世界中の安部公房の読者のための通信 世界を変形させよう、生きて、生き抜くために!

もぐら通信   


Mole Communication Monthly Magazine
2017年2月1日 第54号 第2版 www.abekobosplace.blogspot.jp

あな
迷う たへ
事の
ない
:
あこのもぐら通信を自由にあなたの「友達」に配付して下さい
あな 迷路
ただ を通
けの って
番地
に届
きま

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               目次

0 目次…page 2
1 ニュース&記録&掲示板…page 3

2 『安部公房作品の朗読会』開催‼ (^◇^;)? ✨ :高見一典…page 14

3 安部公房 ∼サウンド・音楽と映像による『デンドロカカリヤ』朗読会:
                           柴田望…page 15
4 三岛由纪夫、安部公房、川端康成、石川淳 于中国文化大革命的声明…page 21

5 『デンドロカカリヤ』論(後篇):岩田英哉…page 24
6 ご寄付の記録と御礼…page 39
7 言葉の眼 11:安部公房の世界からトランプ大統領の就任演説を読む…page 40
8 連載物次回以降予定一覧…page 46
9 編集後記…page 47
10 次号予告…page 47

・本誌の主な献呈送付先…page48
・本誌の収蔵機関…page48
・編集方針…page 48
・前号の訂正箇所…page48

PDFの検索フィールドにページ数を入力して検索すると、恰もスバル運動具店で買ったジャンプ•シュー
ズを履いたかのように、あなたは『密会』の主人公となって、そのページにジャンプします。そこであ
なたが迷い込んで見るのはカーニヴァルの前夜祭。

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  ニュース&記録&掲示板

1。 今月の安部公房ツイート BEST 10

e
Priz
en Mole
Gold おかち @okalog_ 1月24日
なんで遠藤周作、川端康成の電子書籍があって、安部公房の電子版がないんだ
よ。新潮社の社員は無能かよ。 @SHINCHOSHA_PR

le 賞
r Mo
Silve Rieko_Yai @riekoson 1月11日
今日の脳内テーマは「美しさ」。「安部公房」と「美しさ」を考えたら、頭に
浮かんだものが「美しさ」の言葉のイメージと合わなかった。安部公房作品の
「美しさ」ってなんだろう。

モモ @yunahiko217 1月10日
通級に行っていた時、いつもドングリを拾っていた小さな空き地、あそこって安部
公房旧邸跡だったのかドングリ拾い放題で楽しみにしてたのにある日更地になって
て悲しかった

rem. @rem_missantroop 1月10日
安部公房は父の書棚に何冊もあって、中学生の時に読んでいた。無関係な死、水中
都市、R62号の発明など。20年も前のことで、なにが面白かったのか覚えていない
くらいだけれど、ひとり階段に座って読んでいたな。

もきゅ @mokyu_mokyu___ 1月11日
僕は安部公房作品を愛して止まないんだけどみんな安部公房読んだことある?

70%安部公房なぞ知らない
30%愛読してます
投票
27票

最終結果

おおさか @newfrontier7 1月28日
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部屋を片付けてたら4年近く前に買ったらしい安部公房の箱男という文庫本が出てき
た。読んだ記憶ももちろんないんだけど、なんで買ったのかも全く憶えてない……。
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atmos @atmosphereDZN 1月28日
Busdriver聴きながら安部公房読んでるとちょっと周りとは違うのよ私みたいな気持
ちに一瞬なったけど、実際のところは頭の中ごちゃごちゃになっただけだった。

cinefil @cinefil_tokyo 1月27日
1月28日は安部公房の小説作品の映画化で有名な勅使河原 宏監督の誕生日!武満徹
の音楽と合わせ世界的評価ー『砂の女』『他人の顔』『利休』『豪姫』 - シネフィ
ル - 映画好きによる映画好きのための...
勅使河原 宏 (てしがはら ひろし、1927年1月28日 - 2001年4月14日) いけばな草
月流の家系に生まれ、三代目家元となりとともに映画、陶芸、舞台...
cinefil.tokyo

ガンビー教授 @blind_headbag 1月26日
安部公房に「燃えつきた地図」という、都市をテーマにした探偵小説のような何
か、って感じの小説があるんだけど、あれで言う「地図」とは「共通認識としての
世界」もっと言えば「人間という種族の、共通認識としての環世界」ということで
はないかと思っていて

嘘月 まこと @karpmonde 1月26日
安部公房の『笑う月』を読み終わる。夢で見たイメージをテープレコーダーに録音、
その後書き起こしたもので、素描的な内容の創作ノート集。病床の祖父に従兄と一
緒にいき過ぎた悪戯をした思い出を綴る「蓄音機」、主体(私)が欠けた無自覚の領
域の夢を言葉でおこす「阿波環状線の夢」は面白かった。

アヤコイシ @ayacoishi 1月26日
インクカートリッジ回収箱のこれ見たら、安部公房の『箱男』思い出して怖くなっ
た。あの箱男は笑っていたんだっけ?
ああ、石田徹也の作品の様でもあるな。
あっちは笑ってはいなかったけれど。

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うへ @ub7637 1月26日
その他
自国民の逃走防止がベルリンの壁。移民の流入防止がトランプの壁。人が壁になる
のが安部公房。

ヤギヤスオ @yagiyasuo 1月26日
こうしたツイートの打ち間違い…トランプ大統領、大丈夫か…打ち間違わなくても
メキシコ国境の壁とか、確かに壁建設で雇用は生まれるだろうけど、壁はいずれ壊
れる、壊されるものではないか。そのうちアメリカ、各州ごとに壁が出来るとか…
安部公房の初期作品 壁 、再読したくなってしまうか?

永井カイル @Kyle_Nagai 1月25日
謎だらけの世の中でこのまんまの状態で安部公房読んだら余計に迷宮に入りそう
だ…。

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アトレイデス @atoreides 1月24日
宮沢賢治も安部公房も、時にフランツ・カフカとの比較などで名前を並べられるこ
とあるけれど、安部が自作に『飢餓同盟』というタイトルを決定した時に、宮沢賢
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治の戯曲作『飢餓陣営』の題名のことは想念に浮かばなかったのだろうか?と、ふと。

CEEK.JP NEWSbot/test @CEEKJPNEWS 1月22日
『刀剣乱舞』は安部公房に似ている? 山田玲司が語る日本文化の 幅 (ログ
ミー): ニコニコ生放送の人気番組「山田玲司のヤングサンデー」。今回は12月14
日放送の「『この世界の片隅に』… http://logmi.jp/181697 @logmijp

hirokd267 @hirokd267 1月23日
【安部公房句会】ホッタさん、まことさん投句ありがとうございます!

公房忌読書会の貌々未だまぶたに
もぐら忌や『笑う月』なら五冊有り   裕
公房忌墓には往かぬこれからも

#もぐら忌  #公房忌

hirokd267 @hirokd267 1月22日
【安部公房句会】
うみさん、へびさん、アレンさん、投句ありがとうございます!

すいれんさんからもいただいています。
ノアの方舟から遺体公房忌
もぐら忌や経費で落とす整形代
もぐら忌のシュレッダーから宝地図

#公房忌 #もぐら忌

möe @mmmmmekds 1月22日
なにげなく安部公房を読みたくなったので笑う月を読んでたのですが、読み終わっ
たあとにふと気がついた、今日は安部公房の命日なのだと。笑う月、タブの話がい
ちばん好き。ところどころで他の作品の顔が垣間見えるたびにニヤニヤがとまらな
くなる

昭和の名言 @showa_g 1月22日
24年前の今日、安部公房が亡くなりました。日本の小説家、劇作家、演出家。代表
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作は『砂の女』『箱男』『燃え尽きた地図』など… 安部公房の写真、名言を紹介。
昭和ガイド http://showa-g.org/men/view/68 #今日は何の日
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安部公房の写真、名言、年表、子孫を徹底紹介 ¦ 昭和ガイド
昭和に活躍した安部公房。現在に残された写真や名言、当時関わった事件やエピソー
ドを紹介します。昭和ガイドは日本唯一の昭和時代総合サイトです。
showa-g.org

NowhereMan @NowhereMan2001 1月22日
本日 1月 22日は、安部 公房さんの命日です。
※すべてのイラストが書き下ろしの命日カレンダー https://itunes.apple.com/jp/
app/mei-nichi/id721028889?l=ja&ls=1&mt=8 …

新潮 @Monthly_Shincho 1月21日
【好評発売中】新潮2月号はエッセイ(計6篇)も充実!
◎茗荷谷の安部公房/安部ねり
◎「蟻の街のサザエさん」― さすらい姉妹の寄せ場路上演劇/毛利嘉孝
◎トランプとレナ・ダナム/山崎まどか
(次ツイートに続く)
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ホンシェルジュ(小説・漫画) @honcierge_novel 1月8日
安部公房おすすめ作品5選!『砂の女』など、多くの傑作を生み出した作家 芥川賞
作家であり、実験的な作風の小説を数多く執筆し、海外でも多数の賞を受賞した安
部公房。晩  #小説 #本 #読書

安部公房おすすめ作品5選!『砂の女』など、多くの傑作を生み出した作家
芥川賞作家であり、実験的な作風の小説を数多く執筆し、海外でも多数の賞を受賞
した安部公房。晩年には、ノーベル文学賞の候補と目されていました。今回...
honcierge.jp

みみずく @mmzk_s 1月7日
安部公房のオブジェを再現してみた∼そして、去年出た2冊の研究書について http://
ch.nicovideo.jp/t_hotta/blomaga/ar1166020 … #blomaga

安部公房の仕事部屋にあった、トイレットペーパーの芯で組まれたオブジェを再現
(!)
(鷸井)

