に適していると思われる。  サグサイ村には、10 代から 90 代まで全世代のブルクッチ ■ 3.カザフ鷹匠とイヌワシの一年の概要 ュが居住している。鷹狩の伝統を牧畜社会の現代的様相と 3 - 1.春夏期(4 月〜 8 月) :雛鳥(バラパン)の捕獲と 向き合いながら継承・受諾していることから、カザフ鷹狩文 馴化 化の変容、普遍性、その持続性の解明に向けて、調査フィ  アルタイ=カザフのブルクッチュは、鷹狩猟用としてメ ールドとして適していると考えられる。 スワシだけを用いる。メスの方がオスよりも体格が大きく、 爪の大きさや握力でもオスに勝り、戦闘的である。ヒナを 2 - 4.アルタイのイヌワシの特徴 育て上げるという母性本能が、メスワシの狩猟能力をオスワ  イヌワシはカザフ語名で「ブルクット(Бүркіт)」、モンゴル シ以上に高めると現地では言われている。 語名で「ツァルムン・ブルゲッド(Цармүн Бүргэд)」と 呼称  メスのワシは「エレク」、オスのワシは「サルチャ」と総称 される。成鳥は体高 66 〜 90cm、翼の開張幅は 180 〜 234cm される。さらにメスには年齢毎、つまり換羽回数によって 11 となり、モンゴルでは最大の「狩猟する猛禽」である[4]。イ の呼称が与えられている(表 2)。ただし研究者のビフマル氏 ヌワシは南ゴビ砂漠の一部を除くモンゴル全域に棲息してい は異なる名称を記録しており[7]、地域によって呼称にはや る。その生息数はきわめて多く、サグサイを含むアルタイ山 や相違がある。メスワシと異なり、オスのイヌワシはただ単 脈全域が営巣地として利用されており、産卵・抱卵〜育雛 にサルチャと総称されるのみである。同じイヌワシでも、オ 期の 3 月〜 8 月はその棲息密度が特に高い。 スワシはその鈍重な性質からブルクッチュのさげすみの対象  モンゴルでは1990年以降、ハヤブサの生態調査が盛んに行 となっている。 われ、その生態がかなり把握されるようになった[5][6]。  ブルクッチュは通常、まだ飛び立てないヒナワシ(バラパ しかしイヌワシについては、モンゴル国内の生息数や営巣地、 ン= 0 〜 1 歳ワシ)を巣から捕らえて狩猟用に飼養する。網 渡りなど、詳しい生態は把握できていないのが現状である。 や罠を用いて、飛び立てるようになったばかりのバラパンを それはイヌワシの推定現存数が安定しており、“Least concern 捕獲して飼養することも、多くはないが行われる。バラパン 4 .

アルタイ=カザフ牧畜社会における騎馬鷹狩猟 〜イヌワシと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査〜  表 2 イヌワシの年齢別名称(ダヤン地方での呼称を参照) カザフ・ブルクッチュの育んだイヌワシとの共生観をよく表 す行為である。  しかし現在のブルクッチュは、通例として 8 歳ワシ(ユー・ トゥルク)頃まで共に過ごすことが多くなっている。12 歳ワ シまで生活を共にするブルクッチュもいる。サグサイでは A 氏、P 氏が 11 〜 12 歳のワシを飼養している。ただし狩猟に 従事する現役のワシは、P 氏所有の 11 歳ワシが唯一である。 昨今は鷹狩猟の盛んな時代と比べて、狩猟頻度・毛皮販売 の機会と家計への経済効果が減少し、鷹狩猟の実生活に対 する比重が相対的に低くなっている。イヌワシへの身体的負 の捕獲時期は 6 月中旬が最も多い。これに先立ってブルクッ 担も軽減されていることから、5 歳ワシとの別れはほとんど チュは山々を騎行し、あらかじめイヌワシの営巣地点を探し なくなりつつある。特に近年は狩猟実践者の減少は著しく、 出しておく。一般的にイヌワシは、孵化から 10 週間で自ら 多くのブルクッチュは単なる「イヌワシ保持者」になってい 飛翔・捕食することが可能となり、12 週目を過ぎると巣立 るのが現状である。 