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電磁気学をマクスウェル方程式から学ぼう
小宮山 進 ・ 竹川 敦 2017 年 7 月
改訂 2018 年3月

大学での電磁気学の標準的な教授法は,クーロンの法則から観測事実に沿って静電
気 → 静磁気 → 電磁誘導 と進み,電磁波に至ってやっと基本法則のマクスウェル方
程式が現れるというやり方です.この伝統的な教授法は,最初に全体像を示して細部
の解説に進むという自然科学教育の原則に反しているため,電磁気学を体系的(図1A)
に理解することが難しく,各分野が切り離されて各論的(図1B)になるという欠陥を
有しています.にもかかわらず,この教授法が戦後70年以上続いたため,物理の基礎
科目の中で,電磁気学が学生にとって最も解り難く苦手な科目,という状況が定着し
てしまいました.

この状況を改善するためには,教授法をマクスウェル方程式から始めるやり方に変
える必要があります.幸い,さまざまな教育現場でその改革が始まっていますが,マ
クスウェル方程式から始めるやり方に対する誤解(図2)もあり,改革の広がりはま
だまだ充分ではありません.

マクスウェル方程式の
数学は初学者には困難

“誤解”
実際の発展に沿っ 基本法則から
て学ぶのが教育的 始めるのは天下り

図2. 電磁気学教育の改善を阻害する3つの誤解
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この記事の意図は,現在まであまり意識されてこなかった伝統的な教授法のもつ問
題点をさまざまな視点から吟味するとともに,マクスウェル方程式から始める方法が
初学者に適した自然で教育的な方法であることを,実例で示して誤解を解くことです,
そのことで教育法の改善が加速されることを願っています.以下2つの論考は,東京
大学の理・工・医・薬系の大学1年生に対する30年間にわたるマクスウェル方程式から
始める講義の実践を基にしていますが,他大学の試みにも言及しています.

● なぜマクスウェル方程式から始めるべきなのか p.3

● 実践ガイド:マクスウェル方程式から始める講義 p.17

参考文献
① いつまでクーロンの法則から始めるのか, 大学の物理教育 22,75 (2016)

② このままで良いのか大学の電磁気学教育, 物理学会誌 72,422 (2017)

③ マクスウェル方程式から始める電磁気学, 大学の物理教育 22,79 (2016)

④ マクスウェル方程式から始める電磁気学(裳華房,2015 年)(マクスウェル方程式から始める初

学者のための教科書) https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2249-6.htm

上記の①,②は伝統的な教授法の問題点を分析した記事,③は講義の実践体験の
記述,④はその講義内容を基にした教科書です.
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なぜマクスウェル方程式から始めるべきなのか

自然科学は,どんな分野であれ,天才たちが試行錯誤を積み重ねて得た成果の
知的遺産です.自然科学の基本法則は,さまざまな仮説の中から観測事実の淘
汰に耐えて最後に抽出されたものです.自然科学の圧倒的な強みは,後世の人
間が,基本法則を知ることで,先人の試行錯誤を繰り返すことなく,その知的
遺産を結果だけではなく,考え方まで含めて受け継ぐことができる点にありま
す.電磁気学にとっての基本法則がまさにマクスウェル方程式ですから,電磁
気学を学ぶにはマクスウェル方程式から始めるべきで,そうしない限り電磁気
学を理解することはできません.力学の教育は基本原則に則っており,運動方
程式を含む運動の3原則から始めます.だからこそ,講義が進む過程で学生は
いつでも「力が働くとその方向に速度が増大(減少)する」という原則に立ち
返って現象を点検しなおして理解を深めることができます.学生が自分自身の
論理思考能力を働かせて理解を進めることができるのです.ところが,電磁気
学の伝統的な教授法はこの原則に反しており,マクスウェル方程式が講義の最
後まで出てきません.そのためにさまざまな困難が生じますが,今までそれが
充分認識されてきませんでした.本稿では,従来見過ごされてきた深刻な問題
点を徹底的に論じ,そのうえで,マクスウェル方程式から始める学習法こそが
初学者に適した方法であることを示したいと思います.

目次

1.クーロンの法則から始める伝統的な教授法の欠陥 p.4
1-1 電磁気学の体系的理解が得られない
1-2 物理量の意味が曖昧になり理解に混乱をもたらす
1-3 実際の発展に沿って教えるのが教育的,という幻想
2.大学の電磁気学教育は現在の技術社会の要請にこたえていない p.9
2-1 大学卒業後に学びなおしが必要
2-2 伝統的な教授法は教育的配慮から生まれたものではなく歴史の産物
3.初学者に対してマクスウェル方程式から始めるのが分りやすくて教育的 p.13
3-1 数学が難しくて不可能という誤解:異なる教育現場での講義実践例
3-2 天下り的で非教育的という誤解
3-3 「マクスウェル方程式は専門課程からで良い」という落とし穴
4.結論 p.15
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1.クーロンの法則から始める伝統的な教授法の欠陥

1-1 電磁気学の体系的理解が得られない
伝統的な教授法の根本的な弱点は,体系的理解が得られないことにあります.電磁
気学は図1-1A に示すように,基本法則であるマクスウェル方程式を中心に静電気・静
磁気・電磁誘導・電磁波の領域が相互に連携しあった構造をしています.この論理構
造の体系を把握することが, 理学系で理論的により発展した電磁気学を学ぶ土台とし
ても,また,工学系で実践に応用するための基礎としても,大変重要です.ところが,
クーロンの法則から始める伝統的な教授法では,図1-1B のように各領域が互いに孤
立した各論の寄せ集めに終わってしまい,大学で習得すべき電磁気学の充分な基礎を
提供することができません.以下で,この欠陥がなぜ生じるのかを,3 つの要素に分類
して論じます.
第1の要素は,基本法則を示さないために,講義を論理的に展開できないことです.
電磁気学を一つの建物に例えると,電磁気学は静電気,静磁気,電磁誘導,電磁波の
部屋に分かれると言えます.伝統的な教授法では,個々の部屋の内部構造については
それぞれ物理的かつ論理的に丁寧に分かりやすく説明することが可能です. (実際,優
れた教科書が数多くあります.)ところが,異なる部屋は互いに別々の各論として説明
せざるをえず,ある部屋から別の部屋に,論理的展開や物理的考察によって進むこと
はできません.各部屋内にはそこを取り仕切る“何々の公式”やら“何々の法則”が
あり,隣の部屋へ行けばまた別の“何々の公式”やら“何々の法則”が出てくるので
す.しかし,それらの公式や法則の間の互いの論理的関係が明らかにされることはあ
りません.また,実際には全ての部屋を支配する最強の法則があって,それがマクス
ウェル方程式なのですが,それぞれの部屋の法則や公式とマクスウェル方程式との関
係も明瞭にされません.その結果,理解が個々の部屋の内部構造にとどまり,電磁気
学全体の体系的構造に及びません.伝統的な教授法に沿って書かれた優れた初級教科
書が多数あり,個々の部屋のわかりやすい説明が与えられます.しかし伝

図 1-1
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統的な教授法の枠にとどまる限り,電磁気学の体系的理解を与えることが難しい,と
いう上記の弱点から逃れることは,教授法の構造上不可能に近いのです.
第2の要素は,伝統的な教授法が“観測事実から出発してマクスウェル方程式を導
く”という体裁を取ることです.そのことで,論理の体系性がかえってより曖昧にさ
れるのです (参考文献 ②§3-3, 3-4).典型例として,伝統的な教授法の最初のハイ
ライトとして必ず詳述される,クーロンの法則からガウスの法則を導出する過程を考
えましょう.クーロンの法則は

① 時間変化なしの条件下,かつ
② 点電荷という特殊な電荷分布

に対してのみ成り立つ限定的な法則です.この法則に重ね合わせの原理と空間の等方
性の考察を加えることで,より一般的なガウスの法則が導かれたことにされます.し
かし,この過程では“①時間変化なしの条件”がそのまま残されます.つまり, “静電
気のガウスの法則”が示されるにすぎません(図 1-2).電荷(密度)が時間変化すれば,
時間変化する電流が生じて誘導起電力が電場に追加され,さらに,電場の伝搬による
遅延効果を含めた相対論的効果が加わります.正しくは,クーロンの法則よりはるか
に複雑な,リエナール-ウィーヘルト・ポテンシャルで与えられる電場になります.従
って,それらの効果を全て取り入れたうえでガウスの法則が成立するかどうかは別個
に確かめるべきことで,単純に想像すれば,到底成立しそうもありません.ところが
驚くべきことに,ガウスの法則は任意の時間変化がある場合にも成り立つ(だからこ
そ電磁波の議論に使える)のです.この本物のガウスの法則は,クーロンの法則から
も,他のどんな観測結果からも決して導くことはできません.ガウスの法則は仮説で
す.今まで知られた全ての現象で成り立つことがわかっていますが,まだ知られてい
ない現象において成り立つかどうか,論理的に証明されるわけではありません.しか
し物理学者全員が「成りたつだろう」と信じている仮説です.伝統的な教授法ではそ
のことには触れず,あたかもクーロンの法則から一般的なガウスの法則が論理的に導
かれたかのような,曖昧な記述(はっきり言えば誤魔化し)がなされます.良心的な
教科書には「電荷密度が時間変化する場合にも成り立つと考えて,これを基本法則の
一つとしよう」といった但し書きが加わる場合もあります.しかし,基本法則をあた
かも恣意的に決めるかのような印象を与え,論理の展開を理解しようと

静電気の場合の 一般の場合の
クーロンの法則
導ける 
ガウスの法則 ガウスの法則

導けない!
図 1-2.クーロンの法則からガウスの法則は導けない!
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する学生を混乱させます.このように,最重要の基本法則が現れる肝心の節目に論理
が突如として消失し,事実を曖昧にして通り過ぎてしまうのが伝統的な教授法です.
変位電流が導入されるアンペール・マクスウェルの式も同様に仮説です.一般的に
成立することを示すことは決してできません.その他の残りの 2 つのマクスウェル方
程式(磁場に対するガウスの法則,ファラデーの誘導則)も同様です.観測事実や下
位の法則をどれだけ集めても,基本法則であるマクスウェル方程式を論理的に導くこ
とは決してできません.(その点は参考文献②に記したのでここでは繰り返しません.)
にもかかわらず,伝統的な教授法では,多くの学生が「観測事実から基本法則が論理
的に導かれる」というとんでもない誤解を植えつけられる可能性があります. (体系的
理解が出来ないことに加えて,誤解も生じるのです.)
第3の要素は,マクスウェル方程式が出そろった後で,それまでに講義内に登場し
た全ての法則(クーロンの法則,ビオサバールの法則,電磁誘導則等)をマクスウェ
ル方程式から導出できることを示さないことです.このことが,第2の要素とあいま
って,マクスウェル方程式が基本法則であることを完全に曖昧にしてしまいます. (ビ
オサバールの法則にいたっては,マクスウェル方程式との関係に触れないことすらあ
ります.)さらに追加すれば,講義の中でマクスウェル方程式が限定条件下で成り立つ
ことは示されますが,限定条件下で成り立つ式は他にも無数に存在します (参考文献
②§3-5).たくさんの式の中からなぜこれら 4 つの式がマクスウェル方程式と呼ばれ
て基本法則なのか,あるいは,4 つの式以外に追加すべき基本法則がないのか,といっ
た疑問も放置されたまま残るのです.
第 1-第3の問題点の結果,電磁気学が,相互の関連が不明瞭な各論の集まり(図 1-
1B)で終わってしまい,体系的構造(図1-1A)の理解に至りません.講義の後半でマク
スウェル方程式が登場する際に,教師が「マクスウェル方程式が電磁気学のすべてで
ある」といくら強調しても,それは空念仏のようなもので,体系性の理解には役立ち
ません.力学の場合は,運動方程式を含む運動の 3 法則から全てが導かれることが,
講義を通して学生に自然に納得できるのですが,伝統的な教授法による電磁気学はそ
うではないのです.電磁気学は本来,際立って明快な首尾一貫した基本法則(マクス
ウェル方程式)を持つ体系です.にもかかわらず,それを講義の最後まで教えないこ
とで利点が台無しにされ,逆に,電磁気学がややこしい各論のよせ集めになってしま
うのです.
マクスウェル方程式を論理的に証明することが決してできない以上,それが基本法
則であることを事実として学生に明確に伝え,それを出発点にして講義を組み立てる
やりかた,つまり,マクスウェル方程式から始めるやり方のみが,教育的な教授法で
はないでしょうか.

1-2 物理量の意味が曖昧になり理解に混乱をもたらす
電磁気学の体系的理解が難しいという,前節で述べた基本的欠陥に加えて.もう一
つの不満足な要素があります.それは,登場する多くの電磁量の正確な定義やさまざ
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まな個別の法則の位置づけが,基本法則が示されないために,講義の最後になるまで
(数学の準備が間に合わないこともあって)明確にならない点です.たとえば,電場
E や磁場の強さ H の定義が問題になります(参考文献②).新たな現象に進む度に,
様々な電磁気的量が逐次導入されてゆきますが,物理量の意味が話が進む過程で後で
微妙に変更され,混乱の原因になります.学生はしっかりした足場を進むことが難し
く,論理展開をきちんと追おうとする優秀な学生ほど混乱しやすい面があります. 授
業がどうわかりづらいのか,学生の話し合いの記事があります.

“匿名座談会「電磁気学の授業って,分かった?」”: 電気学会誌 126,682


(2006).<https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal/126/10/126_10_682/_pdf>

この記事から,講義で導入される電磁気的な物理量の理解が追いつかずに消化不良に
おちいっている様子が分かりますが,電磁気学の論理や導入される物理量そのものが
難解であるというより,むしろ,全体の論理構造の中でのさまざまな物理量の意味が
曖昧だったり,個別の法則の位置づけが曖昧であることによる困難に思われます.電
磁気学の全体構造を示さない中で,次々に新たな電磁量が導入されてゆく伝統的な教
授法がもたらす構造的な欠陥から派生する問題でしょう.
物理量や個々の法則の意味が曖昧になりやすいという本節の問題は,前節の,体系
的理解を得にくいというより根本的な問題とは異なり,原理的には克服可能だと思わ
れます.数学を講義の最初にまとめて解説したり,物理量の導入や各法則の位置づけ
の説明に細心の注意を払うことによって,本節の難点は回避が不可能ではありません.
事実,そのような工夫によって,伝統的な教授法の枠内であっても,分かりやすく学
生に評判の良い授業を行っている力量の高い先生方はおられます.ただし,どんなに
分かりやすくても,伝統的な教授法の枠内の教科書と同様に,体系的理解(図 1A)を
与え難いという第1の根本的な欠陥からは逃れられず,各論的な構造(図1B)の説明
に終わりがちです.マクスウェル方程式から始める方法では,最初に基本法則を示す
ことから,第1の根本的問題が解消するだけでなく,第2の弊害(物理量が曖昧にな
りやすい)も生じにくくなります.