2。今月の映画
yasu_kum @yasu_kum 1月22日
yasu_kumさんがアトレイデスをリツイートしました
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最近知ったのですが、東宝が堀川弘通監督監督で映画化予定で、安部公房自身によ
るシナリオも完成してた(!)のですね。全集19で読めますが、円谷特撮にこだ
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わり過ぎた(?)のか、まとまりの悪い印象が…やはり、勅使河原/武満コンビでの
映像化を見てみたかったですね!

yasu_kumさんが追加
アトレイデス @atoreides
安部公房の『他人の顔』『砂の女』を映画化した「勅使河原宏/監督-武満徹/音楽」
コンビによる『第四間氷期』映画化など、観てみたかったものが。 作られていた
ならば、あるいは映画版『砂の女』の支持者J・G・バラードあたりも観たかもし
れず…。

3。今月の安部公房と三島由紀夫
神谷光信 @okapi0408 1月17日
@okapi0408 三島が石川淳や安部公房らと、文化大革命の最中にこれを批判する声
明を出したのも、言論の自由を擁護するためだった。

BON @1632bdkrst 1月19日
ワールドクラス二人…三島由紀夫、安部公房

黒瀬陽平 @kaichoo 1月13

創刊号の「ラウンドテーブ
ル」(読者投稿欄)にいきな
り安部公房w

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4。今月の朗読会
81 @NOGUCHIS7 1月26日
いよいよ明日、1月28日(土)13時30分より
「安部公房∼音楽と映像による朗読会
《デンドロカカリヤ》」を行います。(東鷹栖公民館)

詳細な報告は、
東鷹栖安部公
房の会のお二
人によるご投
稿をご覧くだ
さい。

5。今月の批評史
アトレイデス @atoreides 1月18日
…安部公房のSF作が花田清輝の批評理論、近代の超克ヴィジョンに基づく、との「渡
辺広士-C・ボルトン」の指摘あるけれど、『第四間氷期』解説での、小林秀雄と安
部公房の「技術」を巡る思弁の併置は「近代にどう向き合うか?」の問いの差異の提
示となって、磯田光一鋭く!

6。今月の無名詩集
makoto fujimoto @AchKotteb 1月14日
次の @YouTube 動画を高く評価しました: http://youtu.be/foT08t2cV8M?a
『無名詩集』安部公房Ⅲ

『無名詩集』安部公房Ⅲ リンゴの実∼真知のために
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https://www.facebook.com/nozomu.shibata.94 安部公房『無名詩集』研究 Ⅲ
『無名詩集』(1947.5頃推定) 「リンゴの実 ∼真知のために」 *********** 1947
年...
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7。今月の演劇
音野暁(ロデオ★座★ヘヴン) @otogyo 16時間
今後の出演予定
■さんらん
『どれい狩り』
3/29(水)∼4/2(日)
作 安部公房
演出 尾崎 太郎
@新宿SPACE雑遊
■ロデオ★座★ヘヴン10th act
『大帝の葬送』
6/28(水)∼7/2(日)
作・演出 柳井 祥緒(十七戦地)
@花まる学習会王子小劇場

神奈川総合高校【非公式】 @Ka_Na_So_U 1月16日
JOKO演劇学校第10回修了公演
『友達』
作:安部公房
★2月23日∼26日(全5回公演)
★Pit昴(サイスタジオ大山 第一)
東武東上線 大山駅 北口
★チケット料金 2500円
ご予約はDMで承ります。
(@ticktack103)までご連絡ください。

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劇団未踏座@次は新人公演だ! @gekidan_mitouza 1月10日
〈公演情報〉
劇団未踏座第91期生新人公演
「棒になった男」
作 安部公房 演出 田中直樹

シアターリーグ @Theater_League 1月28日
かさなる視点―日本戯曲の力― Vol.2「城塞」4/13∼30新国立劇場小劇場
演出:上村聡史 作:安部公房 出演:山西惇/椿真由美/松岡依都美/たかお鷹/辻萬
長 http://goo.gl/ilFhOA

8。今月の読書会
Kk @tctk_ 1月26日
明日は安部公房作品を読む会やるぞ

ことばらんど読書会 @amtwgatmgtpd 1月19日
明日は読書会です。安部公房のデンドロカカリアをやります。今からでも興味のあ
る方は是非どうぞ!

Woody Allen @w1allen 1月10日
昨日のKAP読書会の映像をYoutubeにアップしました。前半と後半に分けています。
課題作品は『方舟さくら丸』でした。
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https://www.youtube.com/watch?v=Rp-965DUpSw …
https://www.youtube.com/watch?v=HVZ7EaBK4YU …
#安部公房 #読書会
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ページ

9。今月の安部公房関連本
ホッタタカシ @t_hotta 1月6日
道場親信『下丸子文化集団とその時代』(みすず書房)の紹介記事。1950年代、サー
クル文化活動が流行、有名な「下丸子文化集団」は、安部公房や勅使河原宏がオル
グ活動を行なっていた。
【論の周辺:草の根の歴史を掘り起こす】 毎日新聞
論の周辺:草の根の歴史を掘り起こす
 社会運動論の専門家、道場親信さんの著書『下丸子文化集団とその時代』(みす
ず書房)が出版された。著者は戦後社会運動に関する研究の中心的な担い手だっ
た...
mainichi.jp

10。今月の箱男
kimiko kitazawa @kim1201iko 1月5日
前にテレビで(nhkの72時間かな)東京のハロウィンを取材したやつで、安部公房
の箱男になった女子大学生2人がどんな気分か?と訊かれて「ネットにいるみたい。
自分の顔を評価されることもなく、こっちが勝手に一方的に見ている。失うものが
ない」と言っていて、なんと鋭敏な感覚かと思った

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『安部公房作品の朗読会』開催‼ (^◇^;)? ✨

旭川市議会議員 高見一典

本日、午後1時30分から地元東鷹栖公民館で、公民館と東鷹栖安部公房の会が共催する「安部
公房作品の朗読会」が開催され、参加してきました。参加者は悪天候の中にもかかわらず、約2
0名のご参加を頂き、熱心に最後まで聞き入ってくれました。

映像や音響とともに東鷹栖安部公房の会会員でもあり、安部公房研究者でもある柴田望氏及び森
田会長と女性方による3名で3部構成で「デンドロカカリア」(キク科植物の俗名)作品の朗読
会でした。

昭和26年、27歳時に『壁∼S・カルマ氏の犯罪』で第25回芥川賞を受賞した安部公房氏は
在住期間は幼少期の短期間でしたが、原籍地は旭川市東鷹栖のままとなっています。約1時間3
0分の貴重な朗読会を堪能させて頂きました。
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ページ

安部公房 ∼サウンド・音楽と映像による
『デンドロカカリヤ』朗読会

東鷹栖安部公房の会 柴田望

2017年1月28日(土)  東鷹栖公民館・東鷹栖安部公房の会 主催: 90 安部公房 ∼
サウンド・音楽と映像による『デンドロカカリヤ』朗読会を行いました。

※当日の動画です。
■【1】安部公房 デンドロカカリヤ 朗読会 東鷹栖安部公房の会2017 01 28
https://youtu.be/514nHBLi0rY
■【2】安部公房 デンドロカカリヤ 朗読会 東鷹栖安部公房の会2017 01 28
https://youtu.be/qEa3bLXYzJE
【3】安部公房 デンドロカカリヤ 朗読会 東鷹栖安部公房の会2017 01 28
https://youtu.be/N066cwJv5vw
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2017年1月28日(土) 東鷹栖安部公房の会 《サウンド・音楽と映像による朗読会 
∼ 「デンドロカカリヤ」》を東鷹栖公民館にて開催致しました。当日市内はホワイトアウ
トの吹雪(しかし朗読会実施直前の30分間はなぜか晴天でした。)悪天候の中、予想以上
に多くの方にご来場頂き、談話室満席となりました(!)。

当日は作品解説と、清水邦夫氏によって昭和40年代に書かれた「安部公房文学紀行∼消さ
れていく旅」の紹介朗読、そして「デンドロカカリヤ」全文を三章に分け、20代女性会員
が1章と3章、80代の森田会長が第2章を担当。40歳の私が冒頭と終わりに解説を行い、
担当者の年齢がバラエティに富みましたので、ご来場の皆様には飽きずにご鑑賞頂けたこと
を願っております。世代を超えて、安部公房作品は時代の節目毎に読まれ、問題を提起し続
けております。

昨年6月25日に同じく東鷹栖公民館にて行われた、教育大学旭川校名誉教授片山晴夫先生
の講義の中で、「安部公房は何故反逆者の道を選んだのか?本当のリアルを求めるために、
《反リアリズム》の道を行かなければならなかった。」というお話を頂きました。その瞬間、
私は密かに、次の朗読会は「デンドロカカリヤ」と心に決めていました。安部ねり氏の『安
部公房伝』にはこう書かれています。「1949年(昭和24)年4月には初めてシュール
レアリズムの手法を用いた「デンドロカカリヤ」を執筆した。(シュールレアリズムとはリ
アリズムのひとつの手法として発展した方法論で、写実ではなく、人間の認識の方法を意識
した創作活動を行った。)」 そして、本多秋五氏は『物語戦後文学史』において、「デン
ドロカカリヤ」を《安部公房の転機を画する作品》とみなし、「この作品によって、彼はど
こから手をつけていいのかわからぬ幾何学の問題における『補助線』を発見し、一般に『補
助線』発見法の端緒をつかんだのである。」と書いています。ここでの『補助線』とは、《変
形》を指します。

