有りません﹂

伯 父 は羽 織 を引 ツ掛 け て伊 之 助 に案 内 さ せ、例 の誓 願 寺店 の裏
屋 へ来 て見 ます る と 、裏 家 の事 で御 座 り ま す から ゴ タ/ヽ し て居

θ


と長家 の者 が見 付 け て

を貰 つたり、 アノ銭を貫 つちやア済 まん テ、お前 の跡を追蒐 けて

りが有 るもんだ から、 八百屋 さん﹂
姐 ﹁八百屋さん本統 に可哀想だよ。賤妾 は飛出 して喰 ひ付 いてや
らうと思 つたが、歯 が 一本 もな い、土手ば かり で

○ ﹁婆 さん黙 つてお在。大 から子供 がキ アノヽ 一
囁く から行 つて見

口演





¨



¨



悔 ﹁




¨


¨
¨




¨



三代 目 二 遊 亭 円 遊
増 田 鉄 太 郎 速記

伊之助 は之を聞 いて大き に驚 きました。後 ろに聴 いて居ました
伯 父が前 へ出 て
伯 ﹁御免 下さ いまし、皆 さん始 めてお目 に係 ります。此者 は私 の
甥 で御座 います。懲戒 の為 めに商売をさせました処 が、出過ぎ た
事を致 し皆 さんに御 心配を懸 け て何共済 みま せん。私も場末 では
御座 います が、聯 か家主も致し て居ますが、此方 のお家主さん の
なされ方 、余 り無慈悲 で、然 云ふ訳 のも のでは御座 いません。義

から、皆 さ ん何分御尽力を願 ひます﹂
○ ﹁何分願 ひます﹂

師は格は ﹃︼詢 ﹂類椰薦嚇跡 れが鵡 は物 馴ば ぃに鯵]槽
ふ瞥蹴

の内儀 さん の野辺送りを致 し子供引取 つて養育致 しましたと云ふ、
慈善家 のお話。是 は 一席 の結局 で御座 ります る。
4 ・︲
﹁百花囲﹂六巻六十 一号 明治2
1 ・5︺

ふ様な ことがありまする。男女同権 と唐拳 と間違 へる馬鹿 らし い
ことがあります る。御亭主様 の御了簡 で何うも其 の御妻君 にとか
御 妾 さんにとか何 にと か、
其御気散 し の其 の、
御 慰 みがあります所
から致 していユー重 に其 な嫉 妬が発する訳 であります。また御夫婦
互 ひに其打訳話をし て、御亭主 が実 は斯う云ふ訳 であると云 つて
お話 しになり、御婦 人 の方 では能く其事を御承知 にて、大なら宜
しう御座 います沢 山遊 んで入 つしや いと御婦人 の方 から御 ゆるし
があり、あ つたからと云 つていヽ気 になり型 テ主 が三年 から五年
と遊 んでも宜 いとし て、 マアのべ つにお遊びなされた日には幾 ら

たも ので御座 ります。 日本 の御婦人 には余 り情気 と云ふ様な こと
が少 な いやう で御坐りまするが、英国杯 に参りますると之 に反し
て随分 ひど いさう です。何 うも、三百里も隔 た つてある遠地 へで
も、汽車 に乗り御 一人 で御亭 主 の跡を追 つかけてゞも往くと云ふ
御婦人があるさう です。 これも何 か旦那 が女くるひなどなす つて
入 つしてあると云ふ様な ことならば兎も角 も ですが、御用事 があ
つて往 て入 つしてあるに、後 から無暗 に汽車 に乗り入費を吝まず

大変 の御散財をなさると云ふ嫉妬 です が、斯う云ふことは外国 の

者 の中 には馬鹿′

く、しき ことをするも のがありまする。嫉 妬を焼

の御存 じ のこと で御 坐ります。
併 しながら亦、
随分下等社会 の様な

御婦 人杯 には随分あると云ふこと です。之れ に引き換 へ我 日本 の
御婦 人は万国 に秀 で、詢 に平常 の御行跡 が方 正と云ふことは諸君


よ﹂
妻 ﹁さう です か。何 うも良 人感 心 ですな ア、何 うも。わたくしは

たから帰 つたよ。お前 の身外を考 へて乃 公を本宅 へ帰 へした のだ

んから何う か御本宅 へ御帰りなす つて御寝 みな さ いま せ、と云 つ

気揚句 であるし今 あな たを こちら に御泊 め申すと、何 んだ か 妾
があな たを抑留 つける様 に思 はれます、爾 う思 はれ てはなりま せ

ちら に御泊り になると思 つて居りま した

旦那 ﹁実 は新道 の妾 の所 へ今夜 は泊 まらうと思 つたが、妾 の一


日ふ
には、あな たを何 うも御泊 め申す ことは出来ま せぬ、奥様 は御病

妻 ﹁旦那様、大層今晩 は御急く御帰 り になりましたな。今晩 はあ

宅 が別れ て居 て、双方嫉妬を お焼きなされ ぬと云ふ日にな つては、
是亦御亭 主 の身 に於 て随分困ること で御 坐ります。

エー今 日はお嫉 妬 のお暉を 一席伺 ひまする。嫉 妬 はふくれなが

後ご
家け

御婦 人 の方 で御得 心 の上とは云 へ、御婦人 の身 に取りましては大
き に困ります こと で御 坐りま せう。又其御本妻 と御妾 さんと の御

ら にあ つくなる、と云ふ言 が御座りまするが、実 に旨 い言を い つ

夢8

理も人情も知らんお方、何 にしろお気 の毒な事 で。伊之助汝 工か
ら起 きた事 ゆゑ汝 工其 お内儀 さん の仇敵を討 つて進げな ければな





¨



















¨



































○ ﹁オ ヽ先 刻 の八百屋 が来 た﹂

ます。

明治 二 十 四年 (百 花 田 )

