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2018.12.25-2019.01.

20
at BAMI gallery

COMBINE/BAMI gallery
www.combine-art.com
COMBINE/BAMI galleryは2018年12月8日に10周年を向えることができました。
これも偏に皆様のご支援の賜物と感謝いたしております。
この節目にCOMBINE/BAMI galleryでは新たなグループ展を発足いたします。
現在、COMBINE/BAMI galleryには、平面作家5名、立体作家5名の計10名が所属し活動しております。新たな
グループ展を平面作家による“証展”、立体作家による“起展”と銘打ちスタートさせます。本年2018年12月24日
より2019年1月20日までの間、始動として両グループ展を同時開催いたします。

この二つのグループ展には約束事となるテーマがたった二つあります。

● 一点で臨む。
● その一点は自らの現時点における最高出力であり最先端である事。

不定期の開催にはなりますが、ただし、その時点での自らが前に進んでいるという具体的な変化を問うという事
が最大の主眼となります。平易に言えば個展という数の中で自らを問うのではなく、たった一点で今の自分の最
高傑作を出すという事を求めます。

証展 音読みとしては“しょうてん”焦点・笑点・衝天、、等々意味は違えど音が同じから重ねる感覚もあり、訓読
みとしては“あかしてん”=あかしという事になります。どちらかと言えば、このあかしから来ています。証明や証
拠、症状、などが一般的なイメージの漢字ですが、仏教においては正法を修得して真理を悟ること。悟りを得るこ
と。「灯(あかし)」と同語源》であり、ある事柄が確かであるよりどころを明らかにすることと意味します。又、キリス
ト教においては、神様から頂いた恵みを人に伝えることを「証(あかし)をする」と言い、似た表現に、「分かち合
う」という言葉があります。これは少人数で深く話し合うような場合に使われ、大勢の人の前で、発表する場合は
「分かち合い」ではなく「証」または立証というのが一般的らしいです。これらの意味からイメージし、芸術家として
この時代のこの時期、そしてこの島原で偶然にも出会ったもの同士、様々な事を考え苦しみ、しかしながら活き
活きと生きた証となす為のネーミングとしてこの“証”という一字を考えました。

起展 この字を選んだのは、 “草莽崛起”(そうもうくっき)から来ています。この言葉は幕末の思想家・吉田松陰
から高杉晋作に引き継がれた革命思想です。志を持った在野の人々が一斉に立ち上がり、大きな物事を成し遂
げようとすることを意味しています。つまり草むらのような過酷な場所から立ち上がるという意です。“起”という言
葉は、おきる。たつ。立ちあがる。おこす。はじめる。おこる。おこり。はじまり。かがんでいる”己“が起き上がる様
を現すこの言葉に、現状からの今後に対しての想いを込めました。

展覧会名   証展 起展
         ディレクション COMBINE/BAMI gallery ディレクター上山潤
場所      BAMI gallery 〒600-8824 京都市下京区二人司町21
         TEL/FAX 075-754-8154 office@combine-art.com
会期      2018年12月24日(月・祝)~2019年1月20日(日)
         ※ 閉廊日 2018年12月29日(土)~2019年1月6日(日)
         ※ 開廊時間 12時―18時 最終日は16時閉場

新年会開催 2019年1月12日(土) 午後4時より 参加無料

出品作家   証展 阿部瑞樹 釜匠 松本央 宮本大地 八木佑介
         起展 太田夏紀 岡部賢亮 公庄直樹 小橋順明 佐野曉
阿部瑞樹 Mizuki ABE

釜匠 Takumi KAMA

松本央 Hisashi MATSUMOTO

宮本大地 Daichi MIYAMOTO

八木佑介 Yusuke YAGI


雨龍 サイズ:530×455mm 素材:麻紙、顔料、墨、パール、金泥、膠

スマホを持ってアプリを立ち上げれば現実世界を背景にして、そこら中に妖
怪やらモンスターやらがうようよいる。SNSを開けば今日も世界中の色んな
イメージや情報や感情が溢れかえっている。何もかもが可視化され見えすぎ
てしまう高解像度の世の中に生きてるうちに、「~のように見えるもの」という
掴みどころの無い朦朧としたものに興味を抱くようになった。「車のフロントが
顔のように見える作品」を描いていたのも、無意識のうちにそういったものに
惹かれていた所為だろう。車という少し特異なモチーフから一旦離れ、ここ1
年弱ただひたすらにトライ&エラーを繰り返した。何を描いてもうまくいかず、
何か歯車が噛み合ない状況の中で、先人に習って写し、それを現代に移
阿部瑞樹 す。という日本美術の基本的な姿勢に立ち返って描いてみると、急に地に足
Mizuki ABE がついたような、歯車が噛み合ったような感覚があった。