「デンドロカカリヤ」は安部公房が最初に書いた《変形譚》です。《変形譚》とは、人間が
人間以外のものに変形してしまう伝説・神話・物語。カフカの『変身』や中島敦の『山月記』
が有名です。安部公房には、人間が人間以外のものに変形する作品が多くあります。(「壁
∼S・カルマ氏の犯罪」=壁人間、「赤い繭」=繭人間、「洪水」=液体人間、「R62号
の発明」=ロボット人間、「変形の記録」=幽霊人間、「棒」=棒人間、「鉛の卵」=鉛人
間・・・)その後の長編小説『砂の女』の《砂は流動する》から《流動そのものが砂である》
への転換や、『他人の顔』や『箱男』における存在の内部と外部に訪れる価値や視程の在り
かたの変化を変形譚の系譜として読んだとき、「デンドロカカリヤ」はそれら長編小説の原
点とも考えられる極めて重要な作品になります。

この作品を現代にも通用するものとして、分かりやすく解説するにはどうすれば良いか?
偶然にも二つのヒントを得ることができました。一つは、旭川市中央図書館で行われた土曜
の古書市で偶然発見した、学研の文学全集『現代日本の文学47 安部公房・大江健三郎集』
もぐら通信
もぐら通信                          ページ17

(昭和45年発行)です。この青い本の冒頭に清水邦夫氏が「安部公房文学紀行∼消され
ていく旅」を寄稿、なんと50年前の旭川市東鷹栖の写真(カラー・モノクロ)がふんだ
んに収められています。実際に清水氏が冬の旭川市東鷹栖町(当時)を訪れ、《雪眼》を
体験、そこから次のような推測が展開します。「〈雪眼〉があるなら、〈砂眼〉というよ
うなものがあったのではないか。」まぶたの裏に砂がくいこんだときに見えた世界から、
作家のイメージが広がったのではないか?「たとえば人間がデンドロカカリヤという植物
に変身していくさまとか・・・」 清水邦夫氏の「安部公房文学紀行」を紹介することで、
安部公房と東鷹栖の関わりについて書かれた資料と写真の紹介ができ、同文学全集内に収
められた作品「デンドロカカリヤ」紹介のプロローグとなりました。

もう一つは、昨年大ヒットした映画『君の名は。』です。体と心が他人と入れ替わってし
まうという、現実にはありえない反リアリズム作品ではありましたが、多くの観客の心を

捉え、共感を得たということは、現実の社会を生きる私たちの根本的な生き方の問題に触
れていたのではないでしょうか。同じく顔と心が異なる主人公の安部公房作品『他人の顔』
も、現実の社会と人間との関係について、反リアリズムの手法でえがかれています。高野
斗志美先生は「安部公房の作品は、社会と自分との関係は何なのか?という視点から、現
代の神話を構築している。」と仰っていました。「社会」と「自分」、「外部」と「内
部」。「植物への変形は、コモン君における、外部と内部の新しい関係を、象徴的に形象
していることになる。」高野斗志美先生が1971年(昭和46年)に著した『安部公房
論』のいちばん最初に《コモン君の根本体験》として「デンドロカカリヤ」について書か
れています。「主人公は、植物になっていく自分、それを拒絶する自分を発見する。人間
が自己変革の新しい拠点を創るためには、《変形》を発見しなければならない。」変形を
発見するには、今の現実から目を逸らさず、逃げずに見つめ続けなければなりません。

昨年、電通の過労自殺が社会問題化しました。若い女性社員が亡くなった背景に、現代の
日本が抱える長時間労働の問題、パワーハラスメントの問題があります。15歳から34
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もぐら通信                          ページ18

歳までの若者の自殺死亡率を国際比較したとき、その年代の自殺による死亡率が最も高い
のは日本です。(内閣府2012年「自殺対策白書」)。しかし同集計中最下位のイタリヤは
国の風土柄、過労死などは考えられない。労働者の休みが日本やアメリカに比べてものす
ごく多く、毎日の昼休みは2時間。毎年1ケ月以上もの有給休暇の取得率は100%が当
たり前という世界です。日本とイタリアはGDPがほとんど変わらないので、長時間労働
が当たり前の日本は労働生産性がぐっと下がります。

また、日本では毎年、学校でいじめが行われ生徒が自殺するという事件が絶えません。残
念ながら国家で総力をあげてこれを解決しようという動きも今はありません。これに対し
フィンランドという国は、1990年ごろは自殺率が世界で最も高かったのですが、国家
プロジェクトで対策し、10年かけて自殺率を3割減少させました。いまや世界ナンバー
1の教育大国フィンランドでは、なんと学校では宿題を廃止!授業の時間も削減し、その
代わり家族や友人との時間を大切にしなさい、スポーツや読書を楽しみなさい、という教
育方針です。暗記のための勉強は行わない。しかし高校生は2∼3ケ国語を話せるのが当
たり前、というくらい学力が違っている。何故同じ先進国でこんなにも状況が違っている
のか?どこで歴史が変わってしまったのか?

私たちをとりまく社会が今の状態になるには、過去にさまざまな変化や変形があり、その
積み重ねの結果が現在に表れています。そして、今も絶えず未来に向かってさまざまなレベ
ルの変化・変形を膨大に繰り返しています。世の中の変化・変形、その中にいる自分自身
の変化・変形、自分の中に存在する世界の変化・変形・・・さまざまな変化から目を逸ら
さず、変化を発見していく。その上で私たちはどう生きていくか、考えを拡げていけるか
もしれません。
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もぐら通信                          ページ19

70年近く前に書かれた「デンドロカカリヤ」ですが、今読んでもまったく古く感じられな
い、現代のさまざまな問題を考えるヒントが得られる貴重な作品として紹介させて頂きまし
た。朗読ではシンセサイザー主体の音楽を使用しました。安部公房はEMS社のAKSとい
うシンセサイザーを日本で初めて自宅に所有し、舞台の音楽を作曲していました。この機械と
同機種が使用されている楽曲と、安部公房作品をイメージした画像を用意致しました。また、
同じ大学の軽音楽部の先輩(相澤正哉氏)にギター演奏を録音してもらい、第二章の朗読と
会場BGMに使用しました。イメージを限定する危険はありますが、作品理解への糸口とし
て、日常の風景を題材にした異空間を創ることを意図しました。
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東鷹栖安部公房の会では安部公房作品の魅力を紹介する活動を行って参ります。来月2月
25日には旭川市中央図書館にて『無名詩集』の朗読会を行います。また、昨年の6月1
日にオープン致しました、東鷹栖支所内「安部公房文学コーナー∼安部公房と旭川」(渡
辺三子様所蔵の300点以上もの貴重な資料展示)へ多くの方に訪れて頂けますよう、お
知らせをしていく所存であります。会員の募集も行っております。お気軽にご連絡を戴けま
したら幸いです。地域の皆様のご理解とご協力に支えられ、今回の朗読会を実施すること
ができました。この場を借りて御礼申し上げます。

2017.1.28. 
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三岛由纪夫、安部公房、川端康成、石川淳 于中国文化

大革命的声明

岩田英哉

Yanping Liangさんといふお名前は支那の方でありませう、このかたの投稿に寄せて以下に思
ふ事あり、一文を草します。

Yanping Liang
2016年1月9日 ·

三岛由纪夫、安部公房、川端康成、石川淳 于中国文化大革命的声明
「昨今の中国における文化大革命は、本質的には政治革命である。百家争鳴の時代から今日に
いたる変遷の間に、時々刻々に変貌する政治権力の恣意によって学問芸術の自律性が犯された
ことは、隣邦にあって文筆に携わる者として、座視するに忍びざるものがある。
 この政治革命の現象面にとらわれて、芸術家としての態度決定を故意に留保するが如きは、
われわれのとるところではない。われわれは左右いずれのイデオロギー的立場をも超えて、こ
こに学問芸術の自由の圧殺に抗議し、中国の学問芸術が(その古典研究も含めて)本来の自律
性を恢復するためのあらゆる努力に対して、支持を表明する者である。
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 われわれは、学問芸術の原理を、いかなる形態、いかなる種類の政治権力とも異範疇のもの
と見なすことを、ここに改めて確認し、あらゆる『文学報国』的思想、またこれと異形同質な
るいわゆる『政治と文学』理論、すなわち学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如き思
考方法に一致して反対する」。

近来在中国发生的文化大革命,本质上乃是政治革命。从百家争鸣的时代到如今的变 之间,时
时刻刻都在变态地发生着借助政治权利恣意侵害学问、艺术自律性的事件,作为邻邦的执笔者,
我们不忍坐视旁观。
对于这一政治革命,我们不可能如某些艺术家一般采取故意保留态度的决定。我们超越左右任何
一方的立场,在此抗议对学问艺术自由的压制,对于为恢 中国的学问艺术(也包含其古典研
究)本来的自律性所做的一切努力,表示支持。
我们将学问艺术的原理,无论其具有怎样的形态、怎样的 类,都视为与政治权利迥 的范畴。
再此 认:我们一致反对一切 文学报国 的思想,以及与此 形同质的所谓 政治与文学 的理
论,换言之最终将学问艺术作为政治权利的工具的思维方式。
三岛由纪夫(1925-1970),出生于东京,毕业于东京城帝国大学法学部。曾在大藏省任职。作
为专业作家三岛著作颇丰,主要有《金阁寺》《假面告白》《禁色》《潮骚》《女神》《宴之
后》《午后的曳航》《丰饶之海》.等

安部公房(1924-1993),出生于东京少年时期在中国东北度过,1943年考入东京大学医学
部,1945年因担心征兵而离 学校返回东北,1946年回国。主要作品有《赤茧》《壁》《闯入
者》《饥饿的皮 》《石之眼》《砂女》《朋友》等。曾获得战后文学奖(1950年)、芥川文
学奖(1951年)读卖文学奖(1963、1975年)、谷崎润一郎奖(1968年)

川端康成(1899- 1972)出生于大阪帝国大学文学部毕业。1968年获得诺贝尔文学奖。主要作
品有《伊豆的舞女》《雪国》《古都》《千羽鹤》《山之音》.

