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岡田コラム03B3

鉄蕉会 亀田ファミリークリニック館山院長
Column 家庭医診療科
岡田 唯男
家庭医(米国家庭医療学会認定専門医)。 Faculty
(指導医養成者の育成)。公衆衛生学修士。
Developer
普段は家庭医の育成と家庭医療の実践、週末は指導
医の育成。東海大学客員准教授、東京医科歯科大学
臨床准教授、WONCA アジア太平洋地区運営委員。

家庭医療教育関係者の学会(STFM)の発行する雑誌 で、かつ死亡理由によらず、学会は会員の死について
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で知己の著者
(Freeman)
の投稿より 。 言及しないと説明しているが、声明を出した ACOG、
40 年近くカンザス州で家庭医として診療をした Tiller AMA、衆議院はどうなるのか。Freeman は「中絶につ
医師が 15 人の家族を残して 2009 年 3 月に教会で射殺 いての立場を取る必要はない。ある医師の診療内容に
される。理由は彼が人工妊娠中絶を実施している医師 合意できなければ殺してもいいという理屈は不適当であ
として知られていたから。レイプ被害による若年妊娠 ると表明すべきで、何も表明しない=黙認である」 とし
などはもちろん、生存の望みのない無脳症児などの妊 ている。Tiller 医師の父を家庭医として育てた家庭医療
娠後期の施術なども実施していた。中絶の是非は、選 創始者の 1 人 Stephens の地方紙投稿、「彼の死に対し
挙の際に必ずその立場を問われる程国民の関心が高く、 て地域の医師が沈黙に徹しているのは非常に情けない。
中絶手術を提供することは、米国では自らの命を賭し 消防士や警官が仕事中に殺されたら同僚は怒りとともに
て診療することを意味する。中絶手術提供者は反対派 立ち上がり、抗議し、社会正義を訴え、正装して葬式
の市民団体によって 「殺人者」 として名と住所を公開さ に望むだろう。彼の殺害は我々全員の存在を脅かすも
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れ、監視、妨害行為の対象となりえる。彼自身は皮膚 のである」 を引用し、家庭医療関連団体の沈黙を大変
科を目指していたが家庭医であった父が急逝したため、 残念なことである、としている。
あとを継いだ。ある時、患者に、父が提供していた中 翌号にて STFM より Tiller 医師が 1 度も会員ではなか
絶手術をしてほしいと請われる。父親が中絶手術を始 ったこと、教育とは関係のない話題であることなどか
めたのは彼が断った患者が、非合法で不適切な施術を ら、学会としてはこの問題に対して言及しないという
受けたせいで死んだからだった。彼は家庭医療全般の 返信がなされた。米国にも本音と建て前、事なかれ主
診療をしていたが周りが中絶手術をしなくなるにつれて 義は存在する。
彼の診療のほぼすべてが中絶手術となり、患者にとっ 新型インフルエンザワクチンの初期の不足、自費ワ
ては彼は唯一の望みとなった。その間、彼のクリニッ クチンの問題、漢方薬保健外騒動、医師不足、何 1 つ
クは爆破、両腕は撃たれ、防弾チョッキを着て診療す として、プライマリケア関連学会(日本家庭医療学会、
るに至る。見張り、攻撃、硫酸の被害にもあい、常に 日本プライマリケア学会、日本総合診療医学会) は公式
無罪になるにもかかわらず、カンザス州検察には何度 の表明を出していない。立場を表明せずしてどのよう
も訴えられていた。 にして一般の人は 「自分たちのための団体」 と判断する
自身のクリニックには礼拝堂を設け、家から追い出 のか。日本医師会は、内容はともかく常に立場表明を
された若い妊婦を出産まで面倒をみたとされる。ネッ している。
トの彼の追悼ページにはいかに患者思いで、人間性や もう一点。やむを得ず妊娠をあきらめざるを得なか
宗教心に満ちていたかの無数のコメントが寄せられた。 った妊婦さんが危険を承知で不適切な中絶を選ぶぐらい
米国産婦人科学会(ACOG)は HP にて、女性の権利 なら安全なものを提供しよう、というのは以前紹介し
として安全で合法な施術を提供した医師を殺すなど弁明 た Syringe Exchange Program と同じ考えである 3。自
の余地もない嘆かわしいことであると声明を公表、そ 分の生命が脅かされる危険を承知してでも守るべき患
の後米国医師会 (AMA)
、米国衆議院、彼のクリニック 者、価値観、そして医療があるのかというのを改めて
を監視し続けた反対団体ですら、彼の殺人を非難する 自らに問い直す機会としたい。
声明を出した。Freeman は、
「彼が米国家庭医療学会、
1. Freeman J. Fam Med 2009;41:589-590.
カンザス州家庭医会の会員にもかかわらず、彼の死に 2. Steyer TE, et al. Fam Med 2009;41:614.
ついて家庭医療関連団体から一切公的声明が出ていな 3. 岡田唯男. MMJ 2009;5, 9:573.
い」ことを嘆く。両者とも中絶は議論の余地のある問題

March 2010 Vol.6 No.3 165

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