Takuya Soma (2014) “The Human-Animal Harmonious Heritage” between the Master and Golden Eagle: Traditional Arts and its Sustainability of Altaic Kazakh Falconry in Western Mongolia
キーワード
アルタイ山脈、騎馬鷹狩猟、サグサイ村、生態人類学、鷹匠、牧畜社会、バヤンウルギー、無形文化遺産、モンゴル西部
Keywords
Horse Riding Falconry, Eagle Falconer, Animal Herding Society, Intangible Cultural Heritage, Ecological Anthropology
I 緒言
モンゴル西部バヤン・ウルギー県の少数民族アルタイ系カザフ人の牧畜社会では、イヌワシ(Aquila chrysaetos daphanea)を用いた鷹狩技法がいまも存続し、同県内には 150 名程度の鷹匠(鷲使い)が現存すると考えられる(Soma 2012a~d, 2013a~b)。発表者は 2006 年9月より同地域で調査研究に携わっており、2011~2011年度の2 カ年は、財団法人髙梨学術奨励基金「調査研究助成」(平成 23 年度および24年度)の資金的サポートにより長期滞在型の民族誌記録、生態人類学、民族鳥類学の各領域でフィールドワークを行った(相馬2012a, 2013a)。本発表は 2011年7 月より実施している、アルタイ地域に根づく特殊な鷹狩技法と鷹匠の民族誌記録と文化保存活動についての成果報告である。
現地カザフ人の鷹匠たちは、鷹狩全般で用いられるハヤブサ(long-wings)やタカ(short-wings)などは用いず、メスのイヌワシのみを馴化・訓練して狩猟に用いる。鷹狩は冬季のみに行われ、キツネ(Vulpes sp.)がおもな捕獲対象とされている(相馬2012b, 2013b)。また出猟は必ず騎馬によって行われる騎馬猟である。アルタイ地域の鷹狩文化は、毛皮材の獲得と、それらを用いた民族衣装の製作を目的とした「生業実猟」「民族表象」として牧畜社会に定着してきた背景がある。この「騎馬鷹狩猟」の伝統知と技法はかつて、キルギス、中国・新疆などの牧畜社会で広く見られたと考えられるが、現在も「生きた伝統」として継承されるのはアルタイ地域のみで確認されている。その独自性や希少性は 2010 年 11 月、UNESCO の「世界無形文化遺産」に正式に登記され、近年国内外の注目を集めるようにもなっている。しかし、数世紀にわたる特殊な狩猟技法やイヌワシとの共生観、伝統知の体系を育んだにもかかわらず、同地域とテーマの先行研究は寡少であり、鷹匠と鷹狩についての基本的な知見もほとんど把握されていない現状がある。
II 目的
そのため本研究では、無形文化遺産でもある同地の鷹狩技法に科学的知見を確立するとともに、その文化持続性・継承性に向けて生態人類学および民族鳥類学の立場から、以下の貢献を試みるものである。①考古学資料を用いた広域アジアにおける鷹狩技法の文化的深度の特定、②民族誌記録活動、地元鷹匠たちの現状、生活実態、イヌワシ飼養方法の網羅的・民族学的把握、③文化遺産として持続可能な文化保護計画の学術的定義、施策の方向性、マスタープラン策定の提言、の現地社会でも特に要請度の高い3 つの調査対象を設定した。
III 対象と方法
本調査は 2011 年7 月29 日から 2013 年1 月10 日の期間でおよそ 310 日間、モンゴル国内およびバヤン・ウルギー県サグサイ村の鷹匠家庭への住み込み滞在により実施した。情報収集はアンケートによらず、近隣に生活する鷹匠との生活・参与観察、日常の会話、半構成インタビューにより行った。縦断調査として、滞在先の鷹匠の生活誌全般を把握した。また横断調査として県内各村へ巡検し、鷹匠の現存数・生活実態の把握、イヌワシの飼養技術と鷹狩技法の地域性を網羅的に把握し、民族・鷹具資料の収集も合わせて実施した。
IV 結果と考察
集中的な民族誌調査により、(1)アルタイ、サグサイ、トルボ、ウランフス各村域内の鷹匠の実数、サグサイ村周辺の鷹匠たちの具体的な生活形態(定住型/移牧型)、イヌワシの飼養方法が明らかとなった。また冬季の狩猟技術(キツネ狩り)の手法および実猟活動の実践者の減少が明らかとなった。(2)生態面として、鷹狩(冬季)と牧畜活動(夏季)が相互の活動を補助しあう相業依存の成立基盤が明らかとなった。また、一度馴化したイヌワシを4~5 歳で再び野生へと帰す文化的慣例により、人的介入がもたらすイヌワシ個体数維持への貢献が推察された。(3)文化保護面の課題としては、イヌワシを飼養・馴化する伝統が維持されている反面、その伝統知と出猟活動は失われつつあり、馴致過程でのイヌワシ死亡率の増加、観光客相手のデモンストレーションへの特化など、脱文脈化の著しい傾向が判明した。