ちを迎えるといわれる[8]。地元ブルクッチュの伝承では、 毎年 7 月 20 日前後に幼鳥は巣立ちを迎えるといわれている。 3 - 2.秋冬期(9 月〜 11月) :鷹狩猟の訓練・出猟の 開始 そのため、巣立ち前で体も成鳥並みに成長したバラパンが鷹 狩用に捕獲される。  9 月を迎えたサグサイでは、1 週目頃から急激に気温が低  「バラパン」とはイヌワシに限らず、雛鳥から幼鳥までの 下する。この時期サグサイの山々の頂上付近にはうっすらと 総称である。イヌワシでは例年 3 月頃の羽化から、翌年 1 歳 初冠雪が見られ、明け方の水路に薄氷が張る頃になると、ブ になった夏頃までの幼鳥を総称している。そのため年齢ごと ルクッチュは一斉にワシの訓練を開始する。この時期から、 の名称は満年齢ではなく数え歳で呼ばれる。例えば 2 歳ワシ ワシには水に浸して血抜きした肉が与えられる。鮮血を食べ を「テルネック」と呼ぶが、満年齢の 2 歳ではなく、実際に させず、空腹感を増幅させて狩猟へと駆り立てるためであ は夏を迎えた 1 歳ワシで、換羽回数は 1 度のワシを意味して る。 いる。  狩猟の開始は早ければ 9 月 4 週目頃から行われる。しかし  一般にイヌワシを馴らして腕に据えられるようになるまで、 移牧生活者の場合は、冬営地への移動が済み、冬支度が完 30 〜 45 日間が必要とされる。馴化の過程でもっとも大切な 全に整う 10 月 20 日前後からがもっとも多い。特に山々がう ことは、右腕に据えて自ら毎日給餌することと、目隠し帽 っすらと雪に色づく 11 月終盤からが、狩猟には適している。 (トモガ)を毎日被せることである。一度馴らされたワシは、 獲物の影が銀世界に映えて上空から視認しやすくなり、狩り 腕に据えられている間は従順になる。それでも若いブルクッ の成功率が高くなるためである。 チュの腕には、強力な爪やくちばしでひっかかれた生傷が絶  鷹狩猟が今よりも盛んだった 20 世紀中期には、天候が安 えないことが多い。キルギスの鷹匠によると、ハヤブサ、タカ 定していればほとんど毎日が狩猟に費やされた。通常は日の は 7 〜 10 日間程度の馴化・訓練で狩猟に使用できるように 出から日没前まで費やされる。冬季のアルタイは日照時間 なるという。イヌワシとの信頼関係の構築は、他の猛禽類 が短く、10 月 1 日の日出は 7 時頃、日没は 18 時 40 分頃であ と比較してもっとも時間を要するということができる。 る。10 月から日没は 1 日 1 分程度の割合で早まり、冬至の  カザフのブルクッチュは古来の慣例として、5 歳ワシ(ア 日には、 日 出は 8 時 50 分 頃、 日 没は 17 時 5 分 頃となる ナ)になった冬の終わりに山へと放ち、4 〜 5 年間を連れ添 (GARMIN 社 GPS 製品 60CSx の地点情報データによる)。 った「相棒」に別れを告げる。一般にイヌワシは、4 〜 5 歳 イヌワシの視認能力を考えると、狩猟活動に費やせる時間 で繁殖能力を身に付ける。この年齢は、ワシがもっとも強壮 は 1 日 7 〜 8 時間が限度である。さらにイヌワシと馬の疲労 になる時期(4 〜 6 歳ワシ)と一致する。強壮な盛りの時期 を加味すると、複数所有ではない限り実際の狩猟頻度は 3 〜 にイヌワシを山に返すのは、つがいとなって新たな世代を育 4 日間に 1 度であったと思われる。慶弔事なども考えると、 んでほしいという、イヌワシと共に生きるカザフ社会の伝統 一冬の平均的な狩猟稼動日数は、10 月 1 日から 3 月末まで に基づいている。そのため、別れを告げる 5 歳ワシには「ア で、30 〜 50 日程度であった。 ナ(=母親)」という名称が与えられるようになった。これは   Japanese Journal of Human Animal Relations 2012.8 5 .