1-3 実際の発展に沿って教えるのが教育的,という幻想
伝統的な教授法はさまざまな欠陥を抱えているにもかかわらず,きわめて長期間続
いてきました.その背景には,「物理は観測に立脚した学問なので,実際の発見に沿
って発展を追体験するように学ぶことで学生に興味が沸き,本当の理解が得られる」
といった心情的な思い込みがあったように思われます.「物理としての面白さを伝え
るには,天下り的に原理を教えるのではなく,観測事実から積み上げなければいけな
い」,「静電気や静磁気の概念を習得したうえで,それらが統合される過程を学ばせる
のが教育的である」,「現実の観測事実から理論に至るのが物理だから,それに則して
教育すべきである」,「電磁気学の発展の過程を,疑似的にでも体験させることが教育
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的である」等々と言われることもあります.――― マクスウェル方程式から始める
講義の場合でも,学生はあらかじめ観察される現象のあらまし(高校で習う程度)を
知っていることが重要ですが,上記の心情はそれ以上の思い入れを示しています.―
―― これらの考え方は一見理にかなっているように見えますが,本当に根拠がある
かどうか,慎重に検討する必要があります.
まず,力学で上記のような考えが聞かれないのはなぜでしょうか? 力学も電磁気
学も,長年にわたる観測事実の積み重ねで出来上がった学問であることに変わりはあ
りません.にもかかわらず,力学は基本法則から出発する一方,電磁気学は発展の過
程をたどることが必要だ,というのです.そこに納得の行く説明がなされたことはあ
りません.
一般に,自然科学の発展はあらかじめ設定された目標向かって進む予定調和の過程
ではありません.予想外の観測事実を突きつけられて発想の転換や飛躍を強いられ,
紆余曲折の道のりを辿って最終的に首尾一貫した理論体系にたどり着いて完成します.
自然科学の基礎教育の目標は,その完成した理論体系を,可能な限り明快かつ論理的
に学生に提示することです.科学の実際の発展過程で先人が出会う困難は,教室の中
で学生が出会う困難とは全く異質のものです.電磁気学をまだ理解していない学生に,
基本法則を教えずに,理論構築の過程で先人たちが出会った困難や工夫を知らせるこ
とが学生の真の理解に役立つ,と想像すべき根拠はどこにもありません.たとえて言
えば,初心者を登山に連れてゆく引率者が「自ら登山道を見出す苦労を追体験するこ
とが真の登山を学ぶことである」として,地図を初心者に見せないのと同様,無謀な
考えと言わざるを得ません.
誤解していただきたくないのは,科学史の重要性を否定しているわけではないこと
です.科学史を学んで人間の思考の発展史を知ることには独立の重要性があります.
電磁気学を学ぶ観点からも,もし,理論体系を既にある程度理解した学生が,科学発
展の実際の過程を振り返って学ぶなら,それは意義深いことでしょう.また,基本法
則から出発して体系的に学ぶ過程のある箇所で立ち止まり,先人がそこをどう乗り越
えたかを知ることも意義深いことです.さらに,科学の発展過程を聞かされた若者が
心を躍らせ,科学への興味を掻き立てられることもあるでしょう.しかし,それらは
あくまでも,初学者が自然科学を理解する学びそのものとは別の知的作業であり,自
然科学教育それ自体とは区別すべきものです.
「実際の発見に沿って教えることで,学生が発展を擬似的に追体験する」といった
根拠の乏しい期待が,「可能な限り明快かつ論理的に曖昧さなく理解させる」という
自然科学教育本来の目標をあいまいにし,伝統的な教授法の吟味をおろそかにしてき
た面があることを否めません.基本法則を学生に理解できるように提示することが可
能なら,学生にはまず基本法則を示すべきです.そして,力学と同様,電磁気学でそ
れは可能なのです.
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2.大学の電磁気学教育は現在の技術社会の要請にこたえていない

2-1 大学卒業後に学びなおしが必要
大学工学系の一部には,図1-1A のような体系的理解がそもそも不必要で,図1-1B
の各論の集まりで十分とする意見もあるようですが,それは大学内だけに目を向けた
狭い発想です.現実の実践の場で電磁気学を役立てるためには,体系的な理解が不可
欠です.たとえば静電気だと思っても電荷が少しでも動けば磁場が発生するだけでな
く電磁誘導による電場も生じ,かつ電磁波も放射されます.現実の世界には ,純粋な
静電気や純粋な静磁気は存在せず,各論がそのまま役立つことはほとんどありません.
現象のほとんどは複数の電磁現象が連動する結果です.どんな勉強法(教授法)であ
ろうと,大学の学部で習得する事柄がそれだけで充分ということはあり得ません.大
学卒業後の実践の場で,さらに多くの知識とより進んだ理解をめいめい自分で獲得す
る必要があるのは当然です.その際,大学教育の役目は,より進んだ知識を学生が自
ら獲得する際,それを可能にする基礎的な土台を退学時代に築いておくことです.残
念ながら,電磁気学の伝統的な教授法で与えられる図 1-2B の各論的知識はその基礎と
して不十分です.そのために,現実には多くの学生が,卒業後に新規まき直しでマク
スウェル方程式から勉強し直す必要にせまられています.マクスウェル方程式を元に
した電磁気学の体系的理解を大学の学部教育で与えることは,現在の高度化した技術
社会の重要な要請です.
伝統的な教授法が続いていることにより,現在の大学の電磁気学教育は社会的要請
を十分果たせていないように思われます.そのことは,ネット上のブログや実用的な
技術系雑誌に,大学時代の電磁気学の学び直しの記事(以下の例を参照)が繰り返し
現れることから伺えます.例えば以下の例を見てください.

(i)小暮裕明「電磁気学がおもしろくなる方法:もう一度学ぶ電磁気学の世界」,
Design Wave magazine,75,.119-124 (2004)
(ii)飯田尚志「マクスウェル方程式は衛星通信の基本:その創出の背景と導出過
程」Space Japan Review,No.84,1-15 (2013/2014),
http://satcom.jp/84/technicallecturej.pdf
(iii)根日屋英之「マクスウェルの方程式は簡単」,日経 BP,電子・機械局 教育事業
部 (2015), http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20150609/422421

これらの記事のほとんどは,現場経験豊富な技術者が“学生時代は電磁気学を重要
と思わず,興味もなくほとんど理解しなかったが,社会に出て実は重要かつ必要なこ
とが分かり,独学し直したので,成果を若手技術者に手ほどきする",という趣旨です.
内容のほとんどは,大学学部レベルのマクスウェル方程式の提示に至るまでの初等電
磁気学です.実践の場で必要な知識を学部レベルの教育では網羅できないのは当然で
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すから,卒業後にさらなる学びが必要なのは当たり前です.ただし,ここでのネット
や技術雑誌に現れているのは“より進んだ電磁気学”ではなく,学部時代に済ませた
はずの“基礎的な電磁気学”の繰り返しなのです.力学の場合はどうでしょう? 広
汎な科学技術分野で進んだ力学の知識が必要となるので,電磁気学以上に,学部時代
の基礎の学びなおしが行われているはずです.しかし,「ニュートン力学の学び直し」
とか「ニュートン力学は簡単」といった記事を目にすることはありません.力学の運
動方程式に比べて,電磁気学のマクスウェル方程式が数式としての難しいのは事実で
す.しかし,数式自体の難しさより,むしろ,マクスウェル方程式を土台とする電磁
気学の論理構造を学部時代に理解できなかったために,電磁気学全体が「わけのわか
らないもの」で終わってしまったことが根本原因ではないでしょうか.大学での電磁
気学教育の不備を,現場の技術者が助け合いで補っている面があります.マクスウェ
ル方程式を避けて,体系的理解を与える必要性を直視せずにきた大学教育の責任は大
変重いと思われます.

2-2 伝統的な教授法は教育的配慮から生まれたものではなく歴史の産物
クーロンの法則から始める伝統的な教授法は,戦後70年以上にわたって世界中で行
われてきました.これだけ長期間,いたるところで繰り返されてきたのだから,きっ
と,そうであるべきしっかりした根拠があるにちがいない,と考えたくなります.た
とえば,“最初に基本法則を示して個別の現象を導く演繹的なやり方は初学者には難し
く,観測事実から出発して基本法則に至る帰納的なやり方のほうが初学者に適する”
というよく見かける主張は,どこかで実証された考えなのだろうかと思わせます.し
かしそんなことはありません.伝統的教授法は,合理的な教育的配慮や検証から生ま
れたものではなく,むしろ時代の変遷による成り行きでできあがってきたものです(参
考文献①).むしろ,“観測事実から出発して基本法則に至るやり方が教育的で初学者
に適する”という§1-3に記した主張は,伝統的な教授法を正当化するために,後から
捻りだされた理屈という面が強いと思われます.
歴史を見てみましょう.近代的な電磁気学の発展は,図 1-3 示すように 18 世紀後
半のクーロンの法則の発見(1785 年)から始まりました.そして,アンペールの法

図 1-3.電磁気学の形成と,大学における教育(帰納的)
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則やビオ・サバ―ルの法則といった静磁気学(1820 年)と,ファラデーの電磁誘導 の
発見(1831 年)を経て,最終的に,19 世紀後半のヘビサイドがまとめたマクスウェル
方程式(1884 年)に至って完成します.電磁気学の教育の大学における始まりは,19
世紀末に産声をあげた発電機・モーター・送電網・電灯・モールス無線電信などの「電
気工学」(図 1-4 の灰色部)のための技術者養成です.ただし,19 世紀末から 20 世紀
初頭のこの創世記の教育ではマクスウェル方程式が省みられることはほとんどありま
せんでした.マクスウェル方程式が大学の学部レベルの教育に取り入れられたのはや
っと第 2 次大戦後であり,それは,大戦中の米英共同のマイクロ波レーダーの開発で
マクスウェル方程式の実用上の重要性が認識されてからでした(参考文献①§2).と
は言え,マクスウェル方程式を基本として電磁気学を提示する教育に改革された訳で
はなく,従来の電気工学基礎の講義部分に,マクスウェル方程式を接木のように追加
しただけでした.初期の初級電磁気学では電気回路の各論が煩雑かつ多岐にわたって
教えられましたが,徐々に整理されて,約 100 年間に起こった電磁気学の発展過程(図
1-3 の矢印:静電気→静磁気→電磁誘導→マクスウェル方程式・電磁波)に沿って,そ
の時代ごとの先人の考え方にも触れながら解説を進める方式に収束して行きました.
クーロンの時代には電気的な力が遠隔作用で生じると考えられていたこと,それに反
して,ファラデーが近接相互作用の考えを導入して,後日,マクスウェルによる場の
概念につながったこと.ただし,ファラデー自身はベクトル場としての電場とは別に,
電気力線という概念を導入したこと等々.また,アンペールの法則にマクスウェルが
変位電流(電場の時間変化率)の項を付け加えて電磁気学の理論体系が完成したこと
等が詳しく解説されるなど,19 世紀の発展過程で科学史的な意味では重要ですが,電
磁気学の論理構造を理解する上では必ずしも必須とはいえない事項も詳しく解説され
る伝統的な教授法が出来上がったのです.しかし,マクスウェル方程式を基にして電
磁気学の論理構造を示す講義は用意されませんでした.それは,電磁気学の教育がも
ともとマクスウェル方程式抜きに実学教育として出発した,という歴史的経緯の結果
であって,教育的配慮の結果ではありません.オームの法則や

図 1-4 電磁気学を基礎とする現代の工学・産業技術
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ジュール熱,キルヒホッフの法則など,完成した電磁気学の基礎的重要部分とは言え
ない事柄が,いまだに大きな比重で解説されるのと同様,歴史的背景を引きずってい
るのです.
戦後,現在に至るまで社会では図 1-4 に示すように情報通信・衛星通信・半導体・
電子工学・コンピューター・自動制御技術等々といった広汎な先端技術分野が爆発的
に発展し,それらは全て,マクスウェル方程式を基にした電磁気学の体系的理解を必
要とするものとなりました.ところが,大学の電磁気学の教授法は,基本的に変化す
ることなく,あいかわらず,マクスウェル方程式が初級電磁気学の講義の最後のほう
に,飾りのように付け足して言及されるだけ,という従来の形態が基本的に変化する
ことなく温存されました.
戦後18年目に,ファインマンによるマクスウェル方程式から始める先駆的で素晴ら
しい講義録(The Feynman Lectures on Physics III, Addison Wesley)が出版された
のですが,内容が豊富すぎて実際の教科書としては定着せず,マクスウェル方程式か
ら出発して講義を展開する教授法が普及することは残念ながらありませんでした.そ
の結果,大学教育と社会の技術分野との間の大きなギャップがそのまま残り,それが,
学生にとって電磁気学が,役に立たず・わかり難く・物理科目の中で最も苦手とする
科目,という不満足な状況を生じさせる結果をもたらすことになりました.
力学の場合をみてみましょう.図 1-5に示すように,近代的な力学は 16 世紀中期の
コペルニクスの地動説(1543 年)から始まり,ガリレオの実験やガリレオとケプラー
による天体観測の結果(1610-1631 年)を経て,約 140 年後に,17 世紀後半にニュー
トンによる理論的な集大成(1687 年)をむかえました.ところが,力学の教育は電磁
気学と異なって歴史的発展をたどらず,演繹的と呼ばれる教授法で,基本となる 3 法
則(「慣性の法則」 「運動方程式」 「作用反作用の法則」)から出発し,時間をさかのぼ
って,観測事実である落体の運動や惑星の運動を演繹的に示します.そして,論理的
展開で解析力学を導きます.このように,まず基本法則を示し,実際の発展過程の時
間順序を逆にたどって解説するやり方こそが,標準的な自然科学の教授法です.電磁
気学においても,なるべく早く,マクスウェル方程式から始める教授法に変更する必
要があります.