石川淳(1899-1987)出生于东京外国语大学法语部毕业。无赖派代表作家之一。主要著作有
《普贤》《紫苑物语》《狂风记》《至福千年》等。曾获得芥川奖、日本艺术院奖、读卖文学
奖、朝日奖等奖项。

****
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批評とはかくあるべきもの。この声明は今読んでも新しい。悲しむべきは、当時は反中国共産
党への声明文であつたものが、今や我が国そのものに向けられた声明文としても十分に読める
といふことです。この間の半世紀の日本人の知的頽廃は酷いものがあるといふことを知るため
の、この声明は、あなた自身のための試金石でもあり続けてゐる。

わたくしもまた、「学問芸術の原理を、いかなる形態、いかなる種類の政治権力とも異範疇の
ものと見なすことを、ここに改めて確認し、あらゆる『文学報国』的思想、またこれと異形同
質なるいわゆる『政治と文学』理論、すなわち学問芸術を終局的には政治権力の具とするが如
き思考方法に一致して反対する」者である。

と、このやうに引き写してみて、「学問芸術の原理」を自分自身の学問芸術の分野で自分自身
の言葉を以って即答できる学者が何人ゐるか、自称評論家、自称批評家が何人ゐるか、自称藝
術家が何人ゐるかを疑ふ。私の此の言葉に反論してもらひたい。

「左右いずれのイデオロギー的立場をも超えて」誠に知性ならぬ痴性豊かな人々の集まる、日
本は素晴らしい国になつたのです。

この現状をも、やはり「学問芸術の原理」に基づいて議論してもらひたい。勿論云ふまでもな
く、あらゆる意味での暴力抜きで。なるほど、三島由紀夫の当時絶賛し嫉妬すら覚えると評し
た(この声明の翌年発表された)安部公房の戯曲『友達』は、二十一世紀の今も新らしい。
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『デンドロカカリヤ』論
(後篇)

岩田英哉

目次

1。リルケの『涙の壺』
2。蒸留法
2。1 話法の問題(一般)
2。2 安部公房独自の話法(個別)
3。 まとめ

*******

1。リルケの『涙の壺』

後篇の主題は、前篇の結末に書きましたやうに、如何にして安部公房は『デンドロカ
カリヤA』にある叙情を、『世紀の歌』に云ふ「蒸留法」で乾いた文体を備へた『デ
ンドロカカリヤB』となしたのかといふ問ひに答へることです。

そのためにまづ『世紀の歌』といふ詩を吟味してみませう。

「ぼくらの日々を乾かして
 涙の壺を蒸溜しよう
 ミイラにならう
 火を消すものがやつてきたら
 ぼくら自身が火となるために!」

この詩にある「涙の壺」がリルケの『涙の壺』であることは前篇でお話しした通り
です。涙の壺には、社会に対するに詩人である自分自身が涙するにつれて益々貧しく
なりゆき、

「より小さな尺度として、そして最も痩せたものとして、
もぐら通信
もぐら通信                          25
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わたし自身を穿って、中空にし、窪ませて、他の欲求を満たすものとなす」

とあるやうな状態になり、他方、社会は、詩人が「最も痩せたもの」になるにつれて
益々豊かになり、文明の壺の中にある酒について言へば、

「葡萄酒はより豊かになり、そして油は壷の中でより清澄になる」

とあるやうに、世の中の壺といふ壺には葡萄酒と油が蓄へられ文明が栄えるといふ、
そのやうな文明や社会との関係にある詩人の姿を歌つた詩でありました。

この、安部公房の愛唱した詩は、空の壺と其の形といふことから、既に早や『赤い
繭』の変身と変形の論理を思はせるものがあります。これを数学的に表せば、位相幾
何学(topology)の世界だといふ事になります。文学と数学は、このやうに、安部公
房にあつては、いつも一つになつてをります。

これに対して、『世紀の歌』といふ詩は、1949年3月15日に書かれた詩です。
そして、この詩の後、同じ年の8月に、前年度に書かれた処女作『終りし道の標べに』
を問題下降して「詩と散文統合の為の問題下降」に成功した作品として『デンドロカ
カリヤA』がある訳です。これは詩人から小説家になる移行期の作品です。

従ひ、この作品には詩の要素と散文の要素が混在してをります。中間項は、『名もな
き夜のために』です。読者ご存知の通り、この小説の言葉は美しく繊細であつて叙情
的な声調によつて成り立つてゐます。この叙情性をどうやつて「蒸留」するのか、そ
の蒸留法とは何かといふことを考察する事にしませう。

2。蒸留法

安部公房が詩人として世界を歌ふときには一つの特徴があります。それは、世界と其
の中にある諸物諸事諸人に対して、呼びかけるといふ事、そして次に自問自答すると
いふ事です。安部公房全集の中では、第1巻所収の『〈今僕はこうやつて〉』といふ
19歳の時のエッセイに其の最初の例を、私たちは見ることができます。(全集第1
巻、88∼89ページ)

「例えば今此の庭に立つ見事な二本の樹を見給え。見る見る内に生が僕の全身から
流れ出して其の樹の葉むらに泳ぎ著く。何と云うゆらめきが拡る事だろう。僕の心に
繋ろうとする努力がありありと見えて来る。さあ、此処で僕達が若し最善を発揮しよ
うとしたならば一体何うすべきなのだろうか。こんなに僕を感じさせる或るもの、そ
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こにある秘密を見抜く可きであろうか。いやいやそんな事ではあるまい。それは限
りある行為であり外面への固定に過ぎないのではあるまいか。」 [註1]

[註1]
このエッセイの全体と上の引用の箇所の分析と解読は、『安部公房と共産主義』(もぐら通信第29
号)の[註15]に詳述しましたので、これをご覧ください。

『デンドロカカリヤA』の冒頭を引用して、その声調が同じであることをご覧くださ
い。

「 道を歩きながら石を蹴っとばしてごらん。何を考えているの?さあ言ってごら
ん。何処にいるの?季節は教えてあげてもいい。春だよ。路端の、石がころげて行っ
た先の、黒くしめった土くれ。みどりいろ。何が……、何が生えてくるのだろう?い
や、君の心にだよ。何か植物みないなものが、君の心にも生えてきてるのじゃないの?

空を見上げてごらん。眼には見えないラッパのような管が、君の眼からするすると延
びて、天に向かって拡がらなかった?そして天が一杯、君の眼に流れこみはしなかっ
た?」

このやうに二つの引用を比較して並べて見ると、前者の、

「例えば今此の庭に立つ見事な二本の樹を見給え。見る見る内に生が僕の全身から
流れ出して其の樹の葉むらに泳ぎ著く。何と云うゆらめきが拡る事だろう。僕の心に
繋ろうとする努力がありありと見えて来る。」と、

後者の、

「空を見上げてごらん。眼には見えないラッパのような管が、君の眼からするすると
延びて、天に向かって拡がらなかった?そして天が一杯、君の眼に流れこみはしなかっ
た?」

といふ文章が、全く同じ発想で書かれてゐることがお判りでせう。

見る事によって、内部が外部と交換されるのです。既に此処に、陰圧の眼を持って全
てを眼から胸の中に吸い込む、しかし叙情を「蒸留」して生まれる前のS・カルマ氏
もぐら通信
もぐら通信                          ページ27

を見ることができます。

ここにある呼びかけは一体何を意味してゐるのでせうか?

2。1 話法の問題(一般)

文法学の視点から結論を云へば、ここにある文法上の問題は、話法の問題です。そし
て、更に話法を敢へて次の3つに分けます。

(1)人称:一人称、二人称、三人称とそれぞれの単数・複数
(2)話法:誰が話してゐるのか。直接話法と関節話法。
(3)時制:その文が含む時間、即ち過去、現在、未来、そして時間のない文(非現
実話法の文)

人称の問題も時制の問題も、話法の問題に含まれ、実際には話法一つの問題なので
すが、ここでは、ここにある呼びかけが一体何を意味してゐるのかをより深く考へる
ために、人称と時制を其の外に出して三つに分けて論じます。

さて、上の3つを念頭に置いた上で、個別言語に関係なく、作家が小説を書くと其の
構造は次のやうになつてゐます。

作家>話者>登場人物

注意すべきは、作家と話者は同一の者ではないといふことです。其の上で、この構図
に従へば、

安部公房>相手に呼びかける話者>コモン君

といふ事になります。

この小説の話者は、コモン君に二人称で呼びかけてゐるといふ事になります。そして、
安部公房といふ作者が、作品の世界に其のやうな構造を用意したといふ事です。[註
2]

[註2]
この小説構造の最も複雑な小説が『箱男』です。この作者と話法の構造については、「『箱男』論∼
奉天の窓から8枚の写真を読み解く∼」(もぐら通信第34号)で詳述しましたので、これをご覧下
さい。
もぐら通信
もぐら通信                          ページ28

2。2 安部公房独自の話法(個別)

さて、それでは更に考へを進めて、この話者と話者に呼びかけられるコモン君の関係
は、どのやうな関係なのでせうか?この答へがもう少し先の段落に書かれてゐます。

「ぼくらの病気はとりもなおさず、あのぼくとこのぼくが入れちがいになって、顔は
あべこべの裏返しになり、意識が絶えず顔の内側へおっこちてしまう……、それが植
物になることさ。」(全集第1巻、235ページ上段)