000〜25.400 円)が価格の て狩猟を行うというサイクルが成立していた。季節移動はイ 相場である。キツネの毛皮は裏返されて、塩やアイラン(ヨ ヌワシの体調管理にも適合するものである。 ーグルト)で裏揉みされ、10 日間程裏干して乾燥させる。キ  かつてカザフ天幕内では、イヌワシは入口をくぐって左側 ツネ 1 頭からは約 3 〜 5kg 前後の良質な肉が、イヌワシの給 (男性の場)に必ず据えられた。しかし定住化の進んだ現在 餌用に確保できる。給餌肉の負担軽減という側面を考える は、イヌワシの据え方も多様化している。定住者は専用の「イ と、一冬キツネ 5 〜 10 匹程度の捕獲量があると望ましい。 ヌワシ小屋」を持っていることがほとんどである。日中はイ  またキツネは、カザフの伝統的装束に不可欠な毛皮材とし ヌワシを小屋から出して、庭の壁際や中央、外壁上などに て多く利用されている。「キツネ狩り」は毛皮・民芸品販売 敢えて目立つように据えておく。ワシは据木(トゥグル)の による現金収入を目的とした、酪農・食肉生産とは性質の ほか、ブロック、日干煉瓦、石、流木、古タイヤ、などの上 異なる経済活動である。また同時に、民族の伝統的装束を作 に置かれる。ただしワシによって特定の留り場所を好むこと り、美しく着飾るために不可欠な行為もある。かつてキツネ もある。 捕獲は、一人前のカザフ男児へのイニシエーションでもあ  例えば E 氏は以前、庭の地面に 2 羽を 5m ほど離して据え った。そのためキツネ狩りは、いわば経済的充足と象徴的な ていたが、現在は庭の中央(ジャガイモ畑の中央)に据えて 自己形成を併せ持つ、カザフの民族文化を表象する行為でも ある。A 氏は乾草置き場の壁際に据えている(図 4)。また D ある。 氏宅では、2 羽のイヌワシを同じ壁の上に 5m ほど離して据 えている(図 5)。来客や子供の多いカザフ人宅では、イヌワ 3 - 4.早春期(2 月〜 3 月) :狩猟活動の終了・牧畜 の再開  鷹狩猟は 3 月 20 日前後、イスラーム新年の祭事「ナウルー 6 シを敢えて目立つようにして、近づかせないようにする配慮 でもある。こうした「イヌワシのいる風景」は、村の日常に 溶け込んだいわば伝統的景観になっている。 .相馬 拓也 3 - 3.厳冬期(12 月〜 1 月):キツネ狩りの本格化 ズ祭」をもって完全に終了する。春を迎えると気温の上昇に  ブルクッチュの主な捕獲対象獣はキツネ〔Red Fox;Vulpes よる毛の生え替わりと出産により、キツネの毛皮の質が低下 vulpes〕である。キツネは毛色によってコヌル(茶色)/ク するためである。そしてナウルーズの到来は、移牧生活者 ラン(赤色)/クラーム(橙色)/サル(黄色)の 4 種類に分 (マルチン)自身にとっても春夏期牧畜活動の再来を意味す けられており、毛皮の質や尻尾の長さで価格も異なる。キツ る。家畜の出産、搾乳、夏営地への移動等、牧畜生産全般 ネはアルタイ全域に多数生息しており、狩猟の盛んな時代 に専念する時期となり、騎馬鷹狩猟は終わりを告げる。この には、ブルクッチュの多くが一冬で 10 匹前後のキツネを捕ら 「猟閑期」にはイヌワシも換羽が始まるため、飛翔が安定し えることができた。熟達者や狩猟稼働日数の多いブルクッチ なくなったワシを激しい狩猟活動に使用することは控えられ ュなどは、30 匹前後の捕獲があった年もあるという。またコ る。 サックギツネ〔Corsac Fox;Vulpes corsac〕も格好の捕獲対  春を迎えて 5 歳や 8 歳になったワシは山へと放たれ、ブル 象となっている。 クッチュは 6 月から 7 月にかけて新たな雛鳥を捕獲し、狩猟  かつては中型獣のほか、大型の角を持つアルガリ〔Argali; の伴侶とする。巣から捕らえられたバラパンの多くは、ブル Ovis ammon〕やシカ、まれにオオカミなどの大型獣も狩猟対 クッチュの住む人間の世界で、初めての飛翔を覚える。狩 象となった。