図 1-5.ニュートン力学の形成と,大学における教育(演繹的)
13

電磁気学の伝統的な教授法の不自然さを理解するために,力学を電磁気学と同様
の帰納的方法で教えたらどうなるか考えてみましょう.まず,約 1500 年間にわたる
プトレマイオスの天動説の考え方を紹介してから,コペルニクスの地動説の革命的な
意味を説き,そして,望遠鏡の発明で続々蓄積されたケプラーの法則を含む天文観察
の結果が,ひとつの仮説に過ぎなかった地動説を優勢にして天動説の土台を徐々に脅
かしていった過程を解説します.さらに,ガリレオによる実験を通して慣性の法則の
概念が形成されていった過程をたどり,最後に,実験結果や天体の観測結果から,ニ
ュートンによる「慣性の法則」,「運動方程式」と「作用反作用の法則」を“導いて”
終わることになります.(電磁気学の伝統的な教授法では「観測事実からマクスウェ
ル方程式を“導く”と言うので,力学の場合も“導く”ことになります.)落体の運
動や惑星の運動といった具体的な観測結果から,運動の 3 法則を論理的に導出するこ
とは決してできませんから,そのような講義は各論的で, 「力学史」ならともかく,
「力
学」の講義としてはわかりづらいものになることに間違いありません.クーロンの法
則から始める電磁気学の伝統的な教授法は,まさにそのような,変則的で理解しにく
いやり方を実行しているのです.
ニュートン力学の完成は今から331年前ですが,電磁気学は完成してからまだ134年
しか経っていません.力学の完成後134年目といえば1821年,明治維新の遥か前,さら
に大塩平八郎の乱より前で,伊能忠敬が日本地図を作成したころです.一般に,教育
法は科学自体の完成後,社会の変化に応じてゆっくり進化してゆくものと思われます.
現在の電磁気学教育の発展段階は,あえて言えば,江戸時代の寺子屋や藩学で教えら
れていた力学(力学の組織的教育が存在したかどうか不明ですが)に相当するのでし
ょう.現在の教授法があるべき完成形からほど遠いとしても驚くに当たらないのでし
ょう.

3.初学者に対してマクスウェル方程式から始めるのが分りやすくて
教育的

自然科学の教育のためには,まず基本法則を示すべきことを本記事の冒頭で述べま
した.電磁気学はマクスウェル方程式から始めるのが良いのは当然なのですが,その
改革が現在までなされなかった主な理由は,以下の節で述べる誤解にあると考えられ
ます.

3-1 数学が難しいという誤解:異なる教育現場での講義実践例
電磁気学を理解するために必要な数学は,マクスウェル方程式が講義の最初に出て
こようが最後に出てこようが変わりありません.むしろ,最初の数回で必要な数学を
解説することで,学生は学びやすくなります.従って,マクスウェル方程式から始め
るのが不可能という理由はそもそも成立しません.(参考文献②§4.1,③§5).マク
14

スウェル方程式を示すまでに,学生がベクトル解析を自由に使いこなすレベルに達し
ている必要はありません.マクスウェル方程式の数式としての意味(電場,磁場,電
荷密度,電流密度に課される関係)が分かるレベルでよく,それは難しくありません.
全講義期間を通して,マクスウェル方程式から種々の電磁気現象を導く過程で,学生
が徐々にベクトル解析の扱いに慣れてゆくことができます.東京大学の 1 年生に対す
る具体例について,さらに参考文献と“実践ガイド:マクスウェル方程式から始める
講義”を参照してください.
他大学の多くの同僚から“学生の数学力に差のある異なる教育現場では不可能だ”
としばしば言われます.しかし実際には,さまざまな教育現場ですでに実践されてい
ます.例として,琉球大学では 30 年前から,梯祥郎教授が大学初等教育(「物理学」
梯祥郎 杉山書店)でマクスウェル方程式(微分形)から入る電磁気学の講義を以下
のような工夫で実践されており,学生たちが十分ついてくる旨,私信を得ています.

[琉球大学におけるマクスウェル方程式から始める講義:梯教授の配慮]
a. 力学に比べて物理量の数が10個を超えるので,それらの導入部分が単調で学生
が出来るだけ飽き飽きしないようにトピックスを入れてしのぐ.
b.マクスウェル方程式の微分形を導入する際のベクトル解析的知識と物理的内容を
合わせた解説が学生にとっての最初の少し高いハードルとなる.そこで,1年生
前期で獲得したベクトルの知識を如何に自然にベクトル演算子へ拡張していくか,
それらの物理的意味を授業時間内にどこまで教えることができるかが重要になる.
具体的に,方程式の物理的内容を最初に説明するときは,学生に「アラビア語や
中国の書と同じく,方程式を一度右から左に読んで解釈した方が良い」と教えて
いる.たとえば,“クーロンの法則” → “電荷があればその周りに電場が生じ
る” と読ませる等.
c.積分形への移行のために,ガウスの定理とストークスの定理の解説にかなり時間
をかける.物理系の学生は,1年次後期に同時開講されるベクトル解析の講義で
理解が深まっているが,工学部の学生にはそれなりの配慮が必要となる.
d.電磁波は波動の概念の学修が必要となるので別の科目「波動」の後半で教える.

立命館大学の沼居貴陽教授もマクスウェル方程式から始める講義を長く実践されて
います.さらに他の多くの教育現場でも,さまざまな工夫を加えた実践が行われてい
ることと思われます.本記事が,さらに多くの教育現場への広がりに寄与することを
願っています.

3-2 天下り的で非教育的という誤解
マクスウェル方程式から始める講義についての典型的な誤解は「数式好きの教師が,
学生の準備不足にお構い無しにいきなりマクスウェル方程式を書き下し,どんどん式
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変形を進め,教師はスッキリするが学生はチンプンカンプンで置いてきぼりにされる」
というものです.これはマクスウェル方程式から始める教授法が目指す講義とはかけ
離れた最悪の授業です.実際の講義では,実践ガイド:マクスウェル方程式から始め
る講義”で記すように,マクスウェル方程式が出てきた瞬間から,学生は授業の物理
的内容について基本法則に則って自ら考え始めることができ,天下りの弊害はありま
せん.力学で運動方程式から出発する場合と同様に,物理的議論を展開させることで,
講義は真に教育的なものになります(参考文献④).それは,学生がマクスウェル方程
式を初めて目にする時までに,あらかじめ

(i) 電磁気現象にどんなものがあるかについての高校レベルの知識と,
(ii) マクスウェル方程式が電場,磁場,電荷密度,電流密度の間のどんな関係を要求
するのかを把握できるレベルの数学の最低限の準備

を済ませるからです.

3-3 「マクスウェル方程式は専門課程からで良い」という落とし穴
初級の電磁気学をマクスウェル方程式から始めるべしという主張に対して,“マク
スウェル方程式を基にする講義は専門課程からで良い”という意見をしばしば耳にし
ます.しかし残念ながら,ほとんどの大学での実際の専門課程の講義は,伝統的な教
授法に沿う教養課程の電磁気学の繰り返しか,または,マクスウェル方程式を既知と
する前提とした,特定の各論の専門化,または場の理論へ発展です.電磁気学の体系
的理解を与える講義(マクスウェル方程式が電磁気の基礎であることを示す講義)が
どこにも用意されていないのが実情です - - ほとんどの大学の電磁気学教育は教養課
程と専門課程とで別個に計画されており,教養課程では「専門課程でやるはずだ」と
され,専門課程では「教養課程で既にやったはずだ」となり,実はどちらもやらない
場合がほとんどです(参考文献①§3).その結果,学生は独力で電磁気学をマクスウ
ェル方程式から学び直すか,または曖昧な理解のまま大学を卒業することになります.
これが何十年間も繰り返されて来た現状です.
電磁気学の体系的理解を与える講義は,初年級に置くのが最適だと考えます.もし
それが不可能な場合には,次善の策として初級電磁気学に続く講義に取り入れること
でしょう.いずれにせよ,大学学部の全課程を通して電磁気学教育を再考する必要が
あるでしょう.

4. 結論
電磁気学が学生の苦手科目であるという事実に関して,それは電磁気学が初学者に
とって理解が難しいからだ,しばしば力説されます.ほとんどの教科書のまえがきに
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は,電磁気学がなぜ難しいかの理由がいくつも列挙されています.私たちは,むしろ,
首尾一貫した明瞭な論理構造を持つ電磁気学は,物理の基礎科目の中で最も学生に理
解しやすい科目であってよいはずで,そうなっていない理由は,せっかくの明瞭な倫
理構造を講義の最後まで教えず,その位置づけもはっきり示さない,伝統的な教授法
にあると考えます.なるべくはやく,マクスウェル方程式から始めるやり方が広まる
ことが望ましいでしょう.
クーロンの法則から始める伝統的な教授法の枠内でも,分かりやすくて学生に評判
の良い授業をされている先生方がおられます.(§1-3参照)ところが,伝統的な教
授法に従う限り,学生の理解は各論にとどまり,体系的理解に至ることが難しいので
す.現在分かりやすい授業を行っている先生方は,力量と熱意に富む方々で,自身の
講義に自信があり,教授法を変えようとは思わないものでしょう.しかし,むしろそ
のような先生方にこそ,伝統的な教授法の限界を理解し,マクスウェル方程式から始
める教授法に切り替えることを考えていただきたいと思います.
大学の電磁気学教育は,教養課程と専門課程をあわせて是非とも見直すべき時期に
来ています.幸い,マクスウェル方程式から始めるやり方への理解が徐々に広がって
おり,複数の大学で実践が始まっています. 近い将来,マクスウェル方程式から始め
る教授法が大学の標準となることを願っています.

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17

実践ガイド: マクスウェル方程式から始める講義
小宮山進 竹川敦
2018 年3月

目次
1.実際の講義 p.17
13 回目講義: 講義ノート
13 回目講義: 内容まとめ,意図と留意点
2.留意すべき基本事項 p.20
2-1 マクスウェル方程式を提示するための前置きと準備
2-2 電磁量の明確な定義と,電場 E と磁場 B の導入
2-3 マクスウェル方程式を  , j , E , B で記述する
3.まとめ p.24

1. 実際の講義
マクスウェル方程式から始める講義方法が徐々に広まりつつありますが,伝統的な
クーロンの法則から始めるやり方に比べればまだまだ少数派です.重要なことは,問
題意識をもつ先生方が,少数ではあってもマクスウェル方程式から始める良い授業を
行い,学生からの支持がさまざまな教育現場で広がってゆくことでしょう.
現実の講義では,マクスウェル方程式が電場,磁場,電荷,電流の間にどんな関係を要
請するのかを,式が導入される最初の段階で,学生が理解できるように準備しておく
ことが大変重要だと思います.そのために,マクスウェル方程式を示す前に,そこに
現れる物理量(電場,磁場,電荷密度,電流密度)の意味をあらかじめ説明し,かつ,最
低限の数学の説明をしておく必要があります.その準備があれば,講義が天下りにな
る心配はなく,マクスウェル方程式が示されたその時点から,学生は能動的に理解力
を駆使して講義の内容についてきてくれると思われます.
以下のページに,小宮山が東大の理工系 1 年生に行った講義(1 学期:90 分×14 回)
の,肝となる最初の 3 回分の手書きノートを示します.(教科書④の1章-4章
<https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2249-6.htm>に対応.竹川が講
義に出席して筆記したもので 114 ページ.)続くページで各回の内容のまとめと意図・
留意点を記します.実際の講義では,ここに示す 3 回分(マクスウェル方程式の微分
形を示す)が肝になり,そこまで学生の興味を引き付けることができれば,授業はあ
らたか成功です.
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内容まとめ,意図と留意点

[講義1回目]
電荷の存在を前提として認め,そこから電荷密度  と電流密度 j を定義し,かつロ
ーレンツ力を通して電場 E と磁場 B を定義する.偏微分の説明とベクトル場の流束
と循環の説明の後に,マクスウェル方程式の積分形を全て書き下す.さらに,学生た
ちが高校で習ったクーロンの法則・直線電流による磁場・ファラデーの電磁誘導が,
マクスウェル方程式から導出できることを示す.
講義 1 回目の留意点は,講義開始にあたって,
「これから新しいことが始まる」とい
う予感,期待と緊張感を学生にもってもらうことが大変重要だと思っています.マク
スウェル方程式の積分形は,ベクトル場の流束や循環といった幾何学的に直接イメー
ジできる量で記述されるので,数学的なベクトル解析の知識が無くても,直感的に理
解できます.そのことで,まず学生に,電磁気学の基本法則の全てが目の前にあり,
その数式の意味を自分は理解できるのだ,ということを自覚してもらうことが重要で
す.そして,高校時代に習ったお馴染みの法則(クーロンの法則,直線電流による磁
場,電磁誘導の法則)を直ちにそこから導いて見せることで, 「確かに高校時代に習っ
た法則よりさらに上位のレベルの基本法則があり,それをこれから勉強するのだ」と
いうことを実感してもらいます.
小宮山の実際の講義では(手書きノートには記載が有りませんが) ,
「マクスウェル方
程式がなぜ成立するのかという疑問は電磁気学を超えた問いであって,電磁気学では
それを問わない.自然から与えられた基本法則としてこれから学ぶのだ」と強調しま
す.また「マクスウェル方程式が重要だからと言って,それを暗記しようとするな.
必要ならいつでも教科書を見れば良い.物理で大切なことは覚えることではなくて意
味を理解することだ」と注意し,さらに続けます. 「君たちがいま理解できるのは,マ
クスウェル方程式の数式としての意味だけで,物理としての意味はまだほとんどわか
っていない.しかし今はそれで良い.このマクスウェル方程式が電磁気学の全てを含
むのだから,君たちにいまそれがわからないのは当然だ.力学の授業の最初に運動方
程式を見ただけで放物線運動や,惑星の楕円軌道運動・彗星の双曲線軌道や,角運動
量の公式や,コマの歳差運動がすぐわからなかったのと同じだ.力学の単純な運動方
程式からだけでも,1学期間かけて勉強する内容が出てきたのだ.このマクスウェル
方程式は 4 つもあるのだから,力学よりさらに豊富な内容が出てくることが想像でき
るだろう.それを,これから 1 学期間かけて勉強してゆくのだ.」「マクスウェル方程
式を覚えようとするな,と先程言ったが,これからの 1 学期間の授業で毎回,繰り返
しマクスウェル方程式が出てきて,その意味を調べることになる.そのために,1 学期
間の授業が終わるころには,全員が,気付かない間にマクスウェル方程式を自然に覚
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えているだろう.意図して覚えるのではなく,気がついたら自然に頭に入っていると
いうのが大切だ.」

[講義2回目]
マクスウェル方程式の積分形を微分形に変形するための準備として,スカラー関数
の勾配・ベクトルの内積と外積・ベクトルの微分(発散と回転)を説明.
[講義3回目]
2 回目の続きでベクトルの積分(線積分,流束,循環)
・ガウスの定理・ストークスの
定理を説明し,マクスウェル方程式の微分系を導出.さらに,ベクトルの 2 回微分の
説明.