これは、「ぼく」といふ一人称の中に、もう一人「ぼく」といふ一人称がゐるといふ
ことを言つてゐるのです。安部公房の話法は内省的であり、普通の話法とは違つて、
この分複雑です。そして、これは其のまま、安部公房の終生変はらぬ作者・読者論で
あり、主観・客観論であり、主語・述語論であり続けました。

例へば、論ずる対象を問はず、政治的な社会現象を論ずる場合でも、同じ全集第2巻
にあるエッセイ、『デンドロカカリヤA』の前年に書かれた1948年の『平和につ
いて』に於いても、「僕の中の「僕」」に向かつて、話者(この場合の話者は、小説
ではなくエッセイであるので安部公房自身)が話かけ、語りかけてゐます。(同巻、
57ページ)

『終わりし道の標べ』では、同じ論理が感覚の問題としては、「二重感覚」と呼ばれ
てゐます。(「第三のノートー知られざる神ー」、全集第1巻、363∼369ペー
ジ)合わせ鏡の世界にゐる再帰的な自己のことです。[註3]

[註3]
安部公房の此の再帰的な自己については、『安部公房の変形能力17:まとめ∼安部公房の人生の見
取り図と再帰的人間像∼』(もぐら通信第17号)に詳述しましたので、これをご覧下さい。この論
考から以下に一部の引用をします。:

「安部公房は、この再帰的な人間の持つ二重感覚を『終りし道の標べに』の「第三のノート―知られ
ざる神―」中で、高という登場人物の口を借りて、「二重感覚」とか、「二重の判断や意志」とか、
また「二重の意識」とか、そして「あの感覚」と言わせております。」

これは、私の中の私、一人称の中の一人称、自己の中の(もう一つの)自己といふ
ことであり、後者の私、後者の一人称、後者の自己は、実は前者の私、前者の一人
称、前者の自己から見れば、実は三人称の役割を演じてゐるのです。
もぐら通信
もぐら通信                          29
ページ

上記の『平和について』では、このことを次のやうに言つてゐます。前後の脈絡がわ
かると一層よく理解ができますが、引用の量と解説が多くなりますので、最小限の量
に留めて引用します。

「そして実用主義的にその人間学が「君」の(僕の中の)平和を創り出すだろう。
(略)「彼」のということさえ危険だ。平和はあくまでも「君」の、そして其処に於
けるものだから。」

「僕の中の「僕」」を巡つて、僕と君と彼が登場するのです。これらは皆、安部公房
の意識の内部の一人称、二人称、三人称でありますから、それを示すために「僕の
中の「僕」」と、後者の僕には一重鉤括弧が付されてをります。この「僕」が、「君」
であり、「彼」なのです。そして、これらの人称が、そのまま安部公房の小説の登場
人物たちの関係であるといふことなのです。

そして、上記の3つの人称の関係は、安部公房の世界を理解するためのキーワードで
ある存在、象徴、部屋、窓、反照、自己承認の関係と繋がつてをり、これらの用語
と一緒に論ぜられてゐて、23歳の安部公房が哲学談義を交した親しき友、中埜肇宛
の手紙に書いてゐる「新象徴主義哲学(存在象徴主ギ)」(『中埜肇宛第10信』全
集第1巻、270ページ)といふ安部公房独自の哲学の骨格をなしてゐるのです。

エッセイ『平和について』は、謂はば(同じ年に書かれた)『終りし道の標べに』の
理論篇といふことができ、ここに書かれてゐる論理を以って、そのまま『終りし道の
標べに』といふ実践篇を、それも上記に引用した「二重感覚」は勿論のこと此れも合
わせて、理解することができます。安部公房独自の哲学については、『安部公房の象
徴学:「新象徴主義哲学」入門』と題して稿を改めて論じます。

閑話休題。

さて、コモン君の話です。

このやうに考へて来ますと、

「ぼくらの病気はとりもなおさず、あのぼくとこのぼくが入れちがいになって、顔は
あべこべの裏返しになり、意識が絶えず顔の内側へおっこちてしまう……、それが植
物になることさ。」

とある「あのぼく」と「このぼく」の関係は、
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(1)「あのぼく」の中の「このぼく」なのか
(2)「このぼく」の中の「あのぼく」なのか

この二つの「ぼく」があつて、この関係そのものが既に最初から、交換関係を前提に
し且つ「既にして」(超越論的に)結果してゐることが判ります。このやうな関係に
ある「ぼく」には時間の先後は無いのです。従ひ、「あのぼく」が「このぼく」と入
れ替わり、「このぼく」が「あのぼく」に入れ替わることは、時間の無い、幾何学的
な変形なのです。さうすると、

安部公房>相手に呼びかける話者>コモン君

の話法の3階層の構造の中では、

作者>作者の中の「僕」>作者の中の「僕」の中の「僕」

となり、更に一重鉤括弧との関係で考へを進めれば、

作者>作者の中の僕>「作者の中の僕」の中の「僕」

となり、いや、作者の中にも「僕」がある筈だと考へれば、世間で安部公房と呼ばれ
る作者の僕を一番上位の階層の一人称であるので、全ての僕に一重鉤括弧をつけて呼
べば、

作者の僕>作者の中の「僕」>「作者の中の「僕」」の中の「僕」

といふ事になりませう。

これは、そのまま『デンドロカカリヤA』の世界では、

安部公房>相手に呼びかける話者>あなた(と呼びかけられる読者であるあなた)

となつてをり、安部公房の作者の僕の中の、その「僕」が呼びかける、「作者の中
の「僕」の中の「僕」」といふ此処この場所にゐる「あなた」であるといふ複雑な
位置にゐる(読者である)「あなた」なのです。

この関係を示してゐるのが、例へば次の箇所です。話者の声調は変はりません。
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「そうすれば、そら、もう夕方だろう、あたりがすっかり冷えて、きっとぼくらの
坐っているところが石段かなにかで、特別寒いからなんだと思うにきまっている。だ
から、気にしなくてもいいんだ。まだ植物になってはいけないというぐらい、誰でも
知っている。誰も君を咎めたりしやしないよ。」(全集第1巻、235ページ上段)
(傍線筆者)

ここで「ぼくら」と二人称複数に呼ばれてゐるのは、話者と「あなた」、つまり、次
の下線部の「ぼくら」、即ち(B)と(C)のことなのです。

作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>「作者の中の「僕」」の中の「僕」
(C)

さて、ここまでが冒頭部分の人称と話法の様子です。

この冒頭の導入部と、小説の本文の開始の間に、安部公房は「コモン君がデンドロ
カカリヤになった話」といふ一行の立て札を立ててゐます。この趣向は既に『S・カ
ルマ氏の犯罪』や『デンドロカカリヤB』を思はせます。

さて、この立て札または案内人の次に始まる本文の人称と話法は一体どのやうになつ
てゐるでせうか。本文の文章は、次のやうに始まつてゐます。

「さて、コモン君のことを思い浮べてごらん。無理だって?なに、どんな具合にでも
いいんだよ。名前のとおりでいいんだよ。コモン君がコモン君さ。ぼくの友達だった
んだよ。なに?君の友人だって?むろんそれでもいいさ。要するにコモン君でありさ
えすればいいんだよ。」(全集第1巻、235ページ下段)(傍線筆者)

「さて、コモン君のことを思い浮べてごらん。」と話者の呼びかける相手は誰なので
せうか?誰に「コモン君のことを思い浮べてごらん」と言つてゐるのでせうか?

これは、読者であるあなたに呼びかけてゐるのです。あなたは、いつの間にか、さう
すると、

作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あ
なた」)(C)>「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中のコモン
君(D)

といふ安部公房独自の話法の構造の中で、
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「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中のコモン君(D)

といふ階層にゐる「コモン君」に、いつの間にか、あなたはなつてゐるのです。即ち、
読者は「作者の中の「僕」の中の「僕」(C)」を通じて、「「作者の中の「僕」の
中の「僕」(=「あなた」)」の中のコモン君(D)」がいつの間にか現れて、あな
たの意識の中に入つて行くのです。いや、あなたがコモン君(D)の意識の中に入つ
て行くのです。

そして、このコモン君といふ主人公は、話者である「作者の中の「僕」(B)」の友
達であり、しかも同時に「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)(C)」
とも友達であるといふのです。

これで、話者と読者が繋がる事になるのです。

しかし、『デンドロカカリヤB』では、『デンドロカカリヤA』の冒頭の導入部にあ
る叙情的な呼びかけは削除されてゐて、最初からいきなり「コモン君がデンドロカカ
リヤになった話」といふ立て札で始つてゐます。

これは、前篇冒頭に掲げたチャート「詩人から小説家へ、しかし詩人のままに」を
見ますと、『デンドロカカリヤB』の前に『赤い繭』『魔法のチョーク』、そして芥
川賞受賞作『S・カルマ氏の犯罪』といふ三人称で書かれた小説が並んでをりますの
で、その延長で『デンドロカカリヤB』が書かれたといふことを意味してゐます。と
すれば、『デンドロカカリヤB』の話法の構造は、『デンドロカカリヤA』での、

安部公房>相手に呼びかける話者>コモン君

といふ構造ではなく、

安部公房>相手に呼びかけることのない話者(=単に話者としてある話者)>コモン

といふ構造に変換されてゐることがわかります。即ち、

安部公房>話者>コモン君

といふ構図になり、話者がコモン君を語り、話者がコモン君の意識の中に入つて此
れを語るといふ話法に変はつてゐます。これが、リルケ風の叙情を取り除くための蒸
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ページ

留法であつたといふ事になります。

しかし、忘れてはならないのは、上述しましたやうに、

作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>「作者の中の「僕」」の中の「僕」(C)