遊)
(円

き亭主 の向 ふ歴 に喰 らひ付 いて打 つたりなどすると云ふ、爾う云

夕 の後家

132

御道路 はま こと に明 かるく て宣 いが、暗黒く ては いかな いな ア﹂

御 坐 います か﹂
旦 ﹁ウム⋮⋮⋮よ いか、締りを気を注 けな⋮⋮⋮長松 や、何うも

やう⋮⋮⋮長松 やアノ提燈 に火を点 けな﹂
長松 ﹁かしこまりました⋮⋮⋮それ では今夜 はあちら に御寝 り で

が沈着ませんから、今夜 は新道 の宅 へ御 いで遊ば せ﹂
旦 ﹁成 程、大 はまたお前 の言 ふ のも理 の当然だ。然 んなら爾うし

夫 で宜 し いと云 つてあな たを本宅 へ御寝 かし申 せば わたくし の虫

平 日は爾うも思 ひません でしたが、爾う云ふ言をき いて見れば、

長 ﹁ヘヱかしこまりました⋮⋮⋮旦那点 けました﹂
妾 ﹁小僧 さん、大 き に御苦 労さま﹂

本宅 へ入 つしや いま せ﹂
旦 ﹁さう か。長松 や提燈 に火を点けな﹂

何 うして何 うし てあなたを御泊 め申 せば、妾 は奥様 の罰 が中りま
す。何うし てもあなたを お寝 かし申す ことが出来 ませんから、御

云 つたから出掛 けて来 た﹂
妾 ﹁それ は妾 は往 けません。奥 様 が妾を爾う迄思 つて下さるを、

ると云ふ ので、何う しても乃 公に新道 の方 に往 つて寝 て呉 れ いと

心が神妙だと云 つてな、乃 公を本宅 にとめるとお前 に義 理が欠げ

長 ﹁さやうなら⋮⋮⋮旦那 マア御本宅 の奥 様もな かノく
さ えら い御
方 で御座 いますが、新道 の御新 さんもな かノヽ 教育 がありますな 。
云 つて無 理 にでも こちら に御寝 りな さ いと云ふです。所 が左 はな

何 うし て大外 の女ならば、旦那 が本宅 に御寝 なさる所 は何 んとか

んと奥 さんを御持 ちな さ つた のは旦那 のおとく です⋮⋮⋮オ ウ、
旦 ﹁コリヤよ⋮⋮⋮ 一寸開 けて呉 んな﹂
妻 ﹁オ ヤ旦那様復 た御帰り です か。わたくしは最う臥 せらうと思

御新 さんもな かノくさえら いですな ア⋮⋮⋮旦那 は斯う 云ふ御新 さ

く して先方 の心を察 し て斯う本宅 に帰 へしておよこしなさる のは、

が何うも地面 に高低があ つて、五 六間歩 るくと パタと陥 ち て胆を
潰 ぶす窪 があ つたが、
︿7日は爾んな ことが無 くな つたから結構だ﹂
長 ﹁ヘヱ、然う で御座 いま したか。道路 がデ コボ コにな つて居 つ
さう こう云ふ中最う本宅 に参 りました﹂

長 ﹁オ ウ旦那 、御新 さん のお宅 へ参りま したよ﹂

内儀 ﹁ナ ニ居ります ヨ﹂
と云 つて貸 坐敷 の二階 を ト ンノくヽノくヽと梯 子をあがり

と断 られ ても

店で
﹁旦那様 は居りま せん﹂

六番地鈴木保五郎 さん の新発明 のさくら石鹸 を十 五も毀 し て身然
をあらひ、顔 の皮 のすりむける のも知らな いで奇麗 にみが いて芳
原 へ出掛 け て行きます処を、後 から内儀さんが追 ツかけて往き、

と斯う夜が明 ける迄双方嫉 妬を焼 かな い過 ぎる のも亦 困ること で
御 坐ります。所 がまた中 にはひど いのがあります からな ア。御亭
主が娼妓買 ひに往く のに大 めかしにめかし て、芝 区西久保巴町十

⋮⋮⋮長松 や提燈 に火を点 けろ﹂
長 ﹁最う宜 しう御 坐 います。夜 が明 けましたから⋮⋮⋮﹂

旦 ﹁爾うお前 が云 へば これも然うだ。 ア ヽそんなら本宅 に帰 らう

妾 ﹁往 けま せん。奥様 が大程迄 に想 つて下さるも のを、何う して
何うし て御泊 め申 す ことは出来ま せんから、何 う か御本宅 へ⋮⋮

往 つて寝 まれと云 つたから復 や つて来 た。 ア ≧販うゾ グ/ヽ し て
身然 が寒くな つて来 た。何 う か今度 は寝 かし て呉れ い﹂

お前 の心を ひ いて云 つて見 たに、さう云ふことならば夫 で宜 いと
云 つて本宅 に寝 めることは出来 ん、尚 以て心 に済まん から妾宅 に

つて居りましたが、何うし てです

旦 ﹁本宅 に往 つてお前 の云 つた通りを述 べたら、女一
房の言 ふには、

つて居りました﹂
旦 ﹁妾宅 に往 つてお前 の言 つたことを話した所 が、妾 の言 ふ には、
実 にわたし の様な者を爾う迄奥様 が思 つて下 さると有り難 く て何

旦 ﹁コリヤよ⋮⋮⋮ 一寸開 けて呉れ い﹂
妾 ﹁オヤ旦那、復 た入 つした の。奥 さん の方 へ御寝 み にな ると思

う来ましたし








¨






¨

¨













腎だ﹂
長 ﹁嶼 さんもな か/ヽ 感 心 ですな ア。対府 の奥 さんならば、 旦那

長 ﹁旦那忙 がし いですな ア﹂


] 型勝は ぃ剛算嶼動はれ ﹄¨蒙凛げ妙れ﹄攣 ︻唾螂獄 は馘向

静く締りを気をきけな﹂
旦﹁

宅 に往く から⋮⋮⋮﹂
長 ﹁チヤ ンと点けて待 つて居ります﹂
旦 ﹁感 心 の奴だな ア﹂
長 ﹁大方爾うだらう と思 つて火を消さず に待 つて居りま した

がうだなア⋮⋮⋮オイ長松や掘璧ポけな、議
一﹁
蹴程籠う云やア

































を御泊 め申 すと思 つて云 つたので御 坐 います。大 に左 はなく して
わたくし物 心中を光程迄想 つて野れ、あなたを鯖う御帰 へし申 し

寝 て下さ いと云 つたから帰 つて来 たよ﹂
妻 ﹁さう です か。実 はわたくしは彼 の心を ひき、彼 が屹度 あなた

んと申 し て宜 いやら申上げやう がありませんから、今夜 は本宅 に

旦 ﹁コリヤ ヨ⋮⋮⋮ 一寸此戸を開 けな

妾 ﹁オ ャ入 つしや い。今夜 は本宅 に御寝り で御座 いま せヽ

旦 ﹁ウム本宅 に寝 やうと思 つたが、妻 の云ふには、何うもお前 の

対はがうヽ昔は斜樫ひどかつたが今は静くなつたよ﹂
旦﹁

た ので御座ります か﹂

ア﹂
旦 ﹁さうよ。併 し昔 はな、亦道路を歩 るくと貴様などは知らな い

柳原 の点燈会社 でも やります から追 々明 かるくな つて来 ましたな

長 ﹁左様 で御 坐 います。追 々工事も開 けて参りまし て、瓦斯 の方
は瓦斯局 が引受 け、電気 の方 は日本電燈会社 の方 でやり 、な ほ又

明治二十四年 (百 花□)
夕 の後 家 (円 遊 )