その他ノウサギ、マスクラット〔Norway Rat; 猟用として馴化されれば、その後 10 年間をブルクッチュと Ondatora zibethicus /(カザフ語名)アンダッタル〕などの小型獣 共に過ごすこともある。そしてアルタイのイヌワシが巣立ち なども捕らえるが、イヌワシは初速が遅く小回りが利かない を迎える 7 月 20 日前後を境に、多くのブルクッチュたちは ため、一般に小型獣の狩猟はあまり好まれない。さらにキジ、 冬営地の草刈に出かけ、厳しい冬との対峙に再びイヌワシ アルタイセッケイ〔Altai Snowcock;Tetraogallus altaicus / と共に向き合うこととなる。 などの鳥類や、水辺に棲むビーバー〔Beaver; (カ)ウラル〕 Castor fiber /(カ)クンドゥズ〕も捕らえることができたとい ■ 4.サグサイ村のイヌワシ夏期飼育誌 われる(上記動物名の対応はモンゴル国立自然史博物館の各 4 - 1. ワシの据置き(図 4 〜図 6) 展示項目を参照した)。  通常イヌワシは夏場の高温に弱く、直射日光を避けるよ  捕獲したキツネは毛皮にされて、市場や観光客へ販売さ うに据えられることが多い。高低差を利用したアルタイの移 れる。毛皮の状態にもよるが、キツネ1尾約20.000 トゥグルク(約 700 〜 1.000 牧では、夏期には標高が高く涼しい場所へと移動する。その トゥグルク(約 1.400 〜 1.000 〜 20.750 円)、コサックギツネ 1 尾約 ためイヌワシは冷涼な高地で夏を過ごし、冬には低地に降り 10.

8 7 .アルタイ=カザフ牧畜社会における騎馬鷹狩猟 〜イヌワシと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査〜  据えられたイヌワシの両脚には、長さ 2 〜 3m のつなぎ紐 することはない。ごくまれに訪れる観光客などに飛翔を見せ が掛けられ、据木や据石にしっかりと結ばれる。複数のイ る程度だが、これもブルクッチュから進んで行うことはほと ヌワシがいる場合には、必ず 5m 程度は引き離し、お互いが んどない。リクエストされた場合のみ、若干の手間賃を受け 争わぬようにする。真夏の高温時やブルクッチュ不在時に 取り行うことがほとんどである。人間の生活の傍らに静かに は、常時イヌワシ小屋内の暗所に据え、直射日光から守る 寄り添って過ごすことが、狩猟用イヌワシの春夏期の姿であ ようにする。 る。  一方、移牧生活者(マルチン)の場合、イヌワシの据え方 にはある程度統一された工夫がなされている。まず川岸付近 ■ 5.各季節におけるイヌワシへの給餌方法 に天幕を構える場合には、河の土手沿いや中州にイヌワシ 【夏期】春夏期の間はワシに毎日給餌することが望ましい。 を据える。空気の対流が生まれて、周囲よりも涼しい環境 ワシへの給餌の頻度や与える肉の種類はさまざまで、どのブ が保たれるためである。また、新鮮な水分摂取を頻繁にさせ ルクッチュも給餌用の肉の種類は限定していない。ただし手 る目的もある。 近に手に入る羊肉・山羊肉が最も多い。ワシの旺盛な食欲  川岸の付近でない場合、天幕の入口に向かって右側、サグ を満たすため、ヒツジ・ヤギに加えて、ウシ、ウサギ、タルバガ サイのジャイラウの場合は北東側に据えられる。北東に据 ン、野ネズミ、鮮魚、キツネ、イヌ、さらに人間の食肉用に解 える理由は、天幕が影になって日中の直射日光を防ぐため 体した際の内臓や肉片、またその余りなども与えている。な や、西向きの風から守るためと考えられる。ヤギやヒツジな るべく新鮮な内臓を摂取できる状態で給餌するのが望ましい どの家畜が襲われないように、簡単な柵をつくって据えてお とされる。野生のイヌワシは新鮮な肉や内臓しか食べない く(図 6)。これは各家庭の、小さな子どもに対しても同じ役 が、狩猟用に馴化されたワシは死肉、調理された肉、干肉、 目を果たす。 魚の干物、血抜き肉なども食べるようになり、食餌の許容範  イヌワシは 3 月の狩猟期間終了から 9 月の訓練再開までの 囲が広くなる傾向がある。しかし羊の肝臓には、体調に悪影 半年間、ほとんど飛翔しない。イヌワシの換羽は、8 月終盤 響を及ぼす細菌がいると信じられているため決して与えない。 まで完全には終わらないため、飛翔の安定しないワシを訓練  給餌方法はいたって簡単で、イヌワシの足元に肉などを放 図 4 庭の流木上に据えられたワシ(A 氏宅) 図 5 外壁上に据えられたワシ(D 氏宅) 図 6 一般的なイヌワシ囲い(X 氏宅) 図 7 川魚(ウグイ)をむさぼるワシ(X 氏宅にて) Japanese Journal of Human Animal Relations 2012.