V 結論
以上の知見から、アルタイ系カザフ人の鷹狩文化は(I)天然資源の保全、(II)牧畜経済の生産活動、(III)伝統知の継承、の3領域に依存的に成立しており、これらの持続的発展が文化遺産としての本質的な存続につながると定義される。はじめに(I)天然資源の保全では、捕獲対象獣であるキツネおよびイヌワシの生息数など、天然資源の保全はその前提条件である。続いて(II)季節移動型牧畜の持続的開発では、鷹狩文化の生態学的基盤は単純な金銭・資源供与型の文化保護ではその文脈の維持・継承は難しく、貧困世帯の経済状況の底上げに通ずるような、牧畜社会への間接的開発支援が求められる。さらに(III)鷹狩の伝統知と技法の保護では、狩猟活動の継続にともなう「伝統的知と技法」の継承が、鷹狩文化の継承を安定化する直接的保護と考えられる。こうした文化保護や生態基盤の解明は、「鷹狩文化」全般の持続可能性にとって普遍的価値が見いだされる。そしてアルタイ系カザフ人の騎馬鷹狩猟とは、イヌワシと鷲使いたちが数世紀にわたり共生を模索しながら伝承された、「ヒトと動物の調和遺産」と定義することも可能である。
Takuya Soma (2014) “The Human-Animal Harmonious Heritage” between the Master and Golden Eagle: Traditional Arts and its Sustainability of Altaic Kazakh Falconry in Western Mongolia
キーワード
アルタイ山脈、騎馬鷹狩猟、サグサイ村、生態人類学、鷹匠、牧畜社会、バヤンウルギー、無形文化遺産、モンゴル西部
Keywords
Horse Riding Falconry, Eagle Falconer, Animal Herding Society, Intangible Cultural Heritage, Ecological Anthropology
I 緒言
モンゴル西部バヤン・ウルギー県の少数民族アルタイ系カザフ人の牧畜社会では、イヌワシ(Aquila chrysaetos daphanea)を用いた鷹狩技法がいまも存続し、同県内には 150 名程度の鷹匠(鷲使い)が現存すると考えられる(Soma 2012a~d, 2013a~b)。発表者は 2006 年9月より同地域で調査研究に携わっており、2011~2011年度の2 カ年は、財団法人髙梨学術奨励基金「調査研究助成」(平成 23 年度および24年度)の資金的サポートにより長期滞在型の民族誌記録、生態人類学、民族鳥類学の各領域でフィールドワークを行った(相馬2012a, 2013a)。本発表は 2011年7 月より実施している、アルタイ地域に根づく特殊な鷹狩技法と鷹匠の民族誌記録と文化保存活動についての成果報告である。
現地カザフ人の鷹匠たちは、鷹狩全般で用いられるハヤブサ(long-wings)やタカ(short-wings)などは用いず、メスのイヌワシのみを馴化・訓練して狩猟に用いる。鷹狩は冬季のみに行われ、キツネ(Vulpes sp.)がおもな捕獲対象とされている(相馬2012b, 2013b)。また出猟は必ず騎馬によって行われる騎馬猟である。アルタイ地域の鷹狩文化は、毛皮材の獲得と、それらを用いた民族衣装の製作を目的とした「生業実猟」「民族表象」として牧畜社会に定着してきた背景がある。この「騎馬鷹狩猟」の伝統知と技法はかつて、キルギス、中国・新疆などの牧畜社会で広く見られたと考えられるが、現在も「生きた伝統」として継承されるのはアルタイ地域のみで確認されている。その独自性や希少性は 2010 年 11 月、UNESCO の「世界無形文化遺産」に正式に登記され、近年国内外の注目を集めるようにもなっている。しかし、数世紀にわたる特殊な狩猟技法やイヌワシとの共生観、伝統知の体系を育んだにもかかわらず、同地域とテーマの先行研究は寡少であり、鷹匠と鷹狩についての基本的な知見もほとんど把握されていない現状がある。
II 目的