私は今ここを起点に、不定形かつ歪んだ世界を写す水滴の集合体によって
見えすぎないけど何かに見えてくる世界を描いていく。

その最初の一枚が「雨龍」だ。
Dear ESCHER 606×727mm(F20)/パネルに綿布・アクリル絵の具

中学生の頃、何気なく開いた美術の教科書に載っている1枚の作品に目を奪われた。

それはエッシャーによって描かれた「爬虫類」という作品だった。絵の中からワニのよう
な奇妙な生き物が現実世界に現れては再び絵の中に戻っていく。それはモノクロの版
画作品だったが、当時の私の目には何よりも鮮やかに映った。

「絵画は自由なのだ」

釜匠 たった1枚のその絵が私の心を強く揺さぶった。以来、私は誰に教わるわけでもなく沢
Takumi KAMA 山のデッサンを描き始めた。絵画の中に広がるその自由に強く強く焦がれたのだ。僕も
そこにたどり着きたい。その想いから必死になってデッサンを描いた。

今の自分に繋がる最も重要な1枚。今こそ、その1枚と対峙しようと思った。
かつてはただ想い焦がれたその1枚だが、今はそれを越えたいと強く望んでいる。

今回はその成果を今の私の"証"として提示したい。
ガラスの小物入れとグミ F4 キャンバスパネルに油彩

私はこれまで作品を描く際に、モチーフの形態や色調を再現することだ
けにとらわれていたように思う。しかし、モチーフは単独で存在するわけ
ではなく、その時、その場所といった状況や関係性の中にこそ存在し、
それぞれのモチーフがお互いに影響しあいながら存在している、というこ
とに気づいた。

それはレンブラントの作品を模写していく一連の過程の中で少しずつ見
松本央 えてきたものだ。
Hisashi MATSUMOTO
そこで今回は周囲の状況の影響を特に受けやすい、透明であり光沢感
の強いモチーフであるガラス、お菓子のグミといったものにモチーフを絞
ることで、モチーフが置かれた場所の光、空気、匂い、といったような関
係性を描くことを探求している。
工場大岩 F30(91×72.7cm) アクリル
僕は現実にはありえない世界を描き続けてきた。様々なモノが合わさり誰も見たことのない世界を作り上
げる事で感動を生み出そうとしていたが、その世界にはいつも【時間】とそれによって生まれる【情感】が
抜けていたように感じる。その世界はいつの出来事でこれからどうなっていくのか、モチーフの力による画
面の面白さを優先し、そこから世界を広げる要素が作れていなかった。

今回の作品では、これまで以上に無秩序に組み合わさるモノによって作られる、画面の密度を上げること
はもちろん、【時間】と【情感】を意識して制作を行った。

「夕暮れ時の不思議な岩」
    宮本大地
Daichi MIYAMOTO これまでより明確に描く舞台の状況を想像した。そうすることで自分自身がひとつの物語に沿って制作を
進める事が出来た。思いついたモノを描きながら増やしていく方法はこれまでと変わらず使っているが、
思いついたモノが組み合わさった結果1つの世界が出来たのではなく、1つの世界を先に作り上げたところ
に物語が動く様に自然とたくさんのモノが描きあげられていった様に感じる。

自分のこれまで続けていた事を元にレベルを上げる試みをした、現時点での最高傑作に仕上がった作
品。
2018/11/09 2:21 F15号 53.0×65.1(cm) 綿布、岩絵具、アクリル

11月8日、私は生まれた町を取材した。今日の風景の中にも人間に
よる営みの記憶が残されている。

地平線となる広大な農地は80年前、池の干拓事業によって作られ
た。15年前に開通した高速道路は空を削るようにそびえ立つ。人間
は持てる力の限りを尽くして環境を変えていく。これまでの風景と今
日の風景。そして、人間の生まれる以前から光の現象により青く発
光する夜空。成熟した都市の中、私達は人口を減らしていく。先の
見えない明るい道を、私は観察し続けたい。
八木佑介
Yusuke YAGI
太田夏紀 Natsuki OTA