相馬 拓也 り投げておくだけで済ませている。例えばマルチンの M 氏、 ず、サグサイではすべてのブルクッチュ家庭が家畜を所有し P 氏、T 氏などは、毎日約 300 〜 500g の肉片を与えている。 ているため、冬季に向けた乾草つくりは必須である。草刈作 しかしサグサイの大部分のブルクッチュは、その負担の大き 業は男の仕事で、家畜の保有数にもよるが例年 1 〜 2 週間程 さから 2 〜 3 日に一度の給餌で済ませている。仮に毎日 200g 度かかる。その間、家の男手はほとんど出はらっていて、草 の肉を与えたとしても、年間 73kg もの量が必要となる。た 刈場付近にテントで暮らす。不在中はブルクッチュの妻な とえ 300g の肉を 2 日に 1 度与えても年間 55kg の生肉を必要 どが給餌を担当する。K 氏宅でも不在時に妻や家族がヒツジ とする。これはヒツジ1頭から得られる肉量が 15 〜 20kg と の内臓を与えていた。春夏期の 7 月〜 8 月にかけて、ブルク 考えると、3 〜 4 頭分に相当する。いずれのブルクッチュ宅 ッチュとイヌワシの関係は疎遠になり、その世話に多くの手 でも、少なく見積もって年間ヒツジ・ヤギ 2 〜 3 頭分、多い 間が割かれることはない。 場合は 5 頭分相当をイヌワシ 1 羽が消費していることとなる。 【秋期】秋季の給餌量も 300 〜 500g が一般的である。給餌 平均的なカザフ家庭でも、年間のヒツジ消費量は約 12 〜 15 肉には春夏期同様に、羊肉・山羊肉がもっとも多く用いら 頭である。そのため、毎日餌を与えるのは熟練のブルクッチ れる。しかし狩猟シーズンに入ると、脂身と鮮血のついた肉 ュや、肉の確保が容易な移牧生活者に多く見られる。定住 は一切与えない。肉片からは丁寧に脂身が削り落とされ、水 型のブルクッチュの間で、銃や罠での小動物捕獲が頻繁に で洗って血抜きした肉が与えられる。肉は 1 〜 2cm 程度の大 行われる背景には、こうした飼養負担増がある。鷹狩猟の家 きさに細切れにされ、木製の「給餌器(サプトゥ・アヤク)」 計への経済的効果は相対的に低くなっており、狩猟実践者 の中で 2 〜 3 時間水に浸された後に与えられる(図 8)。特に 減少の大きな一因となっている。 新鮮な血の付いた肉を食べると、イヌワシは満腹感から狩猟  またX氏は2〜3日に一度、ホブド河で釣ったウグイ〔Dace; をしなくなる。血が味わえないイヌワシは、かなり大量の肉 leuciscus dzungaricus〕などを与えていた(図 7)。ワシは小動 を食べても満足感を得られないと言われる。ブルクッチュは 物の捕食と同じように、魚の腹を割いて内臓を咀嚼し、その 肉を細切れにすることで、本来引きちぎって肉を食べるイヌ 後丸のみにする。一回の食餌で小ぶりの魚 5 〜 6 匹を平らげ ワシに満足感を与えないようにしている。 る。しかし、飼育者によって魚食を習慣づけられていないイ 【冬期】冬季は、春夏期には用いられない器からの給餌が必 ヌワシには、急に鮮魚を与えても食べることはない。また魚 要となるため、イヌワシのくちばし先端を丸めて、餌を食べ の給餌は地元でも知られている方法だが、実際の給餌頻度 やすくすることもある。長いくちばしでは、器の底に当たっ は高くない。サグサイで実見できたのは X 氏一人だけであっ て細切れにした肉片が口に入りづらくなるためである。これ た。 はイヌワシに目隠し帽(トモガ)を被せ、両足を紐で縛るか  本来、換羽が始まったイヌワシには、毎日ふんだんに肉 後ろ手で押さえつけてやや強引に行う。