そのため本研究では、無形文化遺産でもある同地の鷹狩技法に科学的知見を確立するとともに、その文化持続性・継承性に向けて生態人類学および民族鳥類学の立場から、以下の貢献を試みるものである。①考古学資料を用いた広域アジアにおける鷹狩技法の文化的深度の特定、②民族誌記録活動、地元鷹匠たちの現状、生活実態、イヌワシ飼養方法の網羅的・民族学的把握、③文化遺産として持続可能な文化保護計画の学術的定義、施策の方向性、マスタープラン策定の提言、の現地社会でも特に要請度の高い3 つの調査対象を設定した。
III 対象と方法
本調査は 2011 年7 月29 日から 2013 年1 月10 日の期間でおよそ 310 日間、モンゴル国内およびバヤン・ウルギー県サグサイ村の鷹匠家庭への住み込み滞在により実施した。情報収集はアンケートによらず、近隣に生活する鷹匠との生活・参与観察、日常の会話、半構成インタビューにより行った。縦断調査として、滞在先の鷹匠の生活誌全般を把握した。また横断調査として県内各村へ巡検し、鷹匠の現存数・生活実態の把握、イヌワシの飼養技術と鷹狩技法の地域性を網羅的に把握し、民族・鷹具資料の収集も合わせて実施した。
IV 結果と考察
集中的な民族誌調査により、(1)アルタイ、サグサイ、トルボ、ウランフス各村域内の鷹匠の実数、サグサイ村周辺の鷹匠たちの具体的な生活形態(定住型/移牧型)、イヌワシの飼養方法が明らかとなった。また冬季の狩猟技術(キツネ狩り)の手法および実猟活動の実践者の減少が明らかとなった。(2)生態面として、鷹狩(冬季)と牧畜活動(夏季)が相互の活動を補助しあう相業依存の成立基盤が明らかとなった。また、一度馴化したイヌワシを4~5 歳で再び野生へと帰す文化的慣例により、人的介入がもたらすイヌワシ個体数維持への貢献が推察された。(3)文化保護面の課題としては、イヌワシを飼養・馴化する伝統が維持されている反面、その伝統知と出猟活動は失われつつあり、馴致過程でのイヌワシ死亡率の増加、観光客相手のデモンストレーションへの特化など、脱文脈化の著しい傾向が判明した。
V 結論
以上の知見から、アルタイ系カザフ人の鷹狩文化は(I)天然資源の保全、(II)牧畜経済の生産活動、(III)伝統知の継承、の3領域に依存的に成立しており、これらの持続的発展が文化遺産としての本質的な存続につながると定義される。はじめに(I)天然資源の保全では、捕獲対象獣であるキツネおよびイヌワシの生息数など、天然資源の保全はその前提条件である。続いて(II)季節移動型牧畜の持続的開発では、鷹狩文化の生態学的基盤は単純な金銭・資源供与型の文化保護ではその文脈の維持・継承は難しく、貧困世帯の経済状況の底上げに通ずるような、牧畜社会への間接的開発支援が求められる。さらに(III)鷹狩の伝統知と技法の保護では、狩猟活動の継続にともなう「伝統的知と技法」の継承が、鷹狩文化の継承を安定化する直接的保護と考えられる。こうした文化保護や生態基盤の解明は、「鷹狩文化」全般の持続可能性にとって普遍的価値が見いだされる。そしてアルタイ系カザフ人の騎馬鷹狩猟とは、イヌワシと鷲使いたちが数世紀にわたり共生を模索しながら伝承された、「ヒトと動物の調和遺産」と定義することも可能である。
Takuya Soma (2014) “The Human-Animal Harmonious Heritage” between the Master and Golden Eagle: Traditional Arts and its Sustainability of Altaic Kazakh Falconry in Western Mongolia
キーワード
アルタイ山脈、騎馬鷹狩猟、サグサイ村、生態人類学、鷹匠、牧畜社会、バヤンウルギー、無形文化遺産、モンゴル西部
Keywords
Horse Riding Falconry, Eagle Falconer, Animal Herding Society, Intangible Cultural Heritage, Ecological Anthropology
I 緒言
モンゴル西部バヤン・ウルギー県の少数民族アルタイ系カザフ人の牧畜社会では、イヌワシ(Aquila chrysaetos daphanea)を用いた鷹狩技法がいまも存続し、同県内には 150 名程度の鷹匠(鷲使い)が現存すると考えられる(Soma 2012a~d, 2013a~b)。発表者は 2006 年9月より同地域で調査研究に携わっており、2011~2011年度の2 カ年は、財団法人髙梨学術奨励基金「調査研究助成」(平成 23 年度および24年度)の資金的サポートにより長期滞在型の民族誌記録、生態人類学、民族鳥類学の各領域でフィールドワークを行った(相馬2012a, 2013a)。本発表は 2011年7 月より実施している、アルタイ地域に根づく特殊な鷹狩技法と鷹匠の民族誌記録と文化保存活動についての成果報告である。