」3イ

斯う云ふ様な風 は随分下等社会 にありまするが、何 うも其 、平 日
詰 らんことを考 へて居ります ると、夢 に迄詰ら ぬこと の夢を見ま
す。
 一射 精神 が疲労れますると夢を見ると申 しまする。併 しなが
ら聖人 には夢な しとも申 します。所 がわれ/ヽ は能く夢を見ます
る。夢 に芋虫 の天躾羅 を五人前食 つたと云ふ様な夢を見 て、様 な

内 ﹁アノもし、わたしが来 たと云 つて爾う隠れんでも宜 いぢ やア
ありませんか⋮⋮⋮家 には用が山程あ つても、居続 けて帰 つて来
夫 ﹁オイ大きな声 を発 し て爾 んな ことを云 つては詰らん ではな い
か、外見な い﹂
夢を見ること はありま せん。或 日招魂社 の鳥居を叩毀 し て売 れば
何うだらうと云ふ様な、実 に取り得 もな い詰ら ぬ夢を見ることが

な いから妾も来 て 一緒 に遊 ぶのだ﹂

内 ﹁詰 らん ではな いかと云 つても、お前も人間 、妾 も人間だ。双
互 に話合 つてこそ財産も出来 る のだ。亭 主 にば かり遊ばれ て居 て

さし察窃馳をした。宝んな時には何か掛けて鶏んでは困る。夜具

らうと思 つたらお前 に起 こされた のだ ヨ﹂
女 ﹁うそ です ヨ。厚 い御世話 になりました、何 れ近 日御礼 に上が

乃公 には花が当り、五円 の花 があたり いろノヽ 御世話 にな つて帰

唐物屋さんが御出 でにな つて、 二百円 の無尽 が大当り にな つて、

さん、道具屋 さん、本屋 さん、大 れ から寄席 の親方 それ から彼 の

旦 ﹁実 は夢を見たが町内 の無尽 に往 つた のだ 。すると アノ干物屋

さ いま し た か﹂

妻 ﹁爾 う は いきま せん ヨ。貴郎 は何処 に往 つて夢を見 てお在 でな

宥 し て呉 ん では困 る﹂

た夢 を御 覧 になり ま し た﹂
旦 ﹁さ う かな ア。何 んだ 、夢 などを調 べて。何を云 つたか少 しは

御礼 に上がりますと云 つて御 いでなさ いましたが、何 処 に入 つし

物を着 て紺献 上 の帯を占 めて半靴を は いて、鳥打帽 子を被 つて、

妻 ﹁姜 はどう でござ いました﹂
旦 ﹁乃公 一人 で ヨ⋮⋮⋮革較 をさげ て大れ から フラ ンネ ルの単衣

旦 ﹁実 は大磯 の海水浴 に往 つた のだ ヨ﹂

旦 ﹁実 は無尽 に往 つた夢 ではな いのだ﹂
妻 ﹁爾う でせう。何 処 に往 つて入 つしやいました﹂

云 つて聴 かして下 さ い﹂

近 い中 に御礼 に上がると云ふことはありますま い。 ほんと の事を

妻 ﹁あなた村紺 の事を話して聞 かし て下さらんと困ります。無尽
に幾 ら人 に世話 になると云 つても厚 い御世話 になりま した、何 も

ひません﹂
旦 ﹁驚 いたネ、夢 を見た のだ から仕 方がな いではな いか﹂

下女 ﹁私 は奥様 の御身を思 つて、旦那様 のなさり方 は宣 いとは思

2つ﹂

ると云 つてお いでなす つた のだ。無尽 へいら つし てある様な事 で

金側時計を掛 けて 一番汽車 で以て、ズ ツト往 つて大磯 で以 て下り
た。 二時十分も掛 つたらう。それ から濤龍館 に往 つたところが良
い坐敷 の空間 があ つて、其 処 に 一月間ば かり遊 ん で居 つた所 が、

は有 りま せん。色 々御世話 になりました杯 と云ふやうな事 はあり

毎 日海水 に浴 したところ貫 目が殖 え て、十 六貫 五百目 であ つた貫

て居 た。挨拶を し て段 々心 やすくな つて﹂

歳。五十歳位 の女中 と十七 八歳 にな る女 とが附 いて二人連れ で来

妻 ﹁軽 い身然 が重くな つた のは宜 いで スナア﹂
旦 ﹁然 るに運動 し て居ると、隣座敷 に居る女と いぶ者 が二十 六七

目が十 七貫目 にな つた﹂

つて苦労 した者 であります ヨ。馬鹿/ヽ し い﹂

い っけます 。停車場ま で六人引 の人力 で 一番汽車 で往 きます﹂
旦 ﹁マア夢 で以て見 れば 。是れ下女ま で泣き面を し て呉れ ては困

御親類 の名古屋 の叔 父さんに爾う云ひます。尾張 の国 に往 つて云

見れば、他 に屹度情婦 を持 つて御出 でな さる に違 ひありません。

旦 ﹁オイ爾 う怒らん でも宜 いではな いか。何 でもな い事だ ヨ﹂
妻 ﹁何 でも宜 しうござ います。あなたが私 にお話 しなさら ン処を

ボ群少しはネ泥水にはい
ません。私は素人ぢやアありませんヨ。

になりました、何 れ近 い中 に御礼 に上がります、必らず近 い中 に

堪 るも のか﹂
幾 らも御坐ります。
娼妓 ﹁オ ヤナ ンデ スか。お前さん の内儀 さんです か﹂
4 。1
﹁百花園﹂六巻六十 一号 明治2
・ ・5︺
夫 ﹁オイ外見な いではな いか。貸 坐敷 に来 て大きな声 をするとは、
実 に驚くね 工﹂
妻君 ﹁アラ 一寸 おふだ や、旦那様 が大変うなされ て御 いでなさる
内 ﹁そんな言を云 つた つて仕方がな い⋮⋮⋮ 一寸若 い衆 さん
ではな いか﹂