といふ安部公房独特の内省的な構造は変はらないといふ事です。

また特記すべきは、この蒸留法の成功は、

作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>「作者の中の「僕」」の中の「僕」(=
「あなた」)(C)>「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中のコ
モン君(D)

といふ『デンドロカカリヤA』の話法の構造の最下層の「「作者の中の「僕」の中の
「僕」(=「あなた」)」の中のコモン君(D)」を取り去って、『デンドロカカリ
ヤB』が成り立つてゐるといふ事です。

まとめますと、

3。 まとめ

『世紀の歌』で宣言した涙の壺の蒸留法とは、『デンドロカカリヤA』の話法の構造
に於いて、

(1)「相手に呼びかける話者」を「相手に呼びかけることのない話者(=単に話
者としてある話者)」に変更した事
(2)話法の最下層の「「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中
のコモン君(D)」の階層を取り去つた事

この二つからなるといふ事になります。

「ぼくらの日々を乾かして
 涙の壺を蒸溜しよう
 ミイラにならう
 火を消すものがやつてきたら
 ぼくら自身が火となるために!」
もぐら通信
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この蒸留法を使つて、安部公房は、ミイラになつたのです。死者として此の世を生き
る事になつたのです。しかし、これは生死に関する論理としては、ニーチェでありリ
ルケである事には変はりありません。即ち、自らが存在として時間の中に生きる者、
即ち未分化の実存、即ち棺桶の内部にゐるミイラとして生きる事だといふ『世紀の歌』
の志は、かうして小説の上で実現する事ができました。

棺桶といふ閉鎖空間の内部にゐて、未分化の実存として生きる(死者としてある)ミ
イラの此の姿は、『デンドロカカリヤB』(1949年)を書いた十三年後に刊行さ
れた『砂の女』の主人公仁木順平が、話の最後に安部公房の(リルケに学んだ)存
在感覚である透明感覚を水に発見して(結末共有)、この砂の穴は存在となつたので
あるから、(部落といふ社会の中にある謂はば「落とし穴」としてある)存在の中で
(社会から見れば失踪者、即ち謂はば死者として)生きて行かうと決心する其の姿、
即ち社会の中に存在を求めようと決心した安部公房の姿に通じてをります。

この方針は『燃えつきた地図』まで続き、この小説を書き終えた1968年の三田文
学誌上での秋山駿によるインタビューでは、次回作の構想を語り、次の作品は乞食と
チェ・ゲバラの話だと述べてをり、1970年の三島由紀夫の死を境に其の通りの小
説を1973年に『箱男』として出し、前期20年の後半10年での社会の中に存在
を求める方針を逆転させて、存在の中に社会を求めるといふ方針に転換をして、後期
20年の傑作群を書いてゐるのは、読者周知の通りです。[註4]

[註4]
「『箱男』論∼奉天の窓から8枚の写真を読み解く∼」(もぐら通信第34号)の[註6]を引用し
てお伝へします。

[註6]
「この次は、すでに失踪してしまった状況で、失踪の向こうにある世界を書いてみたい。乞食とチェ・
ゲバラの 話です。ぼくはふり向くことがいやなんだ」(『私の文学を語る』全集第22巻、45ページ上
段)安部公房が、 ここに至るまでにどんなに苦労をしたかは『安部公房と共産主義』(もぐら通信第29
号)をお読み下さい。]

「火を消すものがやつてきたら
 ぼくら自身が火となるために!」

といふ二行は、安部公房が自らの命を掛けて、文字通りに死ぬ覚悟で日本共産党員
にまでなつて、言語による意識の革命、即ち存在の革命を起こさうとしたことを歌つ
てゐます。[註5]
もぐら通信
もぐら通信                          ページ35

[註5]
安部公房の考へた革命が全て言語との関係であることの詳細は、『安部公房と共産主義』(もぐら通信
第29号)をお読み下さい。

後年安部公房は当時を振り返つて、革命について次のやうに語つてゐます。もぐら通
信第29号『安部公房と共産主義』より引用します。

「[註18]
ナンシー・S・ハーディンとのインタビュー、『安部公房との対話』(全集第24巻、
478ページ下段)で、 安部公房は次のように、『第四間氷期』と革命について述べて
言います。これは、結局、安部公房を発見した埴谷雄高の至った「存在の革命」と同
じことを、安部公房は言っているのです。それを「内部の対話を誘発するこ と」と
言っております。これは、その人間の意識の革命のことを、ふたりとも言っているの
です。

「ーまだ話題にしていない小説のひとつに『第四間氷期』があります。あとがきのな
かで、この小説の目的のひ とつは「読者に、未来の残酷さとの対決をせまり、苦悩
と緊張をよびさまし、内部の対話を誘発すること」(『第 四間氷期』二七二頁)だと
書かれていますが。
安部 ひとことだけ説明します。ぼくは革命というものに決して反対ではありません。
しかし、強調しておき
たいのは、革命ではそれを望む人々が逆に殺され傷つけられたりすることが少なく
ないということです。革命家が自覚して己の幸福のためよりもむしろ革命のために進
んで苦しんでいるならば、自分の命を賭ける自信や、革命で殺されてもよいと信じる
意志がないならば、革命など起こせません。反対に、もしそれほどの強い意志がある
ならば、当然起こすべきです。それが『第四間氷期』のテーマです。」(傍線筆者)」

さて、再度まとめますと、上述の通り、『世紀の歌』で宣言した涙の壺の蒸留法と
は、『デンドロカカリヤA』の話法の構造に於いて、

(1)「相手に呼びかける話者」を「相手に呼びかけることのない話者(=単に話
者としてある話者)」に変更した事
(2)話法の最下層の「「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中
のコモン君(D)」の階層を取り去つた事

この二つといふ事になるといふ結論ですが、『デンドロカカリヤA』と『デンドロカ
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もぐら通信                          ページ36

カリヤB』の間にある『赤い繭』『魔法のチョーク』『S・カルマ氏の犯罪』の、長
短を問はぬ主要な画期的な安部公房の作品は、確かに其の通りの話法となつてをり、
主人公の人称はいづれも三人称となつてをります。

安部公房が詩人として世界を歌ふときには一つの特徴があると冒頭いひました。それ
は、現実の世界と其の中にある諸物諸事諸人に対して、呼びかけるといふ事であり、
次に自問自答するといふ事ですが、『〈今僕はこうやつて〉』といふエッセイに、次
の、言語で表現する事に関する安部公房の禁忌(タブー)のある事を、同じ引用箇所
の後半に着目戴いて、締めくくりと致します。

「例えば今此の庭に立つ見事な二本の樹を見給え。見る見る内に生が僕の全身から
流れ出して其の樹の葉むらに泳ぎ著く。何と云うゆらめきが拡る事だろう。僕の心に
繋ろうとする努力がありありと見えて来る。さあ、此処で僕達が若し最善を発揮しよ
うとしたならば一体何うすべきなのだろうか。こんなに僕を感じさせる或るもの、そ
こにある秘密を見抜く可きであろうか。いやいやそんな事ではあるまい。それは限
りある行為であり外面への固定に過ぎないのではあるまいか。」[註6]

[註6]
このエッセイの全体と上の引用の箇所についての詳細な分析と解読は、『安部公房と共産主義』(も
ぐら通信第29号)の[註15]に詳述しましたので、これをご覧ください。

詩人としての安部公房が小説家に変貌するに当たり、上で結論づけた、上記(1)の
「相手に呼びかける話者」を「相手に呼びかけることのない話者(=単に話者として
ある話者)」に変更した事といふ此の事実は、19歳の『〈今僕はこうやつて〉』
の上記引用傍線部の考への、小説の世界での実行であつて、「相手に呼びかける話
者」を招来すれば、この生命を固定させてしまひ殺してしまふ事になるといふ恐れか
ら来る禁忌の、やはり、命を命として其のままに大切にしたいといふ気持ちが、この
自然の秘密を文字とテキストの上では秘匿しようと決心したといふ事の結果であると
いふ事になります。

つまり、シャーマン安部公房の秘儀の式次第といふ小説作法上の様式を遵守する限
り、この点でも、即ち話法の視点からも文法的に、詩人としての命を秘匿し守つたま
ま、安部公房は詩人のままに小説家として生きることができるのです。

このことを可能ならしめた、上記の蒸留法のうちの(2)の「話法の最下層の「「作
者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中のコモン君(D)」の階層を取
り去つた事」は何によつて可能であつたかといふと、
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作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>「作者の中の「僕」」の中の「僕」(=
「あなた」)(C)>「作者の中の「僕」の中の「僕」(=「あなた」)」の中のコ
モン君(D)

といふ構造を、

作者の僕(A)>作者の中の「僕」(B)>「作者の中の「僕」」の中の「僕」(=
「あなた」)(C)

といふ構造の「あなた」(=「作者の中の「僕」」の中の「僕」)を「彼」といふ
三人称に変える事によつて、

安部公房>話者>三人称による登場人物

といふ構造を確立することができたからです。

これは、上に言及した『平和について』の同じ箇所を再度引用しますので、僕といふ
一人称と、(二人称として呼びかけの対象たり得る)僕の中の「僕」と、(三人称と
して呼びかけの対象たり得る)僕の中の「僕」の3つの人称の関係について、安部公
房の言つてゐる次の言葉を吟味して下さい。話の前後は無視して、論理だけを考察し
て下さい。

「そして実用主義的にその人間学が「君」の(僕の中の)平和を創り出すだろう。
(略)「彼」のということさえ危険だ。平和はあくまでも「君」の、そして其処に於
けるものだから。」