X 氏の場合、ナイフ を与えて体重を増やし、新しい羽根の成長を促進させ、換 でくちばし先端を 2 〜 3mm 削り落として丸め、内側の角の 羽期の終了を早めることが望ましいとされる。中世ヨーロッ 立った部分も削って丸めていた(図 9)。 パのハヤブサ・タカの養育方法にも、そうした記録がみられ  出猟が本格的に開始される 10 月 15 日前後になると、ブル る[9][10][11]。ただし 8 月前半のブルクッチュは家畜 クッチュは捕えたキツネの肉などをワシに与えるため、食餌 の越冬用の草刈と乾草つくりに追われ、日中ほとんど自宅や 肉確保の負担はやや軽減される。こうした点から、9 月下旬 天幕にいることはない。定住者・移牧者の生活形態に限ら に狩猟を開始するブルクッチュもいる。 図 8 給餌器内で水に浸され血抜きした羊肉(E 氏宅にて) 図 9 くちばしの先端をナイフで削り、短くする(X 氏宅にて) 8 .

アルタイ=カザフ牧畜社会における騎馬鷹狩猟 〜イヌワシと鷹匠の夏季生活誌についての基礎調査〜 図 10 騎馬での呼び戻し訓練風景(R 氏) ■ 6.狩猟訓練と強制給水・強制嘔吐 図 11 訓練後、口移しで給水させて訓練で与えた肉の嘔吐を促す 行うことが多い。しかし移牧生活者(マルチン)の場合は、昼 間の放牧の合間に実際に鷹狩猟を行う山に行き、訓練を行  狩猟訓練には大きく分けて①自分の腕への呼び戻し訓練、 う。実地訓練の方が、イヌワシにとっても狩猟時のイメージ ②疑似餌(チュルガ)を用いた実践訓練、の 2 種類がある。こ トレーニングになるためである。 れら 2 種類の訓練を、歩行と騎馬の両方で行う(図 10)。  ブルクッチュは訓練後、イヌワシへ強制的に水を飲ませて  腕への「呼び戻し訓練」は、狩猟に成功したイヌワシを、 胃を洗浄する。R 氏の場合、訓練後すぐにワシの口から長さ キツネや獲物から引き離す場面を想定している。はじめはイ 30cm ほどのホースを胃袋まで挿入し、自身で口に含んだ水 ヌワシから 5 〜 10m 程度離れて、肉やウサギの脚を振って をホースで胃へと流し込む(図 11)。これを 4 〜 5 回ほど行 見せて掛け声と共にワシを呼ぶ。成功すると再びイヌワシに い、200ml 前後を給水させる。かつてはヤギの角、ツルやク 背を向けて懐に肉を隠し、15m さらに 20m と前回よりも遠 ロハゲワシの羽根の骨などを中空にして、イヌワシの口に入 くまで歩き、振り返ってイヌワシを呼ぶ。この訓練を 30 分、 れて水を流し込んだ。この強制給水は、食餌の際に胃の中に 1 時間と繰り返す。長い場合は半日を費やすこともある。良 溜まった獣毛や未消化物を取り除くために行われる。通常 く馴らされたワシは、ブルクッチュが振り向いて肉を出すの イヌワシは大量の水を一度に飲み込むことはないため、不快 を待ち構えて、身を乗り出して構えるようになる。そして肉 感を与えて嘔吐・排泄を促すとされる。イヌワシに空腹感を を見せなくても、飼育者が振り向くだけでその腕へと舞い戻 与えて、狩猟への本能的欲求と訓練への集中力を高めるた るようになる。 めに行われる。  ブルクッチュは狩猟時、ワシに空腹感を与えて狩猟に駆り  捕らえたばかりの 1 歳ワシ(バラパン)にも、「コヤ」とい 立てている。獲物を捕らえた際のイヌワシは極度の興奮状態 う円柱状の木片を飲み込ませて、食べた獲物の肉や獣毛な にあり、ブルクッチュにとってさえ危険な状態にある。その どを強制的に吐き出させることが行われる。 ため腕に舞い戻ったワシにはわずかな肉片を口に含ませ、す  急激な減量が必要な時には、イヌワシに紅茶や角砂糖が飲 ばやく目隠し帽(トモガ)を被せる。獲物の肉を目の前にし まされる。C 氏の場合、イヌワシ祭でワシを呼び戻す競技に ても、トモガを被せてすぐに冷静さを取り戻させる訓練が必 前もって、当日の早朝、水ではなくお茶を流し込んで、イヌ 須となる。 ワシに嘔吐・排泄を促進させていた。またその同日 E 氏は角  疑似餌(チュルガ)を用いた訓練も腕への帰翔と同様に、 砂糖を 3 つ、喉につまらぬように角を落としてイヌワシに無 近距離から遠距離へと距離を伸ばして行う。