講義2,3回目の重要な点は,数学的準備への動機づけを学生に充分もってもらう
ことだと考えています.そのためには,なぜそれが必要なのかを十分納得してもらう
ことが必要です.そのために学生には,1 回目の講義で書き下したマクスウェル方程式
の積分形が既に物理としては電磁気学の全てを尽くしているのだから,このまま電磁
気学のあらゆる現象をマクスウェル方程式を使って調べ始めても良いことを強調しま
す.しかし,マクスウェル方程式の威力を最大限に発揮するためには,数学の形式を
もう少し整えて微分形と言われる形に変形しておくことが好ましいので,そのために,
一段階高いレベルに進むために必要な数学の準備を始めることを述べます.ベクトル
解析を教えることが目的ではなく,あくまで物理が主眼なのだが,それでも,ある程
度は数学的な説明を我慢してもらわなければならないこと,しかしそれを済ませれば,
全てを非常に見通し良く進めることができることを強調します.
ここで留意すべき点は,学生にベクトル解析をマスターさせ,彼らを式変形が自由
にできるレベルに引き上げることが目標ではなく,その必要もないことです.ベクト
ル解析の最初の第一歩が,言葉を覚え始めた赤ん坊のカタコトのように,理解できれ
ば十分です.ベクトル解析の習熟度は,14 回目までの授業の全過程で,マクスウェル
方程式の変形や具体的現象を導いて理解して行く中で,物理の理解とともに徐々に上
がって行けば良いのです.小宮山の実践では,学生のやる気を維持し,かつ,彼らの
理解度を確認するために,偏微分やベクトルの微分,積分など新しい事項を説明する
度に,必ずほとんど自明のごくやさしい例題を板書し, 「これから授業を 3 分間中断す
るから,めいめい自分のノートに答を書いてください」と言って,教室を学生のノー
トをのぞきこみながら教室をまわります.普段それほど熱心に授業を聞かない学生で
も,教師が近寄って来て自分のノートをのぞきこむとなると,真剣に問題に取り組む
ものです.計算で引っかかっている学生には立ち止まってアドバイスします.そして
およそ半分程度の学生が解き終わったころを見計らって,「まだ途中の人もいますが,
授業が終わった後に自分で確認してもらえればよいです」と言って,解答を板書して
次に進みます.このような,わずか 3 分程度の自習時間を 90 分授業の中に 2 回程度挿
入するだけで,教室の雰囲気が俄然良い方向に変わります.また,毎回の授業の終わ
20

りには,質問・感想アンケート票を学生に書かせて理解度をチェックします.さらに,
宿題として自習用の練習問題を配布し,次回の授業開始時に解答を配布します.さら
に,毎回の授業での重要な数学事項や,若干面倒な証明(たとえば“発散がゼロのベ
クトル場は,ある別のベクトル場の回転で表せる”といった定理)などは,まとめの
プリントをつくって配布します.

4 回目以降の講義ノートは示しませんが,全ての電磁気学の内容をマクスウェル方程
式がもたらす現象の具体例の一つとして,必ず,マクスウェル方程式から演繹的に導
出して解説します.進行の順番はクーロンの法則から始めるオーソドックスな講義と
大差ありませんが,全体の論理構造を明確にすることを意図する点が従来の方法と異
なります.

2.留意すべき基本事項
マクスウェル方程式から始める講義を進める上でも,高校程度のクーロンの法則・ア
ンペールの法則・電磁誘導などの基本的な電磁気現象を学生があらかじめ知っている
ことは大変重要です.小宮山が東京大学で担当したのは高校時代に物理既習のクラス
だったために,特に電磁気学の諸現象を事前には解説しませんでしたが,高校で物理
未履修の学生や,電磁気現象に特別なじみの薄い学生には,講義の初回にそれらの観
測事実の簡単なおさらいを,演示実験等も加えて行うことが有用と思われます.
(その
際重要なのは,観測事実を理論的説明抜きに伝えることであり,マクスウェル方程式
を示す以前に,中途半端な理論的説明は不要と考えます.)
マクスウェル方程式から始める講義を行おうとする先生方も,学生時代にはクーロ
ンの法則から始める伝統的な教授法で電磁気学を学んだと思われます.そして多くの
場合,教師になってからは,自ら伝統的な教授法で授業を行ってこられたものと思い
ます.そのため,伝統的な教授法の考え方が,無意識のうちに先生方の頭の中に染み
込んでいる可能性があります.マクスウェル方程式から始める講義は,そもそも教え
ようとする基本的な考え方が異なることを意識する必要があるでしょう.講義する先
生方が電磁気学の論理体系をいったん把握し直したうえで,それをどうやって学生に
伝えるのがよいかを自ら考えを整理することが最も望ましいと思われます.

2-1 マクスウェル方程式を提示するための前置きと準備
電気工学系大学院生の,学部時代の電磁気学の授業を思い出して語りあう座談会
(「匿名座談会“電磁気学の授業って,分かった?”」電気学会誌 126,682(2006)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal/126/10/126_10_682/_pdf) の
冒頭の発言に,マクスウェル方程式から始める授業の好ましくない例が挙げられてい
ます.
21

「大学の教養の電磁気学で,いきなりマックスウェルの方程式を書かれたのには
まいったなあ。こっちは大学に入ったばかりで微分方程式だってよく分からない
のに,いきなり div と rot だよ」

マクスウェル方程式から始めるやり方が如何に優れているとしても,いきなりマク
スウェル方程式を板書して,学生に「暗記せよ」などと言うべきではありません.マ
クスウェル方程式を学生に示す前には,教育現場に応じて,しかるべき十分な準備と
前置きが必要です.学生に何を伝えようとするのか,なぜそれが重要なのかをまず説
明して学生の動機付けを行うことが大切でしょう.§1で部分的に述べましたが,マ
クスウェル方程式を提示する前には,
・これから始める 1 学期間の電磁気学の講義で理解しようとする現象とは一体ど
んなものなのか,(電荷,電流,電場,磁場の導入,および,必要に応じて高
校程度で電荷間の力,電流による磁場の生成,電磁誘導の観測事実を簡単に思
い出してもらう.)
・それらの現象が現在の社会の産業や基礎科学にどれほど大切なのか,
・それらを完全に説明するマクスウェル方程式と言われる 4 つの式があること,
・マクスウェル方程式を書き下すために数学が必要であること,
といった事柄について,ある程度丁寧な前置きと,必要な数学の準備が必要でしょう.
前置きとして実際どんな内容を含め,準備にどの程度時間をかけるのかは,教育現場
に応じた教師の判断になるでしょう.

2-2 電磁量の明確な定義と,電場 E と磁場 B の導入


講義に出てくる基本的な電磁量(即ち電磁気学の物理量)をそのつどきちんと定義し
て性質を説明することがきわめて重要です.あまりにも当たり前すぎてばかばかしく
聞こえますが,伝統的な教授法では,講義の最後にならないと電磁気学の全体像が示
されないために,最終段階に到達するまでさまざまな電磁量の最終的な意味を明確に
説明されない,ということが起こり,そのため論理の曖昧さが生じて学生の理解の障
害になる危険があります.マクスウェル方程式から始めるやり方にはその欠陥はあり
ませんから,その利点を失わないように,さまざまな電磁量の意味を.登場の瞬間か
ら曖昧さなく明確にし,混乱の要因を作らないように配慮することが重要だと思いま
す.
特に,マクスウェル方程式を書き下す際には,同時または事前に,現れる物理量(  ,
j , E , B )の意味を学生に明快に説明しておく必要があります.この,あまりにも当
たり前の原則が守られないことが意外に多いように思えます.用いる物理量が何かを
明確にしないままにマクスウェル方程式を書き下し,後になってその意味が分かる,
という構成は避けなければなりません.特に,電場 E と磁場 B の最初の導入は大切で
しょう.私は,ローレンツ力 F  q ( E  v  B) が電場 E と磁場 B の定義であり,そのよ
22

うに定義された電場 E と磁場 B が満たすのがマクスウェル方程式だ,と説明していま


す.
電場と磁場は大切なのでもう少し記します.伝統的な教授法では,しばしば電場を
クーロンの法則から最初に導きますが,それは好ましくないと考えています.クーロ
ン力の原因が電場であることには何の疑いもありませんが,マクスウェル方程式に現
れる電場は,時間変化がある場合を含む(ベクトルポテンシャルの時間変化率を加え
た)もっと一般的な電場だからです.クーロン力から導かれる(静電気でしか正しく
ない)電場を最初に示すと,マクスウェル方程式の意味が曖昧になります.そんな小
さな一つ一つが学生(特に優秀な学生)を混乱させる可能性があるからです.それを
避けるために,電場と磁場は,電荷に対してローレンツ力 F  q ( E  v  B) をもたらす
原因として定義します.歴史的には,電場は電荷がつくる力(クーロンの法則)から
最初に導かれ,磁場は,磁石や電流に起因する(動く電荷に対する)力から導かれま
した.そのため,伝統的な教授法では,電場,磁場とは何か,の問いに対して,それ
が生じる原因(生成原因)で説明しようとすることが多いようです.時間変化がない
場合には,たしかに電場は電荷がつくり,磁場は電流がつくるので,それが電場,磁
場のイメージをつくるのに役立つでしょう.しかし,時間変化がある一般の場合には,
生成原因による定義は複雑です.―――― ジェフィメンコ方程式(参考文献④,p.246,
13.24 式)より,電場をつくる源は「電荷」と「電荷の時間変化」と「電流の時間変化」
の 3 要素であり,磁場をつくる源は「電流」と「電流の時間変化」の 2 要素です.―
――― さらに,ジェフィメンコ方程式はマクスウェル方程式と等価ですから,結局,
「電場,磁場はマクスウェル方程式が定める量である」と言う他なくなってしまいま
す.ということで,混乱を避けるためには電場と磁場を生成原因で定義するのは避け
るべきと考えています. 時間変化があろうがなかろうが,とにかく,

・どんな原因で生じた場合でも,電場 E は電荷 q に及ぼす力 F  qE で定義される.


・どんな原因で生じた場合でも,磁場 B は速度 v の電荷 q に及ぼす力 F  q v  B
で定義される.注)

とすることで,明快かつ単純な定義によって混乱を避けることができます.

注)ここでは触れないが,磁場による力 F  q v  B は,電場による力 F  qE か
ら,マクスウェル方程式と慣性系の同等性を用いて導かれるので, F  q v  B と
F  qE は独立ではありません.

2-3 マクスウェル方程式を ,j,E,B で記述する


学生に最初に示すマクスウェル方程式は,  , j , E , B の 4 つの物理を用いた
23

表式
1
 E  n dS   
S
0
V
 dV

d
 C E  dr  
dt S
B  n dS

 B  n dS  0
S

1 d
 B  dr 
c2
C 0 
S
j  n dS 
dt S
B  n dS

が良いと考えます.このマクスウェル方程式は,真空中であろうが物質中であろうが,
一般的に成り立つ最も基本的な式です.物理量の  と j は電荷の概念から直接導くこ

とができ.また E と B は前節に記したように電荷に働くローレンツ力の原因として曖
昧さなく定義されるので,式に登場するすべての役者の素性を前もって学生に説明す
るのが容易です.
伝統的な初等電磁気学では,まず,物質がある場合のマクスウェル方程式として,
自由 , j伝導 , E , B , D , H の 6 つの物理量を用いて

 D  n dS  
S V
自由 dV
d
 E  dr   dt  B  n dS
C S

 B  n dS  0
S

d
 H  dr  
C S 伝導
j  n dS 
dt S
D  n dS

を示し,次に,物質のない真空中のマクスウェル方程式として  , j , E , B による
表式を導出することが多いようですが,それは避けるべきと考えます.その理由は,

自由 , j伝導 , D , H の意味を説明するためには,  と 自由 , j と j伝導 の違い,および

分極ベクトル P や磁化ベクトル M の定義のように,物質に立ち入った議論が必要で,


学生が最初からその内容を把握するのは難しいからです.明確な物理量である  , j ,

E , B だけで基本法則を表せる以上,それより複雑な 自由 , j伝導 , E , B , D , H による

表式をわざわざ最初に示す理由はありません.
24

3.まとめ
クーロンの法則から始める伝統的な教育法に比べて,マクスウェル方程式から始め
る教育法は,まだまだ新しいやり方です.今後,多くの先生方が,異なる教育現場で
様々な工夫を積み重ねることで,このやり方が多くの教育現場に定着して広がってい
くことを望みます.