若者 ﹁ヘヱーノヽ﹂
下女 ﹁奥様 ほんと にひど いぢ や ア有 りません か。 マア何 か屹度夢
内 ﹁鯛 の差身 と貢肴を十人前持 へて来 て下 さ い﹂
を見 てお いでなさる のでありませう。 ほんと にひどううなされ て
若 ズ エーイ ご
お いでなきるでヤアありませんか。疲 れて入 つしやる か知ら﹂
内 ﹁それ から御酒 の爛を して来 て下 さ い﹂
妻君 ﹁急く起 こし て﹂
若 ﹁ヘユーノく
ヽ﹂
下女 ﹁若 し、旦那様ノくヽ﹂
内 ﹁夫れ から芸者を五六人 に、帯間者を七 八人よん で 来 て お 呉
旦那 ﹁オー⋮⋮⋮オーとろ/ヽ として仮寝 をすると風を ひくと思
れ﹂
つて⋮⋮⋮宜 い心持 になり、百花園 の本を見 て居り丁度講釈 に実
ヽ﹂
若 ﹁ヘユーノく
のある処を見 て居 たら宜 い心持 にな つて、感 じが起 こ つて眠気 が
夫 ﹁オイ、然んな馬鹿 のことをして何うする のだ い﹂
内 ﹁宜う御 坐んす、妾 は妾 で別 に遊 ぶ のです﹂
でも毛布 でも かけ て呉 れんと困る、風をひく から﹂
と云ふ様な 工合 に内 儀さんがダ ヽを捏 ねるから仕方 がありません。 妻 ﹁あなたは寝 て何を云 つてお在 なさ い し
ま た⋮⋮⋮色 々お世話

明治二十四年 (百 花囲)
夢の後家 (円 遊)

妻 ﹁あなたはそ の女 と御遊びなさ いま した のでござ いませう﹂
。 御遊び に入 つしや い ヨと い
旦 ﹁其 処 は夢だから 方が





ふし、此方 の座敷 に掃除が始ま つて、
 一寸御隣 の御座敷 を御借り
様 な勘定な のだが、向 ふ の女 が払 つて呉 た﹂
妻 ﹁あなたが払 ふところを向 ふ の女が払 つて呉 れた のでござ いま

妻 ﹁一緒 に乗 つた のでござ います か﹂
旦 ﹁婦人室 の方 には乗 るま いと思 つたが、婦 人室 の方 が静 かであ

す ナア⋮⋮⋮夫 は マア宜うござ います﹂
旦 ﹁それから丁度汽車 に の つた﹂

申 してと申 すも のだ から幸 ひに遊びました。爾うなると双 六が始
まるナ、爽 み将棋 や⋮⋮⋮十 六むさしをしよう。 そ の中 に花 がは
じまり、御菓 子を賭 けて以 てお花をする。 四人 で遊 んだそ の中 に
るから買 ひ切り で

妻 ﹁それ は私 は憤 りますネ エ。妾 と いつぞ や浜迄行く に、
 一緒 に
婦人室 に乗らう と云 つたら、婦 人室 には女ば かり乗 る ので、男 が
は入 つては いけんと云 つて、今 そ の婦人と 一緒 にお乗りな さ つた

がな い⋮⋮⋮それから大船 から下り て鎌倉 に往 つて二日ば かり居

も のだ からおこりますネ エ﹂
旦 ﹁それ が夢だ から仕 方がな い。自然と爾 うな つた のだ から仕方

妻 ﹁それ から何うなさ いました﹂
旦 ﹁然 る に面白 いから 一月間ば かり で帰 る積りだ つたが、最う 一
船 を下 ろす時 は立派 のも のだ。始 めて乃公は見 たが いゝ心持 がし

数 の子鱈 に鮭揚栗、 アノ色 々の物 が出 た。それが夢だ から⋮⋮⋮

出 て、御馳走を運 ぶ のはどうもオ ムレ ツ、 カテレツ、 ライ ス、 カ
レー、香鼠葡萄酒、麦酒、酒精 、利久、 ラムネ、どうもしこたま
出るな ア。ま た玉子とぢ、 おかめ蕎麦 に茶そば、出 るは/ヽ 。織

浜 に帰 つて来 て横浜 で⋮⋮⋮以 て遊 んで浜 の芸者を五 六人 よんで、

ま せう﹂
旦 ﹁この女ま でそんな事を云 つて呉 ては困る ナア⋮⋮⋮それ から

旦 ﹁夢を見 たに、そんな ことを云 つては困 るな ア﹂
下女 ﹁旦那 は内儀様を御同伴な さらんとは何 う いふも のでござ い

下 さらんも のだ からだ⋮⋮⋮﹂

り、大 れから横須賀 に往 き船 おろしを見たが、船下 ろしは派 出だ。

月間も居 つた。 つまり 二月間ば かり居 つたから心易くな つた﹂
妻 ﹁ナ ニマア⋮⋮⋮それ から夜 はどうなさ いま した﹂
た⋮⋮⋮軍艦 の船下 ろしは派 出 やかで愉快 であ つた﹂
妻 ﹁妾 は何 ん で連れ て往 つて下さらな いんだ。平生妾を心掛 けて