現地カザフ人の鷹匠たちは、鷹狩全般で用いられるハヤブサ(long-wings)やタカ(short-wings)などは用いず、メスのイヌワシのみを馴化・訓練して狩猟に用いる。鷹狩は冬季のみに行われ、キツネ(Vulpes sp.)がおもな捕獲対象とされている(相馬2012b, 2013b)。また出猟は必ず騎馬によって行われる騎馬猟である。アルタイ地域の鷹狩文化は、毛皮材の獲得と、それらを用いた民族衣装の製作を目的とした「生業実猟」「民族表象」として牧畜社会に定着してきた背景がある。この「騎馬鷹狩猟」の伝統知と技法はかつて、キルギス、中国・新疆などの牧畜社会で広く見られたと考えられるが、現在も「生きた伝統」として継承されるのはアルタイ地域のみで確認されている。その独自性や希少性は 2010 年 11 月、UNESCO の「世界無形文化遺産」に正式に登記され、近年国内外の注目を集めるようにもなっている。しかし、数世紀にわたる特殊な狩猟技法やイヌワシとの共生観、伝統知の体系を育んだにもかかわらず、同地域とテーマの先行研究は寡少であり、鷹匠と鷹狩についての基本的な知見もほとんど把握されていない現状がある。
II 目的
そのため本研究では、無形文化遺産でもある同地の鷹狩技法に科学的知見を確立するとともに、その文化持続性・継承性に向けて生態人類学および民族鳥類学の立場から、以下の貢献を試みるものである。①考古学資料を用いた広域アジアにおける鷹狩技法の文化的深度の特定、②民族誌記録活動、地元鷹匠たちの現状、生活実態、イヌワシ飼養方法の網羅的・民族学的把握、③文化遺産として持続可能な文化保護計画の学術的定義、施策の方向性、マスタープラン策定の提言、の現地社会でも特に要請度の高い3 つの調査対象を設定した。
III 対象と方法
本調査は 2011 年7 月29 日から 2013 年1 月10 日の期間でおよそ 310 日間、モンゴル国内およびバヤン・ウルギー県サグサイ村の鷹匠家庭への住み込み滞在により実施した。情報収集はアンケートによらず、近隣に生活する鷹匠との生活・参与観察、日常の会話、半構成インタビューにより行った。縦断調査として、滞在先の鷹匠の生活誌全般を把握した。また横断調査として県内各村へ巡検し、鷹匠の現存数・生活実態の把握、イヌワシの飼養技術と鷹狩技法の地域性を網羅的に把握し、民族・鷹具資料の収集も合わせて実施した。
IV 結果と考察
集中的な民族誌調査により、(1)アルタイ、サグサイ、トルボ、ウランフス各村域内の鷹匠の実数、サグサイ村周辺の鷹匠たちの具体的な生活形態(定住型/移牧型)、イヌワシの飼養方法が明らかとなった。また冬季の狩猟技術(キツネ狩り)の手法および実猟活動の実践者の減少が明らかとなった。(2)生態面として、鷹狩(冬季)と牧畜活動(夏季)が相互の活動を補助しあう相業依存の成立基盤が明らかとなった。また、一度馴化したイヌワシを4~5 歳で再び野生へと帰す文化的慣例により、人的介入がもたらすイヌワシ個体数維持への貢献が推察された。(3)文化保護面の課題としては、イヌワシを飼養・馴化する伝統が維持されている反面、その伝統知と出猟活動は失われつつあり、馴致過程でのイヌワシ死亡率の増加、観光客相手のデモンストレーションへの特化など、脱文脈化の著しい傾向が判明した。
V 結論
以上の知見から、アルタイ系カザフ人の鷹狩文化は(I)天然資源の保全、(II)牧畜経済の生産活動、(III)伝統知の継承、の3領域に依存的に成立しており、これらの持続的発展が文化遺産としての本質的な存続につながると定義される。はじめに(I)天然資源の保全では、捕獲対象獣であるキツネおよびイヌワシの生息数など、天然資源の保全はその前提条件である。続いて(II)季節移動型牧畜の持続的開発では、鷹狩文化の生態学的基盤は単純な金銭・資源供与型の文化保護ではその文脈の維持・継承は難しく、貧困世帯の経済状況の底上げに通ずるような、牧畜社会への間接的開発支援が求められる。さらに(III)鷹狩の伝統知と技法の保護では、狩猟活動の継続にともなう「伝統的知と技法」の継承が、鷹狩文化の継承を安定化する直接的保護と考えられる。こうした文化保護や生態基盤の解明は、「鷹狩文化」全般の持続可能性にとって普遍的価値が見いだされる。そしてアルタイ系カザフ人の騎馬鷹狩猟とは、イヌワシと鷲使いたちが数世紀にわたり共生を模索しながら伝承された、「ヒトと動物の調和遺産」と定義することも可能である。