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外国語から借用され英語の語彙となったにもかかわらず、さまざまな理由により行き場
を失い、語それ自体が、新たな活路を見いだすことなく英語から完全に消滅してしまうこ
とは、英語史上しばしば見られる現象である。そしてこのことは、外国語借用が直接的な
原因となって生じる類義語同士の葛藤・競合の影響を受けがちな名詞・動詞のみならず、
形容詞の場合についても当てはまる。ME fetys は、14 世紀に OF から借用された形容詞で
あるが、Wyler(1944)
1
の語源的説明(Etymologie)
・要約的前置き(Vorbemerkung)によ
れば、この語は主として Chaucer の作品に多く出てくるが、中英語のうちに衰退し、feat
との音の類似から featous として 17 世紀まで残存するものの PE では廃語となった。また、
ME tretys も 14 世紀に借用された OF 系の形容詞であるが、その使用は中英語に限られ、
Chaucer の作品で 4 回使用されたあと、Caxton の Eneydos で最終例となった。無論、これ
らの 2 語の衰退・消滅の原因に関しては、Shibata(1964)2 においても言及されているとお
り、fetys, tretys は、当時、英語に次々と流入した新奇で洒落たフランス語由来の言葉に過
ぎず、特に後者は、Chaucer が作り出した一種の流行語であったため、存在期間が短かっ
たものであるものと考えられる。
ME camus も、同じく 14 世紀に借用された OF 系の形容詞で、PE では既に廃語となっ
た語である。しかし、この語の場合、fetys, tretys とはその使用法や存在期間が異なる。活
躍の最盛期が中英語であったことに違いはないが、この語は人の鼻の容体を表現するため
の修飾辞として英語では 19 世紀まで使用され、フランス語では今なお用いられている。
MED には全部で 3 例掲載されているが、Sir Firumb.(c1380)からの引用が初出であり、
他の 2 例はいずれも、The Canterbury Tales(以下、CT と略す)の The Reeve’s Tale(以下、
RvT と略す)からのものである。3
本稿では、中英語の時代に借用され、E. B. Browning(1877)4 による使用を最後に消滅
した camus について、CT の RvT に現れた典型的な事例を分析することにより、その語が
英語において果たしてきた修飾辞としての役割と機能について考察することにする。
砂 澤 健 治
.. Som on, for that sche is camused[ rime : used ]. Gower CA 5. 2479(q. MED)
Youre Camusyd nose with nose thryllys brode.
- O fresch floure 22(q. MED)
The Canterbury Tales の The Reeve’s Tale における ‘camus nose’ について
「鼻のてっぺんに疣があり、さらにその疣の上には雌豚の耳の剛毛のように赤い一房の毛
が突っ立ていました。
」(桝井訳)10 という記述からは、少なくとも彼に対するほめ言葉は
見いだされない。
ところで、RvT(l. 3934)に関して、Steadman(1960)11 は、Symkyn(Simond の愛称)
とラテン語の simus ‘flat-nosed’, ‘snub-nosed’ とを関係づけた一種の word-play がこの箇所
に含められていることを指摘している。しかもこの見解は、Grennen(1984)
12
によっても
支持され、Symkyn の鼻を形容するために camus が使用されることにより、この語と
Symkyn / simus との連想から、ここに ‘punning allusion’ が生み出されると彼は述べている。
また、Elliott(1974)13 によれば、camus は、cokenay ‘milksop’, daf ‘fool’ 等と共に RvT を
特徴づける語(群)の一つであるとされるが、実際に、横柄で無節操な粉屋の描写の際に
も、また、彼が二人の学生にまんまと騙されるさまが語られる際にも、The Reeve’s Pro-
砂 澤 健 治
この箇所は、Symkyn の娘について、その外見・容姿のことが客観的に描写されている場
面である。作品のくだりをそのまま引用すれば、「(年齢は二十歳で)…ずんぐりして、と
ても栄養がよく、鼻は平べったく、目はガラス玉のように涼しい青色で、お尻は大きく、
丸くて高い胸をしていました。
」(桝井訳)ということである。RvT(l. 3934)において粉
屋の Symkyn に使用されていた camus が、今度は彼の娘について用いられている。Turner
(1954)
15
は、Symkyn の camus nose は彼の娘にも受け継がれ、このような鼻は ‘not pretty
but sexually attractive and promising’ であると注解した上で、親譲りの kamus nose を持つ
娘を lusty Malyne と評している。また、Brewer(1955)
16
は、Malyne に対して使用された
kamus nose という表現は、‘an amorous nature’ を示唆するもので、RvT(ll. 3973-5)の一
連の描写は、‘the antithesis of youthful beauty’ として捉えるべきものであることを主張し
ている。しかしながら、このような physiognomic な見地からの解釈については、Emer-
son(1957)
17
のように、否定的な見解を示す学者もいる。
If her looseness was readily recognizable to Aleyn, presumably it was to others as well ;
and it thus adds irony to Chaucer’s description of the pride of Symkyn and his family in
their fine lineage.