この「彼」と呼ばれて、「僕の中の「僕」」を脅かす「僕の中の「彼」」といふ三人
称については、『安部公房の象徴学:「新象徴主義哲学」入門』と題して稿を改めて
詳述しますが、今少しだけ考へて見れば、これは安部公房の小説に出てくるすべての
監視者、追跡者、例えば『赤い繭』の警察官、『デンドロカカリヤ』のK、『S・カ
ルマ氏の犯罪』の緑色の服の監視者、『密会』の盗聴者である馬と其の盗聴システム
等々、あなたの思ひ出すままに、幾らでも類似の場合の登場人物の名前を挙げるこ
とができるでせう。

さて、以上のことを一言で云へば、長い道のりながら、安部公房独自の内省的な話法
の中で、

安部公房>相手に呼びかけない話者>三人称の登場人物(例えば『デンドロカカリ
ヤB』のコモン君)
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もぐら通信                          38
ページ

といふ落ち着くべき(見かけ上は)普通の構造に、やつとこれで、なつたといふ訳で
す。

さて、それでは、表面上、形式上、やつと此の普通の小説の構造に至つた安部公房が、
その小説の内容として一体何をどのやうに書いたのか、即ち、結末継承と冒頭共有・
結末共有の成り立ちの論理の話を『安部公房の論理学』と題して、二進数の数学
(ブール代数)と論理学の視点から、稿を改めてお話致します。

『安部公房の論理学』では、冒頭に掲げた話法の問題の3つの要素、即ち、

(1)人称:一人称、二人称、三人称とそれぞれの単数・複数
(2)話法:誰が話してゐるのか。直接話法と関節話法。
(3)時制:その文が含む時間、即ち過去、現在、未来、そして時間のない文(非現
実話法の文)

この3つのうち、この論考では(1)と(2)の話でしたが、『安部公房の論理学』
では、(3)に焦点を当てて、文法の視点から、安部公房の言語機能論と超越論を
含めて、論じることにもなリます。
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ご寄附への御礼

1月に、伊東泰彦さまより、1万円のご寄附を戴きました。
誠にありがとうございます。

ご寄附は、当社の定款にある以下の目的のために有益に使われます。

「(目的)

第 3 条 当法人は、安部公房の文学を顕彰することを目的とし、その目的 に資するた
めに、次の事業を行う。
1 もぐら通信の発行
2 もぐら文学賞の創設
3 読書会の開催
4 講演会の開催
5 安部公房文学館の設立
6 世界中の安部公房の読者のための交流機会の創出
7 前各号に掲げる事業に附帯又は関連する事業」

もぐら通信社の二つの法人銀行口座は以下の通りです。

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支店名:法人第一支店
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言葉の眼
11

安部公房の世界からトランプ大統領の就任演説を読む

岩田英哉

トランプ大統領の演説は、次のURLで読むことができます:
http://diamond.jp/articles/-/115158

和訳は此のURLで読むことができます。英和対照になつてゐますので、和訳の正否も
確認することができませう:
http://www.johoseiri.net/entry/2017/01/21/073326

さて、以上の算段をした上で続けます。

もぐら通信第22号に『安部公房のアメリカ論』と題して論考を書きました。この論
は、その続きです。

第22号では、アメリカ文化の生み出す次の贋物の文物を論じ、その起源を明らかに
しました。

1。都市(町)
2。ディズニーランド
3。コカコーラ
4。カウボーイ
5。ジーンズ
6。ハンバーガー
7。ジャズ
8。インターネット

これらのことは、このブログでは次のURLで読むことができます。

安部公房のアメリカ論:贋物(イミテーション)の国アメリカ:
https://abekobosplace.blogspot.jp/2014/05/blog-post_6185.html

安部公房のアメリカ論2:ジーンズとは何か?:
https://abekobosplace.blogspot.jp/2014/05/blog-post_10.html
もぐら通信
もぐら通信                          ページ 41

更に、もぐら通信第50号に於いて、『安部公房の読者のための村上春樹論
(中):Baseballとは何か? Baseballは旧約聖 書の創世記の贋物である 』と題して、日
本語で正岡子規が野球と訳したbaseballについて、その贋物性と起源について解説を
しました。このURLが其れです:https://abekobosplace.blogspot.jp/2016/10/
baseball-baseball.html

さて、これらの論をお読みくださることを前提に、掲題、即ち「安部公房の世界から
トランプ大統領の就任演説を読むと」どのやうに見えるものかを以下に論述します。

一言でいへば、トランプ大統領は、第二の独立宣言を宣言したのではないでせうか。
その独立宣言とは、就任演説その物に外なりません。

結論を云へば、トランプの主張してゐることは、アメリカといふ国家をもう一度人造
国家、人工国家、即ちこの国の生み出してきたコーラやジーンズやスーパーマンとい
ふ英雄たちと同じ質(quality)の普遍的(universal)に、従ひ贋物として世界的に
通用する贋の国家に戻さうと云つてゐるのです。

日本の国に於いても複数の誰かれが指摘してゐるやうに、この演説は対外諸国との関
係については言及せず、アメリカ国民、それも以下の英語の引用に言はれてゐる「the
American People」が、後述するやうな「忘れられた人々」「忘れられた国民」「忘
却された人々」「忘却された国民」と言ひ換へられて言はれてをり、後者たる「アメ
リカ国民」に向けて専ら発せられた宣言であるからです。

Today s ceremony, however, has very special meaning. Because today we are
not merely transferring power from one Administration to another, or from one
party to another ‒ but we are transferring power from Washington, D.C. and
giving it back to you, the American People.

これは、アメリカ内国内での、内国独立宣言といふべき宣言ではないでせうか。

特に上記に複数のURLを以って引用した私のアメリカ論の骨子の一つが、アメリカの
文化文物の贋物性が、ヨーロッパと絶縁することによつて生まれた孤児の文化であり、
またアメリカといふ国家が、インディアンの大虐殺やアフリカ大陸から黒人を攫つて
来て奴隷にして売買をするといふ罪深い歴史的事実と、しかし其の忘却の上になると
いふことに由来する幼児性であり、無垢であり、無名性であるといふことを考へれば、
トランプ新大統領が、上の引用で「忘れられた人々」といつてゐることは、アメリカ
の歴史とアメリカ人の精神の正統なる後継者の自覚を、当人が無意識であればあるほ
ど象徴的に、表現してゐると思はれるからです。
もぐら通信
もぐら通信                          ページ 42

本来自分たちアメリカ人が忘れ且つ「忘れられた人々」であつた筈のアメリカ人を再
度思ひ出せと云つてゐる。二重の忘却を思ひ出せと云つてゐるのです。この、トラン
プの忘却に関する二重性が、政治的な議論をややこやしく、難しいものに、これから、
政治現象としては、することでせう。

アメリカのmain streamと呼ばれる(誰がさう呼んだのかは私は知りませんが)20
世紀型のTVや新聞紙といふ大量一斉同報メディアは、これを自覚することがないでせ
うし、同じ前世紀の大量一斉同報メディア情報をアメリカのmain streamから受けて、
頭の中にresistor(抵抗器)を入れずにゐて空つぽのまま、右から左に垂れ流すだけの
日本のTVや新聞紙のマスコミの業界の人間たちも、これを自覚することがないでせう
し、従ひ、日本人と日本の国の重要な問題だと理解した上で、事実を報道し、批評す
ることができないでせう。

さて、最初の独立宣言は、1776年7月4日に批准され宣言されたとは歴史の教へ
るところです。これに対して、また此れに継いで、2017年1月20日の此の独立
宣言は、今度は内国のWashington D.C.に蟠踞して富裕になつた政治家たちと其れを
取り巻いて出来上がつてゐる establshiment からの独立宣言といふことに、トラン
プの就任演説はなります。[註1]

[註1]
What truly matters is not which party controls our government, but whether our government is
controlled by the people.

 January 20th 2017, will be remembered as the day the people became the rulers of this nation
again.

 The forgotten men and women of our country will be forgotten no longer.

共通してゐるのは、いづれも前者はイギリスによるアメリカの富の搾取と収奪からの
独立、後者もWashington D.C.の establishment によるアメリカの富の搾取と収奪
からの独立といふことです。

この搾取と収奪を、トランプは次のやうに云つてゐます。

This American carnage stops right here and stops right now.

この主語である The American carnage とは、このやうに読んで来ると、アメリカ
人によるアメリカ人の殺戮、Washington D.C.の富裕層、即ち自分たちのためだけの
もぐら通信
もぐら通信                          ページ43

金儲けをして来た人間たちからなる establishment による、庶民たるアメリカ国民の
殺戮といふ風に聞こえますし、実際にトランプ氏の言ひたいことは、この語彙を選択
するほどに激しい怒りが其の根底にあつて、その通りの思ひなのでせう。

さて、言葉の世界で想像を逞しうして、以上のやうなことを読み、更に次のやうなこ
とを思ひます。

1。第一次独立宣言ではイギリスからの分離独立の宣言でしたが、第二次独立宣言で
は、就任式の直後に日を置かずに、イギリスの女性首相をWashintong D.C.に招いて、
就任後の最初の外国首脳との会議を開催してゐます。

前者は絶縁の宣言、後者は復縁の宣言といふことになります。さうであるならば、事
情は強ひられたとはいへ、家出をした孤児が親と復縁したといふことになりますし、
また旧約聖書の中の逸話を持ち出せば、放蕩息子(lost son)が、家に帰つて来て、
父親たるヨーロッパに迎へられたといふことにもなりませう。

2。今年はフランスも大統領選挙が行はれますが、もしルペン党首が大統領になれば、
アメリカの独立を祝つてフランスの送つた自由の女神像に匹敵する何かの贈り物を、
フランスがアメリカに送るか、それともイギリスの首相の例のやうに、逆にアメリカ
がフランスに其のお返しをするといふことになるでせう。これが政治現象の上で何で
あるのかを注視することは、象徴的な出来事や事件をみることになるでせう。