な んでもどうもそ の年 増 は世辞もあるが、それが寡婦だネ エ﹂
妻 ﹁どうもな ほ/ヽ順 にさ はります ナ ア⋮⋮⋮それだ からどうし

真砂 の宜 い石 があるし、万年青 の宜 いのがあるし、骨童物 の宜 い
のがあるし、盆栽 の宜 いのがあるし、どうもそ の宜 い家だネ エ。

ました﹂
旦 ﹁それ から御馳走 が出 た﹂

妻 ﹁何 も妾 はどうかしよう か知らん﹂
旦 ﹁どうも夢だ から仕方 がな い。それ から マア御馳走 も出、酒も

出るは、どうも御馳走 が続 々出る ワ。家 に六十位 の老人 が又 一人
に女 中見たやうな若 い女が 二人、御帰りなさ いと云 つてそ の席 に

旦 ﹁ヘイ、 から かひも何も致 しません﹂
妻 ﹁父 さん、大変な のでス。旦那様 は他 の女 と大磯 から横須賀 の

⋮悴 、何 かから か つた のか﹂

妻 ﹁丁度父さんが入 つしたから申 ます﹂
父 ﹁オイ夫婦喧嘩 は止すが宜 い。何 んだ女中 ま で泣 いて居る⋮⋮

妻 ﹁宜うござ います。
 一寸馬車を 二輛 用意 し てお呉 れ﹂
ヽ、どうした のだ﹂
○ ﹁オイ′く

にこ の事を話 します﹂
旦 ﹁またこ の女 は始 ま つたか﹂

を父さんの隠居所 に申 ます。それ で往 けねば越後新潟 の叔父さん

は女づれだ から洵 に薄気味 が悪 いから、是迄 一緒 に来 る御世話 に
お汁粉も出 た。色 々ド ツサリ出 た。 ムシヤノくヽ喰 つたノく
ヽ。それ
な つたからどうぞ来 て下さ いと向 ふ の年 増が云ふも のだ から、夫
からまた正宗を到来 し て居ります から、これを貴郎 に御馳走 いた
れ では宜 しうござ います、御 一緒 に参りま せうと送 つて往 つた。
しませうと云 つたから、酒なら私 の親父が好物 であるから近 日に
木挽 町九丁目 の新道ま で送 つて往 つた。往 くと中 々宜 い家 で、十
御礼を兼 ね て上 がります、どうも色 々お世話 になりました、 いづ
二間 に二間半 の倉 が ついて表 が四間半 ある。
 一寸 した格 子戸 が附
れ御礼 に上がりますと云 つて居 つた時 に、お前 に起 こされた ので、
いて居 て⋮⋮⋮ 一軒 の隠 しが附 いて居 て宜 い。向 ふが廊下 である、 何 でもな い﹂
上がると 二畳 あ つて次 の間 が 六畳 、八畳 の間 が二間あ つて三階 が
妻 ﹁父 さんはあなた に何 と云 つて御帰 り になりました⋮⋮⋮宜 し
十畳。向 ふにズ ツト庭 があ つて庭 には樹木 などが揃 つて居 つた ワ。 うござ います、あなたが妾を出さうと いふ了簡 でござ いま せう。
どうも石燈籠 も洒落 れた宜 いのがあ つたわ。鞍馬 の赤石もあ るし、 そ の女と約束 し て妾を出さうと いふ了簡 でござ いませう。こ の事

妻 ﹁それからどうなさ いました﹂
旦 ﹁それ から別れ やうと思 つたが、後 から 一人 ついて来 て、向 ふ

そ のうち に女中 が来 て 一緒 に遊ん で浜 の料 理屋を 二三軒遊 んで歩
いて、それ から マア新橋 に ついた﹂

東京 に帰ります、私も東京 で ス、御 一緒 に帰 りま せうと云ふこと
で、勘定 は世話 にな つて三十円ば かり乃公が手伝 つて払 ひをする

旦 ﹁それ は夢だ から仕方 がな い。それ から不意 と帰 りたくな つて
帰 ると云 へば、女 の人も私も帰 ります、どちら に御帰り で スか、

が唐紙、其 間 にズ ツト矢来をして砂 を積 ん で仕舞 つた﹂
妻 ﹁オ ヤ マア、水 が出るやうな騒ぎ で スナア﹂

旦 ﹁夜 か⋮⋮⋮夜 はチヤ ンと別れ て寝 たサ。男女七歳 にし て席を
同 じうせずと云ふ事 でナ。厳重 に二重 に囲 つて屏風をた てた向 ふ

やう であ つたし、何 か分らん﹂

二十七 八の女 の人 は 一中節 が出来 るナ。其 外義太夫 が出来 、清 元
が出来、常磐津 が出来れば 小唄が出来 る、歌沢 が出来る、中 々の
芸人 ヨ。十 六七 の小間使 見たやうな女が藤本を や つたが、な かな
か踊り が出来 てナ、本統 に芸者 のやう であるし、また華族 さん の

明治 二 十 四年 (百 花 園)
夢 の 後家 (円 遊)

に顔向 けをする事 が出来 ん のだ。汝 の御 かげ で好 きな酒をも飲ま

方 にお いでにな つた のでござ います﹂
父 ﹁貴様 はまた女狂 ひを はじめた のか。汝 がひどく遊 ぶから親類
と私を出さうと いぶことを被仰 つた にちがひな い。向 ふの女も女
です。人 の旦那を貪 り取らうとする畜生 ⋮⋮︰﹂

居 の夢を見ます。男 の情も変りはありません ョ⋮⋮⋮若 旦那 は屹

には見ません⋮⋮⋮妾 が芝居 に往 きた いと思 つて居りますれば芝

妻 ﹁あなたは爾 んな ことを仰 つしや いますが、 心 にな いも のを夢

ず に願立を して居る のである。それ にまた蕩楽を始 めるとはどう
父 ﹁それは困る。夢ぢ やから仕方がな い。お前馬鹿/ヽ し いぢ や
アな いか。そんな事を 云 つては困る。店 の者 へ聞 え ても外聞が悪
い﹂
妻 ﹁何 でもそ の女 の手を 切 つて下 さらなければ 、妾 は井戸 へ飛び
込 ん で、死 ん で若 旦那 に取り附きます﹂
旦 ﹁然 んな事を されち やア大変だ﹂

れば根岸 のやうな気もするし、また本町 の通り町辺り の様 にも思

家を知 つてるか﹂
旦 ﹁大れが夢 でげす から。只朦朧 とし て木挽 町 のやうな心持 もす

、、然 んなら乃公がこれ から往 て手を切 つてやる。慨 、
父 ﹁宜 しノく

二三時間 の中 に大磯 から横須賀鎌倉 の方 へ遊 ん で来 ることは出来

親 父さんは、 スツカリと寝 込ん で仕舞 て
父 ﹁アー木挽 町九 丁目 の新道 と いふと此処等だらう⋮⋮⋮此処が

い隅 でも探 して入 つしやる のでせう﹂
妻 ﹁マア能く寝 てサ⋮⋮⋮﹂

下女 ﹁アラム ニヤノく
▲ ´つて入 つしや います ヨ、屹度車 の直 か何
か附 けて御出 でな さる ンでス ヨ⋮⋮⋮ マア鼻 から提灯を⋮⋮⋮暗

寝 附く のが早 いこと﹂

妻 ﹁往 て入 つしや いまし。
 一寸 おふだ、阿父さんは御壮健だ から

父 ﹁コー ⋮ ⋮ ど

妻﹁
オヤがう御犠たヨ

妻 ﹁アー悔 し


父 ﹁静 かに/ ヽ ⋮・
⋮与

妻 ﹁サア早く行 つて来 て下さ い﹂
父 ﹁騒ぎなさんな。静 かにしな ヨ﹂
妻 ﹁早 く往 て下さ い。妾 は悔 しうござ います﹂
父 ﹁静 かにしな/ヽ﹂