The Canterbury Tales の The Reeve’s Tale における ‘camus nose’ について
砂 澤 健 治
立った統語的特徴は見いだされない。
作品中で、nose と共に用いられている修飾辞は、sowes ‘of the sow’(WB Prol l. 785)、
dronke ‘drunken’(PdT l. 553)の類は別とすると、heigh, tretys, semely そして camus に限ら
れる。camus 以外は、いずれもほめ言葉として解釈されるべきものである。heigh は、
KnT に出てくる二十五歳の若き王の「
(気)高い鼻」を表し、tretys は、Gen Prol で紹介さ
れる女子修道院長の「均整のとれた鼻」を表現している。また、semely は、ほめ言葉の常
套的手段として、中英語の頭韻詩・脚韻詩において広く用いられていた言葉である。次の
箇所では、その語が、人の鼻を修飾するために用いられている。
ここまで述べてきたことから判断する限り、以下のようなことが結論づけられよう。
Chaucer は、おそらくはフランスで直に接する機会のあった fabliau を、自分の作品の中で
再び利用することを思いついた際、まず作品を盛り立てるために必要な言葉の選択を意識
していたはずである。CT は、物語の展開上、KnT, MilT, RvT という順序で語られる。高
潔な騎士の話が終わると、酔った粉屋が強引に話を始める。話されたのは、老いた大工が
若妻を学僧に寝取られるという三角関係の物語であった。この MilT において、嘲笑の的
にされた荘園管理人(元大工)は、日頃から仲の悪い粉屋に一矢を報いようとする。今度
は、RvT においてどんな言葉でしっぺ返しをしてやろうか。Chaucer が考えたのは、次の
引用に記載されているような用語の選択であったのだろう。
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Finally we have to point out that there is a striking difference in the use of words
between the tales. In The Miller’s Tale, negative meanings tend to be disclosed
The Canterbury Tales の The Reeve’s Tale における ‘camus nose’ について
gradually, whereas in The Reeve’s Tale negative meanings become manifest from
the start.
1 S. Wyler, Die Adjektive des mittelenglischen Schönheitsfeldes unter besonderer Berücksichtigung Chaucers.
(Diss. Zürich.)Biel : Graphische Anstalt Schüler, 1944.
2 S. Shibata(柴田省三), “Tretys and Fetys : A Chaucerian Note”『東京学芸大学研究報告』17 集,
1965, pp. 23-26.
3 MED s.v. camuse. adj.
4 E. B. Browning, Letters addressed to R.H. Horne(1839-1851)が公刊されたのは、1877 年であった。
5 P. Robert, Le Grand Robert de la langue Française : Dictionnaire Alphabétique et Analogique de la
Langue Française. Tome III Couv-Ento.(Paris : Le Robert, 1985)s.v. camus, camuse.
6 See OED s.v. camois, camus.
7 See MED s.v. camused. adj., cammed. adj.(a)
8 L. D. Benson(ed.), The Riverside Chaucer. Based on the Works of Geoffrey Chaucer, Edited by F. N.
Robinson, 3rd ed.(Boston : Houghton Mifflin, 1987). 尚、本文中の Chaucer からの引用は、特に
明記せぬ限りこの版に依るものとする。
9 L. D. Benson, op. cit., pp. 75, 850.
10 桝井迪夫訳『(完訳)カンタベリー物語』(岩波文庫,1995)からの引用である。
11 J. M. Steadman, ‘Simkin’s Camus Nose : A Latin Pun in the Reeve’s Tale ?’ MLN 75.(1960), pp. 4-8.
12 J. E. Grennen, ‘The Calculating Reeve and his camera obscura.’ JMRS 14.(1984), pp. 245-259.
13 R. W. V. Elliott, Chaucer’s English.(Andre Deutsch, 1974), pp. 394-395.
14 The Miller’s Prologue においても、cherles tale(l. 3169), harlotrie(l. 3184)という表現が用いられ
ている。しかし、MilT, RvT は、「下衆で猥雑な冗談話」であると同時に、老人と若者との間に
見られる世代間の抗争を命題に秘めた作品であるとも言われる。See 河崎征俊『チョーサーの詩
学 ─ 中世ヨーロッパの〈伝統〉とその〈創造〉』(東京 : 開文社,2008),p. 322.
15 W. A. Turner, ‘Chaucer’s “Lusty Malyne.” ’ N & Q 199(1954), p. 232.
16 See D. S. Brewer, ‘The Ideal of Feminine Beauty in Medieval Literature, Especially “Harley Lyrics”,
砂 澤 健 治