ブルクッチュ 理やり食べさせていた。出猟に臨む前には、氷なども食べさ は「ホダー!」や「セヤー!」などの掛け声と共にチュルガ せられる[12]。いずれの場合も、イヌワシが普段食べない食 を引いて、ワシに狩りをするようけしかける。訓練の初期段 物を与えて、嘔吐・消化・排泄を促している。秋口からイ 階では、チュルガ内側にはウサギやヒツジの肉が仕込まれる。 ヌワシの体重増加を抑え、半年ぶりの飛翔に適した体型づ 騎馬でチュルガを用いた訓練は、50 〜 100m 以上ワシから くりが 10 月中ごろまで行われる。 離れるため、ワシを据え置く担当とチュルガを引く担当の 2 人組で行われることが多い。  定住型のブルクッチュの場合、訓練は自宅の庭や近所で ■ おわりに:アルタイ=カザフ鷹匠と イヌワシの関係観 Japanese Journal of Human Animal Relations 2012.8 9 .

Falco (no. In. Eagle & Birds of Prey - 「イヌワシとの距離感」は、鷹狩文化が現在のアルタイに存 Discover the World of Birds of Prey . Harding: 7. Falco (no. Fishing (The Third Edition). 1686.104-105. S. In. John Saunders.相馬 拓也  本研究では、サグサイ村におけるブルクッチュの夏季生活 its Transition. Casey A. 7-9.S.14). 1486. The 化の文脈、例えば N.).   本調査研究は財団法人髙梨学術奨励基金「平成 23 年度研 11.F  rederick II. Takuya. The Boke する現代社会のなかでもこの営みが守られ、伝統の本質に大 of Saint Albans: Treaties on Hawking. Live. The Middle East Falcon Research Group: け負っている。また、狩猟シーズンの終了から 8 月終わりま p. London. Ұланбатыр. 18). John. Banzragch. 2000. A Short History of Saker Falcon 活誌の中で、イヌワシとの関係はいわば稀薄であり、鷹狩文 Studies in Mongolia. 130-139. Баян-Өлгий . Eagle training in Mongolia . In. & M. Academy of  (1)イヌワシ飼育の現状として、食餌肉の確保の負担が Uzbekistan/ UNESCO: p. viz. Observation upon Hawking. & D. Tashkent. Blades. Өлгий: p. Juliana). 1999. D. Гамма: p. 種の助言をいただいた県立博物館館長クズルバイ氏、サグサ Stanford University Press). . Hunting and Cote きな変わりはない。 Armours (reproduced by. The Art of Falconry: being the De arte venandi  またウルギー市で居室を提供いただいた作家シナイ氏、各 cum avibus of Frederick II of Hohenstaufen. 2011.How They Grow. 2.S  oma. London. 62 Paternoster Row. Castle Books: ュは大切にヒナを育て上げ、適度な距離感を保ちながら狩 p.54-55. De Arte V enandi cum Avibus 究助成」による研究計画に基づき行いました。髙梨会長をは (translated and edited by Wood. Stephan. Freeman Collins: 80-81. In. Ulaan Baatal. での半年間は、訓練も行われない。ブルクッチュの夏季生 6.S  hagdarsuren. 