父 ﹁飛 ん でもな い事を背負込んだ。 コレしづ かにしなさ い﹂

難︶んどうも御気の毒さま﹂
旦﹁

とは出来 ん﹂

お前も大概 に嫉妬を焼くが いゝ。寝 言 や夢をとら へて裁判するこ

何だ か話 のやうな家 だ ナ。
 一寸、︿
十Y





半 で土蔵 が有 つ
て、庭 の様 子がどうも爾うらし い⋮⋮⋮御女中、
 一t物 が伺 ひた

うござ います﹂

女 ﹁何 でござ います﹂
父 ﹁こ の御近所 にそ の、大磯 の海水浴 へお出 でにな つた御婦 人 の

⋮ ヘー和女とそ の深 い中 にでも、イ ヤそん な馬鹿な事 はあり は致
しませんが、和女がまたお 一人 でいら つしやる事を聞 いて、家内

父 ﹁イ ヤ最う悴 が御世話 に成 つたさう で。悴 も マア大喜び でナ ア
⋮⋮⋮処がそ の悴 には家内 が 一人ござ いまして⋮⋮⋮家内 が⋮⋮

が、どうも若 旦那 のお優 し いこと。御 様子と云ひ、ど んな に親御

蹴狙御様子がず いだらうと 女どもと申 し て居りましたが期簿 に
生 写し で スネ ヱ﹂

へ帰 つて参 つても始終 お噂ば かり致 して居りますが、御陰様 で江
の島 から横須賀 で船 の新造下 ろしを見 て大変 に保養を致 しました

新 ﹁マアどうも親 父さんこれ へ。 アノ何 でござ います、種 こ大磯
で若 旦那 に御厄介 にな つて、真 正 に不思議な御縁だと いふ ので家

は誠 に恐れ入りました﹂

父 ﹁これはどうも結構なお住 居 で。何 処 から何 処ま で行届 いた処

ヽ嬉しいこと。どうぞ雌好へ
新﹁マアノ

し た﹂

を いた ゞ いたさ う で﹂
父 ﹁イ ヤこれ は誠 に宜 い処 で﹂
女 ﹁御 新 造 さ ん′
く 、 本 町 の旦那 様 の親 父 さ ん が いら つし や いま

ま し た 。貴 所 の御 子息 様 に、大 磯 で此 家 の御 新 造 が大 変 にお世 話

父 ﹁私 は本 町 から参 り ま し たが﹂
女 ﹁アー若 松 屋 の大 旦那 でご ざ います か。 マアよく お出 でな さ い

︿女﹀盟貝所 は﹂

お宅 ⋮ ⋮⋮ と 云 つても お解 り にはな り ます ま いが﹂

しなさんな。サア寝 るから静 かにしな ョ﹂

、し い。

 一寸枕 をも つて来な︰⋮⋮ アー馬鹿′
夢 で断 り に行 かう。

います﹂

父 ﹁爾う か。詰らんことぢ やアな いか。何だ か大概 にするが宜 い。 女 と いぶも のは気 の狭 いも ので つまらん事を気 にす るも のだな
ア。今 乃公が 一寝 入寝 て、夢 でビ ツタリ断 つて来 てやるから心配

夢 に婦 人達 と大磯 から鎌倉 に巡 つて横須賀横浜 に往 つた のでござ

ふ ンで﹂
ません﹂
父 ﹁それは いかんな ア﹂
父 ﹁成 ほど爾う云 へば爾うだナア。何 うした のだ﹂

旦 ﹁こ の話 は実 は夢を見 た のでござ います。寝言を 云 つた ので ス。 妻 ﹁父さん、どうぞ早 く手を切 つて来 て⋮⋮・
父 ﹁飛んだ迷惑 の話だ。仕 方がな い、夢 のことだ から乃公も寝 て

アありませんか。幾等汽車 が速く ても 二三時間 しか経ちません。

りません。チヤ ンと傍 に居 るぢ やアありませんか﹂
父 ﹁処が汽車 で往く﹂
旦 ﹁それ でもあなた、先刻も入 つし て御某 子を召 し上が つたぢ や

さるぢ や アありま せんか。 して見ればあなた、私 は居な い事 はあ

も のか。大磯 から横浜 と遊 んで歩 けます︿も﹀のか﹂
妻 ﹁ナ ニ汽車 で、女と 一緒 に同道 して往 つた のでス﹂
旦 ﹁幾 ら汽車 が速 いと云 つても、日に三度づ っあな た御 見舞 ひ下

いふも のだらう﹂
旦 ﹁なん であなた遊び に行きますも のか。何 処 に遊び に往 きます

明治 二十 四 年 (百 花 □)

夢 の後家 (円 遊)