- おわり ―

(最初の目次ページに戻る)
参考文献 ①
講義室

いつまでクーロンの法則から始めるのか
― 大学の電磁気学教育

小宮山 進 東京大学名誉教授 竹川 敦 早稲田塾

1.はじめに ル方程式から始めるやり方にどんなメリットがあ
大学の物理系科目の中で,電磁気学は学生に るのか,を考えてみたいと思います.
とって難物だと言われます.国際的に著名な量子 学部教育の電磁気学にはそもそもマクスウェル
物性の実験研究者で,国内の主要な電子物性研究 方程式は必要ない,という考えもあるかもしれま
所で所長も務めた方が「電磁気学はいまだによく せんが,本稿では,理工系の学生は学部を卒業す
わからない」とおっしゃっていたことを思い出し る時点で,電磁波を式として理解できるレベルに
ます.特別に高級なことをおっしゃっていたわけ 達するべきだという前提で考えます.そうする
ではありません.電磁気学を縦横に駆使してきた と,微分形のマクスウェル方程式を卒業までに教
優秀な研究者ですから,実際に「よくわからな える必要がありますから,それを学部教育のどの
い」はずはなく,「スッキリしない」感触を持っ 段階で,どのように教えるのかがカリキュラム上
ておられるということでしょう.このことから の重要な問題になります.
も,多くの学生が苦手意識を持っているのは確か
に事実だと思われます. 2.伝統的教授法出現の歴史的背景
電磁気学を学生が苦手とするのは日本に限ら 現在,日本だけでなく世界中で伝統的教授法と
1)
ず,米国でも同様な事情があるようです .理由 して定着しているのは,まず電磁気学の初級コー
に対してさまざまな説があります.「扱われる物 スでクーロンの法則から静電気の話に入り,定常
理量や現象がそもそも抽象的で初学者には理解し 電流と静磁気を経て静的な電磁気学を教え,次に
にくい」,「法則を表すベクトル方程式が難しい」, 時間変化がある場合に拡張して電磁誘導に入り,
「 - 対応か - 対応かといった基本的な考え 最後に電磁波に至るやり方でしょう 4).講義が進
方の違いが存在する」,「単位系が複雑」など.確 むに従ってマクスウェル方程式が 1 つずつ導入さ
かにそれぞれが理由のひとつではあるでしょう れ,中級コースに進んだときに,初めてマクス
が,主要な原因でしょうか.本稿の筆者は,最も ウェル方程式を本格的に扱うことになります.こ
大きな問題は,大学における電磁気学の授業の多 れに対比されるのが,初級コースの最初に,まず
くが,基本法則であるマクスウェル方程式の解説 マクスウェル方程式を提示し,それから電磁気学
から始めず,クーロンの法則から話を始める (こ を展開するやり方です.
れを以下では伝統的教授法と呼ぶことにします) 力学の授業が基本法則である運動方程式から始
ことにあるのではないかと考えています.筆者の めることを考えれば,電磁気学もマクスウェル方
1 人 (小宮山) は,大学 1 年生を対象にしてマク 程式から始めるのが自然に思えます.しかしそれ
スウェル方程式から始める電磁気学の講義を長年 とは異なる方法が伝統的に定着しているわけで
2)
行っており ,その講義内容をもとに昨年教科書 す.その背景には,マクスウェル方程式が学生に
を出版しました 3).本稿では,伝統的教授法にど とってとっつきにくいから後回しにする,という
んな問題点があるのか,それに比してマクスウェ こと以外に,電磁気学と社会とのかかわりの歴史

大学の物理教育 22(2016) 75
参考文献 ①

に深い関係があるように思われます. が,現在の伝統的教授法の始まりと考えてよいで
マクスウェル方程式が完成したのは 19 世紀の しょう 7).
中頃から後半にかけてですが,それが電磁気学の その後,1963 年にカリフォルニア工科大学の
完全な体系を与える基本法則として確定したの 学部 1,2 年生に対して Feynman が行ったマクス
は,20 世紀初頭に特殊相対論が出現し,電磁気 ウェル方程式から始める電磁気学の講義録が出版
的相互作用の媒質とされたエーテルの存在が否定 され 8),また,マクスウェル方程式を正面に据え
されてマクスウェル方程式が全慣性系で成り立つ た大学初年級向けの参考書や教科書も幾つか出版
ことが示されたときと考えられます.したがっ されましたが 9-12),それでも,その他の圧倒的多
て,20 世紀初頭までの電磁気学の教育としては, 数の教科書は伝統的教授法に沿って書かれてお
基本法則から始めるやり方は不可能で,現象の発 り 4),マクスウェル方程式の実際的重要性が格段
見と解釈変遷の経緯をたどる,科学史的なやり方 に高まった現在でも,いまだに第 2 次大戦中に始
だけが唯一可能な形態だったと思われます.20 まった (マクスウェル方程式を後回しにする) 伝
世紀初頭になってからは,理屈の上ではマクス 統的教授法が維持されているのが現状です.
ウェル方程式から始める教育が可能になったはず
で す が,実 は そ れ ど こ ろ か,驚 く べ き こ と に 3.伝統的教授法の問題点
1930 年代に至るまで,アメリカの電気工学系の 伝統的教授法では,静電気→静磁気→電磁誘導
電磁気学の学部教育カリキュラムには,マクス →電磁波と進む各ステップが,基本法則から出発
ウェル方程式という言葉すらほとんど現れなかっ する論理的な発展としてではなく,各論として提
た と の こ と で す 5).モ ー タ ー,電 車,電 灯,電 示されます.電磁気学全体の論理構造を一つの完
話,無線等々,電気と磁気の産業応用が 19 世紀 成した建築物に例えるなら,全体の設計図に従っ
末から 20 世紀初期にかけておおいに進みました て建築をすすめるのではなく,全体設計図を隠し
が,それを支えたのは電気工学者によるインピー たまま,いわば,「家族が増えたので家を建て増
ダンスを駆使した交流回路理論でした. す」という感じの建て増し方式です.また,多く
マクスウェル方程式の実際上の重要性が認識さ の場合,電磁気的作用に対する考え方の変遷も合
れたのは,第 2 次大戦中 (1939-1945 年) に米英 わせて解説し,科学史的側面も有することになり
が協力して進めたマイクロ波レーダーの開発が契 ます.このような伝統的教授法の背後には,いき
機であり,そのことで,やっと戦後の学部教育に なりマクスウェル方程式から始めるのは多くの学
マクスウェル方程式が取り入れられるようになり 生にとってとっつきにくいので,まずは理解しや
5)
ました .その変化の象徴が,大戦中 (1941 年) すい静的な電磁気学から始め,実際の発見の跡を
に現れた Stratton の分厚い教科書 6)でしょう.マ たどって解説しようという配慮があるのだと思い
クスウェル方程式の記述から始まり,その重要性 ます.しかしそれが,学生にとって本当にわかり
が強調されています.ただし,まえがきに「電磁 やすさにつながっているでしょうか.それを慎重
気学の基礎的知識を有している読者を想定する」 に検討する必要があるでしょう.
と明記されています.つまり,マクスウェル方程 第 1 に,伝統的教授法では,観測事実から個々
式が重要だからと言って,電磁気学をマクスウェ のマクスウェル方程式を導出していくため“帰納
ル方程式から勉強するのではなく,まず (クーロ 的”と呼ばれ,マクスウェル方程式から始める
ンの法則から始まる) 初級の電磁気学を学んでか “演繹的”方法と比較して「たどる方向は逆だが
らこの本を読みなさい,というわけです.初級の 等価である」1) といわれることがあります.しか
電磁気学と中級以上の電磁気学をこのように分離 し本当にそうでしょうか.伝統的教授法では,観
する,2 段階の教育法が示唆されており,これ 測事実からマクスウェル方程式を導きはします

76 大学の物理教育 22(2016)
参考文献 ①

が,“マクスウェル方程式が電磁気学の全てを尽 第 2 の問題は,伝統的教授法では,電磁気学の
くす”ことを示すことはしません.一般に,「あ 発展の歴史的過程で見出されたさまざまな名前の
る法則が基本法則である」ということの意味は, 法則,公式が次々に登場する点です.それらはそ
「現在までその仮定に矛盾する現象は見つかって れぞれ重要ではあっても,電磁気学全体の論理構
おらず,今後も見つからないだろうと大多数の科 造からすれば,マクスウェル方程式から導出され
学者が信じている」ということです.ある物理法 るべき一般性の劣る法則といったものです.とこ
則が基本法則であることを論理的に証明すること ろが,全体の論理構造との関連が不明確なまま出
は,元来不可能でしょう.伝統的教授法では,結 てくるために,学生に電磁気学の首尾一貫した全
局,電磁波に入る前あたりで,マクスウェル方程 体像を示しにくくする傾向があると思います.こ
式の一揃いを示して,「これが電磁気のすべてで の点は,砂川先生の名著 13) のまえがきでも指摘
ある」と宣言せざるをえません.つまり,伝統的 されているところです.
教授法とマクスウェル方程式から始めるやり方の 第 3 は伝統的教授法がもつ科学史的な側面で
違いは,帰納的か演繹的かではなく,基本法則を す.科学の実際の進展がどのような思考の曲折を
講義の後の方で宣言するのか,最初に宣言する たどって成し遂げられたのかを理解することが
か,の違いです. 「科学史を学ぶ」ことであり,それは大変重要な
伝統的教授法においても,もしマクスウェル方 ことです.しかしそれは「物理を理解する」こと
程式が電磁気学のすべてであると宣言した後で, とは異なります.伝統的教授方法には,おそらく
クーロンの法則やビオ-サバールの法則など,講 20 世紀初頭以前の教授法の影響として「電磁気
義の途中に出てきた電磁気学の諸法則に戻って, 学の形成過程を記述しつつ電磁気学を解説する」
それらがマクスウェル方程式から導出できること 側面が強く残っていて,そのために,完成した電
を示し直すのなら問題はないでしょう.しかしほ 磁気学の論理構造の解説が手薄になってしまう危
とんどの場合,「マクスウェル方程式が電磁気学 険性があると思われます.学生が自然認識の発展
のすべてである」と宣言しながら,その始末をせ 過程や試行錯誤を知るのは,完成した最終的な物
ずに尻切れトンボで終えることになります. 理の体系をある程度理解した後がよいのではない
そして,専門科目 (中級) に入ると,とたんに でしょうか.たとえば,遠隔作用と近接作用に触
「マクスウェル方程式ありき」にガラリと雰囲気 れるなら,クーロン力の解説の際ではなく,電磁
が変わります.理系学科で 4 元ベクトルや 4 元テ 波を終えた後で,そこからクーロン力に立ち返っ
ンソルを導入して相対論的定式化に進むにせよ, て説明するのがよく,そのことで初めて学生は意
電気工学系で複素誘電率による物質中の電磁波, 味を理解できるのではないでしょうか.
光学,高周波伝導度の議論に進むにせよ,どちら
にせよ「君たち,もうマクスウェル方程式はよく 4.自然科学の教育は基本法則から
わかっているんだよね」とばかりに,マクスウェ 自然科学は,どんな分野であれ,多くの天才た
ル方程式ありきの授業が始まります.いわば, ちが人生をかけて試行錯誤を繰り返し,やっと獲
「マクスウェル方程式にたどりついて終わる初級 得した知的遺産です.さまざまな仮説の中から観
の講義」と「マクスウェル方程式を前提として議 測事実の淘汰に耐えて最後に凝縮され抽出された
論を展開する中級の講義」との間には,教師側か ものが基本法則として残されます.自然科学の圧
らは見えにくいですが,学生にとっては深刻なと 倒的な強みは,後世の人間が学ぶ際,基本法則を
ても大きなギャップがあります.これが,学生に 知ることで,天才たちの試行錯誤を繰り返すこと
電磁気を苦手にさせる最大の問題だと思えるので なく,その知的遺産を,結果だけではなく,考え
す. 方まで含めて受け継ぐことができる点にありま

大学の物理教育 22(2016) 77
参考文献 ①

す.電磁気学にとっての基本法則がまさにマクス 5.おわりに
ウェル方程式であり,比類ない首尾一貫した完璧 電磁気学の教授法が,70 年前の Stratton 6)から
な美しさをもつ理論体系です.4 つのマクスウェ 続く伝統的教授法から解放され,より現代に合っ
ル方程式 (およびローレンツの力の式) から電磁 た,Feynman 8) が示した基本法則の提示から始
気学にかかわるすべての法則を導き出すことがで めるやり方に改まっていくことが,学生にとって
きる,まさに電磁気学の最高位の基本法則です. 望ましいと私たちは考えています.その考えに違
前節で指摘した伝統的教授法の問題点のすべて 和感をもたれる先生方も多数おられるかもしれま
は,基本法則 (全体像) から解説するという自然 せんが,本稿を目にしたこの機会に,ぜひ,当然
科学教育の基本的な原則に従わないことから発生 と思っておられる電磁気学の講義方法について,
しているように思えます.初学者に対しては,可 いま一度考え直してみていただければ幸いです.
能な限り,まず体系の全体像を基本法則の解説を
通して示すべきでしょう.たとえていえば,ある 参考文献および注
1) M N O Sadiku E-29
建造物を説明するなら,まず最初に,建物全体の
(1986) 31-32
設計図を見せるべきです.その上で,順序を踏ん 2) 小宮山進 大学の物理教育 22 (2016) 79.
で,だんだんに細部の説明に移っていくのです. 3) 小宮山進,竹川敦『マクスウェル方程式から始める電磁
気学』裳華房 (2015).
全体図を見せることなく,いきなり個別の説明か
4) 伝統的教授法に沿う初級用の教科書は極めて多数ありま
ら始めてしまうと,たとえ,個々の説明それ自体 すが,代表的な例として,砂川重信『電磁気学 (物理テキ
が理解可能だとしても,全体とのつながりが不明 ストシリーズ 4)』岩波書店 (1977) だけを挙げておきます.
5) John R Whinnery
なために,結局身につかずに終わる危険性がある 33 (1990) 3-7
と思います.マクスウェル方程式を最初にきちん 6) Julius Adams Stratton McGraw-
Hill (1941)
と解説し,その後で,電磁気学の全ての現象をマ
7) 現在までに,マクスウェル方程式を正面から扱う参考書,
クスウェル方程式から導出して説明するなら,電 教科書が多数出版されていますが,ここではあえて網羅的
磁気学の授業が初級から中級以上まで論理的に首 に引用はしません.それらの本のほとんどは,クーロンの
法則から始まる初級用の教科書に続く中級あるいは上級編
尾一貫したものになり,そのことによって,電磁 として書かれており,本稿で考える“伝統的教授法”の後
気学が学生にとって勉強しやすい科目になると私 半部分に対応します.
8) Feynman, Leighton and Sands
たちは期待しています.
Addison Wesley (1963)
最後に,「高校で物理を習っただけの学生に, 9) 松田久『電磁気学 Ⅰ』朝倉書店 (1980).
どのようにマクスウェル方程式から始める授業を 10) 渡邊靖志『基礎の電磁気学:マクスウェル方程式から始
める』培風館 (2004).
行うのか」が最重要の問題として残されます.一 11) 室岡義広『図解マクスウェル方程式』裳華房 (2007).
つの講義の実践例を別稿 2)に記しますが,本稿で 12) ダニエル・フライシュ『マクスウェル方程式 電磁気学
がわかる 4 つの法則』岩波書店 (2009).
それに触れる余裕はありません.一般に,異なる
13) 砂川重信『理論電磁気学』紀伊国屋書店 (1999).
教育現場では,学生の資質に応じてそれぞれ異な
る工夫が必要になるでしょう.アメリカに比べて 連絡先 E-mail : csusukom@mail ecc u-tokyo ac jp
高校卒業生の数学と物理の知識が総じて均質な日
本では,その工夫が比較的しやすいのではないか
と期待されます.