2003. 猟と生活を共にし、5 年〜 8 年を経て再び山へと返す。変化 10.S  aint Albans (Berners. Birds of すと考えられる。鷹狩猟は、牧畜社会に依存しなながら継 Hustai National Park. Marjorie じめ、関係者全ての皆様に深く御礼申し上げます。 Fyfe. 1826.G.  ブルクッチュの夏季生活誌に見られる「家畜再生産」と 8.P  arry-Jones. Usukhjargal. and Hunt.3-5. Hustai National 承発展を遂げてきた経緯が、その飼育誌から確認された。 Park & Mongolian Ornithological Society: p. O.. E. Elliot Stock. するためには、移牧による家畜の再生産が大きな役割を果た 4.G  ombobaatar. Sebright[14]など Middle East Falcon Research Group: p. & F. 2000. D.11. り立てて頻繁に世話をするという事は見られなかった。特に O. 3. Dame.. 1994.. 206-207. Fowling. Keep the steppes 例年 8 月中は放牧や草刈でブルクッチュが常時不在のこと tidy: impact of litter on Saker Falcons. 続している一つの要因と考えられる。イヌワシの世話に多く Fly. Falco (no. London. 14.S  ebright. Hunting. New York. J. Proceedings of Materiari Natina- 誌とイヌワシ飼養の基礎的知見を中心に報告した。 Teoreticheskoi Konferenzti 2006. 2007. 1881.  13.C  ox. 2003 (1988). Shijirmaa. 2001. Gombobataar. Hawking. The ■ 謝辞 Boke o f Saint Albans. Abu Dhabi The Middle East Falcon Research Group: p. 1241. 99-106. USA.a western perspective. も多く、ワシへの給餌・水やり全般を、家の妻や子どもが請 Abu Dhabi. の手間をかけない事は、夏季の牧畜に専念できる条件でもあ 14-15. The Gentlemen’s Recreation: in Four Parts. の記したイギリス式の鷹狩と比較した場合、きわめて異例で もある。 7.Бикумар. Nicholas. Abu Dhabi. Кемалашулы. イ村で調査にご協力いただいた鷹匠とすべての村民の皆様に 感謝の意を表します。 ■ 参考文献 1.相馬拓也 2008. Stanford.. S. Jemima.16). Williams. Sumya. The Art of Medieval むしろ文化継承が容易になったと推察される。ブルクッチ Hunting: The Hound and The Hawk. 「移牧生活者」よりも「定住生活者」にとって大きいことが確 認された。年間ヒツジ・ヤギ数頭分に相当する食餌肉を確保  аян-Өлгий Аймаг. Қазақтың Дəстүраи Аншылығы. った。またイヌワシ保持に着手する敷居も自ずと低くなり、 9.C  ummins.1969. Dorling Kindersley: p. Kyrgyz Falconry & Falconers and 10 12.B  odio. E. Shagdarsuren.Аймагийн Гелер 3.Б Зургийн Цомог.  (2)ブルクッチュとイヌワシの両者には距離が保たれ、取 5.P  otapov.「形象なき文化遺産としての狩猟技術〜 キルギス共和国イシク・クル湖岸における鷹狩猟のエス ノグラフィ〜」 『国士舘大学地理学報告2008(第16号)』 p. Cox[13]や J.