岡部賢亮 Kensuke OKABE

公庄直樹 Naoki GUJO

小橋順明 Masaaki KOBASHI

佐野曉 Akira SANO


おやすみ、カタツムリ サイズ:約40×25×25cm 陶

りが私達とは少し違います。目はたくさんの物を見るために私達よりも大きく、耳は遠くの音まで敏感
に聞き取るため頭の上の位置に生えています。一方で、鼻と口は異様に小さく、人間であるという説
明程度にしか機能していません。そして身体は、背中を丸め、膝を立てて座っているような抽象的な
形をしていて、背中にはたくさんの空っぽの収納スペースと本などが少しあるだけです。これらは「目
食耳視」という言葉から生まれた姿です。

今までは、様々な生き物を元に制作することがほとんどでした。その理由は、表現したい事をその生
き物の持っている普遍的なイメージを借りて形にしていたからです。しかし、今回は特定の生き物を
元に制作したのではありません。作品名の「カタツムリ」も、比喩的な表現として使用したのであっ
 太田夏紀 て、今までのように「姿をまとっている」わけではありません。以前は「○○になって逃避する」が大き
 Natsuki OTA なテーマでしたが、そこから「まるで〇〇のように生きている」に変化していきました。

子どもは、大人よりも完璧な存在だと思っています。子どもが満タンに満たされた塊だとすれば、そ
れは何もかも持っているけれど、多すぎて身動きがとりにくい。だから、大人になるにつれて融通が
利くように削って、欠けていく。特に、日本は「身を削って働く」という表現があるように、「いかに自分
を亡くすか」という事を素晴らしいと評価してしまうように感じます。

私の物心ついた頃には、世の中に情報が溢れかえっていました。知れば知るほど自分は空っぽで、
何かがずっと足りないような気がして仕方がありませんでした。いつまでも中身は空っぽのまま、そ
の足りないところを外側だけ取り繕い続けているようで。そのことから、物理的に満たされている姿=
丸いふくよかな姿をしている生き物などにとても魅力を感じます。赤ちゃんや子どもをモチーフにして
いるのはこのためでもあります。

満たされた姿の彼らを通じて、人間の「本当の姿」を想像し、
形にする事が私の制作活動の元になっているのだと思います。
イヌイ  H30×W30×D31(cm) 桐塑、金箔、岩絵具

人は生まれてから死ぬまでいったい何人の人と出会うのだろうか。大切な出会
いもあれば、忘れてしまいたい出会いもあるだろう。きっとその出会い全てがそ
の人自身を形作りその人たらしめているのだろうと思う。まるで人の手によって
何十年もかけて剪定される盆栽のように人は人によって作られているのだ。

私はこれまで自身の作品にモデルを入れたことが無かったが、私が今まで出
会った人々をモデルに彫刻として残すことで、いずれ私が死ぬ時、私がどのよう
な人と出会い形作られたかを客観的に振り返ることのできる記録としてこの作品
を制作した。
岡部賢亮
Kensuke OKABE
待ち焦がれ  W15xH45xD14cm マテリアル:クス、流木

これまでの僕は生き物そのもや、自然の中にありそうな風景を切り取ってその中
にある美しさを表現しようとしてきた。

しかしそれではその物以上にはなれないんじゃないだろうか。そんな思いから、
生き物というテーマはそのままに、夢とかおとぎ話に出てくるような見た人が想像
を掻き立てたくなるようなそんな作品になって欲しいと願いながら木を彫りまし
た。
公庄直樹
Naoki GUJO
廃墟 (アシナガバチの巣) H3.5cm×W3.5cm×D3.5cm 陶 桐箱

いつも、誰も作ったことがないものを求めています。

誰も作ったことがなくて、イメージがあったとしても、いままで作る
ことができなかったもの。自分の内面にも、物理的にも、技術的
にも、いろいろな壁があります。

そういった壁を乗り越えて、それを作れるようになるということは
見た事のない新しいものが目の前に現れるということです。
小橋順明
Masaaki KOBASHI それが今の僕にとっては蜂の巣というモチーフでした。地味では
ありますが、これが僕の最先端です。
ケダモノダモノ  15×15×30cm 乾漆、螺鈿、その他 

漆黒の艶めきの中から、ゆらゆらと蜃気楼のように立ち上がる存在を私は象
(かたち)に結ぶ。これまでキャラクターを表現の媒体として制作を行なってき
た私にとって、今一度漆という素材を振り返った時、それは彼らの体を駆け巡
る血液であり、霊魂である。まさに私は作品にそれを塗りこめて、新たな象をこ
こに結ぶのだ。

佐野曉
Akira SANO

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