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78 大学の物理教育 22(2016)
参考文献 ②

このままで良いのか大学の電磁気学教育
小宮山 進† 〈csusukom@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp〉
4

竹 川   敦 〈早稲田塾 tkcolor0001@hotmail.com〉
4

1. はじめに だから,そもそも原理より各論的な知識が重要」とか,
「学
電磁気学は大学の物理の基礎教育の中で力学と並んで重 生には,全体の論理構造より実践的な計算能力を身につけ
要な科目です.電磁気学は,あらゆる通信技術をはじめ, させたい」といった本音を聞くことがしばしばあります.
無数の電子素子や光学素子など,現代社会の基盤技術を支 そもそも大学教育の目的とは何でしょうか,学生が将来
える学問ですから,今後も,その重要性がますます高まっ 現場で出会う多様な問題に対して創造的に応用力を発揮す
てゆくでしょう.ところが残念なことに,電磁気学は大学 るための基礎力を養成することではないでしょうか.どん
の物理の基礎科目の中で学生が最も苦手とする科目である, な知識も,その底に流れる論理への理解がなければ応用で
との評価も長年定着しています.たしかに,現役大学生や きません.知識をその背後の論理まで含めて理解して得ら
卒業生から,授業がわかりにくいとか,役に立たなかった, れるのが基礎力であり,基礎力こそが,新たな物事に対す
という不満をしばしば聞きます.その理由として,電磁気 る洞察力や着想力の源になります.
「各論的知識」と「基礎」
学自体が難しいからだとよく言われます.現象が抽象的で のどちらが大切か,という二者択一の問題ではありません.
ある,数学が難しい,E‒H 対応と E‒B 対応や,単位系の 「各論的知識」を生きたものにするのが「基礎」なのです.
複雑さ,等々です.だとすると,難しいのは仕方のないこ もし,大学で得られる知識に基礎力の裏付けが乏しいなら,
とになりますが,本当でしょうか? 本稿の著者は,最大 大学卒業後の多様な現場でそれが役立つことはあまりない
の原因は,長年続いてきた教授法の構造的問題にあると考 でしょう.また,現場で必要となる各論的知識はほぼ無限
えています.伝統的な講義の流れでは,まず静電気から始 で,大学教育でそれをカバーするのは不可能です.しかし,
めて静磁気,電磁誘導を歴史的経由に沿って説明し,後の 基礎力が備わっていれば,必要になった時点で,それほど
方でマクスウェル方程式を提示します.このような,長年 困難なく独力で補充できるでしょう.一方で,基礎力の養
繰り返されてきた教え方(以下では“伝統的教授法”と呼 成は,時間的制約が生じる大学卒業後は大変難しくなりま
ぶ)が難点を抱えており,それが電磁気学をわかりづらく す.それが,大学学部での基礎力養成が重要な理由です.
していると考えます.筆者の一人(小宮山)は,30 年以上 「工学系は理学系とは違う」という意見もよく耳にしま
前から,マクスウェル方程式から初級電磁気学の授業を始 すが,電磁気学の基礎に理学と工学の差はありません.ポ
めるやり方を,理・工系だけでなく医・薬系の 1 年生に対 アソン方程式にせよマクスウェル方程式にせよ,現在は強
して行っており,それが最良の教授法だと確信しています. 力なシミュレーション・ソフトが発達しており,大学卒業
1) 2)
その講義の実践例 とともに,考え方のあらまし を「大 生が進む研究・開発の現場で方程式を自分で解くことはな
学の物理教育」誌に記しました.本稿では,より広い範囲 く,むしろ,コンピューターの出す答えが,実際に解くべ
の方々に問題を考えていただくために,論点をさらに具体 き問題の解になっているかどうかという物理的な判断が求
的に提起して議論を喚起したいと思います. められることがほとんどです.従来の教授法の延長でさま
ざまな特別な個別条件下での解を多数知るとしてもその数
2. 大学教育は基礎力の養成が大切 には限りがあり,それでは応用力として弱いと言わざるを
静電気・静磁気・電磁誘導・電磁波という異なる現象群 得ません.たとえば,境界条件のある一部を変化させると
をまとめる基本法則がマクスウェル方程式です.従って, 結果がどうなるか,といったことが感覚的にわかることが
力学にとっての運動方程式と同様に,電磁気学にとっては 必要で,そのためには,静電気・静磁気・電磁誘導・電磁
マクスウェル方程式が基本です.たしかに,多くの大学の 波が互いに関連する電磁気学全体の仕組みをマクスウェル
電磁気学のシラバスでは,“観測事実を基本法則であるマ 方程式に基づいて理解していることが重要なのです.日経
クスウェル方程式に基づいて理解すること”を目標として 新聞の記事によれば,大学・企業の協議会(JMOOC)と経
おり,学部教育における重要性が,少なくとも建前上は認 団連が,企業の若手技術者を対象に 2017 年度から「エレ
識されています.ところが,実際の授業を担当する先生方 クトロニクス開発の基礎となる電磁気学など」のネット授
に話を伺ってみると,「物理学者の養成が目的ではないの 業を始めるそうです.3) その理由は「大学は最先端の専門
教育を重視し,企業が求める基礎的な工学知識の授業はお

東大名誉教授 ろそかになりがちだ.こうしたミスマッチを再教育で解消

422 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 6, 2017

©2017 日本物理学会
参考文献 ②
する」とのことです.“企業が求める基礎的な工学知識”が がより基本的なのかが不明確になります.端的な例が電場
正確に何を意味するかはともかく,大学が重視する“専門 です.電場はほとんどの場合,静止した電荷がつくる場と
知識”とはズレがあるのは確かなようです.また最近,大 して導入され,それが静電ポテンシャルの勾配で与えられ
学卒業後 5∼10 年の,大企業の技術開発の一線で活躍する ることが示されます.ところが,これは時間変化のある一
若手・中堅技術者が集まって,現役大学生へ「技術者の現 般の場合には正しくありません.正しい電場は,ベクトル
場からのアドバイス」をするセミナーが開かれたのですが, ポテンシャルの時間変化率の項を加えたものです.そのた
そこでの電気・電子部品・電気通信関連分野の講師全員 め,静電気での電場を強く刷り込まれた学生は,時間変化
(5 名)が「大学時代にしかできない基礎の勉強をみっちり のある一般の場合に進むと,電場が何なのか混乱します.
しておくことが大切」と異口同音に強調していたのが印象 そして誘導起電力やインダクタンスを静電気と切り離され
的でした.本稿著者の一人(小宮山)も,電子素子の開発 た別個の現象として「とりあえず各論として暗記しておこ
に携わる実験家であり,本稿に記す内容は,電磁気学を応 う」ということになりがちです.電場と磁場を電荷が場か
用する現場の視点に根ざしたものでもあることをお断りし ら受ける力(ローレンツ力)で定義したうえで,マクスウェ
ておきます. ル方程式から出発すれば,電磁気学全体の枠組みの中での
伝統的教授法では静電気や静磁気から講義を始めますが, 静電気学と電磁誘導の位置取りが明白で,このような混乱
これらは電磁気学の初歩であって基礎ではありません.電 が生じることはありません.
磁気学における基礎は,あくまでもマクスウェル方程式を 3.3 マクスウェル方程式が導出されるという誤解
基にした全体の論理構造にあります.それを理解しない限 ほとんどの伝統的教授法では,クーロンの法則から重ね
り,静電気・静磁気・電磁誘導・電磁波の各分野が切り離 合わせの法則を使ってガウスの法則を導出する過程が重要
された各論に終わってしまって応用に役立ちにくいのです. な山場となり,それでマクスウェル方程式の 1 つが示され
問題は結局,各分野の必要な知識を与えつつ,それらをマ たことになります.しかし,それは正しくありません.クー
クスウェル方程式を基に統一的に理解することを可能にす ロンの法則から導かれるのは,電荷が時間変化しない限定
る最善の教え方は何か,ということでしょう. 条件つきの“ガウスの法則”です.ところが,本物のガウ
スの法則は,任意の時間変化がある場合に成り立つ(だか
3. 伝統的教授法の実際と問題点 らこそ電磁波の議論に使える)一般的な式です.動く電荷
「マクスウェル方程式を学ぶ前に,学生は一通り電磁気 による電場はクーロンの法則による電場よりはるかに複雑
学を知っておくべきだ」と多くの教師が考えます.そのた で,また,電場の遅延効果も考えねばなりません.それら
めに,伝統的教授法では静電気・静磁気の話から始めて電 の効果を全て取り入れたうえで,なおかつガウスの法則が
磁気学の実際の形成過程におおむね沿って教えます.その 成立するのは驚くべきことですが,それを示すにはそもそ
ことで,①電磁気学形成の歴史を教えつつ観測事実とマク もマクスウェル方程式が必要で堂々巡りになり,クーロン
スウェル方程式とのつながりを学生に示し,②同時に必要 の法則から導くことは決してできません.*1 にもかかわら
なベクトル解析等の数学の準備を進めることを意図します. ず,講義では,いつの間にか一般的なガウスの法則が導か
ところが,その方針が意図しないわかりづらさにつながっ れたことになっていることが多いのです.講義(教科書)
ているように思えます. によっては「導いたのは静電気の場合だが,実は一般的な
3.1 一般的問題点 場合にも成り立つ」と断り書きが入ることもありますが,
伝統的教授法では,静電気という限定的条件下の現象 それでは不十分です.「別の方法を使えば一般的な場合を
(初歩)から始めて,一般の時間変化を含む現象に進みま 導くことができるのだろう」という誤解を生じるからです.
す.このやり方は,原理を提示したうえで,原理とのつな アンペール・マクスウェルの式も同様です.マクスウェル
がりを明らかにしつつ行うなら合理的です.ところが,伝 が変位電流の項を加えて電磁気学の体系を完成したのは事
統的教授法では,それを“原理を提示しないまま”で行う 実ですが,マクスウェルは,アンペール・マクスウェルの
ために,多くの困難が生じます.限定条件下での話から始 法則があらゆる条件下で成り立つだろうと洞察し,仮説と
めるので,そこでの知識をより一般的な話に進めるために して提案したのであって,それを証明したわけではありま
論理的に展開することはできず,新たな概念を次々に導入 せん.特定の条件下(たとえば,充・放電中のコンデンサー
せざるを得ません.建築物の説明をする際,全体の構造図 回路で,電場の時間変化率および電流が一定の条件下)で
を見せずに,個々の部屋の説明をその都度してゆくような 成立することは示せますが,任意の時間変化がある場合に
ものです.講義が各論の集まりとなり,学生にとっては面
*1 静電気と静磁気の法則を,一定速度で運動する座標系で記述すると,
白みを感じにくい“暗記もの”になりがちです.
慣性系の同等性を前提としてマクスウェル方程式と同じ式が導出さ
3.2 混乱を招く電場の導入方法 れます.しかし,それらの式が成り立つのは,当然ながら,電荷と
電流が単純な限定的条件を満たす場合に限られ,異なる複数の方向
限定条件下でしか成り立たない法則を,初期段階で“基
に運動する電荷や,加速度運動する電荷を含む,一般的なマクスウェ
本的な法則”として導入するために,多数の法則の中で何 ル方程式が導出されるわけではありません.