ラし
ヽ一。


斯う いふ御親 切なお方 に家を お任 せ申 したら、妾も正実 に安 心だ
ろう と女心 に思 つた所 から、包 み隠 さず お話をして誠 に失礼を い

計 の事を頼 ん で、年 に 一度宛も見廻 つて頂 いて家 の締りを つけて
いた ゞかうと思 つて⋮⋮⋮処 が若 旦那 にお目 に懸りまし て、 アー

妾も斯 う や つて居 て別 に親類 と いふも のもござ い ま せ ん で、少
しば かり財産があります から、然 るべき男 があ つたらそ の人 に会

つて下 さるやう願 ひます﹂
新 ﹁アラ マア親 父さん、妾 はそんな事など はあり やしません ヨ。

あれ には家内 がござ います から、どう か 一つそ の処 をお含 みなす

ても せず で、若 いも のゆゑ気 にす るも無 理 のな い処 です。どうぞ

て飛んだ保養を し て来 ました。夢 であ つたか。夢 は五臓 の煩 ひと
いふが誠 に奇黙 なも のだ ナ。併 し正宗を 一本附 けられたが、 アー

う して先方 は女一
房なぞ にな ると いぶ心得 ではな い。 マア年 に 一度
でも宜 いから来 て下 さるやう に ツて、骨董物 や古器物などを見 せ

妻 ﹁アー知 れましたか、そ の家 が﹂
父 ﹁ウ ムそ の女 に会 つたが、ナ ニお前 のある のを知 つてる ョ。爾

切 つて来 て下さ いましたか﹂
父 ﹁アー漸く の事 で家 がしれた ヨ﹂

父 ﹁オー﹂
妻 ﹁親 父さんお目党 めになりましたか。どうなさ いました。手を

妻 ﹁モシ、親 父さんノてヽ﹂

ざ いますから﹂
父 ﹁ハイ屹度遣 します。どうも誠 に何 れま た近 日﹂

か。どうぞまた近 日是非 、若 旦那もどうぞ年 に 一度 でも宜 しうご

たしました。 アノ親父さんは大変 にお茶好 き で、それ に骨董 や古

が詰 らん心配を致 しまして⋮⋮⋮ナ ニそんな事がある訳 のも ので
はな いが、併 し気 の狭 い女 で。 ア ハヽヽヽ女房 の焼く ほど亭 主も

器物 が大層 お嗜きだと若 旦那 から聞 いて居ります⋮⋮⋮ マアどう
夢なら那 の酒を飲 めば宜 か つた﹂

初代 談 洲 楼 燕 枝 口演

初 ﹁オ ヽおと つさん、お つかさんを出しておく れ﹂
太 ﹁オ ヽ出すとも/ヽ 。 アノお つかさんは、手 め へを大事 に育 て

よにな つて初を いぢ める癖 に、男 の子は いたづら でなく つち やア

さがしました﹂
太 ﹁ヱ ヽやかまし い。 ヤイーーーー 己が初を つれ て帰 つたから、
そんな ソラハヽ し い世辞 でごま かす のか。店 の者 ま でお直 と 一じ

御 一所 でござりますか。お つかさんが気をもん で、私共が方 々と

愛 に幕府 の末 のお話 でござりますが、野州 日光 の鉢宿 の旅籠屋

育 たぬわ へ。なんぞと云ふと、 いたづらだと陰 で コツなどきめや

子 のかは いさ は真 実 な り けり

に綿屋太兵衛 と申す人があります。ある時今市 辺ま で用達 し に行

と実 に親 子 の情 愛 ほど深 いも のはご ざ り ま せ ぬ。

きまし て、申刻 さがり に戻 つて参り、宿 の入 日ま で来 ると我 子 の

アがる﹂
若 ﹁何 うしまして。坊ち やん にかな ふ者 は店 に 一人もござりませ

子が泣くも のではな い。 サア涙を拭 け。 これ で鼻を かめ﹂

初 ﹁フウウ4 ⋮ ⋮ ﹂
太 ﹁何う した のだ、何。オ ヽお つかさんが いじめた。何だ、食を

喰 はせぬと。 ウム然う か。ま たま ゝ子悪 みか。 ヨシノヽ おと つさ

醍に行け。腹がへつてたまらなか
んが附いて居る。うちへ
行き一
つたらう。 サア急 いで帰 れ。 ウム素人屋 とちが つて宿屋家業だ、

も行き はしな いかと案 じて居た コ﹂

かけ出した限り帰 つて来な いから、お腹がす いたらうと嘉助 にさ
がさしたが、知れ ぬと いつて帰 つて来 ましたゆゑ、お山 の方 へで

れ では御膳もお上がりだらうが、 お正午 に帰 つてお双紙を おく と

ぬ﹂
直 ﹁あなた、 お帰 りなさ いま したか。初ち やんも御 一所 か へ。 そ

初五郎 が泣 いて居りますゆゑ
太 ﹁オ ヽ初 か。何を泣 いて居る。友達 と喧嘩 でもした のか。男 の

斯 くば かり い つはり お ほき世 の中 に

︿ふ﹀さま威張 れノくヽ﹂
若者 ﹁旦那様、お帰 り成さ います。や、坊 ち やんもおと つさんと

て貰をうと思 つて貰 つた のだ。 いぢ められ てたまるも のか。おと
つさんが ついて居 るから、手 め へがおぶく ろを出 してやれ。おも

粒も のゝ大事な子だ﹂

客 人 の喰 ふ のがなくな つても構 はね へ。客 は他 人だ。手 め へは 一

内中 のお鉢 の飯を残 らず喰 つても かま はぬ。皆な手 め へのも のだ。

4 ・1
0︺
﹁百花園﹂六巻六十二号 明治2
・ ・2

ぞ今 日は御緩 りとなさ つて﹂

教 育 の 一端

`チ

毎 度 口癖 に申 上 げ ま す る古 き歌 に

速記者名を欠くが、掲載号目次

によれば今村次郎か加藤由太郎︺

それ ではこれ で御免を蒙 ります﹂
新 ﹁アラ親 父さん、 マア宜 いぢ やアありま せんか⋮⋮⋮然 う です

新 ﹁そんな事を被 仰らず に⋮⋮・

父 ﹁折角 の思 し召 し でスが、どう か御酒 はお預 け にいたします。

新 ﹁早 く御膳を⋮⋮⋮どうぞ 一口﹂
父 ﹁イ エ私 は御酒 の処 は、仔細あ つて少 しも頂 きま せんから﹂

ふ ので

とこれ からお茶を 一服出す。丁度正宗 の日を開 ける処だ からと云

ζ 急

四年⊂花D

群 夕羅

:し f":霧 :趙
るア
教育 の一端 (燕 枝)

第 二七

ロラ
台人■
質丈 ぢこ鴫 〕

◎性和善⋮⋮③春風亭柳枝

後 の現型 では、若 旦那 が誓願寺店 へさしかかる前 に、吉原 田圃 で

︻貴様 の運 の宜 いのだ︼ 江戸なまり で、﹁運 が⋮⋮﹂ と いう意 。

本所達摩横 丁︼ もと北本所表 町 のうち。表 町 は、現在墨 田区東

現在 は、﹁唐茄 子屋政談 の題 で日演 され 。









り声 の稽古を しながら、吉原 で の遊興時代 を回顧 する場面があ


中 の 一篇 に取材 した人情噺 で、江戸庶民 の人情味 あふれる日常生
り、そ の性格 や育 ちが明確 に描 写され ているがご とく でもある。
活を浮き彫り にした佳篇。 こ の速記も現行 の型 と大 は変 ら



なお、 こ の速記 では、誓願寺店 の内儀 が自殺 してしまうが、後味
が、たとえば、若 旦那 ︵
本篇 では伊之助、初代円右 以 後 は 徳 さ
が悪 いためか、現型 では、絡 死 しようとして蘇生 する演出 とな っ
ん︶ にき ついことを いいながら、胸中 ではやさしく いたわ ってい
て いる。
る伯父 の描写 、南瓜を売 り歩く途次 における若 旦那 の描写などは、 ︻吾妻橋︼ 安永 三年 ︵一七七四︶創架。古称大川橋 、浅草大橋。
現型 のほうがはる かに綿密 にな っている。すなわち、伯 父 のそれ
は、伯 母 のことば によれば 、﹁おじ いさんも始終 、おまえ の こ と
は心配をし て、あれが今 どうして﹂公ハ代 目円生︶、﹁昨夜 だ って、
こ の伯 父さんなんぎ、お前 のために寝 やしな い や﹂︵五代 目志 ん
︻土左衛門︼ 溺死人 の死体。江戸中期 、白く ふく れた水死者 が、