これで、イギリスといふ島国の、アメリカ13州の支配者であつた親との復縁と、フ
ランスといふ大陸ヨーロッパの親との復縁がともに成立するといふことになります。

この場合には、ルペン党首はEUからの脱退といふことと一式に、この復縁は、なる
のでせう。

考へてみれば、この演説によつて、フランス革命の主張した、そして私たち日本人が
義務教育で教はつた自由・平等・博愛が、今ヨーロッパを襲つてゐる移民・難民問題
と軌を一にして、難民・移民問題がヨーロッパ近代文明の因果が巡り巡つて500年
かけて地球を一周してヨーロッパに戻つて来たのと全く同様に、そのglobalismの革
命理念も、2017年1月20日にアメリカで終焉したのではないでせうか。

冒頭に掲げたアメリカの贋物の文物に戻つて云へば、トランプの主張は、

1。都市(町) を再度復活させよう
2。ディズニーランドのやうな国土(ランド)を復活させよう
3。コカコーラといふ神聖なる泉の水を自国で生産し、飲むことにしよう
もぐら通信
もぐら通信                          ページ 44

4。カウボーイの精神、荒野を往く孤児の不屈の魂を復活させよう
5。ジーンズを自国で生産して、身につけ、再度American Dreamを復活させよう
6。ハンバーガーも自国で生産して、これを食することをしよう
7。ジャズも盛んにして、これを大いに演奏し、アメリカを思ひださう
8。インターネットを活用して、安全保障も復活させて、自国の産業の復興をしよう

といふことになります。

そして、アメリカ人が、常に国旗を掲揚し威儀を正して国歌を斉唱するbaseballとい
ふ神聖なるgame、即ち旧約聖書の贋の創世記については、いふまでもありません。

蛇足のやうですが、トランプ氏の就任演説を読んで感じたことを二つ以下に掲げて、
この一文を終りにします。

1。トランプはAmerica Firstだけを掲げたのではない。当たりまえに、お互ひにお互
ひの国益を考へやうといつてゐるのです。

We will seek friendship and goodwill with the nations of the world ‒ but we do
so with the understanding that it is the right of all nations to put their own
interests first.

国益といふ言葉を見るといつも、プラトンが『国家』の中でソクラテスを讃嘆せしめ
て言はせる言葉、即ち国家を論ずるのに人体の譬喩(ひゆ)を使ふと何とこんなにぴっ
たりと国家の説明ができるのだらうか、といふ此のソクラテスの言葉をいつも思ひ出
します。

確かに、アメリカ人と日本人では、その骨格が異なります。

2。演説の最後に言はれる次のやうな一節はカントリーアンドウエスタンを聴いてゐ
るやうな気がしますし、バンジョーの音が聞こえてきます。やはりこれもカウボーイ
の、親のゐない、孤児の世界ではないでせうか。あるいは、一家族が幌馬車を仕立て
て西へ西へと向かひ、夜になつて荒野の中で野宿をする。焚き火を炊いて、満天の星
の降る夜空を見上げて、アメリカを建国した無名の民草は、このやうな感慨に耽った、
この魂を思い出せと、トランプは言つてゐるのです。

 And whether a child is born in the urban sprawl of Detroit or the windswept
plains of Nebraska, they look up at the same night sky, they fill their heart with
the same dreams, and they are infused with the breath of life by the same
almighty Creator.
もぐら通信
もぐら通信                          ページ45

トランプといふ人間は、歴史的な、アメリカ人の父性と父権を代表してゐるカウボー
イなのです。但し、上に述べたやうに、その父性と父権のあり方が二重構造、即ち内
国に金にものを言はせて、アメリカ人の伝統と文化を破壊しようといふ、globalistsと
いふ敵が大勢ゐるといふことが、この新しい大統領の困難であり、危険であることな
のです。

トランプ大統領が暗殺されぬことを祈つてをります。

しかし、かうしてみれば、この二重構造は、日本も全く同様の状態にあることに気づ
くことになり、私は此の事に愕然と致します。さて、我が国の国益や如何に。

日本人の骨格と体格に戻る以外にはありません。

私はそのやうに思ひます。
もぐら通信
もぐら通信                          46
ページ

連載物次回以降予定一覧

(1)安部淺吉のエッセイ
(2)もぐら感覚23:概念の古塔と問題下降
(3)存在の中での師石川淳(1) 
(4)安部公房と成城高等学校(連載第8回):成城高等学校の教授たち
(5)存在とは何か∼安部公房をより良く理解するために∼(連載第5
回):安部公房の汎神論的存在論
(6)安部公房文学サーカス論
(7)リルケの『形象詩集』を読む(連載第15回):『殉教の女たち』
(8)奉天の窓から日本の文化を眺める(6)
(9)言葉の眼12
(10)安部公房の読者のための村上春樹論(下)
(11)安部公房と寺山修司を論ずるための素描(4)
(12)安部公房の作品論(作品別の論考)
(13)安部公房のエッセイを読む
(14)安部公房の生け花論
(15)奉天の窓から葛飾北斎の絵を眺める
(16)安部公房の象徴学:「新象徴主義哲学」入門
(17)安部公房の初期作品の最初の一行の採用論理について
(18)バロックとは何か
(19)詩集『没我の地平』と詩集『無名詩集』
(20)問題下降論と新象徴主義哲学
(21)安部公房の詩を読む
(22)安部公房の書簡を読む
(23)安部公房の食卓
もぐら通信                         
もぐら通信 【編集後記】 47
ページ

●『安部公房作品の朗読会』開催‼ (^◇^;)? ✨ :東鷹栖安部公房の会
を市の立場からご支援なさってゐる高見一典さんにブログのご投稿の転
載の許可を戴きました。ありがたうございました。●安部公房∼サウン
ド・音楽と映像による『デンドロカカリヤ』朗読会:柴田望さんに朗読
会のご報告を戴きました。現代の時代と安部公房の文学の関係、若者の
自殺率、教育の問題などを主題としてゐて、大切な試みであると思ひまし
た。益々ご活躍ください。●三岛由纪夫、安部公房、川端康成、石川淳
于中国文化大革命的声明:1966年に「文化大革命が開始された当
初は、日本には実態がほとんど伝わっていなかった。/だが、1966年4月
14日、全国人民代表大会常務委員会拡大会議の席上で郭沫若が「今日の
基準からいえば、私が以前書いたものにはいささかの価値もない。すべ
て焼き尽くすべきである」と過酷なまでの自己批判をさせられたことが
報じられると、/川端康成、安部公房、石川淳、三島由紀夫は、連名で抗
議声明を発表した。」(http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-
entry-5387.html?sp)といふ背景を念頭にお読みください。声明文は今
も新鮮で鮮烈です。安部公房の文学は二十一世紀の今も新しい。左でも
右でもなく、榎本武揚のやうに、第三の道(topologicalな道)を生きる
ことが藝術家であり文化です。●言葉の眼11:トランプ大統領の就任
演説:言語の世界から就任演説を読みました。TVや新聞の報道では何を
言つてゐるのかさっぱり理解できないので、原文のテキストに当たりま
した。原文にあたることは、やはり大事です。読み取ったところを率直
に書きました。●ではまた来月

差出人:
贋安部公房 次号の原稿締切は3月24日(金)です。
〒 1 8 2 -0 0
03東京都 ご寄稿をお待ちしています。
調
布市若葉町
「閉ざされ
次号の予告
た無限」
1。安部浅吉のエッセイ:寒冷地の食物
2。安部公房と成城高等学校(連載第8回):成城高校の教授たち
3。『安部公房の論理学』
4。安部公房の読者のための村上春樹論(下)
5。リルケの『形象詩集』を読む(連載第15回):『殉教の女たち』
6。言葉の眼12
7。その他のご寄稿と記事
もぐら通信
もぐら通信                          48
ページ

【本誌の主な献呈送付先】 3.もぐら通信は、安部公房に関する新しい知
見の発見に努め、それを広く紹介し、その共有
本誌の趣旨を広く各界にご理解いただくため を喜びとするものです。
に、 安部公房縁りの方、有識者の方などに僭
越ながら 本誌をお届けしました。ご高覧いた 4.編集子自身が楽しんで、遊び心を以て、も
だけるとありがたく存じます。(順不同)  ぐら通信の編集及び発行を行うものです。

安部ねり様、渡辺三子様、近藤一弥様、池田龍 【前号の訂正箇所】
雄様、ドナルド・キーン様、中田耕治様、宮西
忠正様(新潮社)、北川幹雄様、冨澤祥郎様(新  なし
潮社)、三浦雅士様、加藤弘一様、平野啓一郎
様、巽孝之様、鳥羽耕史様、友田義行様、内藤
由直様、番場寛様、田中裕之様、中野和典様、
坂堅太様、ヤマザキマリ様、小島秀夫様、頭木
弘樹様、 高旗浩志様、島田雅彦様、円城塔様、
藤沢美由紀様(毎日新聞社)、赤田康和様(朝
日新聞社)、富田武子様(岩波書店)、待田晋
哉様(読売新聞社)その他の方々

【もぐら通信の収蔵機関】

 国立国会図書館 、日本近代文学館、
 コロンビア大学東アジア図書館、「何處 
 にも無い圖書館」

【もぐら通信の編集方針】

1.もぐら通信は、安部公房ファンの参集と交
歓の場を提供し、その手助けや下働きをするこ
とを通して、そこに喜びを見出すものです。

2.もぐら通信は、安部公房という人間とその
思想及びその作品の意義と価値を広く知っても
らうように努め、その共有を喜びとするもので
す。

安部公房の広場 | eiya.iwata@gmail.com | www.abekobosplace.blogspot.jp

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