物理教育は今 このままで良いのか大学の電磁気学教育 423
©2017 日本物理学会
参考文献 ②
示すことはできません.ガウスの法則にせよアンペール・ 等)を導出することも徹底されません.特に,ビオサバー
マクスウェルの法則にせよ,重要なのは「もっと頑張れば ルの法則に至っては,マクスウェル方程式との関連が全く
証明できる」という問題ではないことです.マクスウェル 言及されないことすらあります.これらの欠陥のために,
方程式の他の 2 つの式も同様で,以下の 3.4 節で記すよう 学生には相互の関連が不明瞭なまま各分野の切り離された
に,決して証明することはできません.*2 それは,まさに 知識だけが残ることになります.力学の場合は,運動方程
マクスウェル方程式が基本法則だからです. 式を含む運動の 3 法則から全てが成り立つことが,講義の
3.4 基本法則を観測事実から論理的に導出することは決 流れから学生に自然に把握できるのですが,伝統的教授法
してできない による電磁気学はそうならないのです.「少数の基本法則
基本法則とは何でしょうか? ある一群の観測事実の特 から全ての現象が説明できる」という最重要のメッセージ
徴が 1 つの法則にまとめられます.法則 A と法則 B があり, を伝えることができない点は,物理の基礎教育として致命
A から B は導けるが,B から A は導けない,という場合, 的欠陥と言わざるを得ません.
法則 A が法則 B より基本的であると言えます.あらゆる この弊害を緩和するためには,2 つのことが最低限必要
法則を網羅して全ての序列を調べ,より基本的な法則をた でしょう.1 つは,マクスウェル方程式を提示した時点で,
どっていって,最後に行きつく最上位が基本法則です.マ 「証明することはできないが,これらの式は電荷密度や電
クスウェル方程式は電磁気学の基本法則ですから,*3 マク 流密度が任意に時間変化する場合に成立し,かつ,電磁気
スウェル方程式から他の全ての電磁気学の法則を導くこと 学に関わるあらゆる現象を記述することがわかっている.
ができますが,逆に,個別の観測事実や下位のいかなる法 ただし,それがなぜかを電磁気学では問わない.それは,
則からも,マクスウェル方程式を導くことはできません. これらの式が基本法則だからである.」と明確に宣言する
他から導くことのできないマクスウェル方程式の存在をな ことです.そしてもう 1 つは,それまでに出てきた電磁気
ぜ我々が知っているのかと言えば,それは,マクスウェル 現象の全てを,マクスウェル方程式から導出することで,
をはじめとする先人達が,仮説として我々に提示してくれ (講義の範囲内での)電磁気学を確かに記述できることを
たからです.確かに,現在まで知られる全ての現象と法則 示すことです.
を矛盾なく説明できることがわかっており,そのために,
物理学者全員が,マクスウェル方程式を基本法則として受 4. マクスウェル方程式から始めることを妨げる
け入れているのです.だからといって,マクスウェル方程 要因
式が基本法則であることを「論理的に証明する」ことは, 前章で述べた難点の全ては,伝統的教授法のやり方が,
誰にもできません. 基本法則の説明から始めるという自然科学教育本来の王道
3.5 マクスウェル方程式が基本法則であることを説明し に従わないことから生じます.対照的に,自然科学教育の
ない 原則に沿う自然な教え方が,マクスウェル方程式から始め
伝統的教授法の最大の問題は,本来決して論理的には導 るやり方です.その方法によって,学生にとって勉強しや
出できない基本法則をあたかも導出したかのような印象を すい首尾一貫した論理体系を示すことができ,そのことで,
与えることで,電磁気学の論理構造を曖昧にしてしまう点 電磁気学の構造が自然に明らかになります.さらに,その
です.さらに,講義の終盤でマクスウェル方程式が全て出 土台の上に,静電場の計算や,コンデンサー,インダクタ
揃う際,そこまで積み上げた静電気,静磁気,電磁誘導の ンス等々,十分な各論的知識を築くことができ,学生が将
各論が,マクスウェル方程式によってどのように統一され 来さらに進んだ電磁気学を学ぶ際にも,また関連した事柄
るのか,が解説されません.そして,なし崩し的に電磁波 に応用するためにも,しっかりした土台を与えることがで
1)
の説明に進んでしまいます.たとえば,マクスウェル方程 きます. にもかかわらず,現在までマクスウェル方程式
式が限定条件下で成り立つことは示されますが,限定条件 から始めるやり方は広まっていません.それはなぜでしょ
下で成り立つ式は他にも無数に存在します.沢山の式の中 うか.
からなぜ 4 つの式がマクスウェル方程式として選ばれるの 4.1 数学が難しい?
か,そして,なぜそれが基本法則と言えるのか,が不明の 「ベクトル解析が難しいから初学者には不可能」と非常
ままです.そして,マクスウェル方程式から電磁気学の諸 に多くの教師が信じています.私たちの「可能であり,そ
法則(クーロンの法則,ビオサバールの法則,電磁誘導則 れは 30 年間の講義で実証済みだ」という主張 1)に対して
は,「学生の数学力に差のある教育現場の実状を無視して
*2 クーロンの法則・重ね合わせの原理・ローレンツ変換・電荷保存則 いる」との反論が返ってきます.ところが,それらの根拠
から,マクスウェル方程式が導出できる,という主張がありますが, はいずれも薄弱に思えます.まず,ほとんどの大学の 1,2
実際に導出できるのは,脚注 1 と同様に,あくまで限定条件下に限
られます.一般の条件下で成立するマクスウェル方程式を導出する 年生用の数学のシラバスには,線形代数・関数解析・微分
ことはできません.
*3 基本法則として,マクスウェル方程式と等価な別の法則の組み合わ
積分などが並んでいます.これらの科目の単位取得を学生
せを選ぶことも可能ですがここでは議論しません. に課しながら,一方で,それより難しいとは言えないマク

424 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 6, 2017

©2017 日本物理学会
参考文献 ②
スウェル方程式の数学を教えることができない,とするこ 験と知識の蓄積から,現代の学生には,教師が少々の数学
とには根拠が無さそうです.さらにより本質的なのは,伝 的準備を済ませた後でマクスウェル方程式を示すときに,
統的教授法でも後半にマクスウェル方程式が現れることで それを単なる抽象的な数式ではなく,物理的意味をもつ式
す.マクスウェル方程式を理解するために必要な数学は, として受けとめるための十分な潜在的土台が備わっている
ベクトルの微分(勾配,発散,回転)と積分(線積分,流束, と考えられます.
循環),およびその応用のガウスの定理とストークスの定 4.3 天下りという誤解
理等であり,それらは,マクスウェル方程式を最初に導入 「マクスウェル方程式から始めるのは天下りで好ましく
するか後で導入するかで,変わりません.伝統的教授法に ない」という感覚もあるでしょう.そこには,「科学史的
よる初級電磁気学の教科書 15 冊をピックアップして,そ な発展過程の説明なしにマクスウェル方程式を示すこと」
れらの数学の項目がどのように扱われているか調べたとこ と,「証明抜きに,与えられたものとしてマクスウェル方
ろ,解説が多くの章にまたがっていたり,付録にまわされ 程式を示すこと」に対する抵抗感があると思われます.前
たり,または説明が省かれたりしていることがわかりま 者に関しては,力学で運動方程式をまず示すのと同じです
1)
す. マクスウェル方程式から始めるやり方では,講義の から,そのことを教育的でないと考える必要はないでしょ
最初の方で,必要な数学をきちんと教えることで,学生は う.後者に関しては誤解と言えます.3.4 節で詳述したよ
勉強しやすくなります.「最初に数学を集中すると,肝心 うに,そもそも,基本法則を観測事実から論理的に導出す
の物理にたどりつく前に大量の学生が挫折するのではない ることは決してできません.ところが,電磁気学の伝統的
か」と心配する先生も多いのですが,マクスウェル方程式 教授法では,3.3 節で述べたように,あたかも「観測事実
を提示する時点で,学生がベクトル解析をマスターしてい からマクスウェル方程式を論理的に導いた」かのような錯
る必要はなく,マクスウェル方程式の数式としての意味が 覚を与えるために,マクスウェル方程式から始めるやり方
理解できればよいので,心配するほど大きな困難にはなり だけが「天下り」のように誤解されるのです.このように,
ません.特にマクスウェル方程式の積分形の理解は難しく いずれの意味においても,天下りで教育的でないという心
ありません.*4 そして,講義の進行に従ってマクスウェル 配は当を得ていません.
方程式を実際の現象に適用したり,微分形を導いてゆく中 4.4 昔ながらの固定化したカリキュラム
で,ベクトル解析に徐々に慣れて行くのです.このように, ほとんどの大学のカリキュラムは,電磁気学の講義をシ
最初の導入の障壁はそれほど高くなく,講義の進行とベク リーズで用意しており,多くの場合,最初の「電磁気学 I」
トル解析への慣れを同時進行させることが可能です. をクーロンの法則から始めて電磁誘導より手前で終わり,
4.2 数式からでは本当の理解に至らない? マクスウェル方程式を示すのは,後の「電磁気学 II または
「観測事実を基礎とする物理の説明を抽象的な数式から III」になるように定めています.このようなカリキュラム
始めたのでは,本当の理解には至らない」という危惧があ 編成が伝統的教授法を固定化し,マクスウェル方程式から
ります.たしかに,科学は観測事実を基に発展しますが, 始めるやり方を排除しています.さらに,一般的な問題と
いったん完成した分野を科学として教育する際は,むしろ, して,静電気と静磁気の扱いが過重な反面で,3.5 節で記し
実際の発展の時間軸を逆にたどり,完成した理論体系から たように,電磁気学全体に対するマクスウェル方程式の位
2)
出発して観測事実を説明するやり方が基本です. そうは 置づけの説明が手薄になる原因を作っています.今後のた
言っても,「マクスウェル方程式を学ぶ前に,学生は一通 めに,内容の再検討が強く望まれます.マクスウェル方程
り電磁気学を知っておくべきだ」という点に配慮すること 式から始める構成に切り替えるのが難しくても,それを許
も必要でしょう.その点で,現代の学生は,さまざまな電 容する,より柔軟なカリキュラムへの変更は十分可能だと
子機器を通して日常的に電磁気現象に触れていることに注 思われます.また,それすら難しい場合には,せめて 3.5 節
意すべきです.たとえば,スマートフォンやリモコンの操 に記した事柄(基本法則の位置づけを明確にし,観測事実
作によって,何か見えない作用が指とタッチパネルの間や をマクスウェル方程式から導く)を,はっきりとカリキュ
離れた空間の間に存在することを,学生は,身体感覚を通 ラムのどこかに取り込むことが必要ではないでしょうか.
して会得しています.さらに,高校ではそれらの現象の背
後に,電荷・電流・電場・磁場といった物理的存在があり, 5. クーロンの法則からではなく,マクスウェル
また,それらの間の観測事実(クーロンの法則,電流によ 方程式から始める教授法へ
る磁場,誘導起電力,電磁波など)があることも学んでい 伝統的教授法が始まったのは,第 2 次大戦中の米英共同
2, 4)
ます.ファラデーの時代には考えられなかったそれらの経 のマイクロ波レーダーの開発(1940 /1942)の頃であり,
その後 20 年ほどして,ファインマンが最初にマクスウェ
5)
*4 本稿著者(小宮山)の授業では,ローレンツ力で電場,磁場を定義し ル方程式から始める講義(1961/1963)を行いました. 今
たあと,電流密度,電場,磁場の流束と循環を説明し,マクスウェ
からはるか 55 年前のことです.その時に,電磁気学の教
ル方程式の積分形の提示と,適用例の説明を,初回授業の 90 分内で
済ませます.詳しくは文献 1 を参照のこと. 授法が変革されれば良かったのですが,伝統的教授法が現

物理教育は今 このままで良いのか大学の電磁気学教育 425
©2017 日本物理学会
参考文献 ②
在まで生き残ってしまいました.この間に,社会は目覚ま をもつ完成した物理体系として提示しようとするのに対し
しい変革を遂げています.情報通信機器・計算機・一般電 て,伝統的教授法は電磁気学の発展過程を示す側面が強い
子機器・電子素子や光学素子等々が人々の生活の隅々に浸 点で,根本的に考え方が異なります.安易にマクスウェル
透して生活環境は一変し,今や,マクスウェル方程式が高 方程式をただ授業の最初の方で示すだけでは,木に竹を接
度技術社会を支える最重要の基盤的理論の 1 つとなってい いだような中途半端な授業に終わる危険があります.まず
ます.この間にも電磁気学の授業は「わかりにくい」と言 教師自身が電磁気学自体を把握し直し,その次に,それを
われ続けました.それにもかかわらず,構造的に問題のあ どうやって学生に伝えるかを充分に考える必要があるで
る伝統的教授法は変化せず,そのまま続いています.大学 しょう.当然,教育現場に応じた対応も必要なはずです.
での電磁気学教育は,なるべく早く,マクスウェル方程式 筆者らの大学では,幸い基本法則の提示から始めるやり方
から始める教授法に切り替わって行くべきだと私たちは考 への賛同が増えつつあるようで,さらには高校時代に物理
えています. 未履修の学生に対しても,マクスウェル方程式から始める
講義を開始して順調に推移しています.また,私立大学で
6. まとめ もマクスウェル方程式から始める方式を以前から工夫して
本稿で述べたように,伝統的教授法では,マクスウェル 続けている例を教えていただきました.*5 基本法則の提示
方程式が特定の条件下で成り立つことを示しはしますが, から始める授業がさらに増え,そのやり方の間の切磋琢磨
常に成り立つことも,電磁気学の基本法則であることも, によって,教授法がさらに改善され,時代に即した形に進
示しません.そのことが,電磁気学を学生にとってスッキ 化してゆくことを願います.
リしない科目にしています.マクスウェル方程式から始め
参考文献
る教授法にはその難点がなく,また,教授法に対する心配
1)小宮山 進:大学の物理教育 22(2016)79―マクスウェル方程式から
も,ほとんどが杞憂であることを指摘しました. 始める電磁気学.
電磁気学の講義法を変革してほしいという要望は,現役 2)小宮山 進,竹川 敦:大学の物理教育 22(2016)75―いつまでクー
ロンの法則から始めるのか.
の学生・大学院生および電磁気学を実際に仕事で使ってい
3)日経新聞電子版―JMOOC と経団連,若手技術者にネット授業―2016 年
る研究者や技術者の間で根強いものがあります.ところが, 8 月 7 日.
それを受ける,大学教師側の意識は高いとは言えないよう 4)J. R. Whinnery: IEEE Trans. Education 33(1990)3.
5)ファインマン,レイトン,サンズ:『ファインマン物理学』III,IV(岩
です.その理由としては,伝統的教授法が現在まであまり 波書店,1969).
にも長く続いてきたために,先生方の意識が固定化されて
いる面が強いように思われます.伝統的教授法から,マク 非会員著者の紹介
竹川 敦氏: 2004 年東京大学教養学部卒業.東京大学大学院総合文化研
スウェル方程式から始める教授法にいきなり変更すること
究科修士課程修了.専攻は非平衡統計力学.高等学校教諭専修免許状取得.
は,それほど容易ではないかもしれません.数学の説明と
(2017 年 1 月 18 日原稿受付)
いう技術的側面に限れば,4.1 節に記したように基本的な
困難はそれほど大きくありません.しかし,マクスウェル
方程式から始める教授法は,電磁気学を首尾一貫した論理 *5 立命館大学理工学部電気電子工学科,沼居貴陽教授.