食 われよ ってとこだ ったんだ。それを食 う や つがあるかい、な に
を い ってやんでえ、沢庵 の尻 っぽかな んか刻 んどき な よ﹂︵五代
目志 ん生︶、﹁土左衛門 が鰻を食 う か、沢庵 のし っばでいいんだ﹂
︵三代 目金馬︶、﹁土左衛門が柳川な んぞ食 う かい﹂︵六代 目円生︶
などと冷酷な ことを いい、そ のく せ、若 旦那が南 瓜売 り に出 かけ
︻軽 子︼ 問屋など の荷をはこぶことを業 とした者 。

つ︵
十時ごろ︶ ま で葛西方面 から出荷 された品物 を売 った。

︻人間万事塞翁が馬︼ 塞翁 の馬が、ある いは逃げ、ある いは駿馬
を ひき いて帰 るなど、禍 福が転変 したと いう、中 国 の ﹃淮南子﹄
人間訓篇 にある寓話 から、人間 の吉凶禍 福 は予測 できな いゆえ禍

似 ていたため の名。


鳥 目︼ 銭 の異称。江戸時代 まで の銭貨 は、円形方孔 で鳥 の目 に


誓願寺店︼ 現浅草 の東本願寺裏 の誓願寺門前町 ︵現台東区元浅

西瓜、冬 瓜など瓜類 の生産 で有名だ った。


唐物屋︼ 舶来品を売 る店。洋 品店。
︻六人引 の人力︼ 梶棒が 一人、梶棒 の両側 に つけた綱 を引く のが

号掲載 されている。第 一巻 ﹁編集総 説﹂参照。


招魂社︼ 明治 二年 六月、東京九段 に営造。十 二年 六月、靖 国神


御新 さん︼ ﹁
御新 造 さん﹂ の つづ めた いいかた。
︻貸坐敷︼ 明治五年十月 の娼妓解放布告 以後 、妓 楼を貸座敷 と称
した。

合 は後者 で、横町より狭 いのが普通。

草 四丁目︶付近 にあ った長屋。

も悲 しむ にはあたらず、福 もよろこぶにはあたらな いの意 。

夕河岸︼ 夕方近 くな って、押 し送り舟 など で到着 したば かり の

二人ず つ、後押 しが 一人 と いう こと にな る のだろうが、実際 には


∝夢 の後家 ⋮⋮③ 三遊亭 円
﹁ ・

原話は第 四巻 ﹁橋場 の雪﹂︵
別題 ﹁雪 の瀬川﹂﹁夢 の瀬川し 。 こ
れを こ の円遊が別 の落 ちを つけて改作 したも ので、落 ち の祖 型 は
中国 の笑話集 ﹃笑府﹄所収 の小ばな しに見 られる。
﹁夜 が明けましたから﹂ま で︶ は ﹁
ただ し、導 入部 ︵
権 助提灯﹂
の権助を長松 になおしたも のの流用 にすぎな い。
﹁雪 の瀬川﹂ の向島 の雪を雨 に変 え、﹁隅 日 の夕立ち﹂ と題 し た
と いわれるが、こ のとおりまたちがう運び の改作 もお こな ってい

の題名 は ﹁
夢 の酒﹂。

新 道︼ 新 しく開 いた道路。または町家 の間 の小路。こう いう場

る のである。 八代 目桂文楽が洗練 を加 え、名品 に仕上げた。現在

した ﹁小雀長吉﹂︵円朝 以前 からあ った噺 らしい︶を下敷き と し
たらしく、後半 にお いて、奉 公さき から久 しぶり で帰 って来 るむ

性を盛 りこんだ人情噺だが 、前半 における性悪 むす こ の継 母 いび
り のくだりは、円朝 が芝 居噺 ﹁双 蝶 々 雪 の子別 れ﹂ として完成

した﹂ と いう結び のことば に見 られるような、新 時代向き の教訓

﹁町人 の子は奉公が教育 の 一端 ︵
中略︶諸 君 の活眼 を拝借仕 りま

◎教育 の 一端⋮⋮①談洲楼燕枝


香鼠葡萄酒︼ 香憲峰印葡萄酒。渋 味を抜 き甘味 を加 えた国産 ぶ


六 神
十五年命 名。
較牌卸 嘲﹃ 時 ﹁峰一 Ⅷ口¨
ユ レ

   


海隣ド

二人引きがせ いぜ いである。

︻百花園 の本︼ 落語 ととも に五、六席 の講釈 ︵
講談︶ の速記も毎

社 と改称され て のちも、長 らく招魂社 の名 で親 しまれた。

鮮魚を売 った魚河岸 の店。
                    ︵
興津︶

ってな。︵
中略︶雷 乱 ︵日射病︶を起 こすと いけねえか ら な、青
︻猫 の百尋を見たやうな帯︼ 猫 のはらわた のよう に、くねくね、
葉を 一枚 、2立の︶中 へ入れときな﹂曾 一
代目金馬︶、里ロッ葉 を 二、 よれよれ の帯 。
三枚 入れと いてやんなよ、暑 さにやられねえよ う に 公ハ代 目
︻印雄沼︼ 千葉県北部 、利根川右岸 の湖。


生︶ と いう配慮をわすれな いがご とく であり、また、初代円右 以

砂村︼ 砂村新 田 ︵現江東区北砂 町と南砂 町 のうち︶ は、南 瓜、

の方 の河岸 ︵
俗称青物河岸︶ に青物市場があり、明 け六 つから四


河岸︼ 大川端、吾妻橋 の南を中 の郷竹町と い ったが、町内 の西

成瀬川土左衛門 と いう肥満 した力 士 に似 ていたためにでき たこと
ば と いう。

るさ いには、﹁
弁 当が腐 ると いけねえ から中 へ梅干 しを入れ て や

駒形 一︱ 三丁日、吾妻橋 一丁目、本所 三丁目 のうち に当る。

を結 ぶが、江戸時代 も現在 地 とほとんど同じ。

現在 は、台東 区花川戸 一丁目 o雷門 二丁目 と墨 田区吾妻橋 一丁目

生︶ と いう心労がありながら、伯 母が副食物を用意 しようとする
と、﹁魚 で飯を食 わせる?  こい つ ァいま川 へ跳 び込 ん で、魚 に

512
演 目解説
D 13

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