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426 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 6, 2017

©2017 日本物理学会
参考文献 ③
教育実践

マクスウェル方程式から始める電磁気学

小宮山進 東京大学名誉教授

1.はじめに れで終わりです」といった私に対して,驚いたこ
大学初年級の電磁気学の講義は,クーロンの法 とに,学生たちから大きな拍手が起こりました.
則から始めて静磁気から電磁誘導に至り,最後の 大学での講義が初体験だった私には何のことかわ
電磁波に入る前あたりでマクスウェル方程式が からず,きっと,学期の授業の終わりには拍手を
やっと顔を出す,という順番が定番だと思われま する慣習があるのだろう,と思っていました.と
す.これとは違って,ファインマンがその昔,カ ころが,先輩の先生方に聞いてみると,そんな慣
リフォルニア工科大学の 1,2 年生に対してマク 習などないとのことです.それどころか,1 度で
スウェル方程式から電磁気学の講義を始めたこと も拍手を経験したことのある先生すら 1 人もいな
がよく知られています 1). いとのことでした.私自身,その後 30 年余りの
現在では,マクスウェル方程式を書名に冠した 教師人生の中で,あのとき以外に拍手を経験した
大学初年級用の参考書や教科書もいくつか現れて ことはありません.とすると,あの拍手は一体何
いますが 2-4),それでも,1,2 年生に対する講義 だったのか ⋯.未だにはっきりとはわからない
をマクスウェル方程式から始める先生方は,現在 のですが,講義のやり方に対する学生たちの支持
でもまだまだ絶対的少数派のようです.そんな中 の意思表示だったことは間違いないと思われま
で,私は東京大学の 1 年生に対して 30 年間余り, す.講義が進行する中で,教室の雰囲気から学生
マクスウェル方程式から始める電磁気学の講義を たちが興味をもってついてきていることがわかっ
続けてきました.私は,電磁気学の初級者に対し たので,講義を終えるころには危惧の念は消えて
て,マクスウェル方程式から始める電磁気学の講 おり,私はあえて最終回に学生たちに講義の首尾
義法が,さまざまな教育現場で広がっていくこと を尋ねることはしませんでした.しかし,それで
が望ましいと考えます 5).本稿では,そのきっか も初回の講義での私の言葉を覚えていた学生たち
けになることを願って,私の講義の実践例につい が,わざわざ YES の意思表示をして私を勇気づ
て述べたいと思います. けてくれたのだ,と思うのです.
その後再度担当した講義では,毎回の授業で学
2.人生初めての講義 生全員から感想や質問を提出してもらいました.
電磁気学の授業は私にとっての大学で担当した 担当は物理系や数学系だけではなく,バイオ・医
初めての講義でした.講義の冒頭で,「これから 学・薬 学 系 の ク ラ ス の 年 度 も あ り,あ わ せ て
私がやる講義は伝統的なやり方とは少し違う.こ 1500 人程度の学生に講義したと思いますが,「マ
れが最良だと思うが,私の独りよがりでうまくい クスウェル方程式が難しい」という感想をもらっ
かないかもしれない.学期末に講義が終わる時点 たことは一度もありません.むしろ,
「別のクラ
で,君たちにうまくいったかどうか,でき具合を スの友人は,授業が各論的でわかり難いといって
教えてもらいたい」といって講義を始めたことを いる.なぜすべての授業がこの方式で教えないの
鮮明に覚えています.さて,学期が終わって「こ か」といった意見をしばしばもらいました.その

大学の物理教育 22(2016) 79
参考文献 ③

後,この講義を何度も繰り返す中で,このやり方 程式から導出して示す点です.そのことで,常に
への信頼をさらに深め,いまでは,マクスウェル 全体の論理構造が明確になるよう意図しました.
方程式から始める方法が初学者に対する最善の講
義の方法だと考えています. 4.実際の講義での注意点
最も注意を払ったのは,最初の 3 回の授業の間
3.実際の講義内容 に学生の興味とやる気を持続させることです.実
講義のための参考書として,学生には『ファイ 際に講義を受講した学生の専攻分野は,バイオや
ンマン物理学』の (Ⅲ) 電磁気学と (Ⅳ) 電磁波と 薬剤系まで含む幅広いものがあり,その中には数
物性 1)を指定しました.ただし,この 2 冊は学生 学を苦手とする学生も多くいました.そこで,実
にとって少々内容が豊富すぎ,またかなり高価で 際の授業では偏微分やベクトルの微分,積分など
す.そこで「無理に購入しなくてもよいが,その 新しい事項を説明した後には,必ずごくやさしい
かわり授業には必ず毎回出席し,短時間でよいか 例題を板書し,
「これから授業を 3 分間中断する
ら復習すること」と伝えました.その後現れた, から,めいめい自分のノートに答えを書いてくだ
マクスウェル方程式を正面から扱う大学初級用の さい」といって,教室を学生のノートをのぞきこ
参考書・教科書 2-4) はどれも,純粋にマクスウェ みながらまわります.普段それほど熱心に授業を
ル方程式から始める私の講義スタイルには合わな 聞かない学生でも,教師が近寄って来て自分のノ
かったため,学生にはあえて紹介せず,むしろ異 ートをのぞきこむとなると,真剣に問題に取り組
なるやり方ではあってもオーソドックスな教科書 むものです.計算で引っかかっている学生には立
の例として,砂川先生の『電磁気学』6) を参考資 ち止まってアドバイスします.そしておよそ半分
料として挙げました. 程度の学生が解き終わったころを見計らって,
1 学期間の 15 回の講義 (毎回 90 分) において, 「まだ途中の人もいるでしょうが気にしないでく
以下に記すように,マクスウェル方程式の微分形 ださい.授業が終わった後に自分で確認してもら
まで示す最初の 3 回が肝になります. えればよいです」といって,解答を板書して次に
1 回目:偏微分,ベクトル場の流束と循環を説 進みます.このような,わずか 3 分程度の自習時
明した後,マクスウェル方程式の積分形 (および 間を 90 分授業の中に 2 回程度挿入するだけで,
ローレンツの力の式) を導入.そこからクーロン 教室の雰囲気が俄然よい方向に変わります.
の法則,直線電流による磁場,ファラデーの電磁 毎回授業の終わりには,出席票を兼ねた質問・
誘導を導出. 感想アンケート票を学生から回収して理解度を
2 回目:マクスウェル方程式の積分形を微分形 チェックします.毎回の授業での重要な数学事項
に変形するための準備として,スカラー関数の勾 や,若干面倒な証明 (たとえば“発散がゼロのベ
配,ベクトルの内積と外積,ベクトルの微分 (発 クトル場は,ある別のベクトル場の回転で表せ
散と回転) を説明. る”といった定理) などは,まとめのプリントを
3 回目:前回に続きベクトルの積分 (線積分, 作って配布します.さらにほぼ毎回,宿題として
流束,循環),ガウスの定理,ストークスの定理 自習用の練習問題を配布し,翌週の授業開始時に
を説明し,マクスウェル方程式の微分形を導出. 解答を配布します.また,1 学期間の中頃に,授
4 回目以降は,クーロンの法則から始めるオー 業の 1 回分 (90 分) を使って「小テスト」を行っ
ソドックスな講義の順番と大差なく,静電気,静 て学生の理解度をチェックします.
磁気,電磁誘導,電磁波と進めます.ただし違う ちなみに,マクスウェル方程式から始めるため
のは,すべての項目をマクスウェル方程式がもた に,数学を丁寧に解説することで,1 回半程度余
らす現象の具体例の一つとして,マクスウェル方 分に講義が必要となりますが,それはオームの法

80 大学の物理教育 22(2016)
参考文献 ③

則にかかわる運動方程式や移動度の議論を省き, そこで現れる数学が,結局,マクスウェル方程式
プリント配布と練習問題にまわすことで補ってい から始めるやり方が必要とする数学とほとんど変
ます. わらないことがわかります.異なるのは,オーソ
ドックスな教科書では,数学が多くの章にまた
5.マクスウェル方程式から始めることは可能 がって現れたり付録にまわされているのに比べ,
か? それはよいことか? マクスウェル方程式から始める場合には,最初の
マクスウェル方程式から始めることに対して, 数章に集中することだけです.これは当然の話
多くの先生方が私に示した典型的な戸惑いや違和 で,マクスウェル方程式から始めるにせよ,終わ
感を以下で取り上げ,それに対して授業を通して りの方で導出するにせよ,結局,マクスウェル方
私が感じたことを記します. 程式を理解するためには同じ数学が必要だという
数学としての敷居が高い? ことです.マクスウェル方程式から始めるからと
同僚の先生方からしばしば「マクスウェル方程 いって余分な数学が必要なわけではありません.
式から始めるのもよいが,数学が得意な学生以外 ただし,最初の数学で学生がつまずくと,その
には無理でしょう」と言われます.この疑問につ 学生は結局何も得ることなく終わってしまうとい
いて考えるために,国内で出版されている大学初 う危険性が生じます.これはもっともな心配です
年級用の電磁気学の教科書を 15 冊選んで,マク が,最初の数回で数学を集中的に講義すること
スウェル方程式から始めるために必要な数学的事 が,学生の負担を増すかどうかは,授業の進め方
項がどの程度解説されているかを調べました.表 におおいによるでしょう.4 節に記した注意点
1 は,各数学的事項が解説されている場合,それ は,まさにこの点を配慮したものです.必要な数
が現れる章に教科書の事例数を記入したもので 学をきちんと明示して省略せず,集中的に,演習
す.比較のために,本稿で記しているマクスウェ を行いつつ丁寧に説明することで,かえって学生
ル方程式から始める私の講義に基づく教科書 7)の にとっては学びやすい,ということがおおいにあ
場合を網かけの枠で示します. ると思われます.学生にとっては,内容の難しさ
ここで調べた教科書のほとんどはクーロンの法 より慣れの問題が大きいようで,そのために丁寧
則から始まり,終わりの方でマクスウェル方程式 にかつ系統立てて教えることで,多くの学生がそ
に至る,オーソドックスなスタイルのものですが, れほどの抵抗なく理解するように思えました.少

表1 マクスウェル方程式の理解に必要な数学.
1章 2章 3章 4章 5章 6章 7章 8 章 9 章以降 付録 記載なし
多変数関数の偏微分 2 1 1 1 0 0 0 0 0 5 5
ベクトルの内積・外積 4 0 1 0 0 0 0 1 0 6 3
ベクトルの微分 勾配 5 2 2 3 0 0 0 0 0 2 1
発散 3 2 2 2 0 1 1 0 0 1 3
回転 3 1 2 0 0 1 0 1 2 2 3
ベクトルの積分 線積分 6 5 0 1 0 0 0 0 0 2 1
流束 6 3 1 1 0 0 0 0 0 3 1
循環 2 3 0 3 0 0 0 0 0 1 6
ガウスの定理 3 3 1 2 0 0 0 0 0 2 4
ストークスの定理 2 2 1 0 0 0 0 0 2 3 5
ベクトルの 2 階微分 2 1 0 0 0 1 0 0 2 2 7
電磁気学 I (長岡,岩波書店),電磁気学 (兵頭,裳華房),よくわかる電磁気学 (前野,東京図書),新・基
礎 電磁気学 (佐野,サイエンス社),電磁気学 (鹿児島,丸善出版),ベーシック電磁気学 (河辺,裳華
房),はじめて学ぶ電磁気学 (太田,丸善出版),電磁気学 (横山,講談社),理工系のための電磁気学 (野
田・管野,培風館),基礎電磁気学 (近角,培風館),グラフィック電磁気学 (後藤,朝倉書店),理工学の基
礎 電磁気学 (大島・大澤・鈴村,培風館),エッセンシャル電磁気学 (田口・井上,森北出版),電磁気学
入門 (中田・松本,日新出版),電磁気学 初めて学ぶ人のために (砂川,培風館),網かけの枠は文献 7.

大学の物理教育 22(2016) 81
参考文献 ③

なくとも私が講義で担当した学生たちは,落ちこ れることはありません.運動方程式は考察の出発
ぼれずにメリットの方を享受していたと思いま 点であり,その後に,角運動量や力のモーメン
す.ただし,私の体験は東大の 1 年生に限られま ト,角運動量の運動方程式,歳差運動やコリオリ
す.異なる教育現場では,また異なる工夫が必要 力といった量を導入することで,より複雑な効果
になると思われるので,そのような取り組みを, や現象を理解することをできるようになります.
是非知りたいところです. また,もう一つ別の物理的考察を加えることで,
なお数学の話からは外れますが,電気や磁気に 運動エネルギーの概念やエネルギー保存の考えに
もともとなじみが薄い学生に対しては,授業を始 到達します.運動方程式という基本法則から始め
める前に電磁気の諸現象を理論的解釈抜きに演示 るからこそ,全体的な構造を学生が自然に理解す
し,電磁気学で理解しようとする現象が一体どん ることができるわけです.電磁気学もまったく同
なものなのかをまず示すことも重要と考えられま じです.力学と同様にマクスウェル方程式から始
す.私自身の講義では,電磁誘導のおもちゃの演 めることではじめて,論理の展開と連鎖を起こす
示や,携帯電話を使った電磁波のデモ実験などを ことができると思います.このように,電磁気学
工夫して,授業の合間に適宜取り入れました. をマクスウェル方程式から始めることが天下りで
最初にマクスウェル方程式を示しても,学生に よくない,とする合理的根拠はあまりないように
その意味がわかるはずがない? 思えます.
「式がわかる」ということには,式の数学的な
意味がわかることと,式の包含する物理的な内容 6.おわりに
がわかる,というまったく異なる 2 通りの意味が マクスウェル方程式から始める教授法の実際例
あります.講義において,学生はまずマクスウェ を,東京大学での私の経験をもとに記しました.
ル方程式を数式として理解すればよいのであり, 異なる教育現場でマクスウェル方程式から始める
それはすでに記したように可能です.後者の意味 授業をさまざまな工夫をこらして行っている先生
(つまり物理) を最初から理解できないのは当然 方が,私のほかにもおられるものと思います.今
です. 後,異なる教育現場での教授法の経験知が蓄積さ
学生は 1 学期間をかけて,授業を通して具体的 れ,全体として教育法の改善につながっていくこ
な物理の問題へ適用し学ぶ中で,物理的な意味を とを願います.そのために,本稿が何らかのきっ
じっくりと理解していくことになります. かけになれば望外の喜びです.
天下り的で好ましくない?
最も多くの先生方に共通するのが「マクスウェ 参考文献
1) ファインマン,レイトン,サンズ『ファインマン物理学
ル方程式を最初に与えたのでは,天下り的になっ
(Ⅰ) ,(Ⅴ) 』岩波書店 (1969).
て本当の理解にむすびつかない」という危惧のよ 2) 渡邊靖志『基礎の電磁気学―マクスウェル方程式から始
うです.これは「練習問題を解く前に模範解答を める』培風館 (2004).
3) 室岡義広『図解マクスウェル方程式』裳華房 (2007).
与えたのでは力がつかない」といった種類の誤解
4) ダニエル・フライシュ『マクスウェル方程式 電磁気学
に思えます.マクスウェル方程式は,練習問題の がわかる 4 つの法則』岩波書店 (2009).
解答とは異なります.むしろ,学生が授業の全期 5) 小宮山進,竹川敦 大学の物理教育 22 (2016) 75.
6) 砂川重信『電磁気学 (物理テキストシリーズ 4) 』岩波
間をかけて理解すべく挑戦する,雄大な理論体系 書店 (1977).
だからです. 7) 小宮山進,竹川敦『マクスウェル方程式から始める電磁
気学』裳華房 (2015).
大学初年級の力学のほとんどの授業は,ニュー
トンの運動方程式から始まりますが,それが天下
連絡先 E-mail : csusukom@mail ecc u-tokyo ac jp
り的で学生の理解にとって好ましくない,といわ

82 大学の物理教育 22(2016)
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